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覚え書:「書評:渡良瀬 佐伯 一麦 著」、『東京新聞』2014年02月16日(日)付。

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渡良瀬 佐伯 一麦 著  

2014年2月16日


◆生活の起伏を辿る楽しみ
[評者]勝又浩=文芸評論家
 ほぼ二日間、この頃では珍しい、豊饒(ほうじょう)な読書の時間を持つことができた。三百八十ページに近い大冊だが、小説は終始乱れのないテンポを保っていて、本に向かいさえすれば日常のざわざわとした時間はすっと消えて、まっすぐに小説の世界に引き込まれるようだった。それは、たとえれば久しぶりに会った親しい友から、かねて気になっていた彼のその後、仕事や家庭の様子を聞くような体験にも似ている。
 心配したり安心したり、悲しんだり喜んだり、彼、主人公の、新しい職場での仕事や人間関係、慣れない土地での妻や子供たちの健康や生活ぶり等々、その日々の細やかな起伏をともに辿(たど)ってゆく興味であり、楽しみである。ここには紛れもなく人間がいて、その生活があるのだ。
 主人公は二十八歳の電気工、妻と小学一年生になる長女を頭に三人の子供がいる。長女はほとんど口を利かない緘黙症(かんもくしょう)、二歳になる長男は川崎病だ。子供たちのために環境を変えようと、夫婦は茨城県の古河市に転居する。当然通勤もできないから、市の外れにある工業団地の配電盤制作会社に転職する。通ずる仕事ではあるのに経歴にはならず、新前扱いである。
 主人公の、こうした不安に満ちた新しい生活から小説は始まっているが、それは昭和六十三年の夏から翌年の春にかけての約一年のことである。テレビからは絶えず天皇重篤の病状報告が流れている。そんな時代だ。
 現代建築や近代設備の心臓部を担う配電盤だが、その制作はウソのように職人仕事だ。それを一つ一つ細やかに観察し、的確に読み取ってゆく主人公の姿勢も、彼の言う、よくできた配電盤のように美しい。
 この小説のもう一つの特色に、今は生活のために中断しているが、主人公が駆け出しの作家でもあるという設定がある。つまり私小説なのだが、主人公への信頼がそのまま作者自身に重なってゆく、現代では貴重な一篇である。
(岩波書店・2310円)
 さえき・かずみ 1959年生まれ。作家。著書『鉄塔家族』『ノルゲ』など。
◆もう1冊 
 佐伯一麦著『ショート・サーキット』(講談社文芸文庫)。デビュー作「木を接ぐ」など電気工時代の体験をもとにした初期作品集。
    --「書評:渡良瀬 佐伯 一麦 著」、『東京新聞』2014年02月16日(日)付。

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