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覚え書:「今週の本棚:鴻巣友季子・評 『工場』/『穴』」、『毎日新聞』2014年02月23日(日)付。


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今週の本棚:鴻巣友季子・評 『工場』/『穴』
毎日新聞 2014年02月23日 東京朝刊

 ◆『工場』=小山田浩子・著(新潮社・1890円)

 ◆『穴』=小山田浩子・著(新潮社・1260円)

 ◇日常を歪ませる、禍々しく不可解な寓話たち

 『工場』の表題作から言うと、大変な力作であり傑作だ。内容の呑気(のんき)さ無意味さに対する形態の異様さとトリッキーさ、そのけったいなズレに本作の禍々(まがまが)しい魅力がある。

 この巨大工場の正社員は町のエリートだが、何を生産しているのか今一つわからない。「私」こと牛山という若い女性は、奥の部屋で書類をシュレッダーにかける仕事を与えられる。この辺まではよくある就活小説。

 一行空いて、新入社員のイベントの様子が語られだす。流れとして当然、牛山の話だと思うが、途中でじつにさり気(げ)なく、語り手は大学院研究生あがりの「古笛」という男性だと明かされる。語り手が交替していたのだ。またしばらく行くと急に、古笛が同窓生らに就職を寿(ことほ)がれる場面になるが、これがいつの話なんだか明確でない。そうするうちに、ある行の途中から出し抜けに研究室の教授が喋(しゃべ)りだし、気づいたら暫(しばら)く過去へ話が飛んでいる。やがて夢から覚めると、覚めたのはどうやら別の「俺」で、派遣社員として工場の校正係をしており……。

 直しても直しても直らない誤植、コケの研究員としていつしか工場に住まわされている古笛、シュレッダーをかけるべき大量の極秘書類とは何なのか? そこへ森の妖精ズリパンやヌートリアなる謎の生き物が出現し、その間ずっと不意打ちのように時間軸はぶれ、場面は転換し、視点は入れ替わり、人物が闖入(ちんにゅう)し、その唐突さや過激さは密(ひそ)かにどんどん加速するが、一方、話題は相変わらず社内や飲み屋での雑談、描写は工場内の和やかな風景。形式と中身のあまりの落差。数々の「叙法の暴挙」は素知らぬ顔で行われ、文章のトーンは微動だにしないが、いつしかありふれた日常がカフカエスクな世界に変容している。本作がさらに好ましいのは、雑談の中身が人間関係の機微を捉えていて、面白いこと。話として面白いというのは「前衛小説」に重要な要素だ。

 つぎに「穴」。ヒロインが動物を追いかけていって穴に落ちるという本作には当然、『不思議の国のアリス』に代表される穴を通じた異界転送の寓話(ぐうわ)や神話を下絵に透かし見ることができるだろう。ただし、寓話としてかなり逸脱した、良い意味で機能不全の『アリス』である。

 語り手の「松浦あさひ」は夫の転勤に伴い、夫の実家が持っている借家に住むことになる。姑(しゅうとめ)に頼まれた用事の途中、彼女は犬でもいたちでもない黒い獣に出会い、ふらふらとついていって川原の穴に落っこちる。そのあたりから、どうも世界は歪(ゆが)んで狂い始め、夫の義兄を名乗る人物が離れ家から現れて、この物語自体に注釈をつけるようなことを言いだす。義兄の言う「流れみたいなものに加担すること」とは何か。こうした一連のことを語り手はさして奇妙にも思っていない様子。

 「工場」と違って叙述上の仕掛けはほとんどないが、明らかに不可解な展開(この人、どうしてここにいるの?)、辻褄(つじつま)があわないエピソード(子どもの数が多すぎる?)、非現実的な描写(このお爺(じい)さん、いつ見ても水を撒(ま)いている……)等々が、「平凡な日常」に這入(はい)りこんでくる。いや、奇怪なものたちはむこうから入ってきた(、、、、、、、、、、)のだろうか? 異なものが棲(す)むのはどこか? 語り手が見聞きし体験したものの真偽を読者が知りようがないのは、一人称文体で書かれた『ねじの回転』や『ロリータ』と同じ。小説とは時に世の中の全てを疑わせる装置となる。
    --「今週の本棚:鴻巣友季子・評 『工場』/『穴』」、『毎日新聞』2014年02月23日(日)付。

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