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覚え書:「今週の本棚:池澤夏樹・評 『地震と独身』=酒井順子・著」、『毎日新聞』2014年03月09日(日)付。


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今週の本棚:池澤夏樹・評 『地震と独身』=酒井順子・著
毎日新聞 2014年03月09日 東京朝刊

 (新潮社・1470円)

 ◇被災地をつなぎ、助けた人たちへの視線

 二〇一一年の三月十一日から三年が過ぎようとしている。

 もう一度あの日に戻ろう。なぜならばあの体験は我々にとって資産であるから。何度となく戻って採掘を進めるべき鉱脈であるから。

 そう考えていたところにこの本に出会った。

 不可解なタイトル、とまず思った。

 地震は人を区別しない。独身であろうが既婚者であろうが地面の揺れや罹災(りさい)に違いはない。

 しかし、地震は自然に属するが、その後の被害は社会に属する。そして、今の日本にはずいぶんな率で独身の人がいる。

 震災とその後の日々、人はみな家族のことを思った。無事を祈り、連絡を試み、安心したり泣いたりした。

 「メディアにおいても、多くの家族の物語があの日から語られています。平穏で平凡な家族の暮らしを突然襲った地震は、人命や建物のみならず、家族の形をも奪っていったのです」と酒井順子は言う。

 その先で彼女は疑問を抱いた。それでは独身の人たちは地震をどう受け止め、どう動いたのか? この着眼はなかなかすごい。

 これは東日本大震災についてのルポルタージュであると同時に、今の日本の社会についてのリポートでもある。独身の人たちは身軽な分だけ動きが早い。社会の動向を読み取る指標として鋭敏。だから彼女ら/彼らのふるまいに時代の雰囲気が投影される。それが「地震」を「独身」という視点から見る利点だ。

 (念のために言うが、独身は未婚ではない。未婚と未亡人という言葉には、いずれ結婚するはず・いずれ亡くなるはず、という社会の側の勝手な思い込みがある。考えてみれば実に失礼な話だ。独身も寡婦も一つの安定した状態なのだから。)

 著者は人に会って話を聞く。それを連ねて整理し、意味を見出(みいだ)す。口べたな人からも本当の気持ちを引き出す優れた聞き手である。

 ボランティア活動に参加した人たちには独身が多かった。

 被災地に住み着いた「二十四歳の枝里子さん」は大学を出て、アメリカの大学院に入るまでのつもりでアジアを旅していた。旅先のミャンマーから急ぎ戻って四月初旬に石巻に入る。それから三、四か月は津波をかぶった家屋の泥出し作業に専念。

 「今振り返ると、アドレナリンが出まくっていたのだと思います。食べ物は、お米とかパンだけ。あれだけ寝なくても、あれだけお風呂に入らなくてもあんなに働けたというのは、普通の状態ではなかった」と枝里子さんは振り返る。

 その日々は「大変なことは確かなんですけれど、他のやっかいなことは考えずに済むし、やりがいがありすぎるんです……競争社会とかお金もうけとか、そういうのが苦手な人は、普通の世界になかなか戻れなくなってしまう」というところまで行ったのは独身で自由だからだろうか。

 目次に沿って紹介すれば、あの時に独身は働き、独身はつなぎ、守り、助け、逃れ、戻り、向かい、始め、結婚した。それぞれについて著者は親身になって話を聞き、心の動きやふるまいを記録してゆく。読む者はそれに共感する。もともと人間は他者の置かれた状況に対する関心が強い。ゴシップと小説はそこから生まれる。この他者への関心によって我々は3・11を共有できる。

 むしろ共有できない場合が何かを教えてくれるのかもしれない。住む土地が被災地になってしまった、独身・女性の、地方紙の記者である「美雪さん」は、全国紙との立ち位置の違いをこう言う--

 「何人かの生徒さんが亡くなった高校の卒業式があって、うちは毎年その学校の卒業式の取材をしていたから、震災後も行く。でも大手の人は、亡くなった生徒さんが多い高校、という観点で来るわけです」、という視点を、被災地を遠く離れて全国紙を広げる人たちは想像しただろうか? この本はこういうギャップを越える回路を開いた。

 主義主張を大きな声で叫ぶ本ではない。普通に話すみんなの声を拾い上げて、思いを尽くしきれないもどかしい口調のままに伝える。花壇が水を必要とするように我々はこういう本を必要としている。

 三十歳の男性、大船渡の陽平さんは、震災直後にアメリカから来たボランティア団体と地元の橋渡しをした。もともとは音楽関係の仕事で東京と大船渡を行き来していたのだが、震災の後では地元で家を継ごうと思うようになっていた。

 しばらくの後、なんと出家したと聞いてまた会いに行く。

 きっかけは友だちに誘われたことだったが、「解決できない大きなものを震災によって抱えてしまった人達と話してい」て、「解決できないことに対する答えが、何百年、何千年と続いている宗教の中にはもしかしたらあるんじゃないかな」と思ったと陽平さんは言う。

 この本は基本的に肯定の姿勢で貫かれている。辛(つら)かったことを越えて自分たちはここまで来た、という声に対して自分を開く。そのために三年の歳月が必要だったのだろう。
    --「今週の本棚:池澤夏樹・評 『地震と独身』=酒井順子・著」、『毎日新聞』2014年03月09日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20140309ddm015070015000c.html:title]

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