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覚え書:「今週の本棚:鼎談書評 若い思想家の本 評者・松原隆一郎、高橋源一郎、中島岳志」、『毎日新聞』2014年03月30日(日)付。


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今週の本棚:鼎談書評 若い思想家の本 評者・松原隆一郎、高橋源一郎、中島岳志
毎日新聞 2014年03月30日 東京朝刊

 ◇評者 松原隆一郎(東大教授・社会経済学) 高橋源一郎(作家・文芸評論家) 中島岳志(北海道大大学院准教授・政治学)

 ◆『永続敗戦論-戦後日本の核心』 白井聡・著(太田出版・1700円+税)

 ◇服従、拒絶の二重基準--中島氏

 松原 昨今、わが国では急速な右傾化が見られますが、一方で若い思想家が興味深い日本論、国家論を次々に発表しています。白井聡さんの『永続敗戦論』から始めましょう。

 中島 この本の面白さは、「永続敗戦」と「敗戦の否認」という真逆のものがコインの裏表のように続いている、そのダブルスタンダードこそ日本の「戦後レジーム」であるという主張にあります。米国に服従することで敗戦を永続化させながら、アジア諸国には敗戦そのものを拒絶する。そして戦前期の支配の構造を資本主義の名の下に戦後も継続する。パックス・アメリカーナの後、パックス・アジアの時代に即して、こんなことはもうやめよう、と説く。今の時代にとても有効な視座だと思います。

 ◇進行する「人格障害」--高橋氏

 高橋 出だしはあまり面白くない(笑い)。歴史的事象を連ねてガンガン意見を言う人なので、ある種、イデオロギッシュな左翼に近い読みにくさがあります。それが次第に快感に変わってくる。後半では、永続敗戦を「国体」と呼び、戦前の国体との連続性に言及します。これは異様な発見でした。国体とは不可侵で目に見えないもの。戦後民主主義を含む敗戦を否認する構造そのものが国体であって、それが護持されたと結論づける。そして敗戦の否認に最も積極的にかかわった昭和天皇の“永続敗戦責任”を問う。フックの利いた仮説で非常に説得力がある。

 松原 米国は永遠に日本を庇護(ひご)するのか。彼らはあくまで国益で動いているから、ビン=ラディン同様に「傀儡(かいらい)の分際がツケ上がるな」と切り捨てかねない。実際、今回のTPP協議の決裂の仕方はそんな感じでした。ところが日本は米国にもたれかかる居心地の良さにかまけて、何が戦後の出発点で密約されたのか忘れたかのようです。日本人の誰が悪かったのかと議論するときりがないから、中国とは内々にA級戦犯のみが悪かったという話にして国交を結んだ。だから合祀(ごうし)されたA級戦犯を切り離さなければ参拝できないのに、安倍晋三首相は靖国神社に行ってしまう。密約の中で曖昧にしてきたのに、知ってか知らずか、現政権はそれを越えようとする。前提たるサンフランシスコ講和条約さえ否定しかねないわけで、そうしたら戦争状態に戻ってしまう。日本の今の危うさをよく照らし出しています。

 中島 最近、近隣諸国との間で起きた問題はみな同根と強調していますね。棚上げにしてきた尖閣諸島問題もそう。中国にすれば「それは約束した話じゃないか」となる。

 高橋 「日朝平壌宣言」の話もずいぶん長く書かれていました。

 中島 日本では、北朝鮮との国交回復を拉致問題に還元して考えるけれど、先方にしたら戦争がまだ終わっていない。戦後補償などの条件をのむバーター取引に応じたら、それを一方的に破棄された。金正日・前総書記によると、日本の政治家は「男らしくない」となる。白井さんは、敗戦の否認が継続していると言う。彼はレーニンの研究者ですが、結論はリベラル保守の私と同じところに落ち着く。昨今の若手論壇の面白い現象です。

 高橋 白井さんは「現実はこうだから、こう振る舞うしかない」というリアリズムを保守の一つの定義にします。ところが、保守も非保守もリアリストでない状況の下、永続敗戦構造が維持されてきた。内田樹さんによれば「解離性人格障害」で、70年近く続いている。実は東日本大震災で多くの日本人が隠蔽(いんぺい)構造に気付き、正気になりかけました。でも、沖縄の普天間問題など反動もあり、ものすごい勢いで元に戻ってしまう。今、障害はむしろ進行している。

 松原 その解離感覚を「密教と顕教」と呼んでいます。竹島も尖閣も、一方が実効支配を続けつつ、解決せざるをもって解決とみなす「密教」が戦後のルールなのに、「『顕教』以外いやだ」という石原慎太郎さんのような使い回しのきかない人が出てきた。毎日のように汚染水が流出しているのに「アンダーコントロール」と言い切り、原発再稼働に邁進(まいしん)する。同時にM9級の地震を前提に国土強靱(きょうじん)化を進めていることとの整合性がない。時の政治指導者に「自分が責任を取る」という意識が見えません。その空恐ろしい感覚が描かれています。

 ◆『日本人はなぜ存在するか』 與那覇潤・著(集英社インターナショナル・1000円+税)

 ◇「文脈」に頼らず考える--松原氏

 松原 次は與那覇潤さんですね。最初に「文系学問オードブル」とあって、一般教養を教える大学での授業が再現されています。日本人は仲間内のあうんの呼吸ともいうべきコンテクスト(文脈)に頼りがちですが、それを外してみると意外に話が通じない。それでも通用するのが教養であって、グローバル化の時代にこそ文脈に頼らない教養が必要だと説きます。なかでも「日本」という言葉から我々の思い込みを外して、意外な意味を取り出す手つきは鮮やかです。前半では日本人や日本史、日本国籍、日本文化等々、後半ではナショナリズムといった応用問題を扱います。そこで一貫して使われるのが社会学用語の「再帰性(リフレキシビティ)」。対象について言及したことが対象自体に影響するという考え方ですね。高校を出たばかりの大学生に「自明だと思っていても、そうではないんだよ」と教えています。

 高橋 そこから各論に入り、「日本人」を考える場合に出てくる四つの指標が16に分かれ、一つ抜いて15のパターンがあると書かれています。

 松原 普通、「日本人」といえば唯一の定義ができそうに思えますが、実は15もある。けれども国際化すれば、これらのどれを意識するかが問題になります。学生の目から鱗(うろこ)が落ちるかどうか分かりませんが、安倍首相には解毒剤として服用してほしいということでしょうか。

 高橋 目から鱗といえば、旧植民地出身者の参政権の問題があります。参政権を「与える」と言われるが、正確に言えば「返す」なんです。そんなふうに、幾つもの重要な事柄が放置され、知らないことにされてきた。それを抑えたトーンで諄々(じゅんじゅん)と説くわけですが、本当はすごく力がこもっている。最後に緊張を緩めるとメッセージ性が強く出て、泣きたいような気持ちになる。僕は、こういうの結構好きなんです(笑い)。彼には『中国化する日本』(文藝春秋)という切れ味鋭い本もありますね。

 ◇大胆な「文明論」へ--中島氏

 中島 「中国は嫌いと言うけれど、本当は中国みたいになろうとしているんでしょう」と問いかけた本ですね。その予言通り、安倍首相が立憲主義を否定するかのようなことを言い始め、中国化しながら中国を批判する逆説が生じている。橋下徹大阪市長も似ていますが、そういう時代に何らかのメスを入れようとする強烈な知的欲求が感じられる、時代的な本でした。

 松原 お二人は選挙で決着をつけようとする点でも共通している。今、生きている人間が将来を決める、過去も清算できる、と。

 中島 英国の作家・批評家、チェスタトンは「今の人間が投票権を独占するなどということは、生者の傲慢な寡頭政治以外の何物でもない」として「死者の民主主義」を重視しました。英国の保守が憲法を明文化せず、慣習法を重んじる理由です。死者に制約されることこそ、保守を掲げる為政者の一般的な態度。何事もトップダウンで決定するのはある意味、反保守的です。この本はそういう反論の土台を作ってくれました。

 高橋 とはいえ、再帰性で全ての細胞を初期化するけれど、その先を選ぶのは君たち、という提示の仕方ですね。選択肢が示されないので少しだけ不満も残ります。吉野源三郎からフーコーまで引用しているが、やはり、あなたの立ち位置はどこなんだ、と思わせる部分もあります。

 中島 確かに、我々が再帰的に何を引き受けるべきなのか、もう少し問うてほしいという気もしました。でも、日本の古代から近代、さらには中国史も読み込んで、各分野の専門家の批判にも屈せずに書き続けていることは高く評価したいですね。

 松原 再帰的に引き受けるとは、思想的には自己決定と功利主義の組み合わせだと要約していますが、それはどうか。サンデルもリベラリズムや共同体主義を追加しています。東大駒場(教養学部)出身ですが、要約の大胆さは京大的かな(笑い)。

 中島 そうなんです。例えば、梅原猛さんなどには「日本文化はこうなんだ」と言い切る大胆な蛮勇がありました。彼は今後、京都学派的なものの継承者になれるかもしれない。

 高橋 すごいのか、とんでもないのか分からないような(笑い)。

 ◆『奥さまは愛国』 北原みのり、朴順梨・著(河出書房新社・1400円+税)

 ◇憎悪表現に潜む身体性--高橋氏

 高橋 男性の硬い2冊に続くのは、フェミニストの北原みのりさんと元・在日三世の朴順梨(パクスニ)さんが、ヘイトスピーチに加わった女性たちの実態を探るドキュメンタリーです。従軍慰安婦はウソだと主張する人たちは右翼的で貧しく、孤立しているイメージがある。でも、実際に会ってみると、言葉はきつくても話は通じる普通の人たちでした。2人は左翼系デモの硬直化した言葉に「そっちも嫌」と考えるほどフェア。マイノリティーとしての孤独が共感になって、憎悪を表現する相手を過剰に理解しようと寄り添ってしまう。

 松原 ヘイトスピーチでは「死ね」とか「帰れ」といったささくれ立った言葉が行き交いますが、デモの現場には自分たちに似た女性たちがいると、共感さえしてしまう。この言葉と感情のズレは何なのか。クラクラした感じが繰り返されます。

 中島 この本の一つの結論は、極端な右傾化の原因を女性の絶望に求めています。不安の反転というのは従来の典型的な議論で、反論も出始め、まだ決着がつかない状態です。これは論争になるポイントで、2人も論理的には十分に説明できない。1990年代以降の若者の右傾化現象は、たてまえの世界に対するレジスタンスと捉えるべきだと思います。この構造を北原さんたちは確かに捉えている感覚がある。

 高橋 與那覇さんの本に「大きな物語は終焉(しゅうえん)した」とありました。逆に「小さな物語」は口語的、身体的な言葉で表される。戦後民主主義は「大きな物語」です。当初は希望に満ち、一種のフィジカルな喜びを伴って発せられたのに、ある時期から身体性が消えたことに気付かなかった。今、うごめく欲望に誰が形を与えるのか。身体性を持った言葉の取り合いが起きています。先んじたのはネトウヨで、それによく反応できたのが、北原さんたちだった。

 ◇言葉と感情のズレ--松原氏

 松原 「男性は面白くない」と迷いなく切り捨てていますね。フェミニズムは、オヤジの大きな言葉は処理し終わったんだ、と。けれども女性たちのヘイトスピーチには、小さな言葉に宿るはずの身体感覚がある。

 中島 確かに言葉の問題は大きいですね。左翼の失効した理念型の言葉に対し、橋下市長は「バカ○○」と一喝することで場を支配してしまう。北原さんはそうした場面を、明治天皇の玄孫(やしゃご)、竹田恒泰さんの講演の現場から描こうとします。乱暴であるがゆえに拍手と笑いが起こり、聴衆の女性たちに響いてしまう。突っ込みたいけれど言葉にならないので「トイレに行きたかった」と書く。北原さん特有の身体的な直感です。私はこの拒絶的感覚に寄り添いながら、現象を論理化したい。

 高橋 竹田さんの話に恋人として華原朋美さんが出てきますが、交際を否定しましたね。ソチ五輪出場選手に関して「国家を背負ってニヤニヤするな」とか「メダルを噛(か)むな」と批判したのについていけない、と。身体的拒絶を竹田さんに向けていてある意味、北原さんに近い。北原さんはおそらく喜んでいますよ(笑い)。

 松原 朋ちゃんは身体感覚が希薄かと思っていたんだけど、逆でした。鋭敏なアンテナを備えていた。

 中島 「噛むな」に対して「嫌だ」という感覚は重要ですね。

 高橋 鋭い身体的反応。この国にもまだ希望がありますね(笑い)。=鼎談(ていだん)書評は随時掲載 
    --「今週の本棚:鼎談書評 若い思想家の本 評者・松原隆一郎、高橋源一郎、中島岳志」、『毎日新聞』2014年03月30日(日)付。

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