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覚え書:「今週の本棚:中島京子・評 『あるときの物語 上・下』=ルース・オゼキ著」、『毎日新聞』2014年04月13日(日)付。

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今週の本棚:中島京子・評 『あるときの物語 上・下』=ルース・オゼキ著
毎日新聞 2014年04月13日 東京朝刊

 (早川書房・各1836円)

 ◇凄絶な現代社会に届く時空を越えた祈り

 ルース・オゼキは日系アメリカ人の作家で、その作品はしばしば日本を舞台にする。本作では日本の少女ナオと作家ルースの人生が、海と時間を隔てて交錯する。

 カナダの西端の離島で暮らすルースは海岸で手紙と古い時計、それに少女の手記が入ったハローキティの弁当箱を拾った。手記の書き手は東京の中学に通う帰国子女のナオ。中学で受けている陰惨ないじめと、リストラされた父親の度重なる自殺未遂、ナオ自身の自殺願望までが書きこまれる手記を読まされて、ルースはおろおろしながら、太平洋をまるごと隔てた島のパソコン一台だけを頼りに、ナオを探そうとする。生きているのかいないのかもわからないままに。

 小説はナオの一人称の語りとルースを視点人物に据えた三人称の文体を往復するが、読み進めるほどに、ナオのパートが凄絶(せいぜつ)になってくる。殴り、蹴り、カッターで刺すかと思えば、一転して無視した挙句に「お葬式」を決行、その動画をインターネットに投稿する中学生のいじめ。中央線(!)に飛び込んで失敗するも、練炭自殺を計画してネットで仲間を探すナオの父親。いじめ、自殺、壮年男性の失業とその家族の貧困、ティーン売春。現代日本を覆う社会問題がこれでもかとクローズアップされ、物語の遠景に東日本大震災と原発災害までが示されるのだから、日本人読者の胸は潰れそうだ。

 ルースが海岸で拾った残りの二つの物のうち、一つはナオの大伯父である特攻隊員の時計であり、もう一つは彼が戦時中に書き遺(のこ)した手紙だった。この古い手紙が小説にさらなる重層性を加え、ナオの現在と呼応するように、二〇世紀半ばの、国家に強要された自殺とも言える神風攻撃や、軍隊での新兵いじめの様子までが描きこまれる。

 七〇年ほどの時空を行き来するこの小説の主題は、人間の存在理由と倫理を扱う。作家が選んだのは日本という舞台と素材だが、そこに描かれるのはけっして、日本と日本人だけの物語ではない。

 こう書くと、深刻で抹香臭い話と警戒されそうだが、残酷な現実が描かれても根底に救いの感覚を持って読みつづけられるのは、小説が目指すのが告発ではなくて祈りと人間の叡智(えいち)の探求だからだろう。そして抹香臭さは、この作品のもっとも明るく楽しいパートに添えられた香りだ。

 絶望の底にいるナオと両親のもとを、「灰色のパジャマに麦わら帽子」の、百四歳の尼僧ジコウ(もちろんパジャマではなく作務衣(さむえ)だ)が訪ねてくる。ナオが曽祖母ジコウから学んでティーンの言葉で説明する禅の実践は、ユニークで笑いを誘う。東北の寺で過ごすナオの短い夏休みは、長い小説の最も美しく楽しい記述だ。

 ジコウが曹洞宗の尼僧なので、道元の引用が各所にある。タイトルにもなっている「あるとき」は「有時(うじ)」という『正法眼蔵』の中の言葉に由来する。「有時っていうのは、時間(タイム)の中で生きている人のことで、つまり、あなたも、わたしも、みんな有時」なのだそうだ。それぞれの有時が、呼応し、問いかけ、思いを伝える。悠久の時の中には重要な問答があると教えてくれる。

 そしてこの小説がなんとも不思議な読後感を与えるのは、物語に入り込んだ作家ルースの存在のおかげで、小説を書くプロセスに巻き込まれる体験をするからかもしれない。ジコウおばあちゃんならきっと、「読む、書く、同じこと」と言うに違いない。(田中文訳)
    --「今週の本棚:中島京子・評 『あるときの物語 上・下』=ルース・オゼキ著」、『毎日新聞』2014年04月13日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20140413ddm015070036000c.html:title]

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