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覚え書:「今週の本棚:岩間陽子・評 『フランスの肖像』=ミシェル・ヴィノック著」、『毎日新聞』2014年04月13日(日)付。


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今週の本棚:岩間陽子・評 『フランスの肖像』=ミシェル・ヴィノック著
毎日新聞 2014年04月13日 東京朝刊

 (吉田書店・3456円)

 ◇「なぜ、どうして?」が解きほぐされる快感

 幼児と暮らすと、「なぜ、どうして?」の集中砲火にあい続ける。「なんでそんなことに理由が必要なんだ!」とぶち切れそうになるほどだ。それはこどもが、その社会にとってまだまだ「他者」に過ぎないからだ。外国人は、ある意味こどもに似ている。突拍子もない「なぜ、どうして?」が飛び出す。そんな時私たちはつい、「そういうもんなんだよ」と、省エネの答えをしてしまいがちだ。だが、この本を読んで深く反省した。「なぜ、どうして?」に答えてもらうのは、こんなにも気持ちいい。

 著者のミシェル・ヴィノックは、政治思想史を専門とするフランスの近現代史の歴史家だが、この本は、彼がニューヨークやサンクト・ペテルブルグで、外国の学生たちから受けた質問から生まれたという。読み進むにつれ、長い間フランスについて感じていた、「なぜ、どうして?」が、少しずつ解きほぐされていく快感に身を委ねることになる。おそらく誰もが、感嘆符付きでフランスについて抱いていた疑問の数々。

 「どうしてフランス大統領は、女性問題でみっともない姿をさらしても、政治生命を奪われないの?!」

 「どうしてフランス人は、年がら年中、デモやストばかりやっているの?!」

 「どうして自由の国で、イスラムの女の子のスカーフにあれほど目くじらを立てなければいけないの?!」

 これらの疑問に、ヴィノックは、思想史家らしい手法で答えていく。フランスの定義の仕方からして、彼は自分の専門に忠実だ。曰(いわ)く、「フランスは地理ではなく、歴史だ」、「フランスは思想である」。ありがたいことに、ほとんどの話は、フランス革命以後のことで完結する。

 フランス人である、ということは、国民意識抜きには語れないそうだ。まず、長い政治的中央集権化の成果としての国家が生まれ、次第に絶対王権が確立された。フランス革命により、国民主権と国民意識が同時に生まれた。人権宣言によって確立された個人の自立と、国民としての自立という二つの立場を明らかにすることで、共和国としてのフランスが誕生した。

 しかし、フランスは同時に伝統的なカトリック国、「教会の長女」でもある。カトリック的文化は、今でもフランスの在り方を大きく規定している。悔悛(かいしゅん)の秘跡によってものごとを深刻に捉え過ぎずにすむフランス人は、セックスの問題と過ちの観念にとらわれることなく、指導者たちの私生活を問うこともしない。プロテスタント的文化の市民に比べて、責任感も罪の意識も弱い。革命の思想はカトリックに反対することによって成立したが、残念ながら国民の無意識までは変革できなかったようだ。法律に違反しても、フランス人には罪悪感は薄い。

 カトリシズムの統一された世界観、唯一無二の思想共同体、荘厳な儀式や祭壇への憧憬(しょうけい)の念は、フランスの政治生活の様々な場面に忍びこんで生き続けている。フランス大統領が、外国人の目には、しばしば王のように映り、儀式があまりに大仰だと思えるのは偶然ではない。フランスにおける共産党の伝統的な強さも、ヴィノックはカトリック的文化から説明する。共産主義には、カトリック同様、信仰と詩情と英雄的なるものと、博愛の精神があるという。

 フランスは教会の長女であると同時に「革命の母」でもある。しかし、一七九一年以来、一五にも及ぶ憲法が起草されたのは、安定した政治体制を作ることにフランスが失敗したからに他ならない。フランス近代史は、キリスト教的君主制、非宗教的共和国、そして「クーデターと国民投票の組み合わせ」であるボナパルティズムの、三形態の間を揺れ動いてきた。

 ローマ法王とすでに決別していたプロテスタント諸国と異なり、フランス革命は、ローマとの関係を清算しなければならなかった。法王は、個人に信教の自由、宗教の自由、思想の自由を認めた人権宣言を非難した。唯一無二の真理は教会が体現しなければならず、それに疑問を呈する自由は存在しなかった。フランスでは、共和制の形を取る民主主義は、ローマの教えに敵対する形でしか定着することができなかった。ここに有名なフランスの「ライシテ」(フランス特有の国家の脱宗教性の原則)の起源がある。

 宗教的信条は私的なものであり、共和制の理念に従属する。信仰告白は、目立たないよう、控えめに行われなければならない。ある宗教への帰属を明示しないことは、あらゆる神権政治に対する自由の原則を守ることにもなる。学校におけるイスラム教徒のスカーフ問題が、他のキリスト教国と違った様相を呈するのはここに原因がある。

 後半、扱われる様々な現代フランスの問題は、意外なほど日本が抱える問題と似通っている。けれど、根っこが異なれば、解決法もまた違うだろう。今度留学生に質問を受けたときは、こういう風に日本が説明できるようになってみたい。(大嶋厚訳)
    --「今週の本棚:岩間陽子・評 『フランスの肖像』=ミシェル・ヴィノック著」、『毎日新聞』2014年04月13日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20140413ddm015070031000c.html:title]

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