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覚え書:「今週の本棚:小島ゆかり・評 『桜は本当に美しいのか-欲望が生んだ文化装置』=水原紫苑・著」、『毎日新聞』2014年04月20日(日)付。

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今週の本棚:小島ゆかり・評 『桜は本当に美しいのか-欲望が生んだ文化装置』=水原紫苑・著
毎日新聞 2014年04月20日 東京朝刊

 (平凡社新書・929円)

 ◇斬新な仮説と、鋭い読み解き

 「桜は本当に美しいのか」と、いきなり問いかけられて眩暈(めまい)を覚える。あまりにも意外な、いや本当は心の深層にずっと佇(たたず)んでいた問いだからかもしれない。しかしこの問いに答えるのは容易ではない。古典和歌を熟知し、みずからも桜の名歌を何首も詠んでいる歌人がなぜ、この問いに挑んだのだろうか。

 きっかけは東日本大震災であったという。当日まだ咲いていなかった桜は、やがて独り、まるで猛威を振るった自然の一部のように、何事もなかったように平然と、被災地に花を咲かせた。その非情な姿を美しいと感じることができなかったと告白する。

 桜は、遠い昔には、人知れず山中に咲いていた花である。桜を人間の俗界に招き入れ、あえかなはなびらに、堪え得ぬほどの重荷を負わせたのは、私たちの罪ではないか。

 我に触るるな。

 あの春に見た桜は、そう言っていたのかも知れない。

 私たちには、桜を、長い長い人間の欲望の呪縛から、解放すべき時が来てはいないだろうか。(「まえがき」)

 本書の副題はすなわち、「欲望が生んだ文化装置」。第一章「初めに桜と呼びし人はや」の古代神話にはじまり、『万葉集』『古今集』、また『枕草子』『源氏物語』、和泉式部を経て『新古今集』、さらに西行、定家、世阿弥、芭蕉、歌舞伎、近代文学、近現代の短歌、そして第十九章「桜ソングの行方」まで。わたしたち日本人の桜にまつわる美意識と欲望は、どのように創造され演出され、どのように変遷し浸透したのか。

 桜はもともと、稲作の豊凶を占う呪的な花だった。『万葉集』には、その祈りの花が眺める花へと移行してゆく過程が見える。古代的な霊力に満ちた柿本人麻呂の歌から、近代的な繊細さをもつ大伴家持の歌へ。この間(かん)にも時代は刻まれ、そしてすでに、政治的な桜と個人的な桜が登場する。しかしまだ、花の主役は桜ではなく梅。中央集権国家への道筋は、文化においても中国に学ぶことであった。

 愛と死をうたうことは得意でも、思想性に欠ける和歌の力となったのは、言葉による呪力である。ところが、人麻呂の歌がもっていたような言葉の呪力が現実にはもう喪(うしな)われてしまったとしたらどうか。「そこで、導入されたのが、本来呪力を持つ桜ではないだろうか」と著者は言う。

 さらに、悲運の帝王歌人・後鳥羽院の執念により編まれたような『新古今集』において、不在・非在の桜が好んで詠まれ、それはつまり、王朝文化の終わりを予感させるものではなかったかとも言及する。

 圧巻は、西行と定家。歌でおのれを突き詰めて、今までに誰も詠んだことのない、「心」そのものをあらわにしてしまった西行。その西行をもっとも正しく理解したゆえに、過剰なまでの修辞を駆使して、結果的に生の根源的な不安を照らし出した藤原定家。

 「西行と定家は、実は背中合わせに同じところにいるような気がする」という指摘は、歌の歴史と本質に関わる最大のテーマに対する、見事な回答であると思う。

 また、この歌人のライフワークと言ってもよい能・歌舞伎の鑑賞や、本居宣長の桜の歌の解説も、おもしろくて注目した。

 斬新な仮説と、作品の鋭い読み解きによる独特の展開は、桜に対する新たな覚醒を促して、最後まで読者を飽きさせない。 
    --「今週の本棚:小島ゆかり・評 『桜は本当に美しいのか-欲望が生んだ文化装置』=水原紫苑・著」、『毎日新聞』2014年04月20日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20140420ddm015070019000c.html:title]

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