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日記:「憲法の価値は個人の尊重(尊厳)にあり、憲法は国家を縛るための道具だ」

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 憲法学者も、立憲主義の重要さは当たり前すぎるからなのか、改めて説明されることは少なかったように思います。私は、30年以上前に法曹養成に携わりはじめた当初から、「憲法の価値は個人の尊重(尊厳)にあり、憲法は国家を縛るための道具だ」と言い続けてきました。15年ぐらい前からは、立憲主義のポイントを誰でも理解できるように「法律と憲法では矢印の向きが逆だ」と説明してきました。法律は国民の権利を制限したり、義務を課するものです。これに対して、憲法は、国民が国に守らせるためのものです。国が国民に命令するのが法律であるのに対して、国民が国に命令するのが憲法なので、その関係を「矢印の向きが逆だ」と言ってきたのです。誰に向けられた法か、つまり法の名宛人がまったく違うという本質を理解してもらいたかったのです。
    --伊藤真『現代語訳 日本国憲法』ちくま新書、2014年、285頁。

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当たり前すぎるから当たり前すぎることに関して言及することが少なくなってしまうのは、憲法(学)に関する議論にだけ限定される問題ではなく、私自身、教養教育に従事するなかでもおなじことを繰り返してしまいますが、過度に言及しなかったために、その当たり前すぎることが、当たり前であることのはしごをどかされてしまうことがあるかもしれませんので、そのことに警戒的であるべきなのかも知れません。

昨今、憲法に関する議論において、所謂law-makerと称される国会議員諸氏においても、その当たり前に関することの理解に著しく問題のある御仁が多々散見されるのですが、これも当たり前に関する健忘症のごとき事例なのでしょう。

憲法とは、国家や国家に従事する人間を「縛る」もの。しかし、なぜか自身の言説からも「自由」であることを自由主義者と錯覚するが如く、憲法に関しても「当たり前」の前提を理解せず、法治を遂行しているつもりの人治というのは、近代以前の封建主義の時代なのかと頭を抱えてしまうのですが……

ああ、そうか。

この國の為政者というのは、民草に奉仕するという存在ではなくして、民草よ、権力者に奉仕せよという伝統ですから、さもありなん……か。

……では、よくない訳ですけれども。


むむむ。


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