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書評:稲葉剛『生活保護から考える』岩波新書、2014年。


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稲葉剛『生活保護から考える』岩波新書、読了。生きるための最後の砦である生活保護制度が今、重大な岐路に直面している。本書は当事者の声を紹介するとともに、何が問題なのか問い直す一冊。豊富な事例から現象の側面があきらかにされるだけでなく、その背景となる日本人の歪んだ心性にもメスを入れる。

第1章では、現在の自公政権で実施された生活保護基準の引き下げについてその問題点を検証する。最後の砦が低減されることはそのボーダー層をも巻き込んでしまうことを忘れてはいけない。第2章では福祉事務所での「水際作戦」と補足率の低さを明らかにする。第3章では、芸能人親族の生活保護バッシングから沸騰した扶養義務強化の問題を取り上げる。全ての人が家族とは「温かい」“関係”である訳でもないし、先進各国の中で扶養義務対象が広いのは日本だけ。第4章では利用当事者の声を背景から紹介する。終章(5)では、13年に提出された生活保護法改正案と生活困窮者自立支援法案の問題点を腑分けする。人権制限論に「寛容」であっていいのだろうか。問われるのは日本社会の矮小化された「自立」感覚とその更新であり、最後に生活保障法を提案する。

厚生労働省は生活保護を受けることを「受給」と呼ぶが著者は「利用」という語を用いる。主体的に制度を使うという意味を込めて「利用」する。なぜ、後ろ目がる必要があるのだろうか。利用者を追い込んでいるのは、「ふつー」の日本人の錯誤した感覚に由来する。

現政権は震災後の「絆」に便乗し、基準引き下げと扶養義務強化を高調するが、「絆原理主義」は国の責任の後退であり、それは「個人の尊厳を守るため、公私二分法からの脱却を目指してきた歴史」の歯車を逆回転させるものであり、自発的支え合いをも破壊する暴挙になろう。

当事者の声は本書の山場。ある受給者は、「友人にうち明けられない事」と自分自身が「『生活保護制度』の事を受け入れられない事」が辛いことだと告白する。一人の友人にうち明けたとき「楽してお金が貰える。というふうに思わないで」と言われたという。

生活保護は「徴兵逃れ」でも「楽してお金が貰える制度」でもない。「日本社会では人々の怒りや不満が貧困や格差を生み出している社会構造になかなか向かわない」。兵役のような労働環境や構造そのものに目を向けず、バッシングを繰り返しても詮無いことだ。

著者はこの日本社会の心性を「弱者の正義」と指摘する。これはシベリア抑留詩人・石原吉郎の言葉。「自分の生きのびる条件をいささかも変えることがないにせよ、隣人があきらかに有利な条件を手にすることを、彼はゆるせないのである」(『弱者の正義』)。

「石原はこうした状況下では嫉妬は『正義の感情に近いものに転化する」と言います。そして、この嫉妬こそ『強制収容所という人間不信の体系の根源を問う重要な感情』だと断言しています」。弱者の正義が広がる現在の日本社会は変革を仰ぎ見ない強制収容所といっても過言ではあるまい。

実際に優位にあるかなど関係ない。そう「見える」人々は正義の名のもとに攻撃されるし、在日外国人へのヘイト・スピーチとも通底する。本書はいわば「生活保護から考える」日本の現在。制度設計だけでなく、ひとりひとりのあり方と意識の更新が問われている。


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