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覚え書:「今週の本棚:井波律子・評 『秘密 上・下』=ケイト・モートン著」、『毎日新聞』2014年05月04日(日)付。


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今週の本棚:井波律子・評 『秘密 上・下』=ケイト・モートン著
毎日新聞 2014年05月04日 東京朝刊

 (東京創元社・各1944円)

 ◇母はなぜ男を殺したのか、半世紀経て判明

 オーストラリアの作家ケイト・モートンが著した本書『秘密』は、まことに精緻に組み立てられた、文句なしの秀作ミステリである。四年前に翻訳が刊行された『忘れられた花園』も興趣あふれる作品だったが、スリリングな展開といい、結末のドンデン返しの鮮やかさといい、本書のほうが、ミステリとしての魅力も完成度も高いように思われる。

 一九六一年夏、英国サフォークの農家(ファームハウス)に住む四人姉妹の長女である、十六歳の少女ローレルは、まだ二歳だった末の弟のジェリーとともにいた、美しい母のドロシーが、不意に訪れた未知の中年男を刺殺する現場を、かげから目撃する。事件は正当防衛として処理されるが、その後、ずっと彼女の心にしこりとなって残る。これをきっかけに、『秘密』の物語世界は、二つの時間帯を交錯させながら展開されてゆく。

 その一つは、この事件から五十年後の二〇一一年。有名な女優になったローレルは、すでに九十を超え、病んで余命いくばくもない母を見舞ううち、見知らぬ若い女性とともに写る若き日の母の写真を見つける。これを機に、彼女は、母が口を閉ざして語らない、父と結婚をする前の過去と、あの事件が関わっていることを確信し、母の過去の追跡に着手する。ローレルの協力者は、事件当時、幼児であり、今は天文学者になった聡明な弟ジェリーだった。二人の追跡によって、母ドロシーは第二次世界大戦のさなか、ロンドンの豪壮な屋敷に住む老婦人に仕えており、ともに写真に写っているのは、向かいの屋敷に住むヴィヴィアンという裕福な女性、そして彼女の夫の作家こそ、母が刺殺した男だということが、しだいに明らかになる。さらにまた、母には当時、戦争写真家のジミーという恋人があり、母、ジミー、ヴィヴィアンの三人の間には、葛藤があったらしいこともわかってくる。大いなる謎にひたひた迫る、この過程の描写はスリリングというほかない。

 もう一つの時間帯は、一九四〇年代初頭、戦時下のロンドンである。ここには、明日の命の保証のない危険な時代に、若い野心家のドロシー、誠実な恋人ジミー、深い影を背負うヴィヴィアン、および彼女に異様に執着する夫ヘンリーが、愛し憎み、あるいは必死にあるいは残酷に生きる姿が活写されている。このもつれた人間模様はある日、ドロシーの下宿を直撃した爆弾によって一瞬のうちに吹き飛ばされる。ジミーの死を告げに来たヴィヴィアンは爆死、生き残ったドロシーはロンドンから遠く離れた海辺の下宿屋にたどりつき、メイドとなる。やがて彼女は下宿屋の息子であるローレルの父と恋に落ち、幸せな結婚をして四女一男をもうけ、第二の人生を歩む。まさに波瀾(はらん)万丈のドラマである。

 しかし、これだけでは、なぜ母ドロシーがヴィヴィアンの夫を刺殺したか、根本的な謎を究明するには至らない。それもやがて意外な事実が判明し、最後にすべてが明るみに出される。ローレルが突きとめた真実を穏やかに肯定した母は、子供たちに見守られながら眠るように息を引き取る。二転三転した物語世界はこうして静かに幕を下ろすのである。

 すぐれたミステリでありながら、おりおりに登場する子供の描写が実に生き生きしているなど、登場人物が微妙に描き分けられているのも、この作品の特徴である。結末がわかった後も、仕掛けをたどり直しつつ、読み返したくなる稀有(けう)のミステリだといえよう。(青木純子訳) 
    --「今週の本棚:井波律子・評 『秘密 上・下』=ケイト・モートン著」、『毎日新聞』2014年05月04日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20140504ddm015070024000c.html:title]

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