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覚え書:「今週の本棚:三浦雅士・評 『新訳 紅楼夢 全七冊』=曹雪芹・作」、『毎日新聞』2014年05月11日(日)付。


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今週の本棚:三浦雅士・評 『新訳 紅楼夢 全七冊』=曹雪芹・作
毎日新聞 2014年05月11日 東京朝刊


 (岩波書店・3456-4752円)

 ◇詩歌の楽しみ、語り尽くす名訳

 中国文学の傑作『紅楼夢』の新訳。一気に読んで深い感銘を受けた。以前、『水滸伝』『金瓶梅』を読んでその中国的過剰とでもいうべきものに辟易(へきえき)した。そんなこともあって『紅楼夢』は冒頭数回で放棄していた。今回通読できたのは文章が読みやすく注が適切だったからだが、それ以上に詩歌の扱い方が従来の翻訳とは違っていたからである。『紅楼夢』は漢字すなわち表意文字の富、表意文字による詩歌の富を語って余すところがない。その美点が読者にまっすぐに伝わってくる。

 小説としての『紅楼夢』がいかにすぐれているかは、たとえば井波律子『中国の五大小説』(岩波新書)が簡潔に語っている。政治経済から料理衣裳(いしょう)にいたるまで、十八世紀を描くことでは同時代の西洋文学をはるかに抜いている。ここで、宝玉と黛玉(たいぎょく)、宝釵(ほうさ)といった主人公たちが繰り広げる物語を紹介するまでもないだろう。要は、受験勉強に徹底的に反抗し、ひたすら芸術的感受性に従おうとする宝玉なる少年が、事情があって大観園なる広大な宮殿に美少女十数人とともに住まうということなのだが、そこでの遊びはただひたすら文学に、すなわち詩歌を詠むことにあったのである。

 漢文、唐詩、宋詞という。『紅楼夢』は、なかでも、詩と詞の遊び方、楽しみ方を語って、あますところがない。日本でいえば、王朝ならば歌合せ、中世ならば連歌、近世ならば連句ということになるが、そういう遊戯としての文学、社交としての詩歌の、実際的な楽しみ方を十数人の少女たちを通して教えてくれるのである。事物に寄せて詠み、景色に寄せて詠む。謎を与え、謎を解く。さらに連詩を巻く。詞は小唄とも歌謡曲とも訳されるが、今様と言ってもいい。したがって宝玉は、日本でいえばさしずめ『梁塵秘抄』の後白河法皇と『新古今和歌集』の後鳥羽上皇を合わせて少年にしたようなものだ。

 この『紅楼夢』の美点を、訳者は、原詩を掲げ、読み下しの文語訳を掲げ、さらに噛(か)み砕いた口語訳を掲げるという工夫で、見事に表している。一例を挙げる。「寄言衆児女/何必覓閑愁」、「言を衆児女に寄す/何ぞ必ず閑愁を覓(もと)めん」、「少年少女の皆さんへ/つまらぬ悩みは無用です」。ちなみに従来の翻訳では口語訳のみ。とりわけ第七十八回の、晴〓(せいぶん)の死を悼む宝玉の長詩「芙蓉女児誄」が素晴らしい。

 むろん詩の優劣を論じ、詞の可否を判断するほどの素養がこちらにあるわけではない。しかし、詩歌の遊宴の実際がどのようなものであったか、あるべきと思われていたかは、手に取るように分かる。のみならず、根本は古今東西変わらないということも分かる。詩歌の根源に潜む愁いを中国文学はしばしば仙境に託して語るが、宝玉も少女たちもすべて仙女の化身、愁いは仙境への郷愁である。「あの青い空の波の音が聞こえるあたりに/何かとんでもないおとし物を/僕はしてきてしまったらしい」という谷川俊太郎の詩「かなしみ」の一節と違ったものではない。郷愁は言語空間にこそ潜む。

 『紅楼夢』は八十回までが曹雪芹(そうせっきん)、後の四十回は余人の補作と言われる。だが、最後の句「話がつらくなるにつれ/デタラメぶりも ますます悲し/そもそも人生は夢なのだから/お笑いめさるな みなおバカさんねと」は、『夏の夜の夢』の末尾「この狂言、まことにもって、とりとめなしの、夢にもひとしき物語、けっしてお咎(とが)めくださいますな」と見事に呼応している。補作者も凡手ではない。名訳の登場を喜ぶ。(井波陵一訳)
    --「今週の本棚:三浦雅士・評 『新訳 紅楼夢 全七冊』=曹雪芹・作」、『毎日新聞』2014年05月11日(日)付。

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