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覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『焼跡からのデモクラシー 上・下』=吉見義明・著」、『毎日新聞』2014年05月11日(日)付。


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今週の本棚:加藤陽子・評 『焼跡からのデモクラシー 上・下』=吉見義明・著
毎日新聞 2014年05月11日 東京朝刊


 (岩波現代全書・各2484円)

 ◇国民が確かにつかんだ平和と民主の思想

 第二次世界大戦が日本の敗北で終わってから68年余。その間、日本および日本人は、国家による戦闘行為によって他国の人々を一人も傷つけることなく戦後を生きてきた。その戦後日本の来歴を考えるとき、どうしても避けて通れない問いがある。戦後の日本人の多くが支持してきた平和主義や民主主義の考え方は、アメリカをはじめとする占領軍によって与えられたものなのだろうか、との問いである。

 この問いに対しては、日米の碩学(せきがく)二人がすでに答えを準備してくれている。憲政史が専門の坂野潤治は、『昭和史の決定的瞬間』(ちくま新書)で、民主主義の確かな伝統が日本の自前の歴史の中にあったと説く。1936年から37年にかけて、平和を目指す「自由主義」(担い手は民政党など)と、社会改良を目指す「社会民主主義」(担い手は社会大衆党など)が花開いたが、これらの勢力は軍部を前に共闘できなかった。だが、敗戦で軍部が消滅したことで、自由主義と社会民主主義が復活してきたとする。

 いっぽう、『敗北を抱きしめて』(岩波書店)でピュリツァー賞に輝いた歴史家ジョン・ダワーは、占領期の日本が変貌を遂げた要因をアメリカによる上からの改革に求めるのではなく、アメリカ内部の改革派と日本の民主主義グループの合作の過程とみた。

 本書の書き手の吉見義明は、これら二つの説明に決定的に欠けていた二つのポイントがあったのではないかと問い返す。一つは、戦時中の日本人の戦争体験であり、いま一つは、修養・共助・平和などを重視する「民衆道徳の世界」であった。ならば、普通の人々の戦争体験と民衆道徳を対象として、戦前から戦後を通じた叙述にとりかかればよい。これは簡単なことではないのか。

 「戦後思想は戦争体験の正確な反映」(『戦争が遺(のこ)したもの』新曜社)と喝破したのは小熊英二だったが、これまで歴史学は、普通の人々の戦争体験を普遍化して描くという、一見すると簡単そうに見える作業に失敗してきた。その理由を、評者自身の反省をふまえてまずは考えてみたい。近代日本の学校や軍隊においては、人格形成の一助として作文や日記が奨励されたので、人々は意外にも自らの体験を熱心に記録に遺してきた。記録がないのではない。問題は、歴史家が用いようとする、普通の人々の個々の体験や記録が、その時々の国民全体の記録のビッグ・データの中でいかなる位置にあるのか判然としないところからくる。

 これは仕方のないことではあった。典型的かつ象徴的な事例と信じて歴史家は、ある人物の遺した記録や文章を引用して歴史を描く。だが、そのような引用をいくら積み重ねても、引用した事例と国民全体の記録との関係性が見えなければ、都合の良い事例を摘(つ)まみ食いしただけ、との批判から逃れられない。

 ならば、どうしたらよいのだろう。著者の見いだした解決策は、正攻法であるとともに独創的なものだった。日本国民全体の意識や記録のビッグ・データが、時期を限れば確かに存在していることに著者は気づく。日本占領にあたった連合国軍総司令部(GHQ)の民間検閲局が、1945年秋から49年11月まで日本で発行された新聞・雑誌・図書などの出版物や郵便物をプレスコード(日本出版法)に基づいてまるごと検閲していた、その資料群があるではないか、と。現在ではプランゲ文庫と呼ばれ、アメリカのメリーランド大学に所蔵されている資料群は、当時の労働組合支部の機関誌や地域の青年団報などをはじめとし、記事レコード数にして322万件に上る記録からなっている。その豊かな資料の海に著者は飛び込み、2年間にわたって格闘を続けた。

 これまで、民衆の個別の戦争体験や民衆道徳を分析するためには不可欠だと自覚されながらも、実際には無理なことと諦められてきた、国民全体の意識や記憶のビッグ・データを著者は見事に手に入れた。ミニコミ誌や俳句・短歌の同人誌にいたるまで、戦後に花開いた日本人の表現活動をまるごと検閲しようとした占領当局の権力には震撼(しんかん)させられるが、それゆえに、日本国民の戦争体験や民衆道徳の実相が綺麗(きれい)に遺されることとなったのも事実だった。

 最後に、国民の声を二つだけ引いておこう。長野県下のある女性は、47年6月20日号の青年団報の中で、「だました政府の悪(わ)るい事はもちろんですが、しかしだまされた私達国民には罪はないだらうか。其(そ)の愚かさ、それもまた一つの罪であると私は思います」と書いていた。福岡市で発行されていた『鉱山クラブ』48年9月号には、「戦に依(よ)って敗れて取ったデモクラシーなるが故に、私は尚更(なおさら)貴重なデモクラシーでなければならないと思ふ。此(こ)のデモクラシーの奥には幾百万の尊い民族の血が今尚濤々(とうとう)として流れてゐる」との感慨が綴(つづ)られていた。占領下に生きた国民は、深刻な戦争体験を通じ、平和と民主の思想を自前で確かに掴(つか)んでいたことがわかる。
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『焼跡からのデモクラシー 上・下』=吉見義明・著」、『毎日新聞』2014年05月11日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20140511ddm015070033000c.html:title]

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