« 覚え書:「今週の本棚:内田麻理香・評 『マリー・アントワネットの植物誌』=エリザベット・ド・フェドー著」、『毎日新聞』2014年05月11日(日)付。 | トップページ | 覚え書:わたしたちは、いい人だと言われただけで安心していられない »

覚え書:「今週の本棚:村上陽一郎・評 『現代社会と紛争解決学』=安川文朗、石原明子・編」、『毎日新聞』2014年05月11日(日)付。

2_2

-----
 
今週の本棚:村上陽一郎・評 『現代社会と紛争解決学』=安川文朗、石原明子・編
毎日新聞 2014年05月11日 東京朝刊


 (ナカニシヤ出版・2376円)

 ◇紛争の変容目指す第三者の介入方法

 かつて大学で「平和」を巡る研究プロジェクトに携わっていたとき、ある人から極めて直截(ちょくせつ)・簡明な、しかしある意味では痛棒(つうぼう)にも似た言葉をかけられたことがある。平和学が論じられるようになって、ずいぶん時間が経(た)つが、それで世界の隅々から、戦争が消えた、あるいは少なくとも少なくなった、という話は聞かないね。

 学問と実践、あるいは学問的成果とその社会的実装、という問題の、最も鮮明な現場が平和を巡る問題かもしれない。元々「平和」が抽象的な概念であることも背後にあるとも言えるが、その面での一つの突破口が、「平和」を裏から捉えることだろう。それが「紛争解決」という問題意識を生み出した動機の一つであろうか。

 「紛争」ということになれば、小は家庭内のいざこざから、大は民族紛争にいたるまで、様々(さまざま)なレヴェルが考えられる。日本でもADR法と略称される法律が平成十六年に制定されているが、本来は「裁判外紛争解決手続き」という名を持っている。Dは「紛争」を意味する<dispute>の頭文字であるが、本書では、「紛争」はおおむね「コンフリクト」(conflict)と呼ばれている。

 紛争と向き合う立場としては、紛争が直截に「解決」できる可能性は現実には少ないことを踏まえて、紛争の管理(つまり、紛争は完全になくなることはないから、害の少ない形で管理する)が現実的である、という形もあり得るが本書の基本姿勢は、紛争変容を目指すところにある、と考えられる。そして実際に紛争に介入する際の手段として、当事者同士の間での方法も当然あるだろうが、主として第三者による介入の場合の具体的な方法が説かれる。編者の一人石原の第一論文では、そうした内容の総説的な見取り図が描かれる。ただ、そこで提示される様々な方法(例えば「対話の仲介」、心理ケア、アドボカシー、アートを用いる方法など)が、必ずしも体系的に各論で論じられるわけではないのが、心残りと言えば言えるかもしれない。第二論文での外村晃の所論では、「解決」と「変容」の二つのモデルの比較検討が、綿密な形で行われているので、本書の核心に読者は触れることができるだろう。

 以下で、都合九人の寄稿者(編者の二人を含む)が、それぞれの観点から、立論を試みるが、第四論文のレビン小林久子は、前述のADR法を土台に、現代社会における紛争、あるいは議論が対立する課題の処理、もしくは意志決定について論じているのが目を引く。民主制の社会では、利害の当事者たちの価値観の多様性が、様々な対立の原因となる。「熟議」などの方法が日本でも取り入れられつつあるが、ここにも原理的問題と実践との間の溝がある。とくにコミュニティ・レヴェルでの実践にヒントがある。

 森大輔の第五論文では、国際司法裁判所における裁判や調停の詳細の分析が試みられる。第九章の菊池健の論文では、ADR法のある意味では最も直接的な対象でもある医療の分野が取り上げられる。いわゆるクレーマー的な患者の問題も含めて、当事者には参考になるところが多いだろう。

 いささか硬い話題で、必ずしも一般的な読者の期待できる書物ではないかもしれないが、実際には、極めて身近な問題に繋がることでもあり、紹介する価値を十分に認めた。ただ、やむを得ない性格の話題とはいえ、カタカナ語の氾濫には、いささか鼻白んだことも蛇足ながら付け加えよう。
    --「今週の本棚:村上陽一郎・評 『現代社会と紛争解決学』=安川文朗、石原明子・編」、『毎日新聞』2014年05月11日(日)付。

-----

[http://mainichi.jp/shimen/news/20140511ddm015070020000c.html:title]

Resize1048



|

« 覚え書:「今週の本棚:内田麻理香・評 『マリー・アントワネットの植物誌』=エリザベット・ド・フェドー著」、『毎日新聞』2014年05月11日(日)付。 | トップページ | 覚え書:わたしたちは、いい人だと言われただけで安心していられない »

覚え書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/451663/56164742

この記事へのトラックバック一覧です: 覚え書:「今週の本棚:村上陽一郎・評 『現代社会と紛争解決学』=安川文朗、石原明子・編」、『毎日新聞』2014年05月11日(日)付。:

« 覚え書:「今週の本棚:内田麻理香・評 『マリー・アントワネットの植物誌』=エリザベット・ド・フェドー著」、『毎日新聞』2014年05月11日(日)付。 | トップページ | 覚え書:わたしたちは、いい人だと言われただけで安心していられない »