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書評:河添房江『唐物の文化史 舶来品からみた日本』岩波新書、2014年。


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河添房江『唐物の文化史 舶来品からみた日本』岩波新書、読了。唐物とはもと中国からの舶来品を指す言葉で、転じて広く異国からもたらされた品を指す。本書は、古代から現代まで、唐物というモノを通して日本文化の変遷を問う一冊。日本人はなぜ舶来品が好きなのか--その情景の軌跡を追う秀逸な精神史。

古代から近世まで、唐物が日本文化にどのように息づいているのか。本書は美術品や歴史資料だけでなく文学作品からも浮かび上がらせる。唐物とは権威と富の象徴でもあるから、聖武天皇から吉宗まで、その時代のキーパーソンと「モノ」との関わりにもスポットを当てる。

唐物は天皇を中心とした王権に吸収されそこから臣下へ再分配される構造で、珍奇なモノに留まらず書籍や仏典をはじめとする文物による異文化摂取として始まる。摂取の過程では、日本で模倣された唐物も生まれるから、日本文化は舶来文化吸収の歴史とも言えよう。

例えば、遣唐使廃止は国風文化を創造したと教科書は書くが、その実像はどうか。危険で負担の大きい朝貢使は廃止されたが、大陸からの文物や情報の流入が確保された故の廃止であり、富の集中した平安京は、唐物を拒絶したよりも、ブランド品としてむしろ一層欲求している。

平安の貴族はステイタスシンボルとして、武家の時代には、政治的には文化装置として定着する。南蛮貿易とその終焉は、唐物屋を生み出し、庶民と唐物をつなぐ架け橋となる。洋装全てを扱った唐物屋は明治末期に、分業して専門店化する。これが唐物屋の終焉だ。

河添房江『唐物の文化史』岩波新書。舶来品をつねに受け入れつつ形成されたのが日本文化の歴史の特徴であるとすれば、他者と隔絶された状態で純粋培養される「文化」とは神話に過ぎないかも知れない。モノを巡るスリリングな考察は私たちの認識を更新するだろう。

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 唐風の文化の受容によって和の文化が成熟すると、漢と和を対比する意識が生まれるが、その一方、和漢融合は絶え間なくおこなわれてきたのではないか。和の文化が師絵熟していけば、おのずといつの時代にも和漢並立と和漢融合は同時に起こりうるし、平安時代も珠光以降の時代もその歴史を繰り返してきたと考えられる。唐物をめぐる諸事象のドラマは、まさにそのような日本文化の歴史をも照らし返していると思われるのである。
    --河添房江『唐物の文化史 舶来品からみた日本』岩波新書、2014年、224頁。

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