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覚え書:「今週の本棚:海部宣男・評 『「科学者の楽園」をつくった男-大河内正敏と理化学研究所』=宮田親平・著」、『毎日新聞』2014年06月01日(日)付。

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今週の本棚:海部宣男・評 『「科学者の楽園」をつくった男-大河内正敏と理化学研究所』=宮田親平・著
毎日新聞 2014年06月01日 東京朝刊


 (河出文庫・994円)

 ◇ドラマチックな日本科学創成史

 実は、いま話題の理化学研究所への関心から、本書の前身・日経ビジネス人文庫版を手に取った。ところがこれ、明治から終戦の日本近代科学創成史そのもので、STAP細胞騒ぎなどすっ飛ぶ、とんでもなく面白い本。河出文庫版が出たので、これ幸いと取り上げる次第である。

 出だしからして、ロンドンの夏目漱石だ。前半の主な役者は、漱石に「本格的学問」を考えさせた化学者池田菊苗、日本経済創設の立役者渋沢栄一、タカジアスターゼの高峰譲吉、日本初の国際的物理学者長岡半太郎、ビタミンで知られる鈴木梅太郎、鉄鋼の神様本多光太郎、随筆でも有名な寺田寅彦など。全編の主人公が、理研を興隆に導いた工学者、大河内正敏。日本科学の創成期を彩った傑物たちの逸話だけでも楽しい。

 維新から五〇年を経た一九一六年、政府が援助する財団法人・理化学研究所が発足した。渋沢栄一の強力な支援は、記憶されるべきだろう。米国やドイツで大科学研究所が次々設置されるのを見た高峰譲吉が「日本は何時(いつ)までも外国の模倣ではいけない、まず基礎研究を進める国民科学研究所を」と説いたのに、深く賛同した。当時大学の整備は進んでいたが研究は教育の従、学閥の弊も甚だしかった。理化学研究所は、応用も念頭に基礎研究をという高い理想を掲げた、日本最初の科学研究所だったのだ。だが政府の支援も民間の寄付も少なく、経営は行き詰まった。ここで大河内の登場となる。

 理研第三代所長・大河内は、人物の幅が広く精力的だった。化学部と物理部がもめていた理研に「主任研究員制度」を敷いて、一気に対立をなくしてしまう。「部」は撤廃、人員・予算を主任が裁量する研究室だけがある。研究者は対等で、何を研究してもよい、研究費は心配するなというのだから、確かに研究者の楽園だ。そしてこれが、大変な効果を発揮するのである。闊達(かったつ)な議論が交わされ、異なる研究室間でも互いに応援にゆく。その自由さに驚き感激した朝永振一郎は、義務や制限のないことが研究者の意欲を刺激し成果が生まれると書いている。この雰囲気は尊ばれて大学へも波及し、多くの人材を生んだ。

 財政難はどうなったか。大河内は会社を興し理研が生む発明で収入を得る道に突き進んで、成功を収める。有名な理研ビタミン、理研酒から、アルマイト、理研感光紙、ピストンリングなど理研が送り出した発明や工業化の数々は、社会にも大きな影響を及ぼした。大戦前夜には六三社・一二一工場を持つ、まさに「理研コンツェルン」となる。大河内はほとんどの代表で、ワンマン経営で研究所の経費を稼いだ。超人的な活動。だが当然、破綻する。それは戦争への突入による軍事研究・軍需生産拠点化、戦後のGHQによる解体という形で、終末を迎えた。まことにドラマチックな物語。

 ジャーナリストの著者は、最終章で理研が残したもの、近代日本の科学と研究を振り返る。波瀾(はらん)万丈の歴史を見てきただけに示唆含蓄に富み、出色の科学社会論である。漱石が「現代日本の開化」でつとに喝破したように、「他発性」の近代文明を消化し追いつこうと息せき切ってきた日本。一部では世界に伍(ご)しもした日本。科学の世界でも起こったその現実を、本書は理化学研究所という壮大な「実験」を通して鮮やかに活写した。

 いま理研は、成果を迫るトップダウンの巨大研究と組織の急膨張の中で疲弊しているかに見える。果たして研究の理想に立ち戻ることができるか。 
    --「今週の本棚:海部宣男・評 『「科学者の楽園」をつくった男-大河内正敏と理化学研究所』=宮田親平・著」、『毎日新聞』2014年06月01日(日)付。

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「科学者の楽園」をつくった男:大河内正敏と理化学研究所 (河出文庫)
宮田親平
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