« 覚え書:「今週の本棚:本村凌二・評 『禁欲のヨーロッパ』=佐藤彰一・著」、『毎日新聞』2014年06月08日(日)付。 | トップページ | 日記:橋川文三の吉野作造観:橋川文三『昭和維新試論』講談社学術文庫。 »

覚え書:「今週の本棚:若島正・評 『TTT-トラのトリオのトラウマトロジー』=ギジェルモ・カブレラ・インファンテ著」、『毎日新聞』2014年06月08日(日)付。

2_4

-----
 
今週の本棚:若島正・評 『TTT-トラのトリオのトラウマトロジー』=ギジェルモ・カブレラ・インファンテ著
毎日新聞 2014年06月08日 東京朝刊

 (現代企画室・3888円)

 ◇全篇にあふれる声、喪失の悲しさただよう

 キューバの作家であり、カストロが政権を掌握してからは祖国を離れ、ロンドンに移住して母国語のスペイン語のみならず英語でも執筆活動を続けた、ギジェルモ・カブレラ・インファンテの代表作が遂(つい)に翻訳された。近来の快挙である。早口言葉を活(い)かした邦題もふるっていて、『TTTトラのトリオのトラウマトロジー』という。

『TTT』は何よりもまず声の本である。あふれるほどの声、声、声。革命前夜、バティスタ政権下のハバナで、歓楽街にたむろして夜ごとの乱痴気騒(らんちきさわ)ぎをくりかえす男たちの猥雑(わいざつ)な声がある。さらには、女たちの声もある。精神科医とのセッションで語り続ける女。道端で訳のわからないことをつぶやいている狂女。そして女たちのなかで最も印象的なのは、断章「彼女の歌ったボレロ」に登場する、巨漢女のラ・エストレージャだ。けたたましい鼾(いびき)をかく、グロテスクな女性でありながら、ひとたび歌を歌えば彼女はこの世のものとは思えない歌姫に変身する。「そのメロディーが胸から、巨乳から、太鼓腹から、あの巨体全体から流れ出て……真に心に迫るその流れるような柔らかい声、油の利いた体からプラズマのごとくコロイド状に流れ出るその声を前に、僕はオペラで鯨が歌ったとかいう挿話のことなど考える間もなく、体に激震が走るのを感じた」

 それでは、なぜここにはこれほどまでに声があふれているのか。それは、声として出る言葉や歌がその時その場かぎりの体験であり、キューバを離れたカブレラ・インファンテが書く、今ここには決定的に失われているものだからではないか。その意味で、カオスとしての声たちが集まって形作るのは、失われたあの時のハバナでもある。スペイン語の原書の題名は、直訳すれば「三頭の寂しい虎」であり、そこには喪失の悲しさがただよっている。あの圧倒的なラ・エストレージャですら、死んでしまうと後には「凡庸なレコード一枚」しか残らない。虎は死んだら皮を残すというが、本書でカブレラ・インファンテが再現しようと試みているのは、決して皮ではなく、虎そのものなのだ。トラ・トラ・トラ!

 英訳版の題名は、やはりこれも直訳すれば、「三頭の囚(とら)われた虎」になる。「囚われの精神」がやり場のない活力をぶちまけたような、ハバナの喧噪(けんそう)がこうしてリアルに再現される一方で、ここにはその檻(おり)から脱出しようとするベクトルもはっきりと見て取れる。それは、高速道路を突っ走る男たち二人が「このまま走り続けてハバナじゃなく四次元へ辿(たど)りつこうとしている」というくだりにもうかがえる。それを実現しようとする手法が、全篇に満ち満ちている執拗(しつよう)な言葉遊び、タイポグラフィカルな仕掛け、キューバ文学のみならず世界文学にまで広がるさまざまな文体模写や文学的引用にもじり、直線的な物語ではなく断章から組み立てた作品構成だ。ポストモダン小説にも通じるこうした趣向によって、本書『TTT』はいつのどこでもない、従って現在の日本にいるわたしたち読者にもアクセス可能な、まさしくこの書物の中にしかない、カブレラ・インファンテ独自の不思議な時空間を作り上げている。それがおもしろくないはずがないではないか。

 この憑(つ)きものに取り憑かれたような書物の、あふれる声を掬(すく)い上げ、痙攣(けいれん)的に連発される駄(だ)洒落(じゃれ)も帯に謳(うた)われるように「超訳」し、カブレラ・インファンテの真剣な遊びに徹虎徹尾つきあった、訳者の虎軍奮闘ぶりは最大級の賛辞に値する。(寺尾隆吉訳)
   --「今週の本棚:若島正・評 『TTT-トラのトリオのトラウマトロジー』=ギジェルモ・カブレラ・インファンテ著」、『毎日新聞』2014年06月08日(日)付。

-----

[http://mainichi.jp/shimen/news/20140608ddm015070013000c.html:title]

Resize1303


TTT: トラのトリオのトラウマトロジー (セルバンテス賞コレクション)
ギジェルモ・カブレラ インファンテ
現代企画室
売り上げランキング: 304,631

|

« 覚え書:「今週の本棚:本村凌二・評 『禁欲のヨーロッパ』=佐藤彰一・著」、『毎日新聞』2014年06月08日(日)付。 | トップページ | 日記:橋川文三の吉野作造観:橋川文三『昭和維新試論』講談社学術文庫。 »

覚え書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/451663/56474751

この記事へのトラックバック一覧です: 覚え書:「今週の本棚:若島正・評 『TTT-トラのトリオのトラウマトロジー』=ギジェルモ・カブレラ・インファンテ著」、『毎日新聞』2014年06月08日(日)付。:

« 覚え書:「今週の本棚:本村凌二・評 『禁欲のヨーロッパ』=佐藤彰一・著」、『毎日新聞』2014年06月08日(日)付。 | トップページ | 日記:橋川文三の吉野作造観:橋川文三『昭和維新試論』講談社学術文庫。 »