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覚え書:「今週の本棚:井波律子・評 『唐代伝奇小説論-悲しみと憧れと』=小南一郎・著」、『毎日新聞』2014年06月08日(日)付。

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今週の本棚:井波律子・評 『唐代伝奇小説論-悲しみと憧れと』=小南一郎・著
毎日新聞 2014年06月08日 東京朝刊

 (岩波書店・7344円)

 ◇最高峰の恋愛小説、自己完結できず挫折

 「唐代伝奇(とうだいでんき)」と総称される一群の短篇小説は、八世紀中頃に始まる唐代中期から十世紀初頭の唐代後期にかけて著された。これらの作品群はすべて文言(ぶんげん)(書き言葉)で書かれ、中国小説史のなかでも突出した完成度の高さをもつ作品が多い。本書は、この唐代伝奇の誕生から下降に至る過程を、特徴的な作品をとりあげつつ、四章仕立てで具体的にたどる。

 まず序論では、唐代伝奇が士大夫(したいふ)、知識人階層の人々の「語りの場」を母胎としながら形成されたという、ユニークな見解が説得的に展開される。すなわち、士大夫階層の人々が集まり、それぞれ自分が見聞した「異(不思議)」なる事件を語り、それが文字化されるに至ったというのである。なお、唐代伝奇における「異」なる事件には怪異現象のみならず、「人間に関わる異常事態、とりわけ男女の普通ならざる恋愛事件」も含まれる。

 古い鏡の魔力をテーマとする作品「古鏡記(こきょうき)」をとりあげた第一章では、この古い鏡が、六朝(りくちょう)時代以来の名門貴族「太原(たいげん)の王氏」と密接な関係を持つことから、唐代伝奇の根源を成す「語りの場」が、さらに遡(さかのぼ)って名門貴族の一族内部の語りに由来し、それが貴族階層の衰亡とともに、外部に流出したとする興味深い見解が、種々の角度から検証される。

 ついでとりあげられる第二章の「鶯鶯伝(おうおうでん)」、第三章の「李娃伝(りあいでん)」、第四章の「霍小玉伝(かくしょうぎょくでん)」はともに「男女の普通ならざる恋愛事件」をテーマとし、いずれも唐代伝奇屈指の秀作と目される。ちなみに、「鶯鶯伝」の作者元〓(げんしん)は白楽天の親友の高名な詩人である。この作品は元〓自身の体験にもとづくとされ、科挙受験のため長安に赴いた若者張生(ちょうせい)とその恋人鶯鶯の恋の顛末(てんまつ)を描く。時の経過とともに疎遠になった二人は、それぞれ別の相手と結婚、後に再会の機会はあったものの、鶯鶯はきっぱり対面を拒絶したという結末をとる。

 一方、「李娃伝」の作者白行簡(はくこうかん)は白楽天の弟であり、唐代伝奇の秀作が白楽天、元〓を中心とする文学集団から輩出した事実を如実に裏書きする。この作品は、科挙受験のため、長安にやって来た名家の御曹司鄭生(ていせい)の転落と再生のドラマを描く。鄭生は有名な妓女(ぎじょ)の李娃に夢中になり一文無しになったあげく、李娃や実の父にまで見放され、転落を重ねて死に瀕(ひん)し、物乞いに身を落とす。どん底の鄭生と再会した李娃は彼を助け科挙に合格させて、正式に結婚、大団円となる。著者は、鄭生を再生させる李娃に生命を吹き込む神話的な「春の女神」を見る。このあたりの論旨の躍動的な展開は、まさに著者の独擅場(どくせんじょう)である。

 最後の「霍小玉伝」の作者蒋防(しょうぼう)も元〓らと親しかった人物だが、物語展開は先の二作とは異なり、陰惨な悲劇そのものだ。すなわち、科挙上級試験をひかえた若者李生(りせい)は、妓女の霍小玉と深い仲になるが、合格後、彼女をあっさり捨てて名家の娘と結婚、霍小玉は、義〓心(ぎきょうしん)に富む豪〓が枕辺(まくらべ)にむりに連れて来てくれた李生に看取(みと)られながら絶命する。彼女の怨念(おんねん)はそれでも消えず、李生は三度の結婚にすべて失敗、不幸な生涯を送る羽目になる。

 超越的な力をもつ豪〓を登場させるなど、恋愛小説として自己完結できなかったこの「霍小玉伝」をもって、著者は唐代伝奇の最高峰をなす恋愛小説のジャンルは挫折したと説く。唐代伝奇誕生の「語りの場」の探究に始まり、そのクライマックスから挫折までの曲折に富む過程をたどる本書の論考は、充実感にあふれ、読みごたえのある力作だといえよう。 
    --「今週の本棚:井波律子・評 『唐代伝奇小説論-悲しみと憧れと』=小南一郎・著」、『毎日新聞』2014年06月08日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20140608ddm015070002000c.html:title]

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