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覚え書:「今週の本棚:池澤夏樹・評 『日本語とハングル』=野間秀樹・著」、『毎日新聞』2014年06月08日(日)付。

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今週の本棚:池澤夏樹・評 『日本語とハングル』=野間秀樹・著
毎日新聞 2014年06月08日 東京朝刊

 (文春新書・832円)

 ◇言葉使い生き生き、得心いく言語論

 言葉はまず個人に属する。

 そして始まりは<話されたことば>である。

 <書かれたことば>はその後から来るし、標準的な語彙(ごい)や文法や正書法はたくさんの個人の言葉を束ねる形で成り立ち、その後に規範となって個々人の言葉を調えようとする。

 日本語についての、言語一般についての、この無類におもしろい本を読んでいてそう思った。著者がそう言っているわけではないが発想はそういうことではないか。

 言葉ならばよく知っている、と誰もが思っている。現代日本語ならば困らないと信じている。しかし日本語はそれ自体が複雑怪奇なもので、しかも生成的に変化している。その混沌(こんとん)たる情景の全体をこの本は正に快刀乱麻、見事に整理して論理づけ、明快な絵図を引いてくれる。

 その手がかりが韓国語と、それを表す文字ハングルだ。日本語と韓国語は文法がとてもよく似ているという(発音はぜんぜん似ていない)。

 だから<書かれたことば>以前の<話されたことば>を考える時、共に表音文字である仮名とハングルを併用するといろいろなことがよくわかる。例えば日本語の「切る」と「着る」は一見したところ同じ「きる」という発音だが、ハングルで記せばと、アルファベットにするとkir-uとki-ruで、語幹が違うことがわかる。

 これはほんの小さな例で、言語とは何か、日本語をいちばん合理的に説明する文法は何か、我々が今使っているのはどういう言葉か……等々、言語を巡るさまざまな話題を次から次へと繰り出して明晰(めいせき)な答えを出してゆく。その途中でしばしばハングルや韓国語を援用する。

 この人の言葉使いが派手で生き生きとしておもしろい。「先生(あいつ)」とか「先生(センコー)」のような表記まで視野に入れて、「多様な文字を自らのエクリチュールの血脈に取り込み、宿し、多彩なエクリチュールを育ててゆく日本語の<書かれたことば>の世界。日本語は文字についての考え得る、ほとんど限界に近いパフォーマンスを発揮している」と宣言する。しかし仮名とハングルは違う。「ゆえにハングルから日本語を照らすと、これはもう、知(、)湧き肉躍る、面白いことになるわけです」って、納得。

 この人には規範としての文法や正書法に個人を嵌(は)め込もうという姿勢がない。かと言って辞書の編者のように言語状況を採集・記述するだけでもない。いわば両方から攻めるのだ。その両方にまたがる方法論があるから、言葉とは何かが多面的にうまく説明でき、読む方はそれにいちいち得心する。

 <話されたことば>と「口語」はカテゴリーが違う。少しは<話されたことば>に近づけて<書かれたことば>が「口語」だ。だから本当に<話されたことば>を解析するには録音録画に依(よ)るしかない。

 ここで著者が紹介している韓国から日本に来た金珍娥(キムジナ)という人の研究が意味深い。日本語の東京ことばの話し手を四〇組八〇人、韓国語のソウル言葉も同数選んで、その会話を録画録音する。すると同じような日常会話でも驚くほど違う。

 会話文には体言止めとか文法的には完結していないものがたくさんある。それはどちらも同じなのだが、日本語の方が明らかに<発話の重なり>が多いという。相手がまだ話し終わらないうちにその内容を肯定しながら言葉を続ける。日本では発話の半分が重なるが韓国では二割。これは何か国民性と関係があるのだろうか?
    --「今週の本棚:池澤夏樹・評 『日本語とハングル』=野間秀樹・著」、『毎日新聞』2014年06月08日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/m20140608ddm015070003000c.html:title]

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