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覚え書:「今週の本棚:本村凌二・評 『禁欲のヨーロッパ』=佐藤彰一・著」、『毎日新聞』2014年06月08日(日)付。

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今週の本棚:本村凌二・評 『禁欲のヨーロッパ』=佐藤彰一・著
毎日新聞 2014年06月08日 東京朝刊

 (中公新書・950円)

 ◇古代地中海世界の貴族層の不安背景に

 古代ギリシアのデルフォイの神域に「汝(なんじ)自身を知れ」と刻まれていたことはつとに名高い。それとともに「何ごとにも度を過ごすなかれ」とも記されていたという。賢人はしばしば放縦を戒め自制を説く。だが、それを実行するとなると、たやすいことではない。まして、ある社会組織の拡(ひろ)がりのなかで起こってくるのであれば、それは人類史を画する出来事だったのではないだろうか。

 4世紀のエジプトの砂漠で、奇妙な人々の一群が姿を現している。ひたすら質素きわまりない生活をおくり祈りをささげる修道士たちがいた。それほど人里と離れているわけではないが、やはり隔絶した世界であった。できるだけ物欲、食欲、性欲を断ち、男性の共同生活が営まれる。

 名誉や地位などもってのほか、水や油をたらしただけのパンといくらかの野菜で空腹を満たし、性生活とは断絶する。女性の身体はおろか女性のイメージすら思い描かないという禁欲の極みに達しなければならないのだ。

 なぜ、これほどまでに追いつめられたかのような禁欲生活が理想とされたのだろうか。それまでの人間には、美味( おい )しいものを食べたい、異性の身体にふれたい、という欲望は自然のものであった。だが、ここには、行動としての禁欲ばかりか、心に浮かぶ由無し事にまで規制がかかるのだから、半端な心構えでは臨めないことだった。

 事態は男性だけではなく、女性や子供にまでおよんでいく。子供を産むためにだけ性交が認められ、夫婦生活が節制され、結婚の解消すら取沙汰される。処女や童貞が重んじられたから、結婚の放棄と出産の拒否は古代末期の人口減少の主因だったと指摘する学者もいる。

 三一三年、コンスタンティヌス帝によってキリスト教が公認された。その後のローマ帝国にあって、エジプトの砂漠で実践された禁欲の規範は、エジプトばかりか東地中海を越え、地中海世界全域にまで広がっていく。もちろん緩和された形であったにしても、修道士たちの砂漠の規範が多くの人々の共鳴するところとなる背景にはなにがひそんでいたのだろうか。

 その根源には、古代地中海世界における人々、とりわけ貴族層の不安があったのではないか。著者の問いかけはそこにある。

 4世紀後半のガリアにいたポワティエ司教ヒラリウスの語るところでは「救済というただ一度の、そして世界を掩(おお)う業で癒やし、世のさまざまな病を、学識あるいは技術によってではなく、言葉の力によって治してくれる一人の医師が必要であった」のだ。彼に師事したマルティヌスはまさしく祈祷(きとう)と言葉の力によって「悪魔憑(つ)き」を癒やす聖人としての名声を高めた。その修道士聖人の強烈なモデルは、ガリアにおける宗教心性の土壌をなしている。

 だが、エジプトの砂漠で練り上げられた修道戒律が広く伝播(でんぱ)していくには、あらたな修道形態を創出する運動のうねりがなければならない。それには、ゲルマン人の侵入にともなって大土地所有者が避難する場所が求められた。南仏カンヌの沖合の小島にあるレランス修道院はその走りであったという。

 肉体の欲望を克服し禁欲実践に配慮する。このような精神的態度がいかにして生まれたのか。拙著を引き合いに出すのは憚(はばか)られるが、変貌する古代社会の底流を探る試みとして『愛欲のローマ史』(講談社学術文庫)がある。併読してもらえば、一千年紀のユーラシア西部における心の変容の様がご理解いただけると思うのだが。 
    --「今週の本棚:本村凌二・評 『禁欲のヨーロッパ』=佐藤彰一・著」、『毎日新聞』2014年06月08日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20140608ddm015070012000c.html:title]

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