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覚え書:「今週の本棚:池内紀・評 『完訳 エリア随筆1-正篇[上]』=チャールズ・ラム著」、『毎日新聞』2014年06月15日(日)付。


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今週の本棚:池内紀・評 『完訳 エリア随筆1-正篇[上]』=チャールズ・ラム著
毎日新聞 2014年06月15日 東京朝刊

 ◆池内紀(おさむ)評

 (国書刊行会・2592円)

 ◇息の合った名訳による新しい文学世界

 正篇・続篇完訳版の1である。タイトル自体が何やらなつかしい。ずいぶん長いこと聞かないでいた名前のような気がする。正篇のみの訳書は何種類かあるが、完訳は平田禿木(とくぼく)以来だから、その初版から数えると八十五年ぶりということになる。

 むりもないだろう。バイロンやキーツの同時代人チャールズ・ラムは、そのころの散文の作法どおり、おそろしく長い文章をつづり、しかもそこには聖書や古典の引用、書き換え、地名、人名、内輪ばなしがひしめいている。禿木は「自分の翻訳について」というエッセイのなかで打ち明けている。「なかなか調子がとれず初めの原文二頁(ページ)が程のとこに一と月を要して、漸(ようや)くその見当がつきました」。言葉の変化がゆるやかであった明治・大正期でもそうなのだ。二代目完訳者のひとかたならぬ苦労がしのばれる。

 二〇〇年ちかく前の随筆集なのだ。だからといって古びているだろうか? ためしに一つ、題して「学校教師今昔」によると、昔は古典語文法に命をかけたような教師がいて、その厳しさにねをあげたものだが、清廉で純粋、生徒たちはひそかに敬愛をたやさなかった。現在の教師はコマ切れの知識だけで、へんになれなれしくやさしげだが、生徒から軽くみられている--。まさしくそのまま、「ニッポン学校教師今昔」にあてはまるではないか。

 しかし『エリア随筆』のたのしさは、語られた中身にまして、その語り方にある。右の随筆にしても、「私の読書は嘆かわしいほど散漫で、秩序がない」ことから書き出され、地理、天体、歴史どれもいわば穴だらけであることがくどくどと披露され、無能で聞こえたイングランド王や、フランドル出身の地図製作者や、紀元前十六世紀ごろの異民族や、「ハムレット」第三幕のクローディアスのセリフなどがとりざたされ、学識ある人と二人きりにされると往生することから、「つい最近も、この種の窮地に陥ったことがあった」と、ようやくに本題に入る。

 このたびの訳書には、訳者と親しい研究者、藤巻明によるくわしい註釈(ちゅうしゃく)がついている。息の合った二人三脚のおかげで、はじめて「エリア的世界」がまざまざと見える気がするのだ。ラムは雑誌に執筆するにあたり、「エリア」なる作者を創作した。職業、経歴、ロンドン市中の住所までもが語られ、今は年金で悠々自適、随筆はそんな人物の筆のすさびというつくり。ラム自身、三十数年、リチギに勤め、やがて念願の年金生活に入る予定で、色こく当人の姿を映していたが、あくまでもエリアの随筆である旨を主張した。連載がすすむにつれて、韜晦(とうかい)戦術のぼろが出て、正体がのぞき始める。注釈を追っていくと、そんなもう一つの読みのたのしみも味わえるのだ。

 「人類は、私が思いつく最善の説によれば、はっきり異なる二種族から成っている--すなわち、借りる者と貸す者である」

 英文学徒にして作家、南條竹則は息の長い禿木訳に対して、新しい『エリア随筆』を生み出した。文を短くして剴切(がいせつ)なリズムを与えるかたわら、ディケンズのようなユーモアをもった文人の語法を巧みにとらえ、それはテーマをかえても川の流れのように連続していてここちよい。ラムの随筆が一貫して与える悠然とした持続の印象の源であって、それは変える必要のないところは変えない社会が生み出した文化のあかしとみなしていいのである。そのもとにあってこの世の天地、つまりは世界の秩序がきちんと定まる。それは名文でなくてはつたえられない文学世界なのだ。(南條竹則訳、藤巻明註釈) 
    --「今週の本棚:池内紀・評 『完訳 エリア随筆1-正篇[上]』=チャールズ・ラム著」、『毎日新聞』2014年06月15日(日)付。

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