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覚え書:「今週の本棚:磯田道史・評 『ルポ 電王戦-人間VS.コンピュータの真実』=松本博文・著」、『毎日新聞』2014年06月15日(日)付。

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今週の本棚:磯田道史・評 『ルポ 電王戦-人間VS.コンピュータの真実』=松本博文・著
毎日新聞 2014年06月15日 東京朝刊

 (NHK出版新書・842円)

 ◇「いい形」から「大局観」得た機械

 「電王戦」は、将棋のプロ棋士とコンピューターとの戦いである。近年、将棋ソフトが強くなって、現役のプロ棋士のほうが勝てなくなってきている。去年も今年も、電王戦はプロ棋士の惨敗。将棋ソフト5種類と、現役棋士5人と対決したが、結果は、プロ棋士側からみて去年が1勝3敗1引き分け、今年が1勝4敗であった。本書は、この人間対コンピューターの戦いを、日本将棋連盟会長・米長邦雄(当時)に提案して実現させた男、フリーの将棋観戦記者・松本博文が当事者証言から書き綴(つづ)った労作である。

 日立の大型コンピューターが、詰将棋を初めて解いたのが、1967年。この機械は11手の複雑な詰将棋を90秒で解いたが、当時の早指しの名手・加藤一二三八段(当時)は60秒で解けた。開発者も人間より強い将棋マシンの登場には懐疑的で「とうてい無理」と答えていた。1970年代、新手の独創にたけた棋士・升田幸三は、コンピューターはプロ五段までは行くが、それ以上は行かない、と予言。一方、大山康晴十五世名人は「機械に将棋をやらせたら、人間が負けるに決まっている」といった。

 その言葉が本当になってきた。チェス→将棋→囲碁の順番で、人間の砦が陥落しはじめた。1997年、チェスの世界チャンピオンが機械に負けた。2005年には、一流棋士でも、将棋ソフト相手に苦戦することがわかってきて、将棋連盟が所属棋士に無届けでソフトと対戦しないよう、いわゆる「対局禁止令」を出すに至った。こうなると、将棋連盟のプロ棋士は一〇〇○万円といった対局料なしでは、将棋ソフトと戦わなくなった。2010年、トップクラスの女流棋士がソフトに敗れ、12年には、連盟の米長会長自身が「羽生(善治)なら七億円以上、米長なら一〇〇○万円」と対局料を提示し、将棋ソフトと対戦して敗れた。その後は前述の通り、プロ棋士がソフトに連敗する事態となった。今後は羽生などの超一流のタイトル保持者とソフトとの対戦が焦点になっているが、将棋連盟側は勝てる確信がないのか、及び腰にみえる。第一、ここまで将棋ソフトが強くなれば、棋士がトイレに立った際、外部と連絡をとって、将棋ソフトに最善手を問い合わせるカンニング行為が生じないかと心配になるが、素人の勘繰りだろうか。

 将棋ソフトの発達過程をみると、逆に、コンピューターが持ち得なかった人間のすばらしさが、どこにあったか、がみえる。人間の頭脳は、一言でいえば、目先の損得勘定を超えた、大きな勝負の流れを洞察する力、いわゆる「大局観」をもっている。機械が人間に勝てた理由が、本書にははっきり書かれている。歴史経験(江戸時代以来の棋譜)を教材とし、全体として「いい形」とは何かを自動的に学習する機能をもたせ、人間がもつ大局観を機械がある程度まねられるようになったからである。もちろん、人間はミスをするが機械はしないことも関係している。感情のある人間は焦ると悪手を連発するが、機械にはそれがない、といった理由もあるが、眼目は大局観である。本当に必要なことは何かと優先順位を考えて、読まなくていい手は読まない。つまり、時間の節約も大切だった。相手がどんな指し手に出てくるか、その確率を見積もって、一番必要な部分に労力と時間を集中する。つまり、機械がまねた人間の素晴らしさは、歴史経験に学んで、大局観をもち、時間を大切にすることであった。これらは、我々の人生にも通じるのではなかろうか。学ぶことの多い本である。
    --「今週の本棚:磯田道史・評 『ルポ 電王戦-人間VS.コンピュータの真実』=松本博文・著」、『毎日新聞』2014年06月15日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20140615ddm015070016000c.html:title]

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