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覚え書:「今週の本棚:渡辺保・評 『図説 江戸の「表現」-浮世絵・文学・芸能』=人間文化研究機構、国文学研究資料館・編」、『毎日新聞』2014年06月15日(日)付。

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今週の本棚:渡辺保・評 『図説 江戸の「表現」-浮世絵・文学・芸能』=人間文化研究機構、国文学研究資料館・編
毎日新聞 2014年06月15日 東京朝刊

 (八木書店古書出版部・1万2960円)

 ◇判じ絵、和歌・俳句に見る文化の体系

 ここに一枚の絵がある。

 扇面に描かれた反り橋の上に傘が一本立っていて、白鷺(しらさぎ)が二羽遊んでいる。もうおわかりだろうか。「かさ(傘)さぎ(鷺)の渡せる橋におく霜の、白きを見れば夜ぞふけにける」。『百人一首』で有名な大伴家持の歌を当てさせる「判じ絵」である。

 くだらない遊びだと思えばそれまで。しかし私はここに二つの側面があると思う。一つは奈良・平安の和歌と江戸の洒落(しゃれ)を取り合わせた機智(きち)のなかに脈々とつながる文化の伝統の意識。その意識は過去の原点にふれると同時に、現代(江戸)を相対化するだろう。

 もう一つは「かささぎ」という単語を分解することによって、言葉が記号にすぎないという考え。その考えはソシュールの『一般言語学講義』に遠くこだましている。

 ここに江戸の人間の精神があり、文化の体系がある。絵を描いた人間、その絵を楽しんだ人間の精神に、「江戸」の「素顔」が見える。

 あるいは猿丸太夫(たゆう)の「おちこちのたつきも知らぬ山中に、おぼつかなくも呼子鳥(よぶこどり)かな」の和歌に、「堀川」の猿廻(まわ)し与次郎が描いてある。

 「呼子鳥」は、実は鳥ではなくて猿だという説があって、それが与次郎の猿廻しに通じている。しかしそれだけではない。「堀川」の浄瑠璃本文には京都の市中でも当時の堀川は、「田舎がまし(田舎らし)」いところだという描写があって、京都という大都会の中の田舎と本当の山奥が、猿を通して対比されているのである。この対比はただのつけ合わせではなく、大都会と山奥のなかの人間の貧しく不安定な生活、はかない人生を対比させることによって、一挙に世界を俯瞰(ふかん)させる視点をもっている。

 俳句の世界も面白い。日本の和歌には本歌取りという特異な方法があるが、それを俳句の世界に移したものを「句兄弟」という。兄句(本歌)をもとに弟句(本歌取り)をつくる。

 『句兄弟』という小冊子では、貞室(ていしつ)の「これはこれはとばかり花のよし野山」を兄句として、其角(きかく)が弟句「これはこれはとばかりちるも桜かな」を取り合わせる。この二句を合わせて読むと、目の前で、満開の吉野の桜が急に風に散り始めるのを見る気がする。吉野の桜は、風が強くアッという間に散る。しかもその桜吹雪が美しい。満開と桜吹雪。その瞬時にくずれていく美しさが目を見張らせる。それを一時に体験できるのは、句兄弟だからこそである。

 其角は芭蕉の弟子だが、其角が詠んだ「声かれて猿の歯白し岑(みね)の月」を兄句として、芭蕉が弟句「塩鯛の歯茎も寒し魚の店」をつけた。山中の猿の白い歯は、たちまち喧騒(けんそう)の都会の魚屋の店先の鯛の白い歯になる。これも一幅の絵である。

 この本は二部に分かれていて、第一部がいまふれたような資料の図版と解説で成り立っていて面白い。

 第二部は研究者たちの論文十二編。なかでは原道生の、日本文化の「芸」という概念が、能の世阿弥によって史上はじめて成立したという考証が、重要かつ興味深い。今までこういう考証はなかった。もう一つ浅野秀剛が、江戸の役者絵のなかには理想的な配役を見立てとして出版したものがあることにふれる。こういう配役の芝居が見たいという大衆の願望が、公演よりも先に役者絵で、興行主に突き付けられたのだろう。そういえば豊国の見立て絵から黙阿弥が書いた「白浪五人男」も、その一つかもしれない。

 ここから江戸の精神史が書かれたらばいいと思う。そう考えながら、私は一人江戸の夢を見た。 
    --「今週の本棚:渡辺保・評 『図説 江戸の「表現」-浮世絵・文学・芸能』=人間文化研究機構、国文学研究資料館・編」、『毎日新聞』2014年06月15日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20140615ddm015070011000c.html:title]

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図説 江戸の「表現」―浮世絵・文学・芸能

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