« 覚え書:「(集団的自衛権)敵兵殺す覚悟、できなかった 石田雄・東大名誉教授」、『朝日新聞』2014年06月17日(火)付(夕刊)。 | トップページ | 覚え書:「文芸誌編集実記 [編]寺田博」、『朝日新聞』2014年06月15日(日)付。 »

覚え書:「記者の目:元ハンセン病患者、2人の死=塩田彩(前橋支局)」、『毎日新聞』2014年06月19日(日)付。


4


-----

記者の目:元ハンセン病患者、2人の死=塩田彩(前橋支局)
毎日新聞 2014年06月19日 東京朝刊

(写真キャプション)再現された重監房。正面の扉の左奥に独房がある=群馬県草津町の国立療養所「栗生楽泉園で、塩田彩撮影


 ◇「負の歴史」国が保存を

 ハンセン病患者に対するかつての国の強制隔離政策を糾弾し、人権を取り戻すために闘い続けた元患者2人の訃報が5月に相次いだ。元患者たちの高齢化が進み、彼らが自ら体験を語れなくなる日は遠くない。ハンセン病問題の負の歴史を未来に伝え、同じ過ちを繰り返さないため、全国すべてのハンセン病療養所の保存と活用を早急に進めなければならないと思う。

 ハンセン病は感染力が弱いにもかかわらず、国は1907(明治40)年から患者と元患者を山奥や離島の療養所に強制隔離し、90年近くも差別し続けた。患者らの姿が欧米人の目に触れることを「国辱」と考えたのだ。この隔離政策を違憲と断じた熊本地裁判決が2001年に確定し、国は元患者に謝罪し名誉回復や社会復帰支援を約束した。だが、根強い偏見や差別から、今も親族と絶縁したままや実名を名乗れないままといった元患者が多くいる。

 ◇平均年齢83歳、時間との闘い

 群馬県草津町で5月9-11日に開かれたハンセン病市民学会総会・交流集会を取材した。10日の集会は、前日に急逝した全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)会長、神美知宏(こうみちひろ)さん(80)への黙とうで始まった。翌11日朝、今度はハンセン病国賠訴訟全国原告団協議会(全原協)会長、谺雄二(こだまゆうじ)さん(82)の訃報が駆け巡った。2人は国を相手に元患者の権利交渉の最前線に立ち続けてきた。「二つの大きな星を失った。断腸の思いだ」。谺さんが亡くなった朝、国立療養所「栗生楽泉園(くりうらくせんえん)」(草津町)の入所者自治会長、藤田三四郎さん(88)が言った。元患者や支援者の気持ちを代弁する言葉だ。

 ハンセン病への差別と偏見の歴史について、生き証人として体験を語り、あるいは詩や句歌で表現してきた元患者たちがここ数年、次々と他界している。全療協によると、全国13の国立療養所に入所する元患者1840人(5月1日現在)の平均年齢は83・6歳。毎年約150人が亡くなっているという。

 ◇再現「重監房」で人権侵害を知る

 2人が亡くなる10日ほど前の4月30日、かつて全国のハンセン病患者を懲罰のために監禁した「重監房」を再現する資料館が栗生楽泉園に完成した。4畳半ほどの独房に入る。房は高さ4・5メートルの塀に囲まれ光がほとんど届かない。氷点下15度近くになる冬も暖房器具はなく、食事も少量だったという。38-47年に延べ93人が監禁された。期間は最長で549日に及んだ。収監中や出所直後に23人が死亡したと言われる。

 収監された青年がカラスの鳴きまねをしたり、食事用の木箱に大便を入れたりする様子を目撃した元患者が「彼は気が狂ってしまったようだった」と証言したことを暗闇の中で思い出し、心細い気持ちになった。重監房跡から出土した卵の殻や牛の骨も展示されていた。収監者への差し入れとみられる。極限状態で生き延びようとした患者らの強い意志と、彼らを支えようとした人々の思いも感じた。

 全療協や全原協は「療養所は強制隔離の現場であり、アウシュビッツにも比すべき国の負の遺産である」として、全国すべての療養所とそこにある納骨堂を国の責任で永久保存することを求めている。実現すれば、重監房資料館のように、患者たちが受けた人権侵害を追体験し、その中でも生き抜こうとした人間の力強さを感じ取ることができるはずだ。しかし、厚生労働省から明確な回答はない。13の国立療養所内にある一部の建造物や跡地の保存について検討を進めるのみだ。

 重監房の再現は簡単ではなかった。国立ハンセン病資料館の黒尾和久学芸課長は「歴史の闇に葬り去られる直前に食い止めた」と話す。国の施設なのに公式資料がほとんど残っておらず、当時を知る元患者のほとんどが他界していたからだ。全国の療養所の保存も時間との闘いである。谺さんは生前、「人間の尊厳のすべてを奪われた私たちが100年にわたるたたかいによって人間回復を遂げた各園それぞれの存在こそ、わが国の『人権のふるさと』だ」と、すべての療養所の保存を求めた。国は今こそ、この訴えに真剣に向き合うべきだ。

 谺さんの遺作となった詩文集「死ぬふりだけでやめとけや」(みすず書房)を編集した作家、姜信子(きょうのぶこ)さんは神さんと谺さんを悼み、次のように語った。「当事者が亡くなった後、詩を受け渡された私たちがどうやって命について考え、表現し、行動し、伝えていくのか。私たち自身が始まりの場所に立たされている」。ハンセン病問題を語り継ぎ、平穏に生きる権利を奪われない社会を実現するため、「二つの巨星」の遺志を受け継ぐスタートを切りたい。 
    --「記者の目:元ハンセン病患者、2人の死=塩田彩(前橋支局)」、『毎日新聞』2014年06月19日(日)付。

-----


[http://mainichi.jp/shimen/news/m20140619ddm005070007000c.html:title]


Hansen


Resize1400

|

« 覚え書:「(集団的自衛権)敵兵殺す覚悟、できなかった 石田雄・東大名誉教授」、『朝日新聞』2014年06月17日(火)付(夕刊)。 | トップページ | 覚え書:「文芸誌編集実記 [編]寺田博」、『朝日新聞』2014年06月15日(日)付。 »

覚え書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/451663/56582944

この記事へのトラックバック一覧です: 覚え書:「記者の目:元ハンセン病患者、2人の死=塩田彩(前橋支局)」、『毎日新聞』2014年06月19日(日)付。:

« 覚え書:「(集団的自衛権)敵兵殺す覚悟、できなかった 石田雄・東大名誉教授」、『朝日新聞』2014年06月17日(火)付(夕刊)。 | トップページ | 覚え書:「文芸誌編集実記 [編]寺田博」、『朝日新聞』2014年06月15日(日)付。 »