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覚え書:「今週の本棚:湯川豊・評 『太陽の棘』=原田マハ・著」、『毎日新聞』2014年06月22日(日)付。

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今週の本棚:湯川豊・評 『太陽の棘』=原田マハ・著
毎日新聞 2014年06月22日 東京朝刊

 ◇太陽の棘(とげ)

 (文藝春秋・1512円)

 ◇作家の決意が生きて、清潔で力強い作品に

 この小説では、骨太で直線的な物語が、力強い文体で進められる。その文体には、この物語をどうしても書きたいという思いがこもっているかのようだ。

 米国サンフランシスコで診療所をもつ、エドワード・ウィルソンという八十四歳の精神科医が、「私」という一人称で語るのだが、語り口は若々しい。六十年前の沖縄体験がいまも生きているからだ。

 スタンフォード大学医科大学院(精神科)を卒業したばかり、二十四歳のエドは、米国陸軍の従軍医に任命され、一九四八年、沖縄に赴任する。陸軍病院の精神科はチーフのウィルが二十九歳、エドが加わって全五名のスタッフで、診療所は那覇基地の仮兵舎のなかである。

 エドが、実家から送られてきた赤いポンティアックのオープンカーを遠慮がちに走らせて近くを見てまわるうち、首里の坂の上にあるニシムイ(北の森)・アート・ヴィレッジを発見する。沖縄のプロの絵描きたちが掘っ立て小屋のような家をたてて住んでいる一角で、そこでエドは、五、六人の画家たちに会った。

 その中心人物はセイキチ・タイラといい、英語が話せた。太平洋戦争前にサンフランシスコに留学し、二年間、絵を学んだ。メグミという沖縄出身の二世と結婚して帰国。戦前の東京美術学校に入り直し、卒業後は帝国陸軍の従軍画家だったというキャリアがある。戦後は沖縄に戻って、仲間を集めてニシムイ芸術村をつくった。

 たまたまそこに行きついたエドは、少年時代に絵描きになりたいと思ったほど絵画が好き。だからこれは宿命の出会いともいうべきことだった。タイラの仕事場で、最初に絵を見たときの場面。

 《青い海へと続く、白い一本の道。湧き上がる雲をたたえた陽光が満ち溢(あふ)れる空。うっそうと木々の繁(しげ)る森。……》

 女性の人物像も数点ある。「すばやいタッチ、鮮やかな色彩、おおらかな色面」のそれらの絵は、フランスの近代画家の影響がうかがわれるが、それでいて誰にも似ていない、きわめて個性的、と語られている。

 エドは何点かの絵を買い取るばかりではない。実家から油絵の具やカンバスを送ってもらい、タイラたちに分ける。そして休日には、沖縄の画家たちと一緒になって、絵を描きはじめる。敗戦後三年の沖縄で生まれた、地元画家とアメリカ軍医の奇蹟(きせき)みたいな交友である。沖縄戦の戦禍はなまなましく、生活は食うや食わず。その状況は背景としてしか書かれていないから、時代が映されていないという批判があるだろう。しかしだからこそ、この出会いは輝かしいともいえる。

 だが、米軍占領下の沖縄で、苛酷なドラマは起こるべくして起こる。

 タイラの妻メグミが米軍専用バー(Aサインバーか)にひそかにつとめていたが、エドに見つかってやめ、壺(つぼ)屋の焼き物づくりの窯でアルバイトをする。それに、タイラの仲間の画家、天才的だがアルコール依存症のヒガがからんで事件が起きる。結局は、エドがヒルという米軍少佐を殴り倒し、本国送還になる。エドとタイラたちの別れの場面は、意外性もあり、溜(た)め息が出るほど美しい。

 巻末の謝辞から察するに、サンフランシスコ在住の精神科医が語った実話がもとになっているようだ。物語にいかにも小説ふうという部分がないのは、よけいなことを書くまいとする、作家の決意による、と思われる。決意はみごとに生きて、清潔で力強い作品となった。
    --「今週の本棚:湯川豊・評 『太陽の棘』=原田マハ・著」、『毎日新聞』2014年06月22日(日)付。

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