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日記:橋川文三の吉野作造観:橋川文三『昭和維新試論』講談社学術文庫。


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「解説」が鶴見俊輔さんの手によるものだから、橋川文三『昭和維新試論』講談社学術文庫、読み始めたが、のっけから(序)、吉野作造の「深み」示すエピソードに言及があり驚愕(鶴見さんの「解説」でも大きく紙面を割いている。

解説部分↓

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 大正一〇年(一九二一年、これは橋川文三のうまれる前の年におこった、朝日平吾による安田善次郎暗殺は、時の首相原敬の日記では、「兇漢は不良の徒にて特に安田に怨恨ありし者にはあらざるが如し」と簡単に書かれ、偶発的凶行としてかたづけられている。
 しかし、同時代に対するかんをもっていた「読売新聞」記者は、大久保利通の暗殺、森有礼の暗殺、星亨の暗殺、伊藤博文の暗殺以上に「思想的の深み」のあるものとして、朝日平吾による安田善次郎暗殺をとらえていた。
 たしかに、首相も大臣もつとめたことのない一富豪の暗殺は、暗殺者の遺書によって見る時、日露戦争終結後にはじまる新しい流れのあらわれだった。その意味を認める力を、アナキスト系の作家宮嶋資夫はおっており、宮嶋の小説『金』(大正一五年作、朝日平吾を主人公とする)の読後感を書いた政治学者吉野作造もまたもっていた。
 おだやかな改革をめざす民本主義者吉野作造が、なぜ、朝日平吾を、重く見ることができたか。その理由を橋川は次のようにのべる。
 「ともあれ、朝日の遺書全体を貫いているものをもっと簡明にいうならば、何故に本来平等に幸福を享有すべき人間(もしくは日本人)の間に歴然たる差別があるのかというナイーヴな思想である。そして、こうした思想は、あえていうならば、明治期の人間にはほとんど理解しえないような新しい観念だったはずだというのが私の考えである。朝日というのが、いわば大正デモクラシーを陰画的に表現した人間のように思われてほかならないのはそのためである。そして吉野作造は、その点をよくとらえていたように思われる。」
 朝日平吾と吉野作造を、同じ状況に根を持つ人として見る見方。さらに進んで、橋川はのべる。
 「ところで、やや性急に言うならば、私はもっとも広い意味での『昭和維新』というのは、そうした人間的幸福の探求上にあらわれた思想上の一変種であったというように考える。」
 昭和維新思想のこのとらえかたは、やがて橋川が「戦中派揚棄の志」としてのべる見方につらなる。彼にとって、日中戦争-大東亜戦争の十五年の体験の内部にたちつづけるというのとはちがう見方が、あらわれていた。
 あるべき幸福からしめだされているものの悲哀が、朝日平吾のようなナショナリストの中にあるとともに、宮崎資夫のようなアナキストの中にもあった。
 「しかし、それはまた当時、右翼へ、左翼へ、もしくはアナーキズムへ奔った青年たちの多くに共通する要素でもあった。」
    --鶴見俊輔「解説」、橋川文三『昭和維新試論』講談社学術文庫、2013年、306-308頁。

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1921年、安田財閥総帥善次郎が、テロリスト朝日平吾によって命を奪われるが、それは明治の元勲暗殺の事例とは様相が異なるということ。「前者は、むしろ自ら権力支配の資格を主張しうるものたちの義憤」に対し、「後者はむしろ被支配者の資格において、支配されるものたちの平等」を求める欲求に起因する

序で長文の吉野作造の論考が引用されるが(「宮嶋資夫君の『金』を読む=朝日平吾論、アナキスト作家宮嶋が朝日平吾を主人公とした小説への論評)、橋川は「『民本主義者』吉野作造の感受性が世のいわゆる良識派知識人のそれとかなりかけはなれた印象を与えることに興味をひかれた記憶」があるという。

吉野作造は「朝日の行動には徹頭徹尾反対」としながらも、その「古武士的精神と新時代の理想との混血児」と捉え、「何故に本来平等に幸福を共有すべき人間(もしくは日本人)の間に、歴然たる差別があるのかというナイーブな思想」として評価し、安田の罪悪は大学に講堂作って贖えるものでないという。

吉野作造に対する評価は、その政治哲学として「限界がある」「手ぬるい」といったものから、人間観として「楽天的」「性善的」という「定評」ですまされることが多いのですが、そう「単純じゃない」ということで、せんだって、吉野作造記念館の小嶋研究員と意気投合したのですが、まさにまさに。

留学生を支援するために、東京帝国大学教授の職をなげうった吉野は確かに、人間の善性を信頼する楽天性で輝いているかもしれないが、上杉慎吉から大杉栄まで対等につき合い、具体的な漸進主義で改革プログラムを提示し続けたそれは有機的知識人であり、結構、シニカルかつ強かなところもあるんですよねえ。

 


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