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吉野作造研究:抵抗としてのアジア主義:吉野作造の場合


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 天心にあっては、美(そしてそれとほとんど同義の宗教)が最大の価値であり、文明はこの普遍的価値を実現するための手段である。美は人間の本性に根ざすから、西欧だけが独占すべきではない[竹内 一九九三:三二九]

 竹内の見るところ、アジア主義は岡倉天心の登場によって、はじめて「思想」を獲得しました。単なる連帯と抵抗の論理を超えて、西洋文明を超える存在論と認識論を提示する「哲学的根拠」を手に入れたのです。

二つの出会い損ね
 しかし、竹内によると、この「思想としてのアジア主義」は誰にも継承されず、溶解していきました。天心は「アジア主義者として孤立しているばかりでなく、思想家としても孤立して」いたのです。
 一方で、「抵抗としてのアジア主義」は宮崎滔天や吉野作造へと継承されていきました。さらに、この「心情」は、昭和期に入っても岩波茂雄のような「非侵略的なアジア主義者」に引き継がれていきます。
 滔天の「抵抗」は功利主義的近代に対する根源的な反発を含んでいました。彼の反発は、西洋のアジア支配に対してだけではなく、合理主義の拡大による人間の堕落に向けられていました。滔天にとって、近代文明の栄光は賢しらな欲望の産物であり、義理や人情、良心といった情念の敗北に他なりませんでした。滔天の「心情」や「抵抗」は、近代に対する衝動的アンチテーゼを内包していました。
 しかし、問題は「思想としてのアジア主義」と「抵抗としてのアジア主義」の関係でした。竹内は次のように指摘します。

 その心情は思想に昇華しなかった。言いかえると、滔天と天心が出あわなかった。それはなぜか、というのがここでの私の問題である[竹内 一九九三:三三七]

 この部分は序章でも引用しましたが、竹内論文のきわめて重要なポイントです。
 竹内は、「心情が思想に昇華しなかった」「滔天と天心が出あわなかった」ことを問題にしています。つまり「抵抗としてのアジア主義」がもっていた連帯の想像力や義勇心、反功利主義が、「思想としてのアジア主義」へと結びつくことなく継承されたことに、竹内はアジア主義の可能性が潰えていった原因を見ているのです。 さらに、竹内は決定的な「もう一つの出会い損ね」が存在することを指摘しています。
竹内は、玄洋社から派生した国龍会のトップ内田良平の「抵抗としてのアジア主義」を高く評価したうえで、彼が日露戦争を「文明の野蛮への進軍」と捉えていたことを問題視します。内田は、アジアにおける反封建勢力の抵抗的連帯を命を張って模索しますが、その論理が次第に「文明による野蛮への闘争」という見方に傾斜し、無自覚のうちに「西洋文明の使者」へと変貌してしまったのです。竹内が指摘によれば、この内田の論理は「福沢の文明論の延長線上にある論理」です。--アジア主義を標榜する者が、いつの間にか西洋文明の使者に変貌してしまう。そして西洋的な帝国主義の論理(文明国には非文明国を開明する義務がある)へと回収されてしまう。
    --中島岳志『アジア主義 その先の近代へ』潮出版社、2014年、37-38頁。

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 中島さんの『アジア主義』より。
竹内好がアジア主義を政略としてのアジア主義、抵抗としてのアジア主義、思想としてのアジア主義と腑分けしましたが、その論旨によれば、吉野作造は、抵抗としてのアジア主義。

たしかに宮崎滔天との関係や、吉野の中国・朝鮮論に耳を傾けると、それは「義侠」です。しかし、吉野の場合、西洋の限界を承知したうえでの枠内変革への展望が素描されており、僕はそこに可能性を見出しております。

ちょと、竹内さんの議論にももう一度、目を通しながら、その意義を確認したいと思いますが、岡倉天心の如き「思想としてのアジア主義」に憧憬はするものの、規範意識のないこの国においては、西洋の没落に対する無批判の有象無象な東洋主義が跋扈する訳ですから、ある意味では「近代の超克」というものを近代の外からもってきて対応するよりも、まずは、近代という枠組みのなかで解決すべきではないかと考えています。

吉野作造は反近代でも反西洋でも反東洋でもありません。その現在の枠組みのなかで何ができるのか、それを探究し実践した訳ですから、吉野作造におけるアジア主義そして近代にどう向き合うというプロジェクトをもう一度検討し、そこにひとつ可能性なり思想と実践の指標を導きだしていきたいと思っております。

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