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日記:「ばかで何がわるい」よろしく、にたにたしながら臆面もなく権力の走狗と化す日本社会

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1990年代バブルの拝金主義に対する反省や批判から出てきたのがいまのナチュラル志向でしょう。デコレーションから素朴へという流れのカウンターとして意義は否定すべくもない。確かにピカピカには目がくらむ。

しかしながら、過剰に対する素朴というのは、イコール学識アンチの幼稚と同定されるものではない。そこのカンチガイに最近当惑している。

「素朴」ええやん。

しかし、それはな、イコール「幼稚」ではない訳では決してない。剣豪の如き研ぎ澄ましがあってこそ人間はミクロな権力からはじめて闘争できるし、素朴といったものも、他律的ではなく自律的に立ち上がる。

一面からいえば、知識で武装しても何もはじまらない。武装するのではなくして、自らの認識を更新するところに「知る」意義がある。そういう大切な手続きを自ら放擲して、「素のまんまのじぶんサイキョウー☆」が素朴かと誰何すれば、それは違いますがな。

なんどでも言おう。それはどこの学校に通ったとかそういうことではない。みずからがもつ認識を更新し得ない、すなわち「学び直す」ことのできないという意味での、「ばかにつける薬はない」。

フーコーは知の権力性を喝破したわけだけど、この國では無智こそ最強になっている。ほんま、「ばかで何がわるい」よろしく、にたにたしながら臆面もなく権力の走狗と化すのやめてくれんかの。

なんどでも言おう。
それはどこの学校に通ったとかそういうことではない。みずからがもつ認識を更新し得ない、すなわち「学び直す」ことのできないという意味での、「ばかにつける薬はない」。

そのザマが何か。

「ぼくちんの大切な日本をどうしてーわるく言うんだ、こんにゃろー」(あへしんぞう)

うえからしたまでこの体たらく。経緯を知らず「こんにゃろー」つうても詮無いことですやん。そんなら、「素でいきている“やばい人”」ってレッテル貼って、閉鎖病棟を永住化するみたいな政策とかやめろよな。ほんま。

そんな「素朴」は必要ない。

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