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覚え書:「論点[サッカーと人種差別]」、『毎日新聞』2014年10月31日(金)付。


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論点[サッカーと人種差別]

サッカーのJリーグで、サポーターによる人種差別的な行為が相次いでいる。
欧州を中心に繰り返される「サッカーと人種差別」の問題が日本にも波及してきた形だ。
差別を排除し、すべての人にとって快適で安全なスタジアムを取り戻すための方途を探る。

Jリーグサポーターによる差別行為

 今年3月、浦和サポーターが人種差別的な横断幕「JAPANESE ONLY(日本人以外お断り)」をさいたまスタジアムに掲げ、浦和に史上初の無観客試合の処分が科された。8月には横浜F・マリノスのサポーターが相手のブラジル出身選手に向かってバナナを振った。欧州では黒人選手らにバナナを投げ入れる行為は「お前はサルだ」という意味で、人種差別の常とう手段になっている。国際サッカー連盟(FIFA)などが人種差別に対して厳罰化を打ち出している流れの中、Jリーグも厳しい姿勢で臨んでいる。それでも差別行為が後を絶たないのが現状だ。

決別の意志発信続ける
村井満 Jリーグチェアマン
 Jリーグのスタジアムは世界に誇れる。熱狂的なサポーターだけでなく、女性も、お年寄りも、家族連れも訪れることができる。安全なスタジアムは、Jリーグにとって価値のあることだ。そして誰にでも開かれているスタジアムだからこそ、差別は対極にあると考える。
 浦和のサポーターが差別的な横断幕を掲げたのも、横浜マのサポーターが人種差別の象徴とされるバナナを振ったのも、ゴール裏だった。一糸乱れず、迫力のある応援をゴール裏でする人たちは、選手とともに戦っているともいえる。一生懸命応援すること自体を否定する気はない。
 一方で、静かに観戦したい人もいる。自分はGKだったので、ゴール裏のほうが試合に入り込めるが、グループではなく、一人で観戦したこともある。画一的でなく、ここは熱狂的に、別のブロックでは家族で、と分かれていていい。数人の運営担当のクラブ職員が、数千人、数万人のサポーターを管理するのは現実的ではない。クラブとサポーターで議論し、問題意識を高めていくことが必要だ。
 差別行為という問題に至るプロセスの検証も重要だ。事前に対策をしていたが、起こったときに適切に処理できたのか。浦和は、サポーターからの連絡で横断幕の掲出を認識しながら、撤去する努力を怠ったことが問題だった。横浜マは問題が起こる前から、試合中にモニタリングするなど情報を収集し、結果的に問題が起きても迅速に対応した。
 社会から差別はなくならないという意見もある。ただ、スタジアムから差別をなくす努力は続けるべきだ。何も新しいことをする必要はない。51クラブまで増えたJリーグの各クラブがホームタウンで活動を行う際、子どものなりたい職業でも上位に入るようになったサッカー選手が「差別は悪い」「仲間外れはよくない」といえば、子どもたちにも影響力がある。
 各問題に対処する上で、自分のバックボーンも関係したのかもしれない。私がリクルートに入社後、最初に「ホモ(同質性)よりヘテロ(異質性)」という話を聞いた。遺伝の論理を引き合いに、異質なものを取り入れていくほうがいいと教えられた。
 チェアマン就任前には、香港を拠点に仕事をしていたこともあり、浦和サポーターが掲げた「JAPANESE ONLY」という言葉には、ものすごく違和感があった。社会には男性もいれば、女性もいる。外国人もいる。スタジアムは社会の縮図だ。
 サポーターはスタジアムに「非日浄」を求めにくる。選手のプレーに感嘆し、日ごろは出せない大声を出す。時にはミスをした選手に、「何やってんだ」と厳しい声をかけることもできる。スタジアムはウチに秘める気持ちを表に出しやすいのかもしれない。
 差別や暴力など絶対やってはいけない最低限のルールを遵守しながら、大騒ぎしようというのがスタジアムのあり方だと思う。厳罰化といって、禁止事項を増やすだけでは解決にはならない。
 サッカー界ばかりで、いろいろな問題が起きている印象もある。それは、サッカーがグローバルであり、世界の感受性に近いところに身を置いているからでもある。Jリーグから社会に対して、差別をなくそうとメッセージを発信し続けていきたい。【聞き手・村社拓信】
むらい・みつる 1959年、埼玉県生まれ。早大法学部卒。リクルートに入社後、執行役員などを務める。2008年からJリーグ理事となり、14年1月から現職。

信頼関係育て自浄作用を
真壁潔 J2湘南ベルマーレ代表取締役会長
 Jリーグで差別が起きるのではないかと、以前から危惧していた。Jリーグにも韓国籍の選手がいるクラブがいくつもある。我々の監督曺貴裁(チョウキジェ)も京都生まれの在日韓国人だ。昨年、東京ヴェルディとカマタマーレ讃岐の試合で東京ヴの韓国人選手が讃岐の選手にけがをさせたことがあり、インターネットに多くの人種差別的な書き込みがあった。サッカー界は大丈夫かと思っていた中で浦和レッズ、横浜F・マリノスと問題が立て続けに起きてしまった。
 昨年、J2に降格する時のことだ。チームは最後6連敗し、最終戦後に曺があいさつをした。差別的な汚いやじがあるのではないかと不安もあったが、スタジアム中の観客が拍手をしている。それを見て曺が我々のクラブに来てからの10年間で、私を含めたクラブに関わる日本人との間にしっかりとした信頼関係ができていると感じ、うれしかった。差別を越えて我々のクラブはうまくいっていると感じた。曺に育てられた選手たちは、相手の韓国人選手にファウルをされても差別的なことは絶対言わない。
 実は、浦和の問題が起きた後に我々のクラブのサポーターズカンファレンスがあり、サポーターに「ああいう横断幕が出しっぱなしにならいようにしたい。もし何かあったら、伝えてほしい」と伝えた。世界中の差別にはさまざまなものがあり、知らない人がほとんどだ。それでも「これは差別になります」と指摘されてしまえば、無期限入場禁止になることもある。だから、みんなで助け合おうよと。そうすることで我々はサポーターを守りたい。我々もサポーターに守られてきたからだ。
 湘南は1999年に親会社のフジタの撤退による存続危機があり、サポーターの支持がなかったら消えていたクラブだ。私が社長になった2004年から年3回、カンファレンスを開いてサポーターと意見交換をしてきた。サポーターは結果がでない時も文句を言いながらも支えてくれたし、お金がなくなると都合して助けてくれた。これまで一緒にやってきた仲間だから信頼関係もできているし、日々の試合のありかたを共有できている。
 我々のクラブの場合、おかしな行動をしている人がいると他のサポーターやボランティアが警備会社に伝える。そして警備会社が我々に「こんな人がいる」と報告する。そして試合後のミーティングで今後の対処法を話し合う。我々にはいけないことは指摘しあう空気がある。だから、問題のある横断幕が出た場合、「すぐ下げろ」となる。自浄作用があれば、何らかの不満を持っていたり、反社会的な言動をしたりする可能性がある人がまざっても、差別的な行動をやらなくなるし、できない雰囲気になる。
 来季はJ1に復帰して、観客は増えるだろう。その時に何か問題が起きるかもしれない。サポーターと向き合ってこういった事件が起きないようにするために、初めてスタジアムに来場する人に「こういうことはいけない」と伝えていかないといけない。機能しないこともあるかもしれないが続けていく。そして何よりも差別をなくすには隣人、目の前の監督、選手、サポーターを信頼して、腹を割ってはなせる人間関係をつくることが何より大切ではないか。【聞き手・福田智沙】

まかべ・きよし 1962年神奈川県生まれ。成城大法学部卒。クラブ消滅危機の際に存続に携わる。その後湘南ベルマーレの経営に関わり、2004年に社長。14年から会長。

スポーツの本性自覚せよ。
今福龍太 東京外大大学院教授

 人種差別の根元にあるレイシズム(人種主義)の発想は、皮膚の色や容貌など、人間の外見的な特徴をひとくくりにとらえて特定の人々を差別的に扱おうとする。その考え方がスポーツにおいて表面化するのは必然だ。スポーツこそ社会における「身体の展示場」だからである。さまざまな外見をもった身体のスペクタクルとしてスポーツがある限り、レイシズムはそこに格好の標的を見いだすだろう。
 今年はサッカーにおいて人種差別をめぐる現実に直面させられる出来事が続いた。例えば3月のJリーグ公式戦で元韓国籍のストライカーが新規入団したチームのサポーターが、観客席の入り口に「JAPANESE ONLY」(日本人以外お断り)の横断幕を掲げたことでえある。Jリーグは実行者を無期限入場禁止とし、次のホームでの試合を無観客とする処分を行った。だがその対処は思慮深いものとはいえなかった。人種差別的な現実に立ち向かう毅然としたてつがくが、日本の社会そのものに欠けていることが露呈した。
 一方、4月末のスペイン・リーグでは、ブラジルの黒人選手ダニエウ・アウベスに向かって、敵地の観衆からバナナが投げ込まれた事件が話題となった。サルの鳴き声とともに行われるこうした朝敵行為は、欧州サッカーではごく普通の出来事だ。だが今回はアウベスの対応の冷静さが評判となった。彼はピッチに投げ込まれたバナナに嫌な顔一つせず、拾って皮をむき、パクリと食べてから平然とコーナーキックを蹴ったのである。確信犯的ともいえる差別的な悪意を、このような機知ある身ぶりによって風刺的にいなすのは効果的だ。差別的現実に硬化し、権力による監視や懲罰という退行的手段にうって出ることは、かえって社会の柔軟な自浄作用を阻害する。むしろ、パロディーや関節はずしのようなエレガントな対処法によって、この問題への一人一人の理解の裾野を広げてゆくことも重要だ。
 近代の競技スポーツは、その本性として敵対性の原理に立つ。それは勝者と敗者を対立原理のもとに峻別するシステムだ。戦争によって自国の威信を強めてきた近代の歴史の帰結がスポーツだともいえる。対立原理はゲームのすべての側面に浸透し、サッカーでは、サポーターだけでなく、選手同士の接触時における挑発的言辞(トラッシュ・トーク)も日常茶飯事である。汚い言葉で相手の心理を動揺させることは戦術の一部でさえある。ここから差別的言動へは紙一重なのだ。
 スポーツはイノセント(無垢)ではない。政治や理解からも自由ではない。にもかかわらず、人間はそこに至高の美や快楽を求める。歴史的な矛盾を抱えているものに向けて、私たちは過剰な正しさや純粋さを要求してきたのである。そのことの欺瞞をうすす感じつつ。ここに、近代スポーツの究極の矛盾がある。
 この歴史的な矛盾を抱えたスポーツの本性を自覚することから始めたい。人種差別をただちに規制したり処罰したりするのではなく、実態を深いところで理解し、差別的な行動の暴発を社会全体で食い止め、脱臼させることが重要だ。それは、社会全体における人種差別をただちになくすことではなく、矛盾を含む人種や民族の共存状態のなかで、ともにより幸福に生きる方途を粘り強く出す努力へとつながるだろう。(寄稿)

いまふく。りゅうた 1955年東京生まれ。文化人類学者。中南米で長く調査研究に携わる。著書に「クレオール主義」「群島-世界論」など。サッカー論の著作も多い。
    --「論点[サッカーと人種差別]」、『毎日新聞』2014年10月31日(金)付。

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