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覚え書:「生きる 第三の敗戦 上 =上田紀行」、『東京新聞』2014年11月08日(土)付。


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生きる
第三の敗戦 上
上田紀行

使い捨てと保身
「支え」なくした社会

 「日本は第三の敗戦を迎えている」。私がそのことを痛感したのは二〇〇六年のことだった。世間では「使い捨て」という言葉がはやっていた。そして小泉純一郎首相は当選したての小泉チルドレンに向かって、「政治家だって使い捨てにされることを覚悟せよ」と訓示した。落選すれば議員は使い捨て、だからがんばれという発言だったが、「政治家だって使い捨て」発言の裏には、国民の多くが使い捨てにされている現実の追認がある。その言葉に大きな憤りを感じざるを得なかった。
 しかしその発言直後に行われた世論調査で、まさに「使い捨て」状態におかれている非正規雇用の若者たち、ワーキングプアと言われる貧しい若年層の間の小泉首相の支持率が急騰したと聞かされた。「全ての人が使い捨てだと、正しいことを言ってくれた。われわれだけが使い捨てじゃないんだ」というわけだ。しかしそこには「政府は何でわれわれを使い捨て状態に放置しているんだ!」と支持率が下がるべきところではないのか、私は愕然とした。
 私が教壇に立つ東京工業大学のクラスで二十歳前後の大学生二百人に「人間は使い捨てか?」と聞いてみた。何と半数の学生が「使い捨てだ」に手を挙げた。私はとてつもなく悲しくなった。二十歳の若者にこんな答えをさせてしまう社会は根本的に間違っているのではないか> そして私はこれはもう「第三の敗戦」なのではないかと思った。
 大美辞世界大戦の軍事的敗戦が第一の敗戦である。しかし私たちは忍耐強く復興を成し遂げ、一九八〇年代後半には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と経済的勝利に酔いしれた。しかし九〇年代初頭のバブルの崩壊は一転して経済的敗戦という第二の敗戦をもたらした。
 それに続く第三の敗戦、それは安心と信頼の敗戦である。支えの喪失といってもいい。私の身に何があっても社会は助けてくれない。全ては自己責任とされ、失敗した人間は見捨てられ、使い捨てとなる。そんな社会は社会と呼べるのか。それは心の焼け野原の風景ではないのか。そう思えたのである。
 それはもちろん若者たちの責任ではない。彼らが物心ついてから二十歳になるまで、どんな日本社会を見せられて育ってきたのか。それは私たち年長世代の問題だ。リストラされて絶望していても誰も助けない、経済的効率で生身の人を評価し、もうけの少ない人間はいなくなったほうがいいと言わんばかりの社会を若者たちに見せつけてきたのは私たちなのだ。
 しかしさらに大きな驚きが私を待っていた。彼ら学生に社会正義と内部告発についての講義をしたときのことだった。「あなたが就職して派遣された東南アジアの工場は有毒な廃液を流していて、下流で住民が病気になり死者も出ている。あなたは工場長にかけあったが、事実を隠蔽することを求められた。あなたはどうするか?」という問いに対して二百人はどう答えたか?
 一、「自分の名前を出して内部告発する」が三人、二、「匿名で情報をリークする」が十五人。三、「何もしない」が百八十人いた。
 その結果に私が「君たち、自分の工場のおかげで人が死んでいるんだよ!」と問うても、大多数の学生たちは隣同士で顔を見合わせて「何もするわけないよな」とうなずき合うのだった。
 自分の勤めている企業の垂れ流す毒物で関係のない人が死んでいても、自分はそれを止めようともしない。そんな若者を育ててしまう教育を教育と呼んでいいものか。そして社会正義の滅んだそんな国に対して誇りをもつことができるのか。私はそのとき誓った。私が退職する時までには、人間を使い捨てと思う若者、他人の苦しみより自分の保身を選ぶ若者を無くそうと。
 使い捨てと保身、それはじつは表裏一体のものだ。いちど使い捨てになってしまえば全てが自己責任とされ誰も助けてくれない。そんな社会では誰もが利己的な保身に走る。社会に「支え」がなくなったとき、正義もまた滅びる。
 第三の敗戦からの復興が私のテーマになった。
うえだ・のりゆき 1958年、東京都生まれ。東京大大学院博士課程修了。文化人類学者。東京工業大・リベラルアーツセンター教授。著書に『生きる意味』(岩波新書)『がんばれ仏教!』(NHKブックス)『今、ここに生きる仏教』(共著、平凡社)など多数。

    --「生きる 第三の敗戦 上 =上田紀行」、『東京新聞』2014年11月08日(土)付。

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