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覚え書:「インタビュー:ベルリンの壁崩壊25年 作家、ビクター・セベスチェンさん」、『朝日新聞』2014年11月11日(火)付。


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ベルリンの壁崩壊25年 作家、ビクター・セベスチェンさん
2014年11月11日


(写真キャプション)「日本とハンガリーの戦後の歩みを分けたのは、占領したのが米国かスターリンかの違いだった」=ロンドン、末盛亮氏撮影

 東西冷戦の象徴「ベルリンの壁」が崩壊して9日で25年になった。ソ連を引き継いだロシアは今、欧米との対立姿勢を鮮明にする。新たな冷戦の勃発か。「いや『新冷戦』なんて幻だ」。旧東欧や旧ソ連を描き続ける英国の作家ビクター・セベスチェン氏はそう断言する。冷戦時代と現在とで何が違うのか。民主主義は世界を覆い尽くせるか。

 ――1989年11月9日の「ベルリンの壁」崩壊がいかに重要か、あなたは著書で強調されていますね。

 「米国では、9・11(2001年米同時多発テロ)をしばしば『歴史的な日』ととらえています。でも、世界にとって真の岐路となったのは、9・11ではなく、11・9です。まさにこの日、私たちの精神を支配していた冷戦が終わりを告げ、歴史の転換が始まったのですから」

 ――ただ、ロシアは資源大国として影響力、発言力を強め、ウクライナの一部を併合して欧米と対立しています。これは「冷戦への逆戻り」「新冷戦」ではないのでしょうか。

 「冷戦と今とでは全く状況が異なります。冷戦時代、私たちは常に、見かけにとどまらない真の脅威を、ソ連から直接受けていた。それは軍事力でも核戦力でもありません。私たちの人生観を変えかねない『共産主義』というイデオロギーでした」

 「いかに残忍な結果を生んだとはいえ、共産主義は宗教に匹敵する壮大な思想であり、資本主義とは全く異なる生活感覚、歴史観、世界観を提示しました。実際に、多くの人々の暮らす世の中をつかさどり、経済を運営していたのです」

 「一方、プーチン大統領が持ち込んだロシア・ナショナリズムには、何のイデオロギーもありません。ロシア人を多少満足させられても、ロシアの枠を超えることはないでしょう。共産主義はかつて、第三世界に解放の希望を与えた。プーチン主義は、それが主義と言えるかどうかはともかく、途上国にいかなる希望も与えません」

 「ロシアの軍事力は確かにウクライナやグルジアを悩ませています。しかし、その影響は近隣諸国に限られます。日本や欧米にとっては脅威でも何でもありません」

 ――イデオロギーがなぜそれほど重要なのですか。軍事的脅威に比べると、取るに足らないように思えますが。

 「イデオロギーは単なる机上の空論ではない。そこには人類を突き動かすすべてがある。私たちの行動は意識に縛られているからです」

 「共産主義は、良いか悪いかは別にして、私たちが築いてきた社会に取って代わる対抗軸を指し示した理念でした。だからこそ、欧米や日本でもあれほど多くのインテリを魅了したのです。特に1930年代は、ファシズムに対抗する概念として、共産主義が大きな力を持っていました。人々が共産主義を信じなくなった時、ソ連も崩壊したのです」

 ――その後、共産主義圏にも民主主義が徐々に浸透したわけですね。

 「『ベルリンの壁』崩壊を、自由民主主義の勝利宣言だと受け取った人は少なくありません。しかし、実際にはそれほど単純ではなかった。旧東欧のいくつかの国は目覚ましい民主化を成し遂げましたが、順調にいかなかった国もあります」

 「たとえば、我が祖国ハンガリーも、途中までうまくいきそうに思えました。しかし、現在はオルバン政権による事実上の一党支配状態となり、リベラルな左派がいなくなってしまった。権威主義とナショナリズムに絡め取られたのです」

 「ロシアに至っては、ゴルバチョフ時代のソ連の方がまだましです。ソ連崩壊前後、ロシアは自由と民主化の時代を迎えました。彼らにもチャンスはあったのです。でも、それを逃した。ヘマをして、逆戻りを続けたあげく、プーチン政権の登場を許してしまいました」

 「確かに今、モスクワやサンクトペテルブルクの生活はきらびやかですが、郊外や工業都市で人々は貧困のうちに暮らしている。20年前に比べると、中間層やインテリ層、教養ある人々がむしろ減ったほどです。数少ないこれらの人々は、国家財政をくすねたオリガルヒ(新興財閥)に仕えて生計を立てる始末です」

     ■     ■

 ――私たちには何ができるでしょうか。

 「ロシアに対しては、しばらく状況を観察する以外ないでしょう。ソ連崩壊の遠因をつくったのは、アフガニスタンでの紛争の泥沼化と80年代の原油価格の暴落だった。ここ数カ月、原油価格がやはり下がっている。これがどこまで続くか次第で対応も変わります」

 「クリミア半島併合に対して欧米が科している経済制裁は、プーチン政権と結びつきの強いオリガルヒに標的を絞るべきです。彼らとその妻や愛人のクレジットカードを使えなくするなど、効果のある現実的な措置を取る必要があります」

 ――ロシア国内の世論に期待はできませんか。

 「問題は、今のプーチン政権がナショナリズムを振りかざし、高い大衆人気を得ていることです。政治家が人気を得たいなら、ナショナリズムのカードを切ればいい。経済がうまくいかない時、人々は『すべて移民が悪い』など単純化された訴えに耳を傾けるからです。ロシアに限らず、世界のどこでもこの手法は通用するでしょう」

 「考えてみれば(91年に)ソ連が崩壊してまだ20余年しか経っていません。大英帝国が崩壊した時は、混乱がもっと長く続きました。今回ロシアがウクライナの一部を併合したのも、ソ連時代の意識が抜けていないから。もちろんその行為は正当化できませんが」

     ■     ■

 ――ウクライナとはどう接するべきですか。

 「国内の民主化運動をもっと支援し、励まさなければなりません。特に、選挙の実施に関して協力を深めるべきです。ただ、旧東欧諸国が民主化を達成したのは、自らの力によってだった。ウクライナも結局、欧米に頼らず、自らの力で民主化を進めなければいけない。ウクライナ自身がそう認識すべきです」

 「現在の紛争に欧米が介入するのは、ばかげた発想です。軍事面で私たちが取るべき手段はほとんどありません」

 ――事実上のロシアの軍事行動を黙認せざるを得ないのでしょうか。

 「ウクライナを救うために欧米が戦争に踏み出すことはあり得ません。世界を何度も破壊するだけの核戦力をいまだに保持するロシアと、戦争ができないのは、自明のことなのです。できもしないことを声高に叫んではいけない」

 「私が大嫌いなのは『受け入れがたい』という外交用語です。冷戦時代、ソ連が他国に侵攻すると、西側諸国の首脳は『受け入れがたい』とコメントして、2週間後には受け入れた。米ソが戦争しないためには受け入れる以外ないからです。この美辞麗句を、特に米国の右派政治家たちはいまだに使っています。クリミア半島併合を『受け入れがたい』と言いつつ、何もできないのです」

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 ――日本周辺では冷戦構造が続いていると、しばしば指摘されます。

 「中国との対立のことですね。確かに中国は共産主義を掲げていますが、実際には共産主義と何の関係もありません。イデオロギーの対立は25年前に終わっています」

 「しかし、共産主義が終わったからといって、世界がすべて自由な民主主義になるわけではありません。中国の現在は、共産主義とも民主主義とも異なる何かです」

 ――いつか、共産主義に代わって民主主義のライバルとなるイデオロギーは現れるのでしょうか。

 「たとえば、宗教を根幹に置いた『イスラム国』の考えは、私たちの『世俗的で自由な民主主義』とは対極の立場にあります。『イスラム国』ほど過激ではなくても、イスラム原理主義が世界の一部を絡め取る可能性は考えられるでしょう。彼らの理念に、一部の若者を改宗させる力はあるかも知れません。ただ、欧米の大衆に対して訴えかけるものを持っているとは思えない。同様に、ナショナリズムや市場原理主義も、民主主義の対抗軸とはなり得ないでしょう」

 「民主主義は永遠だ、などと称賛するつもりはありません。ただ、今のところこの理念は、比較的うまく機能している。欧米にとどまらず、もともと民主主義の伝統を持たなかった日本やアジアの国々にまで浸透しているのが、その証拠です」

     *

 Victor Sebestyen 1956年ブダペスト生まれ。著書に「東欧革命1989 ソ連帝国の崩壊」「ハンガリー革命 1956」(邦訳はいずれも白水社)。

 ■取材を終えて

 民衆の蜂起をソ連が弾圧した1956年のハンガリー動乱を機に、セベスチェン氏は家族と英国に亡命した。まだ生後半年。もちろん記憶はないが、その後、英紙記者として東欧やロシアの取材にかかわり続けた。祖国に自らのアイデンティティーを感じるからに違いない。

 ハンガリーでは、ユダヤ人やロマ人に対する差別や迫害も相次ぐ。民主化の理念がどこかでずれたのか。「母国のことを考えると気が重い」。彼が漏らした言葉に、一筋縄ではいかない民主主義の複雑さを感じた。

 (論説委員・国末憲人) 
    --「インタビュー:ベルリンの壁崩壊25年 作家、ビクター・セベスチェンさん」、『朝日新聞』2014年11月11日(火)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11448072.html:title]

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