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覚え書:「インタビュー:政治化するナショナリズム 米シートン・ホール大学准教授、汪錚さん」、『朝日新聞』2014年11月15日(土)付。


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(インタビュー)政治化するナショナリズム 米シートン・ホール大学准教授、汪錚さん
2014年11月15日

(写真キャプション)「11月末に東京で開かれるシンポジウムに参加する予定です。日本の研究者とも意見を交換したい」=北京、高山剛氏撮影

 「中国の夢」を掲げる習近平(シーチンピン)政権は、日本や西洋列強に虐げられた過去と、将来の復興を強調する姿勢を強めている。日中首脳会談でも歴史認識はテーマのひとつだった。歴史の記憶に根ざしたナショナリズムは、中国の政治や外交、社会でどのような役割を果たしているのか。米シートン・ホール大学准教授の汪錚さんに聞いた。

 ――日中首脳会談をどう評価しますか。

 「一つの突破点になると思います。会談に実質的な内容が乏しくても、両国政府がお互いの関係を重視している表れだからです。各層の対話や危機管理システムの構築に同意したことも重要です。しかし中日関係の根本的な問題は、歴史や国民の感情にあると考えています」

 ――中国の対外関係における「歴史の記憶」に注目していますね。

 「人々の歴史認識や、社会で語られる歴史の物語は、史実そのものというより選び取られたものです。誰が何を選んで民衆に伝えるのか。この影響が非常に大きいのです」

 「『歴史は中国人の宗教』と言われるほど、中国には歴史に対する特別な意識があります。リーダーたちは歴史上の苦難と栄光を強調してきた。特にアヘン戦争から中日戦争にかけての100年の恥辱の歴史は、人々に大きな影響を与えている。中国人は帝国主義者の侵略を中国の『国恥』だと思っています」

 「この歴史の記憶と物語が、中国人集団のアイデンティティーと中国政治に大きな影響を与えています。1989年の天安門事件は大きな転換点でした。その後、92年から歴史の物語ががらりと変化したのです。江沢民(チアンツォーミン)時代の愛国主義運動は静かな革命だったと言えるでしょう」

 ――なぜですか。

 「49年以降の毛沢東(マオツォートン)時代は、階級闘争から中日戦争を語っていました。戦争は日本の資産階級と統治者が起こしたもので日本人民も被害者だ、人民の中国は勝利者だ、と」

 「ところが執政党(中国共産党)は、天安門事件と東欧の共産主義国家の崩壊で大きな衝撃を受けました。民主化運動は鎮圧したが、人々の信認や支持を失った。社会主義や共産主義も含めて(統治の)合法性に極めて重大な挑戦を受けた。中国社会の核となる『信仰』が真空となり、それを埋めようと(当時の最高実力者)トン小平(トンシアオピン)氏が、歴史の物語を変えたのです」

 ――どんなふうに。

 「人民による階級闘争ではなく、国家と国家、民族と民族の闘争に勝ち抜いたのが共産党である、と。その中核をなすのは、共産党がなければ国は独立できず、再び外国からばかにされ、分裂してしまう、という点です。歴史は勝利者から被害者の物語に変わり、中国の人々と国家が戦争で受けた苦難や血なまぐさい暴力が強調され始めました。そして、この物語に基づいた愛国主義教育運動を始めました。愛国とはいえ、愛党運動です」

    ■     ■

 ――日本からみると、日本を標的にした反日運動・教育にみえます。

 「違います。天安門事件に最も反対し制裁していたのは米国や欧州です。日本も加わりはしたが、それほど厳しくなかった。西側諸国で最初に制裁を解除したのも日本だし、中米関係の回復を推進させる一定の役割も果たした。愛国主義教育を反日教育というのは単純化しすぎです」

 「ただ、不幸なことに歴史を振り返ると、日本は、中国の『国恥』のもっとも重要な部分を占めます。孫中山(孫文)や蒋介石時代からそうです。日本は中国を最も傷つけた国です。仕方がありません。南京大虐殺も死亡人数の統計に異なる意見があっても発生はしているのです」

 ――反日映画・ドラマでナショナリズムをあおっているのでは。

 「中国では、ナショナリズムが巨大な商業的価値を持っています。中国政府が反日映画やドラマを作るよう制作会社に強く推奨しているというよりも、もうかるから作っているのだと思います。それに中国では、腐敗や政府批判、国民党や中華民国、古代の宮廷や皇帝、皇后などの番組を作ろうとすると、触れてはならない内容が多くある。それに比べて反日ものはとても安全なのです」

 「中国人の歴史の物語が日本人の態度に影響を与え、同様に、日本人の態度が中国人の歴史の記憶を一段と刺激しています。相互作用の関係があります」

 ――というと。

 「80年代までのほうが戦争を経験した人は多かったにもかかわらず、中国人が日本を受け入れられたのは当時の日本政府や人々が非常に友好的だったからでもあります。中国の人々も日本から経済発展の経験を学びたい気持ちが明確にありました」

 「2000年以降、中日関係に新たな変化がうまれました。中国の日本経済への依存度が落ち、人々の間に(優越的な意識を伴う)ナショナリズムが高まってきたのです」

 「日本の政治家も、侵略の否定や靖国神社参拝などで歴史問題やナショナリズムを刺激する。日本の教科書には戦争の歴史の描写が少ない。歴史を無視したり否定したりする冷たい態度も、形を変えたナショナリズムではないでしょうか」

 ――政治家がナショナリズムによって求心力を高めようとするのは、どの国でも伝統的な手段なのかもしれません。

 「中国政府はナショナリズムによる団結を希望しています。一方で、民衆の強烈な感情は政府をジレンマに陥れます。反日感情が強い中国の人々は、中国政府が日本に強硬な態度を取るよう求める。その民意にこたえようとすると、政府は関係を改善しにくくなってしまう」

 「中国以外からは、中国外交は強硬で覇権的だと厳しく批判されています。しかし、中国の人々は正反対で、軟弱すぎる、と言っている。国内政治と外交の求めとの間に矛盾が生じている。たとえば、南シナ海の問題は国際社会の支持をほとんど得られていないが、国民の要求は強い。強硬な政策が国益に合致しなくても、国内政治を優先しなければならなくなっています。リーダーもまた社会の一員として、政策決定の際に共有する認識や感情に左右されるものです。これも、日本を含めてどこの国でも、そう言えるでしょう」

    ■     ■

 ――中国が民主化すれば、歴史の理解は変わるのでしょうか。

 「中国の若者は100年前、70年前のことには詳しくても、25年前、50年前の理解は限られています。民主化すれば、国内の問題を含めてもっと知ることができるようになるでしょう。もちろん文化大革命や大躍進をさらに知ったとしても、侵略の歴史は忘れられるものではない。ただ、新しい歴史の物語は中国に多くの変化をもたらすと思います」

 ――日本と中国は歴史がもたらすナショナリズムを超えられますか。

 「両国の政府は、ナショナリズムで国家の凝集力と団結力を高めることの危険性を深く理解すべきです。刺激しあって敵意がたえまなく積み上がっていく」

 「中国は、ナショナリズムが両刃の剣であることを知る必要があります。日本が歴史教育を薄めていくことに反対すると同時に、自国の歴史教育も反省すべきです。とりわけ青少年向けの本や映画、テレビに戦争の暴力や民族の恨みの内容はふさわしくない。日本は中国の人々が歴史問題への意識が非常に強いことを知る必要があります。歴史やそれにかかわる謝罪の問題について全体を知り、社会でもっと議論してほしい」

 「双方の国民が相手を単純化して見ないことも大切です。歴史問題の共同研究や教科書の共同編集も再び取り組むべき課題です。今回の首脳会談は第一歩にすぎません。政府だけに頼らず、民間がお互いの誤解と関係悪化の危うさと害悪を知り、敵意と攻撃を減らせれば、80年代の友好関係に戻れるかもしれません」

     *

 ワンチョン 1968年中国・雲南省生まれ。北京大大学院修了後、米ジョージ・メイソン大紛争分析解決学博士。邦訳著書に「中国の歴史認識はどう作られたのか」。

 〈+d〉デジタル版に詳細

 ■史観の違い知れば摩擦減る 東京大学准教授・川島真さん

 中国は5月9日、つまり日本が第1次世界大戦時に「21カ条要求」(1915年)を受諾させた日を国恥記念日としました。日本は中国でナショナリズムが高まる時期に攻め込み、中国で欧米より突出した敵として刻まれたのです。第2次大戦の戦勝国として、戦後も戦中の日本敵視の宣伝を否定できずにいました。

 80年代に入って改革開放政策にかじを切るなか、経済の要素が加わりました。当時の最高実力者、トン小平氏は「日本に経済を学ぶが、歴史を忘れない」と話しています。中国が歴史問題を提起し、日本が円借款の増額などで応じる構図ができました。手段としての歴史の利用が始まりました。

 89年の天安門事件と東欧の共産主義国家の崩壊が大きな波だったことは確かですが、中国が歴史問題で硬化するのは90年代後半からです。日本はバブル崩壊で経済が停滞し、中国はアジア通貨危機を経て経済や軍事の力を増してきました。日中関係の「経済」と「歴史」の両輪のうち、「歴史」だけが残ったのです。

 また、中国は経済成長に伴って国際社会で存在感を強める一方、そのコストとして、国内では格差への不満や自由を求める声が強まっています。経済開放と政治統制の矛盾を抑えようと、習政権は大国意識をあおり、日本と戦って現在の成功に導いた共産党の立場を強調しています。国内の矛盾が簡単には解決せず、独裁の正統性への疑問が強まっている以上、この状況は続くでしょう。

 ただ、直接の交流がすすみ、情報のやりとりが深まるなかで、中国政府の公式見解と社会の言論は、なかなか一致しません。約2年半ぶりの首脳会談は危機管理としては良いことですが、関係が劇的に好転するとは思えません。「日中友好」というまじないは賞味期限切れです。

 歴史でいうと、歴史観を一致させる必要はないし無理ですが、相手の考えを知っておくことが大事です。たとえば、大学で日中韓の見方を併記した教科書を使い、それぞれの違いを認識しておけば、個人的なつきあいでの摩擦を減らせるはずです。

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 かわしましん 68年生まれ。専門はアジア政治外交史・中国近現代史。著書に「中国近代外交の形成」「近代国家への模索」など。

 ■取材を終えて

 習政権が歴史をからめたナショナリズムを統治や外交の道具に使う姿勢は、戦後70年の節目の来年、際だつはずだ。日本の側には、自らの心細さを国家の威にすがって埋めようとする空気があり、利用したい政治家がいる。国力の変化もあり、日中関係が80年代のような「友好」の時代に戻るのは難しいと思う。

 ただ、国どうしの関係の居心地の悪さがすべてではない。そう実感できる関係が、かつてないほど広がっている。中国にも共産党の歴史観や統治手法を疑い、距離をおく人はいる。彼らの心に届く言葉を持つには、自分も国家にからめとられやすい存在であると自覚する必要があるのではないか。(編集委員・吉岡桂子)
    --「インタビュー:政治化するナショナリズム 米シートン・ホール大学准教授、汪錚さん」、『朝日新聞』2014年11月15日(土)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11456194.html:title]

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