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2014年11月

日記:キャンパスの紅葉 2014年。


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Xマウントのカメラを使ってみたく、ミラーレス一眼レフをエントリーモデルですが富士フィルムのX-A1に更新してみました。標準のズームレンズ(16-50mm f/3.5-5.6)の出来合いが抜群と聞いておりましたが、非常によく写ります。

近いうちに単焦点の広角を使ってみたいと思いますが、非常にすばらしいカメラですね。

まずはキャンパスの紅葉で試し撮り。 

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覚え書:「発言・海外から:ヘイトスピーチの法規制 パトリック・ソーンベリー、元国連人種差別撤廃委員、英キール大名誉教授」、『毎日新聞』2014年11月26日(水)付。

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発言・海外から:ヘイトスピーチの法規制 パトリック・ソーンベリー、元国連人種差別撤廃委員、英キール大名誉教授
毎日新聞 2014年11月26日 東京朝刊

 「人種差別撤廃条約」が国連総会で採択されて来年で50年になる。民族的少数者ら社会的少数派への憎悪をあおる「ヘイトスピーチ」を法律で禁じるよう求める条約だ。スピーチ(言論)という言葉が少し誤解を与えているようだが、ヘイトスピーチの真の問題は、語られる言葉そのものではない。差別の扇動が社会にもたらす影響にこそ危険がある。ナチスドイツによるユダヤ人大虐殺もそうだ。人種主義的な扇動がジェノサイド(大虐殺)をもたらした。こうした例が歴史にある。

 だから、ヘイトスピーチの禁止は単なる「言論の自由」の規制ではない。表現の自由とのバランスは大事だが、ヘイトスピーチが社会的少数派から自由な言論を奪ってしまうという実態がある。多数派は、社会における力関係を利用して少数派を一方的に傷つけ、沈黙させるからだ。

 どんな国でも完全な表現の自由は存在しない。タブーというものがある。児童ポルノであれ、ジェノサイド扇動であれ、社会の調和を乱す表現にはおのずと線引きがなされてしかるべきだ。

 その際、あいまいな規定で規制するのは問題だ。明確かつ適切な境界線を引く努力を続けなければならない。

 差別的な表現でも、聞いた人が気分を害するだけなら処罰の対象とする必要はない。だが、人間の尊厳を踏みにじったり、(特定の人種や民族グループについて)「社会に居場所がない」などと公言したりするのは許されない。法規制の対象とするかどうかの判断は、そうした言動がどのような文脈でなされたかが大事だと強調したい。その国や地域における過去の歴史も判断の上で重要な要素となる。

 人種差別を禁じる法を制定し、刑法や民法を組み合わせた法的枠組みを作る必要がある。刑法で処罰するのは最も深刻な場合に限るべきだ。

 法規制が逆に社会的少数派の抑圧につながったり、正当な抗議の制限に使われたりするのも防がねばならない。そのためには、実際に法を運用する裁判官や警察への教育が非常に重要となる。国際的な人権基準を含む教育はメディアにも必要で、市民が言論によってヘイトスピーチに対抗するのも大事だ。法律を作れば問題が解決されるわけではない。そこから差別をなくす取り組みが始まるのだ。【構成・小泉大士】
    --「発言・海外から:ヘイトスピーチの法規制 パトリック・ソーンベリー、元国連人種差別撤廃委員、英キール大名誉教授」、『毎日新聞』2014年11月26日(水)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20141126ddm004070031000c.html:title]

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覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 『全額社会保障に』のウソ=本田宏」、『毎日新聞』2014年11月26日(水)付。


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くらしの明日
私の社会保障論
「全額社会保障に」のウソ
公約無視の消費増税は許されない
本田宏 埼玉県済生会栗橋病院院長補佐

 消費税が今年4月から3%引き上げられ8%になったが、経済政策「アベノミクス」は功を奏さず、契機は低迷している。ついに10%への再増税の延期と、衆院解散・総選挙が実施されることになった。
 長年日本の低医療費の問題について警鐘を鳴らしてきた立場から、今春の消費増税には大変複雑な思いを抱いてきた。その布石が、すでに2006年の小泉純一郎政権時代に打たれていたことを知っていたからだ。
 小泉首相はその年6月の経済財政諮問会議で、「どんどん切り詰めていけば、もう歳出削減をやめてほしいという声が出てくる。『増税してもいいから必要な施策をやってくれ』という状況になるまで歳出を徹底的にカットしなければならない」と発言した。そして先進国最低に抑制してきた日本の医療費の自然増を、さらに07年度から11年度まで年間2200億円、計1兆1000億円も削減した。
 政府は、医療など社会保障の現場を疲弊させ、国民の不安感を増大させた挙げ句に。「あなたの医療・年金・介護・子育てを守るため消費税のご負担をお願いします。消費税率の引き上げ分は全額、社会保障の充実と安定化に使います」と宣伝し、消費増税を断行した。しかし現実は、増税分のうち社会保障に使ったのは1割だけだった。
 実際に社会保障関連では負担増と給付削減が目白押しとなっている。70~74歳の患者負担は1割から2割へとアップ。入院給食費は自己負担化し、一定所得の人は介護保険料負担が1割から2割に増えた。さらに年金も実質給付減が予定されている。年金支給開始年齢の67~68歳への引き上げ▽75歳以上の医療費の患者負担引き上げ▽介護報酬の6%削減▽特別養護老人ホームへの新規入所について要介護1、2を実質上排除--などの改悪までもが検討されている。
 延期が決まったものの、政府は10%への増税キャンペーンで「みんなの安心が、ひとつづつ実現し始めています。消費税率の引き上げ分は、すべて社会保障に」と現実と異なる宣伝を繰り返していた。宣伝には有名子役が起用され、多額の費用を投じたと考えるのが自然だろう。
 脆弱な社会保障を人実に「全額社会保障に回る」と、実際にはウソを言って強行した消費増税の結果は年金削減、保険料アップ、サービスの低下だった。詐欺ともいえるような日本の政治、というのが悲しい現実だ。公約を平気で無視する政治を許したままでは、いくら消費税を増やしても社会保障の充実は望めない。先日の沖縄県知事選はケンミンが政府の方針に「NO」を突きつけて勝利したが、今回の衆院選も国民不在の政治にストップをかける千載一遇のチャンスだ。
消費増税 財政健全化と社会保障機能を強化する目的で消費増税法が2012年に成立、消費税が今年4月に5%から8%に引き上げられた。15年10月には10%に再増税する予定だったが、景気低迷などから安倍晋三首相は17年4月まで延期すると表明した。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 『全額社会保障に』のウソ=本田宏」、『毎日新聞』2014年11月26日(水)付。

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関連記事→
[http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-11-11/2014111108_01_1.html:title]


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覚え書:「『大義』の陰で:2014衆院選/6 首相、訓示で殉職言及 安保論議の先に『戦死』」、『毎日新聞』2014年11月26日(水)付。


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「大義」の陰で:2014衆院選/6 首相、訓示で殉職言及 安保論議の先に「戦死」
毎日新聞 2014年11月26日 東京朝刊

(写真キャプション)昨年までの防大首相訓示で引用された言葉など

 創設以来戦死者ゼロの自衛隊だが、殉職者は1851人を数える。その死を弔う「メモリアルゾーン」が東京・市ケ谷の防衛省内にあり、「殉職者慰霊碑」が建っている。

 今年3月22日、防衛大卒業式で安倍晋三首相の行った訓示が関係者の関心を呼んだ。

 「自衛官人生のすべてを懸けて、最後の瞬間まで国民の命を守ろうとした」。前段で、1999年11月に埼玉県で起きた自衛隊機墜落事故の殉職者2人をたたえた。

 事故は機器の故障が原因とされ、操縦士2人は市街地への墜落を避けるために操縦かんを放さず、脱出が遅れたとみられる。だが、高圧送電線を切断して大規模停電が起き、自衛隊は批判を浴びた。

 殉職者に触れる訓示は異例だが、中段でさらに熱を帯びた。

 「困難な任務に就く諸君は、万が一の事態に直面するかもしれない」「南西の海では主権に対する挑発も相次いでいる」「日本近海の公海上で、警戒にあたる米国のイージス艦が攻撃されるかもしれない。その時に、日本は何もできないということでよいのか」

 訓示はそのまま、7月の集団的自衛権(緊密な関係にある他国を攻撃した敵に反撃する権利)の行使容認に帰結した。世論の賛否が渦巻く中での閣議決定から5カ月。秋の臨時国会の議論は低調で、問題はアベノミクスのワンフレーズ選挙の中で埋没しかねない。

 ◇「時代変わった」「なぜ乃木引用」
 「これまで型通りの内容ばかりだった。こんな最高指揮官(首相)は初めてだ」。航空自衛隊幹部の一人は訓示に感激した。例年は旧軍の反省に立った初代防大校長などの言葉を引くが、安倍氏は殉職者の氏名も挙げた。「批判を受けた無念が晴れた。時代が変わった」と感慨深げだ。

 だが、陸上自衛隊幹部の一人は別の感想を抱いた。安倍氏は訓示の後段で、幹部自衛官が任務にあたる覚悟として、明治の陸軍大将、乃木希典(まれすけ)の言葉を引いた。「唯至誠(ただしせい)を以(もっ)て御奉公申上ぐる一事(いちじ)に至りては人後に落ちまい」(ひたすら誠の気持ちで尽くすことでは誰にも負けない)

 日露戦争の司令官だった乃木は明治天皇の死去に際し割腹して殉死を遂げ、軍人精神の体現者として軍神となった。引用は、乃木が皇族や華族の学ぶ学習院のトップに就いた際、「軍人に教育ができるか」という周囲の批判への反論だった。 

 作家の司馬遼太郎は戦後、旅順攻略で多数の戦死者を出した乃木を愚将として描いた。「防大は旧軍の精神主義を反省して創設された。当時、他に立派な軍人はいた」と陸自幹部は困惑する。「幅広い国民の理解が必要な時に、なぜ乃木か」

 実家が山口県の安倍氏は、長州人の乃木に親近感を抱く。野党時代にエッセーで「乃木は愚将だったのか」と問いかけ、司馬に事実誤認があるとする作家らの分析を交えて同郷人を擁護した(月刊文芸春秋2010年12月臨時増刊号)。

 ◇集団的自衛権は来春議論本格化
 自衛隊で「戦死者」が出た際どう対応するか、政府の方針は明確に定まっていない。

 メモリアルゾーンの整備にかかわった守屋武昌・元防衛事務次官は、イラクに派遣された自衛官から帰国後自殺者が相次いだ点を踏まえ、戦死を含む殉職を特別に扱う立法措置が必要だと訴える。イラク派遣前、当時の陸上幕僚長が防衛庁長官に「殉職の制度が整わないうちは部隊を出せない」と訴えた場面を記憶する。だが、議論は進んでいない。

 「遺族は何も主張しない。だからこそ集団的自衛権の賛否を超えて周囲が考えてほしい」と守屋氏は言う。政府が来春以降予定する集団的自衛権関連法制の議論の先には、「戦死」を巡る議論が待っている。【本多健】=つづく
    --「『大義』の陰で:2014衆院選/6 首相、訓示で殉職言及 安保論議の先に『戦死』」、『毎日新聞』2014年11月26日(水)付。

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[http://senkyo.mainichi.jp/news/20141126ddm041010125000c.html:title]

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日記:首相が保守速報を「ソース」に語る「美しい日本」


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[http://matome.naver.jp/odai/2141683775803784401:title]

[http://togetter.com/li/749445:title]

ご本人および関係者は「いいね」をすでにはずし、さも被害者のごとく振る舞っておりますが、一国の首相が保守速報をシェアする、そんな時代ということに驚いてしまう。

ヘイトスピーととゆがんだ民族差別、そして戦前声高に叫ぶのが「保守速報」。しかも現在その姿勢が民事訴訟でとりだたされているご時世。くりかえしになりますけれども、一国の首相が保守速報をシェアするとはこれいかに。

口では民族差別は断じて許しませんなどとすっとぼけたことをおっしゃりますが、内面では民族差別の何が悪いんやというのがその実情というところでしょう。

あほすぎてくらくらしてしまう。

しかもその騒動のあった日の朝刊(11月23日、『朝日新聞』)では、「法務省人権擁護局・全国人権擁護委員連合会」の広告が掲載。曰く「ヘイトスピーチ、許さない」。
 

さて蛇足ながら、fbでの「いいね」をはずし、紹介した記事にかみつくと同時に、そのことを指摘した人間を次々とブロックしているという「小物っぷり」。

失笑を禁じ得ないとはこのことか。

そういえば、昨日の『東京新聞』(2014年11月27日付)で、「首相はネトウヨだった!?」ってありましたが、まあ、まさにそうやろうなあ。

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覚え書:「2014衆院選:今問う、漱石の個人主義 100年前の講演に憲法考える糸口」、『朝日新聞』2014年11月25日(火)付。


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2014衆院選:今問う、漱石の個人主義 100年前の講演に憲法考える糸口
2014年11月25日

(写真キャプション)今年5月、憲法改正の手続きを定めた国民投票法改正案を可決した衆議院憲法審査会

 ちょうど100年前のきょう11月25日、夏目漱石が「私の個人主義」と題して講演をした。個人と国家の関係を考え抜いた言葉は1世紀の時を経て、今なお新鮮に響く。個人と国家のあり方を定める憲法。その改正も視野に入れた衆院選を前に、漱石研究者の小森陽一・東京大大学院教授に読み解いてもらった。

 1914(大正3)年11月25日、漱石は学習院(現学習院大学)の校友会から、講演者として招かれた。小森教授は「漱石が自らの文学を確立するうえで、一番大切だった考えとして聴衆に伝えたのが、個人主義でした」と話す。

 30代で英国へ留学した漱石。日本の知識人が〈西洋人のいう事だと云(い)えば何でもかでも盲従して威張った〉風潮にあらがい、英文学の本拠地にいながら下宿に引きこもって、文学書以外の読書に没頭した。

 小森教授は「西洋人の借り物でない文学を確立するための、たった一人の挑戦でした。この経験から、他人本位ではない、漱石の自己本位に基づく個人主義が形づくられていきました」と指摘する。

 〈自分が他(ひと)から自由を享有している限り、他(ひと)にも同程度の自由を与えて、同等に取り扱わなければならん事と信ずるよりほかに仕方がないのです〉

 「他(ひと)の自由」を尊重する漱石は講演で、一つのエピソードを披露する。朝日新聞の文芸欄を担当していた頃、批評記事に立腹した文人の取り巻きから取り消しを迫られたが、漱石は門下生に助力を求めなかったという。

 〈私は意見の相違はいかに親しい間柄でもどうする事もできないと思っていましたから……向(むこ)う(門下生)の気が進まないのに……けっして助力は頼めないのです。そこが個人主義の淋しさです〉

 人と人との絆やつながりが重視される現在、小森教授はこの「淋しさ」に注目する。「人とのつながりはもちろん大切。ただ時に同調圧力に変わります。そのことを知っていた漱石は、まず他者の自由を認めようとした。そのためには淋しさに耐えることも引き受けたのです」

 この個人主義、実は昨今の憲法改正論議の論点の一つでもある。自民党は憲法改正草案で、現行憲法の第13条「すべて国民は、個人として尊重される」の「個人」を「人」に置き換えた。草案づくりを担った議員はその意図を「個人主義を助長してきた嫌いがあるので」とホームページで説明する。

 衆議院憲法審査会でも、保守系議員から「個人の尊厳や基本的人権の価値を尊重しすぎるあまり、究極の個人主義、利己主義が広がっている」などの声が上がる。

 一方、漱石は講演でこうも語っている。

 〈個人主義なるものを蹂躙(じゅうりん)しなければ国家が亡(ほろ)びるような事を唱道するものも少なくはありません。けれどもそんな馬鹿気(ばかげ)たはずはけっしてありようがないのです〉

 当時は第1次世界大戦のただ中。日英同盟によって参戦した日本も戦時下にあった。「戦時社会にあって、勇気のある発言です。本当の個人主義は利己主義とは正反対で、他者の人権を保障することだと考えたから、漱石はぶれなかったのでしょう」と小森教授。

 憲法改正の手続きを定めた改正国民投票法が6月に成立した。憲法改正は安倍晋三首相の持論であり、自民党は憲法審査会で、改正原案づくりへの議論を進めたい意向だ。衆院選は各政党の憲法観を問う機会でもある。

 小森教授は「漱石の唱えた個人主義はいまだ未完。100年たっても、その言葉の真意を問い続ける価値があります」と話す。

 (上原佳久)
    ーー「2014衆院選:今問う、漱石の個人主義 100年前の講演に憲法考える糸口」、『朝日新聞』2014年11月25日(火)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11473391.html:title]

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覚え書:「引用句辞典 トレンド編 [政治家の質の劣化]=鹿島茂」、『毎日新聞』2014年11月23日(日)付。


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引用句辞典
トレンド編
[政治家の質の劣化]
鹿島茂

唯一の防御策は間接選挙の導入

ワシントンの下院議場に入ってみれば、この大会議場の俗っぽさに驚愕の思いをするであろう。(中略)この議場のすぐそばに上院の扉が開いており、その狭い議場の中にアメリカの著名人の大多数がいる。そこにいるどの一人をとってみても、名声が記憶に新しい人がほとんどである。(中略)では、この巨大な相違はどこから来るのか。その説明として私は、ただ一つの事実しか見あたらない。下院の構成を決める選挙は直接選挙であるのに、上院を生み出すそれは二段階の手続きを踏むようになっている。
(トクヴィル『アメリカのデモクラシー』松本礼二訳、岩波文庫)

 任期がまだ二年もあるというのに、また衆議院の選挙である。選挙経費は七百億円ともいわれるので、安倍首相は景気浮揚の一環として経済効果を狙っているのかもしれない。
 それはそうと、選挙のたびに感じるのはなにゆえに日本では政治家に優秀な人材が集まらないのかという根源的な疑問である。利権選挙がまかりとおっていた自民党長期政権時代と比べてさえ政治家の劣化が進んでいるように感じるのは私だけだろうか?
 では、優秀で倫理観もある政治家を生み出すにはどうしたらいいのか?
 この問題を解くヒントとなるのが、右のトクヴィルの観察である。トクヴィルは一八三〇年代にアメリカを訪れ、旧大陸とは異なる民主政治の有り様を見て回ったが、一番驚いたのは連邦議会の下院議員と上院議員の違いであった。
 まず下院はというと、「大半は田舎弁護士や小売商人で、最下層の階級に属する人々さえいる」。対するに上院は「雄弁な弁護士、すぐれた将軍、有能な法律家、またよく知られた政治家が議員となっている」。いったいこの違いはどこから来るのだろう、と問うて、トクヴィルは下院が直接選挙なのに対し、上院は各州の立法議会の議員たちが選挙母体となった間接選挙であることに気づく(一九一三年の憲法改正で上院も直接選挙になる)。「人民の意志は、この選出された合議体を通過するだけでいわば練りあげられ、より気高くより美しいカタチをとって出てくるのである」
 トクヴィルのこの言葉には一定の真実が含まれている。その証明となるのが、長期政権時代に自民党の派閥が果たした役割である。あの時代、衆議院は定員四、五人の中選挙区で、自民党の議員は党内党の派閥の支持を受けて選挙に臨み、やがて次期領袖の選挙人となるという構造を持っていた。そこには「練りあげ」の工程があったのだ。「三角大福中」時代はいまにして思えば、この「練りあげ」が正しく昨日していた時代だったといえるのである。
 ところが、小選挙区制の採用以来、この派閥による「練りあげ」が機能しなくなった。小選挙区で問われるのは与党か野党かの別だけで、派閥ではなくなったからだ。
 しかし、そうはいっても昔の中選挙区と派閥政治に戻すことは不可能だ。では、どんな方法があるのか? 衆議院を下院とし、衆議院議員の五選で参議院議員を選ぶことにして、参議院に上院としての大きな権力を与えるよう憲法を改正すればいいのである。
 直接選挙は議員の劣化を加速する。これを防ぐには間接選挙しかない。トクヴィルのこの結論を真剣に検討すべき時が来ているのではなかろうか?
(かしま・しげる=仏文学者)
    --「引用句辞典 トレンド編 [政治家の質の劣化]=鹿島茂」、『毎日新聞』2014年11月23日(日)付。

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覚え書:「村上春樹は英語的な味わい 主要作品を英訳、ジェイ・ルービンさん講演」、『朝日新聞』2014年11月25日(日)付。


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村上春樹は英語的な味わい 主要作品を英訳、ジェイ・ルービンさん講演
2014年11月25日
 
(写真キャプション)村上春樹の英訳者として知られるハーバード大のジェイ・ルービン名誉教授=川崎市の専修大
 村上春樹作品の英訳で知られる米ハーバード大のジェイ・ルービン名誉教授(73)が来日し、8日、専修大で講演。村上作品の魅力や翻訳にまつわるエピソードを語った。

 シカゴ大の学生時代に夏目漱石や国木田独歩など日本近代文学に魅了され、翻訳の道に進んだというルービン名誉教授。1980年代末に『羊をめぐる冒険』が米国で話題になったことをきっかけに村上文学に興味を持ち、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を初めて読んだという。「猛烈に好きになった。『私のために書いている作家』という気持ちにさせられた」。その後、『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『1Q84』など主要作品を訳してきた。

 村上文学が世界で共感を得ていることについては、「人間の普遍的な孤独を書いているからではないか」と指摘。「日常生活にひそむミステリーを伝える能力に加え、それを支える日常生活の細部にわたった描写が的確。鉛筆削りやハンバーグステーキなど、見慣れた日常品について読者をひきつける描写ができるからこそ、読者は彼の神秘性を信じる」と語った。

 英語から強い影響を受けている村上の文体について「英語的な味わいが既にそこにあるので、英訳しやすいのはある程度本当」としながらも、「他の日本文学と同じように名詞の単数形・複数形や人称の選択はあいまいで苦労します」と明かした。

 翻訳中に村上本人ともやりとりしたが、原作者としての意見を聞くと、村上は決まって「適当にやってください」と答えたという。「しかし結局、この『適当』こそが翻訳家の仕事を全て言い表しています」とルービン名誉教授。

 「翻訳家の仕事は、自分の言葉で、『適当』と思われる手法を使って、できるかぎり原文に近い文学的経験を読者に味わってもらうこと。その過程は翻訳家の主観的なものですが、それによって何千何万という読者に、その小説以外では手の届かない世界をのぞかせることができるのではないかと思います」

 (板垣麻衣子)

     *

 1941年、米国生まれ。村上春樹作品のほか、夏目漱石の『三四郎』の英訳でも知られる。今年、自身初の小説を英語、日本語で刊行予定。 
    --「村上春樹は英語的な味わい 主要作品を英訳、ジェイ・ルービンさん講演」、『朝日新聞』2014年11月25日(日)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11473392.html:title]

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書評:ジョン・デューイ(阿部齊訳)『公衆とその諸問題 現代政治の基礎』ちくま学芸文庫、2014年。


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ジョン・デューイ(阿部齊訳)『公衆とその諸問題 現代政治の基礎』ちくま学芸文庫、読了。飛躍的に複雑化した機械化と画一化を特徴とする現代社会において、人間の息吹汲み取る民主主義は果たして可能なのか。本書はリップマンが『世論』『幻の公衆』で提起した問に応答し、民主主義の可能性を探求する一冊。

大衆社会は、必要な知識にもとづき判断を行う公衆という近代市民社会の前提を破壊したという点でリップマンに同意する。リップマンは世論操作の危険性への注意から、専門家の役割を強調し、公衆の政治参加を限定的に捉えるが、デューイはそうではない。

選挙民が不安定な集団を彷徨う現代においてローカル・コミュニティにおける自治の再生は不可能であろう。リップマンの危惧を共有しつつも民主主義への期待は失わない。復古再生ではなく、現在の共同体に等身大のむしろ新しい民主主義を構想する。

「もっと民主主義を!」 複雑化したのは社会だけではない。複雑化し寄る辺なき人々に自らの政治的有効性の感覚を回復させる為には、様々な思いや利害を再組織化することから出発する。制度や精神を固定化しない柔軟な思考が一貫することに驚く。

悪しき形而上的思考は、例えば国家の起源に目を向け足元を救われがちだが、「国家の形成はひとつの実験過程であらざるをえない」し、民主主義のあり方も同じである。唯一の正しいあり方を探求するよりも、現実世界での試行錯誤に注目する思考だ。

デューイは情報の公開と共有を強調、その基礎の上に成り立つコミュニケーションによる連帯、そこから立ち上がるアソシエーションと習慣による社会の内在的変革(公衆の再生)に民主主義の可能性を見出す。原著は1927年、今読むべき本。

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覚え書:「特定秘密保護法に言いたい:『官』の監視できてこそ--小説家・真山仁さん」、『毎日新聞』2014年11月24日(月)付。

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特定秘密保護法に言いたい:「官」の監視できてこそ--小説家・真山仁さん
毎日新聞 2014年11月24日 東京朝刊

 ◇真山仁さん(52)

 日米の宇宙開発競争を描いた小説「売国」の連載を週刊誌で始めた昨年春、特定秘密保護法がこんなに早く成立するとは思わなかった。作中で、成立後の社会を描いて警鐘を鳴らすつもりだった。

 昨年秋、まだ書かないうちに成立しそうだと聞いて慌てた。1人で反対の記者会見を開こうかと悩んだ。

 先進国には国家機密を守る法律は必要だと思う。だが、秘密保護法は秘密の範囲があいまいだ。憲法が保障する表現の自由や「知る権利」とも衝突する。しかも、平和憲法で軍隊や情報機関のない国に、スパイを取り締まる法律が何のために必要なのか、政府は国民を説得しないまま強引に通してしまった。

 結局、記者会見は「1人じゃしんどいなあ」とやめてしまった。意気地がなかったと後悔している。同時にこんな法律ができるのに、反対勢力が少ないことに驚いた。この国は「基本的人権を侵害しても国益を守ってよい」という文化はなかったはずだ。言論のバランスが悪くなっていると感じている。

 成立後の今年2月、ワシントンに行き、米国の秘密法制を取材した。国家機密でも一定の年月がたてば指定を解除され、公開される。政府関係者は「民主主義の国だから」と事も無げに言っていた。統治を官僚に委ねても、監視ができてこそ民主主義が機能するのだと実感できた。

 「売国」には検事が秘密保護法を調べる場面を描いた。「この法律が定める特定秘密の解釈については、各省庁に委ねられている」【聞き手・青島顕】

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 ■人物略歴

 ◇まやま・じん

 1962年生まれ。読売新聞記者、フリーライターを経て、2004年に企業買収をめぐる小説「ハゲタカ」でデビュー。他に「コラプティオ」など。 
    --「特定秘密保護法に言いたい:『官』の監視できてこそ--小説家・真山仁さん」、『毎日新聞』2014年11月24日(月)付。

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覚え書::「特集ワイド:解散に寄せて 作家・高村薫さん 投票は有権者の『意地』」、『毎日新聞』2014年11月21日(金)付夕刊。


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特集ワイド:解散に寄せて 作家・高村薫さん 投票は有権者の「意地」
毎日新聞 2014年11月21日 東京夕刊

高村薫さん=大阪府吹田市で、宮武祐希撮影

集団的自衛権の行使容認に反対し首相官邸前でデモをする人々。安倍政権の2年で「国のかたち」は大きく変わった=東京都千代田区で7月、矢頭智剛撮影

 安倍晋三首相が総選挙に打って出た。永田町では「大義なき解散」と突き放した見方が強いが、有権者が態度決定を迫られる事実に変わりはない。政権交代後の2年間は何だったのか。1票の持ち主が問われているものは何か。重厚な小説と硬派な時評で知られる直木賞作家、高村薫さん(61)に会いに行った。【浦松丈二】

 ◇選挙は経済失政隠すための手段 昭和初期まで歴史を巻き戻されないか
 「本当に冗談みたいな解散ですよね。私たち有権者に理解できるような理由が一つも見あたらない」

 インタビューの冒頭、高村さんは「冗談みたい」を繰り返した。20歳になった1973年以降、選挙は欠かさず投票してきた作家にとっても、今回の解散・総選挙は未体験に属することだったようだ。「今後、アベノミクスの失敗で経済指標は悪くなる。このまま解散を引き延ばせば来年4月の統一地方選で大負けするから、その前に……と安倍さんは思ったのでしょう。要するに経済失政を覆い隠すための手段に過ぎないということです」

 大阪府内の自宅を訪ねた日、大理石の床に冬の木漏れ日が差し込んでいた。

 「2年前、私たちは安倍政権に何を求めたのでしょうか……」。木製の大きなテーブルの向こうから、静かに問いかけてきた。

 思い起こせば、米国発の景気低迷が当時の日本を暗く覆っていた。有権者の多くはアベノミクスに期待した。だが高村さんの評価は厳しい。

 「大規模な金融緩和で無理やり円安に誘導しても、大企業の製造拠点は海外に移ってしまっており、輸出は期待ほど伸びなかった。円安で輸入物価は上昇し、生活が苦しくなっただけ。この2年間でアベノミクスが失政だったことがはっきりしました」。その言葉を裏付けるように、17日に内閣府から公表された7-9月期の国内総生産(GDP)の速報値は市場予測を大幅に下回り、4-6月期に続く2四半期連続のマイナス成長となった。多くのメディアが「日本経済は景気後退局面に入った可能性がある」と解説している。

 安倍政権は、円安になれば輸出主体の大企業の業績が好転し、下請けや孫請け企業に波及するとも主張した。液体が滴り落ちるさまを表す英語から「トリクルダウン効果」と呼ばれる。「高度経済成長期ならともかく、大企業でさえ生き残りに必死で、合従連衡が日常化し経済構造が複雑化した今、富が上から下へ確実に流れると誰が言えるのでしょうか」。高村さんは一蹴するのだ。

 少子高齢化が進む地方の景気低迷は、より深刻だ。安倍政権・自民党は「地方創生」を叫び始めたが、高村さんには本気が感じられない。「地方を元気にするには、地場の中小企業が生産性を上げ、自分たちで雇用を生み出していくしかない。構造改革は待ったなしの状況なのに、アベノミクスでは相変わらずばらまき型の公共投資をして国への依存を助長し、地方の活性化を妨げている。さらに休業手当や賃金の一部を助成する雇用調整助成金にしても、非効率な企業を延命させ、経済の新陳代謝を遅らせるだけ。それよりも会社をたたみやすくしたり、新たな産業を呼び込む制度を整えたりするのが先でしょう」

 高村さんが強く疑問視するものが、もう一つある。

 安倍政権は7月に閣議決定で憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使容認へとかじを切った。「戦後の歴代政権の内閣法制局が積み上げてきた憲法解釈を、いとも簡単に変更した。しかも、それをしたのは同じ自民党中心の安倍政権。いったい何の権利があって、と憤りを覚えます」。口調が一段と厳しさを増した。「戦後69年、日本人が守り続けた『戦場で人を殺さず、殺されもしない』という歴史に終止符が打たれる。安倍さんの言う『積極的平和主義』で平和が維持できると考えるなんて、それこそ妄想以外の何ものでもありません」

 高村さんは安倍政権の問題点を次々と挙げた。2年前の消費増税を巡る3党合意と議員定数是正の公約が置き去りになっていること。靖国神社参拝で中国や韓国などとの関係をこじらせたこと。「戦後レジームからの脱却」を掲げながら、米国の意向に沿って米軍普天間飛行場の辺野古移転を進めたこと……。

 安倍首相は、今回の解散・総選挙を一つのお墨付きとすることで、さらなる長期政権を目指しているといわれる。その先には何があるのだろう。

 「私には安倍さんが、軍部の台頭を許し戦争への道を歩み始めた昭和初期まで歴史を巻き戻そうとしているように見えます。安倍政権が長期化したら、私たちはどこまで連れて行かれるのか。来年は戦後70年です。この節目の年を安倍首相のもとで迎えることの意味を、私たちはもっと深刻に考えるべきではないでしょうか」

 9月の内閣改造後は閣僚のスキャンダルが相次いだ。自民党衆院議員を主人公にした小説「新リア王」を書いた高村さんの目に、今の自民党はどう映る?

 「小説の舞台にしたのは1980年代です。当時の国会議事録を丹念に読みました。その頃も汚職などの不祥事はありましたが、国会では中身のある議論をしていた。与野党ともに、まともな政治家がいたのです。2000年代以降の政治家たちは軽すぎて小説にならない。うちわやSMバーが、議事録にも残る国会で議論されるなんて、恥ずかしい限りです」

 自らの「足もと」をきちんと見られない政治家や経営者が増えているのが、何より気になるという。「武力行使容認」に舞い上がる人々しかり、原発の再稼働を急ぐ電力会社しかり……。「経済効率からも、巨額の賠償リスクがある原発を抱えたまま会社を経営していけるわけがない。これもまた妄想ですね」

 消費増税の1年半延期と21日解散を表明した18日夜の安倍首相の記者会見。「重い重い決断をする以上、速やかに国民に信を問うべきである」という熱弁も、その耳には空疎に響いた。「今のうちに、という本音が透けて見えるから、言葉の一つ一つに重みが感じられない。安倍さんの、安倍さんによる、安倍さんのための解散・総選挙であることを裏付けたと言っていい」

 政治家の言葉の軽さ--。偽りのない「語り」によって人間の存在の意味を問い続けてきた高村さんには、それが耐えられない。

 「消費増税についても、法律から景気条項を外すから次は必ずやると言いますが、その時にも安倍さんが首相を務めているという保証はない。政治家は、そこまで考えて一つ一つの決断をすべきだし、有権者は彼らの言葉が信じるに足るかをしっかり吟味しなければなりません」

 そして「驚いた」のは、安倍首相自身が総選挙の勝敗ラインについて「自民、公明の連立与党で過半数を維持」と設定したことだった。

 自民党の現有議席は294議席で過半数を53議席も上回り、公明党の31議席もある。しかも、与党がすべての常任委員会で委員長を出し、委員数も野党を下回らない「安定多数」でなければ不安定な政権運営を迫られるというのが常識だ。

 「選挙には勝つものとたかをくくっている。だから不用意な言葉が出るとしか理解のしようがない」。ここにも緊張感の欠如を見るのだ。

 昨年暮れ、特定秘密保護法が成立した直後にした本紙のインタビューで、高村さんは次のように言っていた。

 <私たち自身の政治感覚の鈍麻が、政権の暴走を許してしまう。そうさせないためには主権者として、そして有権者として、政権に一定の歯止めをかける理性を持つことだと思う>

 政治を注視し、理性で判断する。「完全無党派」の高村さんがたどりついた一つの結論なのかもしれない。

 では、私たちはどう1票を行使すればいいのか。

 「確かに受け皿になる野党はないかもしれない。700億円もの経費を使うのに、今やる必要のない、意味の薄い選挙かもしれない。それでも投票所には行くべきです。そして、考え抜いた1票を投じてほしい。白票だっていいんです。これは、有権者の『意地』の問題なのです」

 事実や論理を一分のすきもなく積み上げ、精緻かつ壮大なフィクションを構築してきた作家が「意地」や「白票」を口にする。それほどにこの国の未来を憂えているのだ。

 有権者はどんな「答え」を永田町に突きつけるだろうか。

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 ■人物略歴

 ◇たかむら・かおる
 1953年、大阪府生まれ。90年に「黄金を抱いて翔べ」で日本推理サスペンス大賞を受賞しデビュー。著書に「レディ・ジョーカー」「太陽を曳く馬」「冷血」。直木賞選考委員。全国の地方紙などに「21世紀の空海」を連載中。
    --「特集ワイド:解散に寄せて 作家・高村薫さん 投票は有権者の『意地』」、『毎日新聞』2014年11月21日(金)付夕刊。

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覚え書:「耕論:どうする、歴史ある建築物 松隈洋さん、土居丈朗さん、菊川怜さん」、『朝日新聞』2014年11月21日(金)付。


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(耕論)どうする、歴史ある建築物 松隈洋さん、土居丈朗さん、菊川怜さん
2014年11月21日
 
 完成から長い年月が過ぎ、時代の要請で改修や取り壊しを余儀なくされる建築物がある。人々の暮らしや営みをみつめてきた役割は終わるのか。それともどうにかして残すべきなのか。

 ■近代建築の寿命、短すぎる 松隈洋さん(京都工芸繊維大学教授)

 世界的な建築家・丹下健三が手がけたコンクリート打ち放しの香川県庁東館は、1958年の完成から56年が経ち、耐震改修工事が必要になっています。

 中央部のコアと柱だけで地上8階、高さ43メートルの建物を支え、外側はガラス張り。戦後民主主義の時代を象徴する開放性があり、柱と梁(はり)を組み合わせた日本建築の独自性も持ち合わせている。全国の自治体庁舎のモデルとなったこの建物について、私も参加した香川県の有識者会議は「非常に高い文化的価値がある」として保存を求めました。

 建物を残すため、外観と内部空間の保存を可能にする基礎免震工法を軸にした検討を会議は提言しました。耐震改修工事の最中も、職員が仕事を続けられることが大きな利点です。

 ただ、工事費が40億円程度かかることから、香川県はこの工法以外に、工事費を安くして外観を大きく変えたり、建て替えたりする案を含め、六つの選択肢から今月中にも結論を出します。もっと工事費を抑えながら上手に建物を残す改修方法は、知恵を持ち寄れば必ず見つけられる。近代建築の保存は世界共通の課題であり、模範となる保存の道筋を「香川モデル」として示してほしいと思います。

 近代建築は1920年代にヨーロッパで始まります。人口集中による生活環境の劣悪化と、第1次大戦後の住宅不足を前に、鉄やガラス、コンクリートを用いて快適で機能的な生活空間の実現を提案したのです。日本では関東大震災後の同潤会アパートや、戦後の広島ピースセンター、神奈川県立近代美術館などに象徴されます。

 ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関・イコモスは20世紀の建築を「リビング・ヘリテージ(生きている遺産)」と位置づけています。また、工場で大量生産された材料を使い、予算に見合う合理的な方法で生活環境を形づくるという近代建築が切り開いた枠組みは、現代も全く変わっていません。

 ところが、近代建築は普段使いの身近なものであるために、その重要性が共有されにくく、日本ではどんどん取り壊され、新しい建物に変わっています。また、市町村合併に伴う特例債を活用して、自治体規模に見合わない大きな新庁舎を建てる計画も多々あるように、本当に必要な建物なのか疑問が残るものも多いのです。

 建築物には本来、人々のよりどころとなり、生活環境の持続性を守る役割があります。そのためには人間の寿命よりも長く存在する必要があるのに、日本の近代建築の平均寿命は50年程度と非常に短い。少子高齢化と人口減少で日本の生産力も落ちる中で、いま手の中にあるものをどうやって大事に長く上手に使うのかという視点が求められるのではないでしょうか。

 (聞き手・高橋福子)

     *

 まつくまひろし 57年生まれ。専門は近代建築史。前川國男建築設計事務所を経て現職。近代建築の保存を提唱する国際学術組織「DOCOMOMO(ドコモモ)」日本支部代表。

 ■共感の広がりを吟味して 土居丈朗さん(慶応大学教授)

 かつて慶応大学の三田キャンパスには世界的な彫刻家のイサム・ノグチ氏と、建築家の谷口吉郎氏が共同設計し、1951年に完成した「萬来舎(ばんらいしゃ)」という研究室棟がありました。1階にあった談話室は「ノグチルーム」と呼ばれ、親しまれていましたが、10年ほど前に法科大学院を新設するため、この棟を解体して、「ノグチルーム」など一部の施設を新校舎に移築する計画が持ち上がりました。

 すると、教員や学生らによる保存運動が起こりました。「作者の意図と違う場所に移築すれば芸術性が失われる」などの主張が提起され、論争が巻き起こりました。私は「時代の要請で法科大学院は必要。都心の三田キャンパスはそもそもスペースが限られているから、移築はやむを得ない」と考えました。結局、校舎の配置などを総合的に判断し、建物を解体して移築・保存することが決まりました。

 シンボルとして存在してきた歴史的建築物がなくなると、愛着を感じていた人にとっては「心に大きな穴が開いてしまう」と考えるほどの喪失感をもたらします。逆に言えば、1882年の着工から建設が続くスペインのサグラダ・ファミリア教会や、ナポレオン3世の時代からその街並みの美しさが守られているフランス・パリなどでは、周辺に生きる人たちの建築物や景観への強いこだわりが「時間が経っても変わらない」ことへの支えになっています。

 維持に費用をかけるかどうかを判断する上で大切なのは、住民や建物に愛着を感じる人たちの間で「維持をしたい」という共感がどれだけ広がっているかにかかっていると思います。

 東京などの大都市なら、税金を使わなくてもビジネスベースで歴史的建築物を守れることがあります。赤レンガで有名なJR東京駅の丸の内駅舎は、高層化しないことで生まれる「空中権」を周辺の新築ビルに譲ることで保存工事の費用をまかないました。規制緩和で東京駅周辺では、低層のビルが使っていない容積率をほかに転売することが可能になっていたのです。

 一方、オフィス需要にとぼしい地方都市では、こうしたやり方は事実上不可能です。少子高齢化による人口減で自治体財政は悪化する一方です。「2040年には全自治体の半数が機能不全」との試算もあります。

 建築物が永続的に存在するためにはお金が必要です。ただ、維持コストの原資は、税金がすべてではありません。寄付を積み重ねるという選択肢もあるのです。寄付は「自分のお金を出してでも守ってほしい」という建築物への強い共感の表れでもあります。世代を超えて建物を継承したいという共感がどれほど広がっているのか。自治体も住民も、綿密に吟味すべき時代に入っていると思います。

 (聞き手・古屋聡一)

     *

 どいたけろう 70年生まれ。専門は財政学、公共経済学。「地方債改革の経済学」でサントリー学芸賞。他の著作に「日本の財政をどう立て直すか」「財政学から見た日本経済」など。

 ■長い目で残す価値考えて 菊川怜さん(女優)

 世の中と関われる理系の学問を選ぼうと思い、大学で建築を専攻しました。当初は建築家の名前を一人も知りませんでした。学び始めてみると、科目が多く、模型をつくって図面を引いてと、簡単な分野ではないと分かりました。

 その頃から芸能活動を始めたこともあり、授業に出席するのも大変でした。教授になりたての安藤忠雄さんから、鎌倉にある美術館の増築について課題を出され、緊張しながら発表した記憶があります。

 建築物は、何のためにつくるのかという「目的」が、ちゃんとあってこそ価値が出るもの。私が見た建築物で印象に残っているのはフランスの建築家ル・コルビュジエが両親のために建てた小さな家です。スイスのレマン湖のほとりにあるのですが、コルビュジエが「両親が楽しく幸せに暮らせるように」という目的で建てたものです。

 中に入ると、ここを猫が通ったんだろうなとか、屋上庭園でひなたぼっこしたのかなとか空想が広がりました。住む人が何を求めているのか、建築家が寄り添って考えたと思えるすてきな家でした。

 全国で老朽化した建物を保存するかを考える時、未来を見据え、何のために残すのか、その目的を真剣に考えなければいけないと思います。安全第一が最優先ですが、自治体は財源が限られていますし、保存するには予算が大きくかかります。どうしても目先のコストだけで考えがちですが、建物が地元で大事にされてきたものならば、もっと長い目で残す意味をはっきりさせていく作業が大事なのだと思います。

 ヨーロッパでは、建物の外側は維持し、中身だけ変えることをしますよね。だから、町に歴史の重みをすごく感じる。

 日本には地震があります。だから伊勢神宮みたいに、建物をつくりかえていく歴史があるんだと思います。私の住む東京は、計画性よりも、無秩序につくりかえて発展してきたイメージがある。その複雑性が特徴の一つとなって魅力的に感じられる都市だともいえます。

 最近は斬新な建物が増えました。2020年の東京五輪のためにつくる新国立競技場は物議を醸していますが、私は良い悪いというよりも、人類が「こういうものをつくりたい」とデザインすることで、技術が進歩することがあると思います。空を飛びたいと思い、飛行機がつくられたように。新国立競技場は、そんな先進的な建物になってほしいと思っています。

 今後、建築とどう関わっていきたいかですか? 建築物を見に行くのが好きなので、ドキュメンタリー番組で、有名な建築家の建物を見て歩くような仕事を続けていきたいですね。

 (聞き手・田嶋慶彦)

     *

 きくかわれい 78年生まれ、埼玉県出身。東京大学工学部建築学科卒業。98年にデビューし、ドラマ、映画などに幅広く出演。現在は朝の情報番組のキャスターを務めている。 
    --「耕論:どうする、歴史ある建築物 松隈洋さん、土居丈朗さん、菊川怜さん」、『朝日新聞』2014年11月21日(金)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11466729.html:title]

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拙文:「読書:井上順孝編『21世紀の宗教研究』平凡社 刺激に富む先端科学との邂逅」、『聖教新聞』2014年11月22日(土)付。


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読書
21世紀の宗教研究
井上順孝編


刺激に富む先端科学との邂逅

 「科学的」という評価が合理的な価値あるものと見なされる現代。その対極に位置するのが宗教だ。宗教を迷信と捉えず、「宗教とは何か」を科学的に探究するのが宗教学の出発だったが、学の展開は飽くなき細分化を招き、原点と隔たってしまったのが現状だ。先端科学の知見と宗教学の接点を切り結ぶ本論集は、再び根本に問いに立ち返る刺激に満ちた一冊だ。
 井上順孝の論考「宗教研究の新しいフォーメーション」は、現代の宗教研究が向き合うべき諸学との交渉を俯瞰する総論といえる。著者は科学の新しいアプローチの需要に積極的だ。M・ヴィツェルの「神話の『アフリカ』」は、遺伝子研究と進化論をたよりに、言語以前にさかのぼり神話を大胆に比較検討する。
 長谷川眞理子の「進化生物学から見た宗教的概念の心的基盤」には瞠目する。宗教減少を「宗教的概念を使った思考」と捉え、例えば「世の中の悲惨に対して慰めを提供すること」が、生物学・脳科学的な進化の結果だと素描する。
 信仰をもつ「人間」は、動物でありながら他の動物と異なる。その両義性に注目するのが芦名定道の「脳神経科学と宗教研究ネットワークの行方」だ。物質(脳)と非物質(心)の関わりを解き明かす知見は、宗教研究の新しい可能性となろう。
 歴史的に、宗教学と自然科学の相性は良いとはいえなかった。しかし、科学自体、人間を探究する営みでえある以上、両者の邂逅は、従来の認識を一新する。(氏)
○平凡社・2592円
    --「読書:井上順孝編『21世紀の宗教研究』平凡社 刺激に富む先端科学との邂逅」、『聖教新聞』2014年11月22日(土)付。

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覚え書:「2014衆院選:何のための選挙か 荻上チキさん、ジェームス三木さん、五味太郎さん」、『朝日新聞』2014年11月20日(木)付。


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2014衆院選:何のための選挙か 荻上チキさん、ジェームス三木さん、五味太郎さん
2014年11月20日

 ふってわいたような師走の選挙。そもそもこの選挙は何のためなのか。私たちはどう向き合えばいいのか、考えた。

 ■貧困のリアル、考える期間 荻上チキさん(評論家)

 今月初め、首相官邸で消費増税について意見を言う機会がありました。内閣府から突然メールが届いたんです。点検会合を開くから来てくれ、と。私は「8%への増税で低所得者にすでに大きな影響が出ている。まずは貧困対策をとるべきだ」と反対論を述べました。だから増税先送りには大賛成です。

 ただ、この決断について国民に信を問うべく解散する、という説明には違和感がある。先送りには野党も賛成ですから、争点にはなり得ません。国民の声に耳を傾けるべきは、むしろ集団的自衛権や特定秘密保護法の問題でしょう。国の将来に大きな影響があるわけですから。

 とはいえ、「解散に大義があるか」「何のための選挙か」と批判していても、選挙は行われます。与党が自己都合で選挙時期を決め、基盤を固めようというのは常套(じょうとう)手段。それが政治のリアリズムです。

 実際、いま選挙するのが自民党にはベストなんでしょう。アベノミクスで株価は上がり、円高も是正された。自民党批判票の受け皿になる強力な野党も見当たらない。争点のぼやけた選挙に有権者は無関心だろうし、いまのうちに選挙をするのが得策だ、という計算です。投票率の低い選挙で有利なのは、組織票を持つ自公ですから。

 問題は、選挙後のこの国の行方でしょうね。これまで安倍晋三首相は経済政策を最優先し、本当はやりたい改憲や教育改革を、これでも自制していた節がある。選挙で勝てば、いよいよ「信任を得た」というストーリーで押し通していく可能性もあります。そのとき野党が歯止めをかけられるか、心もとない。野党の意義が問われています。

 それでも私は、選挙運動の12日間には意味があると思う。永田町ではわからない暮らしの実情に、政治家たちが肌身で触れるからです。人々の生の声、街の声が議員に直接届く。

 増税による景気の停滞は、貧困層を直撃しています。個人が努力すれば何とかなるという「努力原理主義」では、もはやどうにもならない。手を打たないと、もたなくなっている。

 官邸の点検会合で、いろんなかたのお話を聞いて見えてきたことがあります。立場も意見も様々でしたが、アベノミクスには再分配政策が決定的に欠けていた、という一点については、多くが一致していた。その弱点が、8%への消費増税によってあらわになったのです。

 野党もそこにプレッシャーをかけてほしい。安倍政権は地方創生や女性の活躍を重点目標に掲げていますが、女性支援や弱者への再分配を強めなければ、貧困はさらに広がり、少子化も進んで国力が低下するのは間違いありません。与野党問わず、選挙を通じてもっと貧困のリアリズムを考えてほしいのです。

 (聞き手・萩一晶)

     *

 81年生まれ。言論サイト「シノドス」編集長。ラジオパーソナリティー。著書に「ネットいじめ」「未来をつくる権利」、共著に「夜の経済学」など。

 ■「生きる楽しみ」を想像して ジェームス三木さん(脚本家)

 「解散・総選挙」はとにかく唐突感がありました。議会と内閣は対立していない。最高裁が違憲状態と判断した「一票の格差」の抜本是正と議員定数削減も手つかずの状態です。

 何のための解散か。僕は問題を先送りし、政権の延命を図る「モラトリアム解散」と位置づけています。沖縄の米軍基地移設、財政赤字、恩恵が行き渡らないアベノミクスなど諸問題は悪化していく気配を示しています。さらに不祥事で閣僚2人が辞任しました。与党が総選挙で勝利すれば「不都合をいったん白紙化できる」と考えたのではないかと、僕は疑っています。

 僕がうたぐり深いのは、10歳の時に旧満州で敗戦を迎え、両親と弟と必死で逃げたからです。「いざというときに国家は国民を守らない」という現実が、考え、判断する際の土台です。ただ、疑うことを知る戦争体験世代は減ってきています。

 1991年に初演した芝居「安楽兵舎V.S.O.P.」では、70歳以上でないと自衛隊に入隊できない仮想の近未来を描きました。食事も医療も行き届いた「安楽兵舎」で老自衛隊員たちは何不自由なく暮らしていたが、突然「国際貢献」で紛争地域に行くよう命じられます。背後に各国政府による高齢者抹殺の陰謀があった、という筋書きです。断りましたが、少し前に「映画化したい」という要望が寄せられました。当時よりも現実が深刻化しているからかもしれません。

 世代を超えて今、最も大切にすべきだと思うのは、生きる楽しみが奪われない社会にしなければいけないということです。

 楽しみとは何か。それは想像をたくましくすることです。種をまいた人は花が咲く前に、「どんな花が咲くのだろう」と想像して楽しみます。離婚した人は「次はどんな人とめぐり合えるのだろう」と再婚まで楽しめます。自由に想像して考えるとき、人間は楽しいのです。

 でも、天気予報は時間帯ごとの推移を細かく伝え、空を見て考える楽しみが失われた。スポーツ番組では専門家が感想を全て話してしまう。至れり尽くせりですが、つくづく考えさせない時代だと思う。だから、何も考えずに介護施設を建てるだけでなく、国民の生きる楽しみとは何かを真面目に考える、想像力豊かな政治家に出てきてほしいですね。有権者は為政者を徹底的に疑い、借り物でない言葉で考えてほしいと思います。

 たとえわずかでも変わる可能性がありますから、選挙には必ず行きます。ただ、投票所までの道すがら、週末は休みなのに選挙だと店を開けるブティックがあるんです。妻がそこで買い物をしたがる。「今年はどうやって阻止しようか」。そんなことを今からあれこれ想像して、ドキドキしているんですよ。

 (聞き手・古屋聡一)

     *

 35年生まれ。歌手を経て脚本家に。日本国憲法の成立過程を描いた「真珠の首飾り」や「安楽兵舎V.S.O.P.」など憲法や戦争をテーマにした作品も多い。

 ■「政治業界」に幸せ委ねるな 五味太郎さん(絵本作家)

 「業界」って色々あるよね。電気業界とか自動車業界とか。「政治」もそういう業界の一つに過ぎない、という認識が、みんな無さ過ぎるんじゃないか。

 どの業界も「自分たちの仕事や製品は世の中のために役立つ」とか一生懸命宣伝するけれど、本音では自分の業界が盛り上がるのが一番大事。政治の業界も同じだよ。安倍首相や麻生副総理は、「自民党」という政治業界の老舗の後継ぎだ。先代から店を継いだけど、一度は政権を失った。もうミスはできない、何としてでも老舗を守る、という情熱はすごいよね。

 そう考えると「解散・総選挙」っていうのも、おれたち「民(たみ)」のことを考えてやっているわけではなくて、「株主総会みたいな、業界の事情で行われるイベント」という本質が見えてくる。別に毎回おつきあいする必要はないと思うな。

 政治という業界の仕事は、税金を使って社会生活と産業の基盤、つまりインフラを整備することだ。道路を造ったり電気を通したり国の安全を守ったりして、おれたち個々人ががんばれる環境を整える。その点、自民党はよくやってきたと思うよ。

 ただ、勘違いしちゃいけないのは、政治は民を幸せにする業界じゃないってこと。それは個々人が自分でやるしかない。だけど時々、子どもっぽい政治家が「私はみんなの幸せを考えている」なんて言い出す。安倍首相にはどうもそういう面があるね。民の側も、政治がよくなれば自分たちも幸せになれると思っている節がある。他の業界にはそんなお願いしないのにな。

 もう一つの勘違いは、政治が「民」までも国家を維持するためのインフラと捉えてしまうこと。分かりやすい例が少子化対策だよ。「子どもを産む」という最も個人的な問題に政治が口を挟めば、「税金を納める人が減ると困るから、どんどん赤ちゃんを産んで」ということになりかねない。赤ちゃんまで国家のインフラ化するっていうひどい話なんだけど、そのことへの反発が、民の側からほとんど出ないことには驚いたな。

 多分、多くの民が「社会の駒で構わないから、自分の居場所が欲しい」と必死で、自分自身を進んでインフラ化しようとしているんだろう。切ないよね。だけど、それは個人としての成熟が止まっちゃっている、ということでもある。

 人間を生物として捉えれば結局、「生きている間にいかに充足感を味わうか」という勝負しかないし、そのためには個人としての自分を大切にするしかない。政治に自らの幸せを委ねず、個人の領域に政治が踏み込んできたら「恥を知れ」と追い返す。民がそこまで成熟すれば、選挙なんてやるよりも、政治はずっと大きく変わるよ。

 (聞き手・太田啓之)

     *

 45年生まれ。広告、工業デザインを経て絵本作家に。400冊以上の作品がある。代表作に「きんぎょがにげた」「正しい暮し方読本」「ことわざ絵本」など。
    --「2014衆院選:何のための選挙か 荻上チキさん、ジェームス三木さん、五味太郎さん」、『朝日新聞』2014年11月20日(木)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11464752.html:title]

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覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 男性の働き方見直しが先=山田昌弘」、『毎日新聞』2014年11月19日(水)付。


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くらしの明日
私の社会保障論
男性の働き方見直しが先
女性の活躍推進
山田昌弘 中央大教授

 女性の活躍推進が成長戦略の一つの柱になっている。日本は諸外国に比べ、政治や経済分野での進出が大変遅れている。女性の国会議員比率や管理職比率は、世界最低レベルだ。「すべての女性が輝く政策パッケージ」で示されたように「女性が活躍できるような環境を」というのは、方向的には正しい。ただ、施策として、保育所の充実や、企業での数値目標の設定、再就職支援などがあげられているが、それで十分だろうか。
 卒業生が今度結婚することになったが、仕事を続けようか迷っているという。彼女は大企業の総合職だが、忙しい時期は残業が週20時間を超え、休日出勤も求められる。結婚相手も同じ職場で、同様の状況という。子供が生まれ、育児休業や保育所うが使えたとしても、夫婦でこんな働き方を続ければ家庭生活を維持できない。
 優秀で会社からも期待されている彼女でさえ、そうなのだ。日本で管理職女性が少ないのは、同じ職場に勤め続け、残業、休日出勤をいとわず、家庭を顧みずに会社の都合で働くことが、管理職になるための条件となっているからだ。それが男性に可能なのは、家で家庭を守る主婦がいるからである。
 私は今、香港に滞在中だが、そこで働く人は、男性でも管理職でも残業がほとんどなく、夫婦そろって夕方家に帰ることができる。ヨーロッパでも同じ状況だ。ヘルパーが雇えたり、保育所が充実したりしていることも一因だが、それ以上に、長時間働かなくても管理職に昇進し、活躍できる環境こそが重要なのだ。
 日本の男性の労働時間が長いことで有名だが、女性も正社員に限れば、労働時間はとても長い。女性はパートが多く、平均すると短く見えるだけなのだ。女性管理職を増やすために、女性を今の男性並みに働かせることを可能とする施策では、多くの女性は絶対ついてこない。長時間働き、家庭生活を犠牲にしてまで活躍して管理職になりたいと思う女性は少ない。男性でも、そうした考えは徐々に減っている。
 女性問題は、男性問題でもある。主婦がいる男性を前提とした働き方を見直し、男女とも長時間労働をしなくても管理職に昇進し、活躍できるような施策を進める必要がある。西ヨーロッパ諸国や香港では、男女とも労働時間が短くても、労働生産性は日本よりも高水準で、経済成長率も高い。正社員、管理職の労働時間が長い日本の経済成長率はかえって低いことに、政府や経営者も気づくべきである。
 男性の働き方の見直しがない限り、女性の活躍推進は絵に描いた餅になってしまう。
すべての女性が輝く政策パッケージ 政府が助成活躍を推進するため、来年春までに実施すべき施策を集めた政策の集合体。子育て支援、主婦の再就職支援、パートの正社員化、在宅勤務の推進、セクハラ防止策の徹底など多岐にわたる項目が並ぶ。男性の家事・子育て参画推進や意識改革も盛り込まれたが、ごく一部にとどまっている。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 男性の働き方見直しが先=山田昌弘」、『毎日新聞』2014年11月19日(水)付。

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すべての女性が輝く政策パッケージ(pdf)
[http://www.kantei.go.jp/jp/headline/brilliant_women/pdf/20141010package.pdf:title]


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覚え書:「リレーおぴにおん 女と女:7 自由で豊かなフェミニズム 岡野八代さん」、『朝日新聞』2014年11月19日(水)付。


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リレーおぴにおん 女と女:7 自由で豊かなフェミニズム 岡野八代さん
2014年11月19日

岡野八代さん=桐本マチコ撮影
 本格的にフェミニズムに向き合い始めたのは1990年代半ばです。留学先のカナダで、政治思想のフェミニスト的な読み方を学びました。そのとき慰安婦問題に出会って戦後50年の年に日本に帰国、日本でも男性とは違う手法で新しい研究を切り開こうとしている先輩女性たちに刺激を受けました。

 そんな私の目には、フェミニズムを非難するバックラッシュは異様に映りました。すべて男社会が悪いと決めつけ、男女の区別をなくそうとする極端な女がフェミニストだという、ゆがんだイメージが流布されていました。

 構造的な理由もあったのでしょう。70年代、主婦を含む草の根の女性たちから始まったウーマンリブの手弁当の運動に比べると、男女共同参画社会基本法が施行された99年ごろには、大学や行政・公的機関で働くフェミニストも出てきて、一定の社会的影響力を持つことへの反発が出てきたのではないでしょうか。

 残念なことに、フェミニズムへの誤解はなくなったとはいえず、若い人たちへの浸透度もまだまだです。女性の地位や意識面では様々な進歩があったにせよ、女性の非正規労働者は増え、男女の賃金格差は大きく変わっていないにもかかわらず、です。

 フェミニズムは多様で自由で豊かな思想であることを、伝えなければと思います。結婚や家族のあり方に疑問を呈してはいますが、単に家族を否定するということではありません。むしろ、子育てや家事、介護など、女性たちが家族の中で担ってきた仕事の意義を尊重し、表面的な「自立」の陰に隠れてきた受け身で依存的で、それゆえ政治の場から排除されてきた「弱い主体」を再評価するのが、私のめざすフェミニズムの政治学です。

 自分自身をいったん脇に置いて、目の前の子供のニーズに応えようとする「ケアの倫理」。女性だけにケアの責任を負わせてきた社会の構造を変革していく一方で、こうした倫理こそが、非暴力と正義を求める、グローバルな連帯の可能性を秘めていると考えています。

 性をめぐる問題は唯一の解があるわけではない。だからこそ女たちのつながりの中で、たえず葛藤し、揺らぎながらでも自分たちの言葉を生みだそうと、「WAN(Women’s Action Network)」という認定NPO法人で活動しています。若い世代への伝え方を真剣に考えなければと心しています。

 (聞き手・藤生京子)

    *

 おかのやよ 同志社大学大学院教授 67年生まれ。専攻は西洋政治思想史・現代政治理論。著書に「シティズンシップの政治学」「フェミニズムの政治学」など

 ◇次回は26日に掲載する予定です。 
    --「リレーおぴにおん 女と女:7 自由で豊かなフェミニズム 岡野八代さん」、『朝日新聞』2014年11月19日(水)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11462797.html:title]

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フェミニズムの政治学―― ケアの倫理をグローバル社会へ
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日記:「○○人は宇宙人」という日本語のどこかが「悪いことは悪いと訴えている」“是々非々”なのか。世界遺産の神社でヘイトスピーチを垂れ流す佐藤一彦宮司の劣悪な日本語運用能力


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 本誌は佐藤氏を直撃し、ブログの真意や安倍首相との関係などについて聞いた。
--中国や韓国を批判するブログが、ヘイトスピーチのように読めます。
「まったくヘイトじゃないですよ。独断と偏見でつづっていますが、あくまで是々非々で、悪いことは悪いと訴えているだけです。宮司という立場なので、思っていることの半分も書いてませんから(笑)。ブログの一部だけでヘイトと捉えられるのは不当で、あくまで全体の趣旨を見てほしいですね。ただ、いろいろ面倒になると困るので(問題がありそうな記事は)今は閲覧できないようにしました。消去したわけではないので、時期を見て再公表しようと考えています。
--中国人や韓国人が嫌いなのようですが。
「私には韓国人の友人もいますし、押しなべて嫌いということはありません。作法に則って参拝してくれるなら、中国人も韓国人も大歓迎ですが、そうじゃない人たちは来なくて結構なんですよ」
--安倍首相が著書に推薦文を書いていますね。
「同じ山口県出身で、以前から親しくさせていただいてます。『今度、本を出すんです』と言ったら、『じゃあ書きましょう』と快諾してくれましたね。おかげさまで5000部が完売し、500部増版してから250部の予約がありました」
ーーブログを見て、ヘイトスピーチで有名な在特会が近づいてきませんか。
「私は嫌いですから、過去に(共闘の誘いを)断ったことはありますよ。関係はありません」
 佐藤氏はあくまで「在特会とは無関係」と言うが、疑念は残る。過去のブログには、在特会の活動を収めた動画のリンクが貼ってあっただけでなく、「在特会が言うだけなら何と言っても構わないでないか」と擁護したり、「在特会は狙われており、少しの法令違反でも逮捕される。在特会員であるだけでマークされている」と指摘。一方で、在特会のホームページでは、佐藤氏が会長を務める右派市民団体による2年前のデモが告知されていた。つまり、互いに同調している可能性が捨てきれないのだ。
 またひとつ浮かんできた、安倍首相とヘイトスピーチの浅からぬ縁。果たして、本当に根絶できるのか。本誌・鳴海崇
    --「スクープ:『ヘイトスピーチ神社』の過激暴言! 安倍首相と近しい宮司サン」、『サンデー毎日』毎日新聞社、2014年11月23日号、22頁。

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ようやく『サンデー毎日』の「ヘイトスピーチ神社」を読んだ。
“独善的なメッセージ”を発信し続ける、安倍首相と近しい宮司一彦サンのインタビューが最後に掲載されており、一読してぶっ飛んだ。

佐藤宮司サン、ブログでヘイトスピーチを垂れ流しているのですけど、その問題性を同誌は次のように指摘する。

「一連のブログは、ヨーロッパだと犯罪に該当する、暴力を伴わないヘイトスピーチでしょう。人種差別撤廃条約の第4条では『人種的優越性・劣等性の主張を犯罪とするべき』と指摘しており、これが国際法上で確定しているヘイトスピーチの定義です。とくにゴキブリやシラミ、ウジムシといった言葉は、まさにナチスドイツがユダヤ人相手に使ったものです」(前田朗・東京造形大教授)。

具体的に佐藤宮司サンのつづった文章は次の通りだ。

<共産支那はゴキブリと蛆虫、朝鮮半島はシラミとダニ。慰安婦だらけの国>
<支那人は『世界一汚い民族』だと、日本人は思い始めた!>
<韓国人は宇宙人だと思って付き合え>

口にすることすらはばかれる過激な暴言のオンパレード。

しかしながら、ご本人は、インタビューに「まったくヘイトじゃないですよ。独断と偏見でつづっていますが、あくまで是々非々で、悪いことは悪いと訴えているだけです」と応じる。

バカもここまでくると本物だなとうなってしまう。

さて……と。

佐藤宮司サン、悪いことは悪いと訴えているおっしゃりますが、ご本人曰く「是々非々」と仮定してみた場合、過激な暴言の数々は「是々非々」という範疇になるのかと誰何すれば、個々の問題の指摘ではなく、○○人全てを一括・単純化・抽象化して扱う言説ですから「是々非々」には当たらないわけでして……。

ご本人の日本語運用能力の問題性に躓いてしまう。

バカに付けるくすりはないといいますが、「70歳を超えてから命は惜しくないが、何も言わないままで死ねない」と“確信犯ぶり”それが問題であるということを「承知」のうえ、問題行動を振る舞っているご様子、というか「居直り強盗」か。

佐藤宮司サンが近しい、安倍首相が、宮司サンの著作に序文をよせており、その序文の日本語運用能力に問題があることを先だって指摘しましたけれども、同じ病気を患っているご様子。

バカにつける薬はない……ですまされないお二人です。

関連エントリ [http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/20141118/p1:title]

ヘイトスピーチ神社→ [http://www.yoshimizu-shrine.com/:title]

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覚え書:「特集ワイド:貧富の差拡大は資本主義の宿命 米でベストセラー『21世紀の資本』 日本でどう読む、ピケティ氏の主張」、『毎日新聞』2014年11月19日(水)付夕刊。


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特集ワイド:貧富の差拡大は資本主義の宿命 米でベストセラー「21世紀の資本」 日本でどう読む、ピケティ氏の主張
毎日新聞 2014年11月19日 東京夕刊

(写真キャプション)日本でも人々の心をつかむか--。棚に並ぶトマ・ピケティ著「Capital in the Twenty‐First Century」=東京都千代田区の丸善丸の内本店で2014年11月13日、内藤絵美撮影

 米国でベストセラーとなり資本主義の本質を巡り激しい議論を巻き起こした本「21世紀の資本」(英題は「Capital in the Twenty-First Century」)の邦訳が、12月8日に発売される。富の不平等、すなわち貧富の格差の拡大は資本主義の宿命だ--とする衝撃的な主張を、この国でどう読むべきなのか、考えた。【内野雅一】

 ◇進む「少数による利益独占」/ブレーキなき経済への警鐘

 「21世紀の資本」は、フランスの経済学者でパリ経済学校教授のトマ・ピケティ氏(43)が昨年著した。今年4月に米国で英訳が出版されると、696ページ、厚さ約5センチの大著にもかかわらず50万部を超すベストセラーに。JR東京駅そばの丸善丸の内本店の洋書コーナーにもずらりと並んでいる。

 「経済の専門書だからゆっくり出せばいいと考えていましたが、米国で評判になったので前倒ししました」。うれしい「誤算」を語るのは、邦訳を売り出す「みすず書房」編集者、中林久志さんだ。

 間もなく「日本人のためのピケティ入門」を出版する経済評論家でアゴラ研究所所長の池田信夫さんに、解説をお願いした。

 「ピケティ氏の主張を要約すれば、資本主義のもとで貧富の差が拡大するのは当然だ、その理由は『資本収益率』というものが『経済成長率』をずっと上回ってきたからだ……ということです」

 資本収益率とは、株や不動産投資の利回りを指す。一方、経済成長率は国民総所得(GNI)の伸びだが、ピケティ氏はこれを、労働者が得る賃金の伸び率とほぼ同じと捉える。そのうえで、18世紀以降の平均値を比較し、資本収益率の5%が経済成長率の1-2%を上回っていると指摘。資産家が「高利回り」の投資で財産を増やす一方、労働者はわずかな賃金上昇に甘んじるしかなかったというのだ。

 欧米で戦争もなく消費文化が花開いた19世紀末から20世紀初頭は「ベルエポック(良き時代)」と呼ばれる。だが、工業化の恩恵は一部の資本家しか享受できず、ピケティ氏が言うように貧富の差が著しく拡大した。彼によると、1910年の米国では上位1割の富裕層が国全体の資産の8割を占めたそうだ。

 しかし、2度の世界大戦を経て格差は縮小する。この時期を分析した米国経済学会の重鎮、サイモン・クズネッツ氏(1901-85年、71年にノーベル経済学賞)は「経済発展の初期段階を過ぎれば工業化が進み、所得が増え、格差は縮小する」と結論づけた。「クズネッツ氏の研究は『資本主義の素晴らしさを示すもの』と受け止められ、経済学も『経済発展とともに資本収益率と経済成長率は等しくなる』と教えてきました。これらの定説を、ピケティ氏は真っ向から否定した。そこに驚きがあったのです」(池田さん)

 ピケティ氏は、集めるのに15年かかったというフランス、英国、米国、日本など20カ国以上の過去300年にわたる税務統計を詳細に分析。第二次大戦後に格差が縮まったのは、戦争で資産が破壊され富裕層への課税も強化されたことによる「例外」に過ぎず、80年代以降は再び格差が拡大。今やベルエポックのそれに近づきつつある--と警告する。

 事実、経済協力開発機構(OECD)によると、米国では上位1%の所得が81年には全体の8・2%だったが、2012年には倍以上の19・3%に達した。失業や貧富の差の拡大に「我々は(上位1%に入れない)99%だ」と不満を爆発させた米国の人々が11年に、ニューヨーク・ウォール街を占拠したのは記憶に新しい。

 「21世紀の資本」が訴える内容は、日本人にとっても人ごとではない。日本での貧困層の増加を指摘し続ける京都女子大学客員教授(労働経済学)の橘木俊詔さんは言う。「日銀が追加金融緩和を決めたが、こうした資産家優遇の政策を続けていくと、資産家がさらに資産を増やし、格差がこれまで以上に広がる可能性がある」。非正規社員は4割近くに達し、貯金のない世帯は3割に上る。

 東京大大学院教授(マクロ経済学と金融)の福田慎一さんは「先進国の成長率は低下し、社会保障などの所得再分配も財政事情から絞られる傾向が強まっています。日本はアベノミクスで金融市場だけが踊っていますが、実体経済の歯車を動かさないと所得の不平等が深刻化する」と心配する。

 「資本主義の終焉(しゅうえん)と歴史の危機」を今年著した日本大学教授(マクロ経済学)の水野和夫さんは「資本主義は誕生以来、少数の人間が利益を独占するシステム」と言い切る。1人当たり実質国内総生産(GDP)が世界平均の2倍以上を有する国の人口比率を調べたところ、工業化が進んだ1800年代半ばから01年にかけての平均は14・6%だった。水野さんは「近代の定員15%ルール」と呼ぶ。

 「15%の『中心』が残り85%の『周辺』から利益を吸い上げているのが資本主義です。19世紀、英国はインドを搾取し、20世紀の米国はカリブ海の国々を貧しくした」。途上国の犠牲のうえに先進国が豊かさを享受する、国の外に「周辺」をつくり出す帝国主義の側面である。中国が高成長を遂げて新興国となり、アフリカが資源開発され、外に「周辺」をつくりづらくなった。どうしたか。「国内に『周辺』をつくるようになったのが21世紀の特徴です。米国は貧しい人にサブプライムローン(信用力の低い人向け住宅ローン)を組ませ、日本は非正規社員を増やし、EU(欧州連合)ではギリシャやキプロスを貧しくしている」と水野さんは指摘する。

 資本主義が生きながらえてきたのは「暴走を食い止めた経済学者らがいたから」と水野さん。18世紀、アダム・スミスは「道徳感情論」で金持ちがより多くの富を求めるのは「徳の道」に反すると説き、19世紀にはカール・マルクスが資本家の搾取を見抜き、20世紀になると「失業には政府が責任を持つべきだ」とジョン・M・ケインズが主張した。

 だが、新自由主義が唱えられ始めた21世紀、ついに「ブレーキなき資本主義と化してしまった」(水野さん)。

 そこに警鐘を鳴らすのが「21世紀の資本」だ。マルクスの「資本論」をほうふつとさせる題名だが、ピケティ氏はテレビのインタビューで語っている。「私は資本主義を否定しているわけではなく、格差そのものが問題と言うつもりもありません。ただ、限度がある。格差が行き過ぎると共同体が維持できず、社会が成り立たなくなる恐れがあるのです」と。

 ネット炎上、ヘイトスピーチ、「誰でもよかった」殺人の多発--日本で広がる不気味な動きに、その兆候はないか。資本主義を問い直す時に来ている。
    --「特集ワイド:貧富の差拡大は資本主義の宿命 米でベストセラー『21世紀の資本』 日本でどう読む、ピケティ氏の主張」、『毎日新聞』2014年11月19日(水)付夕刊。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20141119dde012040003000c.html:title]

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覚え書:「教員採用:性的指向や宗教質問 心理テスト、4自治体使用」、『毎日新聞』2014年11月16日(日)付。


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教員採用:性的指向や宗教質問 心理テスト、4自治体使用
毎日新聞 2014年11月16日 

 2013年に行われた教員採用試験の適性検査を巡り、山梨県や山形県など少なくとも4自治体の教育委員会が、性的指向や宗教についての質問を含む心理テストを使用していたことが毎日新聞の全国調査で分かった。使用自治体はいずれも、合否の参考や人事配置の参考にしていると回答したが、このテストに関しては、公務員の採用試験での実施例が人権侵害にあたるとして12年6月の衆院法務委員会で質疑があり、滝実法相(当時)が「認識が薄かった」と釈明するなどした経緯がある。不適切な質問の削除など改善の動きもみられるが、教員採用の現場で、差別につながりかねない検査が行われていた実態が浮かんだ。

 心理テストは「MinnesotaMultiphasicPersonalityInventory(ミネソタ多面的人格目録検査)」。頭文字から「MMPI」という略称で知られる。精神疾患のある患者を判定することが当初の目的で、主に医療現場で使われるとされる。回答者は550項目に上る質問文を読み、当てはまるか否か、「どちらともいえない」の三択で答える。

 最も流通している出版社のMMPIによれば、質問には、同性に強く心をひかれる▽(男性向けの質問として)女だったら良かったのにと思うことが時どきある▽キリストの再臨(さいりん)(もう一度この世に現れること)を信じる--など性的指向や宗教に触れる内容が含まれる。

 毎日新聞は今年8月、教員採用試験を実施している全国の47都道府県と20政令市の各教委にMMPIやその短縮版を13年に使用したかを尋ね、全自治体から回答を得た。

 それによると、山形、山梨、岐阜(性や宗教に関わる質問は黒塗り)の3県と静岡、浜松の2市が実施したと回答し、栃木▽埼玉▽富山▽石川▽大分--の5県と福岡市は「非公表」だった。

 このうち、毎日新聞が山梨県に情報公開請求をして開示された「適性検査概要」の文書に「MMPI検査が栃木、埼玉、富山の各県の教員適性検査でも採用されている」などとあることから、「非公表」自治体でも13年に行われた可能性はあるとみられる。他の56自治体は実施していないと回答した。

 実施目的について聞いたところ、山形、山梨両県と静岡市は「合否の参考にする」。岐阜県と浜松市は「合格後の人事配置の参考にする」と答えた。
 
 そのうえで、山梨県は取材に対し、「いろいろ問題になっていることは知っているし、他県では他のテストに変更しているところが多いが、総合的に判断した」と述べ、14年もMMPIを実施したと認めた。

 山形県は「少なくとも03年以降、毎年実施」とした上で「14年は宗教や性、家族に関する不適切な質問を削除した」。岐阜県はMMPIの実施については認めつつ、「5年以上前から性や宗教に関わる質問は黒塗りして実施してきた」などと説明した。

 また、静岡、浜松両市は14年については「一部の質問が削除されたタイプで実施」「実施していない」とそれぞれ答えた。【藤沢美由紀】

 ◇受験者に心理的負担

 臨床心理士の武田信子・武蔵大教授(教師教育学)の話 時代の要請する配慮に対応できていないテストを用いており、受験者にかかる心理的負担が心配だ。精神疾患を抱える教員の増加に悩む教育委員会としては、採用時点でのより分けに生かしたいとの狙いだろうが、そもそも採用後に疾患を生み出す職場環境の見直しが必要だ。

 【ことば】MMPI

 精神疾患である人と健常者を区別するために1943年、米国で開発され、日本には50年代から導入された。主に医療現場で使われ、質問項目の少ない短縮版もある。

 毎日新聞が情報公開請求で入手した適性検査概要によれば、550に上る質問内容は一般的健康▽一般的神経症状▽社会的態度▽男性性▽女性性▽抑鬱感情--など26領域。教員採用試験で使う場合、自治体は採点や判定業務を契約先である国内の発行元出版社に依頼するとみられる。
    ーー「教員採用:性的指向や宗教質問 心理テスト、4自治体使用」、『毎日新聞』2014年11月16日(日)付。

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[http://mainichi.jp/select/news/20141116k0000m040114000c.html:title]

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教員心理テスト:「プライバシー侵害」 受験者ら、募る不信
毎日新聞 2014年11月16日 東京朝刊

 教員本来の能力とは関係がないとみられる質問を含んだ心理テストが、一部自治体の教員採用試験の適性検査で行われていることが15日、明らかになった。精神疾患の有無を判定するための指標として、米国で約70年前に開発されたとされるテスト「MMPI」。受験した教員志望の学生や関係者からは、採用との因果関係が不明で人権侵害につながりかねない質問内容に、不信の声が相次いでいる。【藤沢美由紀】

 ◇悪霊がつく/自衛隊員になりたい

 「時どき、悪霊にとりつかれる」「父が好きだ(だった)」「花屋になってみたい」「神や仏はあると思う」--。

 今年7月。ある県の教員採用試験の適性検査を受けた複数の大学4年生によると、こうした内容の質問を含んだMMPIとみられるテストが筆記試験と同じ日に行われた。検査は約30分間。音声で質問が流れ、約120問に対して三択で回答を求められた。

 受験した女子学生(22)は親や宗教、性別役割分担などに関する質問が含まれていたことに「プライバシーに関することであり、嫌な思いをする人がいるだろうと違和感を覚えた」と振り返る。別の男子学生(22)は一緒に受けた友人らと「宗教についての質問はおかしい、と後で話題になった」という。

 性的マイノリティー(LGBT)の自殺防止などに取り組む団体「いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」共同代表で、心と体の性が一致しない「トランスジェンダー」の遠藤まめたさん(27)は2010年、埼玉県の公務員採用試験でMMPIとみられる適性検査を受け、「同性にひかれるか」などの質問にショックを受けた。結果は不合格。ところが2年後、性同一性障害の診断のために通ったクリニックで同じ検査に出合った。

 遠藤さんはその検査で「性自認は男性」と判定された。「そうした判定ができてしまう検査を受験者が答えざるを得ない採用試験で使うのはおかしい。公平なはずの公的機関が実施するのは信じられない」と憤る。

 関東地区の教職課程のある私立大学146校でつくる「関東地区私立大学教職課程研究連絡協議会」は、MMPIとみられるテストの質問に不安や不快感を抱いた受験学生からの訴えをきっかけに、10年度からMMPIについての調査研究を進めている。

 担当する内海崎(うちみざき)貴子・川村学園女子大教授は「検査結果のデータの取り扱いや保管方法も分からない。教師としての適性はセクシュアリティーと無関係なのに、こうした試験を実施すれば受験できない人もいるだろう」と指摘する。

 文部科学省で教員採用を担当する教職員課は「試験内容は各都道府県や自治体がそれぞれ決めること。人権に配慮して実施するよう通知はしている」と話した。

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 ◇MMPIの主な質問文

・だれでも自分の見た夢の意味を知り、夢の教えに従うべきだ

・犯罪に関する新聞記事を読むのが好きだ

・父が好きだ(だった)

・時どき、悪霊にとりつかれる

・人と一緒にいる時、とても変なことが聞こえてきて困る

・法律は全部なくなったほうがよい

・同性に強く心をひかれる

・宗教の教典の中に書かれていることは、正しいと思う

・性生活に別に問題はない

・キリストの再臨(もう一度この世に現れること)を信じる

・女性も、男性と同じように性的に自由であるべきだ

・自衛隊員(兵隊)になってみたい

・あなたが男の場合…女だったら良かったのにと思うことが時どきある

・あなたが女の場合…自分が女であることを残念だと思ったことはない

 ※最も流通している出版社のMMPIより抜粋
    ーー「教員心理テスト:『プライバシー侵害』 受験者ら、募る不信」、『毎日新聞』2014年11月16日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20141116ddm041040063000c.html:title]


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覚え書:「<ヘイトスピーチ法規制>『暴力』からの救済か、乱用への警戒か」、『毎日新聞』2014年11月17日(月)付。

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<ヘイトスピーチ法規制>「暴力」からの救済か、乱用への警戒か
2014年11月17日

(写真キャプション)在日コリアンの「排斥」を訴えてデモをする人たち=東京都千代田区で9月7日、斎川瞳撮影

 民族的少数者や外国籍市民らマイノリティー(社会的少数派)への差別や憎悪をあおる「ヘイトスピーチ」を取り締まるための法規制導入が議論されている。各地の在日コリアン排斥デモに象徴される、言葉の暴力による深刻な被害への救済が急がれる一方で、民主主義の根幹である「表現の自由」とのバランスや表現規制への警戒から消極論も根強い。【小泉大士】

 ◇心身に深刻な被害

 10月に東京都内で開かれた「日本における人種差別を考えるシンポジウム」(自由人権協会主催)で、ヘイトスピーチを法律で規制する必要があるとの立場の師岡康子弁護士(大阪経済法科大アジア太平洋研究センター客員研究員)と、規制に慎重な立場の西土彰一郎・成城大教授(憲法)が討論を交わした。

 ヘイトスピーチの害悪として、師岡弁護士は「社会的、構造的に差別されているマイノリティーに、差別はその(人権や国籍などの)属性のせいだと烙印(らくいん)を押す。だから、自分に問題があるのではと感じ、自己否定、社会に対する絶望感、恐怖、心身の不調など深刻な被害をもたらす」と指摘。2009年12月-10年3月に「在日特権を許さない市民の会」のメンバーらが、京都朝鮮第一初級学校(当時)周辺でヘイトスピーチを繰り返した事件で、被害児童がいまも心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんでいることや、教師が退職するなどして学校が移転を早めざるを得なかったことに触れた。

 人種差別撤廃条約は、締約国に対し、人種差別禁止法を要とする包括的な差別撤廃法制度の制定を求めている。師岡弁護士は「日本にはこのような法制度がまったくないと言っていい。特に不特定の集団に対するヘイトスピーチは違法ではなく、止められる法律がない」と問題点を挙げた。また、特定の個人らに向けられた場合、民事訴訟は可能だが、経済的、精神的な負担が大きく、「法廷内だけでなく、ネット上などでもさらなる攻撃を受け、2次被害を必ず伴う」と訴えた。

 一方、西土教授は、憲法学の観点からヘイトスピーチ規制を研究してきた小谷順子・静岡大教授らの学説を参考にしながら、規制導入に消極的な理由を説明した。

 まずヘイトスピーチ規制が憲法に規定された「表現の自由」の保障に違反するかについて▽民主主義過程論(民主主義の健全な維持には、とりわけ少数者が意見を発表する自由が保障される必要がある)▽思想の自由市場論(多様な意見や思想が発信されることで、過去の誤った常識が覆され真実が明らかになる)--などに照らして考察。ヘイトスピーチは、権力者に対する異議申し立てではなく、また言論によって対抗すべきだという議論も成り立たないことなどから「表現の自由の保障の範囲外にある」とした。

 ◇少数派へ適用恐れ

 そのうえで、ヘイトスピーチについて「それでも規制すべきでない」と強調。主な理由として▽政府による恣意(しい)的な運用の恐れなど、表現内容の規制に対する警戒▽多様なヘイトスピーチを限定的に定義して、立法化を図るのは困難▽規制がマイノリティーに適用される恐れがあるなど副作用が大きい--の3点を挙げた。将来的に規制する可能性までは否定しないものの、「その場合は憲法原理の選択をしなければならないことを自覚すべきだ」と述べ、憲法を含めた法体系に関わる問題との認識を示した。

 師岡弁護士は、西土教授が提示した規制に反対する理由に対し、「いかなる法律にも恣意的な立法や運用の恐れはあるが、それを防ぐのが法律家の役目だ」と反論。欧州の大半の国でヘイトスピーチ規制が実施されていることに触れ、「それらの国で表現規制の乱発につながっているのか。現実に起きている、マイノリティーの表現の自由と民主主義を破壊する問題を放置していいのか」と疑問を呈した。

 西土教授はこれに理解を示しながらも、官吏などへの中傷を取り締まりの対象とした戦前の讒謗(ざんぼう)律や官吏侮辱罪を例に挙げ、「(こうした法規制は)権力に対する批判を封じ込めるために使われてきたという歴史がある。『国家による自由』という美名の下で、国家に不都合な思想や考え方を規制するのではということに、敏感すぎるほど敏感でなくてはならないと考える」と語った。

 これまで賛成派と反対派が同席し、専門家が議論する場は少なかった。約4時間に及ぶシンポジウムの最後に、司会を務めた旗手明・自由人権協会理事は「国際人権法学者は処罰は当たり前、憲法学者は慎重にと考えてきた。距離のある平行線が続いてきたが、踏み込んで議論に加わろうという人が出てきた。こうした場が繰り返され、社会の中に一定のコンセンサスが生まれることが期待される」と議論を締めくくった。

 ◇「民主主義の防波堤崩す」 嫌中嫌韓本に編集者ら

 出版界ではここ数年、中国や韓国を一方的に非難する内容の「嫌中嫌韓本」の出版が相次ぎ、各地の書店でも目立つところに陳列されている。そうした出版物の製造、販売はヘイトスピーチへの加担になるのではないか--。出版関係者やフリーライター、弁護士らが集まり、「出版の製造者責任」について話し合う集まりが10月22日、東京都内で開かれた。

 関東大震災後の朝鮮人虐殺を記録した「九月、東京の路上で」の著者でフリーライターの加藤直樹さんは、「『朝鮮人は殺せ』などという記述は犯罪としか言いようがない」と批判。嫌中嫌韓本の氾濫について「書店、出版者、書き手、購入者、誰に責任があるのか。(みんなが)こうした状況に慣れたらいけないという問題提起をしなければいけない」と訴えた。

 雑誌に嫌韓などの内容の記事が掲載される事情について、元在日韓国人3世のノンフィクションライター、朴順梨(パクスニ)さんは「ライターは依頼を受けて初めて仕事が成り立つ。自分の主張を書けないことも多い」と語った。

 ヘイトスピーチの法規制などについて研究する社会学者の明戸隆浩さんは「西欧は出版物における差別表現に対して厳しい規制がある」と紹介し、「日本では人種差別について野放し状態。ヘイトスピーチ規制の前に、人種差別禁止法の制定が必要だ」と指摘した。出版社員の岩下結さんも「『人種差別はいけない』という共通認識があれば、ある程度の自主規制がかけられると思う」と話した。

 神原元(はじめ)弁護士は「正しい情報を受け取ることが表現の自由だ。デマに、差別に、まみれた『ヘイト本』は、平和や人権といった民主主義の防波堤を崩している」と批判した。【斎川瞳】

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 ■ことば

 ◇ヘイトスピーチ

 特定の人種、民族、宗教への憎悪や差別をあおる言動の総称。数年前から、東京・新大久保や大阪・鶴橋で繰り返された在日コリアン排斥デモでは、参加者から差別意識をあおる言動が繰り返された。英仏独など刑事罰を科す国がある一方、日本や米国など表現の自由とのバランスの難しさから法規制に慎重な国もある。国連の人種差別撤廃委員会は8月、日本でのヘイトスピーチの広がりに懸念を表明。ヘイトスピーチを行った個人や団体に対し「捜査を行い、必要な場合には起訴すべきだ」と日本政府に勧告した。
    ーー「<ヘイトスピーチ法規制>『暴力』からの救済か、乱用への警戒か」、『毎日新聞』2014年11月17日(月)付。

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[http://mainichi.jp/journalism/listening/news/20141117org00m040004000c.html:title]

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書評:スティーヴン・プロセロ(堀内一史訳)『宗教リテラシー:アメリカを理解する上で知っておきたい宗教的教養』麗澤大学出版会、2014年。

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スティーヴン・プロセロ(堀内一史訳)『宗教リテラシー:アメリカを理解する上で知っておきたい宗教的教養』麗澤大学出版会、読了。アメリカ人は信心深い割には宗教に関して無知であり、基本的な知識に疎いうという。本書の副題「アメリカを理解する上で知っておきたい宗教的教養」。宗教的無教養の現状で、本書は有益な情報源として活用できる一冊といえよう。

著者は、宗教に関する知識の欠如を、宗教という「記憶の鎖」が断ち切られた状態と捉える。建国の歴史そのものが宗教的信仰と宗教的知識が軌を一にしていた。しかし世俗化による公共世界からの締め出し=分断が「記憶の切断」を招来した。

植民地時代の若者はどのように読み書きの力をつけてきたのか。宗教は学校教育や公共の場でどう扱われてきたのか、こうした疑問と歴史を概観しながら、末尾に全体の1/3を占める「宗教リテラシー辞典」を収録する。

著者は、己の信仰に関心はあっても、宗教そのものへの基本的なリテラシーのない人間を「宗教的無教養人」と呼ぶが、米国に限定された問題ではない。無信仰を自称し、偏見の眼差しで他者の信仰を罵倒する日本社会にも、本書は有益な視座を提供する。
 


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覚え書:「仏教界悩ます個人情報保護 高まる流出の危険性」、『朝日新聞』2014年11月16日(日)付。


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仏教界悩ます個人情報保護 高まる流出の危険性
藤生明2014年11月16日


(写真キャプション)金庫で保管している寺院が多い過去帳=真宗大谷派解放運動推進本部提供
 多くの個人情報を取り扱う仏教界で、足元を見つめ直そうという声があがっている。檀信徒(だんしんと)の名簿をパソコンで管理する寺も増え、情報の流出がひとごとでなくなったことが一因だが、仏教界には「過去帳」をめぐる差別問題と向き合ってきた歴史もある。信心の世界の個人情報はいま――。

 「相次ぐ個人情報流出は対岸の火事として傍観すべきではありません」

 ベネッセホールディングスの顧客情報流出事件が起きたあとの8月上旬、宗教専門紙「中外日報」にこんな趣旨の投書が載った。

 投書の主は横浜市の曹洞宗貞昌院、亀野哲也住職(49)。最近は檀信徒名簿などのパソコン管理が一般化し、情報流出の危険性が増大したと指摘。過去帳などの厳重管理に加え、重要な個人情報を寺が扱っていることへの心構えを訴えた。

 亀野さんは「故意、過失を問わず、電子データの流出は取り返しがつかない。そう認識したうえで便利さを享受すべきだ」。自身はパソコンに精通し、自分で使いやすいソフトを作って檀家情報を管理しているが、お寺の世界では、寺院用の情報管理ソフトにデータ入力の代行をセットにした製品も出回っているという。「操作が苦手だから」と安易に外注し、そこに悪意のある人物がいれば、ベネッセと同じ事態に陥りかねない。ほかにも、ネット流出、記録媒体を使った情報盗難などの危険性もあると亀野さんは指摘する。

 宗派で檀家情報を管理するとなれば、管理の徹底はなおさらだ。

 全国の信徒情報を一元管理する宗派もある。

 臨済宗最大の妙心寺派(約3400寺)は今年度から、末寺の檀家情報を京都市の宗務本所で入力、「電子データ化」に取り組む。本部と末寺の関係強化や、檀家のお祝いや災害時のケアが目的だ。

 末寺が提出した36万世帯に上る世帯主、住所などを登録。第一段階の作業はほぼ終了した。保秘契約を結んだ業者が宗務本所内で入力しているという。「ベネッセの事件以前から、入力する室内には手ぶらで入って、手ぶらで出てもらう。日々、帳簿に印鑑を押してもらってきた。さらに管理を徹底していく」と担当者は話す。

■過去帳で問題も、管理徹底呼びかけ

 新たな危険への対処が求められている仏教寺院では、実はここ数年、古くて新しい問題にも頭を悩ませている。過去帳の外部流出を食い止められないでいるのだ。

 「社会の見る目は厳しくなっているというのに、ここ1、2年、相当数の宗派で過去帳がらみの問題が起きている」。主な伝統教団など105団体で組織する全日本仏教会(全日仏)の久喜和裕・社会人権部長は「開示禁止」が守られていない現状を嘆く。

 「知人が亡くなった」「お参りしたい」などと菓子折りを持ってお寺にやってきた人がいた。善意の人と見えたため、その気持ちに応えようと善意で故人の情報を提供すると、実は身元調査だった――といった話が今も絶えない。全日仏は9月、「身元調査につながる過去帳の開示・閲覧は一切お断り!」という一文を広報誌に掲載。不祥事の一端を「個人情報をめぐる法整備を受けて、戸籍謄本などの取得が難しくなった結果、身元調査の業者などが寺院に目をつけている」と分析し、「善意で見せたことが差別の温存・助長につながるという認識が大事」と呼びかけた。

 過去帳をめぐっては、主に結婚・就職の身元調査に使われたことが過去に問題化。1980年代、各宗派は外部への閲覧禁止を末寺に指示し、差別記載があった過去帳の書き直しを進めた。各宗派は僧侶の研修も重ねてきた。だが、それから三十余年。住職の代替わりや研修の形骸化などもあり、管理の不徹底が進んだ。

 2年前、NHKの番組「鶴瓶の家族に乾杯」で、広島の浄土真宗本願寺派寺院が明治年間の過去帳に類する帳簿を自らのルーツを探る出演者に見せる場面が放映された。翌年には西日本新聞が「戦国武将の黒田官兵衛の妻の読み方が通説と違う可能性がある」と報じるなど、複数の地方紙が過去帳などの調査で歴史上の人物の新事実が判明したとする記事を掲載した。

 いずれも「寺に行けば過去帳を見られる」という誤った印象を視聴者・読者に与えたとして、部落解放同盟などが抗議。同中央本部の西島藤彦書記長は「安易に過去帳開示を求める報道機関の問題も大きい。万人の平等を説く仏教が差別に加担するのはどうなのか。原点に戻って学習を徹底してほしい」と話している。(藤生明)

■仏教にも新宗教にも喫緊の課題

 〈日蓮宗僧侶で弁護士の長谷川正浩・宗教法学会理事の話〉 寺院の檀家(だんか)数は多くて5、6百世帯。個人情報保護法のいう「5千件以上」の個人データを有する事業所には該当しない。そもそも宗教団体は個人情報取扱業者としての義務を免れているが、重要な情報をあずかる立場を考慮し、全日仏を中心に研修会を重ねてきた。ただ過去帳同様、指導に熱心な宗派もあれば、無関心な教団もあるのが現状だ。

 最近では、布教に熱心な僧侶が檀家(だんか)の家族構成などを記した「現在帳」をつくる例があり、これらの管理徹底も必要だ。人々の苦しみに向き合おうとすれば「現在」の情報が欠かせない。そうした布教は新宗教が得意なだけに、新宗教側にも相当の個人情報が蓄積されているはずだ。その意味で、既成仏教、新宗教にかかわらず、個人情報の管理徹底は喫緊の課題だ。

     ◇

 〈過去帳〉 檀信徒(だんしんと)の戒名・俗名、死亡日、年齢、続き柄などを記した帳簿。江戸前期、幕府による「宗門改(あらため)」実施とともに多くの寺でつくられた。封建的身分制度の影響から、侮蔑的な文字をあてた差別戒名や被差別部落の人々だけの差別過去帳がこの時期に生まれた。「『同和問題』にとりくむ宗教教団連帯会議」(同宗連)設立の1980年代以降、過去帳に類する文書の「閲覧禁止」が仏教界の大きな流れになった。金庫に施錠して管理している寺が多い。 
    --「仏教界悩ます個人情報保護 高まる流出の危険性」、『朝日新聞』2014年11月16日(日)付。


[http://www.asahi.com/articles/ASGC15WJDGC1UTIL02B.html:title]

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覚え書:「村上春樹さん:壁のない世界、想像してみよう ドイツで講演、香港の若者にエール」、『毎日新聞』2014年11月08日(土)付夕刊。


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村上春樹さん:壁のない世界、想像してみよう ドイツで講演、香港の若者にエール
毎日新聞 2014年11月08日 東京夕刊

(写真キャプション)ベルリンで「ウェルト文学賞」授賞式に出席した作家の村上春樹さん=2014年11月7日、篠田航一撮影

 【ベルリン篠田航一】ドイツ紙ウェルトの「ウェルト文学賞」授賞式が7日、ベルリンであり、受賞した作家の村上春樹さん(65)が記念講演した。1989年のベルリンの壁崩壊から9日で四半世紀を迎える今、壁のない世界を想像する力を持ち、その力を持続させる重要性を強調。「今、壁に立ち向かう香港の若者にこのメッセージを送りたい」と述べた。(2面に講演要旨)

 村上さんは英語で約10分間講演。壁崩壊後も世界は米同時多発テロや中東問題などに揺れ続けている現状を述べ「今も民族、宗教、不寛容、原理主義、強欲や不安という壁がある」と指摘。「私たち作家にとって、壁は突き破らなくてはならない障害だ。壁を通り抜け、どこへでも行ける。そう感じられるような小説を私はできるだけ多く書いていきたい」と話した。

 そして「かつてジョン・レノンが歌ったように、私たちには想像する力がある。暗く暴力的な現実に直面する世界で、それは無力ではかない希望に思える。だが、その力は、私たちが気を落とさず、歌い、語り続けることの中に見いだせる」と語った。その上で「今、この瞬間も壁に立ち向かっている香港の若者にこのメッセージを送りたい」と締めくくり、約200人の聴衆から大きな拍手が上がった。

 ウェルト文学賞は99年に創設され、これまでハンガリーのノーベル文学賞作家イムレ・ケルテスさん、米国の人気作家フィリップ・ロスさんらが受賞している。

 村上さんは2009年、イスラエルの文学賞「エルサレム賞」の受賞演説で、イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザ地区攻撃に言及し、事実上イスラエルの過剰攻撃を批判。人間を壊れやすい「卵」に例え、「私たちは皆、壁に直面した卵。壁は制御しなければならない」と訴えた。
    --「村上春樹さん:壁のない世界、想像してみよう ドイツで講演、香港の若者にエール」、『毎日新聞』2014年11月08日(土)付夕刊。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20141108dde001040049000c.html:title]


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覚え書:「インタビュー:政治化するナショナリズム 米シートン・ホール大学准教授、汪錚さん」、『朝日新聞』2014年11月15日(土)付。


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(インタビュー)政治化するナショナリズム 米シートン・ホール大学准教授、汪錚さん
2014年11月15日

(写真キャプション)「11月末に東京で開かれるシンポジウムに参加する予定です。日本の研究者とも意見を交換したい」=北京、高山剛氏撮影

 「中国の夢」を掲げる習近平(シーチンピン)政権は、日本や西洋列強に虐げられた過去と、将来の復興を強調する姿勢を強めている。日中首脳会談でも歴史認識はテーマのひとつだった。歴史の記憶に根ざしたナショナリズムは、中国の政治や外交、社会でどのような役割を果たしているのか。米シートン・ホール大学准教授の汪錚さんに聞いた。

 ――日中首脳会談をどう評価しますか。

 「一つの突破点になると思います。会談に実質的な内容が乏しくても、両国政府がお互いの関係を重視している表れだからです。各層の対話や危機管理システムの構築に同意したことも重要です。しかし中日関係の根本的な問題は、歴史や国民の感情にあると考えています」

 ――中国の対外関係における「歴史の記憶」に注目していますね。

 「人々の歴史認識や、社会で語られる歴史の物語は、史実そのものというより選び取られたものです。誰が何を選んで民衆に伝えるのか。この影響が非常に大きいのです」

 「『歴史は中国人の宗教』と言われるほど、中国には歴史に対する特別な意識があります。リーダーたちは歴史上の苦難と栄光を強調してきた。特にアヘン戦争から中日戦争にかけての100年の恥辱の歴史は、人々に大きな影響を与えている。中国人は帝国主義者の侵略を中国の『国恥』だと思っています」

 「この歴史の記憶と物語が、中国人集団のアイデンティティーと中国政治に大きな影響を与えています。1989年の天安門事件は大きな転換点でした。その後、92年から歴史の物語ががらりと変化したのです。江沢民(チアンツォーミン)時代の愛国主義運動は静かな革命だったと言えるでしょう」

 ――なぜですか。

 「49年以降の毛沢東(マオツォートン)時代は、階級闘争から中日戦争を語っていました。戦争は日本の資産階級と統治者が起こしたもので日本人民も被害者だ、人民の中国は勝利者だ、と」

 「ところが執政党(中国共産党)は、天安門事件と東欧の共産主義国家の崩壊で大きな衝撃を受けました。民主化運動は鎮圧したが、人々の信認や支持を失った。社会主義や共産主義も含めて(統治の)合法性に極めて重大な挑戦を受けた。中国社会の核となる『信仰』が真空となり、それを埋めようと(当時の最高実力者)トン小平(トンシアオピン)氏が、歴史の物語を変えたのです」

 ――どんなふうに。

 「人民による階級闘争ではなく、国家と国家、民族と民族の闘争に勝ち抜いたのが共産党である、と。その中核をなすのは、共産党がなければ国は独立できず、再び外国からばかにされ、分裂してしまう、という点です。歴史は勝利者から被害者の物語に変わり、中国の人々と国家が戦争で受けた苦難や血なまぐさい暴力が強調され始めました。そして、この物語に基づいた愛国主義教育運動を始めました。愛国とはいえ、愛党運動です」

    ■     ■

 ――日本からみると、日本を標的にした反日運動・教育にみえます。

 「違います。天安門事件に最も反対し制裁していたのは米国や欧州です。日本も加わりはしたが、それほど厳しくなかった。西側諸国で最初に制裁を解除したのも日本だし、中米関係の回復を推進させる一定の役割も果たした。愛国主義教育を反日教育というのは単純化しすぎです」

 「ただ、不幸なことに歴史を振り返ると、日本は、中国の『国恥』のもっとも重要な部分を占めます。孫中山(孫文)や蒋介石時代からそうです。日本は中国を最も傷つけた国です。仕方がありません。南京大虐殺も死亡人数の統計に異なる意見があっても発生はしているのです」

 ――反日映画・ドラマでナショナリズムをあおっているのでは。

 「中国では、ナショナリズムが巨大な商業的価値を持っています。中国政府が反日映画やドラマを作るよう制作会社に強く推奨しているというよりも、もうかるから作っているのだと思います。それに中国では、腐敗や政府批判、国民党や中華民国、古代の宮廷や皇帝、皇后などの番組を作ろうとすると、触れてはならない内容が多くある。それに比べて反日ものはとても安全なのです」

 「中国人の歴史の物語が日本人の態度に影響を与え、同様に、日本人の態度が中国人の歴史の記憶を一段と刺激しています。相互作用の関係があります」

 ――というと。

 「80年代までのほうが戦争を経験した人は多かったにもかかわらず、中国人が日本を受け入れられたのは当時の日本政府や人々が非常に友好的だったからでもあります。中国の人々も日本から経済発展の経験を学びたい気持ちが明確にありました」

 「2000年以降、中日関係に新たな変化がうまれました。中国の日本経済への依存度が落ち、人々の間に(優越的な意識を伴う)ナショナリズムが高まってきたのです」

 「日本の政治家も、侵略の否定や靖国神社参拝などで歴史問題やナショナリズムを刺激する。日本の教科書には戦争の歴史の描写が少ない。歴史を無視したり否定したりする冷たい態度も、形を変えたナショナリズムではないでしょうか」

 ――政治家がナショナリズムによって求心力を高めようとするのは、どの国でも伝統的な手段なのかもしれません。

 「中国政府はナショナリズムによる団結を希望しています。一方で、民衆の強烈な感情は政府をジレンマに陥れます。反日感情が強い中国の人々は、中国政府が日本に強硬な態度を取るよう求める。その民意にこたえようとすると、政府は関係を改善しにくくなってしまう」

 「中国以外からは、中国外交は強硬で覇権的だと厳しく批判されています。しかし、中国の人々は正反対で、軟弱すぎる、と言っている。国内政治と外交の求めとの間に矛盾が生じている。たとえば、南シナ海の問題は国際社会の支持をほとんど得られていないが、国民の要求は強い。強硬な政策が国益に合致しなくても、国内政治を優先しなければならなくなっています。リーダーもまた社会の一員として、政策決定の際に共有する認識や感情に左右されるものです。これも、日本を含めてどこの国でも、そう言えるでしょう」

    ■     ■

 ――中国が民主化すれば、歴史の理解は変わるのでしょうか。

 「中国の若者は100年前、70年前のことには詳しくても、25年前、50年前の理解は限られています。民主化すれば、国内の問題を含めてもっと知ることができるようになるでしょう。もちろん文化大革命や大躍進をさらに知ったとしても、侵略の歴史は忘れられるものではない。ただ、新しい歴史の物語は中国に多くの変化をもたらすと思います」

 ――日本と中国は歴史がもたらすナショナリズムを超えられますか。

 「両国の政府は、ナショナリズムで国家の凝集力と団結力を高めることの危険性を深く理解すべきです。刺激しあって敵意がたえまなく積み上がっていく」

 「中国は、ナショナリズムが両刃の剣であることを知る必要があります。日本が歴史教育を薄めていくことに反対すると同時に、自国の歴史教育も反省すべきです。とりわけ青少年向けの本や映画、テレビに戦争の暴力や民族の恨みの内容はふさわしくない。日本は中国の人々が歴史問題への意識が非常に強いことを知る必要があります。歴史やそれにかかわる謝罪の問題について全体を知り、社会でもっと議論してほしい」

 「双方の国民が相手を単純化して見ないことも大切です。歴史問題の共同研究や教科書の共同編集も再び取り組むべき課題です。今回の首脳会談は第一歩にすぎません。政府だけに頼らず、民間がお互いの誤解と関係悪化の危うさと害悪を知り、敵意と攻撃を減らせれば、80年代の友好関係に戻れるかもしれません」

     *

 ワンチョン 1968年中国・雲南省生まれ。北京大大学院修了後、米ジョージ・メイソン大紛争分析解決学博士。邦訳著書に「中国の歴史認識はどう作られたのか」。

 〈+d〉デジタル版に詳細

 ■史観の違い知れば摩擦減る 東京大学准教授・川島真さん

 中国は5月9日、つまり日本が第1次世界大戦時に「21カ条要求」(1915年)を受諾させた日を国恥記念日としました。日本は中国でナショナリズムが高まる時期に攻め込み、中国で欧米より突出した敵として刻まれたのです。第2次大戦の戦勝国として、戦後も戦中の日本敵視の宣伝を否定できずにいました。

 80年代に入って改革開放政策にかじを切るなか、経済の要素が加わりました。当時の最高実力者、トン小平氏は「日本に経済を学ぶが、歴史を忘れない」と話しています。中国が歴史問題を提起し、日本が円借款の増額などで応じる構図ができました。手段としての歴史の利用が始まりました。

 89年の天安門事件と東欧の共産主義国家の崩壊が大きな波だったことは確かですが、中国が歴史問題で硬化するのは90年代後半からです。日本はバブル崩壊で経済が停滞し、中国はアジア通貨危機を経て経済や軍事の力を増してきました。日中関係の「経済」と「歴史」の両輪のうち、「歴史」だけが残ったのです。

 また、中国は経済成長に伴って国際社会で存在感を強める一方、そのコストとして、国内では格差への不満や自由を求める声が強まっています。経済開放と政治統制の矛盾を抑えようと、習政権は大国意識をあおり、日本と戦って現在の成功に導いた共産党の立場を強調しています。国内の矛盾が簡単には解決せず、独裁の正統性への疑問が強まっている以上、この状況は続くでしょう。

 ただ、直接の交流がすすみ、情報のやりとりが深まるなかで、中国政府の公式見解と社会の言論は、なかなか一致しません。約2年半ぶりの首脳会談は危機管理としては良いことですが、関係が劇的に好転するとは思えません。「日中友好」というまじないは賞味期限切れです。

 歴史でいうと、歴史観を一致させる必要はないし無理ですが、相手の考えを知っておくことが大事です。たとえば、大学で日中韓の見方を併記した教科書を使い、それぞれの違いを認識しておけば、個人的なつきあいでの摩擦を減らせるはずです。

     *

 かわしましん 68年生まれ。専門はアジア政治外交史・中国近現代史。著書に「中国近代外交の形成」「近代国家への模索」など。

 ■取材を終えて

 習政権が歴史をからめたナショナリズムを統治や外交の道具に使う姿勢は、戦後70年の節目の来年、際だつはずだ。日本の側には、自らの心細さを国家の威にすがって埋めようとする空気があり、利用したい政治家がいる。国力の変化もあり、日中関係が80年代のような「友好」の時代に戻るのは難しいと思う。

 ただ、国どうしの関係の居心地の悪さがすべてではない。そう実感できる関係が、かつてないほど広がっている。中国にも共産党の歴史観や統治手法を疑い、距離をおく人はいる。彼らの心に届く言葉を持つには、自分も国家にからめとられやすい存在であると自覚する必要があるのではないか。(編集委員・吉岡桂子)
    --「インタビュー:政治化するナショナリズム 米シートン・ホール大学准教授、汪錚さん」、『朝日新聞』2014年11月15日(土)付。

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覚え書:「本が結ぶ新たな出会い 大学図書館が取り組む『読書の秋』」、『朝日新聞』2014年11月14日(金)付。


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本が結ぶ新たな出会い 大学図書館が取り組む「読書の秋」
2014年11月14日

(写真キャプション)学生らが本棚に自由にコメントを記せる図書館=帝京大

 読書の秋。けれど、学生の読書離れに危機感を抱く大学は少なくない。1日の読書時間がゼロの学生が4割を超えるとの調査もある。大学図書館はあの手この手で読書を勧めている。

 ■本棚に感想「落書き」

 帝京大(東京都八王子市)は、学生や教員が本を自由に論評できる本棚を図書館「MELIC」(メディア・ライブラリー・センター)に設けている。色とりどりのチョークで自由に書き込みができ、一見すれば「落書き」と見まがう。

 今月上旬、堀江貴文著「君がオヤジになる前に」に対しては、「迷える『君』に送る知恵とルール」などと書き込まれていた。施設の利用者が本を通してコミュニケーションを取るこうした手法を、同図書館では「共読」と呼び、2012年に導入した。

 本棚には「New Books(旬のおすすめ)」「Career(キャリアを切り開くヒント)」「Life(人生を読み解く)」といったテーマも設け、学生を引きつけようとしている。

 06年に新築した同図書館は、地上4階、地下1階の構造。自然光をふんだんに採り入れるしゃれた建物だが、学生1人あたりの貸出冊数は10年をピークに減っている。同図書館の中嶋康グループリーダーは「東日本大震災の影響で読書をする余裕がなくなったのかとも考えたが、その後も減少が止まらなかった。知的好奇心に働きかけなければと思って企画した」と話す。

 著名人が学生の声に答える試みも12年から始めた。「留学したいと思っていますが、なかなか勇気が出ません」という女子学生の問いかけに、モデルの知花くららさんがアーネスト・ヘミングウェー著「移動祝祭日」を推薦。「語学ができるようになると旅がますます楽しくなりますよ。お好きなら飛び込んで!!」などとカードに記し、図書館に掲示された。次回はお笑いタレントの水道橋博士が回答する予定。

 帝京大の図書館改革を支援するのは、書評家で「編集工学研究所」(東京都)の松岡正剛所長。松岡氏は、近畿大(大阪府東大阪市)が17年完成を目指す新図書館棟の計画にも加わる。

 近畿大の新図書館は約25の小部屋で構成し、各部屋に「キーブック」(鍵となる本)と呼ぶ本と関連本を置くという。キーブックから学生を読書に誘導しようとの狙いだ。ファッション業界を参考に、「本のセレクトショップ」をイメージしている。近畿大の担当者は「必要なものはインターネットで手に入る時代だから、ネットでは得られない知識との出会いを提供したい」と話す。

 「インターネットは情報を提供できても知性を育むことはできません。簡単には理解できない一流の知性とぜひ格闘して」。同志社大(京都市)の村田晃嗣学長はこう呼びかけ、教授陣が厳選した本を、今年度「同志社100冊」としてまとめた。ハーマン・メルビル著「白鯨」や新渡戸稲造著「武士道」、吉田兼好著「徒然草」など名作や古典が選ばれている。

 ■書店へ「選書ツアー」

 図書館に置く本を学生自身で選ぶ――。神戸大(神戸市)は2010年から「学生選書ツアー」に取り組んでいる。「できるだけ色んな分野から選んでください」。10月下旬、神戸市の大型書店で、図書館職員の呼びかけに従って、学生8人が大きなカゴを手にフロアを歩き回った。

 本の購入費は1人3万円前後。大学院で物理学を専攻する岩沢幸太朗さん(26)は、建築や映画の本などを選んだ。岩沢さんは「図書館で専門分野以外の本を読みたいと思ったのに、置いていないことが時々あったから選書ツアーに参加した」と話した。

 図書館職員は「学生が選んだ本はやはり学生受けがいい。常に貸し出し中になっている」と言う。同書店の担当者は「大学の選書ツアーは増えている。大型書店がない県外から来るケースもある」と話す。

 フェリス女学院大(横浜市)は02年度から「フェリスの一冊の本」と銘打ち、「読書運動プロジェクト」を進めている。各年度のテーマを学生が主体となって決め、読書会や作家のインタビューなどを企画。テーマに沿った授業もある。今年度のテーマは「女子が恋する現代日本文学~男性作家編」。9月には芥川賞作家の藤沢周氏を招いた。

 京都女子大(京都市)の図書館のカウンターには、そろいのピンクのジャンパーを着た学生が座っている。12年度に発足した「図書活スタッフ」で、図書館に関わる学生の質問や要望に応えている。

 スタッフは33人で、お薦めの本にコメントを付けて並べるコーナーを作ったり、図書館情報をまとめたニューズレター「図書活TIMES」を発行したりする。スタッフの佐々木亜樹さん(3年)は「図書館の職員には尋ねにくいことでも、同じ学生なので気軽に聞けるようです」と話す。

 (浅倉拓也)

 ■読書時間「ゼロ」4割超

 1日の読書時間(電子書籍を含む)が「ゼロ」と答えた学生が40.5%――。全国大学生活協同組合連合会が実施した2013年度の学生生活実態調査で、こんな結果が示された。現在の調査方法になった04年度以降、読書時間ゼロが4割を超えたのは初めてという。1日の読書時間の平均も26.9分と過去最短だった。

 同連合会の担当者は「昔は通学途中の電車で本を開くなどしたものだが、いまの学生はスマートフォンで交流サイト(SNS)を見たりゲームを楽しんだりすることが多い。通学時間の使い方が大きく変わった」と分析する。 
    --「本が結ぶ新たな出会い 大学図書館が取り組む『読書の秋』」、『朝日新聞』2014年11月14日(金)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11454197.html:title]

同志社大学が選び抜いた同志社100冊(pdf)
→[http://www.doshisha.ac.jp/attach/page/OFFICIAL-PAGE-JA-494/47771/file/no179.pdf:title]

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覚え書:「村上春樹さん:壁のない世界、想像してみよう ドイツで講演、香港の若者にエール」、『毎日新聞』2014年11月08日(土)付夕刊。


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村上春樹さん:壁のない世界、想像してみよう ドイツで講演、香港の若者にエール
毎日新聞 2014年11月08日 東京夕刊

(写真キャプション)ベルリンで「ウェルト文学賞」授賞式に出席した作家の村上春樹さん=2014年11月7日、篠田航一撮影

 【ベルリン篠田航一】ドイツ紙ウェルトの「ウェルト文学賞」授賞式が7日、ベルリンであり、受賞した作家の村上春樹さん(65)が記念講演した。1989年のベルリンの壁崩壊から9日で四半世紀を迎える今、壁のない世界を想像する力を持ち、その力を持続させる重要性を強調。「今、壁に立ち向かう香港の若者にこのメッセージを送りたい」と述べた。(2面に講演要旨)

 村上さんは英語で約10分間講演。壁崩壊後も世界は米同時多発テロや中東問題などに揺れ続けている現状を述べ「今も民族、宗教、不寛容、原理主義、強欲や不安という壁がある」と指摘。「私たち作家にとって、壁は突き破らなくてはならない障害だ。壁を通り抜け、どこへでも行ける。そう感じられるような小説を私はできるだけ多く書いていきたい」と話した。

 そして「かつてジョン・レノンが歌ったように、私たちには想像する力がある。暗く暴力的な現実に直面する世界で、それは無力ではかない希望に思える。だが、その力は、私たちが気を落とさず、歌い、語り続けることの中に見いだせる」と語った。その上で「今、この瞬間も壁に立ち向かっている香港の若者にこのメッセージを送りたい」と締めくくり、約200人の聴衆から大きな拍手が上がった。

 ウェルト文学賞は99年に創設され、これまでハンガリーのノーベル文学賞作家イムレ・ケルテスさん、米国の人気作家フィリップ・ロスさんらが受賞している。

 村上さんは2009年、イスラエルの文学賞「エルサレム賞」の受賞演説で、イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザ地区攻撃に言及し、事実上イスラエルの過剰攻撃を批判。人間を壊れやすい「卵」に例え、「私たちは皆、壁に直面した卵。壁は制御しなければならない」と訴えた。
    --「村上春樹さん:壁のない世界、想像してみよう ドイツで講演、香港の若者にエール」、『毎日新聞』2014年11月08日(土)付夕刊。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20141108dde001040049000c.html:title]


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日記:言葉を軽んじたり翫ぶ人間は人間そのものをも軽んじたり翫んだりしますよ。


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『サンデー毎日』11月23日号が「ヘイトスピーチ神社」問題をスクープしているとして話題を呼んでいる。
 
「ヘイトスピーチ神社」という表現の奇抜さに驚くが、世界遺産にも登録された、奈良県吉野にある吉永神社の宮司・佐藤一彦氏が、自身のブログでヘイトスピーチではもはやゆるされない「人道に対する罪」といってよい特定の民族や国家への言語道断かつとんちんかんな言説を展開しているという話だ。

まあ、「ヘイトスピーチ神社」という表現は実のところ、日本の精神風土の特色を色濃く表しているともいえるし、それが「美しい日本」とやらの内包する村根性的な拝外主義のいったんともいえよう。
※詳しくはリテラの以下の記事にて、『サンデー毎日』の記事を参照しながら問題が検証されている。
[http://lite-ra.com/2014/11/post-629.html:title]

さてと……。
安倍晋三首相は、このヘイトスピーチ宮司の著作に序文を寄せているそうだが、寄せていることも問題でしょうが、その文章に二度驚かされてしまった。

リテラより援用すると以下の通り。

「推薦のことば 安倍晋三」
〈「戀文」は、佐藤宮司の魂の日記ですが、戦後失われた「日本人の誇り」をテーマとして、自分の国は自分達が守らなければならないという強い意志を感じます。世界一の日本人、世界一の国家をめざして進むための道標となることと思います〉

何度か読み返してみましたが、安倍首相が、この序文でヘイトスピーチ宮司の著作が「世界一の日本人」(をめざして進むための道標」になると指摘しているのですけど、いったいぜんたい「世界一の日本人」って何のことなのでしょうか(・∀・)

世界一のアル中を目指して日夜頑張ることは出来ると思いますよ。
ですけど、どうやれば「世界一の日本人」になれるんや。そして「世界一の日本人」っていったいなになんでしょうかねえ?

言葉を軽んじたり翫ぶ人間は人間そのものをも軽んじたり翫んだりしますよ。

アホくさ、霊感商法かいな。

吉永神社↓
[http://www.yoshimizu-shrine.com/:title]

蛇足ながら、「吉水神社には『究極のパワースポット』と呼ばれる『邪気祓所』」があるそうな。二人そろって、何ンとも香ばしい商売やな。


Sundaymainichi20141123

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覚え書:「特集ワイド:道徳的でない『道徳教科化』 小中学校で検定教科書、成績評価導入」、『毎日新聞』2014年11月12日(水)付夕刊。

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特集ワイド:道徳的でない「道徳教科化」 小中学校で検定教科書、成績評価導入
毎日新聞 2014年11月12日 東京夕刊


(写真キャプション)教育再生実行会議であいさつする安倍晋三首相(左から3人目)と(左から)下村博文文科相、鎌田薫座長ら=首相官邸で2014年7月3日午後2時5分、藤井太郎撮影

 小中学校の道徳が「教科外活動」から「特別の教科」に格上げされることが決まった。「道徳」や「愛国心」はこの十数年、教育を巡る議論の場でたびたびテーマとなってきたが、今回の道徳教科化決定劇には「これって道徳的なの?」と首をかしげたくなる点がある。【小林祥晃】

 ◇元中教審会長「必要ない」/私的会議で政治介入/いじめ対策が大義名分

 「ええ、今でも反対です。教科書で教えられることではないでしょう?」。劇作家・評論家の山崎正和さんはきっぱり言うと、記者を見据えて問いかけた。「この間、米国の女性が不治の病で安楽死を選んだニュースがありましたね。あの行為は正しいですか、正しくないですか」。答えに詰まっていると「では、東日本大震災の被災地で、家族を助けることを優先して目の前の他人を救えなかった人と、目の前の他人を助けて家族を救えなかった人。いずれも今、罪の意識に苦しんでいる。どちらが正しいか、答えられますか。私たちはこんな答えのない問題に囲まれて生きている。一体どんな教科書を作るのでしょうか。教えてほしいくらいだ。要は、道徳は『教科』になじまないのです」。

 文部科学相の諮問機関、中央教育審議会(中教審)が先月、答申した2018年度からの「道徳の教科化」。週に1コマ、担任教師が教えるのはこれまでと一緒だが、検定教科書が使用され、成績評価もされる。要は“模範解答”があるということだ。一般教科のように数値ではなく「記述式の評価」のため「特別の教科」とされる。

 実は、第1次安倍晋三政権も道徳教科化を目指し、中教審で議論させたが、安倍首相は結論を待たずに退陣。教科化は反対や慎重意見が多く、見送られた経緯がある。当時の会長が山崎さん。こう振り返る。「私だって、子どもたちに公の場でのルールやマナーを教えることは大事だと思いました。でもそれは『しつけ』です。委員も教科化の必要はないとの議論でまとまりました。伊吹文明文科相(当時)も理解してくれましたよ」

 ところが、第2次安倍政権は発足後、かつて結論が出ていたはずの道徳の教科化を中教審に諮問し、とうとう7年越しの「悲願」を実現させた。中教審の委員の任期は2年。30人の委員のうち安倍政権発足後に任命されたのは14人で、その中には、首相と考えが近いとされる保守派の論客、桜井よしこ氏もいる。

 「こういうやり方をしていると、教育の専門性や独立性は守れません」。そう嘆くのは早稲田大教授の喜多明人さん(教育法学)だ。

 「こういうやり方」とは何か。中教審は国家行政組織法に基づき、教育の中立性を担保するための組織として設置されている。「教育には専門性があり、継続性も大切にしなければなりません。しかし、その時その時の政治や行政が教育のあり方に口を出せば、それらが損なわれる。そのための審議会制度で、政治や行政は教育への介入を極力避けてきた。それが戦後の教育制度の伝統でした」

 ところが安倍政権は発足翌月の13年1月、首相の諮問機関「教育再生実行会議」を設置、道徳教科化に賛成派とされる委員を中心メンバーに据えた。会議はその翌月には教科化を提言。これを受け、文科省内には「道徳教育の充実に関する懇談会」が設置され、提言を具体化する議論が始まった。同年末には成績評価方法や教科書のあり方などの青写真をまとめた報告書ができ上がった。今年2月、中教審に「道徳の教科化」が諮問されたが、「結論ありき」は明らかだった。

 喜多さんは「以前も同じ手法が使われた」と指摘する。「愛国心条項」を盛り込んで議論となった教育基本法改正だ。同法改正は、00年に森喜朗首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」が提言したのが始まり。改正派委員は少なかったが、森首相らが会議に何度も出席して改正論を訴え、形勢が逆転。同会議の提言を受け、03年に中教審も改正を答申。第1次安倍内閣で06年、改正法が成立した。

 法令に基づいて設置された中教審と違い、教育改革国民会議も、教育再生実行会議も閣議決定に基づいて設置された私的機関だ。喜多さんは「こういう手法は、特定の政治家による教育介入です。提言した制度や法の中身以前の問題。民主主義の原則をゆがめる、強引なやり方です」。

 安倍首相は施政方針演説などで「道徳教育の充実をはじめとするいじめ対策を実行する」などと述べ、道徳教科化は、深刻化するいじめ対策の一環だと強調した。この点への批判も根強い。中央大教授の池田賢市さん(教育学)は「子供たちは皆、いじめが悪いなんて分かっている。規範意識が緩んでいるからいじめが起きているのではなく、社会や大人のありようなど子供を取り巻く環境に一因がある。そこに目を向けず、いじめ対策を大義名分にすることが道徳的でない」と話す。

 池田さんは「価値の多様性を前提とする時代には、子供たちが自ら考え、対立する意見を調整して新たなルールを作り出すことを学ぶ道徳教育が必要だ」と考えている。しかし「どんな形にせよ、評価がされることで、建前と本音の使い分けが助長される。道徳がますます表面的なものになってしまう」と懸念する。

 もう一つ、識者らが心配するのが愛国心教育だ。もともと自民党が熱心だった一連の教育改革は、ずっと愛国心が重視されてきた。山崎さんは「愛国心だけを教えるのは不道徳です。愛国心を教えるなら人類愛も一緒に教えなければならない。ヘイトスピーチや外国人に対する差別や攻撃はいけないとはっきり一緒に教えるべきだ」と力を込める。

 それにしても道徳とは何か。東京・谷中の寺、全生庵の平井正修住職を訪ねた。安倍首相をはじめ中曽根康弘元首相ら政界や財界の重鎮が座禅に訪れることで知られる。

 平井住職は「本来、心を静かに落ち着ければ、おのずと何が良くて何が悪いことか、誰しも分かるはず」としたうえで「いくら、いじめをなくすにはどうするか議論しても、実際に職員室や会社や政治の世界でいじめがあれば、子供の世界でもやはりなくならないでしょう。大人たちはそこまで考えていますか」と静かに問いかける。

 果たして道徳の教科化は、「道徳的に」正しく進められたといえるだろうか。
    --「特集ワイド:道徳的でない『道徳教科化』 小中学校で検定教科書、成績評価導入」、『毎日新聞』2014年11月12日(水)付夕刊。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20141112dde012100002000c.html:title]


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覚え書:「インタビュー:福島のお母さんの心 精神科医・福島学院大学教授の香山雪彦さん」、『朝日新聞』2014年11月13日(木)付。

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インタビュー:福島のお母さんの心 精神科医・福島学院大学教授の香山雪彦さん
2014年11月13日


(写真キャプション)「原発事故後の不安が家族の潜在的な問題を明らかにして、結果的に前に進めるようになった親子もいます」=福留庸友撮影

 東京電力の原発事故発生から3年8カ月がたった福島。お母さんたちが子育てや生活の悩み、不安を、気軽に口に出すことが難しくなっているという。その背景を母親たちの心に向き合っている精神科医、香山雪彦さんに聞いた。九州電力川内原発の再稼働が決まったいま、大事故に見舞われた福島の声に改めて耳を傾けてみよう。

 《福島市内の3~6歳の幼児の母親約250人を対象にしたアンケートの結果、4人に1人にあたる24%は抑うつ傾向が強いという結果が出た。香山さんや佐々木美恵さん(現埼玉学園大学講師)たちが、昨年末から今年1月にかけて実施した。》

 ――福島のお母さんの抑うつ傾向が数字で示されたことになります。

 「通常、日本のこうした調査での抑うつ傾向の割合は約15%です。被曝(ひばく)による子どもの健康への影響を懸念する人ほど、その傾向は強い。放射線の問題の受け止め方に周囲との温度差を感じることが、抑うつをもたらしていることも分かりました」

 ――福島市は原発から数十キロ離れており、避難指示も出ていません。

 「福島市で普通に生活していれば、原発事故後の追加被曝線量は、年間1ミリシーベルトに達しない状態になっています。これは、原発事故とは関係なく、自然に被曝する年間線量の半分以下です。それでも不安を感じる人はいます」

 「不安には個人差があります。福島産の食べものは怖いから子どもには食べさせないし外遊びを制限する人もいれば、食品は気になるけれど外遊びは気にならない人もいる。どちらも気にならない人もいます」

 ――不安の個人差が周囲との温度差につながるわけですね。

 「保育園への通園途中の被曝が心配だから車で送って行ったら神経質だと思われないか、子どもに福島県産の食品を食べさせたら無神経だと思われないか……。被曝への不安の差は、日常生活で周りの人との行動の違いとなって現れます。それが孤立感や不安につながり、抑うつの原因となるのです」

 「夫婦や親子間でも被曝に対する温度差があり、避難への考えも違います。それが原因でぎくしゃくしたり、離婚したりする夫婦もいます」

 ――私も福島市に住んでいます。最近、被曝があまり話題にのぼらなくなった、気にならなくなったからだろうかと考えていました。

 「福島市内のある保育園はこの夏、毎年開いていた放射線の専門家によるミニ講演会の中止を考えました。被曝を話題にする保護者がほとんどいなくなったためですが、意向を確認するためにアンケートをしたら、意外にも大半の保護者が講演を聞きたいと答えたそうです」

 「転んでできた傷口から被曝しないか。砂場の土がついたおもちゃをなめたが大丈夫か。そして、このまま福島市で育て続けて大丈夫か。そんな質問を専門家に尋ねたいという希望が寄せられたそうです」

 ――では、なぜ被曝があまり口にされなくなったのでしょうか?

 「多くの人は自分なりに被曝と折り合いをつけて生活していますので、あえて被曝を話題にしなくなっている面はあります。しかしそれ以上に、事故から時間が経つにつれ、被曝を話題にできなくなっているというのが実態に近いと思います」

 「自分の被曝への対応が他の人と違うと、変な人だと思われないか、という不安が一因です。被曝を口にするだけで、いまだに被曝を気にする神経質な人だと思われるんじゃないかと、心配する人もいます」

 「話す相手の体験がわからない場合も口が重くなってしまいます。福島市から他県に子どもと自主避難した人が、知らない土地での苦労を打ち明けたいとします。でも、もし話そうとする相手が避難指示区域出身で自宅に戻れない人だったら、申し訳ない。そんな風にあれこれ考えると話せなくなってしまうのです」

 ――自分の体験談は、県民同士より県外の人に話す方が気が楽だという話を聞いたことがあります。

 「震災後半年ぐらいまでは違いました。県民同士、事故直後にどんな怖い思いをしたかなど、お互いの苦労話を純粋に共感しあって聞くことができました。時間が経つにつれ、自宅の場所や家庭の経済力などにより生活に差が出てきて、共感しあえなくなり、県民が分断されている」

 「東京電力の慰謝料も格差の原因となっています。避難指示区域の住民には1人月10万円支払われます。4人家族なら月40万円です。それを面白く思わない人もいて、避難指示区域の住民が住む仮設住宅に中傷のビラが投げ込まれたり、福島市内を走る原発周辺のナンバーの車が後続車からクラクションを鳴らされたりする事態まで起こっています」

 「プライベートな問題全般を話しづらい雰囲気になっている。表面的には福島県民の生活は落ち着いてきたようにみえますが、同郷の人たちのきずなも深いところで傷を負い、共有できる価値観や話題を見いだせなくなっているように思います」

 ――被曝への不安が残り、一人ひとり温度差がある。県民同士の分断もある。状況を、少しでも改善する手立てはないものでしょうか?

 「事故当初は、私たち医師も含め大半の県民は放射線についてほとんど何も知らなかった。ですから放射線の専門家が大勢の聴衆に話をする講演会が有益でした。しかし今は、被曝の問題は個別化している。講演会で最大公約数的な話をしても、不安解消には役に立ちません。それよりも、専門家がごく少人数の県民と顔のよく見える形でひざ詰め集会を開いた方が効果的だと思います」

     *

 《大学での授業や診療の一方で、香山さんは摂食障害の人たちの自助グループの支援を20年間以上続けている。その大きな柱は患者との面談や、家族も含めたグループミーティング、つまり語らいである。》

 「グループミーティングの体験から考えると、専門家が一方的に話すのではなく、不安を持っている参加者の体験や心配ごとなどを、できる限り話してもらうことが大切です。体験を話すだけで、話した本人の気持ちは多少は楽になります。似た体験をした人がいれば、共感しあえることで、救われます」

 ――少人数の会合を地道に開くことが結局は早道ということですか?

 「そうです。ただ、大前提は、放射線の専門家や医療従事者ら支援する人と、会合に参加する県民との間の信頼関係です。信頼が無ければ話を聞いてもらえませんし、本音を話してくれません」

 「専門家や支援者は、相手を丸ごと受け入れ、いつも相手の味方である、という姿勢をとり続けることが大切です。科学的には健康に影響はないはずの被曝でも不安な人はいます。それを『科学的ではない』と否定しても、相手の不信感を招くだけです。科学的な知見について説明はしつつ、それとは関係なく、相手の人格や人生を受け入れる姿勢がぶれてはいけません」

     *

 《福島市のお母さんたちへのアンケートでは、この状況で子育てをする上で「何が支えになっているのか」も尋ねた。自分の子どもの存在を支えにして生きてきたという人が最も多く、4段階評価で3・76ポイント。その次が自分の母親、夫、友人と続き、一番評価が低かったのは国や県、市町村。2・25ポイントだった。》

 「子育てには様々な悩みがあるけれど、子どもの存在自体に励まされて、この不安の中でも、生きる力になるんですね。国や県などの評価が低い原因は調査していませんが、事故直後に発言が二転三転したり、対応策が後手に回ったりしたことが影響しているのかもしれません」

 「国の川内原発などへの対応をみていると、再稼働の必要性や安全性ばかりが強調され、万が一、事故が起きた時にどうやって住民を放射能から守るのかがよく分かりません。再稼働を懸念する人たちにも心を配っている姿勢をはっきり示さなければ住民の信頼を得るのは難しい。信頼というものが私たちの社会でどれだけ重いものか、私は日々の診療の中で感じています。福島原発事故でそれが痛いほど分かりました」

     ◇

 かやまゆきひこ 45年生まれ。山口大学医学部卒。87年、福島県立医大教授(神経生理学)。92年から摂食障害の自助グループ活動に携わる。2011年から現職。

 ■事故後の行動、住民から聞き取りを ロシア放射線衛生研究所教授のミハイル・バロノフさん

 私は1986年のチェルノブイリ原発事故直後から、現地の人々の放射線被曝管理に携わりました。福島にも何度も来ています。東京電力福島第一原発事故の影響について、世界の100人以上の科学者がまとめた国連科学委員会の報告書(今年4月発表)では、住民被曝を調べるグループ責任者を務めました。福島県民の甲状腺被曝線量はチェルノブイリに比べ1桁も2桁も少なかったというのが報告書の結論です。

 ただし、報告した数値はあくまで平均値であることに注意する必要があります。実際にはこれより少ない人もいれば多い人もいるでしょう。しかも、数値には不確実性が残ります。福島では甲状腺被曝の実測値はわずかしかありませんでしたので、環境や食品に残っている放射性物質の濃度などから、推計せざるを得なかったからです。

 チェルノブイリでは少なくとも約3万5千人の甲状腺被曝線量の実測値がありました。線量計測とは別に、多数の研究者が何カ月も動員され、聞き取り調査も実施しました。このうち約2万5千人についてはいまも甲状腺検査を継続しています。

 一方、福島では甲状腺の実測値が千人程度しかありません。実測値に代わる推測値をより実態に近づけるには、原発周辺住民の詳細な行動の聞き取り調査が重要です。事故直後にどこにいて、どんな被曝防護策をとったか、何を食べたかなどを、詳細に尋ねる。事故から3年半以上たち、記憶は薄れている。特に甲状腺被曝の健康への影響が出やすい子どもたちには、これからでもいいから早急に行うべきです。

 福島県では、これまでに甲状腺検査を受けた約30万人のうち約100人が甲状腺がん、またはがんの疑いと診断されました。ドイツの研究などで、症状のない人の甲状腺を網羅的に調べると、福島と同じような頻度でがんが見つかるとわかってきました。いま福島で見つかっている甲状腺がんは、被曝の影響ではなく、無症状の人を網羅的に調べたために見つかっていると言えます。

 ただし、甲状腺被曝線量に不確実さが残ることを考えれば、福島では今後も甲状腺検査を継続するべきです。被曝とがん発生との因果関係を解明するには、被曝線量とがん発生との相関関係を調べる必要があります。そのためにも、被曝線量の推計値を実態に少しでも近くするための努力が不可欠です。(聞き手・大岩ゆり)

     ◇

 Mikhail Balonov 44年生まれ。チェルノブイリで住民の被曝調査に関わる。WHOなどがまとめた「事故後20年報告」責任者。
    --「インタビュー:福島のお母さんの心 精神科医・福島学院大学教授の香山雪彦さん」、『朝日新聞』2014年11月13日(木)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11452230.html:title]

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日記:「キリスト者である前に日本人である」云々式の精神論の問題


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日本的精神風土に対峙してきたのが、(実際のところ、メインストリームではない・涙)「自律」したキリスト者たちの血涙の系譜になるから、その超越的な警世批判には、いつも憧憬する。

それは、内村鑑三しかり、南原繁しかり、矢内原忠雄しかり、柏木義円しかり、そして、吉野作造しかりである。

しかし、キリスト者と名乗りながら、曽野綾子よろしく、日本会議と連動して、何等批判精神をもつことなく、ずるずるべったりの日本的瑕疵を宣揚する政治家のごとき連中も多く、くらくらするが多い。

そしてそういう連中は、「キリスト者である前に日本人である」云々式の精神論で、その跳躍を試みようとするけれども、キリスト教をはじめとする、個々の伝統を超脱する伝統の系譜というものは「である前に○○人」などとは言わない訳でございまして、その矮小な歪曲に「いかがなものか」と覚えるのは、私一人ではないとは思う。

まあ、この話、キリスト教にだけ限定されるわけではないけど、例外なんじゃと自認し教えを説く有象無象は多さには驚愕するほかない。

現実に歴史的に構想された「○○人」は存在すけれども、人種主義よろしくア・プリオリに存在する「○○人」を特定することは不可能だ。国民国家が「想像の共同体」よろしく、「機能」としての「○○人」自体は否定しないけれども、「情念」としての「○○人」の声が大きくなり、「そうだそうだ!」と合いの手が入るようになればおしまいでしょうが。

「お前もそうか」って式にその話者と何か共通点があることがわかって、「おお、お前も同志か」ってなることこがよくありますけど、単純に頷けない場合の方が多いんだよね。その共通点というのは、四海同胞を掲げたものであってたとしても、所詮、この世のものにすぎない人間の一瞬の一致にすぎないから。

(出会い論ではないことには留意しつつも)その偶発的な出会いや一瞬のまじわりに、その共通するカテゴリーから眼差しがアプリオリに落とし込まれ、「そうか、そうか」ってなると厭になるんだよな。

現実にその一瞬の交わりやたった一度の出会いが人間を決定的に変えるのは事実だと思う。しかし、その決定的な要素とは、お互いが「日本人」であるとか云々で「決まる」地平を離脱したからそこに「永遠」が立ち上がる訳でさ、ここをカンチガイすると、包摂のつもりで排除というローカルへ退行する。

そのローカルとは何か。ありもしないのにあるが如く、想定された地獄へと進む善意の道でございますよ。

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覚え書:「特集ワイド:韓日の信頼回復が『天命』 柳興洙・駐日大使、『第二のふるさと』京都で語る」、『毎日新聞』2014年11月06日(木)付夕刊。


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特集ワイド:韓日の信頼回復が「天命」 柳興洙・駐日大使、「第二のふるさと」京都で語る
毎日新聞 2014年11月06日 東京夕刊

(写真キャプション)京都・四条大橋に立ち、当時の思い出を語る柳興洙大使
(写真キャプション)小学校時代の同級生と再会し、笑顔の柳興洙大使(中央)=京都市東山区で

 ◇幼少期過ごし、議員落選時も京大留学/演歌と川端康成『雪国』が好き

 深まりゆく秋の京都を駐日韓国大使の柳興洙(ユフンス)さん(76)と歩いた。年明けには日韓国交正常化から50周年を迎えるが、両国関係は冷え込んだまま。果たして和解の道はあるのか? 幼少のころを過ごしたという第二のふるさとで思いを聞いた。【鈴木琢磨、写真・森園道子】

 「おっ、これ、私だ。孫がそっくりの顔してるよ」。この1日、鴨川べりの老舗焼き肉屋で65年ぶりに小学校時代の同級生たちと再会した柳さん、セピア色した当時の集合写真を手に相好を崩した。韓国南東部、慶尚南道陜川(ハプチョン)生まれだが、父の仕事の関係で幼くして日本に渡り、京都は桂川のそばで暮らした。「桂小学校に通ってね。川で泳いだり、ウナギを取ったり。野球もよくしました」

 たっぷり竹馬の友と旧交を温めた柳さんと四条大橋あたりをぶらつく。「いいね、京都は。天皇陛下に信任状を提出したとき、日本のどこが好きですか、と尋ねられ、京都と答えました。でも大使になってこの街を歩くなんて想像もしませんでした。もう年だから、仕事を離れて、家内と一緒にしばらく住みたいなと考えていたんです。昔のことを思い出しながら……」。しっとりした先斗町(ぽんとちょう)の路地へ入る。「こういう雰囲気、ソウルにはありませんね」

 8月末に着任して以来、日韓関係の厳しさを感じてきた。「大使館にいると、外からスピーカーの大きな声が届く。物売りかなと思ったら、右翼が来ているんです。東京・新大久保のコリアンタウンで商売をしている人からは、売り上げが大幅ダウンしたと聞いた。ヘイトスピーチも東京ではちょっと減ってきたらしいが、大阪ではまだひどいらしいとも承知しています」。穏やかな顔が険しくなった。「ただ希望はあります。9月に日比谷公園であった文化交流イベント『日韓交流おまつり』は去年より盛り上がりましたよ」

 ゆっくり細い路地を進みながら、柳さんの口から行きつけだった喫茶店や酒場の名が飛び出す。「あそこ、まだやってるかなあ」

 酒場まで知っているのにはわけがある。小学校5年生の秋に京都から釜山に一家で戻り、翌年、朝鮮戦争が始まった。

 「避難民が最南端の釜山までどっと逃げてきて。もう1年京都にいたら、おそらく韓国には戻れなかったでしょうね」。社会が大混乱する中、名門・京畿高校からソウル大を卒業。全斗煥(チョンドゥファン)政権下で治安本部長、忠清南道知事を務め、1985年に国会議員に初当選。都合4回当選するが、その間88年に落選した折、1年間、京大で学んだのである。

 「政治学者の勝田吉太郎先生のもとで勉強しました。日本社会、日本人とはどんなものかを知りたかった。それと外の世界から私の国も見たかった」。その成果は? 「日本のお酒の飲み方、はしご酒を覚えました、アハハ。日本人はまじめで、正確。ただ本音と建前がある。心で思っていてもなかなか口に出さない。感情を表さない。韓国人は感情が豊か。酒を飲んでもやかましいでしょ。それに韓国人は何でもパリパリ(早く早く)。ここまで経済が発展するには幸いしたけれど、これからは、遅くても正確に丁寧にやらないといけない」

 鴨川が望める小料理屋ののれんをくぐった。まだ日が高いので飲むのは温かいお茶だけ。流ちょうな日本語のせいもあってか、自民党ベテラン政治家に相通ずる柔らかい物腰と巧みな語り口。あれこれ日本のよさについて聞いてみると、返ってきた。「演歌が好きでね。都はるみの『北の宿から』、大川栄策の『さざんかの宿』、このごろは♪涙には幾つもの想(おも)い出がある……吉幾三の『酒よ』です。小説は川端康成の『雪国』がいい。冒頭も覚えています。村上春樹は韓国で翻訳がたくさん出ている。今度、読んでみようと思っているんです」

 国会議員時代は韓日議員連盟の主要メンバーだった。同い年の森喜朗元首相はじめ日本の政界に知己が多い。「ええ、16年やりました。韓日関係が厳しいから、朴槿恵(パククネ)大統領は、日本に縁があり、政治経験者の私を大使に任命されたと思います。私に重責が務まるか心配でしたが、国が私の役割がある、と呼んでくれたのは光栄です。政界を引退して10年になりますが、これは私の運命、天命であり、きっと神が私を助けてくれるんじゃないか、そう考え、少し楽天的にもなっています」

 とはいえ、玄界灘をはさんだ両国には、いわゆる従軍慰安婦問題など難問が山積している。「簡単でないのはわかっています」。デリケートな懸案に柳さんは言葉を慎重に選ぶ。「信頼の問題なんです」。信頼? 「安倍晋三首相は集団的自衛権の行使を憲法の解釈変更で可能にした。自衛隊の活動範囲が広がるという話でしょ。そこへ歴史認識が変わる姿を見せつけた。第二次世界大戦で被害を受けた国が警戒するのは当たり前です。憲法9条がノーベル平和賞候補になったりもしたでしょ。日本国民だって憂慮している人が多いんじゃないですか」

 ぐいっと緑茶をすすり、きっぱり言うのだった。「韓日国交正常化50周年をよりよい年にするには交流を拡大しなくてはいけません」。そして続けた。「その象徴が首脳会談です。先日、ソウルで韓日・日韓議員連盟の合同総会が開かれるなど政治も動きだした。両国の政治家は大局的見地からさらに知恵を出してもらいたい。政治で解決しなければダメです」。総会で採択された共同声明の一節にこうある。

 <……双方の議員連盟が正しい歴史認識のもとで、当事者たちの名誉回復と心の痛みを癒やす措置が取られるよう共に努力することにした>

 「韓国に、会うほどに情が生まれるという言葉があります。朴大統領には、たくさんの日本の政治家と会談を重ねてほしいんです」。なるほど青瓦台(大統領府)で森元首相や額賀福志郎日韓議連会長らと会っている。確かに一歩前進の印象はある。

 日本通の柳さんに読んでほしい文章があった。「文芸春秋」(89年8月号)に載った司馬遼太郎さんと盧泰愚(ノテウ)大統領(当時)の対談「我々はこんなに異なり こんなに近づいた」。韓国人の儒教思想にもとづく「黒白論理」、ものごとを黒と白に分けて妥協を知らない態度についての考察である。柳さんは「読んでみます」と笑った。

 夜の京都は雨になった。雨降って地固まる--、知日派大使の尽力で、隣国同士もまたそうなればいいのだが。 
    --「特集ワイド:韓日の信頼回復が『天命』 柳興洙・駐日大使、『第二のふるさと』京都で語る」、『毎日新聞』2014年11月06日(木)付夕刊。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20141106dde012040004000c.html:title]

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覚え書:「インタビュー:ベルリンの壁崩壊25年 作家、ビクター・セベスチェンさん」、『朝日新聞』2014年11月11日(火)付。


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ベルリンの壁崩壊25年 作家、ビクター・セベスチェンさん
2014年11月11日


(写真キャプション)「日本とハンガリーの戦後の歩みを分けたのは、占領したのが米国かスターリンかの違いだった」=ロンドン、末盛亮氏撮影

 東西冷戦の象徴「ベルリンの壁」が崩壊して9日で25年になった。ソ連を引き継いだロシアは今、欧米との対立姿勢を鮮明にする。新たな冷戦の勃発か。「いや『新冷戦』なんて幻だ」。旧東欧や旧ソ連を描き続ける英国の作家ビクター・セベスチェン氏はそう断言する。冷戦時代と現在とで何が違うのか。民主主義は世界を覆い尽くせるか。

 ――1989年11月9日の「ベルリンの壁」崩壊がいかに重要か、あなたは著書で強調されていますね。

 「米国では、9・11(2001年米同時多発テロ)をしばしば『歴史的な日』ととらえています。でも、世界にとって真の岐路となったのは、9・11ではなく、11・9です。まさにこの日、私たちの精神を支配していた冷戦が終わりを告げ、歴史の転換が始まったのですから」

 ――ただ、ロシアは資源大国として影響力、発言力を強め、ウクライナの一部を併合して欧米と対立しています。これは「冷戦への逆戻り」「新冷戦」ではないのでしょうか。

 「冷戦と今とでは全く状況が異なります。冷戦時代、私たちは常に、見かけにとどまらない真の脅威を、ソ連から直接受けていた。それは軍事力でも核戦力でもありません。私たちの人生観を変えかねない『共産主義』というイデオロギーでした」

 「いかに残忍な結果を生んだとはいえ、共産主義は宗教に匹敵する壮大な思想であり、資本主義とは全く異なる生活感覚、歴史観、世界観を提示しました。実際に、多くの人々の暮らす世の中をつかさどり、経済を運営していたのです」

 「一方、プーチン大統領が持ち込んだロシア・ナショナリズムには、何のイデオロギーもありません。ロシア人を多少満足させられても、ロシアの枠を超えることはないでしょう。共産主義はかつて、第三世界に解放の希望を与えた。プーチン主義は、それが主義と言えるかどうかはともかく、途上国にいかなる希望も与えません」

 「ロシアの軍事力は確かにウクライナやグルジアを悩ませています。しかし、その影響は近隣諸国に限られます。日本や欧米にとっては脅威でも何でもありません」

 ――イデオロギーがなぜそれほど重要なのですか。軍事的脅威に比べると、取るに足らないように思えますが。

 「イデオロギーは単なる机上の空論ではない。そこには人類を突き動かすすべてがある。私たちの行動は意識に縛られているからです」

 「共産主義は、良いか悪いかは別にして、私たちが築いてきた社会に取って代わる対抗軸を指し示した理念でした。だからこそ、欧米や日本でもあれほど多くのインテリを魅了したのです。特に1930年代は、ファシズムに対抗する概念として、共産主義が大きな力を持っていました。人々が共産主義を信じなくなった時、ソ連も崩壊したのです」

 ――その後、共産主義圏にも民主主義が徐々に浸透したわけですね。

 「『ベルリンの壁』崩壊を、自由民主主義の勝利宣言だと受け取った人は少なくありません。しかし、実際にはそれほど単純ではなかった。旧東欧のいくつかの国は目覚ましい民主化を成し遂げましたが、順調にいかなかった国もあります」

 「たとえば、我が祖国ハンガリーも、途中までうまくいきそうに思えました。しかし、現在はオルバン政権による事実上の一党支配状態となり、リベラルな左派がいなくなってしまった。権威主義とナショナリズムに絡め取られたのです」

 「ロシアに至っては、ゴルバチョフ時代のソ連の方がまだましです。ソ連崩壊前後、ロシアは自由と民主化の時代を迎えました。彼らにもチャンスはあったのです。でも、それを逃した。ヘマをして、逆戻りを続けたあげく、プーチン政権の登場を許してしまいました」

 「確かに今、モスクワやサンクトペテルブルクの生活はきらびやかですが、郊外や工業都市で人々は貧困のうちに暮らしている。20年前に比べると、中間層やインテリ層、教養ある人々がむしろ減ったほどです。数少ないこれらの人々は、国家財政をくすねたオリガルヒ(新興財閥)に仕えて生計を立てる始末です」

     ■     ■

 ――私たちには何ができるでしょうか。

 「ロシアに対しては、しばらく状況を観察する以外ないでしょう。ソ連崩壊の遠因をつくったのは、アフガニスタンでの紛争の泥沼化と80年代の原油価格の暴落だった。ここ数カ月、原油価格がやはり下がっている。これがどこまで続くか次第で対応も変わります」

 「クリミア半島併合に対して欧米が科している経済制裁は、プーチン政権と結びつきの強いオリガルヒに標的を絞るべきです。彼らとその妻や愛人のクレジットカードを使えなくするなど、効果のある現実的な措置を取る必要があります」

 ――ロシア国内の世論に期待はできませんか。

 「問題は、今のプーチン政権がナショナリズムを振りかざし、高い大衆人気を得ていることです。政治家が人気を得たいなら、ナショナリズムのカードを切ればいい。経済がうまくいかない時、人々は『すべて移民が悪い』など単純化された訴えに耳を傾けるからです。ロシアに限らず、世界のどこでもこの手法は通用するでしょう」

 「考えてみれば(91年に)ソ連が崩壊してまだ20余年しか経っていません。大英帝国が崩壊した時は、混乱がもっと長く続きました。今回ロシアがウクライナの一部を併合したのも、ソ連時代の意識が抜けていないから。もちろんその行為は正当化できませんが」

     ■     ■

 ――ウクライナとはどう接するべきですか。

 「国内の民主化運動をもっと支援し、励まさなければなりません。特に、選挙の実施に関して協力を深めるべきです。ただ、旧東欧諸国が民主化を達成したのは、自らの力によってだった。ウクライナも結局、欧米に頼らず、自らの力で民主化を進めなければいけない。ウクライナ自身がそう認識すべきです」

 「現在の紛争に欧米が介入するのは、ばかげた発想です。軍事面で私たちが取るべき手段はほとんどありません」

 ――事実上のロシアの軍事行動を黙認せざるを得ないのでしょうか。

 「ウクライナを救うために欧米が戦争に踏み出すことはあり得ません。世界を何度も破壊するだけの核戦力をいまだに保持するロシアと、戦争ができないのは、自明のことなのです。できもしないことを声高に叫んではいけない」

 「私が大嫌いなのは『受け入れがたい』という外交用語です。冷戦時代、ソ連が他国に侵攻すると、西側諸国の首脳は『受け入れがたい』とコメントして、2週間後には受け入れた。米ソが戦争しないためには受け入れる以外ないからです。この美辞麗句を、特に米国の右派政治家たちはいまだに使っています。クリミア半島併合を『受け入れがたい』と言いつつ、何もできないのです」

     ■     ■

 ――日本周辺では冷戦構造が続いていると、しばしば指摘されます。

 「中国との対立のことですね。確かに中国は共産主義を掲げていますが、実際には共産主義と何の関係もありません。イデオロギーの対立は25年前に終わっています」

 「しかし、共産主義が終わったからといって、世界がすべて自由な民主主義になるわけではありません。中国の現在は、共産主義とも民主主義とも異なる何かです」

 ――いつか、共産主義に代わって民主主義のライバルとなるイデオロギーは現れるのでしょうか。

 「たとえば、宗教を根幹に置いた『イスラム国』の考えは、私たちの『世俗的で自由な民主主義』とは対極の立場にあります。『イスラム国』ほど過激ではなくても、イスラム原理主義が世界の一部を絡め取る可能性は考えられるでしょう。彼らの理念に、一部の若者を改宗させる力はあるかも知れません。ただ、欧米の大衆に対して訴えかけるものを持っているとは思えない。同様に、ナショナリズムや市場原理主義も、民主主義の対抗軸とはなり得ないでしょう」

 「民主主義は永遠だ、などと称賛するつもりはありません。ただ、今のところこの理念は、比較的うまく機能している。欧米にとどまらず、もともと民主主義の伝統を持たなかった日本やアジアの国々にまで浸透しているのが、その証拠です」

     *

 Victor Sebestyen 1956年ブダペスト生まれ。著書に「東欧革命1989 ソ連帝国の崩壊」「ハンガリー革命 1956」(邦訳はいずれも白水社)。

 ■取材を終えて

 民衆の蜂起をソ連が弾圧した1956年のハンガリー動乱を機に、セベスチェン氏は家族と英国に亡命した。まだ生後半年。もちろん記憶はないが、その後、英紙記者として東欧やロシアの取材にかかわり続けた。祖国に自らのアイデンティティーを感じるからに違いない。

 ハンガリーでは、ユダヤ人やロマ人に対する差別や迫害も相次ぐ。民主化の理念がどこかでずれたのか。「母国のことを考えると気が重い」。彼が漏らした言葉に、一筋縄ではいかない民主主義の複雑さを感じた。

 (論説委員・国末憲人) 
    --「インタビュー:ベルリンの壁崩壊25年 作家、ビクター・セベスチェンさん」、『朝日新聞』2014年11月11日(火)付。

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覚え書:「インタビュー:ベルリンの壁崩壊25年 作家、ビクター・セベスチェンさん」、『朝日新聞』2014年11月11日(火)付。

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ベルリンの壁崩壊25年 作家、ビクター・セベスチェンさん
2014年11月11日


(写真キャプション)「日本とハンガリーの戦後の歩みを分けたのは、占領したのが米国かスターリンかの違いだった」=ロンドン、末盛亮氏撮影

 東西冷戦の象徴「ベルリンの壁」が崩壊して9日で25年になった。ソ連を引き継いだロシアは今、欧米との対立姿勢を鮮明にする。新たな冷戦の勃発か。「いや『新冷戦』なんて幻だ」。旧東欧や旧ソ連を描き続ける英国の作家ビクター・セベスチェン氏はそう断言する。冷戦時代と現在とで何が違うのか。民主主義は世界を覆い尽くせるか。

 ――1989年11月9日の「ベルリンの壁」崩壊がいかに重要か、あなたは著書で強調されていますね。

 「米国では、9・11(2001年米同時多発テロ)をしばしば『歴史的な日』ととらえています。でも、世界にとって真の岐路となったのは、9・11ではなく、11・9です。まさにこの日、私たちの精神を支配していた冷戦が終わりを告げ、歴史の転換が始まったのですから」

 ――ただ、ロシアは資源大国として影響力、発言力を強め、ウクライナの一部を併合して欧米と対立しています。これは「冷戦への逆戻り」「新冷戦」ではないのでしょうか。

 「冷戦と今とでは全く状況が異なります。冷戦時代、私たちは常に、見かけにとどまらない真の脅威を、ソ連から直接受けていた。それは軍事力でも核戦力でもありません。私たちの人生観を変えかねない『共産主義』というイデオロギーでした」

 「いかに残忍な結果を生んだとはいえ、共産主義は宗教に匹敵する壮大な思想であり、資本主義とは全く異なる生活感覚、歴史観、世界観を提示しました。実際に、多くの人々の暮らす世の中をつかさどり、経済を運営していたのです」

 「一方、プーチン大統領が持ち込んだロシア・ナショナリズムには、何のイデオロギーもありません。ロシア人を多少満足させられても、ロシアの枠を超えることはないでしょう。共産主義はかつて、第三世界に解放の希望を与えた。プーチン主義は、それが主義と言えるかどうかはともかく、途上国にいかなる希望も与えません」

 「ロシアの軍事力は確かにウクライナやグルジアを悩ませています。しかし、その影響は近隣諸国に限られます。日本や欧米にとっては脅威でも何でもありません」

 ――イデオロギーがなぜそれほど重要なのですか。軍事的脅威に比べると、取るに足らないように思えますが。

 「イデオロギーは単なる机上の空論ではない。そこには人類を突き動かすすべてがある。私たちの行動は意識に縛られているからです」

 「共産主義は、良いか悪いかは別にして、私たちが築いてきた社会に取って代わる対抗軸を指し示した理念でした。だからこそ、欧米や日本でもあれほど多くのインテリを魅了したのです。特に1930年代は、ファシズムに対抗する概念として、共産主義が大きな力を持っていました。人々が共産主義を信じなくなった時、ソ連も崩壊したのです」

 ――その後、共産主義圏にも民主主義が徐々に浸透したわけですね。

 「『ベルリンの壁』崩壊を、自由民主主義の勝利宣言だと受け取った人は少なくありません。しかし、実際にはそれほど単純ではなかった。旧東欧のいくつかの国は目覚ましい民主化を成し遂げましたが、順調にいかなかった国もあります」

 「たとえば、我が祖国ハンガリーも、途中までうまくいきそうに思えました。しかし、現在はオルバン政権による事実上の一党支配状態となり、リベラルな左派がいなくなってしまった。権威主義とナショナリズムに絡め取られたのです」

 「ロシアに至っては、ゴルバチョフ時代のソ連の方がまだましです。ソ連崩壊前後、ロシアは自由と民主化の時代を迎えました。彼らにもチャンスはあったのです。でも、それを逃した。ヘマをして、逆戻りを続けたあげく、プーチン政権の登場を許してしまいました」

 「確かに今、モスクワやサンクトペテルブルクの生活はきらびやかですが、郊外や工業都市で人々は貧困のうちに暮らしている。20年前に比べると、中間層やインテリ層、教養ある人々がむしろ減ったほどです。数少ないこれらの人々は、国家財政をくすねたオリガルヒ(新興財閥)に仕えて生計を立てる始末です」

     ■     ■

 ――私たちには何ができるでしょうか。

 「ロシアに対しては、しばらく状況を観察する以外ないでしょう。ソ連崩壊の遠因をつくったのは、アフガニスタンでの紛争の泥沼化と80年代の原油価格の暴落だった。ここ数カ月、原油価格がやはり下がっている。これがどこまで続くか次第で対応も変わります」

 「クリミア半島併合に対して欧米が科している経済制裁は、プーチン政権と結びつきの強いオリガルヒに標的を絞るべきです。彼らとその妻や愛人のクレジットカードを使えなくするなど、効果のある現実的な措置を取る必要があります」

 ――ロシア国内の世論に期待はできませんか。

 「問題は、今のプーチン政権がナショナリズムを振りかざし、高い大衆人気を得ていることです。政治家が人気を得たいなら、ナショナリズムのカードを切ればいい。経済がうまくいかない時、人々は『すべて移民が悪い』など単純化された訴えに耳を傾けるからです。ロシアに限らず、世界のどこでもこの手法は通用するでしょう」

 「考えてみれば(91年に)ソ連が崩壊してまだ20余年しか経っていません。大英帝国が崩壊した時は、混乱がもっと長く続きました。今回ロシアがウクライナの一部を併合したのも、ソ連時代の意識が抜けていないから。もちろんその行為は正当化できませんが」

     ■     ■

 ――ウクライナとはどう接するべきですか。

 「国内の民主化運動をもっと支援し、励まさなければなりません。特に、選挙の実施に関して協力を深めるべきです。ただ、旧東欧諸国が民主化を達成したのは、自らの力によってだった。ウクライナも結局、欧米に頼らず、自らの力で民主化を進めなければいけない。ウクライナ自身がそう認識すべきです」

 「現在の紛争に欧米が介入するのは、ばかげた発想です。軍事面で私たちが取るべき手段はほとんどありません」

 ――事実上のロシアの軍事行動を黙認せざるを得ないのでしょうか。

 「ウクライナを救うために欧米が戦争に踏み出すことはあり得ません。世界を何度も破壊するだけの核戦力をいまだに保持するロシアと、戦争ができないのは、自明のことなのです。できもしないことを声高に叫んではいけない」

 「私が大嫌いなのは『受け入れがたい』という外交用語です。冷戦時代、ソ連が他国に侵攻すると、西側諸国の首脳は『受け入れがたい』とコメントして、2週間後には受け入れた。米ソが戦争しないためには受け入れる以外ないからです。この美辞麗句を、特に米国の右派政治家たちはいまだに使っています。クリミア半島併合を『受け入れがたい』と言いつつ、何もできないのです」

     ■     ■

 ――日本周辺では冷戦構造が続いていると、しばしば指摘されます。

 「中国との対立のことですね。確かに中国は共産主義を掲げていますが、実際には共産主義と何の関係もありません。イデオロギーの対立は25年前に終わっています」

 「しかし、共産主義が終わったからといって、世界がすべて自由な民主主義になるわけではありません。中国の現在は、共産主義とも民主主義とも異なる何かです」

 ――いつか、共産主義に代わって民主主義のライバルとなるイデオロギーは現れるのでしょうか。

 「たとえば、宗教を根幹に置いた『イスラム国』の考えは、私たちの『世俗的で自由な民主主義』とは対極の立場にあります。『イスラム国』ほど過激ではなくても、イスラム原理主義が世界の一部を絡め取る可能性は考えられるでしょう。彼らの理念に、一部の若者を改宗させる力はあるかも知れません。ただ、欧米の大衆に対して訴えかけるものを持っているとは思えない。同様に、ナショナリズムや市場原理主義も、民主主義の対抗軸とはなり得ないでしょう」

 「民主主義は永遠だ、などと称賛するつもりはありません。ただ、今のところこの理念は、比較的うまく機能している。欧米にとどまらず、もともと民主主義の伝統を持たなかった日本やアジアの国々にまで浸透しているのが、その証拠です」

     *

 Victor Sebestyen 1956年ブダペスト生まれ。著書に「東欧革命1989 ソ連帝国の崩壊」「ハンガリー革命 1956」(邦訳はいずれも白水社)。

 ■取材を終えて

 民衆の蜂起をソ連が弾圧した1956年のハンガリー動乱を機に、セベスチェン氏は家族と英国に亡命した。まだ生後半年。もちろん記憶はないが、その後、英紙記者として東欧やロシアの取材にかかわり続けた。祖国に自らのアイデンティティーを感じるからに違いない。

 ハンガリーでは、ユダヤ人やロマ人に対する差別や迫害も相次ぐ。民主化の理念がどこかでずれたのか。「母国のことを考えると気が重い」。彼が漏らした言葉に、一筋縄ではいかない民主主義の複雑さを感じた。

 (論説委員・国末憲人) 
    --「インタビュー:ベルリンの壁崩壊25年 作家、ビクター・セベスチェンさん」、『朝日新聞』2014年11月11日(火)付。

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書評:石井光太『浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち』新潮社、2014年。


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石井光太『浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち』新潮社、読了。起点の東京大空襲から平成までーー。先の戦争で家族を失い浮浪児となった子供たち。その実像を、記録記録やすでに高齢者となったかつての浮浪児百人以上の聞き取りから迫っていく力作 

「終戦から約七十年、日本の研究者やメディアは膨大な視点から戦争を取り上げてきたはずなのに、戦後間もない頃に闇市やパンパンとともに敗戦の象徴とされていた浮浪児に関する実態だけが、歴史から抹殺されたかのように空白のままだ」から本書は貴重なルポルタージュだ。

戦災孤児は約12万人、うち浮浪児は推定3万5千人(『朝日年鑑』1948)。上野駅の通路を住処にゴミをあさり闇市で盗んで食いついだ。警察の「刈り込み」による施設収容は、保護とは程遠い強制労働。幾重もの疎外の対象となった浮浪児こそ戦争最大の被害者といってよい。

45年年末までは、上野の浮浪児は戦災孤児中心で靴磨きや新聞売りが多数を占めたが、以後「ワル」が増加する。メディアの上野界隈に対する治安危惧の報道が、地方の不良少年たちを上野に吸い寄せたのだ。かくして“上野に行くも地獄、施設に行くも地獄”

46年、上野でパンパンが急増するが、RAA(特殊慰安施設協会)の廃止がその理由の1つという。RAAとは旧内務省が進駐軍のために作った慰安所のこと。エレノア・ルーズベルトの意向と性病率の高さからGHQは解散を要求。失職は上野へ誘うことになった。

「新日本女性に告ぐ!戦後処理の国家的緊急施設の一端として進駐軍慰安の大事業に参加する新日本女性の率先協力を求む!」

浮浪児と同じくパンパンも蔑まれたが、両者共に日本のご都合主義の「棄民」政策が作り出したもの。弱者は決して自己責任などではない。

極度の飢えと混乱。幼い子供がたった一人で生き抜いていくことは想像を絶する過酷さを伴う。本書は美化するでも蔑むでもなく淡々と描いていく。目の前で命を失う子供、あるいは自殺していく子供。誰もが浮浪児やパンパンを捨て駒としてあつかっていく。

浮浪児を取り巻く環境の変化は、46年に設立された孤児院「愛児の家」の登場だ。上野で見つけた浮浪児たちを連れ帰り、衣食住を提供し、就学や就労の世話をした。けんかやトラブルはつきないが、誰もが「ママさん」への信頼を今なお隠せない。

「僕自身が僕のことをわからない」--。
圧巻は、浮浪児たちの「六十余年の後」を追うくだり。バブルで大成功したあげくその崩壊を一人で引き受けた者、高度経済成長の陰と日向で苦闘した者。しかし、施設育ちは話せても、浮浪児だったことは話せない者が多い。

経済発展の連動でしばしば行われるのが町の「浄化作戦」。ひとはそのことで、ステージアップを夢想する。しかし社会構造が生み出した「浮浪児」を排除することが「浄化」なのだろうか。棄民で経済発展を錯覚する眼差しそのものを疑うほかない。

上野の地下道は、ペンキの塗り直しを重ねるが70年前のそのままだという。寝泊まりする人間は今もたえない。あの戦争は終わっていない、むしろその「余塵」と、みずから終わったのだと「ごまかそう」とする中で生きているのではないか、そう考えさせられた。

 
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[http://astand.asahi.com/magazine/wrculture/special/2014091900008.html:title]

[http://www.shinchosha.co.jp/book/305455/:title]


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覚え書:「生きる 第三の敗戦 上 =上田紀行」、『東京新聞』2014年11月08日(土)付。


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生きる
第三の敗戦 上
上田紀行

使い捨てと保身
「支え」なくした社会

 「日本は第三の敗戦を迎えている」。私がそのことを痛感したのは二〇〇六年のことだった。世間では「使い捨て」という言葉がはやっていた。そして小泉純一郎首相は当選したての小泉チルドレンに向かって、「政治家だって使い捨てにされることを覚悟せよ」と訓示した。落選すれば議員は使い捨て、だからがんばれという発言だったが、「政治家だって使い捨て」発言の裏には、国民の多くが使い捨てにされている現実の追認がある。その言葉に大きな憤りを感じざるを得なかった。
 しかしその発言直後に行われた世論調査で、まさに「使い捨て」状態におかれている非正規雇用の若者たち、ワーキングプアと言われる貧しい若年層の間の小泉首相の支持率が急騰したと聞かされた。「全ての人が使い捨てだと、正しいことを言ってくれた。われわれだけが使い捨てじゃないんだ」というわけだ。しかしそこには「政府は何でわれわれを使い捨て状態に放置しているんだ!」と支持率が下がるべきところではないのか、私は愕然とした。
 私が教壇に立つ東京工業大学のクラスで二十歳前後の大学生二百人に「人間は使い捨てか?」と聞いてみた。何と半数の学生が「使い捨てだ」に手を挙げた。私はとてつもなく悲しくなった。二十歳の若者にこんな答えをさせてしまう社会は根本的に間違っているのではないか> そして私はこれはもう「第三の敗戦」なのではないかと思った。
 大美辞世界大戦の軍事的敗戦が第一の敗戦である。しかし私たちは忍耐強く復興を成し遂げ、一九八〇年代後半には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と経済的勝利に酔いしれた。しかし九〇年代初頭のバブルの崩壊は一転して経済的敗戦という第二の敗戦をもたらした。
 それに続く第三の敗戦、それは安心と信頼の敗戦である。支えの喪失といってもいい。私の身に何があっても社会は助けてくれない。全ては自己責任とされ、失敗した人間は見捨てられ、使い捨てとなる。そんな社会は社会と呼べるのか。それは心の焼け野原の風景ではないのか。そう思えたのである。
 それはもちろん若者たちの責任ではない。彼らが物心ついてから二十歳になるまで、どんな日本社会を見せられて育ってきたのか。それは私たち年長世代の問題だ。リストラされて絶望していても誰も助けない、経済的効率で生身の人を評価し、もうけの少ない人間はいなくなったほうがいいと言わんばかりの社会を若者たちに見せつけてきたのは私たちなのだ。
 しかしさらに大きな驚きが私を待っていた。彼ら学生に社会正義と内部告発についての講義をしたときのことだった。「あなたが就職して派遣された東南アジアの工場は有毒な廃液を流していて、下流で住民が病気になり死者も出ている。あなたは工場長にかけあったが、事実を隠蔽することを求められた。あなたはどうするか?」という問いに対して二百人はどう答えたか?
 一、「自分の名前を出して内部告発する」が三人、二、「匿名で情報をリークする」が十五人。三、「何もしない」が百八十人いた。
 その結果に私が「君たち、自分の工場のおかげで人が死んでいるんだよ!」と問うても、大多数の学生たちは隣同士で顔を見合わせて「何もするわけないよな」とうなずき合うのだった。
 自分の勤めている企業の垂れ流す毒物で関係のない人が死んでいても、自分はそれを止めようともしない。そんな若者を育ててしまう教育を教育と呼んでいいものか。そして社会正義の滅んだそんな国に対して誇りをもつことができるのか。私はそのとき誓った。私が退職する時までには、人間を使い捨てと思う若者、他人の苦しみより自分の保身を選ぶ若者を無くそうと。
 使い捨てと保身、それはじつは表裏一体のものだ。いちど使い捨てになってしまえば全てが自己責任とされ誰も助けてくれない。そんな社会では誰もが利己的な保身に走る。社会に「支え」がなくなったとき、正義もまた滅びる。
 第三の敗戦からの復興が私のテーマになった。
うえだ・のりゆき 1958年、東京都生まれ。東京大大学院博士課程修了。文化人類学者。東京工業大・リベラルアーツセンター教授。著書に『生きる意味』(岩波新書)『がんばれ仏教!』(NHKブックス)『今、ここに生きる仏教』(共著、平凡社)など多数。

    --「生きる 第三の敗戦 上 =上田紀行」、『東京新聞』2014年11月08日(土)付。

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日記:「未来はよくなる」し「未来をよくしていこう」と思っていたけど……1995年という問題。


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こないだ若い衆と呑んだとき話題になったのが、村上春樹さんが、“「孤絶」超え、理想主義へ」”(*1)を語ったこと。思い出すと、春樹さんではないけど、高校3年の時に、ベルリンの壁が崩壊したボクにも「未来はよくなる」というか「よくしていこう」と思った。

生まれたら、がっちりした冷戦構造。この漆喰は、おれが死ぬまでには崩壊しねえわな、つうのが僕だけではない同時代人の共通認識だったのではないかと思う。

しかし、まさに「あれよあれよ」という間にさ、「時代が動いた」。

おれが小学生の時はレコードですよ。しかも家具のような(春樹さんもエッセイでいくつか書いていたけど)。それがCDになっていく。

科学技術の日進月保とワンセットだけど、未来を展望していたと思う。楽天的といえば楽天的ですし、ヘーゲル的といえばヘーゲル的ですけどね。それでも、

変わるはずのなかった「冷戦構造」が動いたのは、僕らの常識を覆し、より未来を展望するようになったと思う。その背後でバブルとその崩壊が同時進行ですけど、次代はよくなっていくと思っていた。

もちろん、楽天的な技術革新への信頼は否定しないけれども、世の中が止まったのはいつなのかと誰何すれば、1995年なのかと思う。阪神大震災とオウム事件の年だ。それから時間が動かなくなったという感がある。その時間の止まった5年間が現在も「続く」という認識でしょうか。

1995年から9.11に至る現代に、何も変わらない「現在」が形成されたというのがぼくの時代認識。

個々のテクノロジーのアップデートは続けれども、革新的な転変のないまま、ケータイ、パソコンが「終わらない日常」を繰り返すという構造です。その中で、未来を憧憬する「理想」が潰えたという感じです。

フランシス・フクヤマ自身が「歴史の終焉」を撤回したような現在なのだけど、そしてその楽天的見通しを僕自身も共有していたのが、10代のオレだったと思うけれども、それでも、自己責任で全てを個人に還元させる狭了さはなかったと思う。

3.11を持ち出すまでもないけど、テクノロジーが人間を「よく」することはない。しかし、95年からの足かけ20年というのは、テクノロジーの目に見える変化もなく、未来を展望することができず、絶えず社会からの転落をおそれ疑心暗鬼にだけリソースを注ぐようになったのが今かもしれない。

はっきりいって、ここまで足をひっぱりあうような社会へ誘導されるとは、ベルリンの壁が崩壊した高校3年生の時には思ってもみなかった。その展望が進歩史観の「挫折」と総括するのはたやすい。しかし、未来を仰ぎ見、現在の瑕疵を訂正していこうとする志が捨て去られたことは息苦しい。

デタッチメントからアタッチメントへ--。

そしてそれは特定の共同体の利益を排他的に宣揚する「絆」とは同義ではない創造的なものへしていくことが求められているとは思うからこそ、サルトル的な「大文字」の対峙ではなく、カミュ的な「小文字」のアクションでアクセスするしかねえべかな、などと思ったり

これもよく言われる話だけど、高等学校の歴史教育で近現代のあたりが「時間切れ」でスルーされるのよろしく、過去百年とはいわないまでも、過去10年、20年の歩みを忘却してしまうのも問題ありだよなあ、と。ベルリンの壁が崩壊して四半世紀たって身を振り返り思った次第でございます。

『平成史』なんて書籍も出始めているけど、そろそろ90年代前半と90年代後半の断絶と連続そして今を確認しておかないとまずい気がしている。

なんていうか、現在の世界を一足に変革してやろうとは思わない、というか歴史を振り返ればそんなのは無理な訳だけど、「どーせ無駄」ってこれも一足に飛ぶの嫌でしてね、だからこそ、不断に「現在の瑕疵を訂正」していこうと思う訳さ。

1990年代の出来事が「なかったこと」にされることによって、お花畑的な「今」が接続されている。時代のアナロジーはしたくはないけど、大正リベラルデモクラシーが戦前昭和へ跳躍する契機に似たものを感じる。


(*1) [http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/20141108/p1:title]


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覚え書:くらしの明日 私の社会保障論 博打解禁という博打=湯浅誠」、『毎日新聞』2014年11月05日(水)付。


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くらしの明日 私の社会保障論
博打解禁という博打
統合型リゾート整備推進法案
湯浅誠 社会活動家

 「ふつうのこと」をやっていたのでは、もうジリ貧。これからは「ふつうじゃないこと」をやらなければならない。--こう言われるようになって久しい。「ふつうじゃないこと」という言葉は、すごいことが起こりそうなワクワク感もあるのだが、キケンなにおいもする。当たれば大きいが、外れる可能性も高い、という感じだ。
 経済用語では「ハイリスク・ハイリターン」と言う。しかし横文字に頼らなくても、昔
から日本にはそれを指し示す言葉があった。「賭け」だ。博打、賭博、ギャンブルと言ってもいい。
 あまり実感はないが、日本人は博打が好きらしい。日本のパチンコなどゲーム機は459万台と世界の6割を占める(豪ゲーム機製造団体GTA)。2013年の競馬、競輪など公営賭博の利用者は1400万人、パチンコは970万人(日本生産性本部「レジャー白書」)。パチンコ・競馬などのギャンブルの粗利益は3兆6000億円でシンガポールの約8倍(大阪商業大学アミューズメント産業研究所の藤本光太郎研究員)に上るというデータもある。国民性は比較的おとなしくして横並びとも言われるが、「一か八か」「丁か半か」の状況下でアドレナリンの湧き出る人も多いということか。
 それでもか、だからなのかは分からないが、博打、賭博、ギャンブルという言葉には、どこか後ろ暗いイメージがつきまとう。賭博は公的管理下に置かれ、パチンコも警察は「賭博ではない」と言い張る。賭博は悪いもの、だから相当無理をしてでも「賭博じゃない」と言い張らなければならないのだ。
 そのため、実質的に同じことを指すのでも「賭けが必要」「博打を打たなきゃ」という言葉は使わない。「リスクを取らなきゃ」とか「ふつうじゃないことが必要」と言うほうがスマートだ。「異次元」なら桁違い感、スケール感が出て、なおよい。
 さて、臨時国会における注目法案のひとつは「統合型リゾート(IR)整備推進法案」である。
 ジリ貧の日本社会は「ふつうのこと」をやっているだけじゃもうダメで、カジノを含む統合型リゾートを解説して外資を稼ぐ必要がある。ギャンブル依存症が増えるといったハイリスクは承知の上。おとなしくしていても経済は衰退してしまう。それでいいのか??ということだろう。
 博打解禁という博打をうつ。でもやっぱり「賭博」とは言わない。正式名称は「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」と言うらしい。
 なんだかすごいことになってきた。
統合型リゾート整備推進法案(カジノ法案) 統合型リゾート(Integrated Resort=IR)とはカジノにホテルや国際会議場、スポーツ施設などを備えたものを指す。議員立法で昨年12月に提出され、成立から1年以内に関連法整備などを義務づけられている。カジノは刑法で禁じられており、指定地域に限り無止めることを想定している。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 博打解禁という博打=湯浅誠」、『毎日新聞』2014年11月05日(水)付。

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覚え書:「論点[サッカーと人種差別]」、『毎日新聞』2014年10月31日(金)付。


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論点[サッカーと人種差別]

サッカーのJリーグで、サポーターによる人種差別的な行為が相次いでいる。
欧州を中心に繰り返される「サッカーと人種差別」の問題が日本にも波及してきた形だ。
差別を排除し、すべての人にとって快適で安全なスタジアムを取り戻すための方途を探る。

Jリーグサポーターによる差別行為

 今年3月、浦和サポーターが人種差別的な横断幕「JAPANESE ONLY(日本人以外お断り)」をさいたまスタジアムに掲げ、浦和に史上初の無観客試合の処分が科された。8月には横浜F・マリノスのサポーターが相手のブラジル出身選手に向かってバナナを振った。欧州では黒人選手らにバナナを投げ入れる行為は「お前はサルだ」という意味で、人種差別の常とう手段になっている。国際サッカー連盟(FIFA)などが人種差別に対して厳罰化を打ち出している流れの中、Jリーグも厳しい姿勢で臨んでいる。それでも差別行為が後を絶たないのが現状だ。

決別の意志発信続ける
村井満 Jリーグチェアマン
 Jリーグのスタジアムは世界に誇れる。熱狂的なサポーターだけでなく、女性も、お年寄りも、家族連れも訪れることができる。安全なスタジアムは、Jリーグにとって価値のあることだ。そして誰にでも開かれているスタジアムだからこそ、差別は対極にあると考える。
 浦和のサポーターが差別的な横断幕を掲げたのも、横浜マのサポーターが人種差別の象徴とされるバナナを振ったのも、ゴール裏だった。一糸乱れず、迫力のある応援をゴール裏でする人たちは、選手とともに戦っているともいえる。一生懸命応援すること自体を否定する気はない。
 一方で、静かに観戦したい人もいる。自分はGKだったので、ゴール裏のほうが試合に入り込めるが、グループではなく、一人で観戦したこともある。画一的でなく、ここは熱狂的に、別のブロックでは家族で、と分かれていていい。数人の運営担当のクラブ職員が、数千人、数万人のサポーターを管理するのは現実的ではない。クラブとサポーターで議論し、問題意識を高めていくことが必要だ。
 差別行為という問題に至るプロセスの検証も重要だ。事前に対策をしていたが、起こったときに適切に処理できたのか。浦和は、サポーターからの連絡で横断幕の掲出を認識しながら、撤去する努力を怠ったことが問題だった。横浜マは問題が起こる前から、試合中にモニタリングするなど情報を収集し、結果的に問題が起きても迅速に対応した。
 社会から差別はなくならないという意見もある。ただ、スタジアムから差別をなくす努力は続けるべきだ。何も新しいことをする必要はない。51クラブまで増えたJリーグの各クラブがホームタウンで活動を行う際、子どものなりたい職業でも上位に入るようになったサッカー選手が「差別は悪い」「仲間外れはよくない」といえば、子どもたちにも影響力がある。
 各問題に対処する上で、自分のバックボーンも関係したのかもしれない。私がリクルートに入社後、最初に「ホモ(同質性)よりヘテロ(異質性)」という話を聞いた。遺伝の論理を引き合いに、異質なものを取り入れていくほうがいいと教えられた。
 チェアマン就任前には、香港を拠点に仕事をしていたこともあり、浦和サポーターが掲げた「JAPANESE ONLY」という言葉には、ものすごく違和感があった。社会には男性もいれば、女性もいる。外国人もいる。スタジアムは社会の縮図だ。
 サポーターはスタジアムに「非日浄」を求めにくる。選手のプレーに感嘆し、日ごろは出せない大声を出す。時にはミスをした選手に、「何やってんだ」と厳しい声をかけることもできる。スタジアムはウチに秘める気持ちを表に出しやすいのかもしれない。
 差別や暴力など絶対やってはいけない最低限のルールを遵守しながら、大騒ぎしようというのがスタジアムのあり方だと思う。厳罰化といって、禁止事項を増やすだけでは解決にはならない。
 サッカー界ばかりで、いろいろな問題が起きている印象もある。それは、サッカーがグローバルであり、世界の感受性に近いところに身を置いているからでもある。Jリーグから社会に対して、差別をなくそうとメッセージを発信し続けていきたい。【聞き手・村社拓信】
むらい・みつる 1959年、埼玉県生まれ。早大法学部卒。リクルートに入社後、執行役員などを務める。2008年からJリーグ理事となり、14年1月から現職。

信頼関係育て自浄作用を
真壁潔 J2湘南ベルマーレ代表取締役会長
 Jリーグで差別が起きるのではないかと、以前から危惧していた。Jリーグにも韓国籍の選手がいるクラブがいくつもある。我々の監督曺貴裁(チョウキジェ)も京都生まれの在日韓国人だ。昨年、東京ヴェルディとカマタマーレ讃岐の試合で東京ヴの韓国人選手が讃岐の選手にけがをさせたことがあり、インターネットに多くの人種差別的な書き込みがあった。サッカー界は大丈夫かと思っていた中で浦和レッズ、横浜F・マリノスと問題が立て続けに起きてしまった。
 昨年、J2に降格する時のことだ。チームは最後6連敗し、最終戦後に曺があいさつをした。差別的な汚いやじがあるのではないかと不安もあったが、スタジアム中の観客が拍手をしている。それを見て曺が我々のクラブに来てからの10年間で、私を含めたクラブに関わる日本人との間にしっかりとした信頼関係ができていると感じ、うれしかった。差別を越えて我々のクラブはうまくいっていると感じた。曺に育てられた選手たちは、相手の韓国人選手にファウルをされても差別的なことは絶対言わない。
 実は、浦和の問題が起きた後に我々のクラブのサポーターズカンファレンスがあり、サポーターに「ああいう横断幕が出しっぱなしにならいようにしたい。もし何かあったら、伝えてほしい」と伝えた。世界中の差別にはさまざまなものがあり、知らない人がほとんどだ。それでも「これは差別になります」と指摘されてしまえば、無期限入場禁止になることもある。だから、みんなで助け合おうよと。そうすることで我々はサポーターを守りたい。我々もサポーターに守られてきたからだ。
 湘南は1999年に親会社のフジタの撤退による存続危機があり、サポーターの支持がなかったら消えていたクラブだ。私が社長になった2004年から年3回、カンファレンスを開いてサポーターと意見交換をしてきた。サポーターは結果がでない時も文句を言いながらも支えてくれたし、お金がなくなると都合して助けてくれた。これまで一緒にやってきた仲間だから信頼関係もできているし、日々の試合のありかたを共有できている。
 我々のクラブの場合、おかしな行動をしている人がいると他のサポーターやボランティアが警備会社に伝える。そして警備会社が我々に「こんな人がいる」と報告する。そして試合後のミーティングで今後の対処法を話し合う。我々にはいけないことは指摘しあう空気がある。だから、問題のある横断幕が出た場合、「すぐ下げろ」となる。自浄作用があれば、何らかの不満を持っていたり、反社会的な言動をしたりする可能性がある人がまざっても、差別的な行動をやらなくなるし、できない雰囲気になる。
 来季はJ1に復帰して、観客は増えるだろう。その時に何か問題が起きるかもしれない。サポーターと向き合ってこういった事件が起きないようにするために、初めてスタジアムに来場する人に「こういうことはいけない」と伝えていかないといけない。機能しないこともあるかもしれないが続けていく。そして何よりも差別をなくすには隣人、目の前の監督、選手、サポーターを信頼して、腹を割ってはなせる人間関係をつくることが何より大切ではないか。【聞き手・福田智沙】

まかべ・きよし 1962年神奈川県生まれ。成城大法学部卒。クラブ消滅危機の際に存続に携わる。その後湘南ベルマーレの経営に関わり、2004年に社長。14年から会長。

スポーツの本性自覚せよ。
今福龍太 東京外大大学院教授

 人種差別の根元にあるレイシズム(人種主義)の発想は、皮膚の色や容貌など、人間の外見的な特徴をひとくくりにとらえて特定の人々を差別的に扱おうとする。その考え方がスポーツにおいて表面化するのは必然だ。スポーツこそ社会における「身体の展示場」だからである。さまざまな外見をもった身体のスペクタクルとしてスポーツがある限り、レイシズムはそこに格好の標的を見いだすだろう。
 今年はサッカーにおいて人種差別をめぐる現実に直面させられる出来事が続いた。例えば3月のJリーグ公式戦で元韓国籍のストライカーが新規入団したチームのサポーターが、観客席の入り口に「JAPANESE ONLY」(日本人以外お断り)の横断幕を掲げたことでえある。Jリーグは実行者を無期限入場禁止とし、次のホームでの試合を無観客とする処分を行った。だがその対処は思慮深いものとはいえなかった。人種差別的な現実に立ち向かう毅然としたてつがくが、日本の社会そのものに欠けていることが露呈した。
 一方、4月末のスペイン・リーグでは、ブラジルの黒人選手ダニエウ・アウベスに向かって、敵地の観衆からバナナが投げ込まれた事件が話題となった。サルの鳴き声とともに行われるこうした朝敵行為は、欧州サッカーではごく普通の出来事だ。だが今回はアウベスの対応の冷静さが評判となった。彼はピッチに投げ込まれたバナナに嫌な顔一つせず、拾って皮をむき、パクリと食べてから平然とコーナーキックを蹴ったのである。確信犯的ともいえる差別的な悪意を、このような機知ある身ぶりによって風刺的にいなすのは効果的だ。差別的現実に硬化し、権力による監視や懲罰という退行的手段にうって出ることは、かえって社会の柔軟な自浄作用を阻害する。むしろ、パロディーや関節はずしのようなエレガントな対処法によって、この問題への一人一人の理解の裾野を広げてゆくことも重要だ。
 近代の競技スポーツは、その本性として敵対性の原理に立つ。それは勝者と敗者を対立原理のもとに峻別するシステムだ。戦争によって自国の威信を強めてきた近代の歴史の帰結がスポーツだともいえる。対立原理はゲームのすべての側面に浸透し、サッカーでは、サポーターだけでなく、選手同士の接触時における挑発的言辞(トラッシュ・トーク)も日常茶飯事である。汚い言葉で相手の心理を動揺させることは戦術の一部でさえある。ここから差別的言動へは紙一重なのだ。
 スポーツはイノセント(無垢)ではない。政治や理解からも自由ではない。にもかかわらず、人間はそこに至高の美や快楽を求める。歴史的な矛盾を抱えているものに向けて、私たちは過剰な正しさや純粋さを要求してきたのである。そのことの欺瞞をうすす感じつつ。ここに、近代スポーツの究極の矛盾がある。
 この歴史的な矛盾を抱えたスポーツの本性を自覚することから始めたい。人種差別をただちに規制したり処罰したりするのではなく、実態を深いところで理解し、差別的な行動の暴発を社会全体で食い止め、脱臼させることが重要だ。それは、社会全体における人種差別をただちになくすことではなく、矛盾を含む人種や民族の共存状態のなかで、ともにより幸福に生きる方途を粘り強く出す努力へとつながるだろう。(寄稿)

いまふく。りゅうた 1955年東京生まれ。文化人類学者。中南米で長く調査研究に携わる。著書に「クレオール主義」「群島-世界論」など。サッカー論の著作も多い。
    --「論点[サッカーと人種差別]」、『毎日新聞』2014年10月31日(金)付。

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日記:「池上彰と考える」……てもシカタガナイでしょうに。


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ウーム、これはひどすぎじゃアございませんか? 日本分子生物学会。

[http://mbsj.jp/admins/committee/careerpath/doc/careerpath_poster_2014.pdf:title] 
池上彰と考える これでいいのか 日本の生命科学研究”ってふられても、池上彰と考えても、日本の生命科学研究に関して創造的批判にはならんやろう。とりあえずヘビロテの人気「識者」を冠りしとけばよいという「考える」を否定する劣化企画と思われてほかない。

「わかりやすさ」自体を全否定するつもりはないし、導入としては大切だとは思うけれども、それで「終わり」というコンビニエンスに問題がある訳で。

池上さんが出てきて「解説」してもまあええけど(いやいかん、そこから自分で知的格闘をしていかんといかんのに、それがスルーされるのが現代世界のスタンダードですから、多いに問題があると思われる。

耳学問自体も否定するつもりはないけど、結局、学問の基本というのは、どのレベルでもきちんとテクストを精読することなのに、そういう手間を「池上さんと考える」ことによって、「わかったつもり」になって終わっちゃう。これは本当に問題だと思う。

解説で済ませるのが良くないのは、人間の基本的なリテラシーを鍛える「読む」と「書く」を単純化させてしまうということ。

勿論水先案内としての解説はありでしょうけど、小学生が解答の○付けをするが如くの「解説」依存の自らの対峙なしになってしまうと本当に良くない。

解説や水先案内で啓発を受けて、では実際どうなのか。自分で「読む」そして「書く」ことによって、最初の認識の更新が初めて可能になり、どこまでも自分の外側にある知を自分自身の「知」へと引き寄せることができる。

「読む」と「書く」っていえば、そりゃあ、あんたのやっているような「人文科学」の話やろうと言われそうですけど、「読む」→「書く」というプロセスは、データや実験をもとに何かを論証していくという意味では同義だから、社会科学や自然科学も例外ではない訳でね。手順を省くとアウトですよ。


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覚え書:「インタビュー:『JK産業』と少女たち 居場所のない女子高生を支援する仁藤夢乃さん」、『朝日新聞』2014年11月06日(木)付。


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インタビュー:「JK産業」と少女たち 居場所のない女子高生を支援する仁藤夢乃さん
2014年11月6日

(写真キャプション)「女の子たちには『あきらめないで。自分の可能性を信じて』と言い続けていきたい」=西田裕樹撮影

 「JK(女子高生)」を売りにする「JKリフレ」や「JKお散歩」といった店がここ2年ほどで急に広がっている。性被害に遭う危険があり、買春や犯罪の温床になるような場に、なぜ女子高生たちは足を踏み入れるのだろうか。自らの高校時代を重ねながら彼女らの思いを受け止め、支援する仁藤夢乃さんに聞いた。

 ――ご自身はどんな高校生だったのでしょう。

 「月に25日渋谷で過ごしていました。両親はけんかばかり、母ともぶつかって家にいたくなかった。夕方から渋谷に出て夜遅くまでたむろしていました。酒もたばこもやった。始発で帰ることもあったし、ビルの屋上に段ボールを敷いて寝たこともあります。絶望感しかなかった。やりたいことも夢もなく、だれも理解してくれないと思っていた。私が支援する女子高生も同じですが、居場所がなかった。『死にたい』といつも思っていました」

 「街で声をかけてくる大人は、援助交際目的の買春男か、店で働かないかと誘ってくるスカウト。世の中には、価値観を押しつける先生や親か、女子高生の若さと体を利用しようとするおじさんしかいないのかと思っていた。『5千円あげるから、つば売って』と紙コップを突き出す男もいた。友人がつばを吐くと、男はサイダーを注いで飲みました」

 ――何がきっかけで、そうした生活が変わるのですか。

 「両親が離婚し、2年で高校を中退しました。その後、祖母にお金を出してもらって、高校卒業程度認定試験の勉強のために新宿の予備校に通いました。何カ月かたって、毎週土曜に農作業をする『農園ゼミ』に誘われました。土曜の渋谷は人が多すぎるし、母がいる家にはいたくない。実際に農作業をする気はなかったけど、ごはんも出るというし、ミニスカートにハイヒールで行きました。そこで阿蘇敏文さんという講師に出会いました」

 「阿蘇さんは4年前に69歳で亡くなりましたが、牧師で、日本人の父親に遺棄された日比国際児を支援するなどさまざまな活動をしていた人です。ミニスカート姿の私を『よく来たね。でも寒くないのか、そんなスカートで。パンツ見えちゃうぞ』なんて言って迎えてくれました。農園には、難民を支援する人とか夜間中学にかかわる人とかいろんな人が来ていて、そこでの何げない会話の積み重ねから、自分が知らない世界の大人がいることを知ります。体目的じゃない、私を利用しようとしない大人が、そこにはいた。阿蘇さんは私を、『私』として見てくれた初めての大人でした」

 「阿蘇さんとフィリピンに行き、スラム街などを訪れました。すべてが衝撃でした。歓楽街に『YUME NO HOUSE』という私の名前と同じ店があったので見ていると、10代の女の子が日本語を一生懸命覚えて、日本人男性相手にたった数千円でホテルに行っている。『渋谷と同じじゃん。なぜ、ここでも起こっているの?』と。生活に困っている女の子はほかに選択肢がないのだろうかと思って勉強してみたくなり、大学に進学しました。阿蘇さんに会わなければ、私は性を売る仕事をしていたでしょうね」

     ■     ■

 ――どうやって女子高生を支援しているのですか。

 「大学時代は国際協力のサークルに入ったり、東日本大震災の被災地の高校生と協力してお菓子を開発したりしましたが、2年ほど前にJK産業が広がっていることに気づきました。私自身、メードカフェでアルバイトをしたことがありますが、当時は何かしら事情を抱えた『ワケあり』の子ばかりでした。それがここ2年、経済的にも家庭や学校との関係性でも困っていない『ふつう』の子が増えていました」

 「以前は裏社会につながるグレーな存在だったメードが表社会に認められる存在になったためです。裏でこっそりやられていた『リフレ』や『お散歩』もいまでは堂々と表で行われている。最初はアルバイト感覚でリフレやお散歩をしても、そのうち感覚がまひしていって、水商売や風俗に進んでいきます。たくさんのふつうの女の子がJK産業で働いていることに危機感を覚え、街に出て女の子たちの話を聞き始めました。いまは50人ぐらいの女の子たちの相談にのっています」

 「ただ話を聞いて、たまに食事を一緒にして、何かあったら相談するようにと伝えます。内容によっては『やっていることは売春』『危険だよ』とも言います。強姦(ごうかん)されてもどうしていいかわからない女の子は少なくない。『助けて』という声もあげられない子が多いんです。一方で、ちょっと声をかけるとすぐにLINE(ライン)を交換してくれ、『お姉ちゃん』と慕ってくる。うれしいけど、あまりにも無防備で切ない。そういうところに裏社会の人たちがつけ込んできます」

 ――どういうふうに?

 「スカウトがやさしく声をかけて誘い、店長は彼女たちの居場所をつくり、相談にのったり励ましたりする。待機時間に勉強まで教えているところもあります。女子高生が“商品”だからなんですが、彼女たちは店長に信頼を寄せてしまう。たとえば店長が路上で客引きをしている女の子に『大丈夫?』などと言いながらジュースを渡す。本当は監視のための見回りなのに、守ってもらっていると思ってしまうのです」

 「オーナーも顔を見せて『がんばっているね』などと声をかける。辞めそうな子には、スカウトが『元気ないけど何かあった?』などと電話を入れ、『私のことをわかってくれている』と思わせ、系列の別の店を紹介してそこで働くように仕向けます。泊まるところのない子が身を寄せるシェアハウスもある。彼らは彼女たちに『衣食住』と『関係性』を提供し、JK産業、水商売、風俗へと導いていきます。学校や行政は、少女のタイプに合わせて巧みに対応するスカウト―店長―オーナーという体制に負けています」

     ■     ■

 ――渋谷や新宿の夜の街を見てもらうツアーをしていますね。

 「彼女たちを理解し、向き合ってくれる人を増やしたいからです。かつての私がそうだったように、『わかってくれる大人はいない』と思っているし、困ったときに話ができる人もいない。『何かあったら絶対連絡して』と私は言っていますが、あらゆる大人が女の子たちにそう言ってほしいのです」

 ――大人の知らない世界がたくさんあります。

 「出会い系のカフェや居酒屋があることをご存じですか。女の子は無料です。だから、ごはんを食べるために行く。男の人は女の子に出会うために行きます。その後どうなるかは想像できますよね」

 「登録されている知らない人と無料でテレビ電話がつながるアプリもあります。局部を丸出しにした男が出てくることも多い。たまにはいい人風に見える人もいて、『ここで出会えた。LINEを交換しよう』と言われると、女の子は対応してしまう。こんなアプリを利用する大人は怪しいのですが、そこまで頭が回りません。連絡をとるうちにディズニーランドのチケットが余っていると誘われ、『ラッキー!』と出かける。抱きしめられて『帰したくない』などと言われて……。実際に16歳の女子と40歳の男性との間に起こったことです」

 「スマホがこれだけ普及すると、友だち探しのアプリやネットを使って知らない人と会うというのは子どもにとってふつうの感覚。その現実を踏まえ、学校、特に義務教育で危険性を教えていかなくてはいけない。危険の入り口へのハードルはどんどん低くなっているのに、大人はついていっていません」

     ■     ■

 ――大人は少女たちのために何ができるのでしょうか。

 「女の子たちの居場所づくりが必要です。いま私が考えているのは、相談を受ける態勢を整え、一食ケアつきの仮眠スペースを設けることです。この前、九州の女の子から『私は18歳。死のうと思っていた。でも、夢乃さんが私たちの居場所づくりをしていると知った。私も地元でそういう場所をつくりたい』と連絡がありました。そんな思いがある子はいまもたくさんいる。5年もたてば私は“おばちゃん”。だから、後輩の若い仲間を増やして、女の子たちの支援を続けていきたい」

 「援交おじさんは、女の子たちから『ウザい』『キモい』『汗臭い』と言われてもめげずにアプローチを続ける。私たち大人は、それぐらい本気で彼女たちにかかわっていかないと支援できません」

 (聞き手 編集委員・大久保真紀)

    *

 にとうゆめの 89年生まれ。明治学院大在学中に女子高校生サポートセンター「Colabo」を立ち上げ、卒業時に法人化。著書に「難民高校生」など。

 ◆キーワード

 <JK(女子高生)産業> 客が金を払い、制服姿の女子高生に体を触ってもらったりデートしたりする商売。個室サービスの「リフレ」(リフレクソロジーの略)について、警視庁は13年、労働基準法違反容疑で経営者らを逮捕。その後「お散歩」「撮影会」が広がった。14年版の米国務省人身売買報告書は「JKお散歩」を性目的の人身売買の形態の一つとして批判している。 
    --「インタビュー:『JK産業』と少女たち 居場所のない女子高生を支援する仁藤夢乃さん」、『朝日新聞』2014年11月06日(木)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11440528.html:title]

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覚え書:「Interview:村上春樹 『孤独』の時代に」、『毎日新聞』2014年11月04日(火)~05日(水)付夕刊。

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Interview:村上春樹 「孤独」の時代に/上 僕の小説は「ロールゲーム」
毎日新聞 2014年11月04日 東京夕刊


 作家の村上春樹さんに10月下旬、5年ぶりで話を聞く機会を得た。主な内容は3日朝刊で報じたが、今年出した短編集『女のいない男たち』(文芸春秋)などをめぐり、多くの興味深い発言があった。“封印”していた初期長編2作の翻訳が来年以降、刊行されることも明かした。2回に分けて紹介する。

 短編集に収めた6編は何らかの形で「女性に去られた男」の話だ。現代に生きる者の孤独は初期作品からの特徴だが、ここで描いたのは「僕が30代の頃に書いた孤独感とは異なる」と話した。

 「木野」と題する一編について。「(主人公の木野は)妻が浮気をして離婚し、独りぼっちになるけど、彼にとって妻がいなくなったことは本質的な問題ではない。一番の問題は、一人になって自分自身と向き合った時の『孤絶』感です。そして向き合った自分の中の暗闇から、蛇とか、お化けみたいなものとか、いろんなものが這(は)い出してくるわけです。それらはもともと自分の中にあるものなのです」

 印象深いのは表題作「女のいない男たち」だ。昔付き合った女性の自殺を知らされた「僕」が語る設定だが、シュールレアリスム(超現実主義)ともいうべき手法で書かれている。一編の散文詩のような作品だ。

 「時々そういうのが急に書きたくなるんです。ふっと思いついて、机に向かって一気に書き上げる。リズムをつかんで、自由に言葉を並べていく。書いたものを机の引き出しに放り込んでおいて、何年かたって取り出し、それをもとに物語ができていくこともあります。意味やテーマを理解する前に、最初はとにかくイメージと文体だけで一息で書き上げる。そういうものが僕の小説の一つのコアになっています」

 「孤絶」とは「だんだん(世界の)状況が悪くなっていくという感覚」を強める若い世代にとって、むしろ親しいものかもしれない。そうした人々に文学表現を通じ、「ある種の理想主義」を「新しい形に変換して引き渡し」たいとも語った。

 「僕が物語を通してやりたいのは、読者にロール(役割)モデルを提供することです。いろんな『孤絶』の様相をくぐり抜け、新しい生き方を見つけていく人物たちの姿を、一つ一つ提示していきたい。ある意味で僕の書いている小説はロールゲームなんです。そこでは、僕はゲームのプレーヤーであると同時にプログラマーでもあります。その二重性がストーリーを新鮮で重層的なものにする。テーマ主義ではなく、そういう書き方をしていけば、自分の集中力と体力がある限り小説を書き続けられます」

 初期作品は新しい文体で読者に衝撃を与えた。当時について「文体を盾にして強引に突き進んでいったようなものです。あの頃は技術的に自分が書きたいことの2、3割しか書けなかったから、正面から戦いを挑んだら勝てっこない。若い作家は多くの場合、新しい仕掛けやアイデアで、読者の目先を思い切りくらませていくしかないんです。できればそれを楽しみながら」と振り返った。

 「そうしながら自分が書けることを次第に増やし、文体を固めていく。書きたいことはだいたい書けるようになったと思ったのが2000年ごろですね。(デビューした)1979年から始めて20年以上かかりました」

 また、『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』の最初の長編2作は80年代に英訳版が出た後、長く翻訳を認めてこなかった。それが来年以降、英語の新訳をはじめ、各国語で刊行されるという。「未熟な作品だと思っていたからですが、他のものもだいたい出そろったし、要望も多いので、そろそろ出してもいいかなと思った。発表の時系列に関し混乱が起きると困るので、僕が序文を書き、執筆時の状況や事情を簡単に説明することにしています」【大井浩一】
    --「Interview:村上春樹 『孤独』の時代に/上 僕の小説は「ロールゲーム」、『毎日新聞』2014年11月04日(火)付夕刊。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20141104dde018040018000c.html:title]


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Interview:村上春樹 「孤独」の時代に/下 一人の人間の像、綿密に描く
毎日新聞 2014年11月05日 東京夕刊

 作家の村上春樹さんは7日、ドイツ紙ヴェルトの「ヴェルト文学賞」を受賞する。同紙は授賞決定に際し、村上さんの短編集『女のいない男たち』に収められた一編「独立器官」を全文掲載した。50代の独身医師が人妻への「恋煩い」のため死に至るという作品。「孤絶」の意味を追究した本の中でも、現代の奇譚(きたん)ともいうべき味わいを持つ。

 村上さんは「(同紙の)編集者が気に入って選んでくれたのですが、『なぜ、これを?』と不思議な感じがしました」。米誌『ニューヨーカー』は、この本の収録作のうち「イエスタデイ」「シェエラザード」「木野」を載せたといい、「国によってそれぞれ選ぶものが違うのは面白い」と話した。

 一方で、9月には台湾の私立大が国際的な研究拠点として「村上春樹研究センター」を開設した。デビューから35年。洋の東西を問わず作品が読まれ、高い評価を受けるようになった。海外に出かけることも多いが、日本よりも「なぜか外国のほうが作家の友達もできやすい。いちばん仲がいいのは(英国の作家)カズオ・イシグロかな」と語る。

 「顔を合わせても多くの場合、お互いの生活や、好きな音楽や、最近読んだ面白い本や、そんな話をしています。気に入ったCDを交換したり。お互いの本は読んでいても、あまりそういう話はしないな。ごく普通の友人同士が話すような話をします」

   ■  ■

 今春、米作家サリンジャーの古典的名作『フラニーとズーイ』(新潮文庫)を翻訳・刊行した。デビュー直後から持続的に重ねてきた翻訳は「僕にとって本当に大切な仕事だ」と強調する。

 「小説を書いていない時期に、翻訳のような手仕事ができるのは本当にありがたい。自分のものばかり書き続けていると、つい書きすぎてしまうし、どうしても畑が痩せてきます。だから他人の作品を場所として借りて、そこで文章をたたき上げていけるというのは、僕にとっては実に理想的な作業なんです」

 村上訳『フラニーとズーイ』は従来の訳に比べ文章が読みやすく、複雑な小説の構図が読者に明快に伝わってくるのが特徴だ。とりわけ精神的な苦境に陥った妹フラニーと、心配する兄ズーイとの間で交わされる宗教に関する対話が、かなり分かりやすくなった。

 「これは仕掛け小説なんです。サリンジャーは『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が大変な反響を呼んだ後、それと全く違う文体で書いてやろうと考え、意欲的に精密な仕掛けを凝らしています。文体が重層的にせめぎ合っていますから、作者の気持ちを察して全体像を俯瞰(ふかん)し、ボイスのメリハリをつけて訳さないといけない。最初の訳文から何度も変更を重ね、手間をかけました。作家として学ぶことが多かった」

 この作品にはキリスト教や東洋哲学の用語が頻出する。新訳刊行と同時に発表したエッセーで村上さんは、これが書かれた1950年代の米国で東洋哲学などが「反物質主義」という前向きな意味を持ったことを指摘している。例えば、ズーイが「東洋思想においては、人体にはチャクラと呼ばれる七つの精妙な中心(センター)がある」などと話す場面も出てくる。

 「後にオウム真理教が説いた教義と似ています。今読むと、そっちをつい連想してしまって首をひねるところもあるんですが、当時の人々にとっては、西欧近代文明に対抗する有効で新鮮な世界観だったのでしょう。仕掛けというのは、時代に流されてしまうところがあるから、見切りがむずかしいですね」

   ■  ■

 冷戦後の混沌(こんとん)(カオス)の時代、軸を喪失した世界に「仮説の軸」を提供するのが小説の役割だと述べた。「そういう仮説は例えば、ある一人の人間の像を、こつこつと綿密に描くことによって生まれてくると思う。そのためには読者に、登場人物に対する自然なシンパシーを抱いてもらう必要があります」

 昨年の長編『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で目指したのもそれだ。「あの小説で僕が書きたかったのは、(主人公の)多崎つくるという人そのものです。どういう育ち方をして、どういう体験をして、どういう哀(かな)しみを味わい、どういう迷いを抱えて、彼という人間が出来上がってきたかを描きたかった」

 このことは村上さんが若い世代に引き渡したいと願う「新しい理想主義」にも結びつく。「そのような具体的な仮説を一つ一つ提出していくことは、新しい形のモラルを立体的に示すことにもつながると思います。そのためには表にある意識だけではなくて、無意識とか身体意識、夢とか想像力、矛盾や非合理、あらゆる仕掛けを総動員しないとできない。それが単なるステートメント(声明)を超えるフィクションの力ですから」【大井浩一】
    --「Interview:村上春樹 『孤独』の時代に/下 一人の人間の像、綿密に描く」、『毎日新聞』2014年11月05日(水)付夕刊。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20141105dde014040006000c.html:title]


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書評:飯野亮一『居酒屋の誕生』ちくま学芸文庫、2014年。


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飯野亮一『居酒屋の誕生』ちくま学芸文庫、読了。幕府の開かれた江戸は男性都市としてスタートし、居酒屋は非常な発達を遂げたという。「暖簾は縄暖簾と決まっていた?」「朝早くから営業していた?」様々な疑問に答える形でその実像と変化を追う好著。副題「江戸の呑みだおれ文化」。

「のみに行居酒(ゆくゐざけ)の荒(あれ)の一騒(ひとサワギ)」(河合乙州)。「居酒」という言葉の登場は元禄のころ。居酒はもともと計り売りの酒屋ではじまったが、「居酒屋」の登場は寛延年間の頃という。

居酒屋は従来の酒屋とは一線を画する業種として出発し、明暦の大火を境に爆発的に拡大した。「居酒やは立つて居るのが馳走なり」「居酒やへ気味合いをいふ客がとれ」「居酒やでねんごろぶりは立てのみ」(全て「万句合」)。それぞれの狂句は現在の匂いをうかがわせる。

池波正太郎の愛好した「小鍋立」も居酒屋で始まり、家庭に拡大した。土鍋から鋳物製への転用が流行を加速させた。「しゃも鍋」の登場もこのころのこと。野鳥減少で鶏への注目がその契機。ただし当時の鶏肉は固く焼き鳥には向かずメニューには見られない。

「酒飲みの身としては外で飲むことが多いが、一番多いのはやはり居酒屋だ。今日の居酒屋の盛況ぶりを眺めながら、しばしば思いは江戸時代の居酒屋へ馳せた」(おわりに)。食文化を豊かにし、幕府の規制を撤廃していく原動力ともなった居酒屋の歴史を豊富な資料から丹念に掘り起こす労作。
 


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覚え書:「村上春樹さん:単独インタビュー 『孤絶』超え、理想主義へ」、『毎日新聞』2014年11月03日(月)付。


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村上春樹さん:単独インタビュー 「孤絶」超え、理想主義へ
毎日新聞 2014年11月03日

 作家の村上春樹さんが、5年ぶりに本紙の単独インタビューに応じた。1979年のデビューから35年。創作活動や海外での読まれ方、現代における文学の役割まで、幅広い話題について語った。【構成・大井浩一】

 ●米国1位うれしい

 --村上作品は欧米、アジアなど約50の言語に翻訳・出版されている。現役作家の作品がこれほど読まれるのは世界でも異例だ。

 10月に約1週間、イタリアに滞在しましたが、毎日、誰かに声をかけられました。日本で街を歩いても月2回ぐらいしかかけられないのに(笑い)。80年代後半、しばらくイタリアに住みましたが、その時とは事情が一変しているのにびっくりしました。

 いちばん驚いたのは今夏、(小説「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の英語版が)米紙ニューヨーク・タイムズでベストセラーランキングの1位(ハードカバー・フィクション部門)になったこと。米国で最初に翻訳が出たのは80年代末で、初めはあまり売れなかった。それから25年かけて、だんだん実績を積み重ねてベストセラーの1位までいった。そういう伸び方はすごくうれしい。

 ●日本離れゼロから

 --90年代初めには、自ら米国で文芸エージェントや出版社を探し、独力で開拓する苦労もあった。

 ずっと日本で仕事をしていてはだめだと思って、外国へ出て行きました。日本にいたら一応、本も売れるし、それなりにやっていけるんだけど、そういうホームグラウンドを離れて、もう一度ゼロからやり直すわけだから、大変だったですよ。サイン会をしても十何人しか人が来ない、とかね。今は2000人近く来るようになりましたが。

 やっぱり日本では居心地が悪かった。日本の文芸システム、文壇システムみたいなものに、なかなか受け入れられず疎外感を持っていましたし、風当たりも強かったですから。要するに、僕のやりたいと思っていることや、採りたいと思っている方法と、文芸メディアの考えが基本的に合わなかったということが大きいと思うんです。どちらが正しいとかじゃなくて。そういうフラストレーションみたいなものが、僕の中でたまっていたということはあります。システムの中での付き合いみたいなのもあまり得意じゃなかったし、志を同じくするような人も特に見当たらなかったし。

 ◇欧米、アジアで違う評価

 ●方法とストーリー

 --村上作品の魅力は、現実と非現実が交錯する物語の面白さにある。国・地域によって読まれ方は違うのだろうか。

 欧米の人々はどちらかというと論理的に読みます。この小説はポストモダニズムだとかリアリズムだとか、論理的に解釈する傾向が伝統的に強い。僕の場合は「日本的ポストモダニズム」として読まれているようです。ストーリーやテーマ性よりは文学的なメソッド(方法)で評価されることが多い。リアリティーと非リアリティーがどのように重なり複合的になっていくか、という点を、ポストモダニズムの新しい方法として評価しているようです。

 これに対して、日本以外のアジアではストーリーの要素が大きい。ストーリーラインのダイナミズムに読者は自然な魅力を感じるのかもしれません。また、ある種の小説的ソフィスティケーション(洗練)、登場人物のライフスタイルやものの考え方に対する興味もあるみたいですね。「何とかイズム」みたいなことはあまり関係ない。

 例えば、僕の作品で主人公が井戸の底に座っていて石の壁を通り抜けてしまうといった場面を、欧米人は「ポストモダニズムだ、マジックリアリズムだ」みたいに解釈するけど、アジアの人は「そういうことはあるかもな」と自然に受け入れてしまう(笑い)。アジアでは荒っぽくいえば、何がリアルで何が非リアルかは表裏一体なんです、日本でもそうだけど。そういう物語の風土の違いは確かにあると思います。

 ●簡単な言葉で深く

 --風土の違いを超え、世界で広く読まれるのはなぜか。

 小説というのは物語が面白くなければ人はまず読みません。それが基本です。「次はどうなるんだろう」と思わずページを繰っていくドライブ感が必要で、読者を立ち止まらせたらおしまいです。だから「簡単な言葉を使って、複雑で深い物語を書きたい」というのが僕の理想です。でも少なくとも最初のうち、そういう考え方はあまりすんなりとは受け入れられなかった。

 --今年4月に短編集「女のいない男たち」を刊行した。収めた6編それぞれの主人公の「男たち」は30代から50代まで年代が幅広く、描き方もいっそう自在になっている。

 少し前までは、こういうものは書けなかったなと思います。僕は20代から30代ぐらいの人を書くことが多かった。「海辺のカフカ」では若い人を書こうと思って、15歳の少年を登場させ、「ナカタさん」という老人も入れましたが、あれはまあ特殊なキャラクターでした。今回は、もう少し自分に近い年齢の人物も描いてみようというのが、一つの目標でした。チャレンジというか。

 ここでは「孤絶」が一つのテーマになっています。女の人に去られた男の話が中心ですが、具体的な女性というよりは「自分にとって必須なもの」が欠如し消滅し、孤絶感を抱え込むことの表象だと思っています。若い時の孤独はあとで埋め直したり取り戻したりできるけど、ある年齢以上になると、孤独は「孤絶」に近いものになる。そういう風景みたいなものを書いてみたかった。僕ももう60代半ばになって、こういうものが少しずつ書けるようになってきたかなという気がします。

 ◇日本の問題は責任回避

 ●終戦も原発事故も

 --来年は戦後70年。作中で近代日本の戦争を描くこともあった作家は何を思うか。

 直接的な意見を述べるとステートメント(声明)になってしまいます。小説家はステートメントを出すのではなくて、フィクションという形に思いを昇華させ、立ち上げていくものだと思います。ただ、僕は日本の抱える問題に、共通して「自己責任の回避」があると感じます。45年の終戦に関しても2011年の福島第1原発事故に関しても、誰も本当には責任を取っていない。そういう気がするんです。

 例えば、終戦後は結局、誰も悪くないということになってしまった。悪かったのは軍閥で、天皇もいいように利用され、国民もみんなだまされて、ひどい目に遭ったと。犠牲者に、被害者になってしまっています。それでは中国の人も、韓国・朝鮮の人も怒りますよね。日本人には自分たちが加害者でもあったという発想が基本的に希薄だし、その傾向はますます強くなっているように思います。

 原発の問題にしても、誰が加害者であるかということが真剣には追及されていない。もちろん加害者と被害者が入り乱れているということはあるんだけど、このままでいけば「地震と津波が最大の加害者で、あとはみんな被害者だった」みたいなことで収まってしまいかねない。戦争の時と同じように。それが一番心配なことです。

 ●軸を喪失した世界

 --冷戦崩壊の後、世界は混沌(こんとん)(カオス)的な状況にあるという認識を語ってきた。同じ状況は今も続いているのか。

 そうですね。冷戦が崩壊して、東か西か、左か右かという軸が取っ払われ、混沌が平常の状況になってきました。僕が小説で書こうとしているのも、いわば軸の取っ払われた世界です。ベルリンの壁が崩壊した頃から僕の小説はヨーロッパで受け入れられ始め、アメリカでは9・11事件の起こった後で受け入れられ始めた。軸の喪失がおそらくキーワードになっています。

 僕らの世代は60年代後半に、世界は良くなっていくはずだというある種の理想主義を持っていました。ところが、今の若い人は世界が良くなるなどとは思わない、むしろ悪くなるだろうと思っています。もちろん、それほど簡単には言い切れないだろうけど、僕自身はある程度、人は楽観的になろうという姿勢を持たなくてはいけないと思っています。

 --そのためには、まず「孤絶」に耐えなくてはいけない。これが村上作品から伝わってくるメッセージだ。

 いったんどこまでも一人にならないと、他人と心を通わせることが本当にはできないと思う。理想主義は人と人とをつなぐものですが、それに達するには、本当にぎりぎりのところまで一人にならないと難しい。一番の問題は、だんだん状況が悪くなっていくというディストピア(ユートピアの反対)の感覚が、既にコンセンサスになっていることです。僕としては、そういう若い世代に向けても小説を書きたい。僕らが60年代に持っていた理想主義を、新しい形に変換して引き渡していくのも大事な作業です。それはステートメントの言葉ではなかなか伝わりません。軸のない世界に、「仮説の軸」を提供していくのがフィクションの役目だと信じています。 
    --「村上春樹さん:単独インタビュー 『孤絶』超え、理想主義へ」、『毎日新聞』2014年11月03日(月)付。

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日記:一国の首相が根拠に基づかず、一報道機関を誹謗中傷という総底抜け日本。

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「Y君の辞職きまりし朝はあけて葬(はふ)りのごとく集ひゐたりき」

昭和十二年十二月一日(南原繁『歌集 形相』より)


南原繁が歌のなかでY君と呼ぶのは、昭和十二年、筆禍により東京大学より追われた矢内原忠雄のこと。戦前日本の言論抑圧のひとつの事例だ。

こうした雰囲気が最近つよくなりつつある。

先月来、「朝日新聞」一社を狙いうちにする安倍晋三内閣総理大臣の軽挙妄動がその潮流を牽引している。

「事実」なんてどうでもいい。感情的で攻撃的なテンプレートがまかり通るのが現代日本の特徴であり、そのことを危惧する。しかもそのデマを煽動するのが権力者の口という寸法だ。

2014年秋、戦後日本の言論抑圧が始まった。
日本社会の底が抜けようとしている。

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(社説)首相の発言 「捏造」は看過できない
2014年11月1日


 NHKやネットで中継されている国会で、首相が特定の新聞社の報道を取り上げ、「捏造(ねつぞう)」だと決めつける。

 いったいどこの国の話かと思わせる答弁が続いている。

 おとといの朝刊で朝日新聞は、安倍首相と自民党議員との昼食会の模様を報じた。

 その席で、民主党の枝野幹事長の政治資金収支報告書に収入の不記載が見つかったことが話題になった。政治とカネをめぐる野党の追及について、安倍氏がこれで「撃ち方やめ」になればと語ったという内容だ。

 その枝野幹事長が衆院予算委で事実関係をただすと、首相はこう答えた。

 「きょうの朝日新聞ですかね。これは捏造です」

 驚くべき答弁である。なぜなら、毎日、読売、日経、産経の各紙や共同通信も「撃ち方やめ」を首相の発言として同じように伝えていたからだ。枝野氏も、朝日の報道に限って質問したわけではない。

 首相は「私が言ったかどうか問い合わせがないまま、言ってもいない発言が出ているので大変驚いた」と述べた。

 だが、各紙の報道は、昼食会に出席した首相の側近議員による記者団への説明に基づいている。この議員の事実誤認であるなら、そう指摘すればいいではないか。実際、この議員は後に「『撃ち方やめ』は自分の言葉だった」と説明を修正した。

 首相はまた、「朝日新聞は安倍政権を倒すことを社是としているとかつて主筆がしゃべったということだ」とも語った。

 それが朝日新聞だけを名指しした理由なのか。

 権力監視は民主主義国の新聞として当然の姿勢だ。それでも時の政権打倒を「社是」とするなどばかげているし、主筆がしゃべったというのも、それこそ事実誤認の伝聞だろう。

 朝日新聞は慰安婦問題や福島第一原発事故の吉田調書について一部の記事を取り消し、その経緯を検証している最中だ。だが、それと政権に対する報道姿勢とは別の話である。

 メディアを選別し、自身に批判的な新聞に粗雑なレッテルを貼る。好悪の感情むき出しの安倍氏の言動は、すべての国民を代表すべき政治指導者の発言とはとても思えない。

 予算委で安倍氏は、閣僚の不祥事を追及する野党議員に対し、「公共の電波を使ってイメージ操作をするのはおかしい」と反論した。

 では、問いたい。「イメージ操作」をしようとしているのはどちらなのか。
    --「(社説)首相の発言 「捏造」は看過できない」、『朝日新聞』2014年11月01日(土)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11432661.html:title]


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社説:首相の「捏造」発言 冷静さを欠いている
毎日新聞 2014年11月02日

 一国の首相の口からこんな発言が軽々しく飛び出すことに驚く。

 安倍晋三首相が朝日新聞を名指しして、その報道を「捏造(ねつぞう)だ」と国会の場で断じた。だが、捏造とは事実の誤認ではなく、ありもしない事実を、あるかのようにつくり上げることを指す。果たして今回の報道がそれに当たるかどうか、首相は頭を冷やして考え直した方がいい。

 経過はこうだ。首相は先月29日昼、側近議員らと食事した。終了後、出席者の一人が報道陣に対し、首相はその席で政治資金問題に関し「(与野党ともに)『撃ち方やめ』になればいい」と語った、と説明した。これを受け、朝日のみならず毎日、読売、産経、日経など報道各社が、その発言を翌日朝刊で報じた。

 ところが首相は30、31両日の国会答弁で朝日の記事だけを指して「私は言っていない。火がないところに火をおこすのは捏造だ」などと批判し続けた。一方、当初、報道陣に首相発言を説明した出席者はその後、「発言者は私だった。私が『これで撃ち方やめですね』と発言し、首相は『そうだね』と同意しただけだ」と修正した。つまり発端は側近らのミスだったということになる。

 首相は「発言を本人に確かめるのは当然」と言う。その通りである。ただし現在、首相と担当記者との質疑の場は実際には首相側の都合で時折設定されているに過ぎない。首相がそう言うのなら、小泉純一郎首相時代のように1日2度、定期的にインタビューの場を設けてはどうか。

 首相はかねて朝日新聞を「敵」だと見なしているようで、今回の記事も「最初に批判ありきだ」と言いたいようだ。「安倍政権を倒すことを社是としていると、かつて朝日の主筆がしゃべったということだ」とも国会で発言している。だが、朝日側はその事実はないと否定しており、首相がどれだけ裏付けを取って語っているかも不明である。

 あるいは慰安婦報道や東京電力福島第1原発事故の「吉田調書」報道問題で揺れる朝日を、「捏造」との言葉で批判すれば拍手してくれる人が多いと考えているのだろうか。

 いずれにしても今回、報道に至る経過を首相が精査したうえで語っているようには見えない。「私は語っていない」と報道各社に修正を求めれば済む話だったと考える。

 従来、批判に耳を傾けるより、相手を攻撃することに力を注ぎがちな首相だ。特に最近は政治とカネの問題が収束せず、いら立っているようでもある。しかし、ムキになって報道批判をしている首相を見ていると、これで内政、外交のさまざまな課題に対し、冷静な判断ができるだろうかと心配になるほどだ。
    --「社説:首相の「捏造」発言 冷静さを欠いている」、『毎日新聞』2014年11月02日(日)付。

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[http://mainichi.jp/opinion/news/20141102k0000m070111000c.html:title]

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日記:英語のネイティブスピーカーはなぜ白人だけに限定されなければならないのか。


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よく思うのだけど、どこまで白人に対する愛憎まみれた卑屈さを持ち、その鬱憤を返す刀の如き形で、アジア蔑視へと注ぎ込む。人間は相互に平等ではなかったのか(今更だけど。卑屈と蔑視であたかも中庸に位置する如き錯覚として自己を序列化する発想は卒業しなければならないのではないの?

いわゆる、英語のネイティブ教員を見れば判るけれども、画一的に「白人」ばかりでっしゃろ(殆どがメリケンでしょうが。しかし、英語話者は、「欧米」に限定される訳ではない訳でして、南米出身でも、香港でも、インドでも、フィリピンでも、黒人でもありだと思うのだけど、何故かそうならない。

雑に言えば、明治以降の近代化の眼差しをそのまま継承しているのだと思うけど、白人(という先端の西洋〔当時〕)から直接学び、アジアをリードする(=支配する)という歪んだ名誉白人の如き思い上がりが、今の日本をも潜在的に支配しているのだろうと思う。

朝日新聞の土曜版(be on Saturday、2014年11月1日付)に、フィリピンのセブ州マクタン島で、英語ビジネスを展開する元バイク便会社経営者が紹介されていた。「英語が母語でないフィリピン人は教えるツボを心得ていて」だそうな。

テレビ業界を席巻する「世界で輝く日本人」だとか「外国人があこがれる日本」だのというのは、本当にどうでもいいのだけど、例えば英語ひとつにしても、もはやそれはアメリカやイギリスの専有物ではない訳で、多様な「交差」っていうのもありだと思うのですけど、白人がしゃべらないといかんのかの。

例えばですけど、いろんな人種・国籍の英語話者が、英語教育にはいってくる。そのことによって、英語だけでない、その多種多様な背景を学ぶという有り様で、彩り豊かになるはずなんだけど、英語教科書開いても、Johnだのなんだのですからのお。


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覚え書:「発言:『私だけの古典』を見いだそう=紅野謙介・日本大学教授」、『毎日新聞』2014年10月30日(木)付。


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発言:「私だけの古典」を見いだそう=紅野謙介・日本大学教授
毎日新聞 2014年10月30日 東京朝刊

 二度三度とふれるたびに発見がある。それが私にとっての古典だと思う。世評に高い、いわゆる「古典」が必ずしもすべてのひとの古典になるわけではない。だからひとりひとりにとって古典となる文学や映画などがある。

 その人なりにどのような古典を持っているか。読み返し、見返すたびに、どのような発見を伴ったか。道徳教育を強化するよりも、まずそうした自分の古典を見つけること、そしてなぜそれが自分にとって古典になるのかを考えることが「教養」の一歩になるのだと思う。

 15年くらい前のことになるが、教えていた学生のひとりが国会議事堂の地下にある書店に取材にいった。国会内に本屋さんがあるというのも初めてそのとき知った。そのときのご主人の話では、国会議員やその秘書が主な顧客だという。

 ところが、以前の議員たちはふだんからたくさん本を買っていたが、最近はさっぱり。何か論議となっている法案が出ると、関連本が売れる。しかし、それでいいのかという話になったという。面白い話でちょっと記憶に残った。

 それから十数年である。アマゾンのようなネット販売が盛んになった現在、もっと本の売れ行きも落ちたことだろう。しかし、政治家ひとりひとりがどのような本、どのような映画にひかれ、何をもって自分の古典としているのか、今むしろ知りたいと思う。政策通のひと、政局に力を発揮するひと、選挙区へのサービスに怠りないひと、さまざまだろうが、どのような本や映画、音楽に心を寄せるのだろうか。

 人物の奥行きはそれで分かるところがある。司馬遼太郎とすぐ答えが返ってきて、「坂の上の雲」だというのなら、そのひとがほんとうに司馬のことを好きなのではなく、まわりに合わせているだけだと疑いたくなる。ふだん本を読んでおらず、マスメディアが取り上げるものだけを読んでいるひとではないか。そんな見当をつけてしまう。「坂の上の雲」のどこが好きなのか、つづけて尋ねたら真偽が分かる。

 政治家は忙しい。そんなことは分かっている。だからこそ本を読み、映画を見てほしい。多忙を言い訳にしているひとは、目の前のことに応接するだけで手いっぱいなのだろう。しかし、この国のかたち、社会のありようを探るのに、そんな忙しさでは思索もできない。余裕を失ったひとたちが作る将来に、ゆとりある社会があるはずもないと思う。

 もちろん、これは政治家だけのことではない。この本屋さんの嘆きは日本中の本屋さんの嘆きでもある。べつに万葉集や源氏物語、トルストイや夏目漱石が古典なのではない。大事なことは、私だけの古典を見いだすことができているかどうかである。それは自分のなかにあるさまざまな声、声と気づかれないかすかなささやきに耳を傾けることにつながっている。私たちは自分が何者であるか、あらかじめ分かっているわけではない。ものにふれ、言葉に接して分かるようになる。古典を見つけることはその導きの糸である。

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 ■人物略歴

 ◇こうの・けんすけ

 幅広い視野で日本の近代文学を研究。著書に「書物の近代」「検閲と文学」など。
    --「発言:『私だけの古典』を見いだそう=紅野謙介・日本大学教授」、『毎日新聞』2014年10月30日(木)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20141030ddm004070014000c.html:title]


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書評:仲正昌樹『マックス・ウェーバーを読む』講談社現代新書、2014年。

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仲正昌樹『マックス・ウェーバーを読む』講談社現代新書、読了。「知識人や学者の知的権威自体が決定的に凋落し、『教養』という言葉が空洞化している今日にあっては、そうしたウェーバーの魅力はなかなか伝わりにくくなっている」。本書は主要著作を参照しながら「古典を読む」魅力伝えるウェーバー入門。

著書が注目するのは、「自らの立脚点を常に批判的に検証し、『客観性』を追求し続けることを、学者の使命」と考えたウェーバー。「理論」と「実践」の間の緊張感を保とうと苦心し続けることは「一段高い」ところから見渡すことと同義ではない。

本書が取り上げるのは、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(宗教社会学)、『職業としての学問』『官僚制』(ウェーバーの政治観)、『客観性論文』(社会科学の方法論)、『職業としての学問』(ウェーバーの学問観)。

古典を読むことでウェーバーの魅力へ誘う本書は「入門書」でありながら同時に「古典」や「教養」の重要さについて再考する骨太な試みとなっている。高等教育における学問全体がインスタント化する現在、初学者にも専門家にも紐解いてもらいたい一冊。

「『学問』は悪魔が生み出した業かもしれないが、価値の機軸がない混沌の時代にあって、悪魔や神々の属性を知るために利用できる確かな武器である。それが、ウェーバーが最終的に見出した、『学問』の存在意義である」。この強かさ継承したい。

ひさしぶりに、こういう時代だからこそ、「古典」を読まなければならないなあ、と実感。古典を読んで「そのアクチュアリティがどうの云々」ではなく、ウェーバーの価値自由ではありませんが、真摯に自己に立ち返ること促してくれるのが「古典」との「出会い」だなあ、と……ね。
 


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覚え書:「Listening:日本は戦後70年をどう迎えるべきか=エズラ・ボーゲル、大沼保昭」『毎日新聞』2014年10月27日(月)付。


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Listening:<戦後70年>日本は戦後70年をどう迎えるべきか(その1)
2014年10月27日

(写真キャプション)米ハーバード大学名誉教授のエズラ・ボーゲルさん=米マサチューセッツ州ケンブリッジで2014年10月15日、形上将夫氏撮影

 戦後70年とは、戦争を知る人が少数となり、戦後という時代の成り立ちへの理解がよりあいまいとなる中で迎えるのが大きな特徴である。では、この70年をどう問い直すのか。米国を代表する社会学者であるエズラ・ボーゲル米ハーバード大名誉教授と、慰安婦など過去の責任を問い続けてきた大沼保昭・明治大特任教授に語ってもらった。

 ◇隣人の心情、理解を 右傾化や挑発、禁物--米ハーバード大名誉教授、エズラ・ボーゲル氏

 --戦後70年の国際情勢をどうみますか。

 大きな変化がみられるのは中国と韓国だ。特に最近の10年間は中国と韓国が自信をつけた。経済力、技術力に加え存在感もある。中国や韓国は最近までお金も技術も日本に頼ってきた。今は自信満々で日本にお辞儀する必要はないと思っている。昔は日本をけしからんと思っても言えなかったが、今は言えるようになった。日本にはその反発があって、愛国主義が高まっている。第二次世界大戦後の世界秩序を守ってきた米国は力が足りなくなった。環境問題やテロリズム、地域紛争を解決し、経済成長や開発を進めるには世界の協力が必要だ。

 --中国や韓国の自信が東アジア情勢に影響を与えていると。

 オバマ米大統領が中国の習近平国家主席と話す時間は、日本の安倍晋三首相よりも長いと言われるほどだ。国連事務総長は韓国の潘基文(バンキムン)氏だ。ただ、米国の力になってくれるのは同盟国の日本だろう。東アジア諸国は日本が全世界の問題に協力してもらいたいと考えている。だから安倍首相が国際貢献を強くしたいというのはいいことだと思う。

 --中国の世界戦略をどう読みますか。

 中国人自身も戦略ははっきりしていないと思う。だから全世界の人が心配している。愛国主義とか外国に尊敬されたいという気持ちが強く、今は世界で非常に成功している国だと考えている。そして中国と米国が世界で一番偉いと思うようになった。それが、中国が求める米国との「大国関係」だ。日本を含めて欧州や他の国は、米国と中国の下にあるんだぞという気持ちだと思う。

 --「チャイナ・アズ・ナンバーワン」ですか。

 経済力としての「世界一」はいずれ間違いない。世界で経済規模が第2位となった中国の協力がないとあらゆる全世界の問題を解決できなくなった。だから、米国は中国と話し合う時間が多くなった。問題は中国がどこまで協力するのかだ。技術力や軍備は米国が上だし、世界への影響力も米国だ。東シナ海や南シナ海を実際にどうしたいのかはわからない。個人的に思うのは、中国はかなり実務的だ。本当にほしいと強く思わなければそのままにしておく。実際の力関係で決めると思う。

 --日中、日韓関係がよくないのは、日本の右傾化が一因との見方もありますが。

 日本は少しそうなって(右傾化して)いると思う。愛国主義は誰にでもあるが、悪い面が大げさに出るのはよくない。安倍首相だけでなく日本人はもっと自信を持ちたいという気持ちがあるのだと思う。ただ、安倍首相がまた靖国神社に参拝すると困る。米国には「失望」以上のことを思っている人もいる。中国や韓国を挑発しないことはとても重要だ。

 --日本と中国・韓国の間で、戦後のドイツと英仏のような和解はできませんか。

 大戦後の欧州ではすぐに仏独が鉄を作るために協力した。経済を通じて戦後のことを話し合えた。しかし、アジアには冷戦構造が残り、中国の共産党とはほとんど関係がなかった。韓国は軍政で日本とは平等に話せなかった。だから、第二次大戦の問題を解決できなかった。日中が密接な関係になるのはニクソン米大統領が訪中した1972年から、日韓は日韓基本条約の65年からだ。

 関係改善には、日本人が相手の気持ちをわかる努力をすることが必要だ。今は十分にわかっていない。例えば南京事件で30万人を殺したわけじゃないんだと日本人は話す。それは事実だろう。しかし、中国人と話せば絶対に通じない。悪いことはしていないと聞こえる。相手の考え方と問題意識を理解する教育が大事だと思う。

 慰安婦が何万人だったというのはいろんな見方がありうる。しかし、人数がどのぐらいだったとか、南京事件は大げさだというのではなく、日本が悪いことをしたと世界に説明すれば中国や韓国は納得すると思う。

 --保守派の政治家には中国や韓国にはずっと謝罪してきたのになぜ理解されないのかという思いがある。

 それは日本人の見方だ。歴代首相は謝ってきたと。でも、中国や韓国には指導者の謝罪だけではなく、国民の気持ちが大事だという思いがある。普通の日本人に「南京事件は本当にひどかった」と思ってもらうことを求めている。ただ、日本が軍国主義になるのかどうかについて中国は日本を理解していない。安倍首相は軍国主義の政策を支持しないと思う。だから靖国参拝のときの中国や韓国の反応は少し過剰だと思う。

 --日米、日米中関係はどうあるべきだと思いますか。

 集団的自衛権の行使容認などは、世界秩序を考えているワシントンの人たちは評価している。日本に不測の事態があれば米国は助けるから、世界の問題に日本は協力すべきだというのが彼らの意識だ。米中は安定した合理的な関係をつくればいいと思う。経済での競争には秩序がある。お互いに友達ほど仲は良くないが、競争しつつ安定した関係を築くべきだと思う。

 --「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の35年前と比べて日本の現状をどうみますか。

 日本の戦後は、占領軍が去った52年のサンフランシスコ講和条約発効から政治・経済の構造が決まる55年までの3年間が非常に大事だった。この間に日本人は自分たちの進む道を決めた。まず平和を守りたいと決意した。(保守対革新の2大政党による)政治だけでなく、(復興時の)経団連の役割は大きく、労働問題を春闘で決めていく構造ができあがった。「55年体制」は非常に重要だ。

 現在は、世界の問題を解決するための協力も必要だろう。日本は90年代以降、毎年のように首相が交代し、長期的なビジョンを考えてこなかった。中国の場合は社会科学院があり、世界の問題を研究している。日本も研究所はあるが、米国や中国と比べて限定的だ。シンクタンクをもう少しつくって全世界の課題を研究するといい。

 --戦後70年で日本は世界に何を発信すべきでしょう。

 日本のイメージは世界でとてもいい。大体の国が日本を好きだし、平和的だという。日本は戦後に歩んだ道を大事にすべきだ。第二次大戦で日本は悪いことをしたが、戦後は平和の道を歩いてきたという話をすべきだと思う。東アジアの安定には、日中、日韓関係は非常に重要だ。日本が中国や韓国のことをよく勉強すれば、日本と米国の見方はそう違うことにはならないし、中国、韓国、米国との関係はよくなると思う。【聞き手・ワシントン及川正也】

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 ■人物略歴

 ◇Ezra Vogel

 1930年生まれ。日本、中国研究の権威。93年から約2年間、米国家情報会議情報官。著書に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」「現代中国の父トウ小平」。
    --「Listening:<戦後70年>日本は戦後70年をどう迎えるべきか(その1)」、『毎日新聞』2014年10月27日(月)付。

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[http://mainichi.jp/journalism/listening/news/20141027org00m040004000c.html:title]

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Listening:日本は戦後70年をどう迎えるべきか(その2止)
2014年10月27日

(写真キャプション)東大名誉教授の大沼保昭さん=東京都杉並区で2014年10月16日、山本晋撮影

 ◇戦後に誇りを持て 対峙の発想は危険--明治大特任教授・大沼保昭氏

 --戦後70年をどう捉えますか。

 資本主義が地球規模に広まり、史上類を見ない繁栄がもたらされた時代。他方、繁栄の中心と周辺の極端な格差も生み出した。主役はむろん米国だが、その国内総生産(GDP)世界シェアは、1945年の約40%から2014年の22%(国際通貨基金推計)と半分近くに落ちている。

 他方、歴史上ほとんどの時代に超大国だった中国が、19世紀から1世紀半の「眠れる獅子」の状態から覚醒してきた。現在、世界第2の経済大国で、10年後には米国も抜いて世界一の経済超大国となる可能性がある。戦後70年から80年の10年は、欧米中心の世界から中印を含む多極・多文明世界への転換期という世界史的意味を持つかもしれない。

 --戦後国際秩序は「サンフランシスコ体制」が支えました。

 戦後の国際秩序はヤルタ=サンフランシスコ体制と呼ぶべきでしょうが、確かにサンフランシスコ講和条約によって日本は西側先進国中心の「国際社会」に復帰することができた。ただ、日本との戦争の最大の当事者だった中国、さらにソ連、韓国、北朝鮮が不参加で、日本の戦争と植民地支配にかかわる問題は今日まで実際上「未決」の問題として残されている。

 --日本の戦後70年をどう位置づけますか。

 奇跡的な経済発展と平和の時代。45年には100ドル以下といわれる日本の1人当たりGDPは今日、(貨幣価値の差はあるが)約3万ドル。戦後日本は貧富の格差の小さい確たる中間層を作り出すことに成功した。日本の自民党政権と社会党の組み合わせがもたらした所得の再配分、社会・教育・防衛政策は、諸外国から称賛される平和で豊かで安全な社会をつくり出した。だが、21世紀には格差が広がり、社会的統合が崩れてきている。このまま中間層がやせ細る一方でよいのか、危機感を抱かざるを得ない。

 戦後日本が奇跡的な経済復興を実現できたのは、信じがたいほど寛大な講和、国交回復に恵まれてきたからでもある。連合国は日本に対する戦争賠償を基本的に放棄し、日本の侵略戦争で膨大な人的・物的損害を受けた中国も賠償を放棄した。ところが多くの日本国民はそれを意識していない。一部の論者は、逆に占領政策や憲法、東京裁判を非難し、戦後日本のあり方を、敗戦国として不当に抑え付けられた、打破すべき体制と捉えている。史上類を見ないほど寛大な講和を享受しながら、それに基づく戦後体制を否定しても、諸外国、国際社会の理解を得ることはできない。

 --中国とは歴史認識などで対立が続いています。

 72年の日中の国交正常化に際して、日本の側には、中国はよくぞ賠償を放棄してくれたという思いがあった。だからこそ、日本の指導者たちは中国に巨額の経済協力を行った。しかし、今日この理解が共有されていない。そのため、「日本があれだけ経済協力をしたのに、なぜ中国は感謝の言葉がなく、日本の戦争責任を言い募るのか」という議論が出てくる。

 他方、中国の指導層も「自力更生」を掲げて、日本からの莫大(ばくだい)な経済協力を中国国民に伝えてこなかった。そのため、中国国民からは「日本はあれだけひどい戦争をやっておきながら、全く反省していない」という声が起こってくる。

 戦後70年の機会に、日本国民は第二次大戦で日本が諸外国に与えた膨大な損害の賠償を基本的に払わずに済んだことがどれだけ日本を救ってくれたか、よく考えるべきです。

 最初に述べた世界史の観点から見ると、21世紀に米国をもしのぐ超大国として復活しつつある中国と「対峙(たいじ)する」という発想は日本にとって極めて危険だし、得にならない。

 19世紀までの日本は、中国から文化的・文明的な影響を受け、法制度も学んできた。19世紀に清朝が衰え、日本が一足早く近代化を成し遂げると、今度は中国が日本の学問、教育、科学技術などを学ぶようになった。日本はこうした形で中国の近代化に貢献してきたし、これからも優れた科学技術、デザイン、礼儀正しい市民生活のルールなど、中国が習得していかなければならないソフトパワーの面で大いに貢献していけるはずだ。

 --慰安婦問題の解決も課題です。

 93年に細川護熙首相が、日本の戦争が侵略戦争だったことを総理として初めて認めた。95年の村山富市政権下で慰安婦問題解決のための「アジア女性基金」が作られ、私も呼び掛け人・理事として12年間働いた。当時は日本側に反省の機運が生まれ、教科書検定制度の改善や女性基金による償いなど、営々と努力を重ねた。

 ところが中国と韓国はこれを評価せず、日本にひたすら謝罪を求めた。これが日本国民の反発を招き、日本の「右傾化」の基盤を作ってしまった。中国・韓国の指導者やメディア関係者は、この点を深く反省してほしい。

 他方、日本国民も口汚い「嫌韓嫌中」に日本の未来がないことは十分わかっているはず。双方が冷静さを取り戻すことが何よりも大事だ。

 --日本が今後、取るべき道は。

 短期的には、戦前の日本と戦後日本とを切り分けることを政府が明確に示すこと。安倍晋三首相が歴史に名を残したいのであれば、戦前の日本でなく、戦後日本の達成(豊かで平和で安全な社会、途上国への莫大な経済・技術協力等々)にこそ日本国民の誇りを見いだすべきでしょう。

 長期の世界史的観点からは、欧米中心の20世紀世界から多極・多文明の21世紀世界に変わっていく中での日本の立ち位置という問題がある。日本は、侵略戦争、植民地支配という負の側面も持ちながら、おおむね非欧米諸国の「優等生」として近代を生きてきた。しかし日本も人種差別に苦しんだし、今日でも捕鯨や慰安婦問題に関わる欧米の報道には偏見が残っている。

 「中国の夢」を掲げて欧米中心の国際社会のあり方を変えようという中国の政策は、アヘン戦争以来の強烈な被害者意識をバネにして「中華」の復活を図る、危険な路線ではある。だがそこには、近現代に周辺化され、差別されてきた非欧米諸民族の「共通の夢」という側面もある。

 かつて日本は、「大東亜共栄」というイデオロギーを掲げて欧米中心の国際秩序に挑戦し、逆にアジアの諸民族に膨大な被害を与え、自らも亡国の縁に立ったが、戦後賢明な平和・経済政策で見事に復活することができた。私たちは、その経験を基に、非欧米世界で最も成熟した先進国として、中国にも欧米にも、その他の国にも、語るべき多くのものを持っている。戦後70年は、日本国民がそうした自覚と誇りを育む年であってほしい。【聞き手・丸山進】

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 ■人物略歴

 ◇おおぬま・やすあき

 1946年生まれ。国際法専攻。東京大教授を経て2009年から現職。著書に「『慰安婦』問題とは何だったのか」「戦後責任」「国際法」。
    --「Listening:日本は戦後70年をどう迎えるべきか(その2止)」『毎日新聞』2014年10月27日(月)付。

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[http://mainichi.jp/journalism/listening/news/20141027org00m010005000c.html:title]


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書評:石光勝『生誕101年 「カミュ」に学ぶ本当の正義』新潮社、2014年。


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石光勝『生誕101年 「カミュ」に学ぶ本当の正義』新潮社、読了。カミュの探求を「正義」と捉え、その生涯と思索を、15本の「映画」で辿る異色のカミュ伝。仕掛けの多い構成ながら抜群に「読ませる」一冊だ。著者は若き日、カミュに傾倒したテレビマン。「テレビは現在の証人、映画は時代の証人」。

「不条理の男、チョリソー」「チョリソーはソーセージでしょ。ムルソー」から始まる冒頭の「カミュなんて知らない」から「ジャッカルの日」までーー。自由と中庸に正義を探求した行動の人・カミュの本質を本書は判りやすく伝える。

カミュは正義を思索と実践の往復関係のなかで探求した。絶対的価値を認めなかった態度は、サルトルとの論争の通り「手ぬるさ」がぬぐえない。しかし神を含めて「絶対」の定位が不可能な現在、修復的正義への探求の苦悩は現代の胸を打つ。

「輝かしく偉大なる時代の証人である有名なトリオ、サルトルとボーヴォワールとカミュのうち、後世に残るのに最もふさわしいのは最後の者かもしれない」。ピエール・ド・ボワデッフル『カミュとその運命』。

著者は終章でボワデッフルの言葉を引き「矛盾と懊悩のなかで、誰よりも真摯に、勇気をもって“近似”と“中庸”の“正義”を求め続けたカミュの、時代を超えた現在性を示唆する言葉です」と締めくくる。本書は今読まれるべき正義論。

 

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覚え書:「『昭和天皇実録』を読み解く 専門家の目:下 欧州外遊、キリスト教に興味」、『朝日新聞』2014年10月28日(火)付。

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「昭和天皇実録」を読み解く 専門家の目:下 欧州外遊、キリスト教に興味
2014年10月28日

 ■始祖は天照大神、自ら宮中祭祀

 伊勢神宮の祭神でもある天照大神(あまてらすおおみかみ)を始祖とし、自らも宮中祭祀(さいし)を行ってきた天皇。その天皇が神道以外の宗教に急接近した時期があった。「昭和天皇実録」から、その事情を読み解く。

 実録を読んだ原武史・明治学院大教授(日本政治思想史)は、天皇とキリスト教関係者との面会の多さに驚いた。「占領期だけで50回以上会っている。この数は普通じゃない」

 天皇がキリスト教に興味を持ったきっかけとして原教授が注目するのは、1921(大正10)年の欧州外遊だ。実録の同年7月15日には、ローマ法王ベネディクト15世との面会の様子が記されている。法王は、19(大正8)年の朝鮮独立運動にカトリック教徒が関わっていなかったことに触れ、こう話したとある。「カトリック教会は世界の平和維持・秩序保持のため各般の過激思想に対し奮闘しつつある最大の有力団体であり、将来日本帝国とカトリック教会と提携して進むこともたびたびあるべし」

 原教授は「この時、天皇はカトリックが国体を脅かす存在ではなく、むしろ過激思想に反対する宗教だと確信したのではないか」と見る。

 日米開戦直前の41(昭和16)年11月2日には、東条英機首相に「ローマ法王を通じた時局収拾の検討」を提案している。「天皇は終戦を模索する中でも、法王の仲介を想定していた。それが42(昭和17)年2月14日の『ローマ法王庁への外交使節派遣等につき御下問』という記述に表れている」

 ■仏人神父に会う

 天皇は戦後もキリスト教に関心を抱き続ける。46(昭和21)年4月30日には、田中耕太郎・東京帝大教授から講義を受け、カトリックが布教に格別熱心な理由を尋ねた。46年以降はフランス人神父のフロジャック、ドイツ人修道女の聖園(みその)テレジアに会ったとの記述が目立つ。さらに48(昭和23)年以降は、女性牧師の植村環(たまき)が皇后に聖書の講義をするため参内した際、何度も同席している。

 こうしたキリスト教への傾倒はどこから来ているのか。「根底には神道への悔悟があった」というのが、原教授の見方だ。

 45(昭和20)年7月30日から8月2日に天皇は大分県の宇佐神宮、福岡県の香椎宮などに勅使を派遣した。その狙いを実録は「由々しき戦局を御奉告になり、敵国の撃破と神州の禍患の祓除(ふつじょ)を祈念」と記す。「天皇の勅使が九州の香椎宮に敵国撃破を祈念した1週間後、同じ九州の長崎に原爆が落ちた。天皇はそれに運命的なものを感じ、後悔もしていたのではないか」と原教授は言う。

 天皇は46年に九州のカトリックの状況について報告を受けたほか、49(昭和24)年の巡幸の際には、長崎県や大分県のカトリック施設で滞在時間を延長したり、外から見る予定だった聖堂の中まで入り込んだりするなど、カトリック教徒たちを気にかけていた様子がうかがえる。

 ■改宗も考えた?

 一方で「外交面」の思惑もあったようだ。原教授は「天皇は皇太子の家庭教師としてクエーカー教徒のバイニング夫人を呼ぶなど米国経由のキリスト教を取り込みつつ、他のチャンネルも確保しようとしていた」と話す。それがカトリックへの接触という形で表れていると見る。

 「退位を封じられた天皇は、カトリックへの改宗すら考えていたと思う。戦勝を祈った神道を捨て去ることで深い反省の念を示して自らの戦争責任に決着をつけ、同時にローマの法王庁に中心を持つカトリックに身を委ねることを通して、占領軍である米国とも一線を画そうとしていたのではないだろうか」

 (編集委員・宮代栄一)
    --「『昭和天皇実録』を読み解く 専門家の目:下 欧州外遊、キリスト教に興味」、『朝日新聞』2014年10月28日(火)付。

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