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覚え書:「2014衆院選:高齢者医療に足りぬもの 佐藤伸彦さん」、『朝日新聞』2014年11月28日(金)付。

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2014衆院選:高齢者医療に足りぬもの 佐藤伸彦さん
2014年11月28日

 たとえどんなに平凡でも、生きるとは1冊の本を編むようなもの。その最終章をどのように迎えるかに関心が高まるなか、富山県砺波(となみ)市の医師・佐藤伸彦さんは、病院でも在宅でもない終末期の場を試みている。これまでの医療に欠けていた視点とは何か。高齢化で「多死時代」を迎え、医療界は、そして国は何をすべきなのだろう。

 《日当たりの良い9畳の洋間に、80代の女性が眠っている。話しかけても額に触れても反応はない。

 チューリップの球根の生産で知られる人口約5万の砺波市。その中心部に、平屋建てに15の個室を備えた「ものがたりの郷(さと)」がある。入居しているのは重い病や老衰の高齢者。ここで人生最後の時を過ごす。

 佐藤さんが理事長を務める医療法人社団「ナラティブホーム」はそこに隣接している。医療・看護・介護のスタッフがものがたりの郷を訪問し、息を引き取るまでかかわる。》

 

 ――ものがたりの郷というのは病棟ですか。

 「いいえ。構想したのは私ですが、制度上は家賃月5万円の単なる賃貸住宅です。所有者も別。私は、病院は不動産で稼いではいけないという考えですから。『がんに限らないホスピス』だと思ってください」

 ――と、言いますと?

 「一般のホスピスは主にがんで治癒が難しくなった人が対象です。しかし、ここはもっと広く、どんな疾患の方の終末期も支援します。特に想定しているのは、医療システムからはじき出された高齢者です。病院で治療の手立てがなく退院を促された人、高度医療が必要で介護施設に入れない人、脳梗塞(こうそく)などで寝たきりだけど在宅では難しい人……。そうした方たちが安心して最期を迎えられる場がないことが問題なのです」

 「いま、国は在宅医療を促そうとしています。ただ、在宅の良さばかり強調すると、24時間ずっと一緒の家族は疲弊しますよ。ギブアップとなったら別の可能性を示してあげなければ。終末期の生活の質を決めるのは選択肢の多さだと思います。そこで、在宅でも病院でもない第三のあり方を提唱したわけです。個室だから家族が寝泊まりすることもできる。プライバシーが守られた『自宅』と同じです。そこへ訪問し、医療・看護・介護を提供する。在宅医療の一つのバリエーションです」

 

 《看護師や介護士らは、ものがたりの郷で暮らす一人ひとりの「ナラティブ(物語)ノート」をつくる。交わした言葉を書きとめ、もう話ができない人については日々の様子を記したり写真を貼ったりしている。

 ある女性の家族はミュージシャンで、演奏会を開くので聴かせたいという。その希望を受けて、何人ものスタッフが会場まで付き添った。家族はノートに「目はあけていなかったけれど、ちゃんと聞いてくれていたと思います」と記した。》

 

 「私たちは『みとる』という言葉を使いません。たかが何カ月間、支援をさせていただくだけで、みとるなんて言うのはおこがましい。あくまで本人とご家族が中心です。私たちは最後の最後までその人の生活を支え、生き切ることを援助するのが仕事です。スタッフには、さりげない第三者であれと伝えています」

 「とはいえ、ノート一つにしてもただ聞き書きをすればいいというものではありません。『人生という物語』といっても、人間ってそんなにきれいごとばかりじゃない。もっとしたたかに生きているし、光もあれば影もある。だから向き合う時は自分の姿勢や価値観、人生そのものが問われます。私は一人の人間として『それはわがままじゃないの』などと自分の意見を言うこともあります。真剣勝負です。これはもう、医療から越境したところの話です」

 ――現代医療へのアンチテーゼですか。

 「いや、医療はもちろん大事だし、私自身も最先端の医療を施したい。異議申し立てというより、いまの医療では見えていないものを加えたいということです。現代医療は生命体としての『命』ばかりを見てきた。かといって、物語を重視し過ぎると『90歳だからもう十分生きたよね』といった、安易な『みなし末期』に陥りかねません。科学的理解と物語的理解は両極にありますが、二項対立ではいけない。医療者は治療対象の『命』についてきちんと話し、家族は一人ひとりの人生の物語としての『いのち』を語る。そうやって語りが循環するなかでバランスを取り、『それなりにいい人生だったね』と腑(ふ)に落ちるところを探そう、と言いたいのです」

 ――以前、市立病院の部長まで務めましたね。なぜ辞めてまで?

 「寝たきりの人が多い療養型病院に勤めていた時、私は患者100人の主治医でした。看護師が患者さんの名を挙げて『熱が出ています』と言っても、誰のことか分からなかった。同じ入院服を着ていて、みんな同じに見えた時期もあります。病院では患者さんの『個』が消えてしまう。まして、どのような人生を送ってこられたかなんて分からない」

 「寝たきりで語ることのない人の尊さはどこにあるのだろう、と考えるようになりました。そうした方たちを前にした時に、本来の医療のあり方が抜け落ちていると感じたのです。人間として何をなすべきかが見えていないというか……。これは医療に限らず、政治だってそうでしょう? プロフェッショナルであることの大もとには『人としての生き方』があるはずですが、そこが抜け落ちている感じがします」

 ――そこまで高齢者問題と「死」に関心を持つのはなぜですか。

 「私は小学3年生の時に父を亡くしました。医者になって、今度は母も亡くなりました。その影響があるんでしょうねえ。いまも困ったことがあったら『おやじなら、どうするよ』みたいな会話をします。それと同じようなことを、寝たきりの方のご家族もしているわけですよ。肉体が目の前にあるかどうかが違うだけで、返事がなくても会話している。『そこにいるだけでいい』という尊さは、ご家族の関係性の中にこそあります。私たちは、そこをきちんと見てさしあげないといけません」

 

 《佐藤さんは「ナラティブホーム」から車で約10分の診療所でも診察している。受診に来た高齢の女性が「あたしね、道楽で日本人形をつくっとんよ」と語り出す。佐藤さんはうなずきながら、笑みを返す。砺波市は65歳以上が27%で、全国平均を上回る。佐藤さんが在宅で診ている人は常時200人。週に1人のペースで亡くなっていく。》

 

 「大体は慢性疾患です。ゆっくり話を聞いて、これからどうしたいのか相談に乗る。地域に根ざしたゲートキーパー役だと思っています。ここから介護や福祉につないだり、総合病院を紹介したりする。あるいは私が訪問医療をする。そうした地域医療があっての、ものがたりの郷。ふだんの関係性が大事です」

 ――国の施策をどう見ますか。

 「高齢者や終末期の問題は、医療者だけが頑張ってもだめなんですよ。厚生労働省だけじゃなく、地方創生の関係省庁も一緒になって地域の町づくりとして取り組む必要がある。いまは年間126万人の死亡者数が、2040年には推計約170万人になります。病院で亡くなる方が8割を占める現状のままでは、一般病床の不足は深刻化します。数十万人の『亡くなる場所』が見つからなくなるとも言われます。高齢者が『こんな良い地域で最期まで暮らし、家で死にたい』と思える社会を本気でつくらないといけません」

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 さとうのぶひこ 新たな終末期医療を唱える医師 1958年生まれ。市立砺波総合病院などを経て、2010年から現職。「ものがたり診療所」所長。来年2月に「ナラティブホームの物語」刊行予定。

 

 ■取材を終えて

 6年前。私の父親に治療の施しようがなくなったとき、入院先の主治医は目に涙を浮かべながら「延命治療は?」と尋ねた。それを見て、温かい最期が迎えられると確信した。

 佐藤さんが語っているのも、実は「どこで」というより「どのような関係性の中で」最期を迎えるか。家族や医療者が自然に優しくなれる仕組みの話なのだと思う。全国から視察が絶えないのには理由がある。(聞き手・磯村健太郎)

 

 ◆キーワード

 <在宅医療と在宅死> 医療関係者が自宅で暮らし続ける人を支えるのが在宅医療で、厚生労働省は整備を進めている。入院期間をできるだけ短くし、医療費抑制を図る側面もある。

 自宅で最期を迎える人は1960年ごろまで70%以上いた。しかし、その数は76年に医療機関と逆転し、昨年には約13%。一方、08年の厚労省の調査によると、最期までなるべく自宅で過ごしたいと望む人は「必要になれば医療機関などを利用」を含め63%だった。
    --「2014衆院選:高齢者医療に足りぬもの 佐藤伸彦さん」、『朝日新聞』2014年11月28日(金)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11478694.html:title]

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