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覚え書:「2014衆院選:税に思想はあるか 諸富徹さん」、『朝日新聞』2014年11月29日(土)付。


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2014衆院選:税に思想はあるか 諸富徹さん
2014年11月29日

 来年10月に予定していた消費税10%への引き上げが延期された。与野党とも増税回避そのものに異論は少ない。だが「持続可能な社会保障制度の再構築」のための財源確保を先送りして、この国に未来はあるか。少子高齢化、グローバル経済――。転換期の日本にとって、あるべき税制とは何か。世界の税の歴史に詳しい諸富徹さんに聞いた。

 ――安倍晋三首相の消費増税延期の決断をどう見ますか。理があるのでしょうか。

 「増税にあたって、景気のタイミングを計ること自体は理解できなくはありません。でも、それを計るにも限界がありますね。当初予定の1年半後に、本当に景気がよくなっているのでしょうか。税制は、目先の景気だけでなく、日本という国のあり方をどうしていくかで決まってくるものです。短期的な経済情勢だけで判断していけば、結局、いつまでたっても上げられなくなります」

 「まして安倍さんは(景気が悪ければ増税をやめることができる)景気条項を外すと言いつつ、『リーマン・ショックのような世界的な経済緊縮、天変地異では(再延期する)法律を出すことになる』と発言しています。かえって不信を呼びます」

    ■     ■

 ――税制の基本は、安定した経済社会の実現にあると思いますが、現実はアベノミクスの成功のほうに優先順位を置いているのでは。

 「安倍さんの論理からすると、財政は結局、成長の上がりで成り立っているということでしょう。国民経済が上げた利潤や所得の中からその一部を頂くのが税金であって、余剰を生み出す基盤をつくり出さないといけないという考え方です」

 「その大前提としては、安倍さんの成長戦略が余剰を生み出す正しいものでなくてはなりません。アベノミクスの現実はどうでしょう。消費税引き上げ前の駆け込み需要や、株価上昇はありましたが、地方を見渡せば、国内全体に恩恵が行き渡っているとは言えません。アベノミクスの成果を冷静に見つめる反省期に入っているのではないかと思います」

 ――それでも、消費税を上げず、法人税を下げれば、経済にプラスではありませんか。

 「20世紀とは経済構造が大きく変化したことを認識すべきです。人口減少社会では、高度成長期のような高い国内総生産(GDP)の伸び率は見込めません。日本経済の潜在成長率を、財政や金融緩和でかさ上げできても、それは一時的です。経済構造が変わったのに、旧態依然の景気刺激策を取っている。効果が表れるにしても、四半期からせいぜい半年ぐらい。すぐに効果が切れ、現実の姿が副作用を伴って表れてくる」

 ――財政再建のために増税を求められても、国民には「公共事業などで大盤振る舞いした結果だろう」という反発が根強くあります。

 「経済のグローバル化によって、お金は容易に国境を越えてしまいます。国家が個人の所得や企業の利益に税財源を求めていくことは、ますます難しくなります。その結果、国家という閉じられた空間で課税できる消費税などの間接税に、比重を移さざるを得ない。それが、いまの先進各国の潮流です」

 「しかし、国民が等しく負担する消費税には、貧しい人ほど負担の度合いが高まるという逆進性の問題がある。票を持っているたくさんの普通の人に、負担をお願いしなければいけない時代になってきたのです」

 「一方、歳出で最も大きいのは社会保障費で、その比率はさらに高まっていきます。そこで忘れてはならないのは、払ったお金の大きな部分が国民自身に戻ってくる構造が強まるということです。私が強調したいのは、消費税は単に分配や救済の財源ではなく、人に対して投資をしていく元手だということです。社会保障と聞けば、お金は使い尽くされてしまう、というのが多くの人の認識でしょう。けれども、病に倒れた人がきちんと手術を受け、能力も意欲もまだある人が命を失わずに済み、社会に復帰して働けるというのは、大切なことです。消えてしまうお金ではありません」

    ■     ■

 「社会保障以外でもそうです。幼児教育から成人の職業訓練まで、人への投資は日本の生産性を高めます。これからの経済成長は、製造業の生産拠点としての整備ではなく、いかに質の高いサービスを生み出す人を育てられるかにかかっているからです。人的資本が鍵です。人に投資せずに、経済成長はあり得ない。人への投資を重視する社会的投資国家への転換をめざすべきです。消費税の3党合意をいとも簡単に壊してしまった罪深さは、人への投資が不可避なのに、その財源の確保を棚上げしたということです。これこそ成長戦略に最も反しているのです」

 ――民主党政権が唱えた「コンクリートから人へ」のスローガンも、どこかに行ってしまいました。

 「まさに公共事業への投資ではもう成長しないから、人への投資に切り替え、日本経済の構造転換を促す戦略でした。政治家にはその大切さが分かっていなかったのでしょう」

 「人への投資に転換する政策を、世界で一番意識しているのは北欧諸国でしょう。スウェーデンは所得税も消費税も高い重税国家ですが、人的資本投資で国民に還元すると同時に、日本を上回る成長率を実現してきたのです」

    ■     ■

 ――増税先延ばしの向こうに、どういう未来が見えるでしょうか。

 「社会保障費は毎年1兆円規模で膨らみます。税金などで賄えないなら、借金をすることになります。それを日本銀行が負うなら、事実上の財政ファイナンスです。日銀は異次元緩和を継続しつつ、とにかく2%という物価上昇率の目標をめざすでしょう。しかし経済の構造を考えれば、輸出はさほど伸びず、海外からの輸入物品の価格は円安でさらに上昇する。その結果、悪性インフレが進行し、賃金は実質的に目減りしていく可能性がある。海外に生産拠点がある輸出企業はもうかっても、国内にとどまる中小企業は逆ですね」

 「経済格差が大企業と中小企業の間で広がっていく。同じことは株などの資産を持つ富裕層と、そうでない人たちの間でも進むでしょう。結局、消費増税のタイミングがなかなかつかめなくなる。そうなれば、日銀がますます国債を引き受けないと予算が組めない。日銀は国家財政と運命共同体になってしまいます。戦前、軍事費が膨張して、国債を引き受けた日銀と国の『抱合財政』という言葉がありましたが、これと同じ状態になりかねません」

 「国が返済に行き詰まれば、借金の実質的な価値を小さくしようという誘惑にかられます。その手段は、お金の価値が下がり続けるインフレです。終戦直後のハイパーインフレでは社会が激変するので、マイルドなインフレを長期に起こし、借金を実質的に目減りさせる。専門家がインフレタックスと呼ぶものです」

 「財政再建の道筋がはっきり示されなければ、そういう危ういシナリオも念頭に置かざるを得ない。もっとも、何らかのきっかけで長期金利が高騰すれば、瞬く間に国債の利払い費が急騰して日本財政は破綻(はたん)します。国債価格が暴落すれば、日銀は膨大な含み損を抱えてしまう。最悪の事態を避けなければならないことは、異次元緩和を進める日銀総裁もご承知でしょうし、自分たちの運命を自身の手で制御できる余地を確保することが、日本が国家として生き残る道だと思います」

 ――国境を越えて所得税や法人税を把握することが難しくなるなか、フランスの経済学者トマ・ピケティ氏らは、国際的な資産課税による格差是正を提案しています。

 「確かに格差拡大は問題ですが、短期間でピケティ氏のプランが実現することはないでしょう。私は二段構えでいくべきだと考えています。まずは、国内の税制を極力公平なものにする努力をし、税収はきちんと人への投資と再配分に充てる。その上で、グローバルに活動する企業や金融所得に対して、グローバルな課税の枠組みをつくっていくのです」

 「欧州連合(EU)が始めようとしている金融取引税はその一歩です。利益ではなく取引額に税を課すものですが、銀行や証券会社の取引記録を把握することから、将来、所得や利潤をつかむ第一歩になる。日本もこうした動きと無縁ではいられませんが、まずはEU加盟国並みの付加価値税率を備えた税制を組み立てることが課題です」

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 もろとみとおる 京都大学大学院教授 1968年生まれ。横浜国立大助教授を経て現職。専門は財政学、環境経済学。著書に「私たちはなぜ税金を納めるのか 租税の経済思想史」。

 ■取材を終えて

 諸富さんの口ぶりはとても静かだが、その内容は警句にあふれ、決断を避ける政治に怒っているようにも見えた。負担という痛みを、どうやって分かち合うかを決めるのは、その国の民主主義の熟度と比例する。結局、政治家が増税を嫌うのは、納税者もまた、嫌っていると思っているからだろう。しかし、この国の有権者が、自分たちの安息のために、子孫に法外なつけ回しをして安閑としていられるとは、とても思えない。有権者こそ税を考え、明日を考えねばならない。それが民主主義を鍛える道だと、諸富さんへのインタビューで痛感した。

 (編集委員・駒野剛) 
    --「2014衆院選:税に思想はあるか 諸富徹さん」、『朝日新聞』2014年11月29日(土)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11480602.html:title]

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