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覚え書:「引用句辞典 トレンド編 [学者・研究者の真の快楽とは] 鹿島茂」、『毎日新聞』2014年12月28日(日)付。

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引用句辞典 トレンド編
学者・研究者の真の快楽とは
鹿島茂

教育行政に求めたい
「真理追究」への導き

兎に角に当時の緒方の書生は、十中の七、八、目的なしに苦学した者であるが、その目的のなかったのが却って仕合で、江戸の書生よりも能く勉強が出来たのであろう。ソレカラ考えてみると、今日の書生にしても余り学問を勉強すると同時に始終我身の行く先ばかり考えているようでは、修業は出来なかろうと思う。
(福沢諭吉『新訂 福翁自伝』富田正文校訂 岩波文庫)

 『福翁自伝』、特に前半の読み所の一つは、大阪の緒方洪庵の適塾での諭吉のヤンチャな書生ぶりと猛烈な勉強ぶりだが、じつは、もう一つ読み取らねばならない勘所がある。それは、大阪を去って江戸に来たときの諭吉の驚きである。江戸はさぞかし蘭学のレベルが高かろうと半ば来たいし半ば怖れていたところ、大阪に比べてはるかにレベルが低い。大阪の蘭学者は生徒としてでなく、先生として江戸に赴くのであると常々言われていたが、それは本当だとわかったのである。そこで諭吉は、大阪と江戸の蘭学のレベルの違いはいったいどこにあるのだろうと自問して、ようやく、次のような答えを引き出す。
 すなわち、江戸には幕府をはじめとして諸大名の屋敷があるため、洋書を解することのできる蘭学者はひっぱりだこになり、すぐに就職口が見つかる。昨日までの書生が今日は大名お抱えの何百石の侍になるなんてことも珍しくない。これに対して、大阪は町人の待ちだから、緒方洪庵の塾生がいくら勉強しても武家になれるような就職口はない。では、なにゆえ、塾生たちは就職の目的もなしに難しい蘭書を読んで苦しんでいるのかといえば、それは楽しいからである。
 「一歩を進めて当時の書生の心の底を叩いてみれば、おのずから楽しみがある。(中略)西洋日進の書を読むことは日本国中の人に出来ないことだ、自分たちの仲間に限って斯様なことが出来る、貧乏をしても難渋をしても、粗衣粗食、一見看る影もない貧書生でありながら、智力思想の活発高尚なることは王侯貴人も眼下に見下すという気位で、ただ六かしければ面白い、苦中有楽、苦即楽という境遇であったと思われる」
 ここで重要なのは、学問・研究という摩訶不思議な事象について、二つのことが言われていることだ。一つは、学問・研究においては真理の追究というそのこと自体が快楽と直結しており、もうかるかとか就職に有利かなどということは学者や研究者の関心の中心ではないということ。第二は「真理の追究」が学者・研究者の自尊心(われわれの言葉でいえばドーダ心)を支えるのであり、この自尊心があるからこそ学者・研究者はより高度の真理追究を行おうと刻苦勉励するということである。つまり、学問研究のレベルを高めるのは、就職口の確保でも研究費の獲得でもなく、それ自体で自立した「目的なし」の真理追究ではあるが、しかし、真理追究によって自尊心(ドーダ心)を満足させることのできるようなシステムがどこかに働いていなければならないということだ。
 この意味で、文部科学省の打ち出す大学改革はすべての点で誤っている。学者や研究者のドーダ・ポイントをことごとく逸しているからである。
 教育行政も究極的には心理学に要約されるのである。
    −−「引用句辞典 トレンド編 [学者・研究者の真の快楽とは] 鹿島茂」、『毎日新聞』2014年12月28日(日)付。

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