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覚え書:「今年を読む 来年を読む 虚構の世界を『生きる』こと=上橋菜穂子さん」、『朝日新聞』2014年12月29日(月)付。


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今年を読む 来年を読む
虚構の世界を「生きる」こと
上橋菜穂子さん
(広告特集:企画・制作 朝日新聞広告局、18-19面)

 今年、「児童文学のノーベル賞」と呼ばれる国際アンデルセン賞作家賞を受賞した上橋菜穂子さん。11月24日、東京大学(文京区)で行われた受賞記念講演のなかから、想像と物語の力に対する信頼、敬愛するサトクリフ作品との出会いなど、その創作世界の魅力をひもとく言葉の数々を紹介する。

想像力を持ったとき
人は初めて市を怖れる
 先日、私の『鹿の王』という作品が刊行されたことを記念して解剖学者の養老孟司先生と対談の場を設けていただきました。詳しい内容はインターネット(*)で読むことができますので、興味のある方は一度ご覧いただきたいと思いますが、その際うかがったなかで個人的に興味深かったのが、人間の子どもとチンパンジーの比較に関するお話でした。先生によると、3歳ぐらいまではあらゆる面でチンパンジーのほうが能力的にすぐれているものの、4歳ぐらいから逆転し始めるそうです。その理由を先生は、人間はちょうどそのぐらいの年齢から、他者の立場でものを見ることができるようになるからだと教えてくださいました。一方、チンパンジーにとってはいつまで経っても「自分の方からみた世界」しか存在しない。それがヒトとの違いだというのです。
 その言葉に、私はドキッとしました。なぜなら私が初めて、「死」というものを怖いと感じたのが3、4歳、お頃だったからです。昼の日差しが照りつける真っ白な道を祖母と歩きながら、「おばあちゃん、私、死ぬのが怖い」と言った幼い自分の姿を思い出したとき、私は「死」と「想像力」とはきっと深いところでつながっているのだろうと直感しました。自分以外の誰かの死に接して、それはいずれ自分の身にも起こることだと理解する。そのヒトが感じるはずの痛みを、自分に結びつけて想像する。そうした力を持ったとき、私たちは初めて、「死が怖い」という感覚を得るのかもしれません。

祖母が教えてくれた
物語の多様な世界
 大丈夫、人は死んでも生まれ変わってくるんだよ。そう慰めてくれた祖母は、お話のとても上手な人で、地域に古くから伝わる物語をいつも大変面白く聞かせてくれる名人でした。人がキツネに化かされたり、年老いた猫が妖力を得て人を手玉にとったり、そんな物語を祖母のひざで聞くうちに、私のなかで育っていたのは「人は決してこの世の最上位にあるわけではない」という感覚です。そのため私は、石ころひとつ蹴飛ばすことのできない子どもになりました。ふと、自分が石の側になって、蹴られる感覚が心に浮かんでしまうからです。ただ私はちゃっかりしていたので、石を脇によけながら「助けてあげたんだからいつか恩返しするのよ」と念を押すことは忘れませんでしたが(笑)。
 私の「守り人」シリーズに登場するバルサという女用心棒について、戦いのシーンをどうして生々しく描けるのかと質問されることがありますが、武術に興味をもった理由の一端も祖母にあります。父方の祖母の家系は、古武術に深い関わりがあったようで、高祖父(祖父の祖父)の活躍の物語を祖母がよく聞かせてくれていたからです。すっかり年老いてからも、勝負の場面ではすっと背筋が伸び、血気盛んな若者を簡単に圧倒してしまった。そんな武勇伝を、まるでさっき見てきたように語る祖母の言葉に、私はいつも胸躍らせていました。その後私が作家として自分の物語を紡いでいくうえで、この祖母から受けた影響は非常に大きかったと思います。

有限の生
サトクリフとの出会い
 そんなやさしい祖母や両親、友達にめぐまれ、子ども時代の私は「少しは女の子らしくしろ」と父が嘆くほど元気に日々を過ごしていましたが、それでも幼いころに知った「死が怖い」という感覚はどこかに抱き続けていました。やがてそれは、思春期になると「虚しさ」と結びついたものとして、もがくように意識の表面に現れてきます。今のこの生はいずれ必ず終わる。仕合わせはとどめておくことができない。かたちあるものはやがて消え去る。だとしたら、生きていることにいったい何の意味があるのか。たくさんの本を読んでみましたが、どこにも答えは書いてありません。しかしそんな日々のなかで、私は1冊の本と運命的な出会いをしました。ローズマリ・サトクリフの『太陽の戦士』です。
 何しろ男の子っぽかった私は、きっと「戦士」という言葉に無条件に反応したのだと思います(笑)。しかし読み始めてすぐに、これは今までに読んだどんな本とも違うと気突きました。最後のページを閉じたとき、私をとらえたのは、自分は今までどこにいたんだろうという不思議な感覚です。その直前まで、私は主人公のドレムという少年その人であり、しめった土のにおいや木のにおい、はぜる火のにおいなどを確かに感じていました。見も知らぬイギリスの、はるかむの青銅器時代に、私は生きた。その本によって生きさせられた。作家の力というのはすごいものだと思いました。
 世界は決してひとつの色ではなく、さまざまな背景を持った多様な生に満ちている。想像する力があれば、私というひとりの人間が、その多様な生を生きることができる。サトクリフの作品が、まず教えてくれたのはそのことでした。

己の生を引き受けて
生きる人々の美しさ
 しかも彼女は、『第九軍団のワシ』や『ともしびをかかげて』でもそうですが、決してきれいごとだけを描きません。人はそれぞれの道を歩き、行き着くところまできたら、すべてがただ終わっていく。報われずに消えていくこともある、いくつもの命。そんな物語です。しかし私には、己の生を正面から引き受け、どうにかこうにか生きようとする人たちの姿が、とても美しく見えました。それは、私が感じていた虚しさに対する答えではありません。今でも私には、その問いに対する確かな答えがあるのかどうかさえわかりません。しかしサトクリフの物語には、私も虚しさを言い訳にせず、むしろ虚しさを見つめ、胸に抱いたまま歩いていこうと思わせてくれる力がありました。
 9月に国際アンデルセン賞の授賞式でメキシコに招かれたとき、私は初め「難解な文学論でも挑まれたどうしよう」と緊張していました(笑)。しかし、一緒にテーブルを囲んだ海外の審査員のみなさんが、口々に「君の物語の主人公が大好きだ」「あの場面は実に良かったね」と熱っぽく話す姿を目にしたとき、あらためて感じたのは、言葉や文化の壁を超えて伝わる物語の力です。これまで出会ったすべての人たち、すべての体験、すべての本が私のなかに練り上げてくれた「マグマ」のようなものを大切にしながら、これからも私は、自分の物語を紡いでいこうと思います。
※『鹿の王』発売記念対談はこちら [http://www.kadokawa.co.jp/sp/2014/shikanoou/taidan/:title]

作家 上橋菜穂子さん
うえはし・なほこ/1989年『精霊の木』で作家デビュー。代表作に『精霊の守り人』などの「守り人」シリーズ、『狐笛のかなた』『獣の奏者』シリーズ、『鹿の王』など。国際アンデルセン賞作家賞を受賞した日本人は、まど・みちおさん以来2人目。文化人類学者としてオーストラリアの先住民アボリジニーを研究。川村学園女子大学特任教授。
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