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覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 引き立て役に徹しよう=湯浅誠」、『毎日新聞』2015年01月07日(日)付。

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暮らしの明日
私の社会保障論
引き立て役に徹しよう
「予防的支援」の拡大
湯浅誠 社会活動家

 サッカーでシュートを放つ選手にパスを出すことを「アシスト」と言う。よいアシストがよいシュートを引き出す。ゴールを決めたとき、その選手が最初に抱き合うのはアシストしてくれた選手だ。
 テレビ番組のメインキャスターを補佐する人を「アシスタント」と言う。「アシストする人」という意味だ。押さえるべきコメントを忘れず、進行に気を使いつつ、メインキャスターを引き立てる。
 サポートという言葉もアシストに近い。映画位の世界で助監督はアシスタントディレクターと言う。同じ「助」の字を当てられているのは、意味が近いからだろう。名脇役は、出しゃばらずに主役を引き立てながら、映画全体を引き締める。
 さて、福祉の世界では「支援」という言葉があり、支援する人のことを「支援者」とも呼ぶ。英語ではサポート、アシスタントということになるだろう。ところが「支援」「支援者」と言ったとたんに、どこか「手とり足とりお膳立てすること、あるいは人」または「できないことを指導し、教えてやること、あるいは人」というイメージがまとわりつく。また、そのように振る舞う支援者も実際にいる。
 これは困ったことだ。誰が脇役だかわからなくなってしまうし、何よりも支援されることを嗤う人を大量に生み出してしまう。
 お膳立てされる、指導されると思えば、それを受け入れる前提とは「自分が無力であること」となりかねない。それが前提となれば、抵抗感を抱くのは自然な感情だ。いきおい「他人のお世話になりたくない」「まだ自分でやれる」という反発に近い反応を引き出してしまう。
 アシストされたくないフォワードも、脇役を不要とする主演もいないのに、支援を不要とする要支援者は増えてしまう。これではいけない。
 これからは「予防的支援」という領域が増大していく。特に今年は、4月から生活困窮者自立支援法に基づく各種の施策が全国で本格実施され、また介護保険の要支援者が自治体対応に切り替わる。力のある人たち落ち込んでいかないためのサポートが重要になっていく。力のある人たちは、力があるがゆえに「支援」を嫌う。
 嫌われない支援が必要だ。そのために、今年は「支援」ではなく「アシスト」「サポート」という言葉を使おう。「支援」という言葉を聞いたら「サポートですね」と言い直そう。そんなところから立て直すことを、今年一年の計にしてみようと思う。
要支援者向けサービスの移管 昨年成立した地域医療・介護確保法に伴い、介護の必要度が最も低い「要支援1、2」の人(約150万人)を対象とした事業のうち、大半を占める家事援助、デイサービスといった訪問・通所サービスが、2015年度から3年かけ市町村の事業に移管される。自治体側の受け入れ体制の問題が指摘されている。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 引き立て役に徹しよう=湯浅誠」、『毎日新聞』2015年01月07日(日)付。

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