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覚え書:「オピニオン:食に学ぶ 辻調理師専門学校校長・辻芳樹さん」、『朝日新聞』2015年01月10日(土)付。

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オピニオン:食に学ぶ 辻調理師専門学校校長・辻芳樹さん
2015年1月10日

(写真キャプション)「料理人の発信に、食べる側はポピュリズムに陥ることなく批評する。それが食文化を支える」=伊藤菜々子撮影

 世界的に和食の存在感が高まっているという。しかし、異文化を生きる人々の味覚に和食のおいしさは本当に届いているのか。食のグローバル化が進む時代に、国境を越えて心を揺さぶる料理人を育てるには何が必要なのか。日本と世界で食のプロを育てている辻芳樹さんに、新年シリーズの締めくくりとして、「食」に学ぶ意義を聞いた。

 ――米国の著名なシェフ、デビッド・ブーレイ氏と共同でニューヨークに和食店「ブラッシュストローク」をオープンして4周年を迎えます。トマトから作られる「トマトウォーター」をだしの代わりに使っているそうですね。

 「はい。工夫しないと和食になじみのないお客様は喜んでくれませんから。例えば、現地の銀だらを西京焼きにすると、身がパサつき、しかも魚独特のにおいがきつく感じられ、嫌われます。においの元である魚の水気を抜いてトマトウォーターに漬け込み、その後みそ漬けにして低温でじっくりと焼きあげると、しっとり感とうまみが出て、多くのお客様に理解しやすくなります」

 ――反応を見ながら、様々な試行錯誤を繰り返しているんですね。

 「和食ブームと言われていますが、異文化の壁を乗り越えるのは簡単なことではありません。日本人が『これが本物の味だ』と押しつけても、外国人にその味は届かないことが多いのです。異文化で受け入れられるには『変換力』が必要です」

 ――外国人は昆布やカツオ節のだしをおいしいと思わないのですか。

 「いえ、決してそんなことはありません。ただ、味を理解してもらうには段階を踏む必要があります。最高級の昆布とカツオ節のだしを使ったお椀(わん)でも、味覚の習慣が違うために最初はなかなかおいしいとは思ってもらえない。そこでまず新鮮な野菜をペーストにして、彼らになじみのある鶏のだしでのばす『すり流し』を食べてもらう。次は鶏だしを昆布とカツオ節のだしに置き換えた野菜を使ったすり流しにする。そうやってお客様の頭の中で徐々にお椀のおいしさにアプローチしてもらい、最後はストレートに昆布とカツオ節のだしの真価に気づいてもらう。こうしたステップを踏まれた常連の方は、本格的な清汁(せいしゅう)仕立ての透明なお椀を好むようになります。和食のフレーム(枠)は壊さず、異文化の地でおいしさを伝えていくことは、非常に手間がかかるのです」

 ――和食の独自性を守るためには、むしろ、国内にとどめておいた方がいいのではありませんか。

 「守ろうとして守れる時代でしょうか。距離に関係なく、和食のレシピなど様々な情報がネットで簡単に手に入ります。グローバル化が進む料理界では、料理技術の革新も大変な速度で進んでいます。伝統を単に守るだけの姿勢では変化から取り残され、『井の中の蛙(かわず)』になって活力を失う危険性があります。むしろ、外に開かれた精神が和食の革新と進化を支えているのではないでしょうか。外部から鍛えられた伝統こそが世界に通用すると考えています」

 「明治時代に肉食、牛乳やチーズなどの食文化が日本に浸透しました。日本人は外来の食文化を換骨奪胎し、トンカツ、カレーライスといった『日本の洋食』として昇華させました。カリフォルニアロールなんて和食でないといった批判も聞きますが、現地の味覚に順応されることに、目くじらを立てる必要はないと思います。和食ブームが続く限り、地域の嗜好(しこう)に順応する流れは止まりません。そんな和食と肩を並べて、正統な和食が定着するには、きちんとした教育が必要になります」

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 ――日本の辻調グループで学ぶ海外留学生は、7年前の5倍の約140人に増えているそうですね。

 「ハングリー精神に感動します。ある韓国の男子学生は、料理の基本となる大根のかつらむきでトップクラスの腕前です。切った大根を新聞にのせると、その下の活字が読めるぐらい。上達の理由を聞くと、自宅で深夜まで練習しているという。日本語も流暢(りゅうちょう)です。周りの日本人学生も彼の熱意、努力を認めています」

 「海外の日本大使公邸で内外の要人をもてなす『公邸料理人』が、慢性的な人材不足に陥っています。大使公邸は、和食を発信する最前線です。辻調は1993年から教師をタイに派遣し、和食店で働くタイ人を公邸料理人として育成するプログラムを実施しています。タイ人の卒業生たちは、季節感を大切にし、だしや素材のおいしさを引き出す和食のフレームを理解しています」

 「ニューヨークに店を出したのは、こうした料理教育の国際化への対応が最大の目的です。日本料理の教師数人を派遣し、現場で外国人に技術を教え、変換力を駆使してメニューを考えてもらう。そこで得た知識や経験を授業で活用します。海外での知見が、世界で活躍する料理人を育てるたたき台になります」

     ■     ■

 ――世界で通用する一流の料理人を育てるには、どんな力を伸ばしてあげることが必要なのでしょうか。

 「自分の頭で考える力です。もちろん、プロとして必要な調理技術を習得することが大前提です。その上で大切なのが、考える力です」

 「プロの世界に飛び立ったときに、言われた通りの仕事をするだけでは単なる労働力としてしか扱われず、やみくもに苦労を重ねる恐れがあります。現場の状況変化を機敏にとらえ、解決策を考える力があれば欠かせない人材になる。一つのレシピからいくつもの料理を展開させる道筋を考える力が必要です。それは他の分野の技術者でも、企業人でも変わらないのではないですか」

 ――「考える力」を伸ばすためにどんな授業をしているのですか。

 「逆説的ですが、教えない授業です。そして、学び合う授業というコンセプトを重視しています。何から何まで教師が一方通行でたくさんの知識・情報を与えてしまうと、学生は考えなくなってしまう。2年目の『シミュレーション実習』という授業では、店を開いているのと同じ状況で料理や接客をしてもらいます。料理を提供した学生たちとは別の学生たちが客となって、『何が足りなかったか』を分析させて、『どうしたら良くなるか』を議論してもらう。現場の教師たちは、学生たちの議論が合理的に展開し、人格攻撃にならないように上手に誘導します」

 ――どんな哲学を持った料理人を育てたいと思っていますか。

 「料理の力は皿の上だけにとどまりません。スローフードのムーブメントを巻き起こした米国のアリス・ウォータースのように、社会や地域のあり方、価値を変えることができます。料理を通して社会を変える次世代のリーダーを育てるにはどうしたらいいのかを模索しています」

 「2016年度から辻調理師専門学校では従来より1年長い『3年制』を導入する計画です。柱となるカリキュラムを作るためのプロジェクトで、食の領域で新しい取り組みをする料理人や生産者を訪ね、その哲学と実践に触れています」

 「例えば、辻調の卒業生で福島県いわき市でフランス料理店を営むシェフの萩春朋(はるとも)さんは、東日本大震災直後に、風評被害で地元食材がなくなってしまうという強い危機感を抱くとともに、地元産物こそが宝物だと気づきました。地元の生産者を訪ね歩き、価値観を共有するために自分自身も農業を勉強しました。仲間になった生産者から仕入れる野菜で料理をつくり、話し合いながらジャムやドレッシングなどの開発も手がけるようになり、地域にとって欠かせない存在になりました。彼の料理を食べて、『方向性は間違っていない。このまま研鑽(けんさん)を続けて欲しい』とエールを送りたくなりました」

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 ――グループ創設者で父親の静雄氏は、日本を代表するフランス料理研究家でした。校長自身は静雄氏からどんな教えを受けましたか。

 「自分がやりたいことをとことん追求した人でした。父は作家、哲学者、音楽家など超一流の方々と親交があったせいか『僕は何もできない』と繰り返し語っていました。ここで話は終わらない。最後に『お前はもっとできない』と僕を見る。『自分の話じゃなかったのか……』とそのたびに嫌になった。母は父にもまして厳しかった。両親からほめられた記憶はほとんどありません」

 「12歳で渡英し、スコットランドの学校で寮生活を始めました。異文化の地に一人。振り返ると、『自分の限界を知れ』というのが両親の教えだったと思います。限界まで追いつめられたとき、人は自分のことをよく理解できる。どこを伸ばせばいいのかもわかる。間違ってもうぬぼれたり、調子に乗ったりするな――。それが両親の教えでした」

 「料理人は高貴な職業です。本物にこだわれば、食材は高価になり、働く時間も長くなる。そんな矛盾に悩みながらも、謙虚に本物を探求し続けるからです。だから、学生には生涯を通して学び続ける姿勢を身につけて欲しい。教師も学び続ける姿勢を示さないと見本になりえません。この高い目標を実現するため、父親の代からずっと建学の精神として『ドケンド・ディスキムス』(ラテン語で、教えることによって学ぶという意味)を掲げているのです」

 (聞き手・古屋聡一)

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 つじよしき 64年生まれ。93年に創立者の辻静雄氏の跡を継ぎ、辻調グループを率いる。著書に「和食の知られざる世界」「美食のテクノロジー」。
    --「オピニオン:食に学ぶ 辻調理師専門学校校長・辻芳樹さん」、『朝日新聞』2015年01月10日(土)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11543437.html:title]


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