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吉野作造研究:社会経済的な格差の是正のための政治的平等を目指した民本主義


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「民本主義」の党か「資本家」の党か
 一九二〇年に全国的に盛り上がった普通選挙運動が東京、大阪、京都、神戸をはじめとする都市部を中心とするものだった以上(松尾尊兊『普通選挙制度成立史の研究』一五四~一五五頁)、約三四〇万人の都市中間層の多くが普通選挙法を成立させた憲政会の支持者になったことは、容易に想像できるところである。憲政会やその後身の民政党も農村に地盤を持っていたことは確かである。しかし、同党が政友会と対等に渡り合える大政党になりえた主因は、この都市中間層の増加によるものと思われる。その意味では、本章の冒頭で紹介した、一九一四年五月の吉野作造の指摘が現実のものになったと言えよう。
 問題は、新たに政党政治の一極となった憲政会(民政党)と新たに有権者となった都市中間層とが、都市部の上層部に近づくか下層部に接近するかにあった。前者の途を採れば「資本家の時代」が到来し、後者を択べば「社会民主主義の時代」への途が拓かれる。
 実は、普通選挙の提唱者吉野作造が普通選挙法成立の九年前(一九一六年)に主張した「民本主義」とは、後者の途を示したものであった。今日では高校教科書にも名前だけは登場するこの「民本主義」のなかで、吉野は次のように論じている。

 「抑も社会主義が資本家に対して抗争する所以の根本動機は、是れ亦社会的利福を一般民衆の間に普く分配せんとするの精神に基づく。此点に於て社会主義は又民本主義と多少相通ずるところないでもない。(中略)経済上の優者劣者の階級を生じ、為めに経済的利益が一部階級の壟断に帰せんとするの趨向は、是れ亦民本主義の趣意に反するものなるが故に、近来の政治は、社会組織を根本的に改造すべきや否やの根本問題まで遡らずして、差当り此等の経済的特権階級に対しても亦相当の方法を講ずるを必要としている。所謂各種の社会的立法施設は即ち之れである」(『吉野作造著作集』第二巻、四一~四二頁。)

 「経済上に優者劣者の階級を生じ」ることが「民本主義の趣意に反する」と吉野は明言しているのである。今日の言葉で言えば「格差の是正」が、「民本主義」の目的の一つであり、観方によっては普通選挙制という「政治的平等」は、社会経済的な格差の是正の手段だったのである。
    --坂野潤治『<階級>の日本近代史 政治的平等と社会的不平等』講談社選書メチエ、2014年、93-95頁。

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吉野作造の教え子世代になる政治学者・蝋山政道の回想をして吉野作造の限界とは何かと誰何すれば、吉野が実践に惑溺するばかり、政治「理論」構築への関心を失ったことという指摘がある。

まだ同時代の社会改良の伴奏者たちは、吉野作造の民本主義は「古くさい」とし、いわゆるボルシェビキ式の革命へ激送してしまった。

しかし、果たして、政治『理論」の構築へ関心を失ったということは、吉野作造の思想と実践において、果たして瑕疵だったのかと問えば、それはイエスでもありノーでもあろう。なぜなら、現実を離れて政治理論は存在しないし、政治理論が現実と切り離されて遂行されても意味がないから関心を抱かなかったとすればそれはイエスであろう。しかし、吉野作造の著作をひもとくと、たしかに全体としての「体系」構築へ意欲は薄いが、現実の批判理論となっていることは否定できないからノーであろう。

そもそも体系としての理論と現実世界の二項対立こそ「プロクルーステースの寝台」に他ならない。

そして吉野作造の民本主義は果たして同時代史的にも「古くさい」のかと誰何すれば、それはまさに「誤読」としかいいようがない。

吉野は1916年1月の『中央公論』に「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」を発表し、大正デモクラシーの旗手として注目を集めた。しかし、早くから主権の所在を不問にしたデモクラシー論ばかりが批判の矢面に立たされ、その「社会的利福」増進の価値はスルーされたままだ(※1。
※1 吉野は民本主義の弱点の修正として2年後に「民本主義の意義を説いて再び憲政有終の美を斉すの途を論ず」を発表、目的としての民本主義(民衆の利福増進)を絶対的目的として措定することを取り下げるが、これも単純に「撤退」と捉えるのは早計であろう。大正晩年から昭和初期にかけての吉野の無産政党への支援と実践は、「撤退」を意味していない。

戦前日本における社会改良の運動が先鋭化のあげく、地下活動そして滅亡という経緯を考えれば(その実践と思索が全く無価値ではないことは勿論いうまでもないが)、吉野の体制内での漸進主義的改良と、構造に「依存」しないデモクラシーの実践は、決して「古くさい」ものではないし、民主主義の「中身」というものが、決して西洋からの輸入といった外発的規範などではなく、「内発的」「自前」のデモクラシーの思索と実践であったとすら言える。

歴史に学ぶとは何か。現在の立ち位置から、簡単にその値打ちを決めてしまうことなどではない。


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