覚え書:「インタビュー:暴力、鎮めるために レイン・ミュルレルソンさん、横田洋三さん」、『朝日新聞』2015年02月05日(木)付。
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インタビュー:暴力、鎮めるために レイン・ミュルレルソンさん、横田洋三さん
2015年2月5日
(写真キャプション)「約140年の歴史を持つ私たちの学会の会長職を日本の元外務事務次官、小和田恒さんから引き継ぎました」=大野正美撮影
中東では過激派組織「イスラム国」が暴力をむき出しにする。1年近く前、ロシアがクリミア半島併合に動いたウクライナでは東部での戦闘がまた激化している。「力」が横行する世界の現状をどう見るか。国際社会はどう対応すべきか。世界の秩序を律する役割を期待されるのが国際法だ。内外の代表的な研究者の意見を聞いた。
■万国国際法学会会長、レイン・ミュルレルソンさん
《主権国家を基本にする国際社会の秩序を律して、紛争解決の枠組みとなる――。国際関係で国際法はそうした役割を求められている。旧ソ連生まれのミュルレルソン氏はゴルバチョフ元大統領の国際法顧問として、西側諸国との相互依存や協調に基づく「新思考外交」を支えた。》
――世界各地で深刻な紛争や事件が続き、国際法がその役割を十分に果たせないでいる現状を、専門家としてどう見ますか。まず「イスラム国」については。
「中東のテロリストにより日本人も殺害されたことはすべての良心ある者、人類にとっての悲劇です。犠牲となられた方々に、私は深く哀悼の意を表します」
「国際法との絡みで答えるならば、『内政不干渉』や『武力不行使』などの国際法の原則を無視し、自由とか民主主義をアフガニスタンやイラクにまでも武力で広げようとした米国の試みが、『イスラム国』のようなテロ組織を生んだ大きな要因だったといえるでしょう。自分たちとは別の世界に属するといえるこれらの国々に自分たちの価値観を植えつけることができる。そんな米国の単純素朴さが、中東全体に混乱をもたらしてしまったのです」
――世界の多くの地域の人々に、自由や民主主義への志向や期待があることは事実ではないですか。
「確かに世界には、民主主義を拡大する余地、その民主的な達成を深化させる余地はあるでしょう。けれど、歴史は民主主義や市場経済の勝利に不可避的に向かうのだから、これを後押しするべきだという考え方には、大きな問題があります」
「これまでの人類史を見る限り、いかなる社会、経済、政治システムも長期間そのままの姿を保ったものはない。民主主義が例外であるとは言えないと私は考えています」
――そうはいっても、独裁体制による人権抑圧や大量破壊兵器開発などの脅威に、国際社会は何らかの形で対応せざるをえません。
「2011年に米英仏中心の多国籍軍の介入によってカダフィ体制が崩壊したリビアでは、その後過激派が台頭し、安定とはほど遠い。リビアでもフセイン体制崩壊後のイラクでも、これらの国の体制転換を唱えた人々がめざした状態は訪れていません。民主主義を急いで進展させようとする試みは、深刻な紛争や内戦などの大変動をつくり出しました」
「米国という超大国が国際法を自分なりに解釈して行動する一極的世界の下では、国際法はよく機能できないということです。事態の改善のためには、米国とその伝統的な同盟国だけでなく、幅広い国際社会の合意形成が必要です。しかし、今の米国はまだ、こうした目的のために、どこの国であろうと平等な立場で合意をしたくはありません」
■ ■
《ソ連が崩壊した1991年、ミュルレルソン氏は父祖の地であるエストニアに戻り、第1外務次官として、欧米とロシアが勢力を競うバルト海沿岸で、独立して間もない国の外交の舵(かじ)取りに当たった。その地政学的条件はウクライナと似ている。》
――ロシアは昨年3月にクリミア半島を併合しました。「国際法に違反して、ウクライナとの国境の現状を力で変えた」と国際的にきびしく批判されています。
「ロシアは確かに国際法を破りました。プーチン大統領自身、クリミア併合を国際法違反であると間接的に認めたと受け取れる発言をしています。これまでプーチン氏は、コソボのセルビアからの独立について、『力による現状の変更で国際法違反』と主張してきました」
――北大西洋条約機構(NATO)による99年のセルビア空爆で米欧がコソボ紛争に「力」で介入し、独立へと導いたというわけですね。
「そうです。それが今回、クリミア併合を語る際に『コソボでもそうだったように』と、併合を正当化する前例として使いました。米欧にできることならロシアにも同じことができるはずだという理屈です」
「プーチン氏がこれほど攻撃的なのは、昨年2月にヤヌコビッチ政権の崩壊に至ったウクライナの政変の背景に、安全保障や経済の点でロシアに極めて重要な隣国の体制を転換しようとする米欧の狙いをみたからです。米国の上院議員や国務省高官たちが政権崩壊前、ウクライナの首都キエフで反政府派勢力を公然と後押ししました。これもまた国際法の『内政不干渉』の原則に抵触しかねない、大変に危険な傾向でした」
「ありていに言ってしまえば米国にとってもロシアにとっても、重要なのは国際法の順守ではない。大国として、自分たちに有利な世界秩序を形成する争いにいかに勝つかが、何よりも重要なのです。ロシアにも米国にも自分の利益があり、その二つの利益がウクライナをめぐって衝突した。それがウクライナ危機の本質なのです」
――大国が事実上国際法を侵犯して様々な紛争が起きている。そんな状況を少しでも変えていくためにはどうするべきでしょうか。
「米国とソ連が激しく争っていた冷戦時代、国際法は大変によく働いていたとはいえませんが、それでも米ソのお互いの牽制(けんせい)によって、いまよりも機能していました。既に述べたように、冷戦後に米国という超大国の行動へのチェック役がいなくなったことが国際法の機能を弱めました。注意すべきなのは、現在が、米国一極支配が次の段階に至る移行期であるという点です」
「米国が、自らの求めるものを得るために世界で自由に力を行使することは次第にできなくなってきました。経済では中国が数年後には追いつくことができるでしょう。中国やロシアなどの新興大国の利益や立場を国際秩序に、もっと反映させていくことが必要だと思います」
「米ドルが依然基軸通貨であるため、米国は他国にしわ寄せする形で有利な環境をつくれます。そこが中国などには不満なのです。国際社会をより安定させて国家間の不信や紛争の原因を減らすには、米国、欧州連合(EU)、中国、ロシア、日本、インド、ブラジルなど、世界の『極』になるべき国々が協力し合う体制をつくらねばなりません」
■ ■
――「極」として主張するプレーヤーが増えれば増えるほど、協力への合意形成は難しくなりませんか。
「たとえば環境など、多くの国が協力しやすい具体的な問題から、解決していくための努力を共に重ねることがまず必要でしょう。こうした努力もせず、国家間の意思疎通が十分とれずに『極』同士が勢力を競い合うままでは、『武力不行使』や『内政不干渉』といった国際法の基本原則が機能することはますます難しくなり、暴力の応酬もよりエスカレートしかねません。新しい時代に対応して、そんな危機感を持つことが国際社会にはもっと求められるのではないでしょうか」
――「多極化に向かう新しい時代」という観点から、中東問題の解決策を提案してもらえますか。たとえばイランは『イスラム国』が敵視するシーア派の大国ですが。
「確かに中東では、力の中心、地域の大国としてイランが存在感を一層強めつつあります。イランは安定した国家であり、アラブの君主国よりはずっと民主的です。イラン抜きに中東の様々な問題を解決するのは非常に難しい。活用しないで良いはずがありません」
「米国とロシアの関係は全体としては悪いけれども、イランの核開発問題に関する交渉ではロシアは米欧とよい協力を続けています。ロシアがイランに対して影響力を持っていることが、その背景にあります。やはりロシアが友好関係にあるシリアの化学兵器廃棄でも、米ロは協力できました。イラクの混乱収拾に向けても、ロシアと米欧はこのように協力することができるはずだし、しなくてはいけません」
「徐々に、たとえ小さな一歩であっても、こうした協力を世界各地で拡大していくことが大切なのです」
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Rein Mullerson 1944年生まれ。エストニアのタリン大学教授。2013年から万国国際法学会会長。同学会は1904年に「国家間紛争の平和的解決への貢献」でノーベル平和賞を受賞している。
■時代にあった国連改革こそ 人権教育啓発推進センター理事長・横田洋三さん
「イスラム国」は国際法上の国家ではない武装集団ですが、いまの国際法の下でも戦時国際法が適用されます。禁止された戦争犯罪を行った「イスラム国」の責任者は今後、ハーグの国際刑事裁判所(ICC)で裁かれる可能性があります。
現状ではその責任者たちをすぐに逮捕し裁判にかけることはできないので、当面、影響力を低下させるための軍事的措置を国連の下でとる必要があります。安保理の「世界の平和への脅威」という決議の下に、有志連合や安保理が組織する平和活動による、何らかの強制行動による対応を進めるべきでしょう。
この議論はまだありませんが、今日の国際法体系から出てくるひとつの対応策だと考えます。その際にネックとなるのは、活動の中心となるべき米国の国内世論です。安保理ではロシアや中国が拒否権を行使すれば決議は通りませんが、そのために妥協することは、米国内では「外交の失敗」と受け止められてしまう。
イラク戦争のときもそうでした。本来は安保理決議の下で行動すべきだったのに、米国はそれを回避して一方的に軍事行動をとった。その結果大きな代償を支払うことになり、今日の中東の混乱、そして「イスラム国」の脅威というリスクを負うことになってしまったのです。
背景にあるのは、米国の支配力は落ちてきているのに、米国の一般国民が政府ほどにはその現実を認識していないギャップです。「自由と民主主義」を掲げ、米国を基準に世界をつくれば世界は平和になり繁栄するという楽観論がまだ支配的です。任期末まで指導力を維持し、歴史に名の残る大統領になりたいオバマ氏には国民の意識を変えたいけれども変えられないジレンマがあります。
いまの国際関係では、国連および国連を中心にした国際機構の働きを無視しては、もはや政治も経済も語れません。米国も国連秩序を前提にしないと動けなくなっています。
その国連は、今年創設70周年を迎えますが、国際社会の変化は大きく、時代にそぐわない部分が見えてきました。その典型が世界の平和に責任を負う安保理の構成や手続きです。最近の世界情勢は、政治経済の実態や国際社会の民意をより的確に反映する国連改革を求めています。
当面は、安保理常任理事国5大国の拒否権行使の制限や、拒否権を持たない常任理事国の枠の創設などの検討がなされるべきでしょう。
(聞き手はいずれも機動特派員・大野正美)
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よこたようぞう 1940年生まれ。専攻は国際法、国際機構論。国際基督教大学、東京大学などの教授を経て2006年から現職。
--「インタビュー:暴力、鎮めるために レイン・ミュルレルソンさん、横田洋三さん」、『朝日新聞』2015年02月05日(木)付。
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