覚え書:「旅活:曽野綾子さんの別荘」、『毎日新聞』2015年02月14日(土)~16日(月)付。
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旅活:曽野綾子さんの別荘/上 「甘い生活」じゃない 三浦半島の緩い崖 /東京
毎日新聞 2015年02月14日 地方版
寂しい気分が抜けない1月のある日、曽野綾子さん(83)に会いに行こうと思った。なぜって、曽野さんの江戸弁、鉄砲玉のようなおしゃべりは元気が出る。東京の自宅に用件を伝えると、ほどなく本人から「じゃあ、三浦半島においでになりません?」と電話があり、電車を乗り継ぎ、夕刻前、別荘を訪ねた。【藤原章生】
半島の小さな丘、というより緩い崖に建つ一軒家。文壇関係や友人がわいわいいるログキャビンを想像していたが、1970年代風のシンプルな平屋で、曽野さんが1人待っていた。時折、近所の夫妻が家事を手伝う。
「ご夫妻、お孫さんもいるんでお邪魔だから、正月は来ないようにしてて、昨日久しぶりに来てね。ご夫妻とこの辺で取れた物で料理して3人で食べるのが私の楽しみなんです。ミカンの木が30本くらいあるんですよ。農家の方が出荷できないからって言って、曲がった大根も時々くださる。そこの花瓶の水仙も、この辺りに咲いているのを取ってきてね」
真っ赤なカーディガン、大きめのネックレスでおしゃれをしている。ソファのほか飾り物のないシンプルな居間からは、相模湾が一望できる。「晴れてれば今ごろ、夕日がきれいなんですよ。月も沈むし」。露骨に羨ましそうな顔をすると、「でも、わたくし、ここで遊んでませんよ。仕事ばかりなんです」と付け足した。いや別に「遊んでていいな」なんて言ってはいないんですが。
「34年前に建てた時、(夜ごと派手なパーティーが繰り広げられるイタリア映画)『甘い生活』をしていると村の方は思ってたんです。で、あるとき、近くの奥さんが手伝いに来て本当にたまげて、『小説家って忙しいんだね』って。ここはオフィスと同じですよ。でも嫌じゃない。書くのが道楽ですから」
何となく話題はテレビに流れた。「日本のテレビは見られない。浮かれ過ぎなんですよ。笑いで時間潰してるでしょ。食べ物と旅行とアチャラカでしょ」「アチャラカ?」「わーわー言うこと。お笑いの人をバカにしてるんじゃないんですけど、大人じゃない、ひどく幼稚化しましたよ」
じゃあ、テレビは見ないのか。「見ますよ。この前好きな番組を聞かれて、『NCIS ネイビー犯罪捜査班』(2003年から放送された米国のドラマ)って言ったの。会話が大人で、わめかない。上役の悪口なんかも全部知的です。イスラエル人の細部まで正確でね」
かちっとしたドラマが好きなのか。「ばかばかしいのも好きですよ。『セックス・アンド・ザ・シティ』(1998-04年放送の米国の連続ドラマ)は、4人の女性のキャラクターがいいんですよ、それぞれに。ファッションもきれいじゃないですか」。4人のキャリア女性の性意識を小気味よい会話で描いたコメディータッチのドラマだ。
「どの人が好きでした?」と聞くと、「どれとも共感しなかったけど、どれも面白かったですね。作家として見るとよくできてるんです」。ちょっと優等生的な答えだ。
「僕は年増の金髪、サマンサですね、一番奔放な」と言うとパッと笑顔になった。「あ、でっかくて荒っぽいの? あれ好きよ。あの人、すごくあけすけで。隣の旦那がセックスやってるの丸見えなのじっと見てたりね。主人公はかえってまともすぎるのよ。保守的な2人もあまり面白くないでしょ。あたし、あの荒っぽいのがいいわ」
米国のドラマが好きなため、CS放送と契約している。「泣く泣く高いお金払って見てるんです」「旦那さんと並んで?」「うちはベッドとテレビは別々、一緒になんて見ませんよ。(夫で作家の)三浦朱門さんは警察24時間とかしか見ないの。けちだから、CSなんて見ないんです」
でも同じ家だから料金は同じはずでは……。「とにかく全体に日本の番組は幼稚化なんです。(高齢化で)子どももいないのに、どの局もそう。あのキャラクターが出てくるでしょ、『ふなっしー』とか」。実は結構、見ているようだ。
「ああいうの(ゆるキャラ)が出てくるとあたし、すぐチャンネルを切り替えます。ああいうのに頼りすぎですよ。全国にたくさんいるんでしょ。何千もいるって話じゃないですか。警察署にまで。気味悪いですよ。私たち、もう大人ですからね」
乗ってきたのか、曽野さんの主語が「わたくし」から「あたし」に変わってきた。
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旅活:曽野綾子さんの別荘/中 人並みな暮らしがいい 窓外に暗礁のあかり /東京
毎日新聞 2015年02月15日 地方版
(写真キャプション)「去年は体調今ひとつだったですけど、クルーズやベルリンフィル聴きに行ったり、海外に3回旅に出ました」と話す曾野綾子さん=三浦半島の別荘で
曽野綾子さんというと、政治家に囲まれているイメージがあるが、思い込みのようだ。「政治家ってほとんどだめ。一人も親しくない。存じ上げている方は何人もあるけど親友じゃない」
好き嫌いが激しい。「このごろは3分以内でわかりますよ、その人と付き合えるか。書いた物でも分かる」。ひと目では分からないようだ。「うん、ちょっとね。例えばどこかの事務室に行って、ぱっと見回して、どの方にお願いすればうまく取材できるか、すぐ分かる。権力、権威主義者だけ、だめなんです。そういう人は私だめ。10分以内に匂ってくる。政治家は権威主義者じゃなきゃ当選できないですからね、それと人間に対するへつらいがないと」
曽野さんには諮問委員会のうるさ型、なんて雰囲気もある。「教育再生実行会議も10カ月くらいで辞任したんです。総理官邸見ると一種の拒否反応? ユーウツになってきたので……」。さすがに「胸くそが悪い」とは言わない。
「いじめを制度でなくそうとなんて、そんなことで人間が変わるわけない。先生が見張れと言いますが、先生には見張りきれません。終始一貫、大学まで『俺の良い面を見つけた教師がいなかった』でいいじゃないですか。恨みを土台に伸びればいいんですよ。そういう発想が全然ないんです。金なし、チャンスなし、引きがなくても、やるのが本物でしょ。文部科学省は耐えさせないの、子どもに。勇気も教えない」
勇気? とっさに、妙に勇ましい体育教員、往復ビンタが得意な男の顔を思い出した。「勇気、ですか?」
「昔は親分みたいのがいてね。いじめをしちゃいかん、俺がかばってやるとか、勇気があったんです。爆弾三勇士もいけません、広瀬中佐もいけませんってなって、勇気を誰も教えなくなったんですよ」「爆弾?」「爆弾三勇士!」「はあ」「(日露戦争の英雄)広瀬中佐もいたでしょ」「広瀬?」「広瀬中佐が杉野曹長をかばった有名な歌がある。勇気と言えば、あれしか思い出さないみたいね」「はあ」
「そうそう、吉行淳之介さんがね、あれ、広瀬中佐と杉野曹長が男色だった。だから、愛する杉野を置いてけなかったから、杉野はいずこ、杉野はいずや、って探しまわって死んだんだって。おかしいでしょ。文壇て、そこまで自由だったんですよ」「なんか、面白いっすね」「吉行さんって総じて本当に才気がおありでしたね」
気がつくと、外はまっ暗。窓の外は海。遠くに銀の光がまたたいている。
「あれね、暗礁の警報のあかりなんですよ。きれいでしょ。そろそろ、ビールでもどうですか」。手伝いの女性と曽野さんが盛りつけを始めた。酢をまぶした野菜にエビとホタテが乗ったカルパッチョだ。「海の幸以外は、近所でとれた物なんですよ」
なんとなく旅の話に。「私ね、イタリア、大好きで、本(自伝『この世に恋して』)でも書いてるんです」
Come stata ricca la mia vita(コーメ・スタータ・リッカ・ラ・ミア・ビータ)。「直訳すれば、私の人生、なんて豊かだったのという意味だそうですね」。庶民が自然に口にするセリフだ。「すごくいい言葉。リッカ(豊か)には家や自動車とかのぜいたくじゃなくて、人並みな暮らし、本当の人生が手に入ればいいってことなんですってね」
人生はうまくいかない。だからきれいな人を見たとか、下らない笑い話に派手に喜ぶところがラテン世界にはある、と応じると「それ、才能ですよ、ちょっとしたことに幸せを求められるのがね。これ、カサゴの空揚げ、おいしいのよ」。
イタリア北部、アバノの温泉で療養した時も、いい言葉を聞いた。「体に泥を塗ってくれるおばさん、14歳からずっとやってるんですって。最後の日に『1週間楽しく過ごせたわ』ってお礼を言ったら、『コメディア・テルミナータ(喜劇はおしまい)』って言うの。面白かったってことでしょうけど、健康や美容とか私が過剰に期待するのも全ておかしくかわいくバカで、それが人間なのよって意味なのかしらって。だからおばさんの一言がとっても良かったの」【藤原章生】
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旅活:曽野綾子さんの別荘/下 デタラメへの恋心今も 南へのまなざし /東京
毎日新聞 2015年02月16日 地方版
旅と読書と執筆。曽野綾子さんはそれを3等分にした生活が理想だと言う。「一つだと私はちょっと生きが悪くなる。そう言えば最近、大佛次郎の『帰郷』を手に入れたんです」。1948年、毎日新聞に連載された、戦時中のマレー半島で始まる小説だ。「私、そのころ16で、心震わせて読んだんです。シンガポールが昭南だった時代、日本を捨てた男と、ダイヤをひそかに祖国に送る女。あり得た話だと思う」
東南アジア、アフリカ。南へのまなざしは10代からのようだ。「南方が胸震わせるほど好きなのは、(作家)サマセット・モームの追っ払われていくような、打ちひしがれたっていうのもあるけど、『型にはまった社会にいるものか』って気持ちもありますね。南にはデタラメと可能性と明るさがあって、それに対する恋心、今もあるんです」
南には牧歌的な面だけでなく、人種、階級差別など、負の面もある。
「シンガポールのプールで、9歳くらいの子がインド人のメイドさんをぶん殴ったのを孫が見たことがあって。あんなふうになってはいけない、と言いましたし、植民地の面影って嫌ですけど、人間が起こすことを私、拒否しないんです。どんな可能性も受け入れるんです」
そもそも人間が立派だとは思っていない。
「人間って弱いもの。弱者はひどい、恥ずかしいこともします。私、踏み絵を踏まなければ殺すと言われたら、すぐに踏むと思ってますよ」。信仰に限らず、自分を守るため、平気でうそをつくといった意味合いだ。
「戦前、赤狩りがあったでしょ、共産党員の。軍部の手前、『思想を捨てた』と言えばいいって人は全部だめになったって。踏み絵はやはり人間をだめにするそうです」。曽野さんにルワンダ大虐殺を描いた作品「哀歌」がある。追われる民族ツチをかくまう修道院が、敵対するフツに引き渡しを迫られる場面は、まさに「踏み絵」だ。
「私が修道院長で、『ツチのシスターを出さなかったら、修道院に火をつけるぞ』と言われたら、どうするかって問題です。私いまだに答え、出ない」
殉教についてよく考える。「語源は『証(あかし)する』って意味のギリシャ語から来ているそうです。人間は恐怖を前に心が弱まるけど、突然の神の力で耐え抜いたのが殉教者なんですって」。神がいると証明したという意味のようだ。「そういう神の力が私には分からないから、踏むのは当たり前ですとも言えない。そういう感じですね、今のところ」
筆を曲げない人だ。差別的な表現の修正を求められ、新聞、雑誌の掲載を取りやめたことが何度かある。「産経以外の新聞に断られてますから。ちょっと前までは宗教団体や中国の悪口を言ったらだめだったんです。で、第三のウエーブが、差別語でしょ。私は人間の悪を書きたいから、悪い言葉も残しときたい」
性格が偏っていると、自分でも言う。
「偏ってなかったら小説なんか書けませんよ。偏りが嫌ならお役人に全部書かせりゃいい。偏っても生かしていただけるという証しが私の任務。生かしてもらえない社会もありますものね」
証し。殉教の語源でもある。職人を自任するが、筆の力は年々上がるのか。「同じですね。でも書くことがあるうちは書く。書かなくなった時、天下晴れて『怠け者』になります」
そんな気もないくせに、という顔で見返したら、目で笑い返した。【藤原章生】=来週は走活です。
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--「旅活:曽野綾子さんの別荘/下 デタラメへの恋心今も 南へのまなざし /東京」、『毎日新聞』2015年02月16日(月)付。
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