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覚え書:「コトバはどこへ行くのか 井筒俊彦を『読みなおす』意義 寄稿・若松英輔」、『毎日新聞』2015年02月16日(月)付夕刊。


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コトバはどこへ行くのか
井筒俊彦を「読みなおす」意義
寄稿 若松英輔(批評家)

 昨年は井筒俊彦の生誕百年、一昨年は没後二十年にあった。それらを機に全集の刊行が始まった。今、井筒俊彦を再評価する機運が高まっている。これまで井筒はイスラーム学の大家だと思われてきた節がある。だが、彼はイスラーム学者であると自称したことはない。むしろ、そう名乗ることに彼は、きわめて慎重だった。
 自らの専門にふれ井筒は、「哲学的意味論」だと述べたことがある。言語哲学者と称したこともあった。だが、こうした発言を前にしたとき、私たちは井筒にとっての「言語」が通常、言語学の対象となる意志疎通の機能を大きく超えていたことを忘れてはならない。


 主著となる『意識と本質』を雑誌に掲載しているときだった。井筒は突如、言葉という表記とは別にカタカナで「コトバ」と書き、独自の意味を持たせた。彼にとってコトバは、意味の塊を指す。
 それは必ずしも言語の姿をとって表されるとは限らない。作家が言語をもって意味を表現するように、音楽家は旋律を用いる。画家は色と線、彫刻家は形がコトバとなる。高次の対話が行われるとき、沈黙が、もっとも雄弁なコトバになることすらある。むしろ言語は、無数にあるコトバの一つの働きに過ぎない。
 コトバとは何であるか。コトバはどこから来て、どこへ行くのか。それが井筒の根本問題だった。イスラーム哲学、古代ギリシア哲学をはじめ、仏教、古代中国思想、インド哲学、キリスト教神秘哲学、さらにはロシア文学、フランス文学、日本古典文学までも射程にした研究もコトバの形而上学に収斂していったのだった。


 多様なコトバの働きを実感していた井筒にとって、「読む」ということも通常とは異なる営みとしいて認識されていた。「読む」とは、「書く」ことに勝るとも劣らない、創造的な営為である、それが哲学者井筒俊彦の確信だった。最後の著作となった『意識の形而上学--「大乗起信論」の哲学』で井筒は、仏教哲学の古典「大乗起信論」を今日的に「読む」ことにふれ、独白するかのようにこう語った。
 「要は、古いテクストを新しく読むということだ。『読む』、新しく読む、読みなおす。古いテクストを古いテクストとしてではなく……」。千年以上前に著されたこの書物を、歴史に裏打ちされた言説としてだけでなく、時空を超えて現代に現れた、今のコトバとして「読む」ことこそが、哲学にもとめられている、というのである。さらに井筒は先の一節に次のように続ける。
 「貴重な文化的遺産として我々に伝えられてきた伝統的思想テクストを、いたずらに過去のものとして神棚の上にかざったままにしておかないで、積極的にそれらを現代的視座から、全く新しく読みなおすこと。切実な現代思想の要請に応じつつ、古典的テクストの示唆する哲学的思惟の可能性を、創造的、かつ未来志向的、に読み解き展開させていくこと」


 見た目には古い言葉を「読む」ことを通じて、今のコトバとしてよみがえらせること、その経験を「書く」ことによって世界に刻むこと、それが哲学者の使命であると井筒は信じた。こうした哲学的態度は、晩年になるほど先鋭化されていったのだが、その萌芽は若き日の代表作『神秘哲学』にもはっきりと認められる。
 古典を、井筒が新しいコトバとして「読んだ」ように、私たちも井筒俊彦の哲学を、過去の軌跡としてではなく、今のコトバとして「読み」、その叡知を現代に生かすことが求められているのではないだろうか。(わかまつ・えいすけ)
    --「コトバはどこへ行くのか 井筒俊彦を『読みなおす』意義 寄稿・若松英輔」、『毎日新聞』2015年02月16日(月)付夕刊。

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