日記:良識(bon sens)はこの世のものでもっとも公平に配分されている
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しかし、闇の中をただひとり歩く人のように、そろそろ行こう、そうしてあらゆることに周到な注意を払おうと私は決心したので、まことにわずかしか進まなかったとしても、少なくともつまずき倒れることだけは幸いにまぬかれたようである。のみならず、いつとはなく私の信念のうちに、理性に導かれずに滑りこんだらしい意見などを、根こそぎ抜きすてることから始めようとはしなかった。それを始めたのは、企てつつあった仕事の腹案を練ろうとして、また私の知力の果たしうるかぎり、あらゆる事の確認に達するための真の方法を求めようとして、私が存分の時をあらかじめ費やしたのちのことである。
--デカルト(落合太郎訳)『方法序説』岩波文庫、1967年、28頁。
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金曜日は、月に1度の勉強会(コロンビア大学のコア・カリキュラムで読むべきとする哲学的古典を読む)で、今月はデカルトの『方法序説』が課題図書でした。
100頁に満たない短著ですが、ひさしぶりに通読しますと、まさに私たちはデカルトを『誤読』してはいなかったかと、気付かされます。
今でこそ、悪しき近代主義や二元論の元凶、という通評でデカルトを「理解」し、すでに「超克」されているという錯覚を覚えてしまいますが、デカルトを「読む」と、ちょっと待てよ! と思わざるを得ません。
デカルトは本書の冒頭を「良識(bon sens)はこの世のものでもっとも公平に配分されている」という文章から始めますが、その根拠はどこにあるのかといえば、それは「神」に置かれております。そういう認識が疑うべきもないスタンダードという認識ですから、近代の「端緒」ではなく、むしろ「スコラ学」の完成者といった方が正確ではないか、そいう感慨すら抱くばかりです。
さて……。
「良識(bon sens)はこの世のものでもっとも公平に配分されている」。
根拠をデカルトの如く「神」に置く必要はありませんが、考え方が全く異なる人間が話し合いをしようとテーブルについたとき、在る意味ではなんらかの共通理解、前提、ルールといったものが必要になります。それを「建前」といってもよいでしょうが、この良識という前提もその良質な「建前」の一つであることは言うまでもありません。
しかし昨今は、良質な建前よりもどす黒い本音を語ることの方が、何か真実を語っていることと錯覚される風潮が非常に強いように感じられます。
良質な建前など、何の役にも立たない、本音こそ真実だ!と。
確かにそれは字義通りそうなのでしょうが、しかし、どす黒い本音ばかりで公共空間が満たされた場合、人間は異なる人間と向かいあったり、話し合ったりすることは不可能になってしまいますよね。
そのことを踏まえておく必要があるように思われます。
哲学史上においても、例えば、デカルトの「良識(bon sens)はこの世のものでもっとも公平に配分されている」といった議論は、現実には、良識は公平に配分されていないじゃないかと、現代思想あたりからの反駁は非常に多くあり、まあ、たしかにそのことを否定しようとは思いません。しかし、別にデカルトは「良識は公平に配分されていない」ことを否定するために、そのテーゼを掲げた訳ではないですよね。
だとすれば、ちょと思想に触れた中学生があらゆるものを相対的に眼差すことをもってして、何かを「知る」ことの如く錯覚するような在り方というのは、柔軟に退けていく必要があるでしょう。それこそが「批判」(クリティーク)という精神ですし。
風前の灯火の如く萎縮する「建前」の復権こそ、厨二病の如き「否定」精神より優先すべきなのではないか……などと思ったりです。
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