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覚え書:「異議あり:松陰の『行動』への賛美、実は危うい 儒教思想を研究する小島毅さん」、『朝日新聞』2015年03月19日(木)付。

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異議あり:松陰の「行動」への賛美、実は危うい 儒教思想を研究する小島毅さん
2015年03月19日

(写真キャプション)小島毅さん=東京都文京区、西田裕樹撮影
 今年の大河ドラマ「花燃ゆ」は、吉田松陰の松下村塾が舞台。安倍晋三首相も、地元・長州が生んだ松陰が大好きだ。「新しい日本の礎を築いた人」という松陰像に、中国思想史を研究する小島毅さんは異論を唱える。松陰の掲げた「正義」や「行動」は、実は危うさをはらんでいたのではないか、と。その理由を聞いてみた。

 ■通じない相手を敵とみなし、テロにつながる。相手の正義も想像しよう

 ――安倍首相は2月の施政方針演説で、吉田松陰の「知と行は二つにして一つ」を引用し、「この国会に求められていることは、単なる批判の応酬ではありません。『行動』です」と述べました。

 「松陰の称揚は明治時代に遡(さかのぼ)ります。維新という『革命』を正当化するために明治政府は『行動を起こしたことは正しい』と刷り込みを行った。行動の人として西郷隆盛、木戸孝允、大久保利通の『維新三傑』を顕彰し、後から松陰と坂本竜馬が加えられたのです。『考えるだけではだめ、行動こそ重要』という考えが広まりました」

 ――松陰たちの「行動」が明治政府をつくったと。

 「ただ、そこには矛盾があります。行動によって体制の打倒に成功すると、今度は自分たちの新しい体制を守るために、ときには『行動の人』を敵と見なさざるをえなくなる。ひとたび行動が反体制に向かえば、容易にテロリズムにつながるからです」

 ――松陰は幕府の老中、間部詮勝(まなべあきかつ)を暗殺しようとして死刑となりました。弟子の高杉晋作や久坂玄瑞は英国公使館を焼き打ちしました。

 「そう、松陰は、自分の愛(まな)弟子の伊藤博文をハルビンで暗殺した朝鮮人の安重根と似た立場の人だったんです。明治政府は、いわばテロを企てた人を顕彰したことになる」

 ――明治政府が行動を重視し、松陰を顕彰したなら、それが第2次大戦後まで受け継がれたのはなぜでしょう。

 「戦後、松陰の評価が巧みに書き換えられたからです。松陰の行動の根幹は尊王思想です。天皇にふたたび政治の実権をとってもらうことが大事で、『日本の夜明け』は二次的なものでしかなかった。戦後は尊王思想の部分が隠されて、『行動』だけがクローズアップされました」

    *

 ――安倍首相が引用した「知行合一(ちこうごういつ)」は、儒教の陽明学の思想ですね。

 「松陰が陽明学者と見なされるようになったのも明治以降です。そもそも江戸時代、陽明学はほとんど力を持ちませんでした。陽明学を有名にしたのは、幕府への反乱を起こした大塩平八郎で、彼のせいでむしろ危険思想と見なされていたのです。陽明学の『知行合一』が重んじられるのは明治維新後のことです」

 ――なぜ日本人はそこまで行動を重視したのですか。

 「行動の重視は日本人だけの特性ではありません。ISこと『イスラム国』も行動を重視しているでしょう。ただ、日本における思想の根付き方として、体系的な理論よりも、何をすべきなのかわかりやすいものを求めがちです。陽明学もそうしたかたちで受け入れられた。理想を実現するために、地道な言論によって人々を感化するのではなく、直接行動するという考え方が強くありました」

 ――その理想とは何だったのでしょうか。

 「一言でいえば『日本国の存続』です。天皇を中心とした挙国一致体制をつくり、西欧勢力の進出に対抗する。日本を一等国にするという目標のために、『日本のすばらしさ』が強調される。それが昭和20年の決定的敗戦でも終わらなかったところに、今に続く問題があると思います」

 「バブル崩壊後、ジャパン・アズ・ナンバーワンとおだてられていた時期に戻りたいと多くの国民が思った。しかし現実には、中国に経済力で追い越されました。その状況に耐えられず、『日本のすばらしさ』を顕彰しようというムードが再燃したのでしょう。『すばらしさ』の象徴として松陰が称揚され、ことあるごとに松陰を引き合いに出す安倍首相が支持される」

 ――松陰的なリーダーを求める空気があると。

 「近代の日本にも、大久保利通や伊藤博文など、松陰的ではないリーダーはいました。ただ、彼らも表面上は松陰的に振る舞わないと支持を得られない。本来、政治はだまし合いの世界であるはずなのに、策を弄(ろう)する政治家は嫌われ、誠心誠意の人をリーダーにしようとする。危ういことだと思いますね」

    *

 ――『行動』の理由が善意や正義でなくてはいけない。

 「中国に対する侵略戦争にしても、当事者たちは欧米列強や蒋介石の国民政府からの解放、あるいは赤化の防御と主張したわけです。善意でやっていることが恐ろしい。自分が正しいと思うことを他者もそう思うとは限らないという認識が欠けていた。海外の思想を、細かい論理のあやをすっ飛ばして受容してきたツケかもしれません」

 ――安倍政権が唱える「テロとの戦い」も、正義と善意が前面に出ています。

 「松陰的な思考だと、自分の善意が相手に通じないとき、相手を攻撃するだけになる。『他者』の存在を認め、その『痛み』を理解すれば、テロリストたちがなぜ残虐なことをするのかも想像することができる。決して共感する必要はないのですが、彼らには彼らの正義があり、松陰の『やむにやまれぬ大和魂』ならぬ『やむにやまれぬムスリム魂』で行動しているのかもしれない。それを最初から全否定すれば、つぶすかつぶされるかしかない」

 ――彼らの中にも「吉田松陰」がいて「松下村塾」があるのかもしれない。

 「そうです。それを理解する想像力が大切です」

    ◇

 こじまつよし 52歳 62年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は儒教思想。東アジア海域文化という視座から、日本史の新たな読み直しも行っている。主な著書に「近代日本の陽明学」「増補 靖国史観」「父が子に語る日本史」など。

 ■吉田松陰と陽明学

 吉田松陰は1830年、長州(山口県)生まれ。通称は寅次郎。家学である山鹿流兵学を修めたが、後に洋学者・佐久間象山に師事。54年、外国への密航を企て、下田に停泊中の米国ペリー艦隊の軍艦へ乗り込もうとするが失敗。長州・萩の牢獄に入る。

 出獄後、萩郊外の私塾・松下村塾で、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋らを教える。幕府の老中・間部詮勝の暗殺を企てた罪により、59年、江戸で刑死した。

 松陰はもともと軍学者・洋学者だったが、中国・明代の儒学者・政治家だった王陽明(1472~1528)の思想である「陽明学」の影響を強く受けたとされ、「知行合一」を重視した。

 ■取材を終えて

 今、「2015年の松下村塾」があったらどうだろう。松陰のような理想を掲げる指導者のもと、「意識高い系」の若者たちが天下国家を論じる姿を想像すると、なんだかちょっとイヤじゃないですか。今回、小島さんが「松陰の立場はテロリストと同じ」と断じるのを聞いて、松下村塾がやたらもてはやされることへの違和感の理由がわかったような気がする。松陰の「正義」と「善意」は、けっこう迷惑なのだ。(尾沢智史)
    --「異議あり:松陰の『行動』への賛美、実は危うい 儒教思想を研究する小島毅さん」、『朝日新聞』2015年03月19日(木)付。

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[http://www.asahi.com/articles/DA3S11657442.html:title]


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