覚え書:「松尾貴史のちょっと違和感 『八紘一宇』持ち上げる与党銀 言葉のチョイスは生命線では」、『毎日新聞』2015年03月22日(日)付日曜版(日曜くらぶ)。
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松尾貴史のちょっと違和感
「八紘一宇」持ち上げる与党議員 言葉のチョイスは生命線では
元女優の与党議員が、予算委員会で質問をしている様をぼんやりと見ていた。先日、新幹線からホームに降り立つ彼女と出くわしたばかりだった。その時にも感じたのだが、いろんな意味で顔つきが変わってきたなあ、などと思いつつ(人の人相をとやかく言えたものではないが)聞くともなしに、しかし耳に入っては来ていた。滑舌はいい、もちろん国会議員にしては、といったレベルだが。だがそこに実感というか、現実感というものが伴っていない空々しさが常に漂っていて、あまり上図ではない役者が、2時間ドラマの法廷ものか何かで弁護士か検事の役を力んでやっている雰囲気だった。当然だが、政権に対する礼賛ばかりを並べていて、首相に語りかけるときはまるでハニーがダーリンに語りかけるように甘く呼びかけていた。
よかったねえ、巨大与党だからこそこういう見せ場を与えられて、などと思いつつチャンネルを変えようかというときに、なぜか税制の話の中だったかと思うが、「八紘一宇」という四字熟語を持ち出した。前時代的というよりも、今時この言葉を前向きな意味合いで使う、私よりも若い女性がいるのだなあと思ったが、話の流れからこの言葉を持ち出す意図が全く読めなかった。というよりも、この熟語を使いたいのでどこかに入れられないか探してこじつけて入れたような違和感があった。
この言葉の由来は日本書紀の「掩八紘而為宇=八紘を掩いて宇にせむこと亦可ろしからずや」という文言をもとに、思想家が大正時代に短縮した造語らしい。
この議員は、「ご紹介したいのは、日本が建国以来、大切にしてきた価値観、八紘一宇であります」と述べていた。そうすると日本の建国は大正時代ということになってしまうが、それは勘違いだとしても、彼女にこの言葉を使わせようとアドバイスなりレクチャーをした人がいるのではないかと想像してしまった。
あの中曽根康弘首相(昭和58<1983>年当時)ですら、衆議院の本会議で「戦争前は八紘一宇ということで、日本は日本独自の地位を占めようという独善性を持った、日本だけが例外の国になり得ると思った。それが失敗のもとだった」と、反省材料として否定的に使っているし、もちろん他の多くの政治家たちもそのようにこの語を扱っていた。
私も、国民を間違った方向に向かわせる標語として大活躍した、どちらかといえば好ましくない言葉だという認識だった。しかし、今回は建国以来の美徳としてご紹介してくださっている。建国以来大切にしてきたのなら、彼女が首相や多くの国会議員、そして多くの国民に「紹介」する必要はないだろうが、ここで「紹介」することによって、憲法と同じくこのスローガンも既成事実として「解釈変更」をしようとしているのでは、と被害妄想的になってしまう。
この言葉のそもそもの意味をあれこれ文句をつけるつもりはないのだけれども、この言葉をあえて紹介するならば、どういう使われ方、扱いをうけてきたかを調べなかったとは思えず、であれば、戦時中はこの標語を批判するだけで治安維持法などの戦時法制の取り締まり対象となって、非国民の扱いをうけてしまうようなセンシティブなものだったということに気がつかなかったのだとすれば、あまりにも迂闊ではないか。
本来の意味は道徳的なものなのだとか、そういうことは関係なく、言葉というものが持つ性質か、その言葉がどう使われてきたかということが大きな問題で、放送や新聞で使われないようになったりした言葉にも、それぞれの語源ではなく、伝来、来歴でまとわりついた因縁が大きく影響している。
政治家の仕事は語り合うことだ。その時、大切な道具としての言葉のチョイスは、生命線なのではないだろうか。(放送タレント、イラストも)
--「松尾貴史のちょっと違和感 『八紘一宇』持ち上げる与党銀 言葉のチョイスは生命線では」、『毎日新聞』2015年03月22日(日)付日曜版(日曜くらぶ)。
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