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日記:<絆>の落とし穴--魔術的機能


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東日本大震災からちょうど4年経ちました。
現実に復旧したところもあれば、放置されているところもあったり、癒えた傷もあれば、直らぬ傷痕も残っています。

人それぞれに言いたいこと、言いたくないことはたくさんあるとは思いますが、ひとつだけ。

4年の「事件」は、未曾有の震災であったにも関わらず、その「事件」が、何かを悪い方向へ導いていくための材料として都合良く「利用」されていること、そして本来目をむけなければならないことに目を瞑るように「利用」されていることだけが気がかりです。

震災直後の「絆」の連呼は、今や世界の中で咲き誇れ式の「自愛」の連呼へと変貌している今、そのことだけが気がかりです。

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<絆>の落とし穴--魔術的機能
 大地震と津波は、あらためて、「無縁社会」の恐怖を実感させ、原発事故は、科学技術が国家や企業の利益優先の「安全神話」と結びつくとき、どれほど巨大な災害をもたらすかを、まざまざと思い知らせたのでした。そして、このような思いの中で、人間をささえるさまざまな人と人との絆の有り難さをあらためて痛感させられたのでした。
 けれどもこうした中で、私にはとても気になることがあるのです。それは、絆には決して優しい「ふるさと」意識や家族回帰の思いがあるのですが、それを超えて、いつの間にか過剰なナショナリズムへ国民を引きずりこんでいく恐ろしい呪術的機能があるからです。折しも、竹島問題や尖閣諸島の領有権をめぐって、はなはだ剣呑な領土問題が、のっぴきならない仕方で浮上し、ナショナリズムの火が燃えかけています。偶然とは、とても思えない。絆が「ふるさと」回帰を超えて、ナショナリズムと手を結ぶとき、そのときに何が起こるか、言うまでもなく戦争です。それが政治の魔術であることを私たちは第二次大戦のナチズムやわが国の全体主義の経験を通して、肝に刻んだはずなのです。その防壁としての憲法九条なのです。憲法九条がなかったら、過熱したナショナリズムはたちまち男たちを闘争へ誘発する。それほどに過剰なナショナリズムは、危険をはらんだ暴力的魔性の力学そのものなのです。こうした視点からすると、絆という用語には、人間と社会を暴力に向かって駆りたてる危険な政治的魔術のような機能がある。それが怖い。
 「政治化した宗教」も「宗教化した政治」も、いかに暴力的で魔術的であるか。さかのぼれば、第二次大戦中の国家神道が、まさに政治的魔術として機能したのでした。このような文脈で見ると、<絆>にはきわめて危険な「落とし穴」が隠されている。このことを注意深く見極めていくことが肝要です。とりわけ宗教者は、その危険を見極めることに敏感でなければならない。事実、憲法改正の動きが、にわかに頭をもたげている。その動きも、一部は明らかに本来の強い日本をとりもどすといった魔術的な「ふるさと」回帰のナショナリズムと結びついている。
 このように見ると、<絆>は、きわめて両義的です。<絆>には共同体を古い絆から解き放ち、人々が主体的・選択的に他者と新しい関係を取り結び、新しい人間関係をつくっていくために不可欠な靱帯としての機能がある。これは自由であり、解放であり、<救い>そのものです。しかし、一方には、国民を縛って意のままに操るナショナリズム国家権力による魔術的な暴力の意味がある。
    --山形孝夫「宗教の力 --<絆>再考」、『黒い海の記憶 いま、死者の語りを聞くこと』岩波書店、2013年、92-94頁。

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