神学

日記:「キリスト者である前に日本人である」云々式の精神論の問題


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日本的精神風土に対峙してきたのが、(実際のところ、メインストリームではない・涙)「自律」したキリスト者たちの血涙の系譜になるから、その超越的な警世批判には、いつも憧憬する。

それは、内村鑑三しかり、南原繁しかり、矢内原忠雄しかり、柏木義円しかり、そして、吉野作造しかりである。

しかし、キリスト者と名乗りながら、曽野綾子よろしく、日本会議と連動して、何等批判精神をもつことなく、ずるずるべったりの日本的瑕疵を宣揚する政治家のごとき連中も多く、くらくらするが多い。

そしてそういう連中は、「キリスト者である前に日本人である」云々式の精神論で、その跳躍を試みようとするけれども、キリスト教をはじめとする、個々の伝統を超脱する伝統の系譜というものは「である前に○○人」などとは言わない訳でございまして、その矮小な歪曲に「いかがなものか」と覚えるのは、私一人ではないとは思う。

まあ、この話、キリスト教にだけ限定されるわけではないけど、例外なんじゃと自認し教えを説く有象無象は多さには驚愕するほかない。

現実に歴史的に構想された「○○人」は存在すけれども、人種主義よろしくア・プリオリに存在する「○○人」を特定することは不可能だ。国民国家が「想像の共同体」よろしく、「機能」としての「○○人」自体は否定しないけれども、「情念」としての「○○人」の声が大きくなり、「そうだそうだ!」と合いの手が入るようになればおしまいでしょうが。

「お前もそうか」って式にその話者と何か共通点があることがわかって、「おお、お前も同志か」ってなることこがよくありますけど、単純に頷けない場合の方が多いんだよね。その共通点というのは、四海同胞を掲げたものであってたとしても、所詮、この世のものにすぎない人間の一瞬の一致にすぎないから。

(出会い論ではないことには留意しつつも)その偶発的な出会いや一瞬のまじわりに、その共通するカテゴリーから眼差しがアプリオリに落とし込まれ、「そうか、そうか」ってなると厭になるんだよな。

現実にその一瞬の交わりやたった一度の出会いが人間を決定的に変えるのは事実だと思う。しかし、その決定的な要素とは、お互いが「日本人」であるとか云々で「決まる」地平を離脱したからそこに「永遠」が立ち上がる訳でさ、ここをカンチガイすると、包摂のつもりで排除というローカルへ退行する。

そのローカルとは何か。ありもしないのにあるが如く、想定された地獄へと進む善意の道でございますよ。

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日記:カトリック信仰者の靖国神社への収斂とはこれいかに。


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歴史的仮名遣の『神社新報』まとめて読んでいたら、わりとうけまくってしまい、つらい。
( ※特定のイデオロギーの紐帯としての神社信仰には唾棄を覚えるけれども、熊楠のような対峙と同化と臆面もなく錯覚するのとは同義ではない包摂には憧憬を覚えますがね。 )

[http://www.jinja.co.jp/:title]

たとえばこれ。
「杜に想ふ 秋の夜長=八代司」『神社新報』平成26年09月15日付。
[http://www.jinja.co.jp/news/news_007649.html:title]

いわく「本欄にも折々に執筆される山谷えり子氏と有村治子氏とがそれぞれ初入閣。その活躍ぶりは早速に表はされ」って記述がありますが、確かにネオナチ団体といちゃこらして「しらんがな」では済まないわけで、まあ、って確かに世界を驚かせるような活躍しとるわな。

さて、「杜に想ふ」にたびたび登場され、戦前日本への回帰を切に願う山谷えり子代議士の信仰がローマ・カトリックと耳にして驚ゐている。

カトリックだからといって『神社新報』に寄稿するなとは言わないし、政治的立場は様々在るとはおもうけれども、「教会は野戦病院であれ」と語る現フランシスコ教皇との隔たりは大きいなあ。

 いったいどういう経緯で靖国と合体したりすんやろう? まじで興味津々です。まあ曽野綾子などといった民間人の噴飯モノもおるのやけれども。

日本キリスト教思想史を研究する中でどうしても注目してしまうのは、「日本教」とでもいうべきメンタリティとの「対峙」。消極的迎合の批判の先行研究は多いけれども、しかし、山谷えり子さんに代表されるような「積極的迎合」のメンタリティつうのも、きちんと腑分けしないといかんなあ、と。

文化内受肉としてその地域としての展開というのは、それを積極的ないしは消極的に評価しようともやむを得ないし、ざっくりですが韓国やフィリピンのキリスト教と欧州のそれに「温度差」はある。しかし山谷えり子さん的な「国家」を「神」のように捉える視座つうのはちゃうやろうと思ったりです。

しかし、まあ、これはカトリックだけでなくて、無教会主義の系譜のトンデモ展開として幕屋もあるわけなので、近現代日本のキリスト教主義から派生するウルトラナショナルはスルーできないですね。誰か一緒にやります??? とかふってみたり。

( ただ、これはキリスト教に限定される話ではないけれども、マモンに過ぎない領域制国民国家を神聖化したり、あるいはそれと対峙しようとしたりする系譜というのは「僅かな数」であり、まあ、どうでもええわ、というのが一番多いのやろうとは思いますが )


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日記:トマス・アクィナスをよむ意義


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月に一度、コロンビア大学コアカリキュラムの教材を取り上げ、雄志で勉強会をしているのですが、5月がアウグスティヌスで、今月がトマス・アクィナス。キリスト教思想史における二大巨人の著作を概観して思うのは、二人とも「紋切り型」のフレーズで、究極的なことを語らないということでしょうか。

信仰世界における言語運用は、それが信/不信、救済可能性/不可能性といった究極的関心事に関わるとき、非常に貧しいやりとりになりがちです。まさに「紋切り型」のとってつけたような、どこか「僕の言葉」……ただ、これも究極的には「僕の言葉」なんてない訳ですが……とは違う「借り物」のそれとして。

アウグスティヌスの場合、マニ教の提示する安直な物語から脱却する過程において、徹底した自己内省察が遂行されますが、それは、まさに、究極的な関心事に関わることにおいて、自分で考えてみる、自分の言葉でそれを照らし直してみる、そういう「他者依存」とは異なる徹底的対峙が遂行されます。

トマスの場合も同じくです。大著『神学大全』を紐解くと一目瞭然ですが、問いに対する答えは設定されますが、それと同時に、あらゆる可能性が検討され列挙されます。究極的関心事に対する問い-答えというそれは一つかもしれません。しかし、それを背景から支える言語は多様に存在する。そのことを無視しない。

「それこそ深い信仰である」or「それこそ不信である」という言葉が投下される時の無味乾燥な、どことなく自分とは存在様態がリンクしない紋切り型のフレーズを徹底的に避ける中で、事柄を「自分自身に取り戻す」。その闘いをトマス・アクィナスは敢行していたのではないかと。そう思われます。

自身の著作全てを否定するトマス・アクィナス最後の10日間に肉薄するのが矢玉俊彦『判断と存在―トマス・アクィナス論考』(晃洋書房、1998年)。トマス自身そのテクストが固定化されることを最後まで退けた。借り物ではない、自分の頭で考えることと恩寵の交差は確かに存在する。

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覚え書:「ローマ法王:長崎キリシタンは「模範」 潜伏し信仰死守、称賛」、『毎日新聞』2014年01月17日(金)付。


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ローマ法王:長崎キリシタンは「模範」 潜伏し信仰死守、称賛
毎日新聞 2014年01月17日 東京朝刊

一般謁見に現れたフランシスコ・ローマ法王=バチカンのサンピエトロ広場で15日、AP

 【ローマ福島良典】世界のキリスト教カトリック信徒約12億人の頂点に立つフランシスコ・ローマ法王は15日、江戸時代に長崎の潜伏キリシタンが聖職者不在の中で約250年間にわたって自分たちで洗礼を授け、信仰を守り続けてきたことを「模範」とたたえた。

 法王はバチカンのサンピエトロ広場での一般謁見で「日本のキリスト教徒は17世紀初めに厳しい迫害を受けた。司祭は追放されて、いなかったが、キリスト教徒は潜伏しながら信仰と祈りを守り、子どもが生まれると父母が洗礼した。洗礼のおかげで生き延びた」と説明。「この出来事から私たちは多くのことを学ぶことができる」と述べた。

 法王が言及したのは長崎・浦上の潜伏キリシタン。禁教下、7世代にわたって信仰を死守してきた農民の男女十数人が1865年に大浦天主堂を訪れ、約250年ぶりに信徒と司祭の出会いが実現した。「信徒発見」と呼ばれ、宗教史上の奇跡と言われている。

 日本全国のカトリックの司教で作る「日本カトリック司教協議会」は2015年が「信徒発見」から150周年にあたることなどから、法王の訪日を招請している。訪日が実現すれば、1981年2月の前々任、ヨハネ・パウロ2世以来2回目となる。法王は昨年7月のブラジル訪問の帰路、今年以降、アジアを訪問したいとの意向を表明した。
    --「ローマ法王:長崎キリシタンは「模範」 潜伏し信仰死守、称賛」、『毎日新聞』2014年01月17日(金)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20140117ddm007030140000c.html:title]

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覚え書:「第67回毎日出版文化賞 力作そろう トマス・アクィナス 神学大全」、『毎日新聞』2013年11月03日(日)付。


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第67回毎日出版文化賞
力作そろう

トマス・アクィナス 神学大全 全45巻完結
稲垣良典他訳(創文社・3990~7980円)=企画部門

世紀またいだ偉業
 キリスト教神学最高の達成「神学大全」は今日も燦然と輝きを放つ。その翻訳が52年の歳月を経ていよいよ完結した。全45巻き39冊。高田三郎、稲垣良典ら最高の訳者をえてわが国の知的資産に新しい宝石が加わった。
 中世の教会は何百年もかけて建造された。高くそびえるゴシックの尖塔は、日々たゆみない職人の努力とそれを支える協働の忍耐のたまものである。「神学大全」の訳業も、教会建築と同様、世紀をまたいだ偉業である。私が学生のころ、書店の書架に並ぶ番号は飛び飛びで、いつ完成するのかと見上げたものだ。企画に関わった人びとも多くは物故者となり、栄誉で報いるすべもない。出版という使命を深く理解した先人の覚悟にただ頭が下がる。
 「神学大全」は特徴的な問答のやりとりからなり、問題の所在とさまざまな学生が紹介されたあと、トマス・アクィナスがもっとも妥当と考える学説をのべるスタイルで晋。スコラ哲学と揶揄するならせよ、西欧の哲学も科学もここから始まった。敬意とともに改めて全巻を味わいたい。(橋爪大三郎)

いながき・りょうすけ 九州大名誉教授(哲学、法哲学)。1928年生まれ。東京大卒、南山大、九州大、福岡女学院大などの教授を歴任。中世哲学研究の第一人者として知られる。著者に「習慣の哲学」「抽象と直観」など。
    --「第67回毎日出版文化賞 力作そろう トマス・アクィナス 神学大全」、『毎日新聞』2013年11月03日(日)付。

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他人はみなそれぞれかけがえのないものですけれども、私たちは全員の死ををひとしく哀悼することができません


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 ポワリエ 他人はみなそれぞれかけがえのないものですけれども、私たちは全員をひとしく愛することができません……
レヴィナス まさしく、それゆえに、私たちは、私が倫理的秩序あるいは聖性の秩序あるいは慈悲の秩序あるいは愛の秩序あるいは慈愛の秩序と呼ぶものから出てゆかねばならないのです。いま言ったような秩序のうちにあるとき、他の人間は、彼がおおぜいの人間たちの間で占めている位置とはいったん切れて、私とかかわっています。私たちが個人として人類全体に帰属しているということをとりあえずわきにおいて、かかわっています。彼は隣人として、最初に来た人として、私にかかわっています。彼はまさにかけがえのない人であるわけです。彼の顔のうちに、彼がゆだねた内容にもかかわらず、私は私あてに向けられた呼びかけを読みとりました。彼を放置してはならない、という神の命令です。他なるもののために、他なるものの身代わりとして存在すること、という無償性の、あるいは聖性のうちにおける人間同士の関係がそれです!
ポワリエ 質問を繰り返すことになりますが、私たちは全員をひとしく愛することができません。私たちは優先順位をつけ、判別します……
レヴィナス というのも「全員」(Tout le monde)という言葉が口にされたとたんにすべてが変わってしまうからです。その場合には、他人(l'autre)はもうかけがえのないものではなくなります。この聖性の価値--そしてこの慈悲の高まり--は、全員が同時に出現するという事態になれば、他の人たち(les autres)との関係を排除することも、無視することもできなくなります。ここで選択という問題が出てきます。私は「内存在性からの超脱」(des-interessement)を果たしながら、今度はいったい誰が際立って他なるもの(autre par excellence)であるのかを特定することを迫られるのではないでしょうか?評価(ratio)という問題が出てきます。裁きの要請が出てきます。そのときまさしく、「かけがえのないものたち」(uniques)のあいだで比較を行うという要請が、彼らを共通の種属に還元するという要請が出てくるわけです。これが始原的暴力(premiere violence)です。かけがえのない唯一性(unicite)に対する異議申し立てです。
    --エマニュエル・レヴィナス、フランソワ・ポワリエ(内田樹訳)『暴力と聖性--レヴィナスは語る』国文社、1991年。

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今年は、葬儀が多い一年で春先から、4件目になりますが、葬儀に出られないのでお通夜に参列して参りました。

現在の地に引っ越して10年の間。たまたま隣家だったことで、家族のようにおつきあいし、子供も祖父のようにかわいがってくださいましたので、一緒に参列してきました。

葬儀の度に実感する話ですが、少しだけ書きのこしておきます。これはいつも言っているとおりなのですが、建前としては、「全ての人に等しく」ありたいのですが、現実には、対象を序列化して扱わざるを得ないのが人間ということです。先験的な善し悪しや、そのことに無自覚でよしとするのではありません。

お前が薄情ものだろうと人間主義を気取ってもはじまりませんし、人間とはそういうものなのさと気取ってもはじまらないのですけどね。

どこから人間をはじめるかといえば、そういう極端なところに定位してはじまるのではないという話です。葬儀に対する異なった感情は端的にその消息を物語っているのではないかと思います。

例えば、会社で部下が葬儀で急に欠勤するとなったら、上司は月並みに人並みに弔いの念は沸いてくるとは思います。しかし、同時に、それ以上に、「ああ、彼が休む。シフトがやばいな」などとも思うし、参列する方は参列する方で「つき合いで参列めんどくさい」というのもある。

それを「非人間的か」と誰何されれば違う訳でね。

今回の葬儀もまさにそういう複雑な感情と向かい合わざるを得ませんでした。つまり、俗に、家族・親族は特別な「絆」の共同体であり、それ以外は「さしあたりの人間関係」にすぎないか言われればそうではないということ。

形式から言及すればものすごくお世話になった方ですから「行かざるを得ない」葬儀でありますので、参列しますが、家族であっても「行かざるを得ない」葬儀であったとしても、前者の方が弔いの念が「強く」、後者の方が「弱い」場合もあるということ。春先に実家の祖母の葬儀がありましたが、明らかにリソースの注ぎ方は違いましたよね。

こういうところを判断していくと、レヴィナスが「他人はみなそれぞれかけがえのないものですけれども、私たちは全員をひとしく愛することができません」という質問について、平板な善意のような人間観だけ人間存在を認識してもはじまらないしそうではないというパラドクスに言及しておりますが、それは、愛という側面だけでなく、死に関しても、人は序列化して扱っているのは間違いない。

まさに薄情者vs人間主義というすっぺらいイデオロギー対立の喧噪のなかに人間は存在しているのではないと思う。善し悪しを先験的な立場から判定するよりも、そこから、ではどういう風に組みたてていくのかということが問われているような気がする。

その人間の存在を規定する認識に振り回されて終わりとするのか、それとも、そういう規定を自明のものとさりげなく落とし込む構造を理解するだけでなく、ダブルバインドに満ちた存在が人間であることを自覚してから、さてどうよ、というステップが必要なんだよな、……などと思うのですがね。

人間は、俗に排他的特権的な共同体と措定される家族共同体よりも、大事な相手であると措定することもあるのは事実なんだろうと思う。しかし、それは「ナチュラルではない」と断定など、おそらくはできない。家族社会学の知見に従い、近代家族そのもののフィクション性からもわかる通りですが。

勿論、家族に関する事柄で、「そんな嘘っぱちやから、全部放置プレーでok」という短絡ではありませんが、人間がそういうものである以上、全部を家族に還元してことたれりとする発想にはいかがわしさは感じざるを得ない。例えば、イデオロギー性にまみれたエセ科学に過ぎない親学に共感するみたいなw

無責任を気取ったり、問題を指摘して鬼の首をとる必要はないと思うけど、「これぞ、人間としてナチュラルだ」/「これぞ、人間として非ナチュラルだ」という発想からは、どこかで訣別していかないと、都合のよい「さしあたりに過ぎない」人間観に、生きた人間の身の丈を合わせることになってしまうのぢゃないのかねー。

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葬式についての雑感(2)


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 私の父は大学を定年引退したあとに熱心な仏教徒になったが、決して寺に行くことも僧侶の話を聞くこともなかった。日本の仏教は戦争犯罪を行い、反省をしていないと考えていたのである。それで父親は死ぬ数日前に、手書きの短い遺言を書いた。自分の死に際して、日本の僧侶の手を触れさせるな。葬式に類するものはいっさいするな、というものであった。私は仏教徒である、だから戦争に荷担した仏教に私の死をゆだねない。ということである。原理はよろしいのだが、これを完全に実現するのはなかなか難しい。それで姉と兄と相談して、しばらくは父親の死を親戚、隣近所、友人、学生などから隠すことにした。日本社会は、父親が考えるところの「戦争荷担の仏教」と「葬式仏教」と一体化しているので、遺言を実行するためにいっさいの行事をせずに一時的に父の死を日本社会から分離したのであった。
 だいたいうまくったのだが、火葬場で係のひとがやってきて、故人は仏教徒でしたか、神道でしたか、クリスチャンでしたか、無宗教でしたかと聞いたので、仏教徒でしたと言ったのがまずかった。お骨がでてきたときに僧侶がやってきて、勝手にお経をあげはじめたのである。あわてて姉と兄と相談したが、途中でやめる必要もなかろう、お父さんスミマセンということで黙っていた。一週間ほどして父親の死をまわりに知らせると、香典を持った人がやってきて拝ませてくれという。しかし仏壇もなければ位牌もないし、戒名もないのである。お香典も受け取るな、と言われている。それで泣きながら事情を説明して断ると、向こうも泣きながら、それでは気持ちがおさまらない、ぜひ香典だけでも受けとってくれ、という押し問答になる。火葬場での読経をやめさせるかどうかの息子と娘たちの緊急立ち話会議も、香典を断る泣きながらの押し問答も喜劇的なのである。体制に対して、それと異なった原理を押し通すことは、悲劇的でもあり喜劇的でもある。
    --室謙二『非アメリカを生きる  --〈複数文化〉の国で』岩波新書、2012年、152-154頁。

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葬儀が終わって東京へ戻りました。東京の仮寓の住まいが結局一番、落ち着きますね。

元々は濃厚な人間関係が厭で出奔したようなものですが、その「重力」からは決して逃れることができないから、形式的であろうが、「そんなものよね」と相対化によって適切な落とし所に今となっては着地しましたが、それでも実家世間に帰ってももう「居場所」はないといいますか。

田舎の旧家の人間関係てものすごく疲れるんです。だからデラシネになりたいとは思うものの、人間が生きるにはデラシネであることはできない。だとすればどうつきあっていくのかといいますか--。

「あほくさ」とは思うものの「爆発しろ」では解決しない。無自覚な馴化・惑溺も全否定でもない聡明さが必要かなあ、と。

そういう人間関係世界の建前とホンネが交差するのが、おそらく生老病死に関するセレモニーになるんだろうと思います。

簡素かつ極度の形式主義ではありましたが、まあ、いい葬儀だったのではないかと思う。92で亡くなった祖母の死顔はいい表情だったし、数年ぶりに従兄弟とも再会する機会になった。

これで私と細君の祖父母は皆亡くなりました。今回は、氏家家に養子に入ったうちの親父の母。甲斐源氏の秋山氏の出の日蓮門流。満州で結婚して、興正派。今回は真宗での葬儀。まあ、それはそれでいいのかとは思った。

末木文美士さんの『日本仏教の可能性 現代思想としての冒険』(新潮文庫)を読んでいた所為かも知れませんが、現実に葬式仏教オワタのは否定できない。ただし、それを消滅作戦的全否定で迎えても始まらないなーという話で、死者を引き受けたそれをどう「内在的超越」していくかで、人間関係も同じなのじゃないのだろうか、と。

なので、その人が自分自身に向ける眼差しとして「これでない絶対だめだ」というのは理解できるが、「これでないと成仏できない」という他者への言葉は、「坊さんを呼ばないと成仏できない」というシステムと五十歩百歩なのじゃないのかも、とネ。

余談ですが、先月が本願寺派で、今回は興正派。念仏の抑揚が違うのよね、少し驚き。それから初七日で使った「正信念仏偈」の参列者用のテクスト、抑揚の発音記号というか、例えば「この音をのばす」という指示書きが教文に振られており、これは親切だなとは思いました。こういう配慮は大事だろうとw

まあ、坊さんのおはなしは少し糞過ぎてツライものがあったのと、ネタ受け用でイスラームの話をしていたけど、少し噴飯モノ過ぎて辛かった(><)

まあ、しかし、坊さんを呼びたいという需要があれば、必要かとは思いつつも、それに安住する構造は、結局の所、需要の側も供給の側にとってもお互いの為にはならないだろうね。

しかし、伝統としての宗教(家の宗教)と、個人の自立的受容による宗教の問題とは、ほんとどちらがエライとかいう単純な問題ではないとはここ数年痛感する。宥和的言及が多いですが、個を尊重しない家の宗教にはもの凄い問題はあるのは承知してますが、破壊ではなく創造的な批判であらなければとね。

私個人としては、もうユニテリアンのような感じだけど、それでも、吉満義彦に注目せざるを得なくなってしまう。自身の信仰告白をたえず強要される在り方から、静謐に祈る「伝統」への移項が何を意義するのか。もう一度点検しなければならないとね。


関連エントリ

http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/20130319/p1


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近代天皇制国家のもつ、疑似宗教性への反撥のふたつの道


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 この事件には仏教徒のかかわりが目立つ。死刑となった内山愚童は、曹洞宗の住職であったし、無期懲役となった高木顕明は、真宗大谷派の住職であった。また、同じく無期懲役の峯尾節堂と佐々木道元は、峯尾が臨済宗の僧侶、佐々木が浄土真宗本願寺派末寺の出身であった。また、この事件に関連して家宅捜索を受けた人物のなかにも、二人の仏教徒がいた。一人は、毛利清雅で真言宗の住職、もう一人は、井上秀天、カルカッタで原始仏教を研究した経歴をもつ。死刑の求刑を受けた二四名中、四名が仏教徒であったのは、なぜか。単なる偶然であろうか。私には、それなりの必然があったように思われる。では、その必然性とはなにか。
 その前に、ぜひ言及しておきたいことがある。それは、幸徳秋水の遺著作『基督抹殺論』についてである。その序文には、この文章が、三畳一室の一点の火気もなく、鉄窓からもれる光をたよりに、病身をおして凍筆に息を吹きかけて書いた、自分の最後の文章であり、生前の遺稿であると、したためられている。執筆の開始は、捕縛以前であったが、彼がどのようにしてこのようなテーマのもとに、結果的には絶筆となった文章を書き記すことになったのであろうか。そこには、この事件に仏教徒が関与したことにも関係する、一つの磁場が存在していたように私には考えられる。
 その磁場とはなにか。それは、宗教的権威を人民に強制することで国家統合を推し進めようとする、近代天皇制国家のもつ、疑似宗教性への反発である。日本の近代国家建設に対する批判が、根源的であろうとすればするほど、それが政治的経済的レベルにとどまらないで、宗教の次元に踏みこまねばならなかった理由がここにある。国家のもつ疑似宗教性が必然的に呼び起こしてきた反発力が、この事件には作用しているのである。
 その反発力は、二つの方向をとった。ひとつは幸徳秋水の遺著に見られる、疑似宗教に対する科学的、歴史的批判であり、他は、内山、高木らに見られる、真実の宗教をもって疑似宗教を破る道であった。
    --阿満利麿『宗教は国家を超えられるか』ちくま学芸文庫、2005年、225ー227頁。

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「今思へばげに彼もまた秋水の一味なりしと知るふしもあり」(石川啄木)

大逆事件は、主として社会主義・無政府主義の系列で論じられ、時の政府の主義者つぶしという評価が根強く存在するが、社会主義・無政府主義者が抵抗しようとした対象については、宗教者の対峙する陣列もあったわけだから、そのへんのことを阿満さんの文章から冒頭で紹介させて頂きます。

日本の、日本教的な問題は……それが近代に由来するものであれ・プレ近代に由来するものであれ……基本的には天皇制に帰着します。もちろん、天皇を「奉る」連中にこそ問題がありますが、差別の構造としては歴然として存在する。この事実は否定することができない。

明治維新後の近代日本の歩みのなかで、もっとも大きなその問題とは何か--。いくつもあるでしょうが、そのひとつは、いわずもがな、天皇が「象徴」する「国家」の宗教的権威とその強制の問題でしょう。

そもそも根拠もナニも存在するものではないから、インチキでこけおどしするしかない。だから神道=非宗教というカラクリをこしらえるしかない。

だから、まさに「疑似宗教」の発明・創造である。

さてと……そうした疑似宗教としての国家に対抗する陣列として大逆事件と捉え直すとすれば、その反撥は二つの方向性をまじえたもの。すなわち「ひとつは幸徳秋水の遺著に見られる、疑似宗教に対する科学的、歴史的批判であり、他は、内山、高木らに見られる、真実の宗教をもって疑似宗教を破る道」である。

幸徳のアプローチを世俗内・形而下からのそれとみるならば、「真実の宗教をもって疑似宗教を破る道」は世俗外・形而上からの批判とみることができます。

しかし、両者に共通することは何か。さきほど言ったとおり、根拠のない妄想のような想像という絡め取りに対して抵抗することである。

20世紀最大の神学者といってよいティリッヒは、ナチズムを経験するなかで、世界の諸宗教の最大の敵は、疑似宗教(quasi-religion)だと喝破した。

仮象にすぎない国家や制度を、しごく大事なものと奉ることのインチキさは、まさに宗教性を帯びたものであり、疑似宗教にほかならない。

とがって反社会的をきどれということではない。

しかしながら、社会に対して「一見」すると「調和的」だとか「ためになっている」とする良識の落とし穴に落ち込んでしまうと、大事なものを見失ってしまうかもしれない。

宗教とは共同体の紐帯として機能する側面が強いが、それを超克するものでもあったこと忘れてはならない。この国では、国家管理=公認教どやぃ!ということで安住する風潮がつよい、反社会性でいきがり、事件をおこすのは問題であることも承知しているし、どこの国の教会でも寺院でも、いざ戦争になれば、平和を祈るだけでなく「その国が勝つ!」ことを祈り出す。

しかし、宗教が普遍的な救済を「建前」(としてだけでも)「説く」のであれば、どこかで、特殊的な枠組みに対する「対峙」する「矜持」は併せ持つ必要があるのではないか。

そんなことを実感する。

大逆事件の検挙、そして死刑から1世紀以上すぎたが、風当たりは愈ゝ強くなっているのではあるまいか。

そんな気がします。

因みに幸徳秋水が死刑台に上ってから1年後(1912年)。国家に貢献を誓うことで国家からその存立を「認めます」という三教会同が行われる。


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我国ニ在テハ宗教ナル者、其力微弱ニシテ、一モ国家ノ機軸タルベキモノナシ


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 ではキリスト教に対する態度はどうであったか。キリスト教に対する迫害、ないし禁教の動きは秀吉に始まる。家康の対キリスト教政策もほぼこれを踏襲するものであって、海外貿易の利はおさめ、キリスト教は禁ずるというものであった。家康のブレーンの僧崇伝のしるした一六一三年(慶長十八年)のキリシタン禁令が禁教の理由としてあげたのは、(1)キリスト教は侵略的植民政策の手先である、(2)在来の神仏に対する信仰を誹謗する、(3)人倫の常道をそこなう、(4)日本の法秩序を守らない、ということであって、秀吉の禁教の理由とほぼ同じであった。スペイン船の水先案内から洩れた情報にもとづいて秀吉は禁教政策をとった。だが彼は本当はスペインの侵略をおそれていたのではなく、それを口実として利用したにすぎない。この場合もそれと同じだろう。だとすれば国内秩序の維持ということが禁教の最大の理由であり、この点ではキリスト教は一向宗以上に怖るねこ宗教勢力とみなされていたのである。
 その後島原の乱がおこり、キリスト教は少数の隠れキリシタンを除いてほぼ完全に弾圧された。もう政治権力に対抗しうる宗教はなかった。またこの乱以後、仏教の諸寺院が戸籍係の役目をして、政治権力の末端組織の役割を果たすようになってからは、仏教の無力化は目にあまるものとなり、表面の繁栄のうちに仏教はその宗教的生命を失っていった。
 このことはどう評価されるべきか。近代化の迅速さという観点からは、宗教戦争の可能性がなくなったこと、あるいは宗教が政治や学問を妨害することがなくなった、等の利点もあげられよう。しかし宗教のもつ政治を批判し浄化する可能性が消え、この宗教の無力は、明治憲法起草当時の伊藤博文の「起案ノ大綱」にみられるように、天皇制設立の間接の原因となっていることも見逃せない。すなわち伊藤はヨーロッパの憲法政治を精神的に支える機軸としてのキリスト教に注目するとともに「我国ニ在テハ宗教ナル者、其力微弱ニシテ、一モ国家ノ機軸タルベキモノナシ」として、宗教の代替物を皇室に求め、天皇の大権を普通の立憲君主国家における君権では考えられないほど強化し、いわば天皇制の疑似宗教化をはかった。
    --源了圓『徳川思想小史』中公新書、1973年、14-16頁。

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近世~現代の日本宗教史の本質をつく一文なので、抜き書き。

しかし、いわゆるキリシタン禁教の4つの理由は、1890年(明治23年)に勃発した内村鑑三不敬事件に端を発する「教育と宗教の衝突」論争における、キリスト教排撃論とほとんど同じ「理屈」だから驚いてしまう。

そしてその4つの理由は、江戸最初期においても、近代日本においても「口実」にすぎない点も同じだ。その口実によって何を実として取るのか。

すなわち「国内秩序の維持」にある。

宗教のもつ「地の塩」をそぎおとしていくのが日本宗教史の歩みとっても過言ではない。

宗教への無関心としての無宗教であることが「フツー」とされ、宗教によって「耕された」批判精神は、全て「反社会性」として片づけられてしまう。
※もちろん、論外の事例はあるがここでは横に置く。

では、日本における「宗教の社会性」の特色の一つはどこに見いだすことが可能なのか。それはまさに「国内秩序の維持」を遂行することにほかならない。例えば、「政治権力の末端組織の役割を果たす」ことが、宗教の公共性、社会性と同一視される風潮を権力と民衆自体が構築してきた。


批判によって機軸を建てることも可能であるにもかかわらず……。


この点は忘れてはならないだろう。


http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/814826/1

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いまやわれわれの学問は、国家権力の目的に奉仕するためにではなく、真理は真理として自由に研究し、自由に発表することでなければならない


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 いまやわれわれの学問は、国家権力の目的に奉仕するためにではなく、真理は真理として自由に研究し、自由に発表することでなければならない。かくあってこそ、大学は真に国家の再建と人類の福祉に貢献し得るのであろう。政治家が、「理論人」である学者の研究と批判を喜ばず、現実政治の問題は、彼ら独自の領域であるとして、そこに学者の「立入禁止(オフ・リミッツ)」を要求しかねまじき状況である。昔ドイツに「それは理論上は正しいかもしれぬが、実際においては役に立たぬ」ということわざがある。これを現在日本の一部政治家の間の擁護をもってすれば、「それは理想としては何人も異論はないが、現実においては空論に過ぎない」ということになるでもあろうか。カントは、このドイツのことわざについて一つの論文を書いている。彼の主張の核心は、それが国内政治と国際政治の問題であろうとも、およそ「理性的根拠から理論において妥当することは、また実際においても妥当する」というにある。これはカントの有名な実践哲学の中心命題「汝為すべきが故に汝為し能う」という同じ論拠から引き出されたものである。ここに、実際政治は常に学問的真理を尊重し、それによって導かれねばならず、それを実現すべく不断の努力を傾けるところに政治家の任務があるわけである。
    --南原繁「学問と政治」、『南原繁著作集』岩波書店、第七巻、年、341-347頁。

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昨日は、南原繁研究会の月例研究会に参加させて頂きました。

私自身の個人研究が日本キリスト教思想史、もっと狭く限定するならば吉野作造研究になります。吉野作造と、内村鑑三門下の南原繁は、学問の師匠が小野塚喜平次と共通し、ふたりとも、新渡戸稲造から薫陶をうけたことも共通しております。

東大法学部政治学の「良心の系譜」といってよいでしょう。そして丸山眞男自身は、キリスト者ではありませんが、「心情・クリスチャン」として、その系譜につらなり、日本的問題性を「相対化」させるその視座を憧憬したといいます。

昨日は山口周三さんの近著の書評会でしたが、大いに刺激と啓発を受けたスリリングなひとときでした。

このところ、くそくだらない「銭稼ぎ」の連続で、もういやになっちゃうというのが正直な心情でしたが、真摯に研鑽される皆様の姿勢に襟を正した次第です。

今後の課題や、吉野研究の次の展望、日本キリスト教思想史における社会と宗教の関係等々……クリアになった部分があります。

短い時間ではありましたが、ありがとうございました。

また、今後ともどうぞよろしくお願いします。

筆主敬白。
 

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