詩・文学・語彙

影さへに今はと菊のうつろふは波のそこにも霜や置くらむ

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同じ御時大井河に行幸侍りける日
    坂上是則

影さへに今はと菊のうつろふは波のそこにも霜や置くらむ
    --「巻第六 冬歌 623」、佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫、1981年。

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祖母が菊を育てていた所為でしょうか。
菊の匂いをかぐと、秋の終わりをしみじみと実感する宇治家参去です。

子供の頃は、この花をそだてて何が楽しいのか……、まったく理解することができませんでしたが、……三つ子の魂百までもということなのでしょうか、30を超えてからドストエフスキー(Fyodor Mikhaylovich Dostoyevsky,1821-1881)がリアルなものとして理解できるようになったように、菊の美しさやそのよさを理解するようになったのかもしれません。

例年よりいちはやく訪れた秋の終わりを実感しますが、古今集で歌われるように、「霜や置くらむ」ほど、その到来は「かそけき」状況ですが、それでも、夜になると10℃を下回る底冷えで、一月前とはうってかわった季節の移り変わりに驚いてしまうものです。

さて、勤務している大学では、毎年「観菊会」でもいえばいいのでしょうか……、正門前で一週間程度ですが菊の展示が行われます。

紅葉と秋の抜けるような青空にぽっかりと浮かぶ真っ白な雲ような菊の彩りと匂いに圧倒されてしまいます。

派手でもない、可憐でもない、しかし何にも代え難い菊の自己主張には、なにか生きる力を教わってしまうというものです。

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大輪です。

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くどくない鮮やかさです。

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後世への最大遺物

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 たびたびこういうような考えは起こりませぬか。もし私に家族の関係がなかったならば私にも大事業ができたであろう、あるいはもし私に金があって大学を卒業し欧米へ行って知識を磨いてきたならば私にも大事業ができたであろう、もし私に良い友人があったならば大事業ができたであろう、こういう考えは人々に実際起こる考えであります。しかれども種々の不幸に打ち勝つことによって大事業というものができる、それが大事業であります。それゆえにわれわれがこの考えをもってみますと、われわれに邪魔のあるものはもっとも愉快なことであります。邪魔があればあるほどわれわれの事業ができる。勇ましい生涯と事業を後世に遺すことができる。とにかく反対があればあるほど面白い。われわれには友達がない、われわれには金がない、われわれに学問がないというのが面白い。われわれが神の恩恵を享け、われわれの信仰によってかれらの不足に打ち勝つことができれば、われわれは非常な事業を遺すものである。われわれが熱心をもってこれに打ち勝てば打ち勝つほど、後世への遺物が大きくなる。もし私に金がたくさんあって、地位があって、責任が少なくして、それで大事業ができたところで何でもない。たとい事業は小さくても、これらのすべての反対に打ち勝つことによって、それで後世の人が私によって多いに利益を得るにいたるである。種々の不都合、種々の反対に打つ勝つことが、われわれの大事業ではないかと思う、それゆえヤコブのように、われわれの出会う艱難についてわれわれは感謝すべきではないかと思います。
    --内村鑑三「後世への最大遺物」、『後世への最大遺物 デンマルク国の話』岩波文庫、1976年。

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こんばんわ。

宇治家参去です。

大学の通信教育部の「倫理学」担当の非常勤講師をしておりますが、ようやく秋期スクーリング、つまり対面授業の集中講義というわけですが、東京は本日秋寒い一日でしたが、暑い時間がおわりました。

よくあるぢゃないですか……。

体は疲れ切っているわけですが、心は充溢しているとでもいえばいいのでしょうか。

その譬えとしてランナーズ・ハイのようなものを同地しがちで、たしかにそのような感慨がなくもないのですが、それともちょいとちがう「ラーニング・ハイ」でもいえばいいのでしょうか。

そうした余韻に浸っている宇治家参去です。

しかしながら、それと同時に、「これでよかったのか」と慚愧の念に堪えない感慨も同時にふつふつとわきおこるのが実情で、これが熟練の教員であれば、そうした感慨はとっくにスルーしていしまうところでしょうが、やはり、自称(そして多少)、ナイーヴでシャイなチキンボーイを自覚する宇治家参去としては、「ああ、つまんな授業つくっちまった」……ってちょいと反省するところもある終了後のワタシです。

おいおい……といいますか明日か明後日ぐらいに詳細な?レポートを載せますが……初日は講義を終えたあと、タイからいらっしゃられた学生さん、そしてロンドンに本拠地?を置く学生さんと、軽く一献。

授業自体は無事に終え、その後の軽く一献ですが、これまで宇治家参去「倫理学」の講義を受けて下さった学生さんたちと祝宴しました。

幣職?……通信教区分の担当がはじまったのが2007年度なのですが、そのおりに授業をうけてくださった自分的には第1期生と、そして翌年の秋期でうけてくださった第2期生と、そして今回の第3期生と一献かわした次第です。

かる~く、「月の雫」にて祝杯ですが、かる~く飲みました。

かる~く飲んだ後ラーメンを食べたのが失敗でした。

二日酔いとか、アルコールが残っている感覚はまったくないのですが、〆のラーメンと炒飯がひびいております。

……ただしかし、

「うまかった」

……次第です。

がんばって二日目。

講義はまったく問題なく組み立てることができました。

寒日にあつく?学生さんたちと意見を交わすことができたのが、自分自身にとっては何よりの財産です。

倫理学の教材には、まったく答えは記載されておりません。
倫理学とは「人間(関係)のあり方」という二重の契機を問う学問ですが、これは何かできあがった体系を構築するよりも、どちらかといえば、提示される体系・デザインを検討する立場といってもよいのですが、

散々ぱらら、「全体のなかで自分で考え、他者と摺り合わせましょう:……という答えに至るヒントは提示できたのではないだろうか……その実感があります。

もちろん言うまでもありませんが、そこから演繹される答えとは、えてして、既に提示された概念にほかなりませんが、他律的にそれを享受するのか、それとも自律的に享受するのかで、エライ違う方向性に流れてしまうのが実用だよなあ~などと思うこと屢々でしたが、それでの丁寧に学生さんたちとそれに対して丁寧に向かい合うことができたのは一つの幸いです。

……ということで?
二日目の講義を終え、まえもって連絡入れていた学生さんと宿縁とでもいえばいいのでしょうか……学生時代の後輩が免許コース(小学校教員)に入学されていた……再会に喜びつつ、またもや祝杯?ということで……。

へろへろ

……ですが、ここちよいものです。

ま、いずれにしましても内村鑑三(1861-1930)のいうとおりです。

「種々の不都合、種々の反対に打つ勝つことが、われわれの大事業ではないかと思う」。

……ともあれ沈没船です。

二日連続で「月の雫」でしたが、二日目は、「掬い豆腐」の給仕デビューの新人さんでしたが、おかげで、量がおおくラッキーでした。

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地球があるんだ、それで充分!

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いろいろあるのですが、ちょいと、ウォルト・ホイットマンの「大道の歌」を捧げます。
魯迅は、希望に関して次のように述べました。

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希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
    --魯迅(竹内好編訳)「故郷」、『阿Q正伝・狂人日記 他十二篇』岩波文庫、1981年。

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かくありたいと思うものですが、なかなかひとりで歩ききることもできません。ですけど、人間とはもともと「人間の住む世界」を意味する言葉であったように、人は人と一緒に歩くこともできるのではないだろうかと思うのですが・・・。

……ということで、どうぞ。

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大道の歌
    --ウォルト・ホイットマン


心も軽く徒歩でぼくは大道に出る、
健康で、自由で、世界がぼくの前にあり、
望みのとろこへ連れ出してくれる長い褐色の道がぼくの前にあり。

今からのちはぼくはもう幸運なんか求めまい、このぼく自身が幸福そのもの、
今からのちはぼくはもう二度と泣きごとなんか言うまい、二度と延期はすまい、愚痴も言うまい、
壁のなかでの繰りごとや書物談義、口うるさい批評などにはおさらばして、
力強く、満ち足りて、ぼくは大道をゆく。

地球があるんだ、それで充分、
星座になんか今以上近づいてきてほしくはない、
むろん星座は今いるところいればよく、
むろん星座も星座の国の住人には充分であるにきまっている。

(いまだにぼくは昔ながらの甘美な荷物を携えている、
ぼくの荷物は男たち御亜たちだ、どこへ行くにもぼくは彼らを携えていく、
この荷物ぼくにはとうてい放り出せない、ぜったい無理だ、
ぼくのなかには彼らがいっぱい詰まっているし、ぼくもお返しに彼らにぼくを詰めこんでやる)


君、ぼくが足を踏みいれてしきりに見まわっている道よ、君だけが全部ではないはずだ、
見えないものもここにはどっさりあるはずだ。

ここにあるのは選りごのみでもなく拒絶でもない、受容という深遠な教訓だ、
羊毛もどきの髪の黒人、凶悪犯、病人、文盲、誰ひとり拒まれる者はいない、
出産、医者を呼びにいくための疾走、乞食の重い足どり、酔っぱらいの千鳥足、高笑いする職工たちの一団、
逃げ出してきた若者、金持の馬車、町に運び込まれる家具、町からもどる空車(からぐるま)、
こうしたものが通っていく、ぼくも通る、どんなものでも通る、通せんぼできるものなど一つもない、
受け入れられぬものは一つもなく、ぼくがいとしく思わぬものも一つもない。


君、語るための息をぼくに届けてくれる空気よ、
君、拡散しようとするぼくの意図を呼びもどして形を与えてくれる物象よ、
君、均等に降りそそぐ滝すだれにぼくと万物を包み込む柔和な光よ、
君、踏みへらされて不規則な凹(くぼ)みを作った路傍の小道よ、
君らの内部にはきっと目に見えぬ存在が潜んでいるに相違ない、君らがぼくにはいとしくてならぬ。

君、町々の敷石を並べた歩道よ、歩道をふちどるがっしりした縁石(ふちいし)よ、
君、渡船場よ、波止場の厚板と杭よ、板材で裏打ちされた側面よ、遠くを航行す船よ、
君、幾列もの家並みよ、窓のある正面よ、君ら屋根たちよ、
君ら、玄関と入口よ、笠木(かさぎ)と鉄柵よ、
君、透明な殻ゆえに何もかも人目にさらしかねぬ窓よ、
君ら、ドアと登り段よ、アーチ状のくぐり門よ、
君、とめどなくつづく舗道の灰色の敷石よ、踏み固められた町の辻よ、
君らに触れたすべてのものから、きっと君らは分け前をもらったはずだ、そして今それをぼくにこっそり分けてくれる、
生きている者と死んだ者とを君らは誰彼かまわず君らの表情に平然と住まわせてきたが、彼らの霊もやがて顕われぼくの親しい友となる。


右に左に大地は広がる、
風景は正気を帯び、あらゆる部分が精いっぱいに光り輝き、
楽音は待ち望まれている場所に降りそそぎ、望まれぬ場所では鳴りをひそめる、
万人の道の晴れやかな声、陽気でみずみずしいその情感。

おお、ぼくが旅ゆく公道よ、君はぼくに頼むか「わたしを見捨てないで」と、
君は頼むのか「危ないことはどうかやめて--もしもわたしを見捨てたらあなたはだめになってしまう」と、
君は頼むのか「わたしはすでにでき上がった道、充分に踏み固められ誰も拒んだりしない道、どうかわたしから離れないで」と。
おお、万人の道よ、ぼくは答えるぼくは君から離れることなどおそれはしないが、それでも君が大好きだ、
君はぼくよりもっと巧みにぼく自身を表現してくれる、
君はぼくにはぼくの詩よりもたいせつなものになるはずだ。

ぼくは思う英雄的な行為はすべて外気のなかで決意され、自由な詩もすべてそうだと、
ぼくは思うこのぼくだってここに立ちどまるなら奇跡を行なうことも夢ではないと、
ぼくは思うこの道の上で出会うものなら何であれぼくはきっと好きになり、ぼくに目をとめる者なら誰であれきっとぼくを好きになると、
ぼくは思うぼくと会う人は誰であれきっと幸福になるにちがいないと。


今このときからぼくはきっぱり宣言するぼくは空想上の境界線や限界からは自由になって、
行きたいところへ足を向け、ぼく自身をぼくの絶対無二の主人となし、
他人の言葉にも耳を傾け、彼らの言いぶんをじっくり考え、
立ちどまり、探しまわり、受けとり、考えこみ、
ぼくを縛ろうとする制約を、穏やかに、しかし断固たる意志の力で脱ぎ棄ててみせる。

ぼくは宇宙の広がりを胸いっぱいに何度も吸いこむ、
東と西はぼくのもの、北と南もぼくのものだ。

ぼくは思っていたよりも大きくて、優秀だ、
ぼくはこんなにどっさり長所があったとは知らなかった。
何もかもがぼくには美しく見える、
男たち女たちにぼくは何度だって言ってやれる、君らはぼくをこんなに幸福にしてくれた、ぼくも君らにに同じ幸福を返してあげる、
道すがらぼくはぼく自身と君らのために新しい仲間を加えていこう、
道すがら男たち女たちのあいだにぼく自身を撒きちらそう、
彼らのあいだに荒荒しい新たな喜びを投げこもう、
誰がぼくを拒んでもぼくが困ったりするものか、
ぼくを受けいれる者は、彼であれ彼女であれかならず祝福され、ぼくを祝福してくれる。


今たとい一千人の完璧な男たちが立ち現われてもぼくは驚かないだろう、
今たとい一千人の美しい姿の女たちが現れてもぼくはびっくりしないだろう。

最上等の人間を作る秘訣をようやくぼくは会得した、
つまり戸外で育ち大地とともに食べ眠ること。

ここにこそ個性に根ざした偉大な行為が実を結ぶ、
(つまり全人類のハートをぐいとつかむ行為だ、
それが力と意志を発揮すれば世間の法などひとたまりもなく、どんな権威や議論であれ逆らおうとしても役には立たぬ)

これこそ知恵の試金石、
知恵の真価は学校などでは試されず、
知恵は持てる人から持たぬ人へと手渡せるようなものではない、
何しろ知恵は魂に由来し、証明するなど無理な話で、知恵そのものが知恵の証(あかし)だ、
すべての段階、物象、特質に応じられるが、しかも充分満ち足りている、
つまりは物が実在し不滅であることの確証、物のみごとさの確証であり、
混沌の海に浮遊する物の姿は、魂のなかから知恵を呼び醒ます何らかの力を宿している。

こんどはぼくは哲学と宗教を吟味し直そう、
講義室でならうまく論証もできるだろうが、どっこいこんな広広とした雲の下、風景と流れる川のほとりでは論証なんてお門違(かどちが)いだ。

今ようやくにして会得される、
今ようやくにして人は合一を果たし--おのれのなかに宿るものを今こそ悟る、
過去、未来、威厳、愛--もしもこれらのものが君に欠けていれば、君がこれらのものに欠けているのだ。

糧となるのはあらゆる物象のただ核心ばかり、
君とぼくのために外皮を引きちぎってくれる者はどこだ、
君とぼくのために策謀を挫(くじ)き外壁を突き崩してくれる者はどこだ。

これは男同士の愛着、あらかじめでき上がっているものでなく、時機に応じて現われるもの、
通りすがりに見知らぬ人に愛されるのがどういうことか君は知っているか、
こちらを振り向くあの眼球の語る思いを君は知っているか。


これは魂の流露だ、
こんもりと緑葉(みどりば)におおわれた門をくぐって、魂は奥のほうから流れ出しつつ、ひっきりなしに疑問を呼び起こしていく、
わが胸のこの憧れ何ゆえにここに、闇に潜むこの思い何ゆえに今、
身近にあればぼくの血潮が陽光をうけてこんなにもたぎるとは、男たち女たちは何ゆえここに、
彼らがぼくから離れてゆけばぼくの歓喜の長旗は力なく垂れさがる、何ゆえにかくも、
葉陰を歩めば寛やかで調べ妙なる想念が必ずぼくに降りそそぐ、これらの木々は何ゆえここに、
(たぶんそれらの想念は冬でも枝に生(な)り、ぼくが通りかかるといつも実を落としてよこすのだ)、
ぼくがかくも思いがけなく見知らぬ人と取り交わすこの想いはいったい何、
御者の隣に席を占めても揺れられてゆきながら彼と取り交わすこれは何、
歩み寄って足をとめ浜辺で網引く漁師と取り交わすこれは何、
女や男の好意をこだわりなくぼくに受けいれされるもの、こだわりなくぼくの好意を彼らに受けいれさせるものはいったい何。


魂の流露がすなわち幸福、これぞまさに幸福というもの、
たぶん幸福は戸外の空気にくまなく漲(みなぎ)り、いつも機会を待っている、
今こそ時は熟して幸福はぼくらめざして流れ寄り、ぼくらはその流れにしっかりと満たされる。

今こそ愛着してやまぬ伸びやかな個性が育つ、
愛着する伸びやかな個性とは男や女の瑞瑞(みずみず)しくかぐわしい性(さが)、
(いくら朝の若葉がおのれ自身の根から日ごとに瑞瑞しくかぐわしく萌え出ても、よもやおのれ自身の内側からひっきりなしに萌え出るこの性(さが)の瑞瑞しさ、かぐわしさには及ぶまい)

愛着する伸びやかな個性めざして若者や老人の愛の汗がにじみ出ていく、
美も技能も色あせるほどの魅力がその個性から蒸留されて滴り落ちる、
その個性めざして接触を願う憧憬の痛みが身ぶるいしつつ高まっていく。


出かけよう、君、誰であれ、ぼくといっしょに旅に出よう、
ぼくといっしょに旅をすれば、いつまでも飽きのこぬものが見つかるはずだ。

大地はけっして飽きがこない、
大地は最初は粗野で、無口で、理解しがたく、「自然」も最初は粗野で理解しがたい、
挫けてはならぬ、怯んではならぬ、みごとなものが内側にしっかり包みこまれている、
誓ってもいい言葉では語れぬような美しくみごとなものがきっとある。

出かけよう、ぼくらはこんなところで立ちどまってはならぬ、
貯えられたこれらの品がたといどんなに快く、今の住居(すまい)がたといどんなに便利だろうと、ここにとどまってはいられない、
この港がどんなに安全で、このあたりの波がどんなに静かだろうと、ぼくらはここに錨(いかり)をおろしてはならぬ、
ぼくらのまわりの人の好意がどんなにありがたく身にしみても、ぼくらがそれを受けてもいいのはほんのわずかなあいだだけだ。

10
出かけよう、旅への誘いを強めねばならぬ、
ぼくらは航路も知らぬ荒海をゆくだろう、
風吹くところ、波散るところ、ヤンキーごのみの快速帆船(クリッパー)が帆いっぱいに風をはらんで走るあたりへ赴くだろう。

出かけよう、力づよく、伸びのびと、大地とともに、自然の活力とともに、
すこやかに、昂然と、快活に、誇り高く、好奇の心を忘れずに、
出かけよう、ありとあらゆる形式から、
君らが守る儀式から、おお、物の形にとらわれた明きめくらの聖職者よ。

腐燗(ふらん)死体が道をふさぐ--もう埋葬には猶予ならぬ。

出かけよう、だがあらかじめ言っておく、
ぼくの道づれになる者には最上等の血液と、筋肉と、耐える力が欠かせない、
彼であれ彼女であれ勇気と健康がそなわるまでは誰もこの試練には臨めない、
まんいち君が君の最上の部分をすでに使い果たしていたらここへはくるな、
くることが許されるは決意した瑞瑞しいからだでくる者だけだ、
病人、酒飲み、梅毒患者も、ここでは仲間はずれだ。

(ぼくとぼくの仲間は議論や比喩や押韻なんかでは説得しない、
ぼくらはぼくら自身の存在で説き伏せる)

11
いいか、ぼくは君には正直に言う、
ぼくが与える賞品は口当たりのいい昔ながらのやつではなくて、荒削りの新しいやつさ、
つまり君の未来とならねばならぬ日々のことさ、
君は世間が富と呼ぶものをただ徒(いたず)らに積み上げてはならぬ、
稼いだもの成しとげたものを気前よくすべてばらまいてやらねばならぬ、
めざす町に辿りついても心ゆくまでくつろぐ暇なく、逆らいがたい声に促されて旅立たねばならぬ、
あとにとどまる者たちの皮肉な微笑と嘲りの先例も受けねばならぬ、
どんな愛の手招きを受けてもただ熱烈な別離の接吻だけで答えねばならぬ、
君のほうへ手を差しのべ広げてみせる者たちにもゆめ抱擁を許してはならぬ。

12
出かけよう、偉大な「仲間」たちのあとを追い、彼らのひとりとなるために、
彼らもこの道を歩んでいる--足の早い堂堂たる男たち--選りすぐった偉大な女たちだ、
穏やかな海、嵐の海を楽しむ者たち、
あまたの船の船乗りたち、あまたの距離の踏破者たちだ、
遠いあまたの国ぐにを足繁く訪れた者、僻遠(へきえん)の住処(すみか)に離れがたい想いを寄せた者たち、
男や女を信じる者、都市の姿に目を凝らし、みずからは孤独な苦役に耐える者、
茂みを、花を、浜辺の貝を、立ちどまってつくずくと眺めやる者たちだ、
婚礼の舞踏会で踊りに加わり、花嫁に接吻し、子供らを優しく世話し、みずから子供を産む者たち、
反乱軍の兵士たち、人待ち顔の墓穴のそばにたたずみ、棺を穴におろす者たち、
めぐる季節、過ぎゆく歳月のあいだ、先行する年から一つ一つ立ち現れる不可思議な歳月のあいだも歩みをとめぬ旅人たちだ、
さながら仲間を伴うように、おのれ自身の多様な位相を伴いながら旅ゆく者たち、
現実とならずに潜んでいた幼い日々からようやく外へ踏み出す者たち、
おのれ自身の青春を友に晴れやかに旅ゆく者、髭を蓄え角もとれたおのれの壮年が道づれの旅人たち、
豊かで、満ち足りて、比類ない、おのれの女ざかりを友に旅ゆく女たち、
男であれ女であれおのれ自身の荘厳な老年が道づれの旅人たちだ、
宇宙の高貴な広がりかと見まがうほどに広やかで静まりかえった老年、
近づいてきた死の快い自在さかと見まがうほどに自在で闊達な老年が道づれの彼らだ。

13
出かけよう、かつて始まりがなかったように今は終わりのないそのものに向かって、
日々の放浪、夜ごとの休息をたっぷり味わうために、
彼らがめざす旅のなかに、彼らがめざす昼と夜のなかに、いっさいを溶かしこむために、
そればかりか彼ら自身をさらに高遠な旅立ちのなかに溶かしこむために、
どちらを向いても見えるのはすべて辿りつき離れていけるものだかりとなるために、
たといどんなにかなたでも心に浮かぶ時間はすべて辿りつき離れていけるものばかりとなるために、

前を眺めうしろを見ても君のために延び君を待っている道ばかり、どんなに長く延びていても君を待つ君のための道ばかりとなるために、
神であれ誰であれ、見えるかぎりの存在は君もそこまで行けるものばかりとなるために、
見えるかぎりの所有物が君も所有できるものばかりとなり、労働もせず購入もせずにすべてを享受し、一片たりともわが口には入れないで饗宴の粋(すい)を味わうために、
農民の農場、金持の優雅な別荘、幸福な結婚をした夫婦の清らかな至福、果樹園の果実や花園の花の精髄を味わうために、
通りすがりに万物ひしめく都会のなかから役立つものを取り出すために、
取り出したあとは建物であれ、街並みであれどこへ行くにも携えて行くために、
めぐり逢う人ごとに彼らの脳髄から理由を採取し、心臓からは愛の想いを収穫するために、
愛する者たちを背後に残していきながら、しかも彼らをこの道にいっしょに連れ出してやるために、
宇宙そのものが一つの道、多くの道、旅ゆく魂たちのための道だと知るために。

魂たちの行進に万物がさっと分かれて道をあける、
すべての宗教、堅固を誇るすべてのもの、芸術、政府--この地球の上に、あるいはどんな地球の上であろうと、かつて現れいま現れているすべてのものが、宇宙の大道をゆく魂たちの行進を前にして、隅(すみ)に隠れ窪地に潜む。

宇宙の大道をゆく男や女の魂の行進の、他の行進はすべて必要な象徴と養分。

永遠に生気漲り、永遠に前をめざして、
堂堂と、厳かに、悲しげに、ひそやかに、困惑し、狂おしく、荒れ狂い、力萎え、満ち足りず、
絶望し、誇り高く、愛に溺れ、思いわずらい、人びとに受けいれてもらい、人びとに拒まれ、

彼らは進む、彼らは進む、進んでいるのは分かっているが、行先がどこかはぼくも知らない、
だがともかく彼らが至上のものを--偉大な何かをめざしているのは分かっている。

君、誰であれ、さあ出ておいで、男も女もみんな出ておいで、
そんな屋内でいつまでも居眠りしたり、ぐずぐずしていちゃだめだ、たとい君の建てた家でも、君のために建てられた家でもだ。

暗いところに閉じこもっていちゃだめだ、衝立(ついたて)の陰から出ておいで、
逆らおうってむださ、ぼくは全部知っていて、そいつを晒し者にしてしまう。

見たまえ世間と変わらぬ悪人の君の奥に、
笑い、踊り、正餐(せいさん)を摂り、夕餉の席につく人びとの奥に、
衣服や装飾品の内側に、洗い上げ手入れされる顔の内側に、
見たまえ、もの言わぬひそやかな憎悪と絶望を。

夫にも、妻にも、友人にも、まさかこの告白だけは打ち明けられず、
もう一つの自分、あらゆる人のそれぞれの陰が、こそこそと人目を忍んで歩きまわる、
都会のちまたを行くときは形も構わず無言のまま、客間にあれば礼儀正しく柔和そのもの、
汽車に乗り、蒸気船に乗り、公けの集会にも顔を出し、
男や女の暮らす家に帰りついては、食卓につき、寝室にしりぞき、いたるところに居合わせて、
衣装は粋、顔には微笑、背筋を伸ばし、肋(あばら)の下には死を宿し、頭蓋の下には地獄を秘めつつ、
黒ラシャ服と手袋に隠れ、リボンと造花におおわれて、
世間の習慣にも背くことなく、しかしおのれ自身のことはひとことこ語らず、
ほかのことなら何でも語るが、おのれ自身のことは黙したまま。

14
出かけよう、さまざまな苦闘をくぐりぬけつつ、
いったん名ざした目的地だ、今さら取り消せるわけがない。
過去の苦闘は実を結んだか、
いったい何が実を結ぶんだ、君自身か、君の国民か、それとも「自然」か、
いいか、ぼくの言いぶんをよく分かってくれ--どんな成功の結実からもさらに大きな苦闘が必要になるような何かがきっと生じてくる、これが物事の本質にそなわる摂理だ。

ぼくの呼びかけは闘争への呼びかけだ、ぼくは活発な反乱を養い育てる、
ぼくといっしょに旅立つ者はゆめ武器を怠ってはならぬ、
ぼくといっしょに旅立つ者はしばしば乏しい食事と貧しさと、怒れる敵と裏切りが道づれだ。

15
出かけよう、道はぼくらの前にある、
安全な道だ--ぼくがもう試してみた--ぼくのこの足がたっぷりと試してみた--後ろ髪など引かれてはならぬ、
紙は白紙のままで机の上、本は開かず棚の上に、
道具は作業場に残しておけ、かねもいっさい稼がずにおけ、
学校には見向きもするな、教師がわめいても耳をかすな
牧師には説教壇で説教を、弁護士には法廷で弁護を、裁判官には法の解釈を、構わずさせておけばいい。

愛する友よ。さあ手をかそう、
ぼくは君にかねでは買えぬぼくの貴重な愛を与えよう、
説教や法律なんかよりまずぼく自身を与えよう、
君もぼくに君自身をくれるかい、ぼくといっしょに旅にでるかい、
いのちのあるかぎりぼくらはぴったり離れずにいよう。

    --ホイットマン(酒本雅之訳)「大道の歌」、『草の葉(上)』岩波文庫、1998年。

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わがためにくる秋にしもあらなくに 虫の音きけばまづぞ悲しき

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わがためにくる秋にしもあらなくに 虫の音(ね)きけばまづぞ悲しき
    --「巻第四 秋歌上 186」、佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫、1981年。

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昨日より市井のどうしようもない仕事が開始しました。
マネジャーであるにもかかわらず、例の如く数時間のレジ打ちに投入されましたが、かえってといいますか、ぎゃくにといいますか、新鮮であり、潤いがあり、楽しく?レジ打ちさせて頂いた宇治家参去です。

もちろん、レジ打ちが主たる業務ではありませんですので、そこで裂かれた時間分はあとへと繰り越しといいますか、残業といいますか……市民社会の営利企業の常でございます。

さて……
数日来、通観していたのが、秋の訪れ。

東京では日中はまだまだ30度オーヴァーな夏日が続いておりますが、夕刻を過ぎると、風に秋の音を感じ、木霊する虫ゝの囃子が季節の移り変わりを反映しているようでして……、職場に到着しますと、7月第1週に発注をかけていた秋の風物詩KIRIN「秋味」がプロモーションコーナーにて展示販売がばっちりと完成したことに驚くばかりです。

この手の小売業は、季節感に敏感にならないと商売にならない……とてもとても大学で「倫理学」を講じている人間の発言ではありませんがご容赦を! しかしそれが愛されるキャラなのでしょうか?……というわけですので、てきぱきとその風物詩が演出されていたことに、宇治家参去が不在中にがんばってくださったスタッフの皆さんに感謝です。

……ということで、「秋味」(麦芽が1.3倍増・当社比)を早速ゲットしてきました。

きがつくと、カートンといいますか6缶パックが空になってしまった次第で、

「何をやっているのだろうか」

……などと自問しつつ、書物を読んでおりましたが、やはりこうした季節の変わり目には「古今集」だろうということでひもときつつ堪能です。

むかしは、「古今集」よりも「新古今集」の方が、はっきりいえば好きでした。

しかし、この2-3年、「古今集」の方が染みこむわけでして、読めば読むほど酒も進むというわけで重宝しております。

「万葉集」ほどストレートではありませんが、「新古今」よりも華美でなく、その中庸さに惹かれているのかもしれません。

ともあれ、「秋味」は季語にしてよいかと思うほど、「風物詩」として旨い一品です。

出勤時に耳にした蝉たちは、ほとんど日暮蝉になっておりました。
ふとたもとをみやると大樹ではなく、コスモスの枝で、か細く鳴きしきる蝉が一つ。

空はまだまだ炎夏をがんばっておりますが、秋の足音が身近な世界ではおおきく足を踏み始めたようです。

雅号は本名からもじった「参去」ですが、今秋はなにか詩を詠いたくなったひとときです。

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固く閉ざせし目を 裏み    夜の蓮華を裏むが如く

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    一五七

日傾きて 鳥も啼かず
  風も疲れて そよ吹かず
今 深く この身を裏(つつ)みませ
  いと暗く厚き黒闇(やみ)に--
    夢を授け 密かに 静けく
    大地を裏むが如く
  固く閉ざせし目を 裏み
    夜の蓮華(はすち)を裏むが如く

旅の糧 旅路なかばに 尽きはてて
  損害(そこなひ)うたた勝(まさ)りつつ
装(よそほ)ひ 塵に塗(まみ)れ 侮られつつ
  力 乏しくなり行く--
    この旅人の労(いたつき)を 裏みませ
    哀れみ深く 抱きかかへ
  恥を摧(くだ)き 朝日影出づるまで
    旅人を黒闇の甘露に憩(いこ)はせませ
    --タゴール(渡辺照宏訳)『タゴール詩集 ギーターンジャリ』岩波文庫、1977年。

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ひとつがようやく終わりました……が、ひとつがまだおわっておりません。

前者は市井の職場の夏休みがいよいよ今日から!ということで、ひとつの区切りがつきました。次の出勤は来週の月曜日からです。
後者は、市井の職場の夏休みの間に「入れている」学問の「仕事」のほうです。

宇治家参去の存在についての自己認識、すなわちレゾン・デートル(raison d'être)については後者が本業ということになりますので、副業を休んで?本業をやるわけなのですが、その仕込作業……といいますか、最終手直しがまだ完了しておらず、月曜も朝からずぅぅっとやってはいたのでが、なかなかはかどらず、昼前に銚子……もとい、調子が悪くなりちょいと横になってから、市井の職場へ出勤するぎりぎりまでやっていたのですが、出勤前に、ほぼ一〇日後〆切のレポートの束が宅急便で到着するなど……休みが休みでない状況です。

で……、
本業?たる学問の仕事、夏の集中講義として、宇治家参去が担当するスクーリング講義は木曜日からですので、あと二日ありますから、パワーポイントの細部の手直しは点検できそうですから間に合いそうです。主軸の差し替えは済んでいるので細部の手直しだけなのですが、逆にこちらのほうが神経を使うという状況で、主軸の差し替えの方がある意味では楽だった……などと実感しております。

いずれにしましても、最高の授業を作り込んで参りますので、教室でご対面?されるかたはどうぞよろしくおねがいします。
希望者がいらっしゃれば、課外授業?も組み立て可能?ですので、どうぞよろしくおねがいします。

で……もうひとつのレポートですが……
昨年は、スクーリング講義を挟んで実質〆切直前まで手を入れなかったため、講義終了後、きつい数日をおくった思い出がありますので、「経験から学ぶ」をモットーとしている宇治家参去としては“同じ轍を二度と踏んではいけない”ので先ほどまでちょいと手を入れ、講義後なんかに数通ずつ朱を入れていけばなんとかなりそうな暁が見え隠れしておりますので、こちらもなんとかこないしていこうと思います。

とわいえ勝負は起きてからの本日にかかっていそうです。
スクーリング講義の前日は、細君が日暮里・舎人ライナーに乗りたいので一日あけておくように!……あんたいつから電車マニアになったんだよ?……との有難いお達を頂戴しておりますので、本日は早めに沈没して起きてから勝負を期して参りたいものです。

……ということで寝る前にいっぺやっているところですが、ちょこちょこ読んでいた市井……もとい、詩聖タゴール(Sir Rabindranath Tagore,1861-1941)の詩集を肴にやっていたのですが、ようやく完読です。

アジア人として初めてノーベル文学賞(1913)を受賞した詩人になりますが、言葉を超越した豊穣なインドそのものが、卓越した詩聖によって、言葉に転換されたような壮大な詩心に圧倒されるばかりです。

まさに「朝日影出づるまで 旅人を黒闇の甘露に憩はせませ」でございます。
今日は早めにオネンネして起きてからがんばりますです。

おやすみなさい、お月様。

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夜にも、嵐にも、飢えにも、事故にも、挫折にも、樹木や動物のごとく立ち向かいたい

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ぼく不動なるもの

ぼく不動なるもの、「自然」のさなかに悠然と立ち、
万物の支配者あるいは女王、不条理なものにかこまれながら自若たる、
そのものたちの色に染まり、そのものたちのごとく受身で、柔軟で、寡黙、
ぼくの生業、貧困、悪名、欠点、罪悪、これらのことは思っていたほどたいしたことではないと知り、
ぼくはメキシコの海をめざし、あるいはマナハッタかテネシーの川に、あるいは遙かな北ぐいであれ奥地であれ、
川に暮らし森に生きる、あるいはこれらの諸州か沿岸地域の、それとも湖水のあたりかカナダのどこかで農場ぐらし、
たといどこで暮らそうとも、おお、どんな偶然事にも泰然としていたい、
夜にも、嵐にも、飢えにも、事故にも、挫折にも、樹木や動物のごとく立ち向かいたい。
    --W.ホイットマン(酒本雅之訳)「ぼく不動なるもの」、『草の葉(上)』岩波文庫、1998年。

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ホイットマン(Walter Whitman,1819-1892)の『草の葉』からふたつの詩を紹介しておきます。

言葉を失う瞬間があるのですが、不動に突き進んでいきたいものです。

問題は極めて一人の人間に時として集中的に襲いかかってくるのですが、決して人間はひとりではありません。

だから限りない青海原を乗り越えていけるはず……だと確信しつつ。

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  海に浮かぶ客船のなかで

風がひゅうひゅう唸り、波が、尊大な大波が高鳴り、
限りない青海原が四方に広がる、
そんな海に浮かぶ客船のなかで、
それとも濃紺の海原にわびしく浮かび、
それでいて自信に満ち、歓喜に溢れ、白い帆を広げて、
白昼の泡だち輝く波のさなか、あるいは夜空にかかるあまたの星の下でで、精妙な大気を分けて進む一艘の帆船のなかで、
老いも若きもすべての船乗りたちに、わたしはすっかり打ちとけて、
陸地を思うよすがとして、おそらく読まれることだろう。

「これぞわしらの思い、航海者の思い、
これぞ陸地の、堅い陣地の歌のみならず」、あとで彼らは言うかもしれぬ、
「ここでは空がアーチを描き、足の下には甲板のゆるやかなうねり、
長い鼓動、引いては満ちる終わりのない動揺、
目には見えぬ神秘の声調、海の国を偲ばせる茫漠広大な暗示、潮流さながらに流れゆく言葉、
潮の香り、索具類のかすかな軋み、もの憂いリズム、
果てしない眺望と遠くに霞む水平線、これらもすべてはここにある、
これぞまさしく大海原の詩」

だから挫けてはならぬ、おおわたしの本よ、お前の定めを果たすのだ、
お前はただ陸地ばかりを偲ぶよすがにあらず、
精妙な大気を分ける孤独な帆船のように、お前もまた、めざす港は分からぬが、それでも自信に溢れ、
帆走するすべての船の僚友となって進みつづけよ、
わたしの愛を包みこんで彼らのところへ届けてくれ、(親愛なる船乗り諸君、君らのためにわたしはこれらすべての歌草に愛を包みこんでおく)、
船足を早めよ、わたしの本よ、尊大な波浪に逆らってわたしの小舟よお前の白い帆を広げよ、
歌いつづけよ、走りつづけよ、限りない青海原を越え、わたしからすべての海へ
この歌を、船乗りたちと彼らのすべての船たちのために届けてくれ。
    --W.ホイットマン(酒本雅之訳)「海に浮かぶ客船のなかで」、『草の葉(上)』岩波文庫、1998年。

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Einmal ist keinmal.

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 自分に腹を立てているうちに、何をしたらいいのか分からなくなるのは、まったく自然なことだと思いあたった。
 人間というものは、ただ一度の人生を送るもので、それ以前のいくつもの人生と比べることもできなければ、それ以後の人生を訂正するわけにもいかないから、何を望んだらいいのかけっして知りえないのである。
 テレザと共にいるのと、ひとりぼっちでいるのと、どちらがよりよいのであろうか?
 比べるべきものがないのであるから、どちらの判断がよいのかを証明するいかなる可能性も存在しない。人間というものはあらゆることをいきなり、しかも準備なしに生きるのである。それはまるで俳優がなんらの稽古なしに出演するようなものである。しかし、もし人生への最初の稽古がすでに人生そのものであるなら、人生は何の価値があるのであろうか? そんなわけで人生は常にスケッチに似ている。しかしスケッチもまた正確なことばではない。なぜならばスケッチはいつも絵の準備のための線描きであるのに、われわれの人生であるスケッチは絵のない線描き、すなわちす、無のためのスケッチであるからである。
 Einmal ist keinmal(アインマル イスト カインマル)(一度は数のうちに入らない)と、トマーシュはドイツの諺をつぶやく。一度だけおこることは、一度もおこらなかったようなものだ。人がただ一つの人生を生きうるとすれば、それはまったく生きなかったようなものなのである。
    --ミラン・クンデラ(千野栄一訳)『存在の耐えられない軽さ』集英社文庫、1998年。

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ちょうど金曜の夜、1月に都立大学@東横線で一緒にひっくり返るほど飲んだ--そして事実ひっくりかえってしまった--大学の同期から電話がありました。

KOで目黒を一緒に元気にしようぢゃないか!との叱咤激励?を受けてしまい、ちょうどその土曜日から市井の仕事もあるので、チトキツイよな……などと邪念がよぎりつつも、二つ返事でうけてしまいました。

彼からの案内は断れません。

「他にも誘ってみるよ」

……とのことで、待ち合わせの改札へ向かうと、大学時代に、一緒に喜怒哀楽の全てを経験した?同期と後輩が集まっており……、

「来て正解だった!」

……と内心安堵しちょいと喜んだナイーヴな宇治家参去です。

思えば、彼らとは何でも挑戦しあえた仲だと思います。

「ぜってえ、できねえよ!」
「まぢでやるんスか?」

……っていう難関を何度も一緒に突破してきました。
学生時代のことですから、今から振り返ってみますと、まだまだネンネのおこちゃまだったかもしれませんし、そのとき「ぜってえ、できねえ!」って思ったハードルは今から思うと低かったのかも知れません。
しかし、それはそれでの後日談というわけですが、まさにそうした地球的問題群?と対峙していたきはまさに抜き差しならぬ難事であったわけですが、お互いにお互いを励ましながらひとつひとつ乗り越えていったことは何にも代え難い経験の一つなのだろうと思います。

さすがに大学を卒業してから一〇数年たっておりますので、姿形には当然変貌(成長?)がみられますが、心意気はあの一〇数年前のキャンパスでの姿と同じであり、べつに何をするわけでもないですが、会うと、また歩いていこう!と鉢巻きを締め直すことができるのは実にありがたいものです。

人間は自分で限界を設定しているのかも知れません。
そしてそれは自分だけではなく、他者としての人間も同じなのでしょう。

孤立してしまうと設定した限界に忸怩して時がすぎてしまうのが通例ですが、不思議なことに、おなじく悩み・限界を設定している人間ですが、出会うとそこからひとつづつ坑を穿つことができるのが、実に不思議なものだよな……などと思ってしまいます。

ひとりでコツコツやることももちろん大切なのですが、人間という存在自体が倫理学者・和辻哲郎(1889-1960)が描いて見せたように「間柄的存在」であるとするならば、ひとりでコツコツやるだけでなく、人間同士の切磋琢磨によって、限界を突破してみたり、凹んだところから再び歩み出したり、種々、思っても見なかった展開が現じてくるものなのでしょう。

そのことはどのような精緻な反駁理論があろうとも生命の叫びとして否定することは不可能です。

ほんとうは、皆とそのあと飲みにでも行きたい!気分でしたが、こちらは生憎しごとですし、土曜の午後、2時間あまりの同道でしたし、皆もそのあと種々スケジュールがつまっておりましたので、燦々!と散会しましたが、いや~あ、学生時代の仲間ほどよいものはありません。

……ということで、またの再会と人生での勝利を期しつつそれぞれの帰路へついたわけですが……。

朝から何も食べておりませんでした!
そして、これから24時まで仕事だろう!

……ってことで、クィックイーティングを所望しましたので、JR高田馬場駅構内で気になっていたメニューに挑戦です。

いわゆる駅中ジャパニーズ・ファースト・フードというやつです。

早稲田口改札内……ここが大切です!……改札から出てしまうと遭遇できません……に店を構える駅蕎麦屋「ちゃぶぜん」です。

蕎麦の類は何度も利用しておりましたが、いつも気になるメニューをスルーしておりましたので今回頂戴してきた次第です。

「馬場丼」がそれです。

べつにジャイアント馬場(1938-1999)がのっているわけではありませんが、丼メニューです。

写真のとおり、丼からはみ出すほど大きなチキンカツをのせた丼物です。
丼といえば、カツ丼、親子丼に代表されるように、汁で種物を煮立てたような丼とはことなり、どちらかといえば、天丼に近いサッパリ丼です。

はじめてやり、腹も減っていた所為でしょうか、実にうまかったです。

大きなチキンカツはしかしながら、かなり薄目ですので、食感としてはハムカツにちかいそれですが、そのうえにかけられたソースは麻婆なんちゃら風のあんかけソースでこれが実にスパイシーでして、カツをめくるとしゃきしゃきキャベツ、そしてキャベツをめくると鳥そぼろ……。

じつに多層的な……神学の世界でいうなれば、多元論的なコスモロジーの展開する丼でございますが、それぞれのエレメントが実にハルモニア(調和)というかたちで差異を口蓋にて讃え合っているという状況で、実に美味でした!

さて冒頭で引用したのはチェコを代表する大・現代作家ミラン・クンデラ(Milan Kundera,1920-)の主著『存在の耐えられない軽さ』からの一節。

実に読みたいのですが、読むのが惜しいので封印してきた一冊ですが、そろそろいいだろう?……ということで鞄に突っ込み本日より読み始めましたが、じつにいいです。

スタイルとしては、冷戦下のチェコスロヴァキアを舞台に、プラハの春(1968)を題材にした恋愛小説なのですが、どうしても小説として読めません。

冒頭からニーチェ(1844-1900)の「永劫回帰」の可能性が議論され、そしていきなり男女の議論へと誘われ、読み物というよりも哲学書といった方が精確だよな……と電車のなかでニヤニヤしてしまいました。
※ということは同じ電車でそのニヤニヤした宇治家参去をご覧になった方にはすいません!

さて……。
人間の人生とは、まさにクンデラがさきに描写したとおりだと思います、すなわち……、

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……それはまるで俳優がなんらの稽古なしに出演するようなものである。しかし、もし人生への最初の稽古がすでに人生そのものであるなら、人生は何の価値があるのであろうか? そんなわけで人生は常にスケッチに似ている。しかしスケッチもまた正確なことばではない。なぜならばスケッチはいつも絵の準備のための線描きであるのに、われわれの人生であるスケッチは絵のない線描き、すなわちす、無のためのスケッチであるからである。

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だからこそ旦那!
捨てたもんぢゃないんですよ!

無のためのスケッチほど素敵なものはありませんですワ。

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存在の耐えられない軽さ (集英社文庫) Book 存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)

著者:ミラン クンデラ
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「ハア、なるほどね」

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青年 いよいよ人間の話になりましたね?
老人 そうさ。人間即機械--人間もまた非人格的な機関にすぎん。人間が何かってことは、すべてそのつくりと、そしてまた、遺伝性、生息地、交際関係等々、その上に齎(もた)らされる外的力の結果なんだな。つまり、外的諸力によって動かされ、導かれ、そして強制的に左右されるわけだよ--完全にね。みずから創り出すものなんて、なんにもない。考えること一つにしてからだな。
青年 これは驚きました! じゃ、かりにぼくが、あなたのおっしゃってることなんか、すべてナンセンスだと考えるとする、その考えは、いったいどこから来たんです?
老人 いや、それはごく当然の考えだよ--いや、それ以外どうもならん考えだといってもいいかもしれんな--だが、いいかね、君がそう考える、その根拠になった材料そのものもだよ、決して君自身が創り出したもんじゃァない。要するにそれは無数の書物、無数の会話、そしてまた何百年間というかな、祖先たちの心、頭脳から流れ出して、君の心、頭脳に注ぎ込んだ思想、感情の流、それからただ無意識に集めこんだ思想の断片、印象の断片、感情の断片、そういったガラクタ群の集積にしかすぎないんだからな。君個人としちゃ、なんにも創造なんかしてやしない。君のその考えをつくっている材料の、そうだ、目にも見えるぬほどの破片(かけら)ですらが、何一つとして君自身の創造なんかじゃない。いや、それどころか、そうした借りもんの材料をまとめ上げたという、そのわずかな功績するがだな、なんら君自身の手がからじゃァない。それすらもすべて自動機械の作用なんだからね--つまり、徹頭徹尾機械構造の法則にしたがって、君の心という機械がやった作用(はたらき)にしかすぎんのだ。しかも、その機械そのものも、君自身がつくったものじゃないばかりか、それを支配する力すら、君自身はもってないんだよ。
青年 ずいぶん厳しいですね。すると、ぼくとしちゃ、そういった考えしかもてなかった、っておっしゃるんですか?
老人 自発的にはかね? そうさ、その通りだよ。おまけに、その考えだって、実は君がつくったもんじゃない。ただ君の機械がつくってくれただけにすぎん--自動的に、瞬間的にだな。省察だの熟考だのって、そんなものはなんにもない。また必要もないんだ。
青年 じゃ、かりにぼくが熟考したとしたら? どうなります?
老人 じゃ、一つやってみるかね?
青年 (十五分ほど考えて)考えてみました。
老人 つまり、考えを変えようとやってみたのかね? もちろん、一つの実験としてだが。
青年 そうです。
老人 うまくいったかね?
青年 いいえ、同じことです。変えることはできません。
老人 残念だな、それは。だが、いいかね、それがつまり、君の心が機械にしかすぎんてことなんだ。それを支配する力は、君にはない。いや、心って奴、自身を左右する力すらもってないんだな。--ただ外部から動かされてだけ作用(はたら)くんだから。つまり、それが心ってものの構造法則、言葉をかえていえば、一切機械の法則なんだ。
青年 じゃ、この自動機械的思考ってのは、ぼく自身にも変えられないんですか?
老人 そうさ、君自身の力じゃできん。できるのは、ただ外なる力だけなんだ。
青年 外力だけですか?
老人 そう--外力だけだな。
青年 そんな議論は成り立ちませんよ--あんまり馬鹿馬鹿しくて、とうてい成り立たんとでもいうか。
老人 これはまた、どうしてそんな風に思うんだね?
青年 思うだけじゃありませんよ。はっきりわかってます。じゃ、かりにこんな場合はどうなります?--つまり、ぼくがですよ、いまある思考をはじめようと決意する、そしてはっきり現在のこの見解を変えようという目的で、思索なり、読書なり、勉強なり、をするとしますね。もしそれが成功するとしたら、どうなります? これはもう外的衝動力の結果とはいえんでしょう。すべてがぼく自身の作用(はたらき)--つまり、ぼく自身、自発的にこの試みを考え出したんですからね。
老人ところが、それが大まちがい、これっぽっちもそうじゃないんだから。現にそれはわしとのこの話合いから生まれたものにすぎん。わしとの話合いがなければ、そんなことは絶対に起こらなかっただろうからな。人間誰も創造なんてことは絶対にない。思惟も衝動も、すべて外からくるわけさ。
青年 ずいぶんいやな言い方ですね。それにしても、最初の人間ってのは、とにかくなにか創造の思惟をもったはずじゃありません? 誰からも引き出す人間なんていなかったわけですからね。
老人 それがまちがいなんだ。アダムの考えは、みんな外から来たものばかり。たとえば、君は死を恐れてるだろう。だが、それは決して君が発明したもんじゃない--外から、つまり、人の話や、人から教えられて、知ったにすぎん。アダムには死の恐れなんかなかった--これっぽちもなかった。
青年 いえ、ありましたよ。
老人 はじめて創られたときにか?
青年 いいえ。
老人 じゃ、いつだね?
青年 つまり、死の脅威を感じたときですよ。
老人 じゃ、外から来たもんじゃないか。そりゃアダムは偉い男さ。だが、神格化なんぞしちゃいかんな。外から来ない思考をもってるなんてのは、君、神々だけなんだぜ。おそらくアダムはいい頭の持主だったろうな。だが、そんなもの、外からのもので一杯になるまでは、なんの役にも立たなかったはずだな。どんな些細なことだって、頭だけで発明できたはずがない。善悪の区別なんてものも、それこそカケラほども知らなかった。みんな外からの観念として知るよりほかなかったんだよ。彼だって、イヴだって、裸で歩くことがよくないなんて、決して自分で考えついたわけじゃない。あの林檎と一緒に、まったく外からの知識だったんだな。つまり、人間の頭ってものは、なに一つとして新しいものなんか考え出せるもんじゃない、そんな風にできているんだよ。外から獲た材料を利用するだけの話なんで、要するに機械にしかすぎないんだよ。ただ自動機械みたいに運転するだけなんで、意志の力で動いたりするんじゃない。自分で自分を支配する力なんか、もちろんないし、その所有主にだって命令する力はない。
    --マーク・トゥエイン(中野好夫訳)『人間とは何か』岩波文庫、1973年。

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マーク・トゥエイン(Mark Twain,1835-1910)といえば『トム・ソーヤーの冒険』とか『ハックルベリー・フィンの冒険』で有名なように、奇想天外な爽快・大胆な読み物の作家として知られておりますが、爽快・大胆という側面よりもむしろ、その骨格をなす時代に対する批評精神とか諷刺精神のほうがその真骨頂ではないかと思います。

名門旧家の出身ですが、幼い頃に破産し経済的には恵まれず、水先案内人や印刷工をへて作家としてデビューしますが、システムとか概念が硬直化しつつあった世界において、それっを笑い飛ばす痛快な筆致は、ある種の爽快さを醸し出すわけですが、その「笑い飛ばす」批評精神とか諷刺精神には学ぶべきところがあるのだろう……などと再読しながら痛感する宇治家参去です。

晩年は不幸の連続でペシミスティックになっていたようで、そのなかで、書かれたのが上に引用した、没後出版となる『人間とは何か』です。

人間とは反応する機械にほかならない……『人間とは何か』で丹念に描かれる通底するテーマはそこに存在します。

人間とは機械にすぎないと説く老人と、いやそんなはずはないと力説する青年との対話という構成ですが、根拠を持たない熱き?青年の熱意は怜悧な老人の構成力に圧倒されていくという仕立てですが、読んでいるとは、「ハア、なるほどね」……などと唸らされてしまいますので、驚きます。

たしかに、人間は「機械にしかすぎないんだよ」ということかもしれあせん。
ただ「自動機械みたいに運転するだけなんで、意志の力で動いたりするんじゃない。自分で自分を試合する力なんか、もちろんないし、その所有主にだって命令する力はない」ことは生きている上で、自分自身の言動・行動を振り返ってみたり、直面する人間模様の中で至極実感するところで、まさに「ハア、なるほどね」と理解してしまいます。

しかしながら、その「ハア、なるほどね」というのは、1+1が2になるようにすぱっと「ハア、なるほどね」という感慨でないことも事実です。

その辺のもやもやした部分が払拭できないとでもいうのでしょうか。

専門家からは誹りをうけそうですが、諷刺批評家のトゥエインのことですから、挑戦・挑発的にこの書をしたためたのではなかろうか……などと思ってしまいます。

たしかに人間とは、そして人間限らず、生物とは、機械的なところがあります。
時系列における点と点を観察して推論するならば機械的な側面が皆無ではありません。
しかし、こと人間に関してみてみると、まさに時系列における点と点との間には豊穣な紆余曲折がみられることも確かです。

仏教に限らず、あらゆる高等宗教では、存在者そのもに善も内在すれば悪をも潜在することが説かれますが、そのことと同じかもしれません。どちらの純度百%の人間は存在するわけではなく、その生命に紛動されてしまったとき、機械的に人間は動き出すのがその実情なのでしょう。

このことは人間にかぎらず、自然界においても同じかもしれません。

さふいえば、5月に植えたひまわりのたねがおおきく葉をのばしはじめました。
これから大輪を咲き放つことなのでしょうが……行く末が楽しみです。

しかし不思議なモノです。

ある意味で無機質だった乾燥した種が出発だったのですが、係わり続けることによって生き生きと成長していくわけで、このことは静物にかぎらず、人間に関しても同様かも知れません。

……ってことで?
帰る前に、書く必要もない大クレームが市井の職場であった凹んでいたのですが、ひっぱりすぎると難ですから、数時間後の授業にそなえて、麒麟のハートランドビールでも飲んで寝ます。

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悪魔を相手に、あれほど人間らしく口をきいてくれるとは、しかし大旦那として感心なものだ。

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  学生
お話をうかがっているとぼうっとしてしまって、
頭の中で粉挽車がぐるぐる回るような工合です。
  メフィストーフェレス
次は、何よりもまず
形而上学にとりかかるのだ。
そうするとおよそ人間の頭ではわからんことでも、
深遠な意味をつけて捉まえることができる。
頭にはいることにも、はいらんことにも、
立派な術語がちゃんとできあがっている。
だが初めこの半年ほどは、
特に秩序ということに気をつけたまえ。
鐘がなったらすぐ教室に入るのだ。
あらかじめよく予習をして、
本の一章一節をよく調べておく。
するとあとで、先生が、
本に書いてあることしか何もいわぬことがよくわかる。
それでも筆記は熱心にしておきたまえ、
聖霊が君に口授しているかのようにね。
  学生
それは二度と仰しゃるまでもございません。
それがどんなに役に立つかは私にもわかっています。
なにしろ白い紙に黒い字で書いているものは、
安心して家へ持ってかえれますから。
    --ゲーテ(相良守峯訳)「書斎」、『ファウスト 第一部』岩波文庫、1958年。

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ちょうど短大の「哲学」の授業でゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)を講じておりましたので、先週来、ずうっ~とゲーテばかりを、まさに「仕事」として読み直しておりましたが、やはりゲーテはいいものです。

学部生の頃、ドイツ文学科に在学しておりましたが、ドイツ語がからきしダメで……といっても仕事で使う分くらいは読めますけども……酷い思い出ばかりですが、ゲーテだけは熱心に読んだのが今の財産かもしれません。

もっとも本格派の研究者からいわせると、宇治家参去のゲーテ理解など、研究とは似て非なる衒学的なフリークの趣が濃厚と笑われてしまいますが、集中的に読んだことはひとつの財産・土台となっていることは間違いないかと思います。

さて……
なんで「哲学」で「ゲーテ」なのか……なんて突っ込まないでください。
哲学は「諸学の王」ですからなんでもありなんです。

しかしなんで「ゲーテ」なのでしょうか。
ひとつには、若い学生さんたちに……言い方がやくざ言葉か熟練の軍曹になってしまいますが……要は「お前らなあ、良書を読めよ!」ってことをその主眼においておりますものですから、そのひとつのケーススタディとしてゲーテの生涯とか作品における卓越したその哲学性を論じております。

ただし、ゲーテを扱うのは授業回数のバランスで言うと中盤よりちょい後になるのが、学生さんたちが「良書を手に取ることが遅くなってしまうのでは……」などと思うところもあるのですが、土台の土台を造ってから、その展開・転回として差し込む挿話的にこのゲーテの講義をいれておりますので、最初にもっていくわけにもいかず……。

ただしかし、早いうちからいい本を手に取る習慣をつけてほしい。

工夫が必要だよな……などと4月に開講する前から悩んでおりました。

そしてその悩みをスルーしてしまうと、ゲーテがまさに『ファウスト』で指摘している通り、「あらかじめよく予習をして、 / 本の一章一節をよく調べておく。 / するとあとで、先生が、 / 本に書いてあることしか何もいわぬことがよくわかる」というディレンマに陥ってしまいますので、工夫と言うほどの工夫でもありませんが、今回は初回の授業より、本論と関係なくても、古典名著を冒頭で紹介しつつ、「お前らなあ、良書を読めよ!」とハッパをかけつつ助走してきましたので、ちょうどゲーテのところでそのひとつのクライマックス?をいいかたちで迎えられたのかな……などと思う宇治家参去です。

本日の授業のリアクション・ペーパーを読んでおりますと、

「1週間でなんとか2冊読めました!」
「今『モンテ・クリスト伯』の2巻目です、メッチャ面白い!」
「まだ読み始めておりませんが、ともかく良書を自分の身近なところから手放さないというスタート地点にはたどり着けました」

……等々。

これまでにくらべると、「読まなきゃいけないけど、なかなか読めない」で終わってしまうという事例がかなり減少し、かえって、挑戦中です!という報告が数多くあり、ひとまず工夫?は成功したのかと思います。

ホント、学生時代にこそ、良い書物に挑戦して欲しいものだと思います。
もし万が一、学生時代には「読んだけど理解できなかった!」ということはザラにあると思います。しかしそこであきらめずに、仕事をするようになってから、また親となってから……と再読するような形で、たとえ一冊であったとしても、何度も向かい合っていくと、宝を掘り出すことが出来るものですから。

良書を手放さない……このことが肝要なのかもしれません。

しかし、宇治家参去が自宅で本を読んでいるとよく誤解されるんです。

「遊んでいるんだろう」ってところです。

決して遊んではいません。

書物の活字を通して、ゲーテと対話し、プラトン(plato、BC.427-BC.347)と喧嘩をして、ドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky,1821-1881)と一緒に膝を抱えているだけなのですが、それを態度として示してしまうと、どうも遊んでいるように勘違いされてしまうのが難点です。

ともかく学生さんたちにハッパをかけるだけでなく、宇治家参去自身も死ぬまで良書への挑戦の一日一日でありたいものです。

……ということで、ついでですので、ゲーテ畢生の大著『ファウスト』の序曲の末尾でもひとつ。

健康を考えて?バーボンにしてみましたが、
……結局結構のんでおりやした。

がっくし。

しかし……くどいのお……!

学生さんのコメントでのぞけったのは次の一言!

「ゲーテさんに会ってみたいです」

……そう関心を向けてくれたことだけでも嬉しいもので御座います。

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  メフィストーフェレス
さあ何をお賭になります。もし旦那様が、
あの男(……引用者註=ファウストのこと)をそろりと私の道の方へ連れこむことをお許しくださるなら、
あれを旦那様から奪いとってごらんに入れますが。
  主
あれが地上に生きているあいだは、
それも別に差止めはしない。
人間は、努力をする限り、迷うものだ。
  メフィストーフェレス
そいつは有難いですな。というのは、
死んだ奴なんか相手にするのは元々嫌いだからです。
私のいちばん好きなのは、むっちりした生きのいい頬っぺたなんで。
死骸ときたら私はご免こうむりますよ。
私の流儀は、猫がネズミを相手にするようなもんですから。
  主
よろしい、ではお前にまかせておこう。
あれの魂をそのいのちの本源からひきはなし、
もしお前につかまるものなら、
あれを誘惑してお前の道へ連れこむがよい。
そしてお前がやがてこう白状せねばならなくなったら恥じ入るがよい、
善い人間は、よしんば暗い衝動に動かされても、
正しい道を忘れないものだと。
  メフィストーフェレス
結構ですとも。だがそいつも長続きはしますまいよ。
今度の賭は、もうこっちのもんです。
もし私の思いどおりにいった場合には、
腹の底から勝鬨をあげることをお許しねがいます。
あいつには塵あくたを食わせてやります、欣んで食いますぜ、
ちょうど私の叔母の、あの有名な蛇のようにね。
  主
うん、その時にでも勝手にふるまうがよい。
わしは一度もお前の仲間を憎んだことはない。
およそ否定を本領とする霊どもの中で、
いちばん荷厄介にならないのは悪戯者(いたずらもの)なのだ。
人間の活動はとかく弛みがちなもので、
得てして無制限の休息を欲する。
だからわしは彼らに仲間をつけてやって、
彼らを刺戟したり促したり、悪魔としての仕事をさせるのだ。
それはそうとお前たち、まことの神の子らよ、
この生き生きした豊かな美を楽しむがよい。
永遠に生きて働く生成の力に、
愛のやさしい垣根をもってかこまれ、
揺らめく現象として漂うものを、
恒久の理念をもってつなぎ留めるがよい。
 (天閉じ、首天使らわかれ去る)
  メフィストーフェレス
時々、あのおやじに会うのは悪くないて。
だからおれは仲違いしないように、気をつけている。
悪魔を相手に、あれほど人間らしく口をきいてくれるとは、
しかし大旦那として感心なものだ。
    --ゲーテ(相良守峯訳)「天上の序曲」、前掲書。

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ペンと絵筆による創作は、私にとっては、それによる陶酔が生活を耐えられるように暖かく、そして好ましいものにしてくれるワインのようなものです

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 絵をかくことはすばらしい。私は以前、自分が眼識を持ち、この地上の注意深い散歩者だと信じておりました。ところが、そういう状態は今ようやく始まったばかりなのです。……絵をかくことは、呪われた意志の世界から解放してくれます。
    一九一七年四月二十一日 ヴァルター・シューデリーン宛の手紙から
    *
 私がもう決して画家になれないことを私はよく知っています。しかし、現実の世界へ没頭しているときの徹底した自己忘却は、ひとつのすばらしい経験です。私が何日間も私自身や世界や戦争や一切のものを完全に忘れていたことは、一九一四年以来はじめてのことでした。
    一九一七年五月二十六日 アルフレート・シュレンカー宛の手紙から
    *
 この戦争は私に、内発的な発病と、世間との避けられない対決をもたらしました。この対決は今なお続いており、私はそのために体面などはよろこんで犠牲にします。私が今仕事の合間に(私は陸軍省の職員代理としてここで捕虜援助の仕事をしています)何か美しいものを書いたとき、そして一切の現実的なものから離れて疑いなく価値あるものに没頭したいとき、私は詩作はせずに、四十歳になろうというのにはじめてスケッチと彩色画をかくことを始めました。それは詩作と同じくらい、ときにはそれよりはるかによく私の役に立ってくれます。というのは、追求する価値のある唯一の心の状態、個人的な欲望なしに心の底から対象と共に生き、献身するという状態こそ、まさに芸術家のものだからです。そしてそのような状態を、私は絵をかいている数時間のあいだわがものとします。そのとき神の国ははじまり、「すべてのものはおまえたちのもの」となるのです。
    一九一七年七月四日 ハンス・アブーリ宛の手紙から
    --F・ミヒェルス編(岡田朝雄訳)『ヘッセ画文集 色彩の魔術』岩波書店、1992年。

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第二次世界大戦に対して、勇敢にその非を問い平和を訴えた論者は比較的多いのですが、第一次世界大戦に対しては、その非を問い平和を訴えた論者は、それにくらべるとかなり少ないことに驚かされます。

どちらの場合にしても、その歩みは偉大な人間の歩みとして黄金の輝きを放っていることは論を待ちませんが、そうした数少ない論者のひとりが現代ドイツを代表する作家・ヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse,1877-1962)であります。

ヘッセは大戦の渦中、三十編以上の政治的論説を発表し、戦争の狂気と戦うことを試みましたが、方々から「祖国を汚す者」として告発され、孤軍奮闘という状況で……。
罵倒、難癖、当てこすり……、それによってヘッセ自身の精神的破壊がひとつの沸点に達しようとしたわけですが、まさにそうしたとき、ヘッセはすべてものを分断する破壊に対してなお、建設的な作業をしてみようと試み……そのなかで絵を描き始めました。

ある意味では気分転換で始めた創作です。
そのあり方、フレームワークを冷徹なアナリストが分析するならば、一種の「待避行動」と捉えられがちですが、そのスケッチのみならず創作なんかを幅広く概観するならば、「待避行動」として断じてしまうのは、早計の至りでしょう。

「現実の世界へ没頭しているときの徹底した自己忘却は、ひとつのすばらしい経験」とヘッセ自身が語るように、たしかに、「絵をかく」ということで、苛酷な現実から一歩身を引くのは事実です。しかしヘッセにおいてはそれは決して現実からの「退行」を意味しているわけではないようです。

「この対決は今なお続いており、私はそのために体面などはよろこんで犠牲にします」……ヘッセ自身、確かに絵をかくことで、心の均衡を保つことに成功しましたが、そのことは、ヘッセにおいて日常闘争から決して「降りた」ことを意味するわけではありません。むしろ、絵との出会いによって、さらに生き生きと創作し、闘い、自分自身の人生と勝負しつづけたのがその歩みです。

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 ペンと絵筆による創作は、私にとっては、それによる陶酔が生活を耐えられるように暖かく、そして好ましいものにしてくれるワインのようなものです。
    一九二〇年十二月二十一日 フランツ・カール・ギツカイ宛の手紙から
    --F・ミヒェルス、前掲書。

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しらふだけというのは人間の一側面にしかすぎません。おなじく酩酊しているというのも人間の一側面にしかすぎません。その全体があってこそ人間なのでしょう。

ヘッセが絶妙に表現する如く、「生活を耐えられるように暖かく、そして好ましいものにしてくれるワイン」としての創作を生活のどこかに入れてみると、「耐えられないほどぐじゃぐじゃな生活」に「耐えられるように」なるかもしれません。

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これらみな人間の偉大な仕事だ

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フランシス・ジャム これらみな人間の……

これらみな人間の偉大な仕事だ。
木桶のなかに牛乳をしぼること、
針のようにちくちくする麦の穂を摘むこと、
涼しい榛(はん)の木のそばで牝牛の番をすること、
森の白樺を切り倒すこと、
強い流れの小川のほとりで柳の小枝を籠に編むこと、
仄暗い炉ばたで、皮膚病にかかった年老いた猫や
眠っているつぐみや、幸福そうな子供たちに囲まれて
古靴を修理すること、
こおろぎが鋭くうたう真夜中ごろ
音をしのばせて機(はた)を織ること、
パンを焼くこと、ぶどう酒をつくること、
畑に葱やキャベツの種をまくこと、
生あたたかい卵を集めること。
    --フランシス・ジャム(手塚伸一訳)「これらみな人間の……」、『フランシス・ジャム詩集』青土社、1992年。

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やっぱり月曜日が一番きついです。

前日の日曜は24時まで仕事やって、かえってきて25時前。

風呂に入ったり、酒呑んだり、明日といいますか……数時間後の準備をしていると、結構朝方になるのですが、9時はおきて大学へ向かい、昼から講義してすっとんで帰ってそのまんま市井の仕事で……。

それでも2-3年前であれば、「まだまだ平気!」という精神・肉体ともに乗り切れるスタミナ?があったものですから、気力・体力ともに充溢していたのだと思いますが、最近はチト辛いナ……などと自覚する宇治家参去です。

ひさしぶりに帰りの電車で違う駅で降りてしまいました。

帰宅の電車で、うつらうつらしていてはっと起きて降りて、ホームから改札に向かい、suicaで自動改札を抜けると見慣れぬ風景で……。

一駅手前で降りたようです。

もう一度、改札をくぐって自宅へ戻り仕事へ出かけましたが……。
ちと、これからいっぺえやって疲れを癒して寝ます。

さて講義の方ですが、通信教育のスクーリングでも、短大での講義でも、いつも心がけているのが「一方通行」にならないように!という配慮です。

ときおりディスカッションを入れてみたりするなど、「双方向」を心がけているのですが、今日はひとつ「講義」をしてしまいました。

忸怩たる部分です。

私家版の教科書も1頁も進みませんでした。

内容に関してはちょいと重要だと思うので後日詳細しますが、すでに自家薬籠中と化しているドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky,1821-1881)、レヴィナス(1906-1995)の議論を援用しつつ、「世界のために」「何か」やりたいのであれば、自分自身の生活を「ちゃんと生きるしかない」というあたりを学生達と議論しながら、話をしたわけですが、……結果としては「演説」になってしまいました。

まさに忸怩たる部分です。

ポストコロニアル批評の代表的な論者の一人であるスピヴァク(Gayatri Chakravorty Spivak,1942-)の表現を借りれば、「ダブルバインドを承知でそれを対象化することなく、強(したた)かに足下を掘れよ」って話ですが、やはりこの部分はナイーヴであるがゆえに、丁寧に話をしましたので、結果として「演説」となってしまいました。

双方向を志しつつ、「演説」してしまった部分が忸怩たる部分です。

ご存じの方は?ご存じですが、宇治家参去、こうした熱く「語ってしまう」とき、念のため、「恐縮ですが演説をします」とか途中で「演説でスイマセン」断って「演説」するわけですが、ひさしぶりに80分ちかく演説してしまいました。

本当は「演説」なんかしたくはないんです。

ですが語ってしまったです、ハイ。

とわいえ、学生さんたちの「リアクション・ペーパー」@出席カード兼感想録を読んでおりますと、「演説」に「辟易」としたというコメントが全くなく、むしろ、「刺激になりました」「“演説”だなんて、“卑下”しないでください」との文言ばかりでむしろ、こちらが励まされるようで……。

ありがとうござんした。

ただなア~、これに自惚れてしまうと宇治家参去のレゾン・デートルそのものが肥溜めになってしまいますから、自戒しつつさらにブラッシュアップです。

宇治家参去さんは卑下しすぎ……とよく忠言されますが、自分としては「卑下」しすぎるぎらいが均衡的にはちょうどいいだろうとおもっておりますので、「自虐」しなくなってしまうとそのキャラクターがレディ・メイドになってしまうのだろうと思ったりもします。

だから自分も「ちゃんと生きよう」と思います。

……とわいえ、冒頭に記したようにヘロヘロですので、「ちゃんと酒を呑んで」寝ようかと思います。

今日の寝酒ならぬ寝本は、20世紀前半のフランスで活躍したカトリックの詩人・フランシス・ジャム(Francis Jammes,1868-1938)の詩集です。

パリから遠く離れたピレネー山麓から発せられるジャムの歌声はまさに「朝露にも似た澄んだ声」であります。19世紀後半の燦々と開花したフランス象徴詩の潮流が方法論に堕していくなかで、そうしたあり方と一線を画し、素朴ながらも対象と丁寧に向かいあうジャムの謳声には、大自然や人間が本然的にもつ生命の力強さを感じられずにはいられません。

ひとびとの生命の輝きにみたち溌剌とした詩世界がたったひとつの言葉から彷彿してきます。

自然を素直に美しいとありのまま表現するだけでなく、生きている人間そのものの声までも美しく謳いあげるジャムの紡ぎ出す言葉のひとつひとつに生命力が漲っております。

金がないので、スコッチの「Ballantine's」ですが、ジャムの言葉によってその雑味すら、味わいのひとつへと転換されるようで……。

生きているというのは実に大変な「闘い」なわけですけれども、それこそがまさに「これらみな人間の偉大な仕事だ」ということなのでしょう。

……ということで、とっとと寝ます。

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現実主義者においては、信仰心は奇跡から生まれるのではなく、奇跡が信仰心から生まれるのだ

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 ひょっとすると読者のなかには、このアリョーシャという若者が、病的で熱しやすい性格をもつ、発育の遅れたあわれな夢想家で、みすぼらしい虚弱な小男だったのではないかと思われる向きがあるかもしれない。しかし当時のアリョーシャは、それとは逆に、すらりとした体つきをし、薔薇色の頬と澄んだまなざしをもつ、はちきれそうに健康な十九歳の青年だった。
 その頃の彼は、たいへんな美男子ともいえるほどだった。中背で均整のとれた体つき、髪は栗色、顔の輪郭はやや面長ながら整ったうりざね形で、その目は左右に広く離れ、濃い灰色に輝き、たいそう思慮深い穏やかな性格の青年のように見えた。もっとも、薔薇色の頬をしているからといって、狂信者や神秘家でない保証はないと言われるかもしれない。しかしわたしには、このアリョーシャが、ほかのだれよりも現実主義者(リアリスト)であったとさえ思える。そう、修道院に入ってから彼はむろん、宗教上の奇跡を百パーセント信じていたが、そもそも現実主義者は奇跡に心をまどわされることはない、というのがわたしの考えである。
 現実主義者が信仰にみちびかれるのは、奇跡によってではない。まことの現実主義者で、かつ何の宗教も信仰していない人間は、どんなときも奇跡を信じずにいられる強さと能力をもっているものである。もしも目の前で、うむを言わさぬ事実として奇跡が起きたなら、現実主義者はそれを認めるより、むしろ自分の感覚に疑いをいだくだろう。かりにその事実を認めるにせよ、それは自然の法則内での事実であり、自分にはその事実がただ未知のものにすぎなかったと考える。
 現実主義者においては、信仰心は奇跡から生まれるのではなく、奇跡が信仰心から生まれるのだ。現実主義者がいったん信仰を抱くと、彼はまさにみずからの現実主義にしたがって、必ずや奇跡を許容せざるを得なくなる。使徒トマスは、自分の目で見るまではキリストの復活など信じないと言明したが、じっさいにイエスの姿を目にすると、「わが主よ、わが神よ!」と言ったという。彼を信じさせたのは、果たして奇跡だったろうか? いや、おそらくそうではない。トマスが復活を信じたのは、ただ信じたいと願ったからにほかならず、あるいは「見るまでは信じない」と口にしたときすでに、心の奥底では復活を確信していたのだろう。
 ひょっとするとアリョーシャは、頭の鈍い発育の遅れた青年だったのだろうとか、中等学校もそつ卒業していないだとか、そんなことを口にする向きもあるかもしれない。中等学校を卒業していないのはたしかに事実だが、頭が鈍いだの愚図だなどというのは、たいへんな間違いである。
 わたしはただ、さっき述べたことを、もういちど繰り返すだけである。すなわちアリョーシャが修道僧の世界に身を投じたのは、その道だけに心が深くときめいたからであり、暗闇をのがれて光明をめざしている青年の魂にとって、それ以外に理想の帰結はないとすぐに思われたからなのだ。さらにいうなら、彼はいまどきの青年らしい部分もあわせもっていた。つまり彼は不正を嫌い、真実が存在することを信じ、またそれを追い求めるような青年であって、ひとたび真実を信じるや、全身全霊を傾けて自分もその真実にかかわり、すぐにでも偉業をなしとげ、しかもその偉業のためにはすべてを、自分の命さえも投げ出さずにはいられないのだ。
 しかし不幸にしてそうした青年たちは、命を犠牲にすることが、おそらくこうした多くの場合におけるどんな犠牲よりも易しい、ということを理解していない。たとえば若さにあふれる人生の五、六年を辛く苦しい学業や学究にささげることが、たとえ自分がえらび、成しとげようと誓った同じ真理や同じ偉業に仕える力を十倍強化するためのものであっても、彼らの多くにとってはしばしばまったく手に負えない犠牲であることがわかっていない。
    --ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『カラマーゾフの兄弟 1』光文社、2006年。

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昨年の4月、熊本へ赴いた際は、羽田に向かう中央線が不通で私鉄へ乗り換え、ぎりぎり浜松町で便変更を行い、ようやくホテルに到着すると予約が入っていない……という異常事態でしたので、出張の際は、いつもどきどきもののチキン野郎な宇治家参去です。

お陰様で、今回の札幌“行”は問題なく到着ということで、ホテルで安堵しているところです。

旅の道中……。
不断の場合、敬遠しているような哲学書……家でいるとちょこちょこ読むけれども通読の難しい文献……を逃れようのない飛行機とか新幹線の中で強制的に読ませるという難行を化しているのですが、今回は、読みたかったけれども我慢してきた一冊を手荷物のなかにぶちこみ、電車・空港のラウンジ・飛行機・電車と読ませて頂きましたが、ひっぱりこまれて、札幌到着時に読了してしまいました。

いわゆるドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky,1821-1881)の最晩年の著作『カラマーゾフの兄弟』の「新訳」がそれです。

岩波版、新潮版ともに各社から数訳出ており、宇治家参去自身は、新潮訳に比較的に親しんできたのですが、様々なひとから、今度の新訳はよいぞ!と聞いており本は手に入れていたのですが、読むのが惜しく大切にしていたのですが、ぼちぼち挑戦してみるかということでひもといたわけですが……読みふけってしまう危険な一冊です。

翻訳には様々な問題がありますので、一慨にその善し悪しを評価することは非常に難しいので、なんなら原典で読めよ!という話になるのですが、ロシア語3年やってもものにならなかった自分自身としては、そこまで知的体力も残っていないことを承知しておりますから、原典対象させたうえでどうかときかれると何もいえなくて……という状況ですが、この光文社版、訳者は東京外国語大学の若い学長さんなんですが、正直いって日本語がこなれております。読ませるリズムある文章というところでしょうか。

これから第二巻を買い求めに札幌市街を彷徨してこようかと思います。
朝まで読みそうな自分自身が怖いのですが、家にいると落ち着いて読むというのも難しいわけですので……本を読んでいると“遊んでいる”と思われるフシがありますので……こういう旅先でひとりで書物と向かい合うというのもよいものです。

で……。
本を買うついで?に、明日・明後日の講義のための燃料補給をチトしておこうかと思います。

しかし何を補給すればよいのでしょうか?

一昨年も札幌で講義させて頂きましたがその折り、北海道ネイティヴの方に「何が旬ですか?」と伺ったところ「北海道は何でもいつでも旬ですから、旬というものがないんですよ」などと教えて頂いたことがあります。

さて何にするか。

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記号、色、それはひとつの賭け

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つねに名付けること
     ボブロフスキー

つねに名付けること、
木を、飛ぶ鶏を、緑に流れる川の
赤らむ岩を、
森越しに夕闇が降りてくるとき
しろい煙につつまれる魚を。

記号、色、それはひとつの
賭け。ぼくは考えこんでしまう、
ぴったりうまく
けりがつかないかもしれない。

だれが教えてくれるだろう?
ぼくが忘れてしまったことを。石たちの
眠り、飛ぶ鶏たちの
眠り、木々の
眠り、--暗闇に
それらの話し声がするのに--?

ひとりの神がいて
肉体に宿るなら、
そしてぼくを呼ぶことがあるとするなら、
ぼくはさまよい歩きもしよう、
少しのあいだ待ってもみよう。

Immer zu benennen
            J.Bobrowski

Immer zu benennen:
den Baum, den Vogel im Flag,
den rötlichen Fels, wo der Strom
zieht, grün, und den Fisch
im weißen Rauch, wenn es dunkelt
über die Wälder herab.

Zeichen, Farben, es ist
ein Spiel, ich bin bedenklich,
es möchte nichte enden
gerecht.

Und wer lehrt mich,
was ih vergaß: der Steine
Schlaf, den Schlaf
der Vögel im Flug, der Bäume
Schlaf, im Dunkel
geht ihre Rede--?

Wär da ein Gott
und im Fleisch,
und könnte mich rufen, ich würd
warten ein wenig.

    --生野幸吉・檜山哲彦編『ドイツ名詩選』岩波文庫、1993年。

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ちょい、また頭に来ることが社会的にあり、また市井の職場的にもあり、壁パンチをやってしまい、パンチに繰り出した拳に軟膏をぬる宇治家参去です。

エア・パンチか段ボール・パンチにしておけばよかったです。

詳細はおきますが……、

完全な理念とか理論なるものは存在しえません。
まさにスピノザ(Baruch De Spinoza,1632-1677)が言うとおり「永遠の相のもとに」見ることができるのは神しか存在しないのでしょう。
しかし、どこか、理念とか理論が現実を牽引していくという側面に注目する中で、自己自身を神であると認識してしまうと、理念とか理論が現実とかけ離れ一人歩きしてしまいます。

その対極にある理念的な契機を失した現実全肯定主義も同じです。
ずるずるべったりという現状を把握するという自己認識は必要です。
しかし「シカタガナイ」として現状認識を現状容認とはき違えてしまうと墜ちるところまで墜ちてしまうのが人間の日常生活世界です。

必要なのは、現実から理念や理論へ至ろうとする努力であり、理念や理論から現実に内在していこうとする勇気の慈悲だろうと思います。

それをあれかこれかの両極端にわけてしまうところに人間世界の悲劇があるのかもしれません。

自分自身としては「仙人になりたい(専任になりたい)」という願望を大切にしながら、涼しい顔して生きている自覚があり、ジェントルマンな風貌をうりにしておるわけですが、そうした憤りとかパンチを繰り出している自分をあとになって勘案するなら、なんか汗くさい熱血漢のようにも覚え、チト反吐が出そうになるのですが、マア、温かい生き血の流れている人間なんだよなと思う次第です。

「記号、色、それはひとつの / 賭け。ぼくは考えこんでしまう、 / ぴったりうまく / けりがつかないかもしれない」からこそ、賭けには自覚的責任がつきまとうはずなのですが……。

で……。
本日の蕎麦? 側?

大学へ出講する折り、乗り換え列車の都合で、立川で降りたのですが、そこの「奥多摩そば」より「きのこちくわ天そば」を頂いてきました。

奥多摩そばといえば、むか~し、青梅の奥地の茶屋で頂いた記憶があるのですが、無骨な麺ながらも、食べ応えのある蕎麦だよなという思い出があるわけですが、それを駅蕎麦で再現できるはずもないのは承知で一杯ですが、駅蕎麦以上本格蕎麦未満というかんじで、それなりに堪能させていただきました。

つなぎの小麦粉が若干多めなのでしょうが、なんとなく、田舎蕎麦という風情で、山手線関係の駅蕎麦では味わえない駅蕎麦というのが乙なものです。

……などと書いていると、まあ、心に平安は取り戻したということでしょうか。

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ぼくたちずいぶん遠くまで行ったけど、青い鳥ここにいたんだな。

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かあさんチル  そうそう、娘さんいかがですか?
隣のおばあさん  まあまあというところですよ。まだ起きられませんでねえ。医者は神経のやまいだっていうんですが、それにしても、わたしはあの子の病気がどうしたらなおるかよく知っているんですよ。けさもまたあれを欲しがりましてねえ。クリスマスのプレゼントにってね。あの子のたった一つの望みらしいんですが……。
かあさんチル  ええ、わかりますわ。チルチルの持っているあの鳥でしょう? ねえチルチル、お前あのお気の毒な娘さんにどうしてあれをあげようとしないの?
チルチル  なんのこと、かあさん?
かあさんチル  お前の鳥ですよ。あの鳥いらないんでしょう。もう見むきもしないじゃないの。ところがあのお子さんはずっと前からあれをしきりに欲しがっていらっしゃるんだよ。
チルチル  ああ、そうだ。ぼくの鳥どこにある? あ、あそこにかごがある。ミチル、あのかごをごらん。あれは「パン」が持ってたかごだよ。そうだ、そうだ、たしかに同じかごだ。だけど鳥が一羽しかはいってないよ。「パン」のやつ、あとの鳥食べちゃったのかな?やあ、ほら、あの鳥青いよ。だけどぼくのキジバトだ。でも、でかける前よりずっと青くなってるよ。なんだ、これがぼくたちさんざんさがし回ってた青い鳥なんだ。ぼくたちずいぶん遠くまで行ったけど、青い鳥ここにいたんだな。ああ、すばらしいなあ。ミチル、この鳥見たかい? 「光」はなんていうからしら? ぼくかごを降ろそう。 (いすに上ってかごを降ろし、隣のおばあさんのところへ持って行く) さあ、これ、ベルランゴーのおばさん。まだ本当に青くはないけれど、いまにきっと青くなりますよ。さあ、早くこれを娘さんに持って行ってあげてください。
隣のおばあさん  まあ、本当ですか? こんな風にただで、すうぐにいただいてしまっていいんですかねえ。まあまあ、あの子がさぞ喜ぶことでしょう。 (チルチルにキスしながら)キスさせてくださいよ。では早速ですが失礼しますよ、さようなら。
    --メーテルリンク(堀口大學訳)『青い鳥』新潮文庫、昭和三十五年。

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5月中旬に北海道・札幌市にて通信教育部のスクーリング講義にて、「倫理学」を担当する予定なのですが、ようやくその予定受講者人数の通知が届き、不開講にならなかったことに安堵する宇治家参去です。

今回は12名とのことで、懇談的(ゼミ的)にすすめるにはちょうどよい人数かなと思うところです。

これが5名だと真剣での立ち会いという状況ですし、その逆に100名を超えると、なかなかひとりひとりの受講具合に手が入りにくくなるのが現状ですから、まさにちょうどよいというわけで、今から楽しみにしております。

で……
どの教材でもそうですが、教材では様々な文献や言葉、エピソードを紹介しておりますが、そのひとつがメーテルリンク(Count Maurice Polydore Marie Bernard Maeterlinck,1862-1949、※Countが付いているので“伯爵”!)の『青い鳥』(L'Oiseau bleu)です。

倫理学とは、何かできあがった体系や公式を暗記し展開させる科目でもありませんし、語学のように作業を積み重ねる科目でもありません。しかし、哲学と同じようにメタ・フィジィークな批判精神にて現状と丹念に向かい合いながら、それはどうなのよっ?と問うわけですので、そうしたものの見方、すなわち倫理学の観点そのものをどうしても丁寧にお話しなければなりません。

これでほぼ1日の大半が終わってしまいますが、それぐらい大切なところなところで、基礎の基礎、竹刀を握る前の平常心のひとときとでもいえばいいのでしょうか……その部分です。

たとえ倫理学史を学んでも(それが無用ということでは決してありませんが)、その人間が倫理学を学んだかどうかは別の次元のような気がするところもありますので、この観点の講義は大切にならざるを得ません。

で……
倫理学の醍醐味は「関係(性)」、「~のあり方」を問う局面に存在します。例えばそれが「人間とは何か(私とは何か、他者とは何か、そしてその関係性は?)」を問いますし、対象との関係という点では、それは人間だけに限定されるわけでもなく、すべてがその対象になってくると行っても過言ではありません。

そのなかで、一番大切になってくるのが、スタート地点としての「身近なものごとに注目」するという観点でしょう。ともすれば、人は、「どこかに」「なにか」を置きがちです。たしかにそれはそれでOKよってこともありますが、そうではない部分の方が多いのが実情でしょう。

今の生活から超越したと思っても超越(先)を思い浮かべる、夢想するだけは超越は不可能であるように、超越しようとしても今の生活の状況に注目し、診断し、判断しない限り超越はあり得ません。まさに「生活」とは「生命の活動」の現場であるように、そこに眼を向ける必要があるのですが、それが観念とか感覚としては分かっていてもなかなかできるものでもありません。

だからこそ、それを最初に詳細にやるわけですが、そうした生活感覚のひとつのパラドクスを表しているのが、まさにメーテルリンクの『青い鳥』というわけです。

今は飲兵衛のナイス・ミドルと化した宇治家参去も昔、うら若き児童だったわけですが、その頃は原典ではなく絵本で読んだり、聞かせてもらったりしている話ですから、筋書きだけはわかっております。

しかし、実際に手にとって原本を読んでおかないことにはいくまい……などということで、詩人にして名訳者として知られる堀口大學(1892-1981)の手による邦訳ですが、ちょいと読んでみました。

クリスマスの前夜、貧しい木こりの兄妹、チルチルとミチルは、妖女に頼まれ、幸福の象徴である青い鳥を探しに行きます。

二人は、様々な舞台で青い鳥を見つけるわけですが、カゴに入らなかったり、捕まえると死んでしまったり……。

一年の旅の末、ふたりは結局青い鳥を捕まえることが出来ませんでしたが、二人は貧しい家へと帰ります。

帰宅すると……、そこで夢が覚めるという筋立てで、そこへ隣のおばあさんが来て、自分の病気の娘がチルチルの飼っている鳥を欲しがっているという。すっかり忘れていた自分たちの鳥を見てみると、驚いたことに「青い鳥」になっている。

驚きとともに、これを隣の娘にあげると、病気がよくなり、娘がお礼に現れる。そして二人が餌をあたようとすると、青い鳥は逃げてしまう……

そういうお話です。

しかし、再び読み直して驚くのは、チルチルとミチルの冒険が1年余りにも及んでいたということです。これは実際に活字と向かい合ってみないと気が付かないところです。

筋は知っていたのですが、ディテールを確認すると、それはマア、発見、発見の連続というやつで、まさに「灯台もと暗し」「青い鳥を求めてどこか違うところを探していた」というやつです。

これと同じ様な状況にあるのが、まさに「顧みる」に「値しない」と却下されてしまう日々の生活かも知れません。しかし、そこでフト立ち止まって確認してみると……それが丁寧に生きるということですが……驚きと発見があるのかもしれません。

で……。
例の如く、毎月一度は、細君が地酒専門店へ行かざるをえない要件があるのですが、昨日の朝出向いたようで、今回は『純米酒 越乃景虎』(諸橋酒造株式会社・新潟県)でございました。

『越乃景虎』……嫌いな酒ではありませんが、これまで真剣に飲んだことがなく、いちも2-3合飲んでから、途中でやるというセレクトで利用していことが多く、今回はじっくりと味わわせていただきました。

水の如くさわりなく飲みごごちとでもいえばいいのでしょうか。
純米酒がもつ米の旨味を感じることができました。

「青い鳥」はどこにいるのでしょうか?
自分自身の足下に内在しているのがその実情なのでしょう。

……ということで、来月、札幌へ参ります。
どこか旨いところをご存じの方、いらっしゃいましたら、ご教授宜しくお願い致します。

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青い鳥 (新潮文庫 (メ-3-1)) Book 青い鳥 (新潮文庫 (メ-3-1))

著者:メーテルリンク,Maurice Maeterlinck
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息絶えた……

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 神が考えたような人間、諸国民の文学や知恵が幾千年にわたって理解してきたような人間は、事物が役に立たない場合でも、美を解する器官をもってそれを楽しむ能力を付与されて作られている。美に対する人間の喜びには、いつも精神と感覚が等しい度合いで関与している。人間が生活の苦難や危険のただ中にあってもそういうものを楽しむきおとができるかぎり、つまり、自然や絵画の中の色彩の戯れや、あらしや海の声の中の呼びかけや、人間の作った音楽などを楽しむことができるかぎり、また、利害や困難などの表面の奥で、世界を全体として見たり感じたりすることができるかぎり、つまり、たわむれる若いねこの頭が描く曲線から、奏鳴曲の変奏演奏にいたるまで、犬の感動的なまなざしから、詩人の悲劇にいたるまで、連関があり、無数に豊富なつながり、相応、類似、反映が存在していて、絶えず流れるそのことばから、聞くものに喜びと知恵、冗談と感動の与えられる、そういう全体として世界を見たり感じたりすることができるかぎり、--それができるかぎり、人間は、自分というものにまつわる疑問を繰返し処理して、自分の存在に繰返し意味を認めることができるだろう。
 「意味」こそ、多様なものの統一であるから。そうでないとしても、世界の混乱を統一と調和としてのほかに感ずる精神の力であるから。--ほんとの人間、献膳な、不具でない人間にとっては、世界と神は絶えず次のようなさまざまの奇跡によって実証される。すなわち、夕方になると冷えてくることや、仕事の時間が終ることなどのほかに、夕方の大気が赤くなり、さらにばらいろからすみれいろに魅惑的になめらかに移って行くという現象があること、夕べの空のように無数に変る人間の顔が微妙な微笑を浮べる場合の変化のようなものがあること、大寺院の内部や窓のようなものがあること、花のうてなの中のおしべの秩序のようなもの、小さい板で作られたヴァイオリンのようなもの、音階のようなもの、ことばのように、実に不可解で微妙で、自然と精神とから生れたもの、理性的で同時に超理性的で子どもらしいものがあること。世界の美しさ、新奇さ、なぞ、またおよそ人間的ないっさいのものがまぬがれないもろさや病気や危険などを遠ざけ防止しはしないにしても、永遠不変と見えるものがあること。--そのことが世界を、その召使であり弟子である私たちにとって、地上の最も神秘的な尊敬に値する現象の一つにするのである。
    --ヘルマン・ヘッセ(高橋健二訳)「幸福論」、『幸福論』新潮文庫、平成十六年。

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自分自身が悪いのか、それとも中断させてしまったワインが悪いのか。

入力まで終わり、コメンタリーの組み立てまで済んだのですが、もはや息切れ。

コメンタリーは後日と言うことで。

ヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse,1877-1962)は染み込んできます。

その昔、ドイツ文学を専攻していた学徒としてはお恥ずかしい限りですが、こんなに染みこんでくるとは思いもよりませんでした。

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Book 幸福論 (新潮文庫)

著者:ヘルマン ヘッセ
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誰かを責めることが出来ません、責めるのは世界のただ中の自己自身でOKです

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このところナイーヴなヘッセ(Hermann Hesse, 1877-1962)をずんやりと読んでいる、ナイーヴでナーヴァスでチキン野郎である宇治家参去です。

ヘッセの醍醐味は、その特殊な個的なナイーヴさを、全体に関わる普遍の次元へ作品として見事に示して見せたところにあるんだよな!……そのことを“内面の書”と呼ばれる『シッダールタ』を再読しながら実感です。

これで3度目です。

3回読みましたが……原典で一度、その折りは演習の教材だったので必然で辛かったデス……、今回はこれまでくすぶっていた疑惑が今回解消したようで、チト綴っておきます。

周知の通り、いわゆる文庫本の帯書き(紹介文)なんかをひもとくと、つぎのような作品です。

すなわち……

「シッダールタとは、釈尊の出家以前の名である。生に苦しみ出離を求めたシッダールタは、苦行に苦行を重ねたあげく、川の流れから時間を超越することによってのみ幸福が得られることを学び、ついに一切をあるがままに愛する悟りの境地に達する。……成道後の仏陀を讃美するのではなく、悟りに到るまでの求道者の体験の奥義を探ろうとしたこの作品はヘッセ芸術のひとつの頂点である」(新潮文庫版、裏表紙紹介文)。

たしかに、シッダールタという名前は、仏陀になる以前の釈尊の俗名です。
作品では、釈尊の成道前の釈尊を辿るといよりも、シッダルータという名を持つ探究者の魂の遍歴を探究するというストーリーです。

シッダルータと聞けば、成仏前の釈尊の俗名ですから、成仏前の釈尊譚にひっぱられてそれを実存として読んでしまうと極めて違和感を感じてしまいます。なにしろ登場人物のひとりとして、歴史的存在者としての仏陀が登場しますから。

そのイメージに引っ張られたママ、この作品を読んでしまいますと、すなわち仏陀の成仏するまでの遍歴におけるヘッセの真読などと読んでしまうと……喉に刺さったトラウト・サーモンの小骨のような後味を残してしまいます。

しかし、ヘッセの独白の試みは、そんなところにあったのではないのかもしれません。
今回、読んでみますとまたまた違う読後感を味わい、「ひとつこいつァ~残して置かなければならねエべ」……というわけでこだわってみました。

ちょうど……
著名なバラモンの息子としてシッダールタは将来を約束され、その任務に対しておつりが出るほど、聡明かつ他者の声にならぬ声に耳を傾けることのできる素晴らしい青年として成長したにもかかわらず、本物の真理なるものを求め遍歴し、苦行を経験する……ホォォ!と読みながら、市井の職場での休憩を楽しんでいたわけですが……いきなり苦情……ではない……けれども苦情?のような電話にて、宇治家参去の読書も中断、というわけで、現実の泥臭い・どぶ臭い・そしてそれそのものが人間の真実である現場に引き戻された次第です。

ちなみに宇治家参去はバラモンではなく在家です。

で……

取り次ぎの方から受話を代わり内容を伺うと……、
※それはかなり端折った要約になりますが……応対そのものは……ひさしぶりの30分オーヴァーというやつで……、

要は……、

「子供が親にだまって、PSPを買って帰ってきた!」

「しかも、親の財布から黙ってお金を失敬して買って帰ってきた」ようなのですが、そうした小さな子供(小学生)が高額商品を購入する際に関して、「そうした不具合を防ぐような販売上の内規は貴社にはないのか!」

……そういうところです。

購入者の子供さんが、ご両親のお財布からチト福澤諭吉大先生を失敬して、親に黙って商品を購入したわけですが、販売側はなどうして何も確認しなかったのか!……ということのようにて、

マア御社はどうなっているの?
……というわけです。

……結局しらべると、

「お父さん、お母さんからもお祝いで貰って、イイヨっていわれているからダイジョブ」などと販売履歴のようにて(現実に対面販売をした担当者の確認およびPCのログ的記述からももそうなのですが)。

現実にはこの季節にはこうした事例以外にも「リアルに許容された」事例として購入される方が多いわけですが、小中学生が、新年度のお祝い!というかたちで、ひとりで購入しにくることも結構あります。

「会社の内規」的にも「面前コミュニケーション」における最低限の確認はしているわけですが……。

こうした場合、へんな話で、若い正義感のある革命家からはそれは「ゴマカシ!」だろと釣り仕上げられ、文化大革命のごとく「自己批判」を強要されるのも承知ですが……、

そうした「どちらかが正義」というレースを、こうした場合、追求しても無益なことは承知ですし、親としても「返品できれば、OK」というのがひしひしとつたわってきておりましたので、……

「大変、もうしわけございませんが、当方も確認はしたようなのですが、お祝いでご購入とご本人様より伺いましたので、二次確認(この場合だと、親権者への購入の意の確認)を行き違いがあったようで、申し訳御座いません。御返金にはこれから参りますので……」

……ということで案件、クローズ。

ただし、宇治家参去自身としては、そのお子様も、親御様も責めたい!とか、販売した担当者……しかし担当者も内規のギリギリまで手順は踏んでいるわけで……それを責めて、ののしろうとか決して思うことが出来ませんでした。

その親御様も、マア販売者の責任は享受しようとも、家庭側の不手際?もあったりて、どっちかをせめて「鬼の首」をとるというスタンツもなく、最終的にはちょうどよいディメンションにてクローズしたのがなによりです。

たしかに、財布から大枚を盗んで購入しようとした当事者にも問題はあるわけですが、最終局面で購買判断を下したこちら側にも問題はあるわけですけれども、その応対をするなかで、なにか……どちらも批判することは「わっしにはできねえでござんす」、というのが小房の粂八@鬼平犯科帳の独白のような実況です。

これは宇治家参去の性根に由来するのかもしれません。

なにか対象を「完全なる悪」として対置できない性根とでも謂えばいいのでしょうか。
相手を相対(あいたい)して自己自身を安全圏におきたくないとでもいえばいいのでしょうか。

数時間後、当事者を連れ去り、ご両親が来店、返品処理をさせていただきました。

子の教育・躾のことを外野のざわめきとして「とやかく」「いいつらう」ことは簡単です。しかし、それをふまえたうえでの「おまえそのものは何者よ」っていう自覚と許容性がないと、共同体はギスギスしてしまうものかもしれません。

……って例の如く、支離滅裂デスヨネ。

このあたりで寝ようかと思うのですが、

ヘッセの『シッダルータ』を読む中での実況をひとつ。

実は、この“シッダルータ”は釈尊そのものではなく、自家仏乗した舎利弗とか目蓮尊者ではなかろうか……苦行も経験した、遊楽も経験した、そうしたところをふまえたうえでの「人間とは何か!」を探究した先達たち……と、思う次第です。

しかしながら、仏教思想史をふまえると、舎利弗と、目蓮尊者は、リアルな仏陀との出会いがなければ成仏はなかったわけで……おまけのようにいえば、こうした二乗は大乗仏教的な発想における。成道の師に相対しなければ二乗成仏は可能でなかったわけですが……かなり……飲んでいます。

合掌!

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 傷はなお長い間うずいた。むすこやむすめを連れた旅びとを、シッダルータはいくたりも対岸に渡してやらねばならなかった。こういう人を見るごとに、彼はうらやましくなって、「このようにたくさんの人が、幾千という人が、この上なく恵まれた幸福を持っている。--どうして自分は持たないのか。悪人でも、泥棒でも、子どもを持ち、愛し愛されている。自分だけはそうでない」と考えた。いま彼はそんな単純に、知性を持たずに考えた。それほふぉ小児人に似てしまった。
 いま彼は前とはちがった目で人間を見るようになった。前ほど賢明に、見くだすようにでなく、もっとあたたかく、もっと強い関心と同情をもって見るようになった。普通の種類の旅びと、小児人、商人、軍人、女たちを舟で渡すときも、これらの人々が昔のように無縁には思われなかった。彼は彼等を理解した。理解して、思想や見識によってではなく、ひたらすら本能や希望によって導かれている彼らの生活を共にした。そして自分を彼らと同様な人間と感じた。彼は完成に近づいており、最後の傷を忍ぶ身であったが、これらの小児人は自分の兄弟であり、彼らの虚栄や欲望やこっけいな所業も彼にとってはこっけいでなくなり、理解できるもの、愛するに値するもの、それどころか尊敬すべきものとなった。子どもに対する母の盲目的な愛、ひとりむすこに対するうぬぼれた父の愚かな盲目的な自慢、装飾や賛嘆する男の目を求める若い虚栄的な女の盲目的な激しい努力、これらすべての本能や、子どもじみた所業、単純でばかげているが度はずれて強い、強く生き、強く自己を貫徹しようとする本能や矢久保魚は、シッダールタにとって今はもはや子どもじみた所業ではなかった。そういうもののために人間が生きているのを、彼は見た。そういうもののため、はてしもないことをなし、旅に出、戦争をし、はてしもないことを悩み、はてしもないことを忍ぶのを見た。そのゆえに彼は彼らを愛することができた。彼らの煩悩のすべての中に、彼らの行為のすべての中に、彼は生命を、生きているものを、破壊しがたいものを、梵(ぼん)を見た。盲目的な誠実さ、盲目的な強さと粘りにかけて、それらの人々は愛するに値し、賛嘆するに値した。彼らには何ひとつ欠けていなかった。知者や思索家が彼らにまさっているのは、ただ一つのこと、ただ一つのごくささいな小事、すなわち、いっさいの生命の統一の意識、意識された思想にすぎなかった。そしてシッダルータはおりおり、この知識や思想がはたしてそんなにはなはだしく高く評価するに値するかどうか、それも思索人の、思索小児人の児戯ではないかどうか、疑いさえした。ほかのすべての点では、世俗の人間は賢者と同等であり、往々賢者よりはるかにすぐれていた。動物だってのっぴきならぬことを迷わず粘り強くすることにかけて、しばしば人間に立ち勝っているように見えることがあるように。
 シッダールタの心の中で、いったい知恵は何であるか、自分の長い探究の目標は何であるか、ということについての認識と知識が、徐々に花を開き、熟していった。それは、あらゆる瞬間に、生活のさなかにおいて、統一の思想を考え、統一を感じ呼吸することができるという魂の用意、能力、秘術にほかならなかった。徐々にそれが心の中で花を開き、ヴァズデーヴァの老いた童顔から反射した。すなわち、調和が、世界の永遠な完全さの認識が、微笑が、統一が。
    --ヘルマン・ヘッセ(高橋健二訳)『シッダールタ』新潮文庫、平成四年。

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幸不幸を問題にすること自体が、結局はまったくばかげたことなのだ

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 自分の人生を外からざっと眺めてみると、とくに幸福であるようには見えない。しかし、いろいろと迷いはあったとはいえ、不幸だったとはなおさら言えない。こんなふうに幸不幸を問題にすること自体が、結局はまったくばかげたことなのだ。なぜなら、私の人生のどんな不幸だった日々でさえ、数々の楽しかった日々よりも捨てがたいように思われるからだ。ある人間の生涯において、避けがたい運命を意識して甘受し、良いことも悪いことも充分に味わいつくし、外部からの運命とともに、それよりももっと本質的で、偶然のものでない内面的な運命を努力して築きあげることが重要であるとすれば、私の人生は貧しいものでも悪いものでもなかった。外的な運命は、すべての人びとと同様に私の上を避けがたく神々の定めるままに通り過ぎて行ったけれど、私の内面な運命はなんといっても私自身がつくったもので、その甘さも苦さも、当然、私に与えられたものであるから、それに対する責任は、私ひとりで引き受けようと思っている。
    --ハイネ(フォルカー・ミヒェルス編、岡田朝雄訳)『地獄は克服できる』草思社、2001年。

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「神経衰弱とストレスのデパート」とその内面を評されるヘッセ(Hermann Hesse,1877-1962)の言葉はどことなく、ほんものの優しさと力強さを秘めているようで、その言葉は、まさに池波正太郎(1923-1990)の描く『鬼平犯科帳』を彷彿とさせる人間論の開示ではないかと思う宇治家参去です。

ちょうど動物園行きが雨天順延となってしまいましたので、今日は日がな一日、午前中はレポートの添削、午後から博士論文の手直し……と作業三昧でしたが、作業をやるとこれが「ループする」というやつで、同じ言葉、言い換えた言葉、概念、典拠……さまざまなアイデアが頭の内側で回るメリーゴーランドの馬のようで、内側から狭い頭蓋骨と馬がマア接触するような感覚になります。

しかし、そのメリーゴーランドの馬が駆けめぐるうちに、バターになってしまうとサンボが成仏ということで、一山越えたな!という手応えに変換されるのが不思議なところですが、約10頁分、とりあえず稿了ということで、おそらく、これ以上やっても「今日はダメだな」ということで、明年度の仕込みでもちょいやっておこうと、再度、遠藤周作(1923-1996)の『海と毒薬』、ドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky,1821-1881)の『地下室の手記』を交互に読んでおりましたが、細君からは「お前ェ、仕事(=研究)してんのか?」という冷たい視線を背に浴びながらなんとか読了です。

細君からしてみると、本を読んでいる=遊んでいる、という解釈が成立するようで、マア正鵠を得ていなくはない批判であるのも承知ですが、それがそれですべてではいけれども、ひょっとすると池波正太郎が聡明と伝えられる徳川五代将軍・徳川綱吉(1646-1709)を「学問に淫している」と評したが如く、自分自身もひょっとすると「書物に淫している」のではないかと悩むところもあります。

しかしながら、『海と毒薬』、そして『地下室の手記』に加えられた批判……すなわち前者は国体的な復古論者からは「美しい日本(文化)を売った売国奴」、後者はルミナスな啓蒙論者から「ヒューマニズムを説くうえで、人間の闇の部分に光を入れる必要はない」というそれですが……に対して、マア、それはそれで「ちゃんちゃらオカシイや」などと思う心がどこかにあるのも感じますので、まだ「書物に淫している」段階にまでは達していないのだろうと思います。

『沈黙』で徹底的に「和服のキリスト教」を模索した遠藤には、単なる「戦犯容疑者のつるし上げ」という発想は皆無であり、『カラマーゾフの兄弟』で「人間の黒白(こくびゃく)」を描いて見せたドストエフスキーにとってみれば、その黒白があってこそ「生きてゐる人間」なのだろうと思う次第です。

さて本日。
絵本に夢中であった息子殿からも、怪獣ごっこ(乃至は、最近は「アニマル・カイザー」にもはまっているので、アニマル・カイザー・バトルごっこ)のオファーもなく、「今日はうまくスルーできるかな」などと思っていた矢先、息子殿が寝るチョイ前に、「そういえば、今日、パパと遊んでいなかった!」などといやなことを思い出したもので、軽くバトルごっこです。

子供はたのしいのでしょうが、相手はつかれるわけで、そしてナイーヴな小説の記憶が脳裏をかけめぐるわけで、一日がクローズです。

ともあれ、ヘッセのいうとおり、苦楽共にあわせて「外的な運命は、すべての人びとと同様に私の上を避けがたく神々の定めるままに通り過ぎて行ったけれど、私の内面な運命はなんといっても私自身がつくったもので、その甘さも苦さも、当然、私に与えられたものであるから、それに対する責任は、私ひとりで引き受けようと思っている」としていくしかありませんね。

人間という生き物、ともすれば、原因を外的な運命だけにおしつける、ないしは、徹底的に内面化への道におしつける……そういうフシがどこかにありますが、現実にはそのどちらかだけではありません。

その両者と向かい合いながら、そして時には休憩しながら、「我が道」を歩むところに偉大な成果が生まれてくるのだろうと思うわけですが……。

どうやら、細君に云わせると、宇治家参去の場合、どちらかといえば「休憩」の時間が多いようで、それが頭痛の種だとか。

とりあえず、本日は、日本では馴染みの薄いブラウン・ビールに酔いしれながら睡眠への旅路へつこうかと思案する次第です。

Leffe Brown、ベルギーのアビィ・ビールですが、この適度にローストされた麦芽の香ばしさがなんともいえません。

肴はちょうど程良く咲き始めた君子蘭。

美しい春の訪れを告げているようです。

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地獄は克服できる Book 地獄は克服できる

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海と毒薬 (新潮文庫) Book 海と毒薬 (新潮文庫)

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精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる

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 ぼくは、あるひと組の夫婦の前に腰をおろした。その男と女のあいだには、子供はどうやらわずかに凹(くぼ)みを作って、眠っていた。子供は、眠りながら寝返りを打った、するとその顔が、燈火の前に浮び出た。おお! なんと愛すべき顔だろう! この夫婦から、一種黄金の果実が生れ出たのだった。この鈍重な二人の者から、美と魅力のこの傑作が、生れ出たのだった。ぼくは、このつややかな顔、この愛すべき、とがらせた唇のやさしい表情の上にうつむいた。そうして、ひとり言をもらした、これこそ音楽家の顔だ、これこそ少年モーツァルトだ、これこそみごとな生命の約束だと。伝説の中の小公子たちも、この少年となんら変るところはなかった、保護され、いつくしまれ、教育されたなら、この少年になりえないというものは何一つないはずだ! 花園に、新しい薔薇の変種ができると、園丁たちは大騒ぎする。人はその薔薇を別々に取り分け、人はその薔薇を培養し、人はその薔薇を大事にする。ただ人間のためには、園丁がない。少年モーツァルトも、他の子供たちと同じく、金属打抜き機にかけられる運命だ。モーツァルトが、キャバレーの腐敗の中にあって、腐れはてた音楽を、自分の最大の喜びとするようになるのだ。せっかくのモーツァルトも、これで万事休すだ。
 ぼくは、自分の車室へ戻ってきた。ぼくは、ひとり言をもらした。彼らは、すこしも自分たちの運命に悩んでいはしない。いまぼくを悩ますのは、慈悲心ではない。永久にたえず破れつづける傷口のために悲しもうというものでもない。その傷口をもつ者は感じないのだ。この場合、そこなわれる者、傷つく者は、個人ではなく、人類とでもいうような、何者かだ。ぼくは憐憫を信じない。いまぼくを苦しめるのは、園丁の見地だ。いまぼくを苦しめるのは、けっして貧困ではない。貧困の中になら、要するに、人間は懶惰(らんだ)の中と同じように、落ち着けるものなのだ。近東人の中には、幾代も汚垢(おこう)の中に住んで、快としている者さえある。ぼくがいま悩んでいるのは、スープを施しても治すことのできないある何ものかだ。ぼくを悩ますのは、その凸でも、凹でも、醜さでもない。言おうなら、それは、これらの人々の各自の中にある虐殺されたモーツァルトだ。
    *
 精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる。
    --サン=テグジュペリ(堀口大學訳)『人間の大地』新潮文庫、平成十年。

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二月ももう終わろうとしているわけですが、今月はめずらしく哲学系の著作をひもとくことが殆どありませんでした。再度読み直すべき文学作品と専門とするキリスト教関係の著作のみで……今月が終わろうとすることに唖然とする宇治家参去です。

学問の仕事は二月初頭に短大の成績を返却し、一般入学試験が終了したので、ひととおり終了し、あとは、所属する研究所の年度末の学術大会と卒業式のみで、論文を組み立て直しを、市井の仕事の合間に行うという状況で……、業績としては残せるものが少なかったひと月なのですが、その根底を支える仕込みという上ではひとつ前進したのか……ということにしておきましょう。

ただ今月は公私ともにアリエナイ状況が頻発し……本日もマアそうで、何度も繰り返しますが、世の中のサラリーマンの方々には脱帽する次第で……、そして、そのなかで、二足のわらじのような形で学問を探究する人々には最敬礼というわけですが、裏拳、正拳、蹴拳で粉々にされてしまった段ボール箱たち、ごめんなさいで、そしてありがとう。

……ということはさておき。
年末に博士論文のエントリー資格でトラブり、1月に調査旅行を終え、2月に、論文の組み立て直しを指導教官の鈴木先生からうけるなかで、ようやくですが、自分が何をやりたいのか少し形になってきたような気がします。

重箱の隅をつつくようなかたちでの「作業」としての「研究」は、まがいもなく組織神学というジャンルになる「手作業」になるわけですが、その「手作業」をするなかで、何をやろうとしているのかひとつ明確になってきのかな……というところです。

ひとつは、やはり、昨年来より大きな自分自身のテーマとなった「“人間”とは何か」という大問題です。これはドイツを代表する哲学者カント(Immanuel Kant,1724-1804)が哲学の目的とは何かに関して『純粋理性批判』でまとめたところなんですが、そもそも人間が何か「学問」なるもに向き合おうとする契機もここに存在します。すなわち「自分とは何か」「そしてその限界とは何か」そしてその限界と相即的に浮かび上がる「超越」とは何か……という問題ですが、そのことを、ひとつのイデオロギーとして固定化することを酒ながら……をゐ!変換ミス……避けながら、恐らく死ぬまででしょう……たえず探究していかないといけないな……という部分でしょう。

そしてもうひとつはそれと切実に関わってくる論点です。
これに関してもこれまでのエントリーで何度となく触れている部分ですが、異なる存在とどのように向き合っていくのか、どのようにお互いの差異を尊重しながら認め合うことができるのかという探究です。

少し踏み込んで表現するならば……異なる他者の多様な尊厳性を確保しつつ、どのように共同して存在できるのか……それを抹殺せずに共存・協働できる方向はあるのか……という探究です。酒飲みながら……といういつもの情況ですから巧く言えないのですが、ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)の言葉を借りると次の通りになるでしょう。即ち……

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個々の人間、個々の民族の特性をそのまま認めながらも、真に誉むべきものは全人類に属することによってこそきわだつのだという確信を失わぬようにしてこそ、真に普遍的な寛容の精神が最も確実に得られる。
    --ゲーテ(登張正實編訳)「文学論・芸術論」、『世界の名著38 ヘルダー・ゲーテ』中央公論社、1979年。

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みんな違っててアタリマエなのですが、ひとは自分と違う存在を目の当たりにすると驚くというよりも「恐怖」するのが現実です。しかしそれは立場を入れ替えてみれば同じことで、自分がそう思っているように相手もそう思っているわけで、できれば、その違いを何か一定の価値観に導くという方向性ではなく、お互いにその違いを恐怖するのではなく讃え合える方向はないのか……模索したいところです。
ただしここでもじゅうようになってくるのは昨日の魯迅(Lu Xun,1881-1936)のところで紹介しましたが……

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誠実な人がよく口にする公理についてみても、それは今日の中国で、けっして善人を助けることにならず、かえって悪人を保護する結果になる。なぜなら、悪人が志を得て、善人を虐待するときは、たとい公理を叫ぶ人があろうとも、彼は絶対に耳に入れない。叫びはただ叫びにおわって、善人は依然として苦しめられる。ところが、なにかの拍子に善人が頭をもたげた場合には、悪人は本来なら水に落ちなければならぬのだが、そのとき、誠実な公理論者は「報復するな」とか「仁恕」とか「悪をもって悪に抗する勿れ」とか……をわめき出す。すると、この時ばかりは単なる叫びでなくて、実際の効果があらわれる。善人は、なるほどそうだと思い、そのため悪人は救われる。だが救われた後は、してやったりと思うだけで、悔悟などするものでない。のみならず、兎のように三つも穴を準備してあるし、人に取り入ることも得意だから、間もなく勢力を盛り返して、前と同様に悪事をはじめる。そのときになって公理論者はもちろん再び大声疾呼するであろうが、今度は耳を貸すものでない。
    --魯迅(竹内好訳)「『フェアプレイ』はまだ早い」、竹内好編訳『魯迅評論集』岩波文庫、1981年。

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この点だけはわすれずに念頭においてほくしかないのだろうと思います。そして自分が傷をつけるよりも、つけられるなかで、他者から学んでいくという方向性は堅持したいものです。

またそうしたかたちで、自分自身の生を育んでくれた両親に感謝が堪えないわけですが、……、なんか少し耶蘇臭いかな?。


冒頭の一節へ。
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(Antoine de Saint-Exupéry,1900-1944)の名著『人間の大地』(Terre des Hommes,1939)の末尾からです。

サン=テグジュペリといえば、なんといっても「大切なものはね目には見えないんだ」との一節で有名な『星の王子さま』(Le Petit Prince,1943)が人口に膾炙されているわけですが、そうした『星の王子さま』へ至る根底の議論がなされているのが『人間の大地』とか『夜間飛行』(Vol de Nuit,1931)といった、『星の王子さま』以前の大作です。

周知の通り、サン=テグジュペリは“飛行機乗り”として有名で、そうした飛行士体験がもとになって、『夜間飛行』、『人間の大地』、『星の王子さま』が著されております。特に後者二冊は、自身の墜落~生還経験が大きく影響しており、人間とは何か、そして自然と人間、そして運命という論点が色濃く語れた一冊なのですが、宇治家参去としては『星の王子さま』よりも『人間の大地』です。

民間航空会社へ勤務時代のリビア砂漠での遭難、そしてサハラ砂漠での遭難のなかで、「人間らしい」とは何かを肺腑の奥底から論じたわけでそこに大きな魅力を感じてしまいます。

「人間とは何か」という論題と同じく「人間らしいとは何か」を論じてしまうと、その論点からはずれた人間はまさに「人間らしい人間ではない」という軋轢を不可避的に生みだしてしまうわけですが、サン=テグジュペリの文章を読んでおりますと、そうした嫌味とけれんくささをまったく感じません。

「世の中は腐っている!」と青臭く啖呵することは簡単です。
そしてそうしたひとびとを「おめえら方法論的に間違っているよ」って知識人風にうそぶくことも簡単です。

しかし……そうした議論を踏まえた上で、あえてそこに踏み込んでいくのがサン=テグジュペリの議論なのかもしれません。

池波正太郎(1923-1990)の長谷川平蔵@『鬼平犯科帳』に言えば、

「そんなことは百も承知だ……」

……というところでしょうか。

だから宇治家参去は、次の言葉に涙します。

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ぼくは憐憫を信じない。いまぼくを苦しめるのは、園丁の見地だ。いまぼくを苦しめるのは、けっして貧困ではない。貧困の中になら、要するに、人間は懶惰(らんだ)の中と同じように、落ち着けるものなのだ。近東人の中には、幾代も汚垢(おこう)の中に住んで、快としている者さえある。ぼくがいま悩んでいるのは、スープを施しても治すことのできないある何ものかだ。ぼくを悩ますのは、その凸でも、凹でも、醜さでもない。言おうなら、それは、これらの人々の各自の中にある虐殺されたモーツァルトだ。
    --サン=テグジュペリ、前掲書。

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人間のためには、園丁がない。

 精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる。

宇治家参去は、37年前の雪の降る早朝、産声をあげたそうです。
いまようやく、その使命がみえはじめてきたところです。

今日はKOEDOビール(株式会社協同商事 コエドブルワリー)でも飲んで寝ましょうか。

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実直な人が、悪を見のがすのを寛容と思い誤って、いい加減な態度をつづけてゆくならば、今日のような混沌状態は永久につづくだろう

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 仁人たちは問うかもしれない。では結局、われわれには「フェアプレイ」は一切無用なのか、と。私はただちに答えよう。もちろん必要だ。だが時期が早すぎる、と。これすなわち「言い出しっぺ」論法である。仁人たちはこの論法を採用したがらないかもしれないが、私のほうが筋が通っている。というのは、国産型紳士あるいは西洋型紳士たちは、中国には中国の事情があるから、外国の平等や、自由や、等々のものは中国には適用できぬと、口ぐせのように言っているではないか。この「フェアプレイ」もそのひとつだと私は思う。そうでないとすると、相手がきみに「フェア」でないのに、きみが相手に「フェア」にふるまう結果、自分だけがバカを見てしまって、これでは「フェア」をのぞんで「フェア」に失敗しただけでなく、かりに不「フェア」をのぞんだとしても不「フェア」に失敗したことになる。それゆえ「フェア」をのぞむならば、まず相手をよく見て、もし「フェア」を受ける資格のないものであれば、思い切って遠慮せぬほうがよろしい。相手も「フェア」になってから、はじめて「フェア」を問題にしてもおそくはない。
 これはすこぶる二重道徳を主張するきらいはあるが、やむを得ない。そうでもしなければ、中国には多少ともましな道がなくなってしまうからだ。中国には、今でもたくさんの二重道徳がある。主人と奴隷にしても、男と女にしても、道徳がみなちがっていて、統一されてはいない。もし「水に落ちた犬」と「水に落ちた人」だけを一視同仁にあつかったとしたら、それはあまりに偏した、あまりに早い処置であること、あたかも紳士たちのいわゆる、自由平等は悪いわけではないが、中国では早すぎるというのと同様である。それゆえ、「フェアプレイ」の精神をあまねく施行したいと思う人は、少なくとも前に述べた「水に落ちた犬」が人間の気を帯びるまで待つべきだと私は考える。むろん、今でも絶対におこなってならない、というのではない。要するに、前に述べたように、相手を見きわめる必要があるのだ。のみならず、区別をつける必要があるのだ。「フェア」は相手次第で施す。どうして水に落ちたにしろ、相手が人ならば助けるし、犬なら放っておくし、悪い犬ならば打つ。一言にしていえば「党同伐異」あるのみだ。
 心はどこまでも「婆理(ボーリー)」、口はどこまでも「公理(コンリー)」の紳士諸君の卓論はここでは問題外として、誠実な人がよく口にする公理についてみても、それは今日の中国で、けっして善人を助けることにならず、かえって悪人を保護する結果になる。なぜなら、悪人が志を得て、善人を虐待するときは、たとい公理を叫ぶ人があろうとも、彼は絶対に耳に入れない。叫びはただ叫びにおわって、善人は依然として苦しめられる。ところが、なにかの拍子に善人が頭をもたげた場合には、悪人は本来なら水に落ちなければならぬのだが、そのとき、誠実な公理論者は「報復するな」とか「仁恕」とか「悪をもって悪に抗する勿れ」とか……をわめき出す。すると、この時ばかりは単なる叫びでなくて、実際の効果があらわれる。善人は、なるほどそうだと思い、そのため悪人は救われる。だが救われた後は、してやったりと思うだけで、悔悟などするものでない。のみならず、兎のように三つも穴を準備してあるし、人に取り入ることも得意だから、間もなく勢力を盛り返して、前と同様に悪事をはじめる。そのときになって公理論者はもちろん再び大声疾呼するであろうが、今度は耳を貸すものでない。
 もっとも「悪を疾(にく)むこと太(はなは)だ厳」にして「之を操(と)ること急に過ぐ」るのこそ、漢の清流と明の東林とが失敗した原因だといって、批評家はよく非難を浴びせるが、そのくせ、相手のほうが「善人を疾むこと仇のごと」くであったことを忘れているのだ。もしこれからも光明と暗黒とが徹底的にたたかうことをせず、実直な人が、悪を見のがすのを寛容と思い誤って、いい加減な態度をつづけてゆくならば、今日のような混沌状態は永久につづくだろう。
    --魯迅(竹内好訳)「『フェアプレイ』はまだ早い」、竹内好編訳『魯迅評論集』岩波文庫、1981年。

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魯迅(Lu Xun,1881-1936)の作品は何度読んでも難解で、なかなかその奥義に到達できないところがありますが、それは散文に限らず、評論に関しても同じで……、なんと表現すればよいのでしょうか、難解といえばドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky,1821-1881)の作品も難解ですが、ぼそぼそと語る響きに耳を傾ける難解さがドストエフスキーのそれであるとすれば、魯迅のそれは、切れすぎる剃刀で次々と切り落とされる片方を拾い続けるような難解さとでもいえばいいでしょうか……。

ある意味では、戦略的な苦渋に満ちた難解さなのかと思うところです。

うえに引用した文章は、戦間期の混乱した中国(中華民国)における魯迅の発言のひとつです。理性的な「大人」であれば、いわゆる「フェア・プレイ」を訓戒的に遵守するのがそのひとつの理想とされるわけですが、それを訓戒的に墨守すればするほど、一の悪のために十の善が滅んでしまう……しかし、「フェア・プレイ」を気取るジェントルマンたちは、それでもなお自分ルールとしている「フェア・プレイ」を守り続けてしまう。そうした状況に対する苛立ちとでもいえばいいのでしょうか……そこを激しく突いた魯迅の血の弾丸がうえの文章になろうかと思います。

振り返ってみれば、自分自身にも同じ様なところがあります。
魯迅も指摘している通りで「では結局、われわれには「フェアプレイ」は一切無用なのか、と。私はただちに答えよう。もちろん必要だ」ということです。

しかし、その「フェア」に専念し続けるとどうなるのでしょうか……。
現実の生きている人間の生活世界から遠ざかってしまう場合も多々あるのかもしれません。特に知識に関わる生き物は、やれ価値自由だの、不偏不党だの、よけいなスローガンが頭をよぎるわけで、そこに引きずり回されてしまう部分があります。
※ただしヴェーバー(Max Weber,1864-1920)がいうとおり、“価値自由(Wertfreiheit)”とは、不偏不党の中立性とはまったく異なる概念なのですが、ここではひとまず措きます。

で……
結婚した当初、細君に酷く叱られたことがあります。
作業架設の議論にしか過ぎませんが、たとえば、「私が強盗殺人犯ぶっ殺されたらどう思う」という無理難題をふられたわけですが、そこで……

「一応……理性を司る哲学とかそのへんの学問を“行じている”知識人?としては、“それでもなお”殺人犯に対して、死刑を宣告することには荷担できない。すべての人間の生命は尊厳されてしかるべきであり……云々かんぬん」

「あきれた……」とのことだそうです。

フェアを徹底的に追求していくと、マアおそらく上のようないい方がフェアであると判定されるのでしょうが……そこには違和感が必ずつきまといます。魯迅の隔靴掻痒もそれなのかもしれません。

「要は貴方はどう思うのか……ということだ」とのことだそうです。

「やはり……知識人?に属する立場にあるものとしては、それがオフィシャルな発言であれ、プライベートな発言であれ、“それでもなお”……踏み込めないんです」

「……」

これがフェアを徹底的に追求していく議論の陥穽なのかもしれません。
その辺りを魯迅もうまく表現しております。
※蛇足ですが、、それを踏まえ最近では、「仇討ちに行きます」と答えるようにしておりますが……。

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誠実な人がよく口にする公理についてみても、それは今日の中国で、けっして善人を助けることにならず、かえって悪人を保護する結果になる。なぜなら、悪人が志を得て、善人を虐待するときは、たとい公理を叫ぶ人があろうとも、彼は絶対に耳に入れない。叫びはただ叫びにおわって、善人は依然として苦しめられる。ところが、なにかの拍子に善人が頭をもたげた場合には、悪人は本来なら水に落ちなければならぬのだが、そのとき、誠実な公理論者は「報復するな」とか「仁恕」とか「悪をもって悪に抗する勿れ」とか……をわめき出す。すると、この時ばかりは単なる叫びでなくて、実際の効果があらわれる。善人は、なるほどそうだと思い、そのため悪人は救われる。だが救われた後は、してやったりと思うだけで、悔悟などするものでない。のみならず、兎のように三つも穴を準備してあるし、人に取り入ることも得意だから、間もなく勢力を盛り返して、前と同様に悪事をはじめる。そのときになって公理論者はもちろん再び大声疾呼するであろうが、今度は耳を貸すものでない。
    --魯迅、前掲書。

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しかしだからといってその前提条件を、「無用だ」「戯れ事にすぎない」ということもナンセンスなのかもしれません。だからこそ魯迅は慎重に、「では結局、われわれには「フェアプレイ」は一切無用なのか、と。私はただちに答えよう。もちろん必要だ」と答えている通りです。

善をめぐる前提条件は決して譲ることはできない。
しかし、所与の「フェア」なるものが人間を規定し、その奴隷となるのか。
それとも人間自身がそうした所与の「フェア」なるものと、そして共同存在の人間同士で、その「フェア」をどのように立ち上げていく、そして実現していくことを選択していくのか。どちらを選ぶのもまさに自由ですが結果は大きく違ってくるのかも知れません。

ともすると、公正を意味する「フェア」を考えると、国産型紳士や西洋型紳士が代表する公理論者は前者の立場を取りがちなのですが、それによって失われてしまうものも多いと魯迅は見て取ったのでしょう。積極的に「フェア」を立ち上げるためにはどのような「戦略」が要求されているのか……原点を忘れずに考え、行動しなさい……そう諭しているように思えて他なりません。

ちょうど、本日、細君が夜、所要のため、息子殿を風呂に入れるのですが、これがまた言うことを聞きません。だからといって手を挙げるわけではありませんが、「フェア」とは何か……少し生活の中で考えざるを得ません。

放っておいても子供は生物学的には育ちます。しかし人間のある意味では強制的な関与がなければ人間には成長しないもんだよな……などと実感すること頗るあり、魯迅の次の言葉に納得です。

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それゆえ「フェア」をのぞむならば、まず相手をよく見て、もし「フェア」を受ける資格のないものであれば、思い切って遠慮せぬほうがよろしい。相手も「フェア」になってから、はじめて「フェア」を問題にしてもおそくはない。
    --魯迅、前掲書。

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別に子供に対する親の監督権限を強化せよとか、善を実現するためには何をやってもヨロシという議論ではありません。

ただ、前提としての「フェア」なる理念を決してどぶ溝に捨てることもなく、理念を理念たらしめる、そしてそのたらしめる努力の中で悩みながら前進することこそ肝要なのではなかろうか……ふと風呂から出た息子殿の体を拭きながらそう思う次第で。

昨今の様々なニュースを見るにつけ……身近な生活で言うと詐欺の横行から為政者の不祥事、そして人間を抽象化してしまった結果の経済危機の状況……「善人は依然として苦しめられる」(魯迅)のであれば、安全地帯から「フェア」を墨守するのではなく、戦場のただなかで他者と語り合いながら「フェア」を立ち上げていかなければいけないのかなと痛感する次第です。

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ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だななどとだれにも言わせまい

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 ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だななどとだれにも言わせまい。
 一歩足を踏みはずせば、いっさいが若者をだめにしてしまうのだ。恋愛も思想も家族を失うことも、大人たちの仲間に入ることも。世の中でおのれがどんな役割を果たしているのか知るのは辛いことだ。
 ぼくらの世界は何に似ていただろうか。この世界は、ギリシャ人が、雲のかたちにでき上がりつつあった宇宙の起源にあったとする混沌に似ていた。わずかにちがっていたのは、この混沌がおわりの、真のおわりの始まりであって、この終わりから何かがまた始まろうとする端緒ではないと思われたことだ。世界がなお保っている力のありったけを汲みつくそうとするさまざまの変容を前にして、ごく少数の目撃者だけがこの神秘を解く鍵を見出そうと努力していた。しかしただ分かったのは、この混乱のためにいずれ現存するもののすべてが天寿をまっとうして死ぬだろうということだった。いっさいは、もろもろの病をしめくくるあの無秩序に似ていたのだ。つまり、肉体のすべてを結局は目に見えないものにしてしまう死が姿を現わすに先立って、いままでひとつのものだった肉がばらばらになり、数を増した肉体の各部分がそれぞれ自分勝手な方向に伸びだすのである。その結果ゆき着く先はかならず腐敗であり、もはやそこに復活ということはない。
 その頃、きわめてわずかの人だけが明晰な目をもっていて、すでにこの大きな腐りゆく残骸のうしろの見えないところで、さまざまの狂暴な力が動き出しているのを看破できた。
 ほんとうに知らねばならないものについて、ひとは何ひとつ知ってはいなかったのだ。というのは、人びとのもつ教養はあまりにややこしいものになっていたので、表面のしわ以外のものを理解することができなかったのである。教養なるものはもっともらしく秩序立てられた世界のなかで微にいり細を穿つたぐいの探究にわが身をすり減らし、その一方、ほとんどすべてのその道の専門家が自分たちの注釈しているテキストを正確に判読することもできない有様だった。錯誤というものはいつでも真実ほど単純ではない。
 ほんとうに大事なものにもとづいて造られたA・B・Cが必要だったのだ。ところが文字を読むことを学ぶ代りに、心からの煩悶のためにときどき眠れないことのあるひとたちは、さまざまの結論を想像するのだったが、そうした結論はすべていろいろの時代の退廃の比較検討から引き出されていた。たとえば、野蛮人の侵入、機械の勝利、パトモス島の幻覚、ジュネーヴや神へのさまざまの訴えにもとづく結論である。なんと世間は頭が良かったことか!
    --ポール・ニザン(篠田浩一郎訳)「アデン・アラビア」、『ポール・ニザン著作集1』昌文社、1966年。

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何かを忘れているんだよなア~と、市井の職場でまたまたアリエナイほど食品売り場のレジをうっているなかで、お客様へ笑顔を振りまきつつ、隔靴掻痒という一日で、これまた、

「(内規を無視したその業務で)今日は連続打刻時間記録更新か!」

……などと、花粉症に悩みつつ、頭のなかは頭蓋骨の中をシングルモルトのアイスがぐるぐるとその内側をこじ回すようにぐるぐるでしたが、幸い、休憩時間中に呼び出しはくらうことなく、学生時代に読んだ本を再読したところです。

サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre,1905-1980)のお友達だったポール・ニザン(Paul Nizan,1905-1940)の『アデン・アラビア』(ADEN,ARABIE,1931)がそれなのですが、それをむかし読んでいたとき、「青臭えな」と先輩からボソっと言われたことがまさに「青臭い」記憶の一コマですが、昔読んだ「青臭え」一冊というのは、オジサンになってから--“オジサン”という表記をしておりますが、自覚としては“オジサン”といより“ナイス・ミドル!”という自己認識ですが--、……もどります、すなわちオジサンになってから読んだ方が、“しっくり”くることが多いなアなどと思う昨今です。

ポール・ニザンは、盟友サルトルと同じく1905年にフランスで生まれ、処女作の『アデン・アラビア』を刊行したのが1931年、すなわち26歳の頃になります。ニザンは、グランゼコール(Grandes Écoles)や大学の教員・研究者を養成することを目的にする高等師範学校(École normale supérieure)出身ですから、将来は約束された経歴なのですけれども、その栄誉を捨て去り世界の現実に関わっていった人物です。

ニザンが青年の頃のヨーロッパの情勢とは、かのハイデッガー(Martin Heidegger,1889-1976)がナチスへ入党したとおり、ファシズムかコミュニズムかという二者択一という状況です。

ニザン自身は当初フランス共産党へ入党しますが、晩年は絶縁状をつきつけます。

そして第二次世界大戦の初頭、有名なダンケルク撤退作戦(1940)の渦中に戦死し短い生涯を終えます。

で……
ニザンの眼差しとは、入党以前からそうなのですが、現実をまじまじと眺め関わるというスタイルで、まさにアデン、アラビアといった中東の陽光で目が灼けつきてしまうほど、その過酷な現状を見続ける、そして関わり続けるというのがそれ生き方であり、それが昇華された作品です。

今の世の中もそうかも知れません。

ぶっちゃけ、材料として暗雲しか存在しません。

しかし、その暗雲の中で、苛烈に行動し、戦い、短い生涯を走り抜けたのが彼の人生なのでしょう。

ブルジョワ社会のなかで、約束された人生を送ることも可能だったはずです。
しかし、オリエンタリズム(サイード)というヴェールにつつまれたアデンへニザンは赴く中で、欺瞞に充ちた植民地主義の実像を目の当たりにし、裸のままでものごとに向かい合うことの大切さを本然的に理解したとき、相手が暗雲であろうとも、ヒトラー(Adolf Hitler,1889ー1945)であろうも、そして何であろうと“戦う”人生というものを選択したのだろうと思うものです。

人間とは不思議なもので、生まれたままの社会に対する深い愛着をどこかでもっております。それはまさに赤子が慈母をしたうがごとく、その風土・環境・文化に対する「育まれた」感情かも知れません。

しかし長ずるにつれ、それと同時に自分の生きている社会の欺瞞や偽善に気づき、そこで生きていくことに、不安感や憎悪する気持ちを持って「なんなんだてめえ」式に憤怒し、苦悩する局面も存在します。

その憤怒や苦悩を、苦労を諦めて生きるのか、それとも(その結果が憤死になろうとも)あえて挑戦していくのか--選択は簡単です。

そしてそうした訓戒は古より存在するのは承知の助で、そうした挑戦が裏切られてしまうことの方がパーセンテージ的にはマジョリティなことも承知の助なのですが、「それでもなお」そのように選択すべきか……。

ニザンの著作を紐解くと、「挑戦し続ける」ということの意味や重大性は痛感せざるを得ないところです。

『アデン・アラビア』を読んでいると、二ザンの激しく純粋な、そして美しい怒りは、心にひだに、まさに鋭利なナイフのように染みこんできます。

「青臭い」……。
確かに議論としては「青臭い」です。
しかし感情としての「青臭さ」を欠如してしまうと、年齢に関係なく青臭さだけでなく、人間としての「溌剌さ」も失ってしまうのかも知れません。「青臭い」というのは方法論的な組み立て方が一切ない「感情」なのでしょう。しかしその「感情」がないと感情を具現化する「方法論」を組み立てようにも組み立てようがございません。

二ザンの時代と今の時代は違う時代だ!……呑気に、そして評論家風に「評する」ことはたやすいことです。

ニザンと進む道が異なっても、そして発想も違ったとはしても、なにか自分が違和感を感じることに対して、その感覚を「シカタガナイ」と退けるのは早計かも知れません。

「どうなんだ?」と怒りを持って生きてゆかないと、“オッサン”になったとき、この本を再び繙くことはできないんだろうな……などと思うこと屢々で……。

などと……感慨に耽りつつ、愛吸の紙巻き煙草マルボロ・メンソールに火をつけたところ、不思議なことに、軍歌が脳裏をこだましました。

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「雪の進軍」
作詞・作曲:永井 建子

一、
雪の進軍氷を踏んで
どれが河やら道さえ知れず
馬は斃(たお)れる捨ててもおけず
ここは何処(いずく)ぞ皆敵の国
ままよ大胆一服やれば
頼み少なや煙草が二本

  ……

http://www.youtube.com/watch?v=ELvCVDLFauk

http://www.youtube.com/watch?v=kDIVRjoFmG0

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残り2本かあ……。

というところで、冒頭の「何かを忘れているんだよなア~」というわだかまりが、軍歌の音色によって、その当体が顕わになりました。

2月の頭に、教鞭を執っている短大の卒業式後の謝恩会の出欠の連絡が来ていたのですが、返信〆切が金曜日までだった……このまま放置するわけにはいかないので、遅ればせながら担当者へメールを送信、「リミットすぎて申し訳御座いません」。

例年、卒業式を迎え、謝恩会なんかに参加させていただくと、まさに、このイベント、また人生の区切り点というのは、「それがひとの一生でいちばん美しい年齢」なんだろうな……などと至極痛感するところですが、実は、それはひとつの出発点にすぎません。

その意味で、卒業してから10年、20年経ったあとで、「それがひとの一生でいちばん美しい年齢だななどとだれにも言わせまい」、「戦っている今こそ一生でいちばん美しい年齢だ」と言って欲しいと思うある日の宇治家参去であり、自分自身も、そう勇気をもって語れる自己自身でありたいな……などと決意する“ナイス・ミドル!”でございます。

蛇足ですが……

担当者様、また関係各位……スンマセン!

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思い出はあまりムキになって確かめないほうがいい

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 子供の頃は憎んだ父の気短かも、死なれてみると懐かしい。そのせいかライスカレーの匂いには必ず怒った父の姿が、薬味の福神漬のようにくっついている。
 子供の頃、我家のライスカレーは二つの鍋に分かれていた。アルミニュームの大き目の鍋に入った家族用と、アルマイトの小鍋に入った「お父さんのカレー」の二種類である。「お父さんのカレー」は肉も多く色が濃かった。大人向きに辛口に出来ていたのだろう。そして、父の前にだけ水のコップがあった。
 父は、何でも自分だけ特別扱いにしないと機嫌の悪い人であった。家庭的に恵まれず、高等小学校の学歴で、苦学しながら保険会社の給仕に入り、年若くして支店長になって、馬鹿にされまいと肩ひじ張って生きてきたせいだと思うが、食卓も家族と一緒を嫌がり、沖縄塗りの一人用の高足膳を使っていた。
 私ははやく大人になって、水を飲みながらライスカレーを食べたいな、と思ったものだ。
 父にとっては、別ごしらえの辛いカレーも、コップの水も、一人だけ金線の入っている大ぶりの西洋皿も、父親の権威を再確認するための小道具だったに違いない。
 食事中、父はよくどなった。
 今から考えると、よく毎晩文句のネタがつづいたものだと感心してしまうのだが、夕食は女房子供への訓戒の場であった。
 晩酌で酔った顔に飛び切り辛いライスカレーである。父の顔はますます真赤になり、汗が吹き出す。ソースをジャブジャブかけながら、叱言(こごと)をいい、それ水だ、紅しょうがをのせろ、汗を拭け、と母をこき使う。
 うどん粉の多い昔風のライスカレーのせいだろう、母の前のカレーが、冷えて皮膜をかぶり、皺が寄るのが子供心に悲しかった。
 父が怒り出すと、私達はスプーンが--いや、当時はそんな洒落たいい方はしなかった。お匙が皿に当たって音を立てないように注意しいしい食べていた。
 一人だけさじを使わなかった祖母が、これも粗相のないように気を遣いながら、食べにくそうに箸を動かしていたのが心に残っている。
 あれは何燭光だったのか、茶の間の電灯はうす暗かった。傘に緑色のリリアンのカバーがかかっていた。そのリリアンにうっすらとほこりがたまっているのが見え、あれが見つかると、お母さんがまた叱られる、とおびえたことも覚えている。
 白い割烹着に水仕事で赤くふくらんだ母の手首には、いつも、二、三本の輪ゴムがはまっていた。当時、輪ゴムは貴重品だったのか。

(中略)

 カレーライスとライスカレーの区別は何だろう。
 カレーとライスが別の容器で出てくるのがカレーライス。ごはんの上にかけてあるのがライスカレーだという説があるが、私は違う。
 金を払って、おもてで食べるのがカレーライス。
 自分の家で食べるのが、ライスカレーである。厳密にいえば、子供の日に食べた、母の作ったうどん粉のいっぱい入ったのが、ライスカレーなのだ。
 すき焼や豚カツもあったのに、どうしてあんなにカレーをご馳走だと思い込んでいたのだろう。
 あの匂いに、子供心を眩惑するなにかがあったのかも知れない。
 しかも、私の場合カレーの匂いには必ず、父の怒声と、おびえながら食べたうす暗い茶の間の記憶がダブって、一家団欒の楽しさなど、かけらも思い出さないのに、それがかえって、懐かしさをそそるのだから、思い出というものは始末に悪いところがある。
 友人達と雑談をしていて、何が一番おいしかったか、という話になったことがあった。その時、辣腕で聞えたテレビのプロデューサー氏が、
 「おふくろの作ったカレーだな」
 と呟いた。
 「コマ切れの入った、うどん粉で固めたようなのでしょ?」
 といったら、
 「うん……」
 と答えたその目が潤んでいた。
 私だけではないのだな、と思った。
 ところで、あの時のライスカレーは、本当においしかったのだろうか。
 若い時分に、外国の船乗りのはなしを読んだことがある。航海がまだ星の位置や羅針盤に頼っていた時代のことなのだが、その船乗りは、少年の頃の思い出をよく仲間に話して聞かせた。
 故郷の町の八百屋と魚屋の間に、一軒の小さな店があった。俺はそこで、外国の地図や布やガラス細工をさわって一日遊んだものさ……。
 長い航海を終えて船乗りは久しぶりに故郷へ帰り、その店を訪れた。ところが八百屋と魚屋の間に店はなく、ただ子供が一人腰をおろせるだけの小さい隙間があいていた、というのである。
 私のライスカレーも、この隙間みたいなものであろう。すいとんやスケソウダラは、モンペや回覧板や防空頭巾の中で食べてこそ涙のこぼれる味がするのだ。
 思い出はあまりムキになって確かめないほうがいい。何十年もかかって、懐しさと期待で大きくふくらませた風船を、自分の手でパチンと割ってしまうのは勿体ないのではないか。
 だから私は、母に子供の頃食べたうどん粉カレーを作ってよ、などと決していわないことにしている。
    --向田邦子「昔カレー」、『父の詫び状』文春文庫、2006年。

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私見になりますが……、随筆とかエッセーの類いというものは実は女性の手になるもののほうが巧いのではないだろうかと思います。

清少納言(966?-1025?)の事例をひくまででもなく、放送作家として知られる向田邦子女史(1928-1981)の文章もそのひとつで、彼女の傑作随筆集がうえに引用した『父の詫び状』です。

戦前と現在の記憶と思い出を往復しながら、生活に注目するその筆致は細やかで力強く、そして普段ひとびとが「省みることすらしない」(=省察の対象として俎上に載せない)「生活」そのもののもつ醜美善悪を「みずみずしく」うかびあがらせる文章にはおどろくばかりです。

日本の伝統的なライフスタイルにおいて、男性は働くモノ、女性は家を守るモノという不文律の掟があり(マアそれにも善し悪しがあるわけですが)、そうした既存の認識軸のなかでは、当然男性は働くことに執着し、「生活を省みる」ことはほとんどありませんし、現状としておそらくその「暇」もないことでしょう。そして家を守る立場の女性のほうでもそれはそれで「忙しすぎて」なかなか「生命活動」の現場である「生活」そのものを省察することがなかなかできてこなかったという状況を導いてしまいました。

そしたジェンダー的役割分担論に対する批判はここ20年来、大きくなっておりますし、そして旧態依然としたライフスタイルを反省させるという意味では、ひとつのチャレンジになったのだろうと思います。

認識軸は替わり、役割分担論を乗り越え、共同分担という認識軸を導いたとしても、議論として違和感がのこる部分も現実には存在します。それは、そこに生きている人間をやはりパワーゲームのひとこまと扱ってしまう思想の陥穽なのかもしれません。各自各自で還元不可能な生活の現場があるわけですが、いっしょくたんに役割議論で大鉈をふるってしまうと、それはそれで、実は切り落とされてしまう、かけがえのない部分もあるというと部分です。

なにもそうした現状をレコンキスタしようとする知的営みを揶揄し、前時代的な家族関係を、「教科書」論者たちのように復権しようというわけではありません。前時代的な前提は唾棄されるべきであり、改革論者のそれはしかるべき方向性であり、今後の新しい家族関係を構築するひとつの大きなヒントを秘めていることは疑いようもありません。

しかし、どのような構造を選択しようとも、大切なのは、そのコンテンツを意味あるものにたらしめていく当事者の真剣な省察なのだと思います。その意味で、思想が生活を牽引するのではなく、仕事、家庭、育児、すべての「生命活動」の現場である「生活」そのものと、思想・歴史・社会との不断の対話、吟味が生活者に求められているのだろうと思います。

その意味で、前時代的な家族システムを「大声」で「公共性の回復じゃ、ボケ」と叫ぶひとびとにも、また逆に、旧体制を批判し、髪を振り乱して、そして鬼の首でもとったかのように「おまえら、古いんじゃ、ボケ」と革命家気取りの知識人にも、ついていけない宇治家参去です。

要は「器ありき」ではなく、「どう器のなかみを充実させていくのか」そしてそのコンテンツによって「その器をいごこちのよい方向性へ変容させていくのか」というところなのだろうと思うのですが……。

と……。
話が脱線です。

向田邦子女史の話に戻ります。

この文章に初めてであったのは、高校一年の時の秋だったと覚えております。
ちょうど、「現代国語」〔略して「現国」というやつ〕(今あるのかしら?)の何かの問題集に出題されたいた「文章」として出会ったのが最初の邂逅です。

宇治家参去……お恥ずかしい話ですが、このブログの文章の通り、国語というやつが苦手な人種でして……、そのゆえ、比較的「現代国語」の問題集は意識して挑戦するようにしていたのですが、その挑戦の中でマアであったわけです。

「昔カレー」
向田邦子は、戦前の家庭の食卓の思い出をそのなかで語っておりますが、その思い出……同じ様な思い出を共有する「辣腕で聞えたテレビのプロデューサー」ですら、「答えたその目が潤んでいた」というような、懐かしく・温かく・そして遠くなったノスタルジアなのですが、それにどう向き合っていくのかひとつのあり方が示された一文です。

思い出したくない「思い出」もあれば、思い出さなければならない「思い出」もあります。

しかし……

「思い出はあまりムキになって確かめないほうがいい。何十年もかかって、懐しさと期待で大きくふくらませた風船を、自分の手でパチンと割ってしまうのは勿体ないのではないか。」

この一文をよんだとき、胃の腑をぎゅっとつかまれたようで、この時代に読んだ文章のなかでは一番感銘を受けた一文でした。

きちんとした問題であると、通例その「出典」が示されております。

それから、かたっぱしから向田邦子女史の文章は読んだものです。
おまけに弟にまで宣教活動し、自分以外にも「のめり込む」勢いで、そうなるとこちらも冷静になってくるので、「ハシゴを登らせて夢中にさせてから、ハシゴをとるなよ!」と言われたのもいい「思い出」です(ちなみに「ハシゴを登らせる」のは自分の得意技のひとつだろうと思います)。

で……
思えば、それが「ひとりを丁寧に集中して読む」きっかけになったのかと思います。
そんなことしておりましたら、大学入試の直前まで、現代国語の成績は上がらず苦労したのも、マア「思い出」のひとつとなっております。

今のあり方からすると理不尽ですが、厳格な父。
そして、何も不平をいわない母。
猫との生活で死ぬまで独身であった向田邦子女史のライフ・スタイルとは、徹底して自分の生活と向き合うという方向性です。

生活なんてどうでもいいよ!っていうのが、旧体制保持論者であり、新体制推進論者の常ですが、そこに喜びと発見を見出す無名戦士の言葉には、まさに驚きと発見があるばかりで……。

ひさしぶりに読み直しましたが、いいものです。

思えば、向田邦子女史の文章と出会ってから一〇数年を経て「倫理学」なる学問を教えるようになりましたが、倫理学の方法の基礎とは「身近なものごとに注目」することです。そしてそれを徹底的に歴史と社会、そして自分自身と不断の対話をくりかえすなかで、「これはどうなんだろう」「あれはどうなんだろう」と徹底的に吟味していく作業です。

そのひとつの基礎が、向田邦子女史の文章にちりばめられていたわけですが、その意味ではまさに「すべてに無駄はない」(短期観測をすれば、大学入試には直結しませんでしたが)のだろうと思います。

しかし……

「 子供の頃、我家のライスカレーは二つの鍋に分かれていた。アルミニュームの大き目の鍋に入った家族用と、アルマイトの小鍋に入った「お父さんのカレー」の二種類である。「お父さんのカレー」は肉も多く色が濃かった。大人向きに辛口に出来ていたのだろう。そして、父の前にだけ水のコップがあった。
 父は、何でも自分だけ特別扱いにしないと機嫌の悪い人であった。家庭的に恵まれず、高等小学校の学歴で、苦学しながら保険会社の給仕に入り、年若くして支店長になって、馬鹿にされまいと肩ひじ張って生きてきたせいだと思うが、食卓も家族と一緒を嫌がり、沖縄塗りの一人用の高足膳を使っていた」

結婚したとき、この話を思い出し、自分も「やったるぜい」などと息巻いていましたが、事態は逆のようで……そこがチト辛い宇治家参去です。

運が悪ければ……「父にとっては、別ごしらえの辛いカレーも、コップの水も、一人だけ金線の入っている大ぶりの西洋皿も、父親の権威を再確認するための小道具だったに違いない」ということはさらさらなく、「何もない」というのが自分自身の「小道具」となっているようで……。

強い亭主になれません。

久し振りに、古い「お父さん」のカメラでフィルムを入れずシャッターを切ってみる。

画は切り取られませんが、デジカメには再現できないその音はなぜか「昭和の音」がこだましておりました。

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さかずきをみたせ、あふれるまでに!

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バッカスの歌

プーシキン

よろこびの声はなぜにしずまる?
バッカスの歌よ 鳴りひびけ!
こころやさしい乙女たち
乙女のころにわれらを愛した
わかき妻たちに栄えあれ!
さかずきをみたせ、あふれるまでに!
濃い酒の底へ音をたかく
愛のゆびわを投げいれよ!
さかずきをとれ さかずきをあげよ!
ミューズ万歳 理性万歳!

きよき太陽よ もえあがれ
朝のあかるい光のまえに
部屋のランプの薄れるように
英智のとわの太陽の
光のまえにいつわりの
かしこさは色あせとぼる。
太陽万歳 闇はかくれよ!

野ずえにのこる遅咲きの花は
あでやかな初花よりも愛(めず)らしく
かなしい夢のよすがともなる。
ひとのわかれのときもまた
あまい出会いのときよりふかく
こころにのこることもある。
    --プーシキン(金子幸彦訳)「バッカスの歌」、『プーシキン詩集』岩波文庫、1968年。

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詩をときどき紹介しておりますが、我ながらキャラじゃないよなあ~などと思うところもあったり、「三去さん、それキャラ違いますよ」っていわれそうなのですが、宇治家参去、実は、結構、詩を詠んでおります。

大好きな詩人の一人が上に引用したロシアのアレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン(Aleksandr Sergeyevich Pushkin,1799-1837)でございます。

遅ばせながら、ようやく、ボジョレーをサルベージしましたので、今夜はこれがお友達でございます、つまみにはプーシキンの「バッカスの歌」がちょうどよいかと存じます。

泥酔しないように……お休みなさい。

考察全くなしで……申し訳御座いません。

いいわけがてらですが、本当は「あれか・これか」の実在論を忌諱するようになったきっかけを途中まで描いていたのですが、燃料切れ?(燃料の補充しすぎ?)になってしまいましたものですから……。

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来れ、昼と昼との間に横たわれる幸いなる境界、

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眠りに

ワーズワース

ゆるやかに、一つまた一つ過ぎ行く羊の群、
雨の音、つぶやく蜂の声、
たぎり落つる河、風と海、
目路(めじ)はるかなる野辺、白き水の面(も)、澄み渡る大空、
わが思い次ぎつぎに移り行き、横たわれど眠られず、
やがてわが果樹園の樹より囀(さえず)りそむる
小鳥の歌声も聞えん。
かくて初時鳥(はつほととぎす)の物悲しき叫び声。
よべも、また、その前二夜(ふたや)もかくありて、
眠りよ、われ伏せりたれど、幽(かす)かにも汝をうること能わざりき。
されば今宵を眠らしめよ、
汝なくばなどて朝の喜びあらん。
来れ、昼と昼との間に横たわれる幸いなる境界、
新しき思いと喜びに溢るる健康とのなつかしの母よ。
    --ワーズワース(田部重治選訳)『ワーズワース詩集』岩波文庫、1966年。

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せっかくの休日ですが、仕事が山積してい、一日中、家のなかで、学問の仕事をしていたわけですが、やはりいい加減、「疲れてきます」。
ですから「外の空気でも吸ってくれば?」との悪魔のささやきを背にうけて、夕刻からあてどもなく自転車をこ一時間ほど走らせてきました。

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朝まだきより夜遅くまで金銭のために、自からの力を浪費し、
われらのものなるかの大自然に眼を注ぐこと少なく、
われらは自らの心を捨てて賤しき成功に没頭する。
    --ワーズワース「浮世の瑣事が余りにも多し」、前掲書。

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東京とはいえ、比較的郊外に住んでおりますので、大自然とまでいかなくても、小自然ぐらいはのこっている地域ですから、自然の空気を吸い込む?ことが比較的容易な環境です。

一日中、文字とか情報とかデータといったものと対峙しておりますと、やはりアタマがループしてくるわけなのですが、少し寒々とした秋の冷気が鮮烈なる刺激を与えてくれることに感謝です。イギリスの代表的なロマン派詩人・ワーズワース(William Wordsworth,1770-1850)に言われなくても、マア、分かっているつもりなのですが、雑事に翻弄されるなかで、「自然に眼を注ぐ」契機をちょいちょい忘れてしまうわけなのですが、そうしたところへの誘いをダイレクトに語ってくるワーズワースはやはり一種の天才なのだろうと思い直しました。ポケットに入れていたので、ひとつふたつを公園でぱらぱらめくっていましたが、やはりいい加減寒くなってきましたので、早めに帰宅しましたが、「瑣事」は確かに「瑣事」なのですけども、「瑣事」は「瑣事」でそれはそれで、それなりに大切なんだよなあ~とすこしぼやいてみたりもしましたが、やはり現実的に大切なのは、自然オンリーでもだめなのでしょうし、瑣事(自然との対でいえば、人工)オンリーでもだめなのでしょう。
おそらく、例の如くの持論になりますが、その両者を絶えず見放さず、両方を見ながら、相関的に関係させていくことが一番大切なのではないだろうか--などと思い直す秋の夕べでございます。

しかしながら、このワーズワースとかが生きた時代の前後、すなわち、17世紀後半から19世紀にかけて、やはり大きな話題になってくるのは「人の世界(=人工)」と対峙させられた「自然」という発想なのだろうと思います。ワーズワースの場合、湖水地方の自然に不遇な少年時代の心を癒され、そしてその美しさにに魅せられ、歌を詠んだのわけですから、直接的には関係ないのかもしれませんが、たとえば少し前の世代になりますが、フランス革命の原動力となるルソー(Jean-Jacques Rousseau,1712-1779)をはじめとする近代の啓蒙思想家たちの書物を読んでおりますと、なぜだか「自然」ということが種々出てきます。

そこで使われている「自然」なる概念は、何か一種の理想が理念化された概念になるのだろうかと思います。現実の問題のある社会体制(たとえばフランスの場合ですと、革命前のアンシャン・レジーム)を批判するために、そうした「歪んだ」状態になる前の「自然に還れ」という発想ですが、はたしてそれが「自然」な「自然」なのだろうか--そういうひっかかりです。ですから、その意味では、ワーズワースの「自然」とルソーの「自然」には大きな隔たりがあるわけなのですが、単純なグルーピングで現実を分断してしまう暴挙を承知で踏む込めば、おそらく前者が使う「自然」は、自然な「自然」に対する讃美ということ(しかし、すでに人間の言葉の介在という時点で、その自然はある種、「ひとの世」の「人工」になっているのでしょうが、ひとまず措く)、ルソーの場合は、「自然」という言葉を使いながらも、実は、かなり偏った形での「自然」、ある特定の立場から見た「自然」という色彩が、かなり強いのだろうと思います。

ずれるかも知れませんが(たぶんずれているのだと思いますが)つまるところ、どのような立場であったとしても、現実を批判する視座としての理念とか理想を持ち出す場合は、本当の自覚的な謙虚さが必要なのかも知れません。自分自身の立場が「自然なんだ、お前は自然に反している」などといいうのを聞くと、がっくし来てしまう宇治家参去だからなのかもしれませんが……。

さて……
ルソーの持っているファンダメンタルな側面は、確かに、現実の制度を揺り動かす「革命」を準備する思想となりましたし、その出来事は世界史的な出来事なのでしょう。しかし、フランス革命の渦中に渡仏し、そのときは熱狂的にその革命を支持したワーズワースですが、後年は、そうした立場を反省している、むしろ、その熱病的なるものに対する嫌悪すら吐露しております。同じ「自然」という言葉かもしれませんが、素人ながらも、何かふたりの違いを示唆してるように思われます。

そのうち落ちついたら、その辺の消息も調べてみたいものでございます。

で……
ですから、正直なところ、ワーズワースは好きですが、ルソーに関しては正直苦手な思想家のひとりでございます。苦手というか違和感のあると言った方が正確かもしれませんが、そうした苦手とか違和感も直していかないといけませんので、課題が山積です。

で--ワーズワース……。
息抜きついでに、やはりワーズワースでしたらか、ワーズワースを熱心に宣教してくれた大学時代の友人に敬意を表しつつ、彼の大好きなハイネケンを求め、これから一杯です。

帰宅すると、はらはらどきどきしていたメールが送付されておりました。
12月の沖縄スクーリングの次の週に岡山でのスクーリングが連チャンで入っていたのですが、「不開講」「回避」!

ゆっくり「眠りに」つけそうです。

期待を裏切られないように頑張らないと……

ワーズワースネタの関連エントリは以下
http://thomas-aquinas.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_a5de.html

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カフカと「本醸造 じょっぱり」の幸福な出会い

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 Kが到着したのは、夜もおそくなってからであった。村は、深い雪のなかに横たわっていた。城山は、なにひとつ見えず、霧と夜闇(やあん)につつまれていた。大きな城のありかをしめすかすかな灯りさえなかった。Kは、長いあいだ、国道から村に通じる木の橋の上に立って、さだかならぬ虚空を見上げていた。
 やがて、泊まる場所をさがしに出かけた。宿屋は、まだひらいていた。あいた部屋はひとつもなかったが、宿の亭主は、この夜ふけの客におどろき、面くらって、酒場でよければわらぶとんにでも寝かせてあげよう、と言った。Kに異存はなかった。数人の百姓たちがまだビールを飲んでいたが、Kは、だれとも口をきく気がしなかったので、屋根裏部屋から自分でわらぶとんをおろしてきて、ストーヴの近くに横になった。あたたかった。百姓たちは、静かにしていた。Kは、疲れた眼でしばらくは彼らの様子を窺っていたが、やがて眠り込んだ。
    --F.カフカ(前田敬作訳)『城』新潮文庫、平成十七年。

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高校は地元でいうところの「進学校」と称される部類に属する学校に通っておりました。もともと旧制中学からの切替になりますので、学校そのものはすでに創立百年を超えた、ある意味で「由緒ある」?学校に通っておりましたが、そのなかの親友の一人に無類の読書家がおりました。

神学校の……もとい、“進学校の読書家”などと聞けば……牛乳瓶のふたのような眼鏡をかけた読書家を想像しがちかと思いますが、決してそんな人物ではありません。
どちらかといえば、学校当局からあまり「よろしくない」とカテゴライズされる人物で、広義になりますが、むしろ「アウトロー」を地でいくようなかんじの人間です。しかしながら、眼の色かえて勉強するわけでもないのですが、成績も悪くもなく、スポーツもそれなりにこなす「ヤサ男」で、音楽と文学にかなりの蘊蓄のある「親友」のひとりでした。ブルースの良さを教えてくれたのも彼であり、「カフカが面白い」と教えてくれたのも彼のおかげです。ちなみに「ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ!」と笑うので「ひゃひゃ夫(お)」とか「御(お)ひゃひゃ」り呼ばれたいたのが懐かしい思い出です。

さて、確か、高校二年の夏の頃だったかと思いますが、彼が薦めてくれたのが、フランツ・カフカ(Franz Kafka,1883-1924)の小説です。詳しくはカフカの作品を紐解いて戴くと幸いなのですが、カフカを評するキーワードをぽつぽつだすならば、「不安」、「孤独」ということになるでしょうし、その非現実的で幻想的な作品には、独特の「不条理」さに満ちあふれております。通俗的な分類でいくならば(しかしながら実はそれに収まりきらない射程を秘めているとは思いますが)、いわゆる「実存文学」の先駆者のひとりに数えられる人物で、うえに引用した作品でも、たとえば次の様な表現を眼にするとそのことが理解できるかと思います。
すなわち……

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測量師のKは深い雪の中に横たわる村に到着するが、仕事を依頼された城の伯爵家からは何の連絡もない。村での生活が始まると、村長に翻弄されたり、正体不明の助手をつけられたり、はては宿屋の酒場で働く女性と同棲する羽目に陥る。しかし、神秘的な〝城〟は外来者Kに対して永遠にその門を開こうとはしない……。職業が人間の唯一の存在形式となった現代人の疎外された姿を抉り出す。
    --裏表紙、前掲書。

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ひょっとすると、カフカを紹介してくれた「ひゃひゃ夫」は、名刺でいうならば、その存在を対象化する職業的な身分……その当時なら「進学校の高校生」……という実存規定に対して、なんらかの違和感を感じていたのかも知れません。対象を概念化することによる分断への抵抗でもいえばいいのでしょうか……そうした焦燥感をどこかにもちあわせていたのかもしれません。

薦められて読んで時は、正直、「全く理解できません」でした。
今になって考えてみると、そのときの出会いが、ドイツ文学専攻へ進ませる一助になったのではないかと思います。フランス語はもともとやっていたので専門的に勉強する必要はねえや、っていうことで、仏文には進みませんでした。しかし、哲学をやるには、近代言語ではドイツ語は必要不可欠です。それで「ドイツ文学専攻」へ進み、ドイツ語を徹底的にやろうなどと発想し、専門課程へ進級する際、「ドイツ文学専攻」へ進みましたが、結局ドイツ語はあまりものにはなりませんでしたが、カフカ、ゲーテ、トーマス・マンは徹底的に読んだ記憶が御座います。

さて……
そうした問題は、高校生だけに限られた問題ではなく、あらゆるひとびとにどこかで関わってくる問題なのかもしれません。それが言葉にならない、形にならない、苛立ち、不安、孤独となってあらわれてくるのだろうと思います。それとどのように向かい合っていくのか……その部分を自分自身としても、単なる現象として処理するのではなく、何か有機的なものとして向かい合いたいな……などと思う今日この頃です。

なぜなら、結局の所、そうしたあり方、そしてそうしたあり方を規定する制度そのものをすべてぶっ壊して、「自然状態」に「還る」ことなど不可能だからです。えてして、見直してしかるべき現状を「撃つ」際、ひとは「それ以前」の「無垢」な「自然状態」を夢想しがちですが、そんな「自然状態」など単なる「作業架設・仮説」にしか過ぎません。もちろん、問題ある現状を「肯定」しようという意味ではありませんが、生きている人間はそこを離れて生きていくことは現実には不可能なのですから、その意味では、そこに内在しながら、脱構築していく他あるまい……そういう実感です。

で……話が長くなりましたが(いつものことですが)、そういう近代人の懊悩、そして焦燥感を宇治家参去自身も教員をやりながら感じておりますが、そのひとつが、地方スクーリングを実施する際に、「履修予定者人数不足」で「不開講」というパターンです。

市井の仕事から帰ってきて、メールを開いてみると、「今回不開講はありません」とのことで、大学から「履修予定者人数一覧」が送付されてきておりました。

ぶっちゃけ、「ほっ」と胸をなで下ろしました。
12/6-7、沖縄で「倫理学」を講じる予定ですが、我ながら「倫理学マイナーだしなあ~」などと、「かなり」不安に思っていたのですが、どうやら「開講」できるようで、ほっとしました。沖縄で学を講じるのは始めてです。週頭に、石神先生と来年度のレポート課題の打ち合わせ(来年度で改訂されるので)の際、沖縄での注意事項?を結構くわしく伺いましたので、初任地ですが、なんとか無事故で遂行したいと思います。

しかしながら、ほっとすませることなく、最高の授業ができるようにがんばりましょう。

とわいえ、本日、「見たこともない」「酒」をゲットしましたので、ちょゐ飲んで、明日から頑張ります。

「本醸造 じょっぱり」(六花酒造株式会社/青森)。

一口飲んでみましたが、おもったより「いけます」ね。
淡麗なのですが、味のメリハリがはっきりとしてい、いい酒です。

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良書を読んで欲しい……

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「哲学」の授業では、ひととおりの哲学史の概観と整理がおわったので、後半はテーマ別につっこんで議論するように授業を組み立てております。そのなかで最初にやるのが「文学」の問題です。「文学」と云えば、漱石とかゲーテとか出てきそうですが、広く云うならば、「何故古典名著の読書が必要なのか」を講義するようにしております。哲学に限らず、学問とはいわば「本を読まないことにははじまらない」からです。

通俗的な対比ですが、冒頭で良書と悪書の違いを学生さんたちに議論させたうえで、「古典名著」を読むことの重要性を紹介するようにしております。

良書とはすなわち、何百年にもわたって読み継がれている古典名著ということになろうかと思いますが、それだけ「読み継がれている」にはやはり訳があります。

その部分を念入りに話し、聞き手もそれなりに納得するわけですが、実際にトルストイやゲーテを手にしてみるとチンプンカンプンでしたというリアルな問題も厳然と存在します。

そういう場合にはやはり実際上のアドバイスが必要となってきます。
まずはじめに言えるのが、古典名著とはその存在性を比喩的に喩えるなら、チョモランマとかアルプス山脈のような名峰ということです。それを読むということは登山と同じコトになりますので、「読むため」の「基礎体力」ができていない場合、古典名著とよばれる名峰を登攀することは難しいわけになります。

だから、山登りに馴れていない場合は、好きなジャンルから、「読む習慣」をつける以外に方法はありません。「読む習慣」がつけばスタートすることができると思います。

それともうひとつ重要なのが一度でやめないということです。
結構よんでいる人間でも「理解」できない場合という現実は存在します。
何故そうなるのでしょうか?

古典名著のもうひとつの側面ですが、古典名著とは、ある意味で「鐘」のようなものです。これは、読み手のキャパシティに大きく左右されてしまう部分ですが、すなわち、小さくたたけば小さく響かないし、大きく打てば大きく響く……そういうところが存在します。だから、10代の自分では理解できなかった内容であったとしても、20代になってから理解できる、また30代、40代になってから理解できるということがあるのです。

自分自身の場合もそうでした。
よく紹介しておりますがドストエフスキーの作品なんかもそうしたもののひとつで、10代、そして20代では話の筋を追うことはできたとしても、残念ながら理解するという状況には至りませんでした。それが30を超えてから改めて読み直すと、ぐんぐん引き込まれていく……そうしたところがあると思います。

そして最後にいえることですが……そしてそのことを言うのは訓戒めいて嫌なのですが、踏み込ませていただくと……古典名著こそが人間を薫育するということです。ああ、そういう議論ですかって言われそうですが、このことは、実感としても間違いないと思います。何故なら、偉大な作品には、そこに人間の成功と失敗、美と醜、そして善と悪とその中間色がみごとに描かれているからです。

古典名著への挑戦は確かに、しんどい・骨の折れる作業です。そしてその作業は一種、「修行」の趣さえ存在します。しかしながら、そうした労作業の中で、ひとりひとりの読み手が自分自身で手につかむ宝とは現実のダイヤモンド以上の輝きをもっている至宝なのだと思います。

幸福な社会を目指すと言っても、指導者が大文学を読んでいないようではお話にならないと思います。

短大で授業を聞いてくれている若い女学生たちには、本当に、大学時代に「いい本」をよんで欲しいと切に念願する宇治家参去です。

で……。
「具体的にはどのように進めればよいのですか?」

こうした質問が必ず出てきます。そこで宇治家参去は次のように答えるようにしております。すなわち……。

「ともあれ、よい本を身近においておくこと。そしてカバンに一冊いれておくこと。そうすればいつか手に取る日が巡ってきます、まずは本を手にしてみましょう」

そこから始まるのだと思います。

中国の古典『中庸』には次のような言葉があります。

「博くこれを学び、審らかにこれを問い、惜しみてこれを思い、明らかにこれを弁じ、篤くこれを行う」。

すなわち「何事でもひろく学んで知識をひろめ、くわしく綿密に質問し、慎重にわが身について考え、明確に分析して判断し、ていねいにゆきとどいた実行をする」という意味です。その材料をひろく提供してくれるのがまさに古典名著とよばれる良書たちの存在です。良書と向かい合う作業とは、単に文字を追いかけるということではなく、一書に対して「くわしく綿密に質問し、慎重にわが身について考え、明確に分析して判断し、ていねいにゆきとどいた実行をする」ことなのだと思います。そうすることで「博く」ものごとを「学ぶ」ことができるのだと思います。

そしてもうひとつおまけにいうならば、ほんの話題を対話できる友人をもつことだと思います。自分もそうですが、ほんの話をできる友人ほどありがい存在はございません。

学生生活の一こまにそうした局面をもって欲しいと思う宇治家参去でした。

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博くこれを学び、審(つまび)らかにこれを問い、惜しみてこれを思い、明らかにこれを弁じ、篤(あつ)くこれを行う。学ばざることあれば、これを学びて能くせざれば措(お)かざるなり。問わざることあれば、これを問いて知らざれば措かざるなり。思わざることあれば、これを思いて得ざれば措かざるなり。弁ぜざることあれば、これを弁じて明らかならざれば措かざるなり。行なわざることあれば、これを行ないて篤からざれば措かざるなり。人一たびしてこれを能くすれば、己れはこれを百たびす。人十たびしてこれを能くすれば、己れはこれを千たびす。果たして此の道を能くすれば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん。

何事でもひろく学んで知識をひろめ、くわしく綿密に質問し、慎重にわが身について考え、明確に分析して判断し、ていねいにゆきとどいた実行をする。〔それが誠を実現しようとつとめる人のすることだ。〕まだ学んでいないことがあれば、それを問いただしてよく理解するまで決してやめない。まだよく考えていないことがあれば、それを思索してなっとくするまで決してやめない。まだ実行していないことがあれば、それを実行してじゅうぶんにゆきとどくまで決してやめない。他人が一の力でできるとしたら、自分はそれに百倍の力をそそぎ、他人が十の力でできるとしたら、自分は千の力を出す。もしほんとうにそうしたやり方ができたなら、たとい愚かな者でも必ず賢明になり、たとい軟弱な者でも必ずしっかりした強者になるであろう。
    --金谷治訳注「中庸・第11章」、『大学・中庸』(岩波文庫、1998年)。

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How much to them I owe,

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学者
    ロバート・サウジー
私は多くの故人に囲まれて毎日の生活をおくっている。
あたりを何気なしに見まわしただけで、
忽ち彼らの姿が目につく。
いずれも昔の偉大な先達で、
親しい、信頼のおける人たちばかりだ。
私は毎日彼らと話を交わしながら暮らしている。

嬉しい時には、彼らと喜びを分かち合い、
悲しい時には、彼らに慰めてもらえる。
この人たちにどれほど自分が、
お世話になっていることか、としみじみ思うにつけ、
深い感謝の念が胸にこみ上げてきて、
いつのまにか、頬に涙が流れてくることもしばしばだ。

私はこれらの故人と思いをともにし、
長い間一緒に暮らして今日に及んでいる。
私は彼らの美徳を愛し、彼らの弱さを不憫に思い、
その希望や不安をわが事のように感じ、
それらの教訓から、人生いかに生くべきかについて、
敬虔な思いをこめて学んでいる。

私はこれらの故人と希望をともにしている、そして、
もうすぐ近いうちに、彼らの仲間になれると思う。
そしたら、一緒に長い旅に出て、あの
永遠の未来へと行けそうな気がしている。
だが、たとえ私が墓の下の土と化しても、
神に嘉(よみ)される一つの名前を後に残せたら、と思っている。

The Scholar
               Robert Southey
My days among the Dead are passed;
Around me I behold,
Where'er these casual eyes are cast,
The mighty minds of old:
My never-failing friends are they,
With whom I converse day by day,

With them I take delight in weal
And seek relief in woe;
And whiele i understand and feel
How much to them I owe,
My cheeks have often been beldew'd
With tears of thoughtful gratitude.

My thoughts are with the Dead; with them
I live in long-past years,
Their virtues love, their faults condemn,
Partake their hopes and fears,
And from their lessons seek and find
Instruction with an humble mind.

My hopes are with the Dead; anon
My place with them will be,
And I with them shall travel on
Through all Futurity;
Yet leaving here a name I trust,
That will not perish in the dust.

    --平井正穂編『イギリス名詩選』(岩波文庫、1990年)。

-----

ときどきといいますか、いつもそうなのですが、哲学とか倫理学とか、神学なんて“古臭い”と断じられる学問に従事しておりますと、“古臭い”とののしられるがごとく、古い文献と一日中対峙することが、まさに作業としてはあるのですが……例えば、昨日紹介したトマス・アクィナスなる中世の神学者の文献とかその研究書などを紐解くという作業……、そうしたことをまさに一日中やっていると、ふと自分は、今の時代の人間なのだろうか?とか、これに何か意味があるのだろうか?などと思う局面がしばしばあります。

人文科学の場合、現代の最先端といっても、それが実は古代や中世に密接にリンクした状況であったりするのが現実なのですが、そうした作業をしていると、ときおり、上に引用した詩ではありませんが、過去の賢者の言葉と向かい合っているとき、実はそうした過去の賢者たちと“対話”しているのではないだろうか……などと思うときがあります。

そうしたとき、実は彼らの言葉が現代世界に生きている自分自身にダイレクトに響いてきたりするものです。

そうした“やりとり”のなかで……それはそれで、「おい、プラトンさんよ、それはチトおかしくねえか?」とか「やっぱ、カントさんには脱帽です」とか「モンテーニュさん、その問題に関してはもう少し踏み込んでくださいませんか」って“やりとり”ですが……、そういう“対話”のなかで、なにか過去の賢者の言葉を現代に蘇らせるとまではいいませんが、何か意味をくみ取ろうとしているときに、実はすごく喜びを感じることが現実にあるわけですが、それが探求者のサガかもしれません。

ときおり、細君からそうしたあり方をおちょくられることはあるのですが、時代を超えてやはり伝わり続けていく古典には、本物の力があるのでしょう……数百年前の言葉にも拘わらず、そして、現代とはまったく状況が異なるにもかかわらず、慰められたり、励まされたりするものですが、不思議です。

現実の人間の世界は、そのような甘い言葉では片づけられない殺伐とした荒涼として空間であるのは百も承知ですが、それだけが人間の世界ではありません。人間とはお互いに慰めたり、励ましたりする、素晴らしい側面をも持っている、そしてそのちからは時代を超えてもなお発揮しつづけるということを決して忘れてはいけないのでしょう。

「私はこれらの故人と思いをともにし、
長い間一緒に暮らして今日に及んでいる」

その営みのなかから、何か資するものを紡ぎ出したいと思う毎日です。

と……思いたいのですが、今日も例の如く市井の職場はアリエナイ状況でしたので、リアルハーフを再度再現しようと思い、今日はエビス+ドラフトギネスの組み合わせでなく、一番搾り+麒麟一番搾り STOUTでやってみる。

しかし……うまくいきませんね。単なる「ハーフ アンド ハーフ」になってしまいました。
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「年をとらないという不文律」からの逸脱

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(引用者註……時代小説『御宿かわせみ』は)原則として一話読切りの短篇小説を目指してた。
 途中から様子が変り出したのは私自身、計算もしなかったことであった。月刊誌の連載であった。その場合、私は雑誌の発売される季節に合せて作品の季節を描く。江戸と呼ばれていた時代の日本の四季の移り変わり、風俗習慣、年中行事などもドラマの背景として書きたいと心がけてもいた。読書は「御宿かわせみ」に登場する人々と共に四季に暮し、一年が過ぎて行くことになる。それでも主要人物の東吾とるいが独身の中はよかった。こうした連作小説の場合、主人公は年をとらないという不文律があった故である。私の誤算は二人の主人公を結婚させ、やがて二人の間に子供が生まれたと書き進めたことであった。
 厳密にいうと読書の中にはもう少し前から数えていた方々がいた。主人公の親友で一回目から常連として登場していた人物が主人公より一足先に妻を迎え、そこに源太郎という名前をつけられた嫡男を誕生させた。連載が続いている翌年に或る読者の方から、源太郎ちゃんはもうすぐ満一歳のお誕生日が来ますね、江戸時代ですから数えで二歳ということでしょうが、元気で成長なさっていることと思います、とお手紙を頂いた。
 慌てふためいたのは、畝(うね)家に生まれた子供の存在を殆(ほと)んど忘れたような感じで毎月の原稿を書いていたからである。私の頭の中で赤ん坊は愛らしい一切の幼児となって再認識された。あと一年書くとこの子は二歳になる。従って主人公夫婦に娘が誕生した時、私の覚悟は決まっていた。子供と共に親も年をとるということであった。「御宿かわせみ」の暦は時代と共に進みはじめた。
    --平岩弓枝「私の履歴書27」、『日本経済新聞』(2008(平成20)年07月28日(月))付。

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文筆家・池波正太郎(1923-1990)が師と仰いだのが劇作家・長谷川伸(1884-1963)ですが、その池波と同門の弟子に小説家・平岩弓枝女史(1932-)がいますが、彼女の時代小説も比較的よく読むといいますか、ほとんど読んでいます。
御宿かわせみシリーズ、はやぶさ新八御用帳シリーズあたりが代表作ですが、この夏、『日本経済新聞』紙上で、「私の履歴書」を載せておりましたので、改めて、御宿かわせみシリーズを読み直しております。

どちらのシリーズも連作短篇の「捕り物」ものがたりなのですが、新聞のなかで彼女が告白しているとおり、この小説の愁眉はやはりなんといっても“登場人物”が“成長”することでしょう。連載を重ねるごとに、主人公とそれを取りまく人々が年をとりながら、おおきく成長する。そしてそれと同時に時代情勢も大きく揺り動いていく。
季節感たっぷりの江戸情緒のなかで、変わらぬひとがひとを思う情(こころ)が美しく描かれてい、読むたびに感動ひとしおである。

平岩弓枝の著作に触れるまで、池波一辺倒でしたが、母親がたまたま読んでいたので、借りてよんでみると、「とんでもないほど“面白い”」。
時代小説のワクを拡げてくれた一冊です。

サザエさんやドラえもんが、まさに「年をとらないという不文律」を律儀に守ることで、閉塞したループする空間での再現性にこだわる作品で、その真骨頂をみせてくれる。しかし連作ドラマは、何もその不文律に拘らなくてもよいのでしょう。

平岩の描く『御宿かわせみ』とか池波正太郎の描く『剣客商売』なんかは、連作ですが、作中の人物が成長するだけでなく、年を取り、衰えていく様も美しく描かれているので、読んでいて、楽しいだけでなく、哀しみも同時に味わうことができる。そこがたまらなくよいのである。

さて、本日。
昨日の疲れがひどく、予定した外出をキャンセルし、日中は月末のスクーリング書類(事務書類とか配布物などの申請物)の準備をすませ、少しレポートに目を通してから、ぶらりと外出する。
曇ってはおりましたが、汗ばむこともなく、虫の声が心地よい、中秋をひとしきり味わい、公園で、『御宿かわせみ』を肴にカールスバーグで渇きを癒す。
ベンチのとなりを見てみると、初夏から夏にかけて鮮やかな姿を見せてくれた紫陽花がまだ咲いていたが、すこしもの悲しい風情。しかし、そうした営みに耳を傾けると、不思議なことに、これが明日へのの活力となっていきます。

「子供と共に親も年をとる」。
たしかにそのことを実感する昨今です。
どのように年をとっていくのか、今更ながら改めて考え直す必要がありそうです。

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夏去らむとして冷気きたるころ 寄り添う 介在しない慈愛

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 善八は、浜松をすぎて、舞坂の〔きょうが屋〕という旅籠へ泊まってくれ、明日の昼ごろまでには、かならず追いつくからといい、
 「どうかね、平さん……わしといっしょに、これからもやって見る気になってくれたかえ?」
 「うむ……よかろう」
 「よし、きまった。だがね、平さん、もうすこし、お前さんの様子を見させてもらうよ。なにせ、この伊砂(いすが)の善八が三十何年もかけてものにした奥義秘伝をつたえようというのだからねえ」
 「なるほど……」
 「ともかく、わしが死んだのち、これをねむらせてしまうにはもったいないのだ。血をながさず、争わず、有るところから盗(と)って無いところからは盗らぬ。女子供に手をつけてはいけない……と、まあ、盗人(ぬすっと)の本道をまっすぐに歩いて行ける人でねえと、この秘伝が却って毒になるものねえ」
 いいつつ善八が、ふところから何か出した。
 うすい帳面のようなものである。
 「岡部の旅籠で、お前さんに見せようとおもい、ちょいと書いておいたのだが……ま、今夜ゆっくり眼を通しておいて下さいよ。わしの奥義秘伝のうちの、ごく初歩(はじめ)のことだけを書いてあるのさ。お前さんしだいで、もっともっと、むずかしくて、しかも、おもしろいことを教えてゆくつもりだよ」
 「ほほう……」
 「では平さん。明日また……」
 にっこりとして見せ、伊砂の善八は木立の中から出て行き、田地の道を北の方へ去って行ったのである。
 平蔵は、その善八を見送るうち、後をつけようとする姿勢を見せたけれども、すぐ思い直したように苦笑をもらし、木立の奧へ入って行き、草の上へすわりこみ、善八がよこした帳面を見た。
 おもてに〔盗法秘伝〕と書いてあった。
(なるほどな……)
 第一頁に、こうある。

 一、つとめ(盗み)するときは、まず、月の出入りの時刻をよくよく知りわきまえおくべきこと。夜のつとめには月のひかり大敵なり。
 一、家やしきへ忍び入るには、やしき内の人のねむりがふかければ、もっともよし。まず、ことに中春から末は、いよいよあたたかく、人のねむりふかし。夏は暑さはげしく、人の気もちからだもくたびれつくし、そのくせ、夜に入りても暑きゆえ、宵のうちにはなかなか寝つけぬものなり。ゆえに、みじかき夏の夜なおさらにみじかくなるものなり。真の盗人(ぬすびと)なれば、夏ばたらきはせぬがよし。なれど、夏去らむとして冷気きたるころこそ、つとめばたらきにはもっともよし。

 などとあって、それから微細にわたり、なかなかどうして、善八の〔秘伝〕なるものは穿ったことを書きつけてあるのだ。
    --池波正太郎「盗法秘伝」、『鬼平犯科帳 (三)』(文春文庫、1975年)。
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日中はまだまだ暑い日が続きますが、夜にもなると秋の訪れを感じざるを得ない今日この頃です。冒頭は、ひょんなことから、独りばたらきの老盗・伊砂の善八と知り合うことになった長谷川平蔵が、その人格と度胸をみとめられ、「オレの後継者にならないか」とスカウトされ、その盗みの秘伝を伝えられた一コマから。

「夏去らむとして冷気きたるころこそ、つとめばたらきにはもっともよし」

夏の疲れが一挙に噴き出すこの季節、夜も涼しくなり始め、深い眠りがひとびとをいざなう季節です。月はこうこうと出ておりますが、戸締まりはご用心のほどを。

……とわいっても、この「世知辛い世の中」、本格のおつとめを行う手練れの盗人はいないかもしれませんが……。

ということで(?)……
市井の仕事へ出勤すると、夕方より東京では断続的な豪雨。
今日は帰るときも雨かなあ~、濡れて帰らなければならないのかなあ~、と懸念しておりましたが、思った以上に雨がはやくあがり、22時過ぎからはお月様も顔をだす。
24時に仕事を終えましたが、このまま帰るのも「MOTTAINAI」と思いましたので、ビールを買って、自宅への途上の公園にぶらりとたちよる。

虫の音がここちよい一夜です。

頭上には、お月様があたたかいともしびをふり注いでくれる。
誰もいない、雨後の公園で、「秋味」@KIRINをのみつつ、せんだってから読み続けている有島武郎(1878-1923)をひもとく。

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 パンの為に精力のあらん限りを用い尽さねばならぬ十年--それは短いものではない。それにも係わらず、君は性格の中に植え込まれた憧憬を一刻も捨てなかったのだ。捨てる事が出来なかったのだ。
 雨の為とか、風の為とか、一日も安閑としてはいられない漁夫の生活にも、為す事もなく日を過ごさねばならぬ幾日かが、一年の間には偶(たま)に来る。そう云う時に、君は一冊のスケッチ帖(小学校用の粗雑な画学紙を不器用に網糸で綴ったそれ)と一本の鉛筆とを、魚の鱗(うろこ)や肉片がこびりついたまま、ごわごわに乾いた仕事着の懐ろにねじ込んで、ぶらりと朝から家を出るのだ。
 「逢う人は俺ら事気違いだというんです。けんど俺ら山をじっとこう見ていると、何もかも忘れてしまうです。誰だったか何かの雑誌で『愛は奪う』と云うものを書いて、人間が物を愛するのはその物を強奪(ふんだ)くるだと云っていたようだが、俺ら山を見ていると、そんな気は起したくも起らないね。山がしっくり俺ら事引きずり込んでしまって、俺ら唯惘(あき)れて見ているだけです。その心持が描いてみたくって、あんな下手なものをやってみるが、から駄目です。あんな山の心持を描いた画があらば、見るだけでも見たいもんだが、ありませんね。天気のいい気持のいい日にうんと力瘤(ちからこぶ)を入れてやってみたらと思うけんど、暮しも忙(せわ)しいし、やっても俺らにはやっぱり手に余るだろう。色も付けてみたいが、絵具は国に引っ込む時、絵の好きな友達にくれてしまったから、俺らのような絵には又買うのも惜しいし。海を見れば海でいいが、山を見れば山でいい。勿体ないくらいそこいらに素晴らしい好いものがあるんだが、力が足んねえです」
    --有島武郎「生まれ出づる悩み」、『小さき者へ・生まれ出づる悩み』(新潮文庫、昭和五十五年)。

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巧まざる自然に何かを望んだり、願ったりしたことはありません。
しかし、何か、神々しいまでの真理に対して頭を深く垂れざるを得ないような……そういう祈りにも似た、圧倒感は時折感じております。
それを祈りといえば祈りなのかもしれませんが、そういう宗教学的な定義化のカテゴリーに選別される以前の、何か、人間としての向かい合い方を感じることがあります。

これは自然に対してだけでなく、人に対してもそうなのかもしれません。

「勿体ないくらいそこいらに素晴らしい好いものがある」

大自然ドキュメンタリーで垣間見る自然の営みにのみ“素晴らしい”自然があるのではないのでしょう。

都会を優しく照らす月光にも、
郊外をさやさやと包み込む月光にも、
そして、
田舎にひとしく降り注ぐ月光にも、
……巧まざる自然の営み、「しっくり俺ら事引きずり込んでしまって、俺ら唯惘(あき)れて見ているだけ」の現在が絶え間なく営まれているのだろうと思います。
しかも、さりげない日常生活の一コマとして。
実際のところ、日常生活とかけ離れた○○とは、仮想の○○なのかもしれません。
これが「超越的内在」のひとつの契機かもしれません。

おもえば、ビールをもう一本買っておくべきだった。

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 君よ!!
 この上君の内部生活を忖度(そんたく)したり揣摩(しま)したりするのは僕のなし得る所ではない。それは不可能であるばかりでなく、君を瀆(けが)すと同時に僕自身を瀆す事だ。君の談話や手帳を綜合した僕のこれまでの想像は謬っていない事を僕に信ぜしめる。然し僕はこの上の想像を避けよう。ともかく君はかかる内部の葛藤の激しさに堪えかねて、去年の十月にあのスケッチ帖と真率な手紙とを僕に送ってよこしたのだ。
 君よ。然し僕は君の為めに何を為す事が出来ようぞ。君とお会いした時も、君のような人が--全然都会の臭味から免疫されて、過敏な神経や過量な人為的智見に煩わされず、強健な意力と、強靱な感情と、自然に哺(はぐく)まれた叡智とを以て自然を端的に見る事の出来る君のような土の子が--芸術の棒誓者となってくれるのをどれ程望んだろう。けれども僕の喉まで出そうになる言葉を強いて抑えて、凡てを擲(なげう)って芸術家になったらいいだろうとは君に勧めなかった。
 それを君に勧めるものは君自身ばかりだ。君が唯独りで忍ばなければならない煩悶--それは痛ましい陣痛の苦しみであるとは云え、それは君自身の苦しみ、君自身で癒さなければならぬ苦しみだ。
 地球の北端--そこでは人の生活が、荒れくれた自然の威力に圧倒されて、痩地(やせち)におとされた雑草の種子にように弱々しく頭を擡(もた)げてい、人類の活動の中心からは見逃される程隔たった地球の北端の一つの地角に、今、一つのすぐれた魂は悩んでいるのだ。若し僕がこの小さな記録を公けにしなかったならば誰もこのすぐれた魂の悩みを知るものはないだろう。それを思うと凡ての現象は恐ろしい神秘に包まれて見える。如何なる結果を齎(もた)らすかも知れない恐ろしい原因は地球のどの隅っこにも隠されているのだ。人は畏れないではいられない。
 君が一人の漁夫として一生を過すのがいいのか、一人の芸術家として終身働くのがいいのか、僕は知らない。それを軽々しく云うのは余りに恐ろしい事だ。それは神から直接君に示されなければならない。僕はその時が君の上に一刻も早く来るのを祈るばかりだ。
 そして僕は、同時に、この地球の上のそこここに君と同じ疑いと悩みとを持って苦しんでいる人々の上に最上の道が開けよかしと祈るものだ。この切なる祈りの心は君の身の上を知るようになってから僕の心の中に殊に激しく強まった。
 ほんとうに地球は生きている。生きて呼吸している。この地球の生まんとする悩み、この地球の胸の中に隠れて生れ出ようとするものの悩み--それを僕はしみじみと君によって感ずる事が出来る。それは湧き出で踊り上る強い力の感じを以て僕を涙ぐませる。
 君よ! 今は東京の冬も過ぎて、梅が咲き椿が咲くようになった。太陽の生み出す慈愛の光を、字面は胸を張り拡げて吸い込んでいる。春が来るのだ。
 君よ、春が来るのだ。冬の後には春が来るのだ。君の上にも確かに、正しく、力強く、永久の春が微少(ほほえ)めよかし……僕はただそう心から祈る。
    --有島武郎、前掲書。

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月光を浴びながら読んでいた有島武郎(1878-1923)のつづきでも……。

上に引用した書物の筋はつぎのとおりです。

すなわち……
すぐれた絵の才能をもちながらも、貧しさゆえに漁夫として生きなければならない主人公の青年は、激しい労働と不屈な芸術的魂の相剋の間で逞しく“生きざる”を得ない。
多感であればあるほど、かえって親兄弟や世間との絆をガムシャラに断ち切ることもできない。
告げようもない苦しみを苦しむ若者によせた限りない人間愛の書物と呼ばれているのが、この『生れ出づる悩み』であります。

人間という生きものは、この話にあるように、どうしようもない、そして切れないしがらみや悩みの網の目のなかで現実には格闘しながら生きている。そして、それが本意でないときも種々あるものです。だからこそ、ゲーテがいうように“努力すれば迷う”ものであり、そこに実は人間の成長も存在する。

そこに第三者は介在することはある意味で不可能である。

ただ、それでも、そうした苦悩や葛藤に対して、寄り添い、祈ることはできる。
うえから介在したり、理論として忠告したりすることは「君を瀆(けが)すと同時に僕自身を瀆す」ことになってしまうことが殆です。

だからといって“関わり”を断つことも出来ない。

話を聞き、寄り添い、そして祈る。
しかしそのなかで、決断するのは、当人自身である。

しかし、関わりを断ってはいけない。

なにも指示も、示唆も、道を示すことも出来ないかもしれない。道を示すということすら存在に対する冒瀆といってもよいかもしれない。

しかし、関わりを断ってはいけない。

関わり続ける努力のなかに、人間愛の感情、ないしは慈悲の勇気が生まれてくるのではなかろうか。

有島の作品を読むとそのことを考えさせられます。

有島は人物として、優等生であり、孝行息子であり、模範的紳士であったという。
しかし、そうした在り方と現実との相剋で苦悩し続けた人物である。
最後は『婦人公論』記者と不倫のあげく縊死心中を図る歩みなので、到底、長谷川平蔵の人生観とは相容れない人物ではあります。しかし、その容赦のない自己呵責が崇高に歌い上げられた作品にはどうしてか、この年になってくると惹かれてしまうようになってしまった……。

ともすれば、人間はスパッと、熱く対象に関わり、喧々諤々のすえ、同抱するような在り方に若い頃はひかれたものでありますが、それだけがすべてというわけでもないのでしょう。

苦悩や葛藤に直接介在しなくてもよい、在り方における人間愛とか、慈悲を有島はそれとなく示してくれてるように思われる。

こういうのを読むと、本当に“焦らなくてもよい”し、奥底で決断したことはかならず「冬の後には春が来る」ように、自ずと道は開けるのではないだろうか……などと思ってしまいます。

もちろん、いうまでもありませんが、それに対する努力は必要ですけど。

存在と存在に対する関わりの多様性だけは、なんといっても認めざるを得ません。

例の如く、いっぱいやりながら書いているので支離滅裂でセンチメンタルですいません。
お月様のおかげです。

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行け。勇んで。小さき者よ。

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「それは理由になっていないだろう」
8月は確かに“飲み過ぎた”……わけですが、それもひとつの“学び”の場であり“啓発”の場であるとすれば、遊んでいるわけではない(というのも屁理屈ですが)。

しかし、細君には申し訳ないと思っていたので、先月は焼き鳥に連れて行ったが、その“申し訳のなさ”の子供さんに対する還元を受けとっていないとのことで、どこかへ連れて行ってくれと強要されてしまう。

「金がないので……」
「カード使えばいい」
「カードってワタシのですか?」
「カードも現金も、貴方のオゴリでしょ?」
「確かに……」

いずれにせよ……「それは理由になっていないだろう」
今日は特に何も予定がないし、これから忙しくなるのは目に見えているので、ちょうどいいのだそうな。
昼から資料に目をとおし一段落したところで、30通のレポートを仕上げ、さあ、夜から読んだ資料を整理して、論文を組み立て直そうとしていたのですが、「それは理由になっていないだろう」企画で外へ出る。

1週間ほどまえ、そこへいったときは、改装中だった店で、今週からオープンした『さかなや道場』へ向かう。ちょうど時間的には早い時間だったので、入れ込みのテーブル席で自由にやり始める。

どうやらマグロがウリのようなので、マグロ中心にセレクトし、久しぶりに、にぎりや刺身、そして豆腐などを頂く。

ビールではじめ、日本酒で締めるいつものパターンですが、はじめて見る辛口吟醸酒があったので頂戴する。

花の舞酒造(静岡)の限定酒『超辛口 純米吟醸 日本刀(かたな)』という一品です。
“超辛口”というふれこみですが、飲むと“超”というほど“超”ではありませんが、キレのよいさっぱりとした味わいの一品で、酒と云えば日本海側だよなという通年を打破してくれる一品でした。やはりこのお店は“花の舞”等のチムニーグループなので、花の舞酒造なのでしょうか。詳しくは存じておりません。

さて、三人で堪能し、外へでると既に真っ暗。
秋の夜はつるべ落としです。

……というところでおわると“らしく”ないので、ひとつ。

今日は仕事の合間に久し振りに有島武郎(1878-1923)を読んでいたのですが、ご存じの通り、有島は札幌農学校時代に、キリスト教の洗礼を受けた日本の作家です。志賀直哉や武者小路実篤らとともに同人「白樺」に参加し、白樺派を代表する文筆家といっていいでしょう。厳格なピューリタン的なプロテスタンティズムな自己自身への“しばり”と自由を渇望する自己自身という二つの相剋に悩みながら、やがては棄教してしまう人物です。
内村鑑三もこの有島武郎に期待をしていたようで、有島が棄教し、最後には自殺してしまう在り方に大層落胆したようです。

さて、この有島に代表される白樺派。大正デモクラシーなど自由主義の空気を土壌に、人間の生命を高らかに歌い、理想主義・人道主義・個人主義的な作品を制作したグループです。この理想主義・人道主義・個人主義的な発想から、後に“大正生命主義”と呼ばれる思潮も誕生してくるわけですが、理想を仰ぎ見つつ、個々の存在者としての人間を肯定していこうとする眼差しは、文学としての実践だけでなく、作家をしてさまざまな社会運動へ関わらせる嚆矢となったようです。そのひとつが実験農場とか実験共同体とよばれる、あらゆる搾取のない原始共産主義的な共同体の立ち上げでした。有島がはじめた「有島農場」、そして武者小路がはじめた「新しき村」などがその代表でしょう。

結果としてはどちらの運動も、“夢想的”なきらいがあり頓挫してしまいます。

しかし、そういう取り組みを始めた、理想と現実を繋ごうとした試みは、無駄だったと早計することはできないのではないのだろうかとも思います。

ただ、よく言われるように、白樺派の作家たちは、ほとんど学習院出身の上流階級に属するひとびとで、現実感覚といった場合には、疑わしい部分もあるので、そうした矛盾をまえにして、ひとびとは、大正末期から力を得てくる、無産主義の運動へ引かれていったようです。

さて……。
いずれにしましても、読むのは読むのですが、例のごとく、有島武郎の作品も苦手な宇治家参去です。白樺派に対してはどこか近親憎悪に似たリアリティーを実感する部分も拍車をかけており、なかなか入ってこないところがあったのですが、ここ数年、なんどか読み返していくうちに、「悪くはないな」というところにまではきたようです。

ただし、“偏った”宇治家参去からしてみれば、やはり、ダンテの葛藤、ドストエフスキーの深奧、ゲーテの天空ほどの“深さ”“広大さ”を白樺派に望むことはできないなとは思いますけれども、やはり限界を有した日本人の発想としては、理想と現実の対峙・相剋という部分では、ひとつの見本を良くも悪くも見せてくれたのではなかろうかと思えるようにはなってきました。

有島の有名な作品に「小さき者へ」というものがあります。三人の子供を授かったのち、若くしてなくなった妻、そして残された有島と三人の子供たち。その母の死を経験した子供たちへ有島が言葉をかけるというスタイルをとった体験にもとづく小文ですが、読むとなかなか味わいぶかい。その冒頭とラストより一節づつ。

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 お前たちが大きくなって、一人前の人間に育ち上がった時、--その時までお前たちのパパは生きているかいないか、それは分らない事だが--父の書き残したものを繰り広げて見る機会があるだろうと思う。その時この小さな書き物もお前たちの眼の前に現れれ出るだろう。時はどんどん移って行く。お前たちの父なる私がその時お前たちにどう映るか、それは想像もできない事だ。恐らく私が今ここで、過ぎ去ろうとする時代を嗤(わら)い憐れむのかも知れない。私はお前たちの為にそうあらんことを祈っている。お前たちは遠慮なく私を踏台にして、高い遠い所に私を乗り越えて進まなければ間違っているのだ。然しながらお前たちをどんなに深く愛したものがこの世にいるか、或いはいたかという事実は、永久にお前たちに必要なものだと私は思うのだ。お前たちがこの書き物を読んで、私の思想の未熟で頑固なのを嗤う間にも、私たちの愛はお前たちを暖め、慰め、励まし、人生の可能性をお前たちの心に味覚させずにおかないと私は思っている。
    --有島武郎「小さき者へ」、『小さき者へ・生まれ出づる悩み』(新潮文庫、昭和五十五年)。

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 深夜の沈黙は私を厳粛にする。私の前には机を隔ててお前たちの母上が坐っているようにさえ思う。その母上の愛は遺書にあるようにお前たちを護らずにはいないだろう。よく眠れ。不可思議な時というものの作用にお前たちを打任してよく眠れ。そうして明日は昨日よりも大きく賢くなって、寝床の中から跳り出して来い。私は私の役目をなし遂げる事に全力を尽すだろう。私の一生が如何に失敗であろうとも、又私が如何なる誘惑に打負けようとも、お前たちは私の足跡に不純な何物をも見出し得ないだけの事はする。きっとする。お前たちは私の斃れた所から新しく歩み出さねばならないのだ。然しどちらの方向にどう歩まねばならぬかは、かすかながらにもお前達は私の足跡から探し出す事が出来るだろう。
 小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。
  行け。勇んで。小さき者よ。
    --有島武郎、前掲書。

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あれだけ、白樺派への忸怩たる思いをくどくどと述べたわけですが、読んでみると、いいものでしょ?

さて、今日は子供さんに「もうしわけない」を形にせよと強要されたわけで、結果としては自分も堪能したわけですが、常々そういう子供と向かい合うなかで実感するのが次の部分です。すなわち、子供に対する親の感情は、内容としては特別な感情でありながら、その在り方は普遍的な形式をもつものだろうということです。この感情を、我が子にだけ向けるのではなく、自分とかかわりあう人間達へその眼差しをむけることができれば、少しだけ世の中はよくなるのではなかろうか、そしてそこに希望が存在するのではなかろうか……などと思ってみたりもします。

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為すべきと思ひしことも為し得ぬこと多く

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為すべきと思ひしことも為し得ぬこと多く 為すべからずと信ぜしこともいつかはこれを為すに至ることしばしばなり 大食を禁ぜんと思ひながら 御馳走をつきつけられては箸をとらざる訳には行かず 悪口はよくないと知りながら いやな奴だと思へばその悪事や欠点をわざわざ他人に吹聴することを好む
    --正岡子規(粟津則雄編)『筆まかせ 抄』(岩波文庫、1985年)。

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火曜は仕事が休みですのでゆっくりと自分の仕事をする。
午前中にレポートを仕上げ、昼から論文の仕込みと整理。
面倒だったので、朝から食事をとらずそのまま夕方となる。

息抜きに正岡子規(1867-1902)を読む。
正岡子規といえば、漱石・夏目金之助の親友にして、明治日本を代表する文学者、俳人である。近現代の詩句文学の方向性を基礎づけたその俳諧・和歌で有名ですが、こうしたエッセーも面白い。もちろん、淡々とした描写で人生を綴った『病床六尺』もいいが、この『筆まかせ』も面白い。東京の街並みを描写したところでは、本を片手に歩き出したくなるし、人物描写も絶妙だ。

ちょうど、月曜の哲学の講義では、人間主義を扱ったが(詳細は後日)、そのなかで、学生たちに、人間主義を考える上で、そもそも人間とは何かを議論させた。さまざまな意見が飛び出すが、やはり若い学生だからかもしれないが、人間の闇の部分の話題になると、雰囲気も暗くなる。しかし、人間には天使のような側面もあれば、野獣のような側面もある。その両面を踏まえていかないと身動きがとれないのでは?と示唆をかけておく。

そうした人間の“禁じ得ず”自然とうごいてしまう心根を、子規の文章は絶妙に描いている。

「大食を禁ぜんと……」

ちょうど朝から何も食べていなかったので、外へ中華でも食べに行くか……ということになり、家族で外出する。言い出しっぺなので、宇治家参去の自腹となる。

ひさしぶりに少飲・大食する。
そういえば、一番搾り(麒麟ビール)の6缶パックのパッケージに“中華には一番搾り”のようなことが書いてあったので、一番搾りでもと思ったが、SAPPORO黒ラベルの生ビールと、スーパードライの瓶ビールしか選択肢がなかったので、黒ラベルを飲む。

久し振りにSAPPOROのビールを味わうが、全体的に味がやさしくて心地よい。

帰宅すると案の定、大爆睡。
おかげで、起床すると、午前3時。
そのまま起きて仕事をする。

早朝、六月に植えた朝顔をみると、花開いていた。
さあ、仕事を続けよう。

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発酵するまでに時間のかかる一節①

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いわば、読むことが仕事の大部をしめるので、基本的には何でも読みますが、ときどき書物をよんでいると、ずとーんっ……というような平手打ちといいますか、地雷の爆発といいますか、なにか「ここだな!」ってひらめく瞬間があります。それをそのまま解釈といいますか自分と内在的関係性をそこからくみ取ることが瞬時にできるものもあれば、発酵するまでにまた厖大な時間を必要とする一節も存在します。

今日は市井の仕事の休憩中、近代ロシヤ(ロシアではなくロシヤ!)の作家・文芸評論家ベリンスキー(Vissarion Grigorievich Belinskii,1811-1848)を繙く。市井の仕事をしているときの休憩に読む本は、あまり自分の専門と関係のない文献を読むよう心がけているわけですが(そうできないときもママありますが)、ベリンスキーの著作もそのひとつ。むか~し、たぶん学生時代だと思いますが、大学の教養課程に在学していたとき、履修ミス(マークシートの塗り誤り)で、第一外国語がロシア語(第二が英語)というとんでもない事態になってしまったため、ロシアと向かいあうようになりましたが、その過程でおそらく先生か友達に勧められて買うだけ買った一冊だと思います。まったく繙いていませんでしたが、読んでみると面白い。表題通り『ロシヤ文学評論集II』ですので、19世紀中盤のロシア文壇の報告という一冊ですが、報告という形をとりながら、ベリンスキー自身の見解が溢れ出しており、時間をわすれるように食い入った。「純粋の、切り離された、無条件的な、もしくは哲学者たちがいうがごとく、絶対的な芸術はいかなる時、いかなる場所にも存在しなかった」(『ロシヤ文学評論集II』)というベリンスキーの主張は、後のロシヤの人民解放運動へのきっかけとなったといわれていますが、その力強さと発想の奥深さ(奥深いというロシヤの精神性を深く見つめ直しながらも、その限定されたロシヤ性を超克する世界へ!という視座の同居)に驚かされる。

そのなかで、出会ったのが以下に引用する一節です。これは「発酵するまでにまた厖大な時間を必要とする一節」ですので、コメントのしようがないのですが、深いロシヤの精神性に驚愕すると共に、課題としてのヒューマニズムを考えるひとつのヒントになりそうです。

とりあえず、今日で、禁日本酒一週間たちました。
その間、基本的にはウィスキーか焼酎を飲んでいましたが、スコッチが切れたので今日からバーボンです。金がないので安い「EARLY TIMES」です。Jazzギターの名手ルー・メッカ(Lou Mecca)の小気味よいサウンドと安バーボンに酔いしれつつ、もういちど考えながら酩酊の世界へ瞑想飛行しようと思います。

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……ことばそのもの(引用者註……ドイツ人がヒューマニティー(Humanität)と名付けるもの)については、ドイツ人はそれを人間的をいみするラテンのことばhumanusからつくったのであることをいっておこう。人間が他の人々にたいして、本性からかんがえて兄弟であるところの自分の隣人たちにたいして人間として行動すべきであるごとくに、行動するとき、かれはヒューマンに行動する。反對の場合にはかれは動物にふさわしいように行動する。ヒューマニティーは人間愛であるが、しかし自覚と教育によってはったつさせられたそれである。勘定づくでなく、自慢のためでなく、善をなそうという願望によってあわれな孤兒を養育する人間、--かれをうみの息子のように養育し、それとともにその孤兒に自分はかれの恩人である、自分はかれのために散在しているのである等々のことをかんぜしめる人間、かかる人間は善良な、道徳的な、人間愛的な人間という名にあたいするが、しかしけっしてヒューマンな人間という名にはあたいしない。かれのもとにはおおくの感情、愛があるが、しかしそれらはかれにおいて自覚によってはったつさせられていず、粗野な殻でおおわれている。かれの粗野な知力は、人間の本性には繊細で柔軟な琴線があり、人間をあらゆる外面的な幸福の條件にかかわらず不幸なものとならしめないためには、それにたいするもっとヒューマンな取扱にさいしては相當なものとなりうるはずの人間を粗野にし低俗にしないためには、その琴線をようじんぶかくとりあつかわなければならないのだということを夢にもおもわない。ところがこの世のなかには自分の善行がそれにそそがれるところの人々を、なんらのわるい意圖なしに、ときには熱烈にかれらを愛し、ちゅうしんからかれらにあらゆる善をのぞみつつ、くるしめ、ときにはほろぼしもしており、--そしてあとで、執着および尊敬のかわりにかれらが冷淡さ、無關心、忘恩、はなはだしくは懀悪および敵意をもってむくいたということに、もしくは自分はかれらにもっとも道徳的な教育をあたえたのに、自分のそだてた子が惡黨になったということに氣心よくおどろいているような恩人たちがどれだけいるであろうか。ほんとうに自己流に子供たちを愛しているが、しかしかれらにむかって、かれらは生命においても、衣服においても、教育においても兩親におうているのだということを間斷なくくりかえすことを神聖な義務とかんがえている父や母がどれだけいることであろうか! これらの不幸な人人は、自分が自分から子供たちをうばい、それを自分が慈善の感情からもらったところの養子のごときものに、孤兒にかえているのであることに氣づきもしないのである。かれらは、子供たちは自分の兩親を愛さなければならないという道徳的規則のうえにしずかにまどろんでおり、そしてのちに老境に入ると、子供たちからは忘恩のほかはなにものも期待できないといういい古された文句を溜息とともにくりかえすのである。このおそろしい経験さえもかれらの硬化した頭脳からあつい氷結した表皮をとりさりはしない、そしてかれらをしてついに、人間のこころは自分自身の法則によってはらいて、なんらの他の法則もみとめることを欲せず、またみとめえないのだということ、義務により任務による愛は人間の本性に背馳するところの、超自然的な、空想的な、不可能な、あったためしのない感情だということ、愛は愛にのみあたえられるのだということ、愛は権利によってわれわれにあたえられるべきなにものかとして要求してはならないので、あらゆる愛は、だれからであろうともおなじに--われわれよりたかいものからであっても、ひくいものからであっても、子が父からであっても、父が子からであっても、獲得しなければならず、かちとらなければならないのだということを理解せしめることができないのである。子供たちをみよ、--母が子供を自分の乳でやしなっていても、子供が彼女をきわめて無關心にながめ、眼がさめてただちに、かれが自分のそばにはなれずに見ることになれているうばを見ないときは、おそろしいなきごえをあげるということはしばしばおこるのである。かんがえてもみよ、--子供は--自然のこの無缼にして完全な表現は、かれに自分の愛を本當に証拠だて、かれのためにあらゆる満足を拒否し、あたかも鐵のくさりによってのように自分をかれのあわれでよわい存在にしばりつけた人に自分の愛をあたえるのである。
 ヒューマニティーはたかき社会的地位および官位への尊敬とすこしも矛盾しない。しかしそれは惡黨と卑怯者以外のだれにたいしてでもの軽蔑とはだんぜん矛盾する。それはひとびとの社会的首位をこのんでみとめるが、しかしただそれを外面からのみではなく、より多くの内面からながめるのである。ヒューマニティーは粗野な態度、習慣をもつひくい身分の人間に彼にとって習慣的でない叮重さをまきかけることを義務づけないのみならず、またそれを禁止しさえもする。なぜならそのようなとりあつかいはかれをきまずい状態におとしいれ、そのなかに嘲笑またはわるいもくろみがあるのではないかとおもわしめるであろうからである。ヒューマンな人間は自分よりひくい、粗野にはったつした人間にたいしては、その人に奇妙なもの、あるいは不慣れなものとおもわれえないような叮重さをもってたいするであろう。しかしかれはその人にかれのまえで自分の人間的尊厳を卑下せしめないであろう、--その人に足まで頭をさげて禮をせしめないであろう、かれをヴァーニカまたはヴァニュー〔いずれも人名イヴァンの卑稱〕およびそれに類する、犬の名に似た名前でよばれないであろう、その人にたいする自分のめぐみぶかい氣分のしるしとしてすこしばかりかれのあごひげをつかまえてゆする、その人をしていやしくうす笑いをしながら、卑屈さをもって「なんのためにしなさるんだ?……」といわしめるようにしむけはしないであろう。ヒューマニティーの感情は、人間が他の人々において人間的尊厳をそんちょうしないとき、ぶじょくをかんずる、そして人間がみずから自分のなかで自分の尊厳をそんちょうしないとき、いっそう多くぶじょくをかんじ、苦悩するのである。
 このヒューマニティーの感情がイスカンデルの諸作品のいわば魂をなしたてている。かれはそれの説教者であり、弁護士である。かれによって無数にみちびきだされる諸人物は意地わるでなく、大部分善良でさえある人々で、かれらはわるい計算をもってするよりも、よりしばしばよい計算をもって、悪意によってよりも、より多くの無知によって、自分自身および他の人々をくるしめ、追窮する。かれの諸人物のうち感情の低劣さおよび行動のいとわしさによって人を自分からつきのける人々でさえも、作者によって、かれらのわるい本性のぎせいとしてよりも、より多く、かれらの無知およびかれらがそのなかに生活する環境の犠牲として示されている。
     --ベリンスキー(除村吉太郎訳)「一八四七年のロシヤ文学の概観」、『ロシヤ文学評論集 II』(岩波文庫、1951年)。

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世界を語るもう一つの力が解放される

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……詩的言語も現実について語る。しかしそれは、科学的言語がそうするのとは別のレヴェルで語るのである。それは、すでにそこにある世界を、記述的あるいは教育的言語がするように、われわれに示すわけではない。われわれが見てきたように、実際、詩的言述の自然な戦略によって、言語の通常の指示は廃棄されるのである。しかし、まさに、この第一段階の指示が廃棄されるのに応じて、現実のもう一つのレヴェルにおいてではあるが、世界を語るもう一つの力が解放されるのである。このレヴェルはフッサールの現象学が生活世界(Lebenswelt)と名づけたものであり、ハイデガーが「世界内存在(being-in-the-world)」と呼んだものである。それは客観的で操作可能な世界を遮り、生の世界、操作することのできない、世界内存在の世界を照らし出すことである。そして、それが詩的言語の基本的な存在論的な意義であるように、私には思えるのである。
    --ポール・リクール(久米博・佐々木啓訳)『リクール聖書解釈学』(ヨルダン社、1995年)。

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子供がそろそろひらがな・かたかなの読み書きができるようになってきたので、最近は、絵本を読んで書き写すという練習をしています。
これができるようになれば、おそらく自分自身で考えたこと、思っていることを、言語として対象化できるようになるのだと思います。

時間的には短い時間ですが、なかなか悪戦苦闘しているようです。

最初に一節を音読して、それから書き写すのですが、私たちがおこなうようにはいきません。ただ、その音読を聞いていると、絵本という絵の世界に添えられた記号としての言葉は、読むことを前提に作られているのだと思いますが、詩のように一定のリズムや韻律のようなものが意識して作られた言葉だと思われますので、聞いているとここちよいというか、さそわれるようなリズムがあります。

古来、人間が文字というものを発明して以降も、なお、語る言葉、言説、パロール(parole)というものの力や魅力は失われていないから、いまだに文字化されたものだけですまさない人間の生活という在り方があるのでしょうか。

話し言葉(とそれを言葉として記録すること)を優位なものとみなす哲学的伝統は西洋においてはソクラテス以来の伝統です。『パイドロス』でソクラテスがエクリチュール(écriture,書かれた言葉)を批判し、パロールの圧倒的優位を優雅に示して見せたように、連綿としてつづく哲学の歴史がまさにそれである。

ジャック・デリダ(Jacques Derrida,1930-2004)は『声と現象』のなかで、「形而上学の歴史は絶対的な<自分が話すのを聞きたい>である」として、西洋哲学の歴史を多義的な差異を同一性に収斂させていく暴力に他ならないと断じたが、話し言葉のもつ力が差異を無視したものになってしまうのであれば、それはチトサビシイものである。

批判精神に富んだデリダは、まさにそうした問題への批判理論を練り上げていくのですが、そうした問題をもっていたとしても哲学の資産を一挙に解体する、廃棄するのもすこしサビシイ。だからこそ、レヴィナスのような倫理としての他者論が展開されるのかもしれません。

さて……息子さんは、そうしたパロールをエクリチュールするという西洋哲学の伝統を実践しておりますが、それを横で聞く宇治家参去自身は、その伝統をどう活かし、次へつなげていくのか……倫理としての形而上学を構想しているとでも表現しておけばよろしいでしょうかね(苦笑)。

同一性の“暴力”は確かに問題だが、批判理論の“差異の王国”もなにかしっくりとこない。そうすると、やはり存在論としての倫理の問題、“自覚”になってくるのか……そのへんをよく考えています(がまとまってはいません)。

さて話がずれましたが詩の持つリズムや力は、おそらく<自分が話すのを聞きたい>という哲学者の独白ではないがゆえに、自他を繋ぐ本源的な力をもっているがゆえに、この技術時代の現代でも、書かれ、読み継がれているのかと思います。

思うに、詩は魂の発露であり、信念の美的表現なのだろう。
だから詩は、読み手の精神を高みへと引き上げ、一切の束縛から解放する。そして読み手の魂を高揚させる。その言葉は、宇宙のリズムや巧まざる自然の営みへの驚きであれ、あるいは圧政への抵抗の叫びであれ、謳い上げられた詩人の心が、読み手の心に触れて、共振を起こさせるから、“感動”するのだと思います。

思想哲学となるとなかなか言葉に“感銘”しても“感動”することがないのがすこし残念なところですが、それはそれで思想哲学の味かも知れませんが。

さて冒頭では、フランスの解釈学者・神学者リクール(Paul Ricoeur,1913-2005)の一節を紹介しましたが、リクールもなかなか詩人ですね。フッサールの現象学の世界やハイデガーの存在論を、こうも美しく位置づけ直すとは脱帽です。

写真は、カミキリムシ。
息子さんが欲しいということで、6月末にスクーリングで高松へ行った際、細君の実家へたちより、捕まえてもらっていたものを持ち帰ったもの。巧まざる自然ではありませんが、すぐ死ぬだろうとおもっていたのに、元気に生きています。知らなかったのですが、カミキリムシとは害虫だったようですね。どうりで、東京でも郊外の近所ではお目にかかれなかったわけだなと思いましたが、こうした生き物や、絵本を読む息子、そしてそれを怒鳴りつける細君と暮らしている宇治家参去は、やはりどこか世間とずれていきそうですが、それを味にしておきます。

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苦闘を無駄と呼んではならぬ / ‘Say not the struggle nought availeth’

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六月二十三日。

我が子が五歳になった。ちょうど、織田信長と同じ誕生日だ。
織田信長なんかにならなくてもよい。

人間と、そして人間の住まう世界を自分から手放さない人間になってほしい。
五濁悪世が人の世の常である。嘆いてもはじまらない。
今、君の踏み立っている大地だけが大地である。しかし天空には星々がきらめき、無限へと誘う。
大地が美しければ、天空も美しいように、大地に踏み立ち天空を仰ぎ見る君の姿も美しい。
そして、君と視線を交わしあわせるほかの人の姿も美しい。

貧乏な父さんは君に何もあげないよ。
なぜなら母さんからもらっているから。

そして間抜けな父さんは何も教えることは出来ない。だから、一つの詩を贈ろう。

読めるようになったときに読めばよい。

君のうまれた日にもあじさいがさいていたよ。
あじさいは雨に濡れた姿が一番美しいんだよ。
人間もおなじだよ、苦闘を無駄と叫んではいけないよ。

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苦闘を無駄と呼んではならぬ
     アーサー・ヒュー・クラフ

悪戦苦闘しても無駄だ、
  骨折り損だし、怪我をするだけだ、
敵は一向に怯(ひる)まないし、逃げる気配もない、
  結局元の木阿弥だ、などと言ってはならない。

希望を抱いて馬鹿をみるなら、心配が杞憂(きゆう)に終わることもある。
  もしかしたら、ここからは見えない戦場の一隅で、
まさに今、君の戦友が逃げる敵を追っているかもしれない、
  君さえいなければ、勝利は味方のものかもしれないのだ。

疲れきった様子で浜辺にうち寄せている波も、
  いくら苦労しても一歩も前進してはいないように見える。
それでも、ずっと彼方の湾や入江では、じわじわと、
  そして、黙々と、大きな潮がみちかけているのだ。

夜明けの時にしても、東側の窓からだけ、
  光が射してくるのではない。
東の空に太陽が昇るのが、どんなに遅々としていても、
  西の方を見るがいい、天地はもう明るくなっているのだ。

‘Say not the struggle nought availeth’
     Arthur Hugh Clough

Say not the struggle nought availeth,
    The Labour and the wounds are vain,
The enermy faints not, nor faileth,
    And as things have been, things remain.

If hopes were dupes, fears may be liars;
    It may be, in you smoke concealed,
Your comrades chase e'en now the fliers,
    And, but for you, possess the field.

For while the tired waves, vainly breaking,
    Seem here no painful inch to gain,
Far back through creeks and inlets making
    Came, silent, flooding in, the main,

And not by eastern windows only,
    When daylight comes, comes in the light,
In front the sun climbs slow, how slowly,
    But westward, look, the land is bright.
    --平井正穂編『イギリス名詩選』(岩波文庫、1990年)。

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ありふれたものをわたしは歌う

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数ヶ月に一度はやってしまうのですが……。

外出時に自宅の鍵を持参するのを忘れてしまった。

仕事が済んで帰宅すると25時前。
非常に恐縮で申し訳ないのだが、細君を起こして扉を開けてもらう必要上、自宅へ電話する。無言で切られ、暫くすると扉が開いた。

無言のまま彼女は去っていった……。

当然と言えば当然なのですが、自分の愚かさを反省すると同時に、細君の慈愛に感謝することも忘れてはいけない。

「ありふれたもの」を“ありふれたもの”と感じてしまった瞬間、「ありふれたもの」の持っている生き生きとした本来的な価値が減ずる結果となってしまう。
「ありふれたもの」はたしかに“ありふれたもの”なのだが、「ありふれたもの」であるが故に、自分自身に対してそれは必要不可欠の交換不可能な価値なのだ。
そこに対する敬意と感謝を忘れないようにしたいと再度思い直す宇治家参去でした。

ホイットマン(Walter Whitman,1819-1892) がちょうど善い詩を残しているので最期にひとつ。

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ありふれたもの

ありふれたものをわたしは歌う、
健康であるに金はかからぬ、気高くあるにも金はかからぬ、
摂生をこそ、虚偽や、大食、淫欲はお断りだ、
晴れやかな大気をわたしは歌う、自由を、寛容を、
(ここからもっと主要な教訓を学び取れ--学校からでも--本からでもなく)、
ありふれた昼と夜とを--ありふれた土と水とを、
君の農場、君の仕事、商売、職業、
そして万物を支える堅牢な地面さながら、それらのものを支えている民主的な知恵を。
    --W.ホイットマン(鍋島能弘・酒本雅之訳)「ありふれたもの」、『草の葉 下』(岩波文庫、1971年)。

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Sweet joy befall thee !

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ちょいと自分自身も疲れており、疲れている人も巷に多いので、詩でも紹介します。例の如く考察がなくすいません。
本当に今度は考察するので許してください。

でわ……。

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幼児の喜び
    ウィリアム・ブレイク

「ぼくには名前がないんだ。
生まれて二日しかたってないからかなあ」
なんて呼んで欲しいの?
「ぼく、幸せなんだ、
ジョイ(喜び)って名前がいいよ」
そうね、素敵なジョイがお前の上にありますように!

素晴らしいジョイ!
生まれて二日たったばかりの素敵なジョイ!
素敵なジョイって呼んであげるわね。
まあ、可愛い笑顔だこと--
母さんが子守唄を謳ってあげるわね--
素敵な喜び(ジョイ)がお前の上にありますように!

Infant Joy
        William Blake

‘I have no name :
I am but two days old.’
What shall I call thee ?
‘I happy am,
Joy is my name.’
Sweet joy befall thee !

Pretty joy !
Sweet joy but two days old,
Sweet joy I call thee :
Thou dost smile,
I sing the while,
Sweet joy befall thee !

     --平井正穂編『イギリス名詩選』(岩波文庫、1990年)。

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月曜日は大学の仕事のあとそのまま、糊口を凌ぐ市井の仕事へ。一番キツイ一日ですが、なんとか終わって帰宅すると、息子さんが寝ていた(当然こんな深夜ですから)。

無邪気に寝ている。

善性と悪性を彼もぼくも内在させているのだろう。
誰も責めたくないし、自分を貶めたくもない、なんだかそうした人間の生命の原初の輝きが彼の顔に光っている。

その光が疲れを希望へ転換する。

そうであるとすれば、人間とは、たしかに愚かな存在だが、それだけではない、joy(喜び)に溢れた存在なんだ、と実感する。

そこを忘れてはいけない。

人間でよかった。論理的にこれが人間、そしてこれが非人間という境界をつくろうというそれではない。ただ生の実感である。
その実感を感じないと、人間を論じることも、本質を論じることも不可能だろう(もとより先験的本質論には違和感があるが……)。

Japnese Sake を舐めつつ、そうした人との相対(あいたい)を決して忘れてはいけないと自覚したある日の疲れた宇治家参去でした。
なんかこの詩に曲がつくといいなア~。

ほんとうに考察不足で、哲学者とは対極にある印象批判で申し訳ございません。

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甘ったれ、横着、邪悪な精神。

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……今年から教職につくという女子大生たちが三人訪れて、若い世代につき、こういうところはよくないと思うことがあれば、それを色紙に書いてくれ、自戒としたい、というのでした。僕はたまたま、自分の青年時の友人や、その後に出会った人びととの間で、お互いに不愉快なことになった、いくつかの関係について、すでにとりかえしはつかぬ、という思いをこめて回想していたところでした。そこで僕は、
 甘ったれ、横着、邪悪な精神。
 そう書いて渡したのです。この夕暮、妻が買物に出かけてすぐひきかえして来ると、ふきだしそうなのをこらえながら--はい、と差しだしたのは、僕が下手な字を書きつけて署名した色紙なのでした。生ゴミの袋が積まれている脇に、妻によれば、--充分に丁寧な仕方で、たてかけてあった、ということです。考えてみれば、確かにこの色紙を、はじめて着任する学校の職員室にモットーとしてかけるわけにもゆかぬでしょう。
    --大江健三郎「15 甘ったれ、横着、邪悪な精神、ということからヴォガネットのセリーヌ論へ」、『小説のたくらみ、知の楽しみ』(新潮文庫、平成元年)。

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大江健三郎もなかなかいいもんですね。
今日(すでに昨日)は、ようやく6連勤あけの休日のひととき。
学問の仕事をしようと思っていましたが、レポートを見るので精一杯。
はやめに切り上げて、ゆっくりと過ごす。

細君が、“母の日”を要求するので、夏用の帽子とジーンズをプレゼント(というか買わされる)。子供とすこし遊んで、一日遅れの“菖蒲湯”を一緒に堪能する。

贈ることはつづけたい。
しかし拒否する構えを拒否したいある日の宇治家参去でした。

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「よだかの星」を見たことがありますか

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悲しさに美しさを見いだすのはどうしてだろうか?

最近そのことをよく考えます。

ここでいう悲しさとは、作られた(操作された)悲しさのことではない。
作られた(操作された)悲しさとは、例えば、“死の美学”という言葉に象徴されるような、忠君愛国とか、忠義の烈士とか、そういう文脈での、作業仮説上の概念における、物語のことです。悲しさに限らず、作られた、どこか操作された物語の胡散臭さはいうまでもない。

ではそれ以前の、感情としての“悲しさ”はどこにあるのだろうか。

以前、孟子の言葉(巻第一 梁恵王章句上)「吾その觳觫若(こくそくじょ)として罪無くして死地に就くに忍びざるなり」にみられる、供犠の牛の悲しい瞳を目の当たりにした王が、“思わず心を動かされた”エピソードや、童謡「ドナドナ」を材料に論じたこともあるが、そういう、ところではないだろうか--というのが実感です。

いわく--

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他者(の不幸)に対面したとき発現する忍びざる感情は、いかなる勘定からも生じない。いかな反省の対象でもなく、その反応が、いわば「自然になされる」ところにその特徴がある。計算づくの行動ではなく、「思わずなされた」行動である。その意味では、陳腐な言い方だが、偶然対峙した相手に対して、個人的な関心を乗り超え、人間は思わず「公正無私」な行いが出来るのである。自己を通り越して、自己に背いてまでも他者のために動く存在者が現出する瞬間である。

その瞬間こそ、倫理(学)が「自然」と立ち上がる瞬間なのだと思われる。
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そうした思わず感情がたちあがるときの、悲しさの感情は、なぜか美しい。

宮沢賢治(1896-1933)の作品を読むと、迸るような筆致で、そうした感情が色鮮やかに描かれている。裕福な出自と、郷土の寒村との対比が生んだ贖罪意識と自己犠牲の精神が、仏教信仰によって洗練された独自の発想、そして旺盛な自然との交感力が圧倒的な魅力である。

正直なところ、学生時代には、読んでもあまりピンとこなかったのですが、自分自身も親になったり、いろいろと生きていく中で、最近になってしっくりくるようになった作家の一人です。

さて、話を戻しますが、その悲しさの美しい物語のひとつに、賢治の「よだかの星」()という作品があります。

あらすじは……
醜さゆえに鳥の仲間から嫌われ、鷹からも改名を強要されるよだか(夜だか)という鳥が主人公。
よだかはついに生きることに絶望し、太陽や星にその願いを叶えてもらおうとするが、相手にされない。
それでもただ夜空を飛び続けた彼はひとつの星になる……。
そういう物語です。
通俗的ですが、この「存在」への罪悪感から最期には体を燃やして星へと転生するよだかの姿は、宮沢賢治自身の姿といわれています。自己犠牲の物語ですが、単なる自己犠牲ではなく、そこには、まさに根源的な暴力と生命の問題が論じられているように思えて他なりません。

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 夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。もう山焼けの火はたばこの吸殻のくらゐにしか見えません。よだかはのぼってのぼって行きました。
 寒さにいきはむねに白く凍りました。空気がうすくなった為に、はねをそれはそれはせわしくうごかさなければなりませんでした。
 それだのに、ほしの大きさは、さっきと少しも変わりません。つくいきはふいごのやうです。寒さや霜がまるで剣のやうによだかを刺しました。よだかははねがすっかりしびれてしまひました。そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。さうです。これがよだかの最後でした。もうよだかは落ちてゐるのか、のぼってゐるのか、さかさになってゐるのか、上を向いてゐるのかも、わかりませんでした。たゞこゝろもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって居りました。
 それからしばらくたってよだかははっきりまなこをひらきました。そして自分のからだがいま燐(りん)の火のやうな青い美しい光になって、しづかに燃えてゐるのを見ました。
 すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになってゐました。
 そしてよだかの星は燃えつゞけました。いつまでもいつまでも燃えつゞけました。
 今でもまだ燃えてゐます。
--宮沢賢治「よだかの星」、『宮沢賢治全集 5』(ちくま文庫、1986年)。

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そろそろ、この物語を子供に読み聞かせてあげようと思います。

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晴れない疑念ややるせなさを乗り越えて

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どうも、宇治家参去です。

昨日まで花冷えする雨が降り続いていましたが、今日は一転、春の陽光につつまれたおだやかな、一日。家のゴドラ星人も大喜び。

このところ、市井の仕事が忙しく、やるせないといいますか、いきばのない憤りといいますか、いろいろ追い立てられている局面もあり、大学も始まり、チト大変でしたが、金曜はとりあえず、休日。

休日ではありますが、ゆっくりするどころか、レポート添削と次の授業の仕込みに負われていました。

大学の教員という生きものは、毎日が休日のように思われがちですが、実は、90分一コマ一コマの仕込みが、そのおくに控えているわけで、そこをおろそかにすると、空虚な授業になってしまいます。要領のいい教員はそうではないでしょうが、そういう時間を大切にする宇治家参去でした。

さて、今日は、青臭い!と笑われそうですが、添削の合間にフランスの作家・カミュ(Albert Camus,1913-1960)を読んでいました。

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一九三六年五月
世界から離れてはいけない。人生が光にさらされるとき、人生をやり損なうようなことはない。どんな地位にあっても、また、どんな不幸や幻滅のさなかにあっても、ぼくの努力の一切は、世界との絆を見いだすことだ。そして、たとえ悲しみのさなかにあっても、ぼくの心には、愛したというなんと熾烈な欲求が燃え、また夕べの大気にひたされている丘の景色をただ見ただけで、なんという陶酔がこみあげてくるのだろう。
 真実ともろもろの絆。まずはじめに自然との、ついで、理解した人びとの芸術との、またもしぼくに可能なら、ぼくの芸術との絆。そうでなくとも、光が、水が、陶酔が、いぜんとしてぼくの前にある。それに欲望に濡れた唇が。
 微笑を浮かべる絶望。逃げ道はない。だが、それが空しいこととは知りながらも、やはりたえず支配しようとするのだ。要は自己を失わぬことだ。そして、おのずから世界のなかで眠りこけているものを見失わぬことだ。

一九三七年九月
フェイゾール。
人びとは困難な生を営んでいる。ひとは、自分たちの行為を、事物に関していただいているヴィジョンと常に一致させられるとはかぎらない(ぼくの運命の色彩をちらりとのぞき見たと思ったときには、それはもう、ぼくの視線の前から逃れ去ってしまっている)。人びとはそれぞれの孤独を克服しようとして苦しみ、かつ闘っている。だがいつかは、地上が、ありのままの姿の素朴な微笑みを見せることもあるだろう。そのときこそわれわれのなかでの闘いや生活は、まるで消しゴムで消されるように、一瞬の間に消え去ってしまうのだ。幾百万の目がこの光景を眺めた。だがぼくには、それは世界の最初の微笑のようであった。言葉の深い意味で言うのだが、その風景をぼくは自分の外に放りだした。その風景は、ぼくの愛なくしては一切は空しい、また、その当のぼくの愛でさえも、それが無垢でなければ、そして対象にかかわらぬものでなければ、ぼくにとっては価値がないのだということを確信させるのだった。それはぼくという一個の人格を拒絶し、ぼくの苦悩を反響のないものにしてしまう。世界は美しい。そしてすべてはそこにある。その風景が辛抱づよく訓(おし)えてくれた偉大な真実とは、精神はなにものでもなく、心もまた然(しか)りということだ。そして、太陽があたためる石や、ぽっかりとのぞいた空にすくすくと伸びる糸杉こそ、<<道理がある>>ということだ。この世界はぼくを空しゅうしてしまう。それはぼくをとことんまで運んでゆく。そして怒りもなくぼくを否定する。それに同意し納得させられながら、ぼくは一つの叡知(えいち)に向かって歩んでいた。そこではすでに、一切が征服されていた--もし涙がぼくの目にあふれてこなければ、またもしぼくの心をいっぱいにしている詩(うた)の激しい啜(すす)り泣きが、世界の真実をぼくに忘れさせなければ。
    --カミュ(高畠正明訳)『太陽の賛歌 カミュの手帖ーー1』(新潮文庫、昭和四十九年)。

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なかなか浸みますね。

生きる不条理を描いた作家と呼ばれ、ノーベル文学賞も受賞していますが、彼が、一番きらった他者からの評価が、“実存主義者”という言い方です。盟友サルトルとも、その立場をめぐって、袂を分かつわけですが、おそらく、生きるということ事態の不条理・矛盾という現実をことさら美化したり、醜化したりすることを、きらったカミュになぜか牽かれます。

存在よりも実存が先行すると説いたサルトルには、どこか人間を実験室でみる眼差しが感じられ、大物であるにもかかわらず、どこか“違和感”を感じていましたしたが、まちがいでなければ、そんな些細なところに、カミュとサルトルの違いがあったのかもしれません。

今日は、息子とウルトラマンの『第23話「故郷は地球」(1966年12月18日放送)』をDVDで鑑賞していました。監督はいわずもがな、若き日の実相寺昭雄です。

筋としては、Wikipediaに簡潔な筋があったのでチト紹介。

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以前は宇宙開発競争の時代に某国が打ち上げたロケットに乗っていた宇宙飛行士「ジャミラ」であり、正真正銘の地球人であった。事故によって水のない惑星に墜落し、救助を待つうちに体が変異し、醜い怪獣の姿となってしまった。母国が国際批判を恐れて事実を隠蔽したために見捨てられたことを恨み、宇宙船を修理して地球に帰ってきた。地球に帰ってきた後は、見えない宇宙船に乗って要人を乗せた旅客機を墜落させた。

武器は口から吐く高熱火炎(100万度)。

水のない星に長くいたせいか皮膚が粘土質に変化しており、そのため炎に強いが、皮肉にもずっと欲していた水が最大の弱点となってしまったという性質をもつ。科学特捜隊による人工降雨弾攻撃は耐えたものの、ウルトラマンのウルトラ水流によって絶命する。その断末魔は、這い蹲って万国旗を潰し、赤ん坊の泣き声に似た悲痛なものであった。科学特捜隊は、かつての人間を殺したことに晴れない疑念を持ったまま、彼を埋葬した。

・ジャミラの名はアルジェリアの独立運動家ジャミラ・ブーパシャに由来する。
・断末魔の悲鳴は、赤ん坊の泣き声を加工したもの。
・特徴的な外見は衣服の丸首の部分を頭まで被る事によって子供に真似される事がある(ジャミラ被り)。
・番組終盤に一瞬写る墓碑銘の記載によれば、ジャミラの年齢は1960年~1993年(没年)である。また、墓碑銘の記載の文字はフランス語で、これは、ジャミラの名前の由来であるジャミラ・ブーパシャと関係されていると思われる。

(出典)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%9F%E3%83%A9

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子供とともに、そのやるせなさに号泣です。

殺す・殺さないという極限的レベルは別にしても、生きているなかでは、そうしたやるせなさや、不条理を甘受して、明日を生きていかなければいけないのが現実。

ジャミラを見ながら、カミュの言葉を噛みしめた宇治家参去です。

とりあえず、今晩はジャミラとともに、『本格焼酎 雲海』でも呑みながら、寝ます。

最期にだめ押し。

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一九三五年五月
 体験という言葉の空しさ。体験とは実験ではない。それは人為的にひき起こすこともできぬ。ひとはただ、それに服するのみだ。それは体験というより、むしろ忍耐だ。ぼくらは我慢する--といよりむしろ耐え忍ぶのだ。
 あらゆる実践。ひとたび経験を積むと、ひとはもの識(し)りにはならない。ひとは熟練するようになる。だが、一体なにに熟練するのだろう?
    --カミュ(高畠正明訳)『太陽の賛歌 カミュの手帖ーー1』(新潮文庫、昭和四十九年)。

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最近、考察ができなくてすいません。
水準をまた上げますので、少々ご辛抱を。

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Book Carnets, 1935-42

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トルストイ来学する

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昨日は、勤務校の入学式。

新入生を桜花舞うキャンパスが歓迎する。

入学式の来賓で、ロシアの文豪トルストイの玄孫・ウラジミール・トルストイ氏(トルストイ博物館館長)も参列されていた。

トルストイ曰く。

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教育の要は、自ら良く生きること、即ち自身が動き自身を教育するというに帰する
    --トルストイ(八杉貞利訳)「訓育に関する諸考察」、『トルストイ全集 20巻』(岩波書店、1931年)。
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学ぶの学生だけでない。教員自らも常に学びの日であらねばと実感する。

さて……。
トルストイといえば、ロシアを代表する作家であり、社会活動家であり、思想家であり、非暴力主義者である。その作品は常に、人間の愚かさと善良さを描ききった大作が多く、『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』、『復活』など大長編作が有名だ。是非、トライしてもらいたい著作である。
そして付け加えるなら、ロシアの全人性は、トルストイとドスエフスキーはいわばひとつものになっていると思う。人間は善良だけでもなく、悪徳だけのいきものではない。トルストイの作品と、ドストエフスキーの作品の両方を読むことで、まさに人間とは何かを理解できるのであろう。

トルストイの『イワンのばか』とドストエフスキーの『地下室の手記』の両側面があって人間なのであろう。

良書を徹して読まなければ、人間は人間として成長することは不可能だ。

入学式でも学生さんたちへ、「良書を読め」との訓育があったが、まさにその通りだと思う。青年が、世界的な名著を読まなくなってしまったら、ひとびとが快適に生活できる社会を創出したり、最高学府を卒業した各界のリーダーとして活躍することなど不可能だ。
徹して「良書」を読んでほしいと思った。
また学生のみならず、私も読み続けます。

で……。
入学式後、子供が実家に帰ったままなので、細君と久し振りにふたりで外食する。
先月決意したとおり、ジョッキ×2、日本酒3合のルールを守る。
自分で決めて、守っているから、まア自律だろうか。
今後の話や、子供の教育など、おちついて二人で話し合う時間がゆっくりとれました。

では、最後にトルストイの作品でも紹介しておきましょう。
解説にストーリーのようやくがあり、手短なのでまず、そこから。

「青年近衛士官カサーツスキイ公爵は、高慢な心と癪性という欠点をもつが、なにごとにも首位渇望の有能な男で、最高の社交界に入ろうとして選んだ結婚相手の令嬢が皇帝の愛人であったことを知り、絶望し、俗世の上に立ち見下ろしてやろうとして修道院に入る。しかしここもやはり諸々の誘惑の渦巻く世界である。彼は三年の修業で神父セルギイとなり、それから修道司祭、老師、隠者、聖者と地位が上がり、人々の尊敬を集めるようになってゆくが、同時に肉欲、俗世の栄誉の誘惑、慢心との闘いも烈しくなり、神を見失ってゆく。そして最後に老巡礼になって民衆の中へ逃れ、ようやく神を見出し、安らかな生活に入る。」

作品の名前は「神父セルギイ」。
トルストイ晩年の作品で、発表されたのはその死後である。ではその末尾から……。

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<<つまり、これがわしの夢だったわけだ。パーシェニカ--あれこそ、わしがならなければならないのにならなかったものなのだ。わしは神のためだと言いながら、人間のために生きていたのだ。ところがあの女は、自分では人間のために生きていると思いながら、そのじつ神のために生きているのだ>> (そうだ、一つの善行、報いを予想しないで与えられるいっぱいの水、これこそ、わしの手で人々のためにほどこされた恩恵よりも、はるかに貴いものなのだ。しかし、そこにも、神に仕えようという真実な願いの一滴くらいはなかっただろうか?) こう彼は自問した。と、その答えが聞こえた。-- <<そうだ、あった。が、それはみな浮世の名聞によって殻をかぶせられ汚されてしまっていたのだ。そうだ。わしのように浮世の名聞のために生きていたものにとっては、神はないのだ。これからわしは、神をさがそう>>。
 こうして彼は、パーシェニカのところまで辿りついたときと同じように、男女の巡礼たちとみちづれになったり別れたりして、キリストのみ名によってパンや宿りを乞いながら、村から村へとさまよって行った。ときには、意地のわるい主婦にどなられたり、酔っぱらいの百姓にののしられたりしたが、多くは、食うものや飲むものを与えられ、ときにはわらじ銭を恵まれたりした。その上品な風貌のおかげで、彼はだいぶとくをした。もっとも、中には反対に、こういう紳士が乞食にまで落ちぶれたことを喜ぶらしい手合いもあったが。
 しかし、彼の柔和はすべての人に打ち勝った。彼はよく、方々の家で福音書を見つけると、それを読んで聞かせた。と、どこでもきまって、人々はみな感動したり驚いたりして、新しいと同時に、なじみ深いものとしてそれを聞くのだった。
 もし人に助言を与えるなり、読み書きを教えるなり、またはけんかの仲裁をするなりして、人の役に立つようなことがあっても、彼は礼を言われたことはなかった、なぜなら、さっと立ち去ってしまったから。とかくするうち、しだいに神が彼の心に現れはじめた。
    --トルストイ(中村白葉訳)「神父セルギイ」、『トルストイ後期短篇集』(福武文庫、1991年)。
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健闘している人の快活な声がこだまする

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いよいよ4月1日……。
出発の季節。
決意の季節。

そして桜の舞う美しい季節。

がんばっている人の歌声が聞こえる。

健闘している人の快活な声がこだまする。

そうした季節に相応しい歌を一つ紹介します。

例の如くウォルト・ホイットマンです。

「アメリカの歌声が聞こえる」

「アメリカ」の部分を、自分の環境に入れ替えてみてください。
ホイットマンの励ましが、勇気づけてくれるはず。

※写真は夜桜。桜の下で一杯やりたいものです。

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I Hear America Singing
Walt Whitman

I hear America singing,the veried corols I hear,
Those of mechanics, each one singing his as it should bex blithe and strong,
The carpenter singing his as mesures his plank or beam,
The mansion singing his as he makes ready for work, or leaves off work,
The boatman singing what belongs to him in his boat, the deckhand singing on the steamboat deck,
The shoemaker singing as he sits on his bench, the hatter singing as he stands,
The wood-cutter's song, the ploughboy's on his way in the morning, or at noon intermission or at sundown,
The delicious singing of the mother,or of the young wife at work, or of the girl sewing or washing,
Each singing what belongs to him or her and to none else,
The day what belongs to the day -- at night the party of young fellows, robust, friendly,
Singing with open mouths their strong melodious songs.

アメリカの歌声が聞こえる
ウォルト・ホイットマン

アメリカの歌声が聞こえる、さまざまな喜びの歌が聞こえる、
職工の歌、めいめいが職工にふさわしく陽気に力強くうたっている、
大工は板や梁の寸法を測りながらうたい、
石工は仕事の準備をしたり終わりの片づけをしたりしながらうたい、
船頭は小舟の上で、水夫は汽船の甲板で、自分の世界の歌をうたい、
靴屋は仕事台にすわってうたい、帽子屋は立ったままうたっている、
木こりの歌、朝に、昼の休みに、日没に、野道をたどる農夫の歌、
母親や、仕事に励む若妻や、裁縫、洗濯にいそしむ娘の、心地よい歌、
めいめいが、自分の世界の歌、ほかの誰のものでもない歌をうたっている、
昼間は昼の世界の歌--夜にはたくましい気のよい若者の集団が、
口を大きくあけ、力強く美しい調べの歌をうたっている。
    --亀井俊介・川本皓嗣編『アメリカ名詩選』(岩波文庫、1993年)。
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Zum Sehen geboren:見るために生まれ

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 詩(文学)は生活の表現であり表出である。それは体験を表出し、生活の外面的現実を表現する。私は生活の諸相を読者の記憶の中に呼び覚ましてみようと思う。生活においてみずからの自我はその生活環境の中で自己に与えられている。自己の生存の感情、自己の周囲の人間および事物に対する態度ならびに立場、それらは自己に一種の圧力をおよぼすか、あるいは自己に力と生存の喜びをもたらし、自己に要求を差し出し、かつ自己の生存の中にある場所を占める。かようにして、どの事物もどの人間も自己の生活連関から独自の力と色合いを受け取る。出生と死亡によって局限され、現実の重圧によって制限される生存の有限性は自己の中に、永続するもの、恒常なるもの、事物の重圧から解き放たれたものに対する憧憬をよびおこす。そして仰ぎ見る星が自己にとってかような冒すべからざる永遠なる世界の象徴となる。自己はみずからを取り巻くすべてのものの中にみずからが前に経験したことを追体験する。自己は黄昏の中で己れの足許にある静かな町を見おろす。家々につぎつぎとともされる灯火は自己にとって安全な平和の生活の表現である。自己自身の自我、自己の境遇、自己の周囲と人間と事物、それらの中にある生活の内容は、それらが生活上に有する価値を形づくる。それはそれらの作用によってそれらに附せられる価値とは異なるものである。そして創作文学がまず現わそうとするものは、これ以外の何物でもない。文学の対象は、認識する精神(知性)にとって存在するような現実ではなくて、生活関係の中に現われる自己自身および事物の状態である。何が抒情詩あるいは物語によって現わされるか、--そして何がそれらにとっては存在するものでないかが、そこから説明される。ところが、生活上のもろもろの価値は、生活そのものの連関にもとづく相互関係の中に立っていて、これらの関係が人間、事物、局面、事件にそれぞれの意味を与える。そこで詩人は意味の深いものに目を向ける。ところで、追想と生活経験とそれらの思想内容とが生活と価値と意義とのこの連関を類型的なものにまで高め、出来ごとがある普遍的なものの代表となり象徴となり、目的や財宝が理想にかわれば、そのとき表現されて来るのは、創作文学のかような一般的な内容においても、現実の認識ではなくて、生活の意味におけるわれわれの生存事情の関係のもっとも生き生きした経験である。そのほかには、詩的作品のいかなる理念も、また創作文学が実現すべきいかなる美的価値も存在しない。
 これが生活と創作文学との根本的関係で、詩の歴史的な形態はいずれもこれに依存する。
  ディルタイ(柴田治三郎訳)『体験と創作 (上)』(岩波文庫、1961年)。
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冒頭はディルタイの『体験と創作』のなかより「ゲーテと詩的想像力」の一節から。
学部生時代、ドイツ文学を学んだ居た際、必修科目の「ドイツ文学史I」の先生が、この本こそ、近代ドイツ文学の優れた文学史だと勧めてくれたのがディルタイの『体験と創作』です。そのときは、ドイツ文学を、いわゆるクロニクルな教科書的な読み物と違う側面から、内在的に把握できる優れた著作という印象をうけたが、実際読み返してみても秀逸な著作です。哲学的解釈学のいわば現代的な先駆者と評してよかろう、ディルタイの、すぐれた哲学的思索が、生の体験と詩的想像力の関係を原理的に示してくれます。

さて--。
すぐれた文学作品や詩を読む(詠む)と、不思議なことに、なぜか束縛ではなく、自由を感じるのは宇治家参去ひとりではあるまい。

おそらく、すぐれた文学作品には、生活における極度の内在と超越の契機が一度に含まれているからなのだと思う。超越の契機は、ディルタイのいう“詩的想像力”といってもよいかもしれない。

現実に超越を読みとる本物の力である。そしてその生の現実とは、生々しい人間の生活世界だけではない。美術作品や自然の雄大さに人間が対峙したときにも、それはひとつの生の現実である。

その意味で、かの、聖フランチェスコが感じとったような自然の雄大さも、人間の生活経験のひとつであろう。実存する個物としてはあくまでもこの世界に内在しつつ、その世界を別の視座から聖化するのが超越という契機である。

聖フランチェスコがその両眼でみたような--内在と超越を一瞬に両眼で見た契機が言葉に凝縮されるとすぐれた創作文学が誕生し、世の東西、古今を問わず、読み手の魂を共振させるのだと思う。

両の眼を明けて、世界を眺めるとよい。
両の眼を明けて、自然を謳うとよい。
そして両の眼をあけて、配偶者をみるとよい。

ひとは、ふだんの生活の中で、内在しか見ていない。
そして、超越を同時に見ていない。

両の眼を明けて、世界を見ていないからだ。
内在と超越を味わいなさい。

では、最後にゲーテの詩でもひとつ。

Zum Sehen geboren
          J.W.v. Goethe
Zum Sehen geboren,
Zum Schauen bestellt,
Dem Turme geschworen,
Gefällt mir die Welt.
Ich blick' in die Ferne,
Ich seh' in der Näh'
Den Mond und die Sterne,
Den Wald und das Reh.
So seh' ich in allen
Die ewige Zier,
Und wie mir's gefallen,
Gefall' ich auch mir.
Ihr Glücklichen Augen,
Was je ihr gesehen,
Es sei wie es wolle,
Es war doch so schön !

見るために生まれ〔塔守リュンコイスの歌〕
        ゲーテ
見るために生まれ
見るを勤めとし
塔の守りをしておれば
この世はまことにおもしろい。
遠くを眺め
近くを見
星を見 月を見
森を見 鹿を見る。
すると万物のうちに
永遠の飾りが見え
すべてがおれの気に入るごとく
おれ自信またおれの気に入る。
さいわいなる両の眼よ
おまえが見てきたものは
それが何にせよ
じつに美しくあった!
    --生野幸吉・檜山哲彦編『ドイツ名詩選』(岩波文庫、1993年)。

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著者:Wilhelm Dilthey,Rudolf A. Makkreel,Frithjof Rodi
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有限と無限の対峙、そして人の世界へ還っていく