【研究ノート】

【研究ノート】権力の断念 ティリッヒ「権力の問題」」、『ティリッヒ著作集』第一巻、白水社、1978年。

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時間がない、忙しいときの、考察不足を補う【覚え書】とか【研究ノート】で恐縮です。

ですが、実にちょいと忙しく、生活パターンも朝方へ切り替え途中のこともありご容赦のほどを……。

ということで、現代キリスト教神学者・ティリッヒ(Paul Johannes Tillich,1886-1965)の権力論からひとつ。

相関の神学、応答の神学ともよばれるティリッヒの発想は、この世のものがこの世のものにすぎない事態をつねにさらしつづけます。そのなかで、究極的なるものが顕わにされるわけですけれども、人間と切っても切り離すことの出来ない権力に関しても同じです。

革命家とか、メインラインに異議申し立てをなす政治屋に多い発言が「権力の廃棄」です。しかし「権力の廃棄」なんて不可能であり、革命家とか異議申し立てを為すもの自体が権力の走狗と化すのが実情です。

ですから、かかわりながら「断念」することが肝要なのかもしれません。

……ということで、細君の月に一度の日本酒配達便!ということで、今回は「手取川」((株)吉田酒造店・石川県)の『大吟醸 酒魂 吉田蔵』!!!

決して高い酒ではないのですが、「手取川」は決して価格に左右されない本物の味わいなんだよな……と思いつつ、肴がないので、北海道を代表する?スイーツ「よいとまけ」にて乾杯です。

なにげに、マッチングしております。

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 Ⅷ 権力の断念
 力とはそもそも「存在」であり権力とはそもそもが「社会的存在」であるならば、力の欠落は存在の解消、権力の欠落は社会的存在の解消ということになる。したがって力や権力を放棄することは、存在そのものの放棄になる。活発な精神の展開を、時間的にも空間的にも断念するような生とか、集団権力に参与することのない人間、また公然であれ非公然であれ、社会集団の緊張関係のなかで活動しようとしないような集団は、自らの存在を放棄しているのである。
 このような権力とか力の断念が可能なことも事実である。だがはたして、権力の断念が、いったい積極的な意味をもっているのか、それとも、強制によるのか断念によるのかわからないような、単なる投げやりな生的緊張の表現にすぎないのか、それが問題となってくる。積極的で第一義的な権力の断念とは、力に満ちたなかから生まれるのであって、困窮によるものではない。積極的な権力の断念は、無力のあらわれではなく、より高い力の表出なのである。何かそのような積極的可能性が存在するなら、それによって権力は新たな地平を獲得する。キリスト教や仏教のような宗教は、この種の地平、権力の断念の積極的意味を前提としてもっている。それらは原理の面で、権力とか力の領域を突き破るのである。つまりそこでは権力の断念は、力や権力の領域の超克であり、「超越すること」の性格を先取りにしている。ところが、それはひとたび権力の領域にふみいるや、再び生存のために自身を権力としなければならなくなる。こうして「権力を断念した権力」というパラドックスに満ちた、最高の現実構造がもたらされることになる。このパラドックスの可能性は、無言のうちに承認された権力が、同時に具体的、制約的内容をも超越するという点にかかるのである。
 あらゆる権力は、真実となるためにこの超越の契機を含んでいなければならないのである。つまりどんな権力も、権力を断念する契機をもたねばならないのであり、この契機によってこそ権力も活きるのである。存在とは自己超越のうえに築かれるからである。どんな権力にも含まれる権力の放棄ということは、いつの時代でも、権力の尊厳として表現されるが、むろん単なるイデオロギーとしてあるのではない。マルキシズムにおいては、プロレタリアートが、この経験をもち、未来の人間を完全に担うものとして、客観的な聖なる内容、すなわち「天職」をもっており、この力によって、彼らは権力闘争の勝利者になれるのである。しかし権力尊厳性は同時に批判的規範でもあり、いかなる時代でも、批判的規範であるからこそ尊厳的なのである。このような規範は、権力機構の地平を突破した存在を常に試行すると同一視できる。(法律的な意味ではなく預言者的な)正義、(キリスト教では、経験体概念というより、むしろ希望の概念である)愛、(抑圧体制の廃止がパトスとなる)階級なき社会、(インドの世界観のように権力秩序を超越した)一切の存在者との合一。これらの緒規範は機械的に操作されるものではなく、常に新しく権力との対峙のなかで告知されねばならないことは疑いない。それらの規範はただ権力との対峙によって具体化され、また時代時代の社会情勢の問題で満ちるとともに、越え出てもいるのである。
 権力を断念することは、人間にだけ許された事柄である。他の動物は、自分の生の発展過程に拘束されている。つまり、自己の置かれた環境内でしか、自分の力をふるうことができない。では人間集団が権力を断念することができるのだろうか。原理的にはこう答えることが可能である。権力の断念というパラドックスの形式によってのみ、集団は権力を握るということが自由な決断のもとで認識できれば、それは可能だと。この認識をもつ集団は、本質的な意味での「教会」、つまり権力の断念を表明する超越的規範で規定された集団なのである。教会とは、もし本質どおりであるなら、社会と存在一般の権力構造を根本的に克服する場のことである。教会は、権力の存在論を可視的にも突き破るものなのである。
   ティリッヒ(古屋安雄・栗林輝夫訳) 「権力の問題」、『ティリッヒ著作集』第一巻、白水社、1978年。

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【研究ノート】ヴェイユ「純粋さとは、汚れをじっと見つめうる力である」

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ちょいとつかれて、入力はできたものの、発酵させている途中でダウンしそうになったのですが、そのまま放置するのももったいないので、そのまま載せておきます。

例の如く、今日も壁パンチを職場でくり出す毎日ですが、こうしたときに染みわたるのがユダヤ系のフランス人哲学者・シモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil,1909-1943)の言葉です。

そのうちヴェイユの「恩寵論」をめぐって一本論文をまとめたいとおもっているのでチマチマと読んでおりますが、これが染みこんできます。

なんといえばいいのでしょうか。

ヴェイユは「がんばれ」とはいいません。

「がんばれ」ということばほど、実はムズカシイ言葉はないのだろうと思われて他なりません。

ですからヴェイユ自身は、感情とか感傷だけでなく、肉体と精神の両方をもって同苦した生涯を歩むのですが、その言葉の煌めきのひとつひとつが重く染みわたる次第です。

同苦と表現しましたが、精確には自己肯定即の自己無化といったほうが精確かもしれません。状況を把握した上での丹念なすりへらしといったところでしょうか。

ヴェイユの師は『幸福論』で有名なアラン(Emile-Auguste Chartier,1868-1951)なのですが、同じ対象を目指すにしてもアプローチが全く異なります。

しかし、仰ぎ見ている方向性は同じようにおもわれ……この辺を丁寧に追求していきたいところなのですが……。

ヴェイユによるとまさにすべての意味で人間は、物質における重力の法則とおなじような法則に「支配」されているのがその実情です。たえず、地面に叩きつけられざるを得ません。

そしてそれに逆らおうとすればするほど、大きく叩きつけられてしまうわけですが、そこを突破するのが、恩寵(Gratia)ということですが、この恩寵とは、自力でも他力でもないその限界を突破した宗教的閃きなのかもしれません。

ヴェイユ自身は、アッシジの聖フランチェスコ(Giovanni di Bernardone,1181?-1226)に私淑しており、盟友のすすめでカトリックの信仰に接近しましたが、ついぞ受洗しないままその生涯を終えました。

そのへんもふまえながら考える必要がありそうなのですが……いかんせん、あたまにきすぎることがおおく、考える余力がありませんので……このへんでいっぺえやって沈没します。

今日は、「小樽ハイボール」(北海道札幌麦酒(株))を手に入れたのですが、「レモネード」と「ラムネ」……、さて、どちらからやりましょうか。

「注意と意志」が要求されているようです。

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 注意と意志

 新奇な事柄を理解しなくてもよい。だが、忍耐と努力と順序をつくし、自分のすべてを注ぎこんで、明白な真理の理解に達しようとつとめること。
    *
 信仰の諸段階。いちばん平凡な真理でも、たましい全体にしみこんで行くとき、啓示に似たものとなる。
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 意志によらず、注意によって、かずかずの罪過のつぐないをしようと試みること。
 意志というのは、手近にあるものを移動させたいという気持ちを外に表した、いくつかの筋肉のちょっとした運動だけにしか力を及ぼすことができないのだ。わたしは、片手を机の上にべたっとつけてみたいと思うことはできる。こういったたぐいの仕ぐさに、清い心だとか、霊感だとか、思考の真実さだとかが、どうしても関連してくるとすれば、こういう仕ぐさも意志の対象となりうるだろう。だが、そういう事実は全然ないわけだから、結局は、こんなふうにしたいものだとひたすらにねがうよりほかない。ひたすらにこのことをねがうというのは、わたしたちが天に父をもつと信じることである。でなければ、そんなふうにねがい求めるのは、もうやめにするかである。これ以上不快なことがあるだろうか。心の中の切なるねがいだけが、この場にふさわしいのである。それは、当面の事柄になんの関係もない筋肉を緊張させずにすむからである。徳を行うために、詩を作るために、ある問題をとくために筋肉を緊張させたり、歯をくいしばったりするほどおろかなことがあるだろうか。注意というのは、こういうこととは全然別なことではないだろうか。
 傲慢というのは、こういう緊張のことである。傲慢な者には(二重の意味で)優雅さ(グラアス)(または恩寵)が欠けているのだ。それは、誤りの結果である。
 注意は、もっとも高度な段階では、祈りと同じものである。そのためには、信仰と愛があらかじめ必要である。
    *
 完全にどんな夾雑物もない注意が、祈りである。
    *
 知性を善の方向へ向けていると、少しずつではあるがたましい全体が思わず知らず善の方へ引きつけられて行かずにはすまない。
    *
 極度に張りつめた注意こそ、人間において創造的な能力をつくりあげて行くものである。そして、極度の注意は、宗教的なもの以外には存在しない。ひとつの時代の創造的霊感の総量は、その時代における極度の注意の総量、すなわち真正な宗教の総量と厳密に比例している。
    *
 よくない求め方。ひとつの問題に注意をしばりつけてしまうこと。これも、真空嫌悪の一現象である。人は、自分の努力がむだに終わってしまうことを望まない。狩猟において獲物にしつこくつきまとうこと。見つけることを望んではならない。度のすぎた献身の場合のように、努力の目標でもあるものに、自分が従属してしまうことになる。外にあらわれた報いも必要であって、ときとして偶然に与えられることもあるが、真実をゆがめてでも、そういう報いを手にしたいと待ち受けているのが実状だ。
 ただ、どんな欲望もともなわぬ(ひとつの目的にしばられていない)努力だけが、まちがいなく報いを隠しもっている。
 自分の追求している目的の前で後退すること。遠回りすることだけが、効果をあげる。まず最初に後退しなかったならば、なにもなにもなしとげられない。
 ぶどうの房を引っぱったりすれば、ぶどうの粒はみな地面に落っこちてしまう。
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 求めている目的とは反対の結果を生むような努力がある(例、いらいらのこうした信心家の女、えせの禁欲、ある種の献身的行為など)。他方、首尾よく目的にたどりつけなくても、つねに有用な努力もある。
 どうして、その見分けをしたものか。
 おそらく、先の努力には、自分の内部の悲惨さを認めぬということ(それも、ごまかしなのだが)がともなっているのだろう。あとの方の努力には、あるがままの自分の状態と、自分の愛するものとのあいだのへだたりにたえず注意を集中しているということがともなっているのであろう。
    *
 愛によって、神々や人々はいろんなことを教わるのである。学びたいとの願望がなければ、だれも学ぶことはできないのだからである。真理は、真理だからというので求められるのではなく、善であるから求められるのである。
 注意は、そういう願望とつながっている。意志とではなく、願望と。でなければ、もっと正確に言うなら、同意と。
    *
 人は、自分の内部で、エネルギーを解き放つ。だが、そのエネルギーはいつも、またしばりつけられてしまう。どうしたら、それをすっかり解き放つことができるだろうか。わたしたちの内部で、このことが行われるようにとねがい求めなければならない。ほんとうにねがい求めなければならない。ただ、ねがい求めるだけにとどめて、それを自分で果たそうとたくらまないこと。なぜなら、こういう方向でたくらみはすべて、むなしく、また高くつくからである。この種の行いにおいては、わたしが<わたし>と呼ぶものすべて、受身とならなければならない。ただ注意のみ、この<わたし>が消えてしまうほどに張りつめた注意のみが、わたしには要求されているのだ。わたしのいわゆる<わたし>全体から、注意の光をとりあげてきて、想像もおよばぬものの方へとその光をさしむけて行くこと。
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 ひとつの思念を決定的に追い払ってしまう能力は、永遠へといたる門である。一瞬間の中の永遠。
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 さまざまな誘惑に面しては、誘惑する者が話しかけてきても返事をせず、きこえないふりをよそおう貞淑な女性を模範にすること。
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 わたしたちは、善にも悪にも分けへだてをしないようにしなければならない。だが、分けへだてをしないならば、すなわち、どちらの方にもひとしく注意の光をそそぎかけるならば、善の方がおのずと勝ちまさってくる。それこそが、なくてはならぬ恩寵である。また、善の定義であり、基準である。
 神の霊感は、そこから注意をそらさず、自分から拒んだりしなければ、まちがいなく、どうしようもなく働きかけてくるものである。そうなるようにと、とくに選ばなくてもよい。それが存在すると認めるものを拒まなければたりる。
    *
 愛をこめて注意を神の方へと(あるいは、もう少し下の段階では、すべての真に美しいものの方へと)向けるならば、いくつかのことが不可能になる。それは、たましいの中での祈りが、能動的に働きかけないで、おのずと果たすわざである。ある種の行動は、なすがままにしておくと、こういう注意をくもらせるかもしれないのだが、逆に、この注意によって動き出すことが不可能にもなる。
    *
 たましいの中に永遠性の一点をもつことができたら、あとはただそれを大事に守りとおすほかは何もすることはないのだ。それは種子のように、自分で大きくなって行くことだろう。そのまわりを武装した番兵に身じろぎもせずにとりかこませ、数だとか、一定普遍の正確な相互関係だとかについて瞑想をこらすことによってこれを養い育てて行かねばならない。
 からだの中にある不変なものをじっと注視つづけることによって、たましいの中の不変なものを養い育てることができる。
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 ものを書くのは、赤ん坊を産むようなものだ。これが限度と思えるような努力をふりしぼらずにはいられない。だが、行動するときも同じである。さいごの努力をつくしていないのではないかとおそれるにはあたらない。ただ、自分をあざむかないこと、注意をこらすことだけが、なされているならば。
    *
 詩人は、真に実在するものにじっと注意をそそぐことによって、美を生み出す。人の愛するという行為も、同じである。今そこに、飢えかわいているその人がわたしと同じように真に存在するものだと知ること--それだけで十分である。残りのことは自然につづいて起こってくる。
 あるひとりの人間の活動の中に、真、善、美といった真正で純粋な価値が生じてくるのは、いつの場合にも同じ一つの行為を通じてである。対象にまったく完全に注意をそそぐといった行為を通じてである。
 教育の目的は、注意力の訓練によってこういった行為ができる準備をととのえてやることにつきるといっていい。
 このほかにも教育にはいろいろと有益な点があるが、いずれもり上げるに足らない。
    *
 学問研究と信仰。祈りとは純粋な状態での注意にほかならず、学問研究は、注意力の訓練といってよいものだから、学校での勉強はどれもみな、霊的生活の一部分でなくてはならない。それには方法が必要である。ラテン語の訳をするについても、幾何学の一問題をとくについても、ある一定のやり方を守るのが(どんなやり方でもよいというものではない)、注意力をいっそう祈りにふさわしいものにするのに適した訓練となるのである。
    *
 比喩や象徴などを理解する方法。それらを解釈しようとくわだてないこと。光が溢れ出てくるまで、じっと見つめつづけること。
 一般的に、知性を訓練する方法は、見つめることである。
 実在するものと幻想上のものとを見分けるために、この方法を用いること。感覚による認識の場合に、自分の見ているものに確信がもてないならば、目を離さずに自分の場syをかえてみると、実在があらわれてくる。内面生活においては、時間が空間のかわりをする。時間がたつにつれて、人は変化するが、さまざまと変化する中にも、同じ一つのものにじっと目を向けつづけているならば、ついには、幻想は消え去り、実在があらわれてくる。その条件としては、注意が執着になってはならず、ただ見つめるということでなくてはならない。
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 どうしてもある義務を果たさねばならぬという意志と、よこしまな欲望とのあいだにせめぎあいが起こるとき、善のためにそそがれているエネルギーが使い果たされてしまう。自分の悲惨さを味わい知らされて苦しむときのように、欲望の手ひどい攻撃をも受身で耐え忍ばなければならない。そして、じっと注意を善の方へと向けたままでいなければならない。そうすると、エネルギーの質が次第に高まってくる。
 欲望が時間の中で何を目ざして行けばいいのかわからなくさせて、そのエネルギーを奪いとること。
 わたしたちの欲望は、その言いなりにまかせていたらあそれこそ限りがないが、それを生じさせるエネルギーの点では限りがある。だから、恩寵の助けを借りて、欲望を抑えつけ、消耗させて行って、ついにはほろぼすこともできる。このことがはっきりと理解できたときから、事実上欲望を屈服させたことになる。ただし、いつも注意をこの真理に向けて離さずにいるならば。
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 「わたしは、さらによいものを見て(ヴィデオ・メリオーラ)……」こういう状態においては、善のことを考えてるふうにみえ、ある意味では事実考えてもいるのだが、その可能性については考えていないのである。
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 人が矛盾というペンチでつかみとる真空が、高いところの真空であることは確かである。なぜなら、知性とか、意志とか、愛とかの生まれながらの能力をさらにとぎすませばとぎすますほど、その真空はよくつかめるからである。低いところの真空は、生まれながらのこういう能力を萎縮させておけば、落ちこんで行くような真空なのである。
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 超越的なものを体験すること。そんなことは矛盾だと思える。しかしながら、超越的なものは、触れあうことによってしか知られないものなのだ。わたしたちが自分の能力でこしらえ上げられるようなものではないのだから。
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 孤独。孤独の価値は、いったいどういうところにあるのか。単なる物質(空、星、月、花の咲いた木などにしても、みんなそうだ)、人間の精神よりは(おそらく)価値の低いものばかりを前にたたずんでいるにすぎないというのに。その価値は、注意力をはたらかせる可能性が、いっそう多いという点にある。ひとりの人間を前にしても、これと同じ程度に、注意力をはたらかせることができたらよいのだが……
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 わたしたちは、神についてはただ一つのことしか知ることができない。それは、神が、わたしたちではないものだということである。ただわたしたちの悲惨が、神を映す影である。わたしたちは、自分たちの悲惨をじっと見つめれば見つめるほど、神を見つめていることになる。
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 罪とは、人間の悲惨を知らずにいるということにほかならない。それは、意識されていない悲惨であり、その点で、罪がある。キリストの生涯とは、人間の悲惨がとり去ることのできぬものであること、まったく罪なき人においての、罪ある者と同様に、その悲惨さがここまで深刻であることを実際に示してみせた証拠である。ただ、キリストにおいて、その悲惨さには光があたっていたのであるが……
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 人間の悲惨は、富める者や権力ある者には知ることがむずかしい。なぜなら、そういう者は、自分が重要な存在であると、まずはどうしても信じずにいられない傾きがあるからである。このことはまた、惨めな者にとっても同じようにむずかしい。なぜなら、惨めな者は、富める者や権力ある者が重要な存在であると、まずはどうしても信じずにいられない傾きがあるからである。
    *
 死にいたる罪となるのは、おかした過失そのものではない。どんなものであれ、過失がおかされたときに、たましいの中にある光の度合によって、死にいたる罪となるかどうかがきまる。
    *
 純粋さとは、汚れをじっと見つめうる力である。
    *
 極限の純粋さは、純粋なものも、不純なものをもじっと注視することができる。不純は、そのどちらもができない。純粋さは、かれ(人間)をおそれさせ、不純は、かれを呑みこむ。かれには、このふたつを混ぜあわせたものが必要である。
    --シモーヌ・ヴェイユ(田辺保訳)「注意と意志」、『重力と恩寵 シモーヌ・ヴェイユ「カイエ」抄』ちくま学芸文庫、1995年。

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重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄 (ちくま学芸文庫) Book 重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄 (ちくま学芸文庫)

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【研究ノート】人間より以上に神に従おうとし、国家社会主義によって布告された掟とはちがった掟に従う

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時間が無く考える暇もなく、脳死状態のようですので、【研究ノート】ということでお茶を濁しておきます。

ドイツを代表する歴史家マイネッケ()の著作をひとしきりめくっていたのですが、ちょうどドイツにおける教会闘争……すなわちトータル支配を目論むナチズムに対する福音主義教会の闘争……の部分を読みながら、ひとつ考えておかねばならない点を確認したい次第です。

常に日頃申しておりますとおり、最も人間が警戒しなければならない問題とは、人間の神化ではなかろうかと思います。

人間は全能の神とアナロギアするならば、その可能性の無限大性から、まさに全能というべき存在であると想定することはできます。
しかし、人間とはその一方で、死ぬべき存在であり、朽ちてゆくべき存在としては有限存在にほかなりません。

これをユダヤ=キリスト教的世界観においては「原罪」としての人間、そして仏教的世界観においては「凡夫」として定義されてきたわけですが、その自覚の問題をわすれてはならないということなのでしょう。

有限性の自覚が契機とならないかぎり、人間の可能性の無限大性は発動しないのだと思います。

人間の可能性の無限大性にハナから依拠してしまうことほど恐ろしいことはないのでしょう。
可能性の無限大性とは導き出されるエトヴァスであり、根拠ではありません。

そこに根拠をおき、ひらきなおってしまうと、人間を神として定置し、人間を人間として扱わない軽挙妄動がじわりじわりと出てくるのでしょう。

超越的な倫理が必要だ!

……とは申しません。

ただしかし、どこかで自分自身を相対化させる視座を失ってしまうことほど恐ろしいことはありません。

とくになんでもかんでも「のみこんでしまう」東洋的エートスにおいては、無限大性に根拠をおく「開きなおり」という発想・あり方がとめどもなく噴出してしまう可能性を大にひめております。

警戒しないといけないな……などと思う常日頃です。

……ということで、ハイネケンはやはりうまく、疲れをいやして、脳髄にビールの鮮烈さを染みこませて寝ます。

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 しかし、ヒトラーのキリスト教にたいするもっとも深い憎悪は、なんといっても、それとは別の点に向けられていたように、われわれには思われるのである。キリスト教のなかに生きている、神にだけ責任を負う独立の良心という理念、人間より以上に神に従おうとし、国家社会主義によって布告された掟とはちがった掟に従う、この世のものでない神のみ国を認めようとする要求、これらのものこそ、内外の生活の全体主義的画一化にたいする抵抗のもっとも深い泉がキリスト教のなかにさらさら音をたてて流れているという正しい認識に、ヒトラーを導いたのであった。
 そのさいかれは、キリスト教の教義についてニーメラー牧師と争うつもりは、すこしもなかった。ヒトラーの意見によれば、キリスト教の教義は、かれをそこなうことなしに、しずかに広く伝えられることが可能であった。しかしヒトラーは、良心が自主的に宗教的な審査を行う権利や、良心の圧迫にたいする反抗を、かつての潜水艦長であったこの勇敢な牧師に許そうとはしなかった。ニーメラー自身は、最初はヒトラーに希望をつないでいた。しかし、ヒトラーのなかの非キリスト教的、反キリスト教的な特徴をとつぜんあらわれるやいなや、かれの良心の義務もまたそれまでの幻想をつきやぶり、かれは抗議の説教者となり、そのダーレムへの説教壇へ、人々は全ベルリンから群れをなしてやってきた。そのためにやがてヒトラーは、一九三七年の秋からかれ自身の権力の終わりまで、ニーメラーをダハウの牢獄にとじこめたのである。
 ニーメラーはしかし、それと知らずに、たんなるかれの教会の信仰をはるかにこえたものを、代表したのであった。二千年にわたるキリスト教的な西洋の過去全体が、かれにおいて立ち上がり、この過去の強奪者に、次のように呼びかけたのであった。自分の国はこの世のものではない。おまえが建てようとする国はしかし悪魔の国だ、と神様は仰せられる、と。
 われわれは、ヒトラーに反抗したこの過去のキリスト教的性格を、まったく広い意味でとらえなければならない。自由主義やデモクラシー、その他ヒトラーが熱烈に憎んだすべてのものは、正しく理解すれば、これまたキリスト教的性格の一部をなすものだったのであり、キリスト教の地盤のうえでのみ、漸進的な成層化と世俗化を通して、歴史的に発展することができたのである。一七八九年の人権ならびに市民権の宣言は、すでに明示されているように、良心の自由にもとづく自然権のうちに、宗教的-キリスト教的な根をもっていたのであり、ロード・アイランド州(アメリカ合衆国)の民主的な清教徒たちは、この自然権をかれらの憲法の基礎に置いていたのである。
 キリスト教的-西洋的な世界の内部で、一方の積極的に信仰するキリスト教と、他方におけるあの成層化と世俗化のあいだには、従来、不和と闘争がみちみちていた。人道主義的なフリーメイスン団の会員たちとカトリック教会とのあいだの深淵は、なんと深いものにみえたことであろう。ところが、いっけん不倶戴天の敵と思われたこれらのものは、一つの新しい異教の興隆にたいして、同時にまた、一つの新しい、だがこれまでのものとはまったくちがった性質の世俗化--われわれはこれをいまこのように表現してもよいだろ--にたいして、とつぜん同一の闘争ならびに防御の戦線を形づくったのである。
 なぜなら、この新しい異教においては、在来の世俗化を教義的キリスト教に結びつけていた最後のきずなが、断ち切れていたからである。すなわち、人間の良心を神の永遠の命令の、なかんずく隣人愛という倫理的命令の布告者であると認めることは、なくなっていたからである。そしてこの隣人愛とは、つまりまた、われわれにめぐり会うどんな人のなかにも、その人がまったくの異種族に属していようとも、人間的尊厳を認めることを意味していたのである。したがってまた、民族や種族のあいだの闘争にも、倫理的な制限がついていたのである!
 この制限は、もちろん歴史の実際のなかでは、われわれがせまい意味であるいは広い意味でキリスト教的な西洋の末流とみなす人々によっても、しばしば存分にふみにじられた。しかしそれにもかかわらず、諸民族のなかにはつねに良心の針が存し続けたのであって、暴行ののちには、ふつう、倫理的な根本命令にたいするなんらかの再反省が行われた。人々は、この根本命令を原則的に廃棄しようとはしなかったのである。
 ヒトラーとその一味のものは、このことをあえてした。もっとも、まさか全面的にそうしたわけではなかった。なぜなら、もしそんなことをしたら、無秩序と混乱にいたったであろうから。それゆえやはり、隣人愛同様のあるものを通じて、部分的にはけっして効果がなくはないいろいろな事柄が、「民族の幸福」のために行われた。けれども、民族的利己主義はこれらの善行を原則的に自民族のうえにかぎり、また自民族の内部でも、国民社会主義の指導に反対せず、政治的に危険のないように思われた若干の人々だけに局限した。他のすべてのもの、なかんずく憎むべきユダヤ人にたいしては、倫理的制限も、人権や人間的尊厳の承認も、もはや存在しなかった。ヒトラー一派はこのことを公然とは述べなかったし、また戦術的な理由からまったく態度を変えることも、おうおうあった。しかし強制収容所のガス室のなかで、ついに、キリスト教的-西洋的な文化と人間性の最後の息は絶えてしまったのである。
 新しく築かれた第三帝国は、暴力的な良心の圧迫を始めたが、この圧迫は、無数の運河を通ってドイツ民族内のあらゆる個人の生活に流れよせるか、さもなければ、かすかに絶え間なくしのびよった。われわれはこの圧迫のなかに、第三帝国のやり方のうちでもっともひどくかつ有害なものをみるとともに、第三帝国に固有の原罪をみるのである。なぜなら、この良心にたいする圧迫は、他の場合に傲慢な宗教や、時には傲慢な輿論さえもが人々に加えることのできる圧迫とはちがった、それよりもいっそうくだらぬものだったからである。
    --マイネッケ(矢田俊隆訳)『ドイツの悲劇』中公文庫、1974年。

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【研究ノート】今日の倫理学の殆どすべてにおいて置き忘れられた二つの最も著しいものは、幸福と成功というものである

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典型的でした。

「おれは勝ち組だからなッ!」

しかし、それは自分でいっちゃダメでしょう……危うくひとりつっこみが声という音としてはっせられしまいそうになりましたが、のみこんで応対です。

市井の職場にて、いわゆる「責任者だせやッ!」ってパターンで、呼ばれて応対すると、クレジットカードのオンライン決算がとおらないとのことで、「なんなんだ」とのご様子。カードに不備(破損)があるわけでなく、機械的に問題もないのですが、エラーではじかれるとのことで、電話で承認をとって手書き対応……。

理由は不明なのですが、おそらく回線上の問題なのでしょうが……たまにあります。たまにあるとだいたい、現金決算で案件クローズというやつですが、「なんでおめえ理由わからねえんだよ」ってことですが、カード会社でもわからず、こちらも平謝り?です。

時間がかかったことにご立腹なようでした。

リミテッドのプラチナカードを使っていたからなんでしょう……「おれは勝ち組だからなッ! おめえらと違うんだよ、ボケっ」……とのことだそうですが、マア人間とは同一人物がふたりとこの世に存在するわけではない、還元不可能な差異が無限にひろがるわけですので、「おめえら」と「わたし」は「違う」ということは倫理学徒として重々理解しておりますし、ぎゃくに「おまえ、おれと一緒だよな」とされてしまうことには激しく抵抗してしまうのが人情ですが……。

ぼちぼち桜も花びらを解き放ちはじめましたが、その桜であっても木とか種類によって、開花のペースがちがうんだよな~などと出勤時、桜の花びらを愛でつつ、還元不可能な差異を実感しておりましたが……

それでもなお、「おれは勝ち組だからなッ!」

……そいつぁア、自分でいっちゃだめでしょう……マジで危うくひとりつっこみしてしまいそうになるある日の夕暮れです。

とわいえ、ここにも考えるヒントが存在するのが人間世界の面白いところです。

こちらの不手際?でご迷惑をお掛け申しあげた今回の御仁、たしかにご迷惑をおかけして恐縮なのですが、そのことばすなわち「勝ち組」(それと対語になる「負け組」)に注目すると、現代の社会において、第一の尊ばれる価値とは何かと問うた場合、それはまさに「成功」というキーワードになるのだろうと思います。

そして踏み込んで表現するならば、成功=幸福であるとする大いなる誤解がこの世で深く流通しているという事実なのでしょう。

たしかに失敗するよりも成功した方がいいし、負けるよりも勝った方がいい。

しかし、それだけでもないんですよね。

ふり返ってみると、面白いことに、倫理学の対象として「幸福」が話題になることがあったとしても……“あったとしても”というよりもむしろ主要な考察対象になりますが……、「成功」そのものが深く省察されたことはほとんどありません。

そしてその流れを辿ってみると、20世紀あたりから、倫理学の主要な対象として「幸福」が論じられることが稀薄になっていったのに対して、著しく力をつけたのが、「成功」という概念です。

しかし、倫理学の議論においては「成功」は論じられたことがほとんどありません。その意味では、幸福=成功ではないのでしょう。

これはなにも「負け組」の一員である人間の「引かれ者小唄」的なルサンチマンではありません。

金もないよりはあったほうがいいし、病んでいるよりも健康であった方がいい。しかし、まさに「それだけでもない」というのが人情なのでしょう。そして人情というならば、苦労してそこから学ぶ、というよりも、中途を省いて一挙に成功するのが労少なくて「アリガタイ」とおもうのもそうですが、それでもなお、「それだけでもない」んですよね。

その意味では、下の引用した戦前日本を代表する知識人・三木清(1897-1945)の文章に学ぶことは大いにあると思います。ちなみに三木清の文章はわたくしぐらいの世代ですとわたくしから見て祖父・父母ぐらいの世代ではよく読まれたようですが今ではどうでしょうか?

ということで、課題がふたつ。

1.退潮傾向にある「幸福論」をもういちど徹底的に吟味すること。幸福感も大切ですが幸福観の探究の必要性と深化。

2.成功とは何か、幸福との関係をめぐって思想史的に位置づけることの必要性。

……なにやらレポート課題に相応しいような議案になってしまいましたが、倫理学を教授するなかで、一つ念頭におきながら自己自身の探究をふかめていかなければならないヨなということで、よなよなビールで締めて今日は寝ましょう。

しかし、実に、温かくなるといろいろなひとがでてきます。

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 成功について
 今日の倫理学の殆どすべてにおいて置き忘れられた二つの最も著しいものは、幸福と成功というものである。しかもそれは相反する意味においてそのようになっているのである。即ち幸福はもはや現代的なものでない故に。そして成功はあまりに現代的なものである故に。
 古代人や中世的人間のモラルのうちには、我々の意味における成功というものは何処にも存しないように思う。彼等のモラルの中心は幸福であったのに反して、現代人のそれは成功であるといってよいであろう。成功するということがひとびとの主な問題となるようになったとき、幸福というものはもはやひとびとの深い関心ではなくなった。

 成功のモラルが近代に特徴的なものであることは、進歩の概念が近代に特徴的なものであるのに似ているであろう。実は両者の間に密接な関係があるのである。近代啓蒙主義の倫理における幸福論は幸福のモラルから成功のモラルへの推移を可能にした。成功というものは進歩の観念と同じく、直線的な向上として考えられる。しかるに幸福には、本来、進歩というものはない。

 中庸は一つの主要な徳であるのみでなく、むしろあらゆる徳の根本的な形であると考えられてきた。この観点を破ったところに成功のモラルの近代的な新しさがある。

 成功のモラルはおよそ非宗教的なものであり、近代の非宗教的な精神に相応している。
 成功と幸福とを、不成功と不幸と同一視するようになって以来、人間は真の幸福が何であるかを理解し得なくなった。自分の不幸を不成功として考えている人間こそ、まことに憐れむべきである。

 他人の幸福を嫉妬する者は、幸福を成功と同じに見ている場合が多い。幸福は各人のもの、人格的な、性質的なものであるが、成功は一般的なもの、量的に考えられ得るものである。だから成功は、その本性上、他人の嫉妬を伴い易い。

 幸福が存在に関わるのに反して、成功は過程に関わっている。だから、他人からは彼の成功と見られることに対して、自分では自分に関わりのないことであるかのように無関心でいる人間がある。かような人間は二重に他人から嫉妬されるおそれがあろう。

 Streber--このドイツ語で最も適切に表わされる種類の成功種主義者こそ、俗物中の俗物である。他の種類の俗物は時として気紛れに俗物であることをやめる。しかるにこの努力家型の成功主義者は、決して軌道をはずすことがない故に、それだけ俗物として完全である。
 シュトレーバーというのは、生きることがそもそも冒険であるという形而上学的真理を如何なる場合にも理解することのない人間である。想像力の欠乏こそがこの努力家型を特徴附けている。

 成功も人生に本質的な冒険に属するということを理解するとき、成功主義は意味をなさなくなるであろう。成功を冒険の見地から理解するか、冒険を成功の見地から理解するかは、本質的に違ったことである。成功主義は後の場合でえあり、そこには真の冒険はない。人生は賭けであるという言葉ほど勝手に理解されているものはない。

 一種のスポーツとして成功を追求する者は健全である。

 純粋な幸福は各人においてオリジナルなものである。しかし成功はそうではない。エピゴーネントゥム(追随者風)は多くの場合成功主義と結び附いている。

 近代の成功主義者は型としては明瞭であるが個性がない。
 古代においては、個人意識は発達していなかったが、それだけに型的な人間が個性的であるということがあった。個人意識の発達した現代においては却って、型的な人間は量的な平均的な人間であって個性的でないということが生じた。現代文化の悲劇、或いはむしろ喜劇は、型と個性の分離にある。そこに個性としては型的な強さがなく、型としては個性的な鮮かさのない人間が出来たのである。

 成功のモラルはオプティミズムに支えられている。それが人生に対する意義は主としてこのオプティミズムの意義である。オプティミズムの根柢には合理主義或いは主知主義がなければならぬ。しかるにオプティミズムがこの方向に洗煉された場合、なお何等か成功主義というものが残り得るであろうか。
 成功主義者が非合理主義者である場合、彼は恐るべきである。

 近代的な冒険心と、合理主義と、オプティミズムと、進歩の観念との混合から生まれた最高のものは企業家的精神である。古代の人間理想が賢者であり、中世のそれが聖者であったように、近代のそれは企業家であるといい得るであろう。少なくともそのように考えられるべき多くの理由がある。しかるにそれが一般にはそのように純粋に把握されなかったのは近代の拝金主義の結果である。

 もしひとがいくらかの権力を持っているとしたら、成功主義者ほど御し易いものはないであろう。部下を御していく手近かな道は、彼等に立身出世のイデオロギーを吹き込むことである。

 私はニーチェのモラルの根本が成功主義に対する極端な反感にあったことを知るのである。
    --三木清「成功について」、『人生論ノート』新潮文庫、昭和六十年。

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【研究ノート】遠藤周作「日本人の宗教ってなに?」、『変わるものと変わらぬもの』文春文庫、1993年。

01_img_0498 悩み、考え抜く力が喪失してくるとつい【覚え書】とか【研究ノート】でお茶を濁す宇治家参去です。

ことしの花粉症はひどく、鼻喉だけでなく、目までやられてしまうのが難点で、思考停止とはこのことをいうのかもしれません。

市井の職場のバイトくんからも、

「宇治家参去さん、薬飲むとか治療した方がいいッスよ」

……といわれるわけですが、

「おめえ、俺の薬は知っているだろう!」

……と切り返すと、

「マジで、酒ッスか?」

……と漫談になってしまいます。

さて、ここ1週間ほど、遠藤周作(1923-1996)の著作を再度読み直しておりますが、小説だけでなくそのエッセーも秀逸です。

周知の通り、遠藤周作は、旧制中学の頃、ローマ・カトリックの洗礼を受けております。
日本の文芸関係の知識人は、キリスト教との接点が多いわけですが、実は、死ぬまでその信仰を維持できた人は僅かです。

ですから、俗にそうした状況を揶揄して「卒業クリスチャン」(武田清子)という表現がありますが……キリスト教に触れて、やがてキリスト教から離れていくという状況を「卒業」との表現ですが……そういうひとびとと比べてみた場合、遠藤周作は「卒業クリスチャン」という歩みをせず、死ぬまで信仰を大切にした希少な知識人のひとりであると評価することができます。

しかし、『沈黙』などにみられるように、キリスト教信仰の問題は遠藤周作にとって大きな問題であり、葛藤であり、省察対象であったわけで、その問題とは何かといった場合、それは「日本人でありながらキリスト教徒であるという矛盾」であったといってよいでしょう。

遠藤自身は晩年次のようにかたっておりますが、すなわち自分自身の創作活動とは「だぶだぶの洋服を和服に仕立て直す作業」なのだということですが、このことはは、当該宗教が文化的土壌の全く異なった地域でいかに文化内開花していくのかという極めて神学的・哲学的問題あり、それはひとりキリスト教に限られた問題ではありません。

遠藤の文章を読んでおりますと、その部分を考えるヒントを垣間見ることができますが、やはりそれはそれとして、遠藤自身が痛感しているのは、日本社会における宗教に対する歪な精神構造への違和感なのだと思います。

だからこそ、それとひとつものとなった「だぶだぶの洋服を和服に仕立て直す作業」が必要になってくるのですが、それは日本社会への「迎合」ではなく、おそらく「地の塩」として批判的に関わっていく漸進主義的改革のアプローチなのだとおもうところです。

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 「正月は?」
 とたずねると、若い人たちはハワイに行きます、とか、ロスに出かけてきます、などと元気よく答える。
 夢みたいな話だ。ひと昔前の日本人には日本を離れて外国に行くなど生涯そう滅多にあることではなかった。昭和二十五年、私が留学する時は先輩、友人たちが何度も何度も壮行会をやってくれ、大挙して横浜港まで見送りにきてくれたものだ。
 それが今は若い連中はまるで隣町にでも出かけるように、正月は「ハワイに行ってきます」「ロスに出かけます」と言う。
 口惜しいから、こっちはイヤみがましいことを横むいてつぶやく。
 「そう手軽に外国に出かけられるようになると、世界は狭くなり、未知の国を知る、夢も悦びもなくなるだろうね。君たち寂しい人生だなァ」
 こっちは年寄り。グアムの白浜で若者たちにまじって遊んでも一向に面白くないし、
 「正月は?」
 とたずねると、
 「いや寝正月ですワ」
 若い人たちとまったく違う、情けないお答えだ。
 一年間の、ラッシュ通勤、会社での気苦労、家庭でのゴタゴタ、それらすべてを一時的ではあるが、去(ゆ)く年と共に流して、とに角、溜りに溜った疲労を寝正月でいやそうというのが、中高年の正月だ。
 幼い頃とちがって猿まわしもない、獅子舞いも来ない。がらんと砂漠のような街のなかに車の数も少なく、午後になって、やっと、近所の神社に晴着をきた娘や親子が出かける姿をみるのが、この頃の正月だ。
 テレビをひねれば、どのチャンネルも同じような、くだらん趣向のゲームを同じ顔のタレントが出てやっている。くだらん、つまらん、退屈だ。
 だが昔の正月と今の正月の根本的な違いは、昔の正月にはどこか年改まって「めでたい」という空気があったことだ。家々の門松や屠蘇(とそ)の匂いにもたしかに新鮮で、新しく生きる「再生」の悦びがあったし、昔の日本人が正月に抱いた宗教的な余韻が感じられたものである。
 正月元旦は宗教的な「再生」とむすびつく。この感覚は戦後、まったく日本人の社会から失われた。失われたものをゲームや歌合戦のテレビが埋めるようになったのである。
 いや、「まったく」と書いたのは間違っていた。忘れていたのだが、まだ日本人には正月元旦、初詣をするという習慣だけは残っていたっけ。
 私の仕事場は原宿の参道のちかくにあるので、一日(ついたち)の午前零時を期してドッと明治神宮にくりこむ参拝客の群れを毎年、眺めることができる。
 「日本人にはもう宗教がないとよく言われるが」
 と外国人の友人が私にたずねた。
 「元旦の光景をみると、そうでもないじゃないか」
 だが、これらの参拝者たちは何を求めて神社や仏閣に行くのか、調べたかね。
 「受験の合格」「いいボーイ・フレンドに出あえるように」「今年こそ赤ちゃんを」「息子夫婦が仲良くなるよう」
 これでは神さまも仏さまも大変でしょう。日本人の大半の初詣では、結局は今年も「御利益がありますように」の一語につきるのだ。
 しかしねえ、考えてみると一年の大半は合理主義、無神論、常識的科学第一主義でかたまった若い世代たちが元旦だけ、神や仏のお力を信じているのだから、この矛盾した精神構造はどうなっているのだろう。
    --遠藤周作「日本人の宗教ってなに?」、『変わるものと変わらぬもの』文春文庫、1993年。

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【研究ノート】吉野作造「巻頭言 人類の文化開展に於ける種子・地盤・光熱の三要因」、『中央公論』1923年2月。

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【研究ノート】吉野作造「巻頭言 人類の文化開展に於ける種子・地盤・光熱の三要因」、『中央公論』1923年2月。

コメンタリーを余り交えず、忘れちゃいかんだろうな~というメモの抜き書を【覚え書】としていましたが、少しだけ言及しながら、最低限の【覚え書】に対する「覚え書」を【研究ノート】として残すことにしました。

……というのは、また風邪をひいたようで、脳が機能停止状態になっており、それでも、毎日論文をまとめないといけない(少しでも前進しよう!)ということで、再度読んでいた一文を紹介します。

教科書的記述に従うならば、吉野作造(1878-1933)の憲政論・デモクラシー論は、「大正デモクラシー」を牽引する議論として華々しく論壇をリードしたわけですが、当初から左右両派から手厳しい批判も投げかけられ、苦渋に満ちた面持ちで「民本主義」を説き続けたのが実情です。

職業的革命家気取りの「社会改造家」からは「手ぬるい」と批判され、夢想家的理想主義者からは、「吉野の議論は理想を語っていない、単なる折衷案だ」と揶揄されたのが実情です。

しかしながら、吉野の議論を丹念に読んでみると、実は、「現実を見ろよ」って批判するレアリスト気取りの革命家こそ「現実を見ていない」し、「ぐだぐだの現実を撃つ」と称し、清廉な理想を説く「理想主義者」こそ「理想を語っていない」という現実を暴き出しているのではないだろうかと思うことが多うございます。

それが今から紹介する一文に面目躍如として現れているようでございます。

ちなみにいえば、「仏性」なる言葉をクリスチャンデモクラット吉野が使うのもこの一文であり、「人間は皆神の子である。神の子であるならば、信仰の関わりなく救いがあるはずだ」との信念を常々語っていた吉野の、また別の側面をみた思いが致します。

吉野の言うキー概念としての「神子」観は信仰の師・海老名弾正(1856-1937)より受け継いだ概念であり信念でありますが、海老名-吉野に共通してみられるのは、人間は皆「神の子」であるならば、キリスト教信仰を保持していようがいまいが、それにかかわりなく「救い」はあるはずだとする信念のようなものです。まさに「万人に救いの可能性」……「仏性」という言葉に注目するならば「万人に成仏する可能性が潜在する」との発想と受けとってよいと思いますが……そうした発想が顕著で、キリスト教思想史の関わりから表現するならば、いわゆるUniversalism(ユニヴァーサリズム)に近いそれなんだろうなと思われます。

カルヴィンの予定論を退け、万人に救いの可能性を見出したキリスト教プロテスタンティズムにおける一派をUniversalist(ユニヴァーサリスト)と言いますが、本朝で省みれば、明治中盤にユニヴァーサリストは渡来し、教会形成を行っております。

そして仏教思想史との関連で「仏性」を省みれば、『法華経』や『涅槃経』で説かれる「成仏」論に関係してくる部分です。
すなわち、仏道修行の究極の目的は「成仏」……キリスト教で言えば「救いの成就」でしょうか……になりますが、『法華経』などでは、万人に内在する仏性を開発し自由自在に発揮することで、自己の成仏を成就できるだけでなく、他の衆生の苦しみをも救っていける境涯を開くことができると説かれるわけです。

そこに神子観と仏性観が絶妙に交差しているよな~などと思うわけですが、ユニヴァーサリストとの交流関係、そして吉野作造と仏教的思想の関わり……この問題の解明も大切な課題かも知れません。

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 人類の文化開展に於ける種子・地盤・光熱の三要因

 樹を植えて良き実を結ばしめんが為には種子と地盤と裕(ゆたか)なる光熱と三ツの条件が揃はねばならぬ。文化の発展乃至価値の創成にもまた同じ様なことが云へる。
 地盤が悪るければ折角の良種も伸びやうがない。御天道様(おてんとうさま)も畢竟(ひっきょう)無駄光りだ。故に良農は先づ地の肥痩を吟味する。外に仕様が無いとなれば施肥に依て土質の改善をさへはかる。而して是れ取も直さず現代に於て社会改造の大(おおい)に叫ばるゝ所以(ゆえん)ではないか。
 現代のやうな悪組織の社会を地盤として立派な人文的果実の結成を期待す可(べか)らざるは言ふまでもない。従て現代に在てかの所謂(いわゆる)社会改造は実に焦眉の急務だ。此点に於て吾人は世上多くの社会運動家等の努力を多とするものである。けれども若し当代の文化運動は所謂社会改造に尽くと為す者あらば吾人は残念ながら其識見の浅劣なるを咎めずに居られない。
 地盤は畢竟生命発育の条件だ。断じて其の原因ではない。原因は実に種子其者に潜在するのである。而して這個(しゃこ)生命の潜在原因を促して自発的に発芽成長せしむるものは、固(もと)より地盤の能くする所ではない。この第二段の而してより根本的な働を司る者は実に太陽の光と熱とでないか。換言すれば万物の化育を司る自然の温情ではないか。この自然の裕かなる温情に触れて始めて死者の如く頑(かたく)ななりし種子は、自らの生活力を意識して自ら其本質を発展せんとするの意思を喚び醒(さま)さるゝ。人類愛の宗教的情操の人生に於ける文化的意義は主として茲(ここ)に在ると思ふ。
 人類愛と社会改造とは文化開展に於ける二大要因だ。宗教と科学と提携すべきものなるが如く、愛の宣伝は社会改造の運動と互い相排斥してはならぬ。兎を追ふ者は山を見ず。自己の立脚する処に狭く観点を局限し、一面の姿相を以て全斑(ぜんぱん)を推さうとするときに、ともすると悲むべき破綻は起るものだ。世上幾多の奉仕献身の士よ。諸士は今この大局に眼を投じて実質的協力の途をもつと明に観るの必要を感ぜぬか。
 地盤と光熱との問題に次いで起こるのは種子そのものの問題だ。種子の問題になるとこゝに自然的観察と理想的観察との岐(わか)れ目が注意さるる。動植物の種子は進化論などの示す如く何処までも自然科学的因果律の支配を脱し得ない。悪種より良果を得るの見込は絶対にないから、良果を獲(え)んとするものは常に良種の選択に注意する。加之(しかのみならず)これは畢竟人類の用を為すものに過ぎず、其自身に目的を有するものでないから、質の良否に由て選択を厳重にするは差支(さしつかえ)なき事でもあり又必要な事でもある。之と同じく、昔人民は国王貴族の用を為す者と考へられて居た時代には、恣(ほしいまま)に民の部族を分ち其間に待遇の厚薄を附せられたことがある。併(しか)し乍(なが)ら今日は最早(もはや)四民平等の世の中となつた。すべて人は其自身目的の主体であると決められた。質の良否を分割して之を遇するの道を異らしむることは許されない。強き者にも弱き者にも各々其処(ところ)を得しむるが是れデモクラシーの一特徴だといふは実に茲処(ここ)から来る。
 更にも一つ突き進んで考へねばならぬことは、現代の思想は何故に質の良否に由て人を分割するを許さぬのかの点である。そは外でもない。人類に在ては他の自然物の如く遺伝其他の自然的因果律に支配さるゝ方面よりも、彼は単に人類なるが故に本来無限に向上発達するの可能性を具有すとされ、この可能性を有するの点に於て万人は平等と認めらるゝからである。地盤が悪い為に又光熱に浴するの薄かりしが故に、人類の中には十分伸び得ずして終るものはあらう。併し彼は其環境さへ順当のものであつたなら、必ず人類としての本来の面目を発揮し得た筈だ。自然物の如く親が乞食であつたから倅(せがれ)はどうせ碌(ろく)な者にはなれまいと云つた様な因果的約束に縛らるゝものではない。人格的本質に於て甲乙優劣の差ある筈なしとするのが即ち当代の理想的人生観だ。故に此立場よりすれば、仮令(たとえ)人類は其自身の主体でないとしても、質の良否を分割選択するの必要はないことになる。必要なるは唯地盤の良否を吟味することである。豊裕なる人類愛的温情を潤沢に流れしむることである。
 理想主義の立場を社会改造運動の邪魔物と考ふることの如何に浅果敢(あさはか)なものであるかは此上(このうえ)説明するまでもなく明白であらう。理想主義の立場は人類のすべてに謂(い)はゞ仏性を認め、而して其の本質的発展の礙(さまた)げらるゝは一に物理的環境に在りと為すのだから、それ丈け社会改造の急務を感ずるものではないか。社会を改造したつて裕なる光熱の放射がなくば芽は出まい。而してこの人類愛の温情はすべて人皆仏性ありとの信仰を背景としなくては容易に生じ得ないのではないか。
 理想主義、人類愛、社会改造。協戮(きょうりく)は生命の発育だ。割拠は人生の破綻だ。近代文明の諸問題は結局根本に於て這般(しゃはん)の点を如何に観るかに帰すると思ふ。
    --吉野作造「巻頭言 人類の文化開展に於ける種子・地盤・光熱の三要因」、『中央公論』1923年2月。

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